林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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村上友晴展

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ART OFFICE OZASA で開催中の「村上友晴展」を見た。油彩画三点、石版画六点、ピリッと締まった展示である。キャンバスに黒い絵具(黒絵具に木炭粉を混入するという)をナイフで塗り重ね塗り重ねして、文字通りずっしりと重い作品に仕上げている。上は図録より「Untitled」(2016-2017)だが、三十年ほど前に制作された「Untitled」(1987-1988)も見かけはほとんど同じである。三十年の時間の経過は黒い画面からはうかがえない(ただしキャンバスそのものは変化している、それは裏面を見ればわかるだろうし、側面を見ても三十年前のキャンバスは釘で張ってあるが、最近のものはガンタックになっている)。これは重要なことで、油絵具の使い方が理にかなっているという証拠であろう。厚塗り、モノトーンの作家は他にもいないわけではないが、この技法へのこだわりにも作家の態度が現われていて清々しい。

ART OFFICE OZASA INC.

村上友晴展 at ozasakyoto

村上友晴 タカ・イシイギャラリー ニューヨーク

村上友晴《無題》──人間実存の黒「山田 諭」

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# by sumus2013 | 2018-01-12 20:08 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)

彷書月刊1990

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1989年12月25日発行
第6巻第1号(通巻第52号)

〈巻頭エッセイ〉
芸術と反芸術の間 青山光二

特集 浅草ロック
踊れターキー走れロッパ オベラ・アチャラカ・木馬よ回れ

浅草六区の変遷 松本和也
浅草オベラの盛衰 雑喉潤
ターキー大いに語るーー水の江瀧子さんに聞く
喜劇のモダニスト・古川緑波ーー笑いの王国と浅草 関井光男
根岸興行部の功績 吉村平吉
フランス座のコメディアンたち 吉田稔
今、ロックは 枝川公一
浅草六区の戦前・戦後[地図]

受贈書
一人一冊探求書

〈書架より〉
郷愁の起源 三浦雅士
幻の一枚を求めて3 中村忠生

〈連載19〉
清水安三との再会 遺稿『豊平川』より 松本恵子

〈連載2〉
聞き書き古本屋の個人史 本郷・木内書店 木内民夫
インタヴュアー/若原隆和

〈古書店から〉
商売と表現ー花と鍵をめぐって 田村治芳 

古書即売会情報
編集後記 H

題字・北川太一 表紙・カット 渡辺逸郎

編集人 田村治芳
編集部 内堀弘・高川ナギサ
発行人 堀切利高
発行所 株式会社 弘隆社
〒101東京都千代田区猿楽町1-2-4-302
印刷所 三協美術印刷株式会社

全国古書店目録
BOOKS宝島/いほり文庫/古書小田島文庫/明文書店/文学書店/全国ふるほん行脚素顔社/中村書店/祥書房/それから書房/永楽屋/松雲書店/狩野書店/書肆風狂/古本あじさい屋/未来書房/玄学書房/舒文堂河島書店/国府書店/天野屋書店/ロマン書房本店/古書肆かすが堂/風通信社/古書森屋/古書蟻屋/ジャニス/あけぼの社/

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有精堂『古本用語事典』他/沙羅書房『蝦夷地図抄』/第2回西友土浦店大古書市/第2号「崎陽通信」共同目録 なずな古書店/弘隆社 彷書月刊合本完成/第37回新宿京王百貨店 賀春京王大古書市/




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1990年1月25日発行
第6巻第2号(通巻第53号)

〈巻頭エッセイ〉
読書について 青山光二

特集 満州の詩人
故郷の父よ、
父の遺産は黄塵に汚れた日の丸の旗ばかりだ(城小碓)

大連詩書倶楽部主人 島田幸二
満州在住の頃 小杉茂樹
本の行方 本家勇
思い出すままに 江頭正子
逸見猶吉の渡満前後 菊地康雄
『蝋人形』からの出発 坂井信夫
古川賢一郎のこと 山田かん
「満系作家」の運命 岡田英樹
詩誌『満州詩人』に触れて 西原和海
満州詩人会会員住所録

〈書架より〉
近代の思い上り 三浦雅士
久保栄と雑誌の編集1 井上理恵

〈資料〉
月報『世界大思想全集附録』目次

〈連載20〉
北京への旅 遺稿『豊平川』より 松本恵子

〈連載3〉
聞き書き古本屋の個人史 本郷・木内書店 木内民夫
インタヴュアー/若原隆和

〈古書店から〉
最後の説教 内堀弘

古書即売会情報
編集後記 西原和海

題字・北川太一 表紙・カット 渡辺逸郎

編集人 田村治芳
編集部 内堀弘・高川ナギサ
発行人 堀切利高
発行所 株式会社 弘隆社
〒101東京都千代田区猿楽町1-2-4-302
印刷所 三協美術印刷株式会社

全国古書店目録
古本亜本屋/大将書店/百間書店/書肆ひぐらし/志文堂/喫煙室/天草書店/岡本書店/森山書店/文高書店/三松書店/鯨書房/古書空閑文庫[くがぶんこ]/日之出書房/一栄書店/あき書房/古書車(ごしょぐるま)/中山書店/未来書房/古雅書店/梅豆羅[めずら]通信/あい書林/崎陽書店/古書森屋/あけぼの社/なないろ文庫ふしぎ堂/山猫屋/石神井書林/

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日本図書センター『近代日本文藝讀本』/第7回西武八尾店大古本まつり/愛書交換会・蚤の市/出版ニュース社『出版広告の歴史』/凱風社『事典映画の図書』/




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1990年2月25日発行
第6巻第3号(通巻第54号)

〈巻頭エッセイ〉
名前違い 青山光二

特集 オキナワン・レヴュー
沖縄国に来てみれば/でいごの花のさかりかな

『詩之家』の周辺ーー沖縄出身の詩人たち 仲程昌徳
一通の書簡ーー火野葦平と比嘉春潮をむすぶもの 上間常道
「何もないことの」の発見ーーふたつの伝統 渡名喜明
沖縄戦下の情報戦 玉木真哲
沖縄に来た画家たちーー近代沖縄美術史ノート 新城栄徳
コザ、青春の風景ーー海辺と丘と繁華街と 崎山多美
オキナワン・ロック 高良倉吉
琉球の稀覯本ーーベテルハイム聖書のこと 武石和実
沖縄関係出版物 宮城剛助
〈BOOKS・OKINAWA〉
『青い目が見た「大琉球」』編者ラブ・オーシュリ/上原正稔 武石和実
『事典版おきなわキーワードコラムブック』まぶい組編 新城和博

一人一冊探求書

西ドイツの現状 I 「日本学」とはなにか ウォルフガング・シャモニ

〈連載21〉
セトルメント愛隣館 遺稿『豊平川』より 松本恵子

〈連載4〉
聞き書き古本屋の個人史 本郷・木内書店 木内民夫
インタヴュアー/若原隆和

〈古書店から〉
久保栄と雑誌の編集2 井上理恵
本離れ 黒木正男

受贈書
古書即売会情報
編集後記 武石

題字・北川太一 表紙・カット 渡辺逸郎

編集人 田村治芳
編集部 内堀弘・高川ナギサ
発行人 堀切利高
発行所 株式会社 弘隆社
〒101東京都千代田区猿楽町1-2-4-302
印刷所 三協美術印刷株式会社

全国古書店目録
志鳳書店/ブックス文泉/古本亭/古書小田島文庫/しん理書房/中村書店/ぼーん書房/天草書店/カバラ書店/ふるほん屋人人[じんじん]堂/永楽屋/西田書店/書肆風狂/古本あじさい屋/若松書房/すかぶら書店/未来書房/田中書店/玄学書房/奎書店/デラシネ書房/塩山書店/緑林書店/ロマン書房本店/古書森屋/あけぼの社/風通信社/映通社/

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海風社『南島叢書』/新泉社 出久根達郎『古書法楽』他/『七色物語』2 なないろ文庫ふしぎ堂/『さっぽろ古書の街通信』第11号 文教堂書店/彷書月刊合本他 弘隆社/岩波書店『古典籍総合目録』/




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1990年3月25日発行
第6巻第4号(通巻第55号)

〈巻頭エッセイ〉
心の引っ越し 中島らも

特集 楽しい古本屋
値が安いのでよく売れる/よく売れるから高く買う

楽しい古本屋を求めて 出久根達郎氏に聞く
古本ミステリ第一作の思い出 紀田順一郎
ものがたり・手紙 実践古本自主講座編 内堀弘
『六時閉店』について 松村久
ネコマンマ商会「彷書月刊」に現わる
 提供・はかたパピルスの会内ネコマンマ商会
古書展へ誘う黒い馬と猫 岡野万理子

〈書架より〉
夕陽限りなく好し 降幡賢一

西ドイツの現状 II 「日本学」 ウォルフガング・シャモニ

〈連載22〉
黄塵万丈 松本恵子

〈連載5〉
聞き書き古本屋の個人史 本郷・木内書店 木内民夫
インタヴュアー/若原隆和

〈T0WN〉
SAPPORO 北海道は肥えた土壌!? M
WASEDA 本離れの中の「青空祭」 Y
OSAKA 大阪古書即売会事情 K
OKINAWA 大量のガラクタをかかえて R・T

〈GENRE〉
ART 志功贋作事件と古書価 N
CINEMA 映画古書のバイブル登場 山
CATALOG もくろく拝見します S&M
YOSHO 「何某へ。愛を込めて」洋書署名本 K
POETRY 春山行夫の「明るい人生相談」 宙
ZEPPAN 棒のごときものーー絶版文庫 S
CLASSIC 海外オークションに日本の古典籍 H
MISIMA 初版本ブームは再来するか? O

久保栄と雑誌の編集3 井上理恵

古書即売会情報
編集後記 田

題字・北川太一 表紙・カット 渡辺逸郎

編集人 田村治芳
編集部 内堀弘・高川ナギサ
発行人 堀切利高
発行所 株式会社 弘隆社
〒101東京都千代田区猿楽町1-2-4-302
印刷所 三協美術印刷株式会社

全国古書店目録
ケルン書房/石狩書房/百間書店/古書小田島文庫/文学書店/天草書店/栄豊書店古書部/加賀書店/小林書店/三松書店/鯨書房/赤井文庫/古書空閑文庫[くがぶんこ]/瑞弘書店/日之出書房/狩野書店/一栄書店/あき書房/中山書店/すかぶら書店/古雅書店/舒文堂河島書店/国府書店/ロマン書房本店/あけぼの社/石神井書林/山猫屋/易専門 八起[ヤオキ]書房/

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八木書店 反町茂雄『紙魚の昔がたり』他/東京創元社 創元ミステリ/『さっぽろ古書の街通信』第11号 文教堂書店/第26回サンプラザ古本まつり 辰書房/「崎陽通信」共同目録第3号 なずな古書店/日本図書センター 平山洋『大西祝とその時代』他/図書新聞/出版ニュース社『出版広告の歴史』/




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1990年4月25日発行
第6巻第5号(通巻第56号)

〈巻頭エッセイ〉
「本」は滅びるか 中島らも

特集 大正モダニズム・ブック・レヴュウ
一九二〇年代TOKIOを掠める40冊

〈都市〉
『伯林』片山狐村 1914 博文館 /石阪幹将
『新版大東京案内』今和次郎編 1929 中央公論社 /成田龍一
『震災日誌』染川藍川 1981 日本評論社 /成田龍一
『東京市』中西悟堂 1922 抒情詩社 /石阪幹将
『詩集市民の歌へる』東京市編 1924 帝都復興叢書刊行会 /成田龍一
『鮫人』谷崎潤一郎 1926 改造社 /石阪幹将
『カフエー考現学』村島帰之 1931 日日書房 /関井光男
『蓄音機読本』上司小剣 1936 文学界出版部 /関井光男
地下鉄 '20年代TOKIO 再現余話 カフェ /木村威夫

〈加速する文明〉
『文明の没落』室伏高信 1923 批評社 /関井光男
『文明ハ何處ヘ行ク』土田杏村 1930 千倉書房 /関井光男
『冬彦集』寺田寅彦 1923 岩波書店 /和田耕作
雑誌『科学知識』1921年8月創刊 科学知識普及会 /和田耕作
雑誌『文化生活』1921年6月創刊 文化生活研究会 /山本有紀乃
『有田音松説話集』1925 有田音松出版会 /堀切利高

〈新しいロマン〉
『槐太の歌へる』村山槐多 1920 アルス /木股知
『富永太郎詩集』1927 家蔵版 /和田博文
『夜の露臺』竹久夢二 1916 千章堂 /木股知
『古賀春江画集』1931 第一書房 /木股知史

〈宣言とデカダンの潮流〉
雑誌『虚無思想』1926年4月創刊 虚無思想社 /神谷忠孝
『神原泰宣言』1921年1月 /神谷忠孝
『平戸廉吉詩集』 /神谷忠孝
『死刑宣告』萩原恭次郎 1925 長隆舎書店 /神谷忠孝
『ダダイスト新吉の唄』高橋新吉 1923 中央美術社 /神谷忠孝

〈二十世紀への転回〉
雑誌『青騎士』1922年9月創刊 青騎士発行所 /和田博文
雑誌『ゲエ・ギムギガム・プルルル・ギムゲム』1924年6月創刊 エポック社 /和田博文
『蠅』横光利一 1924『日輪』所収 春陽堂 /和田博文
『都会の憂鬱』佐藤春夫 1923 新潮社 /和田博文
『人間病患者』遠地輝武 1929 聖樹詩人協会 /関井光男
『一千一秒物語』稲垣足穂 1923 金星堂 /石阪幹将

〈芸術の諸相〉
『アンナ・パブロワ』二見孝平訳編 1922 アルス /関井光男
写真雑誌『光画』1932年創刊 /和田博文
雑誌『錯覚』1925年6月創刊 錯覚社 /中山信行
雑誌『漫談』1930年3月創刊 漫談社 /中山信行
『素顔のハリウツド』上山草人 1930 実業之日本社 /中山信行

〈過渡期の諸相〉
『引かれものの唄』神近市子 1917 法木書店 /山本有紀乃
『山峨女史 家族制限法批判』初版 1922 自費出版 /堀切利高
『蒼ざめたる馬』ロープシン 青野季吉訳 1919 冬夏社 /大和田茂
『日本脱出記』大杉栄 1923 アルス /大和田茂
雑誌『原始』1925年1月創刊 原始社 /大和田茂
雑誌『三越』1911年3月創刊 三越呉服店 /山本有紀乃

西ドイツの現状 III 「日本学」の弱点を強みへ ウォルフガング・シャモニ

〈連載23〉
松本泰の死 松本恵子

〈連載6〉
聞き書き古本屋の個人史 本郷・木内書店 木内民夫
インタヴュアー/若原隆和

〈T0WN〉
SAPPORO 北方資料とその価格 M
WASEDA 夢のまた夢 Y
OSAKA 関西へお越し下さい K
OKINAWA 失われた写本の発掘 R・T

〈GENRE〉
ART 美術館がライバル N
CINEMA まだまだ安い!? 映画の本 山
CATALOG さようなら渋沢竜彦ブーム U&A
YOSHO 洋書収集の愉しみーー旅行案内書 川
POETRY 本当は誰からも知られていない 宙
ZEPPAN 竹林に思う——文庫の歴史 S
CLASSIC 後世のための漢籍収集のすすめ H
SHOHAN 戦後文学の記録 O

〈書架より〉
我は蹈まれたる石なり 降幡賢一

古書即売会情報
編集後記 内

題字・北川太一 表紙・カット 渡辺逸郎

編集人 田村治芳
編集部 内堀弘・高川ナギサ
発行人 堀切利高
発行所 株式会社 弘隆社
〒101東京都千代田区猿楽町1-2-4-302
印刷所 三協美術印刷株式会社

全国古書店目録
志鳳堂書店/ブックス文泉/夢書房/秀峰志文/冒険王書房/書肆ひぐらし/近代書房/中村書店/天草書店/千代田書店/伏見屋書店/永楽屋/アンデパンダン書店/書肆風狂/古書車[ごしょぐるま]/古本あじさい屋/すかぶら書店/玄学書房/あい書林/なずな古書店/天野屋書店/塩山書店/易専門 八起[ヤオキ]書房/古書肆かすが堂/あけぼの社/ワット・美術部/りりぱっと文庫/

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第2回古書まつり さいか屋川崎/舒文堂河島書店 『肥後を中心とした近世書画と書籍展』/あじさいブックス古書目録 古本・あじさい屋/黒崎書店 古書目録発行 第13号、第14号/彷書月刊合本 弘隆社/不二出版『科学と文芸』他/



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# by sumus2013 | 2018-01-11 19:48 | 彷書月刊総目次 | Comments(0)

人口の原理

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マルサス『初版人口の原理』(岩波文庫、一九五〇年四月一日七刷、初版は一九三五年)読了。『本はいつごろから作られたか』のなかに、自然選択説を唱えたアルフレッド・ラッセル・ウォレス、そしてダーウィンに対しても影響を与えた本だと書かれていたので、読んで見たいなと思って、探してみた。

この岩波文庫版はよく目にしてたように思うのだが、経済学の本じゃ……と買ったことはなかった。とにかく、まず、寺町の梁山泊へ足を運んだ。社会科学が専門だし、なにしろこの店は、一階が倉庫、二階が店舗なのだが、二階へ上る階段にズラリと文庫本を並べてある。そのほとんどが岩波文庫。数千冊はあるだろう。ところが、どうしたわけか、そこでは見つからなかった。

こりゃ、少し時間がかかるか、と考えていたところ(もちろんネットで探せばすぐ手に入ります)、数日後、同じ寺町通りでもずっと北にある尚学堂の店頭にポツンと置かれているのを見つけたのである。店頭二百円……ちと高いけど仕方ないなと思ってその他の紙モノといっしょに帳場に持って行ったところ、岩波文庫は百円に計算してくれた。ラッキー。

本はいつごろから作られたか』にはこう書かれている。

《トマス・ロバート・マルサス(一七六六〜一八三四年)の著した『人口論』(一七九八年)を、ダーウィンは一八三八年十月に読んだが、同じ本がウォレスにたいしても触媒のような作用をすることになった。》(第十二章)

《結果から見れば、マルサスは経済学にも影響を与えている。カール・マルクスも彼に学ぶところがあり、ジョン・メイナード・ケインズは、効果的な需要は不況を回避する一つの方法であるという自論のよってきたるところはマルサスだったと言っている。しかし、マルサスが生物学に影響を与えようとは、まったく予想外であった。ダーウィンは『種の起原』の中で、生存競争とは「マルサスの学説を何倍にも増幅して、動植物界全体にあてはめたものである」と説明した。》(第十二章)

『初版人口の原理』はナニナニ学というよりも人口と経済の関係を考察したエッセイであり、マルサスの主張は簡単明瞭だ。論考の基となる問題は二点だけ。例によって引用文中の旧漢字は改めた。

 第一、食物は人類の生存に必要であると云うこと。
 二、両性間の情慾は必要であって、大体いまのまゝ変りがあるまいと云うこと。

食とセックス。欠くべからざるもの。そこから導き出されるひとつの結論がこちら。

《即ち若しも人類が、平等なものであつても、食物の欠乏に基く圧迫が不断に人類を脅かし、それが今この瞬間に始まつて、全地球が菜園の様に耕転せられてしまふまで、如何なる時期に至るも決して熄むときがないであらう。無論地球上の生産物は毎年増加して行くではあらう、それでも人類はそれよりも、もつと早く増加するのである、而してその余分のものは、必ずや、周期的又は恒常的の貧困と悪徳とのために制圧されるのである。》(第八章)

食物の供給スピードより人間のセックス力の方が強い、というわけである。だから、食料の足りる範囲内に人口を抑えておかなければならない。具体的には、貧民を経済的に援助しても子どもを増やすだけだから、産児制限をしろ、ということになる。

フランス革命のすぐ後にゴドヰン(William Godwin)あるいはコンドルセ侯爵(marquis de Condorcet)に対する論駁として発表されているので、本書全体に革命による揺るぎが感じられる。

《この社会より富と貧とを除くことは出来ないけれども、極端な地位にある人間の数を減らし、中流の人間を増加することが出来るやうにす政体を案出するならば、進んでそそれを採用するのは、吾等の義務に相違ない。然しながら、樫の木の根や枝を大に減らせれば、やゝもすると幹の樹液の循環を悪くする様に、社会の極端な部分を或る程度以上に減らせると、やゝもすれば、知識の発達に最も都合のいゝ、中層階級全体の活気ある努力を鈍らせる傾向がある。》(第十八章)

このくだり、近年ニック・ハノーアーという超富豪がアメリカの富裕層に与えた警告を思い起こさせる。

本書に解説を執筆しているジェームス・ボーナーはこんなことを述べている。

《彼は物理学をケンブリッヂで学んだやうであるが、植物学は之を彼の父に負うたであらう。それが彼をして自然盛に比喩的たらしめ、また少しく誇張し過ぎることを免れしめなかつたのであらう。彼は農業者と共に棲んでゐた人間であつたから、栽培家や牧畜家が何をやつてゐるかをよく知つてゐた。彼は『選択の法則』を発見し、且つレースター羊の品種を改良したベークウェルが(プロテロ『イギリス農業史』)羊についての古い理想(小さい脚と頭)をすて、善い肉が豊かであればよいと云う理想に変つてゐたのを、恐らくはよく知つてゐたのであらう。》(マルサスの第一論文について)

なるほど、食料と繁殖の関係を重視する方法論は牧畜から学んだに違いない。人類も結局は家畜なのだ。要するに、ダーウィンに影響を与えたとしても何ら不思議はないのである。

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# by sumus2013 | 2018-01-10 20:54 | 古書日録 | Comments(2)

フェルメールの地図

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中島俊郎氏より『阪神間から伝えたいー人・まち・文化』(神戸新聞総合出版センター、二〇一七年一二月七日)の抜き刷りを頂戴した。氏は「神戸開港一五〇周年ーー文化の三幅対」と題して、スモール・タニとして英国で有名だった柔術家・谷幸雄(1880-1950)、そのタニの動きを学んであの奇妙なしぐさをあみだした喜劇王チャップリン、そしてチャップリンを神のごとくに崇めた淀川長治、三人の関係をスルスルっとつなげて描きだしておられる。

その枕に使われているのが上の図、フェルメールの「兵士と笑う女」(一六五八〜一六六〇)である。文化交流というテーマを考えるとこの絵が思い浮かぶのだそうだ。

《フェルメールの妻とおぼしき女性の背後に描かれた地図左手にライン川河口、上部に北海を配し、オランダとフリースランド西部を囲んでいるには、オランダ東インド会社の商船隊が詳細に描写されている。一目で世界に飛躍していたオランダの交易が鮮明に浮きあがってくる。そして兵士の被っている大きな帽子がカナダの森林で捕獲したビーバーの毛皮であり、また女性が手にしているワイングラスがヴェネチアのムラノグラスであるとするならば、フェルメールが住んでいたデルフトでは、端倪すべからざる文化交流が生じていたのである。

なるほど、なるほど、とうなづきつつ、フェルメールの小さな画集を取り出してみた。すると地図は他の絵にも描き込まれている。「兵士と笑う女」と同じ地図だと思われるのはこちら「青衣の女」。それ以外はみんなそれぞれ違った地図のようである。三十数点しか作品が知られていないのに、その内の七点に地図が登場する。地図フェチだったか・・・。以下タイトルと制作年は日本語のウィキによる。

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青衣の女 1663〜1664



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リュートを調弦する女 1664?



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水差しを持つ女 1664〜1665



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絵画芸術(絵画の寓意) 1666〜1667



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天文学者 1668
(これは天球儀と天球図です)


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地理学者 1669


織田武雄『地図の歴史』(講談社、一九七三年二月二五日)にはオランダの地図製作について以下のように書かれている。

《十六世紀には、ヨーロッパ人の世界に対する地理的知識は急速に高まって、地図の需要はますます増大し、また一方、銅板彫刻印刷技術の発達によって精密な地図もたやすくできるようになったので、何枚もの地図をつなぎ合わせた壁掛け用の大型の世界図や、或は多数の地図を一定の大きさにまとめて本にした地図帖など、さまざまな地図がつくられた。》

《十六世紀から十七世紀にかけて、メルカトルをはじめ、多数の有名な地図作成者が相次いで輩出したのはオランダであった。オランダは一五七〇年代まではなおスペインの支配下にあったが、すでに毛織物業が発達し、またハンザ同盟にかわって北欧貿易を掌握していたので、八〇年の独立戦争以後は、新興のオランダがポルトガルに代って東洋貿易を独占して世界で最も富裕な国として繁栄し、学問や芸術の面でも最盛期を迎えた。したがって地図作成においても黄金時代をなし、オランダではおびただしい地図や地球儀が作成され、ヨーロッパの諸国に輸出された。》

十六世紀に先頭を切っていたのはメルカトルであり、アブラハム=オルテリウスだった。そして

《十七世紀のオランダにおける最大の地図出版者はアムステルダムのブラウ一族である。ブラウ家の初代を築いたウィレム=ヤンスゾーン=ブラウはデンマークの天文学者ティコ=ブラーエに師事し、はじめは天文学や航海用の観測器具や天球儀・地球儀の作成に従事していたが、新しい印刷方法の発明によって、アムステルダムに大きな印刷工場を開設し、地図の出版に着手した。》

《一六三八年にはウィレムが没して、ヨハンネスが事業を継承し、弟のコルネリスと協力して、一六六二年には「大地図帖」(Atlas Major)が完成した。》

一六四八年には「新世界全図」(Nova Totius Terrarum Orbis Tabula)と題する206×298センチメートルの大型の世界地図を刊行している(これは江戸幕府にも献上された)。

フェルメールはまさに「地図の黄金時代」を生きた画家だった。

文化交流と言えば聞こえはいいけれども、世界中からかきあつめた贅沢品をこれ見よがしに描いている超バブリーな絵画だと、いう見方もできる。フェルメールその人がそんなに抜きん出た金持ちだったとも思われないが、それでもこのくらいの衣裳や調度は当たり前だったのかもしれない。

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# by sumus2013 | 2018-01-09 20:55 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)

春過て

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昨日のつづきというわけでもないが、こちらは百人一首かるたの一枚。もうずいぶん昔、三十年くらい前に何枚かまとめて(揃ってはいなかったが)手に入れて、残ったのがこの一枚。縦73ミリほど。言うまでもなく持統天皇である。あまりに能筆で、しかも傷んでいるため、歌は知っていてもどういうふうに書いてあるのか読み難いが、たぶんこんなところだろうと思う。

 春過て
 夏来に
 けらし
 白妙の


昨年末に日本大学分文理学部資料館で開催された『百人一首展』図録(日本大学分文理学部資料館、二〇一六年一〇月二四日)を某氏より頂戴していた。さっそく参照してみると、似たようなかるたが出品されていたようだ。持統天皇の描き方は95番のかるたに類似するか。
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かるたの縁の緑色が似ているのが101番。
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ただし、これらはどちらも絵柄は木版摺(色は手塗りだろう)。対して架蔵の一枚はすべて手書きだから、木版よりは古いのかも知れない。ただ、手描きと木版とがそうはっきりと時代的に区別されるとも考えにくいし、この手描きの簡略化具合からすれば、それなりに数モノだったのだろうと想像できる(そんなに古くはないかも)。

本書より百人一首かるたの解説を少し引用しておく。

《かるた遊びは、日本古来の「貝おおい」と、ポルトガル人の渡来とともに伝わった「ウンスンかるた」とが折衷されて生じたものとされる。『百人一首』のかるたとして、古いものに、元和(一六一五〜一六二四)頃の絵入り歌かるたが現存している。上句札と下句札よりなり、上句札には歌仙絵が描かれている。『古今集』や『伊勢物語』などのかるたも伝存するが、歌かるたといえば、『百人一首』となるのは、元禄(一六八八〜一七〇四)頃と推定されている。当初は、肉筆で豪華なものが製作されていたが、比較的安価な木版刷りのかるたが作られることにより、大衆化していくこととなる。

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# by sumus2013 | 2018-01-08 21:03 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)

ひとふしに

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昨年入手した歌仙絵、軸に仕立てられている。下の方の絵具がかなり剥がれているため安価に入手。いつ頃のものか、ちょっと見当がつかないが、まずまず古そうかな、というくらいのところでお茶を濁しておこう。

 右 大中臣頼基朝臣

 ひとふしに
 ちよをこめ
 たるつえ
 なれはつくとも
 つきし
  きみがよハひは


ひとふしに千世をこめたる杖なればつくともつきじ君がよはひは
 一節に千年の長寿を込めた杖なので、突いても尽きますまい貴女のご寿命は。

詞書から醍醐天皇の中宮であった皇太后藤原穏子の五十賀で竹の杖にことよせて祝った歌だとのこと。

大中臣 頼基(おおなかとみ の よりもと、仁和2年(886年)頃?[1] - 天徳2年(958年)?)は、平安時代中期の歌人・貴族。備後掾・大中臣輔道の子。官位は従四位下・神祇大副。三十六歌仙の一人。》(ウィキ)

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# by sumus2013 | 2018-01-07 19:37 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)

球史発祥

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朝日新聞(朝日新聞大阪本社)二〇一八年一月三日号、正月から連載の「球史発祥」(川村貴大)の「中」に「全国大会中止「うそや」/後輩に託したスパイクと夢」として淀野隆三が取り上げられた。掲載紙を頂戴したので紹介しておく。

淀野が京都二中(現在の鳥羽高校)で野球をやっていたとき、京滋大会で優勝し、全国大会(第四回大会)へのキップを手にした。大正七年八月である。折しも、富山で火がついた米騒動は全国に広がり、世情は騒然としていた。《「野球大会を開いて歓呼の声をあげるのは忍びない」として中止が決まった」》。

《米騒動で中止となった「幻の全国大会」。「監督から『1回戦はお前を出してやる』と言われていたけど、出られなかった」。北海道旭川市に住む長男でイベントプロデューサーの隆(80)は、隆三から聞かされた。初めて聞いたのは小学3年生のころだった。》

三高でも請われて野球部に入部する(文学に進むと決めていたので、かなり迷ったようだ)、一高との対抗戦では敗北を喫した。「喜び歌うことは許されて居ないのだ。これは私自身の野球の運命だ」と悲観的なことを日記につづっている。

戦後になって淀野が大事にしまっておいたスパイクを後輩の野球部員に提供したことがあった。そのとき二中は全国大会で準優勝。淀野はスタンドから応援していたという。

隆三は67年、63歳で亡くなった。米騒動で中止になった経験を数十回は聞かされ、残念がる父を見てきた隆は言う。「後輩が全国大会で自分のスパイクをはいてくれた。ようやく気持ちの折り合いがつき、父親[おやじ]の長い夏の大会が終わった」

なかなか、いい結びだ。

京二中の野球部および淀野隆三に関する資料


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# by sumus2013 | 2018-01-06 17:02 | おすすめ本棚 | Comments(2)

近代日本〈本棚〉史

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金沢文圃閣より『文献継承』第31号、『年ふりた……』21号が届いた。および刊行書の内容見本も。凄い本が次々出ていてビックリ。『「大阪」出版史図書総目録と出版界』とか『帝国日本の書籍商史人物・組織・歴史』とか・・・

金沢文圃閣出版目録

『文献継承』に書物蔵氏が「近代日本〈本棚〉史:本箱発、円本経由、スチール行き。そしてみかん箱」を執筆しておられ、これがまたすこぶる面白い。内容を紹介する代わりに引用文献を列挙しておく。

・ヘンリー・ペトロスキー『本棚の歴史』白水社、2004
・柴野京子「日常は本棚に宿る」『図書』2011.11
・西村竹間『図書館管理法』金港堂、1892
・東京高等商業学校書庫内の書架(絵葉書)
・小黒浩司編解題『図書館用品カタログ集』金沢文圃閣2016
・植村長三郎『書誌学辞典』教育図書、1942
神保町系オタオタ日記『井泉水日記青春篇』筑摩書房、2003
・幕末の洋学者竹内百太郎の書斎(楠瀬日年『書斎管見』翰墨同好会、1935)
・小泉和子『家具 日本史小百科17』近藤出版社、1980
・貞丈雑記、c.1764(『古事類苑』文学部洋巻第3巻)
・『日本古典書誌学辞典』岩波書店、1999
・尾崎紅葉の書斎(『新小説』第5年第6巻、1900.5.5)
・書棚広告『読書新聞』1884.11.5
・『SUMUS 10』2002.9
・『父の書斎』筑摩書房、1989
・宮崎利直「書庫兼用机」特許出願書類 キャレル(carrell)
・新橋堂「書斎用新式書棚」広告『読売新聞』1911.5.23
・伊東屋「本箱」「書棚」広告、1925
・木桧恕一『最新家具製作法下』博文館、1916
・成毛眞『本棚にもルールがある』ダイヤモンド社、2014
・改造社『現代日本文学全集』広告 書棚付き
・新潮社『世界文学全集』広告 書棚付き
・宮武外骨『一円本流行の害毒と其裏面談』有限社、1928
・商工省『家具公定価格集』家具指物新聞社、1943
・加藤秀俊「ものとの交流史23〈本棚〉」『TWO WAY』48, 1982.7
・内田魯庵の本棚(『書斎管見』翰墨同好会、1935)
・丸善、家庭用スチール本棚広告『読書新聞』1959.3-
・『五十年のあゆみ:第一鋼鉄工業所小史』第一鋼鉄工業所、1988
・紀田順一郎『書物との出会い』玉川大学出版部、1976
・内田洋行「ミリオンラック」広告(「スチール本棚」『婦人倶楽部』1960.11)
・『内田洋行70年史』内田洋行、1980
・永嶺重敏『雑誌と読者の近代』日本エディタースクール出版部、1997
・『紙魚繁昌記』書物展望社、1932
・中村真一郎「仙渓草堂閑談3」『文學界』1994.5
・瀬戸内晴美『有縁の人』創林社、1979
・「新意匠の書架 泡鳴氏の書斎」『読書新聞』1914.5.27
・「いまはカラーボックス」『読書新聞』1977.12.16
・紅野謙介『書物の近代』ちくま学芸文庫、1999
・松薗斉「文車考」『王朝日記論』法政大学出版局、2006
・北名古屋市歴史民俗史料館「屋根裏の蜜柑箱は宝箱」展、1993

論考の内容は本書に直接当っていただければと思うが、素晴らしいレファレンス内容である。

当方も刺激されて、本箱・本棚の画像を探してみた。と言っても手近にあるものだけなので悪しからず。近代日本にも、公私にもこだわらないということで。おおよそは時間軸で並べてみる。

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古代ローマにおける巻物の収蔵方法
アルベルト・マングェル『読書の歴史』(柏書房、1999)



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ラヴェンナ、ガッラ・プラチディア廟の壁画(440年頃創建)
四福音書を収めた櫃



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劉松年唐五学士図(宋時代、12世紀)
これは本箱なのかどうか、移動式の文房具箱か



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13世紀イスラム教国の図書館
テクストについての論議が白熱している
アルベルト・マングェル『読書の歴史』(柏書房、1999)



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福建省寧波の天一閣(嘉靖四十、1561創建、中国現存最古の蔵書楼)
明代の士太夫・范欽の書庫

《書物はすべて箱に収められて二階の書庫にあげられ、がっちりとした架構が、かつて七万巻あったというその重量をささえる。前面には防火用に池が掘られ、これに面する一階は、主客が本をめぐって論議しあるいは談笑するサロンである。》(『太陽 書斎の愉しみ』平凡社、1981.11)



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十七世紀のライデン図書館
『エナジー』特集=印刷文化
エッソ・スタンダード石油株式会社広報部、1973.12




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回転式の書架「転輪蔵(てんりんぞう)」
西本願寺・経蔵(1678年建立)

《八角形の各面に計360個の引き出し。中身は6323巻にものぼる大蔵経だ。上野寛永寺を開いた天海大僧正が1648年に完成させたのを寺が購入した。/転輪蔵を一回転させると、大蔵経をすべて読んだことになるという。》『朝日新聞』2014.10.28
本圀寺には足利義政が1464年に寄進した経蔵が現存する。そちらは一切経を582個の引き出しに収める。ほぼ同様な形式である。



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李朝文具図(『太陽 書斎の愉しみ』平凡社、1981.11)

朝鮮民画 文房図(チェッコリ図)
http://yoi-art.at.webry.info/201201/article_4.html

時代が下ると書帙は棚に置かれているが、古い画では
上図のように文具などとともに重ねてあるだけ。




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「鈴屋」
本居宣長が1783年に邸宅の二階の物置を改造した書斎
(本居宣長記念館絵葉書)
本箱が見える



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池大雅「楽志論図巻」(寛延三1750)部分
書棚のある部屋が書斎とは別に設けられているようだ。



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田仲宣編『嗚呼矣草』河内屋太助他、文化三1806



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頼山陽「読書八首」文政十一1828作
『頼山陽詩集』岩波文庫、1944
吾が架上の書を披き

山紫水明處
http://sumus.exblog.jp/14556218/



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『為理卿記』
冷泉家第20世 為理(ためただ:1824~1885)の日記
この写真の出所不明(何かの展覧会のチラシ)



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通油町(現・日本橋大伝馬町三丁目)の書物問屋・鶴屋店頭
斎藤長秋編江戸名所図会』須原屋伊八他、天保五1834
本は平積み。引き出しも在庫収納のためだろう。



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寺子屋風景
『日本風俗志』(平出鏗太郎他、1895)
先生の机の脇に本箱ふたつ、「経書」と「雑?書」。



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二葉亭四迷『浮雲』第一篇の挿絵
1887年(明治20年)から1889年にかけて発表
http://blog.livedoor.jp/kaitohkid/archives/4578908.html

《高い男は縁側を伝つたわって参り、突当りの段梯子だんばしごを登ッて二階へ上る。ここは六畳の小坐舗こざしき、一間の床とこに三尺の押入れ付、三方は壁で唯南ばかりが障子になッている。床に掛けた軸は隅々すみずみも既に虫喰むしばんで、床花瓶とこばないけに投入れた二本三本ふたもとみもとの蝦夷菊えぞぎくは、うら枯れて枯葉がち。坐舗の一隅いちぐうを顧みると古びた机が一脚据え付けてあッて、筆、ペン、楊枝ようじなどを掴挿つかみざしにした筆立一個に、歯磨はみがきの函はこと肩を比ならべた赤間あかまの硯すずりが一面載せてある。机の側かたわらに押立たは二本立だち書函ほんばこ、これには小形の爛缶ランプが載せてある。机の下に差入れたは縁ふちの欠けた火入、これには摺附木すりつけぎの死体しがいが横よこたわッている。その外坐舗一杯に敷詰めた毛団ケット、衣紋竹えもんだけに釣るした袷衣あわせ、柱の釘くぎに懸けた手拭てぬぐい、いずれを見ても皆年数物、その証拠には手擦てずれていて古色蒼然そうぜんたり。だが自おのずから秩然と取旁付とりかたづいている。》



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夏目漱石「書架図」紙本淡彩、1903
『別冊太陽 夏目漱石』平凡社、1980.9.25



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巌谷小波『日本一ノ画噺』中西屋、1911〜1915
『太陽 絵本』平凡社、1979.2.12



ルネサンス期の書斎

本の背中

ビュウィック画派の書斎

書斎に於ける鉄斎翁

池大雅「楽志論図巻」


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# by sumus2013 | 2018-01-04 20:47 | コレクション | Comments(0)

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本日、京都市内も雪もよい、ということでこちらの短冊を取り出して見た。状態は悪いが(その分、安いです)、手はそこそこ、時代は…料紙からみて幕末までくらいは遡るのでは? よく分かりませんが。

    雪

  白ゆきを花とめてしハかく斗(はかり)
  つもらぬ程の心なりけり 晟流

一応、このように読んでおく。晟流が誰なのかは分からない。綺麗な花みたいだなと思ったのは、こんなに雪が積もらないうちだよ、くらいの訳でどうだろう。花は梅花だろう。「つもる」は「見積もる、見くびる」の意で、ふつう雪は「積む」のようにも思うが、本居宣長に「山家雪」と題して次のような歌もある。

  人待ちし心も消えて山里は道もなきほどつもるしら雪

  都にもけふは積もらむ山里は軒端をかけて埋む白雪

似たところもあるのでは……、ならば国学者だろうか。御教示を。



*****



淀野隆三の著作権保護期間が過ぎた。ということで、早速「青空文庫」に「思ひ出づるまゝに」がアップロードされている。

青空文庫 思ひ出づるまゝに

淀野に目をつけたとは、なかなかの趣味だ。じつは親本(筑摩版梶井全集別巻)の底本『嶽水会雑誌』については以前ブログに書いておいたのだが、それを見て、一月ほど前、今回入力された方より問い合せがあった。底本のデータを確かめたいと。淀野の資料は郷里なので、すぐにどうこうできず、全く申し訳なかったのではあるが、調べてみると日本近代文学館に所蔵されていることが分かって、その旨をお伝えした。直接そちらで確認を取られたようだ。

嶽水会雑誌/coto19

もう一件、今年は高校野球大会100回目(第一回は一九一五年だから中止3回ということか)だそうだ。そこで淀野隆三と高校野球の関係を調べたい、という新聞記者氏から、昨年末に連絡をもらった。これもまた大したお手伝いはできなかったのだが(淀野資料は手許に置かないとだめですねえ)、かなり熱心に取材をされて、本日掲載された筈である。まだ、見ていないが。

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# by sumus2013 | 2018-01-03 20:42 | 雲遅空想美術館 | Comments(4)

Livre de chasse

恭賀新春

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お犬さまの年ということで『LE LIVRE DE CHASSE DE GASTON PHÉBUS ガストン・フェビュによる狩猟の本』(Bibliothèque de l'Image, 2002)から十四世紀フランスの猟犬を引用してみた。図版の底本はフランス国立図書館蔵。

これは実に興味深い書物である。フォワ(Foix)の領主ガストン・ド・フォワ(Gaston de Foix 1331-1391)通称フェビュ(Phébus)が一三八七年から八九年にかけて口述し、ブルゴーニュ公爵フィリップ・ル・アルディ(Philippe le Hardi)に献呈したものである。原本は失われているが、主に十五世紀から十六世紀にコピーされた四十四種の写本が現存している。

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そのなかで最も優れたものがランス国立図書館に所蔵の一本。ルイ十四世の私生児で狩猟頭であったトゥールーズ伯爵の図書室にあったものが、オルレアン家に移り、オルレアン公ルイ・フィリップ(フランス王、在位1830-48)は狩猟家ではなかったにもかかわらず、とくにこの本を気に入っていた。しかし一八四八年の革命によって第二共和政が成立するとともに国立図書館の所蔵するところとなった。これらの絵を描いたのは、様式批判によって、パリにあった三つアトリエではないかと推定されているそうだ。

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内容は十四世紀における狩猟のさまざまな局面をなかなか細やかに描き出しており、見ているだけで楽しいし、人間のやることは六百年以上経っても、そうは変わらないのだなとも思ってしまう。動物よりもやや雑ながら、植物の描写にも注目したい。

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*****


近所の神社へ初詣に出かけた、ついでに(どちらがついでだか分からないですが)近くのブへ。いいものありました。こいつは春から縁起がいいわい・・・というところです。それにしてもこのチラシ、ロトチェンコだなあ。

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# by sumus2013 | 2018-01-01 10:48 | 古書日録 | Comments(0)