林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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書画珍本雑誌社

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いつも珍資料を頂戴する某氏よりまたまた変った紙モノを頂戴した。それは「書画書籍価格符号表」。発行は書画珍本雑誌社(大阪市東区北久宝寺町一丁目四十八番地)。説明を読むとどうやら『書画珍本雑誌』の付録だったようだ。本誌に掲載されている書画・雑誌の価格符号を解読するためのアンチョコである。《毎号共通乞保存》と書かれている。『書画珍本雑誌』にはお目にかかったことはないと思うが、日本の古本屋にはけっこう出品されているのでそう珍しいものではないようだ。

これまでもいくつか紹介してきたように値段の符牒というのは古くから存在する。

『掌中和漢年代記集成』(文江堂、文化三年=1806)

「大阪商家の符牒」

しかし、これらと比較すると本書の符牒は暗号表と読んでもいいくらい複雑である。何か規則というか法則があるのかな……としばらくにらんでいたが、判らん、というか、ないでしょう(もし発見された方がおられればぜひコメント欄にお願いします。最初と最後の二ヶ所を拡大しておきます)。五十銭の囲み内には口のついた漢字が多いけれどもすべてではない。巨額のところ「萬」は符牒になってないし……。

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『書画珍本雑誌』は大阪で大正八年十二月に創刊された。金井誠、平林縫治が編者である。大正十四年までは発行が確認できる。日本近代文学館に十三号まで揃いがあり、国会図書館にもバラで何冊かある(まだインターネット上での閲覧はできない)。

2013-05-29 古本夜話300 平林鳳二、大西一外『新撰俳諧年表』と書画珍

金井誠については不詳。平林縫治はコトバンクによると以下の通り。

平林鳳二 ヒラバヤシ ホウジ
大正・昭和期の俳人
生年明治3年3月(1870年)
没年昭和2(1927)年10月5日
出生地信濃国東筑摩郡生阪村(長野県)
別名通称=縫治,号=巨城,巨城舎
経歴20歳より3年間生阪郵便局長を勤めたのち上京、生命保険会社に勤務し、傍ら伊藤松宇に俳句を学ぶ。秋声会に属した。「新墾」同人。のち文人墨客の伝記及び墨蹟鑑定を研究して「書画珍本雑誌」を刊行し、大阪及び京都に住んで書画骨董や古俳書の売買業を営む。俳人としての面よりも大正12年刊行の「新選俳諧年表」(共著)の編者としての業績が高い。他の著書に「蕪村の俳諧学校」など。

この略歴に上がっている単行本はともに書画珍本雑誌社の刊行物である。

新撰俳諧年表 : 附・俳家人名録 1923
平林鳳二, 大西一外 編

蕪村乃俳諧学校 1924
乾木水 解説,大西一外 校訂

なお大西一外は讃岐人であった。大西一外(おおにし・いちがい)俳人(明治19年11月1日~昭和18年5月25日)。

一外。大西千一。仲多度郡象郷村大字上櫛梨の産、多年大阪に住し官界に務む。晩年帰郷 月刊雑誌「ことひら」を発行す。俳諧史の研究家である。著書に「新選俳諧年表」あり。平林鳳二氏と共著。昭和18年没。》(香川県俳諧史)

乾木水についてはよく分らないが、京都の俳誌『懸葵』に関係していたようだ。

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# by sumus2013 | 2017-05-08 20:31 | 古書日録 | Comments(2)

石塚友二書簡

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田舎の整理中に見つけて取り出して戻った。石塚友二の吉田達弥宛書簡。消印は昭和三十五年十一月十日。鶴俳句会の二百字詰原稿用紙にペン書き三枚。内容は献本に対する返礼である。

御高著「赤い帆前船」ありがたく拝受致しました。厚く御礼申上げます。
御作は「文学草紙」で愛読致して居りました。立派な御本となつたことを実に嬉しく存じます。

『赤い帆前船』は一九六〇年、雄文社刊行。『文学草紙』(文学草紙社→新文化)は昭和二十二年創刊で現在も継続されているようだ(洲之内徹も寄稿したことがある)。

このところ私小説は評論家の攻撃の的となつて文学市場を追はれた観がありますが、然し浅見淵氏等少数の具眼者も居られることではあり必ずしも悲観する必要はないやうに思ひます。どうぞ本当の意味の文学の為に此上益御精進下さる様祈つて止みません。それには「文学草紙」といふ大人達の集りに属される御環境もあることですし多少大袈裟ないひ方をするならば文学の神様はあなたの御精進に決して背を向けは致しますまい。流行小説には倦きたといふ読者も居ります。
 青森県の八戸に短い旅をして昨八日に帰宅致しました。御礼の遅れましたのは其為と御許し願つて取急ぎの御挨拶と致します。
   十一月九日  石塚友二

礼状というものはこういう風に書きたいもの。もらった方も嬉しいだろう。私小説を文学の神様は見離さない……石塚友二ならではの名言である。


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石塚友二『方寸虚実』

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# by sumus2013 | 2017-05-07 20:59 | 古書日録 | Comments(0)

天気図と天気予報

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大谷東平『天気図と天気予報』(河出書房、一九四一年四月三〇日六版)。函から顔を出しているペコちゃんシオリ(不二家のミルキー)が欲しくて買ったようなもの。

ついでだから少し読んでみる。天気予報はどうしてできるようになったのか?

1643年にイタリヤのトリチェリー[E.Torricelli]が晴雨計を発明したが、1650年に独逸のゲリッケ[Otto von Guericke]が晴雨計の昇降が天気と関係のあることを発見した。

これが第一段階。そして天気図の作成がはじまる。

古くは1688年にハーレー[Edmund Haley]が北緯30°より南緯30°に至る赤道地帯の貿易風の吹走する状況を地図上に記入して出版したものがある。

今日の如く、同時観測を材料とする天気図は、広範囲に亘る気象観測の組織がなければ出来ない。初めて之に近いものを作つたのは独逸のブランデス[H.W.Brandes]であつた。ブランデスは各地の気圧観測を集め、それ等の中の同時刻に近いものを摘出し、これに風の観測を加へて地上図に記載して天気図を作つた。これに依り広い区域の気象配置が判り、又これが天気に密接な関係を持つことを知つた。時に1880年で、こゝに天気図を天気予報に使用する基礎が出来た訳である。

1849年には米国のヘンリー(J.Henry)が各地の気象観測を電信でもって集め天気予報を行った。グレーシャー(J.Glaisher)による天気観測がデイリーニュース紙上に掲載されはじめたのが同じ年の七月一日であったが、ただし天気図ではなく、表の形だったという。1851年の博覧会の際に初めて地図上に印刷された天気図として販売するようになったそうだ。

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そういえば、昔、あるローカルTVで面白い天気予報を放送していた。毎日、漁師だとか、農業をやっている人、その他いろいろな職種の人たちに明日の天気を予測してもらうというもの。当ったり当らなかったり、あまりこだわらないのがよかった。本書によればこういう昔ながらの天気予報を「観天望気の法」と呼ぶらしい。気象衛星の発達した今日、われわれは天を見下ろしながら予報していることになる。それでも絶対確実とはいかないところが自然の微妙さだろうか。



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# by sumus2013 | 2017-05-06 21:14 | 古書日録 | Comments(0)

林哲夫、装釘家花森安治を語る

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挨拶する堀部氏(撮影:manrayist氏)

トークの様子はこちらから
http://d.hatena.ne.jp/manrayist/20170505


無事終了しました。

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林哲夫、装釘家花森安治を語る
『花森安治装釘集成』刊行記念スペシャルトークイベント

2017年5月5日(金)19時〜
会場:誠光社
定員:30名さま
参加費:1500円+1ドリンクオーダー

ご予約 誠光社

京都でも花森について語る場を提供していただきました。
花森装釘本(古書)などの販売も予定されているようですので
ぜひお運びください。


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# by sumus2013 | 2017-05-05 08:38 | もよおしいろいろ | Comments(2)

帝大時代の花森安治

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こちらは『花森安治の仕事 デザインする手、編集長の眼』(読売新聞社美術館連絡協議会、二〇一七年)より帝大時代の花森とその友人。この花森の出で立ちがさすがというファッション感覚ではないか。となりのいかにも帝大生でございという制服姿と比較すると驚くというか、あっけにとられる。

扇谷正造が『特集文藝春秋 人物読本』(文藝春秋新社、一九五七年一〇月五日)に「反俗漢・花森安治の秘密」という文章を書いている。かなり精密な伝記が出た今となって見れば、扇谷がうろ覚えと聞きかじりで書いているこの記事には間違いが多い。なかでは帝大新聞時代の思い出に価値があるように思う。

そのころの帝大新聞(現東大新聞の前身)の編集部は安田講堂の左袖のしめっぽい空地の一隅を占めた二階建てのボロボロの小屋の中にあった。二階が東大運動会で下が大学新聞編集部だった。
 ネジがすっかりバカになったドアのハンドルを押すと、十四五人は楽に囲める四角な樫の木作りの机がある。
 机の上座には三年生がズラリと坐っている。

入部を希望した何十人かのうち筆記試験でハネて、これから一人一人我々は新入部員の首実験[ママ]をするわけである。

このとき岡倉古志郎(天心の孫)と田宮虎彦と花森安治の三人が合格した。

編集会議は毎週月、金とある。会議はいつもまっ二つに割れる。片や社会科学=人生派、片や芸術=感覚派というわけで、花森君は、我我とは反対側の芸術派に入っていた。そのころの編集会議では、どんな議論が交わされたか、いまではもう忘れたが、田宮と花森の二人が故梶井基次郎氏の「檸檬」と宇野浩二氏の「子を貸し屋」を激賞し、我々は猛烈にそれを弥次[ママ]ったことだけを思い出す。

田宮と花森は神戸の雲中小学校の同級生だったが、田宮が神戸一中(神戸高校)へ花森が三中(長田高校)へ行ったことで進路が別れ、帝大新聞でふたたび一緒になったのである。「檸檬」は大正十四年に『青空』創刊号に発表された小説。昭和六年に単行本『檸檬』になり、昭和九年に『梶井基次郎全集』(六蜂書房)さらに昭和十一年には『梶井基次郎小説全集』(作品社)にも収録されている。いずれも少部数ながら読もうと思えばいつでも読める状況だった(花森の帝大時代は昭和八〜十二年)。もちろんこれらの出版を淀野隆三の熱意が支えていたのはこれまでも強調してきた通り。それにしても田宮と花森の趣味がぴったり合っていたことがよく分る回想だ。戦後、田宮の文明社を花森が手伝うことになるのも必然のように思える。




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# by sumus2013 | 2017-05-04 21:19 | 古書日録 | Comments(0)

創と造2017

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創ること。造ること。
創と造2017
現代日本絵画・工芸新作展

開催日程
http://www.toobi.co.jp/or2017


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# by sumus2013 | 2017-05-04 17:48 | 画家=林哲夫 | Comments(0)

岡崎武志 還暦記念トーク&ライブ


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「岡崎武志 還暦記念トーク&ライブ」無事終了しました。ご来場くださったみなさまに感謝です。ひさびさにスムース的に楽しい時間を過ごしました。上は配布物「知らない岡崎武志を捜したり読んだり」(古書音羽館)と「岡崎武志と60年」パンフ。これらは5月6日の第98回西荻ブックマーク山本善行presents 岡崎武志還暦記念トーク&ライブ「風来坊ふたたび」東京篇」でも配布されますので、入手希望の方はぜひご参加を!

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記念パンフを折る岡・山コンビ


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本堂脇での一箱古本市(すごい本ありました!)


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世田谷ピンポンズ


************



明日3日の還暦記念トークについて岡崎氏からの進行についてのメールを引用しておく。

最初、この会の趣旨と、林さん、山本の還暦の会について触れ、各人の近況と、ぼくへのお祝いのことばなど述べてもらいましょう。これで20~30分。続いてアンケートを見ながら1時間。世田谷ピンポンズくんの歌が20分くらいあって、最後にプレゼント大会が15~20分ぐらいでしょうか。

アンケート、これが面白い。各人それぞれ。妙なところが共通していたりして。プレゼントは楽しみだな(わたしはもらえませんけど、というか何にしようかな)。あと一箱古本、小生は還暦を記念する意味で60円均一の箱にしました! いい本ありますよ(笑)ご来場お待ちしております。目下のところ空席あり。当日予約なしでも大丈夫です。

開演は午後4時(16:00)です

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「岡崎武志と60年」冊子(りいぶる・とふん)
来場者に配布します!
(一箱古本市もありますよ)

岡崎武志還暦記念トーク&ライブ「風来坊 ふたたび」

いいじゃないか
笑うなよ 木よ風よ石よ
そして友よ

日時:5月3日(水・祝)
15:00開場 16:00開演(18:00終演)

場所:徳正寺
〒600-8051京都府京都市下京区富小路通り四条下る徳正寺町39

出演:岡崎武志(60) 山本善行(60) 林哲夫(61) 扉野良人(45) 荻原魚雷(48)
特別ゲスト:世田谷ピンポンズ

入場料:2,000円(おみやげ付き)
定員:70名(予約の方優先)

ご予約はメリーゴーランド京都まで


*会場では同人の新刊・旧刊著書もとりそろえます。

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# by sumus2013 | 2017-05-02 22:04 | もよおしいろいろ | Comments(2)

中央線古本屋合算地図

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岡崎武志×古本屋ツアー・イン・ジャパン『昭和三十年〜平成二十九年 中央線古本屋合算地図【新宿駅〜八王子駅】』(盛林堂書房、二〇一七年四月二七日、写真・デザイン=小山力也)が届いた。これはいい! 小生も〈談〉として登場させてもらっています。

まだ全部読んでいないが、今パッと開いたところにこんなことが書いてあった。水中書店の今野氏が音羽館で働いていたころの話。

岡崎 よく均一の品出ししてたもんね。ぼくはよくそこで今野くんと会った(笑)。音羽館は、表の均一棚の品出し、一日何回くらいやってた?
今野 回数はわからないけど、冊数で言ったら、平均でも百冊以上は売れていましたから。
粟生田 へえ、すごいです。じゃあ、常に入れ替えてるんだ。どんどん補充して補充してですね。
今野 もう隙あらばと言う感じで(笑)。均一をチェックするため、一日に何回も来る人もいるし、毎日寄るって方も、もちろんたくさんいます。お店が、色んな人たちの生活の一部になってる感じが、これは理想的な古本屋さんだなと。》(古本屋座談会2 水中書店・今野真×古書サンカクヤマ・粟生田由布子)

やっぱり東京だなあと思う。そう言えば、中野書店の中野智之さんからも「音羽館の均一がいいんですよ。セドリしてる場合じゃないと思うんですけどね、寄っちゃうんだなあ。申し訳ないけどいい本ありますよ」という告白(?)を聞いたことがある。中野書店そらの下(自宅兼)は同じ西荻なので神保町の店へ出勤する途中に足を向けないではおられなかったそうだ。中野書店の目録にウン十倍で載った本もあったかも…? 中央線古本屋の実力というものだろう。

「中央線古本屋合算地図」!(古本屋ツアー・イン・ジャパン)

発売予定:2017年5月3日(水・祝)
御予約は下記サイトよりお願い致します。

拙ブログの過去記事より。

読書雑誌『BOOKMAN』古書店案内

昭和三十四年の『中央沿線古書店案内図』

「阿佐ヶ谷ビンボー物語」

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# by sumus2013 | 2017-05-02 21:52 | 古書日録 | Comments(2)

古書研創立40周年 春の古書大即売会

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口笛文庫の洋書コーナー


九時過ぎに家を出ると小雨がパラついていた。自転車でえっちらおっちら、まず扉野氏宅へ届け物をし(このとき扉野氏は今日がみやこめっせ初日だということを忘れていた、オーイ、大丈夫か〜)、会場に着くころには雨も上がった。十五分ほど前だったため開門の行列に並ぶ。並んだのは久し振り。

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みやこめっせは雨風埃を気にしないですむのはいい。人の少ないうちに目当てのブースを物色。竹笹堂さんの伝統ある木版画実演(四日まで毎日、一日二回開催)をちらりとのぞく。いい本はいろいろあって目移りはしたのだが、とくに目を射るようなブツに出会わない。なんだか悔しくてぐるぐる会場をまわっているうちに混雑してきた。そろそろ出ようかと思っていたらマン・レイさんに誘われたのでお仲間とともに四人で昼食を。小一時間雑談して別れる。

誠光社へ。念のため先に花森トークのデータを渡しておく。京都国際写真祭が市内各地十六ヶ所で開催されている(五月十四日まで)。そのパスポートをもらっていたので(深謝!)帰り道にいくつか立ち寄る。嶋臺ギャラリー(ハンネ・ファン・デル・ワウデ展)、誉田屋源兵衛竹院の間(ロバート・メイプルソープ展)、誉田屋源兵衛黒蔵(イサベル・ムニョス展)、無名舎(ヤン・カレン展)。メイプルソープ展のみ無料。いずれも古い伝統建築をうまく使った展示会場になっている。写真も悪くないが建物を見られるが素晴らしい。誉田屋源兵衛の建物はじつに堂々たるもの。

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会期中に残りの会場もできるかぎり回るつもりだ。

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# by sumus2013 | 2017-05-01 20:26 | 古書日録 | Comments(0)

暮しの手帖社の書皮?

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京都・誠光社での花森トークも近づいて来た(5月5日)。本日は少しおさらいをしておこうと準備していた。今回で四度目(神戸・伊丹・目黒に続いて)ながら毎回内容は変ってくる。話をするたびに削るところや増やしたい項目が出てくるのだ。もちろん中心の興味は花森のデザインや装釘におけるルーツを探すということで変らない、が、どこに比重を置くか、それが徐々に変化していく。

目黒の聴衆は、みなさん濃〜い方ばかりだったので、反応を心配したのだが、どなたにも満足してもらえたようでひと安心した。それを自信に京都でも存分に語りたいと思っている。連休中でいろいろとお忙しいでしょうが、もうこれが最後の花森トークになるやもしれません、ぜひともご来場を。午後七時からです。

ということで、何か花森に関するブツはないかと考えながら、ふとPCの後ろの壁に目をやった。暮しの手帖社の書皮が留めてある。背が焼けている。おそらく誰かが暮しの手帖社の封筒を四六判の本にちょうど合うように切ってカバーにしたのだろうと思っていた。これをどうして持っているのか……忘れてしまった。何かの本に付いていたか、あるいはどなたかに頂戴したのだったか。

じっと見ていて、おや? と思った。「美しい暮しの手帖」と書いてある……これは、ひょっとして珍しいのか。『花森安治装釘集成』を開くと、237頁に「暮しの手帖社専用封筒 表・裏」として掲載されている。また世田谷の図録を開くと、160頁に《暮しの手帖社の封筒/2000年頃に使われていたもの。/デザイン:花森安治 1969年》と書かれている。どちらも図案のなかに書かれている文字は「暮しの手帖」である。「美しい」はない。

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『花森安治装釘集成』より


なんと! これは発見だ。この書皮がこうしてここに存在するのだから図録の説明文《デザイン:花森安治 1969年》は明らかにおかしいことになる。どうしてかというと『美しい暮しの手帖』という名前は一九五三年の第一世紀第二十一号までしか使われていないからである。まあ、百歩譲って封筒にデザインしたのが一九六九年だとしよう。しかし図案そのものは「美しい」時代に作られたことはまず間違いない。としたら、案外ほんとうに書皮だったのかも、あるいは包装紙だったとか?(封筒として用いるには紙が薄いような気がする)

目の前に半年以上貼ってあったのだが、まったく気付かなかった。何事も身近なものをよく観察することが大切だなあ。

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# by sumus2013 | 2017-04-30 20:26 | 古書日録 | Comments(2)