林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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林哲夫、装釘家花森安治を語る

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林哲夫、装釘家花森安治を語る
『花森安治装釘集成』刊行記念スペシャルトークイベント

2017年5月5日(金)19時〜
会場:誠光社
定員:30名さま
参加費:1500円+1ドリンクオーダー

ご予約 誠光社

京都でも花森について語る場を提供していただきました。
花森装釘本(古書)などの販売も予定されているようですので
ぜひお運びください。


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# by sumus2013 | 2017-03-24 07:51 | もよおしいろいろ | Comments(2)

詩のある風景

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鍵谷幸信『詩のある風景』(鍵谷泰子、一九九〇年一月一六日)。鍵谷は一九八九年一月一六日に歿しているからいわゆる饅頭本である。本書も頂き物。有り難し。八五年から八六年にかけて『世界日報』紙上に連載された短いエッセイをまとめた内容。これはかなり微妙な時期であるが、まあそれはあまり穿鑿しないでおこう。見開きで一篇の形になっており(九百字前後)詩や詩人、本の好きな者には楽しい読み物だ。

中村書店(http://sumus2013.exblog.jp/24121714/)が登場する。

学生時代、渋谷の宮益坂上に詩書を専門とする中村書店というのがあった。店主はなかなかの硬骨漢で、ただ本を売っている商人ではなかった。詩が好きで詩書を愛しているのが肌で感じられた。気に入らない客だと売らなかった。ぼくはここで珍しい詩集や詩誌を手に入れたものである。堀口大学の「月下の一群」の第一書房の初版本、佐藤春夫の「我が一九二二年」萩原朔太郎の「青猫」西脇順三郎の「アムバルワリア」安西冬衛の「軍艦茉莉」北川冬彦の「戦争」三好達治の「測量船」などを買ったときには、嬉しさいっぱいで体が震えた。

中村氏は貧乏学生のぼくに随分本を安く売ってくれた。中村書店で買った本は今も大切に本棚で詩の光を放っている。珍しい雑誌もここで入手した。「詩と詩論」「詩法」「新領土」などモダニズム系の雑誌も揃えた。ガラス張りのケースに稀覯書が並んで壮観だった。あそこでは詩の光輪がいつも輝いていたと思う。中村氏はじっと坐ってタバコをふかし、奧から珍しい詩集をもってきてみせてくれた。》(詩書の指南役との出会い)

植草甚一も登場している。

今は亡き植草甚一氏が神田の本屋めぐりをするとき、まだ都電が走っていて、市ヶ谷やら九段上にさしかかると、ああ、今日はいい本が三冊はあるなあ、という予感がし、それがピタリと当たったという。長年の勘が働いたのだろう。
 七月末の太陽がアルベール・カミュ的にカンカン照る日に神田に出た。地下鉄九段下でおりて、専修大学脇を通り神保町めざしてトボトボと歩いている。ぼくも以前は植草氏ほどではないが、今日は二冊位かなという勘が働いて、事実その通りになってカバンのなかに詩集一冊や画集一冊がおさまったことがある。》(本から離れる)

八年前の三月上旬、美術出版社からムック形式の本を植草甚一で出すことになり、一日写真撮影のロケーションに出かけたことを思い出した。植草さん、写真家高梨豊氏、助手のなんとかさん、編集部の宮沢壮佳氏とぼくの五人。

神保町へ出て古本屋をぶらつき、植草さんがお気に入りのコーヒー店へ入り、神保町ではこのコーヒーが一番好ですね、といって、ゆっくりコーヒーを啜るのだった。それから新宿めざして車が九段上を通過し、市ヶ谷駅を四ッ谷の方へ向ったとき「デュシャンとエルンストのどちらがお好きですか」とぼく。「エルンストです。彼のコラージュは実にスバラシイ。少しもズレがない」とごく当り前のことに心底感心し、「ぼくにはデュシャンはワカラないんです。ぼくは未来派からいきなりシュルレアリスムに入ったのでダダぬきだったんです。」》(植草さんと歩いた)

このムックというのは『植草甚一主義』(美術出版社、一九七八年)である。ここで言う植草の好きな喫茶店は「きゃんどる」だろう。他にも西脇順三郎、北園克衛、瀧口修造、森谷均らの項を面白く読んだ。

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# by sumus2013 | 2017-03-23 17:21 | 古書日録 | Comments(0)

裸体人像

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田近憲三『ミケルアンジェローー裸体人像 システィナ礼拝堂天井壁画の部分』(日本美術出版株式会社、一九四五年一二月二〇日)。もう一冊、嘉門安雄『レムブラントの油絵』(日本美術出版株式会社、一九四六年四月二〇日)とともに某氏より頂戴した。深謝です。とくに『ミケルアンジェロ』は敗戦後間もない時期に発行されており、中綴じで図版十六頁・解説四頁という簡単な仕立て。発行人は大下正男だから図の原版はおそらく戦前に『みづゑ』などで使ったものではないだろうか(確認はしていないが、見たような気もする)。

システィナの天井壁画では物語を区切るために描かれた柱に裸体像が多数配されており、本書はそこから七人の青年の裸体を抜き出した構成である。いきなり裸まつりという感じだ。彼等は枠内に描かれた宗教的な主題には直接関係していないようだが(あるいは関係しているのかも知れないが)、よく見るとみなマッチョなイケメンである。単純にこういう青年たちがミケランジェロの好みだったのかもしれない。

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ミケランジェロは詩人でもあった。日本語にも翻訳されている。たまたまこれも頂戴した雑誌『心』の終刊号(平凡社、一九八一年八月一日)に若桑みどり氏が「ミケランジェロの四つのソネットーー「心」の終刊に献げる訳詩」を寄稿しているのでそこから二篇引用してみる。

II

おお夜よ、おお甘美なる時よ、
たとえ夜は暗くても、すべての仕事はそこに終る。
夜はまったき知性を持つもののすみか。

おまえはすべての疲れ果てた思いを断ち
影をしめらせ、やすらぎを約束する
そしてわたしが望む
あのより高いところへと、この汚れたる世から連れてゆく。夢の中で。

ああ、死の影よ、そこにすべての
悲惨は終る。そしてこの魂を
わが敵であるこの心を、最後の病める者たちを
やさしくねぎらってくれるのだ

おまえはわれらの罪ぶかい肉を浄め
涙を拭い、すべての疲れをいやしてくれる
そして善く生きたものから、すべての怒りと愁いとをとりのぞく


III

至高の芸術家はいかなる思想ももたない
ただ大理石のみが自からの中にそれをつつむ
そして知性にしたがう手が余計なものを
とりのぞこうと手をさしのべるのみ

気高く、聖なる女よ、あなたは
わたしが恐れる悪、わたしが望む善をともに
自らのうちにかくしている。わたしはもう生きていないから。わたしの技術は、私のねがう効果をあげることができない。

愛に罪はない、その美しさ
そのむごさ、その宝、その大いなる軽蔑
そしてまたわたしの運命についても
もしもあなたの心の中に死と慈悲とが
ともにあるとしても、わたしの低い才能は慈悲に
こがれつつも、死しかひき出すことはできないのだ。


若桑女史によればIIIの第二節の「女」は「イデア」かまたは「アルテ」であろうという。第三節では「彼」とも呼んでいるので女だとは思えないと。「愛」は通常男性として扱われるとも。……

小生、システィナは一九七六年に訪問した一度きりの印象しかない。今は修復されて派手派手になっているらしいが、当時は薄暗く荘重な感じだった。ミケランジェロの彫刻で印象に残るのはミラノのピエタであり、またボローニャで見た初期の作品も良かった。栴檀は双葉より芳し、まさにそんな感じだった。

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# by sumus2013 | 2017-03-22 20:39 | 古書日録 | Comments(2)

ひょうご大古本市

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サンボーホール『ひょうご大古本市』の目録が届いた。表紙を開いて目に飛び込んでくるのがこちら!

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街の草さんの出品。レアな詩集ばかりまとまって、と思ったら噂に聞いていた杉山平一さんの旧蔵書である。ついに市場へ出たということか……。詩集はとにかく珍しい雑誌なんかタンとお持ちだったんじゃないのかなあ。

ちょうど同じ郵便で地方の詩人の方から「四月九日にはサンボーホールへ出かけます!」という便りが届いた。なるほど、そういうことだったのか、とこの目録を開いて納得したしだい。

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# by sumus2013 | 2017-03-21 20:50 | 古書日録 | Comments(0)

麗日

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麦僊と印のある桜の枝の下絵。ちょうど一年ほど前に安価で入手したものだが、とりあえず土田麦僊作としておきたいと思う。

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この下絵と似た枝振りの白い花が描かれている本画はこちら「麗日」(昭和五年頃、『土田麦僊展』図録、一九九七年より)。

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花見のつづき。

『漱石研究年表』(集英社、一九八四年六月二〇日)をめくっていると、ロンドンでの花見の記述を見つけた。漱石自身はChesnut(栗の木)の花の咲く頃、花見に出かける人が多いことに驚いたということしか書いていないようだが(明治三十四年?五月)、その補注に次のような引用が添えられている。

「一寸断つておくが、栗の花見といふと、例の汚ない臭い長い花房を思ひ出すが、英吉利には、赤い栗の花があつて、之が何百何千本と列んだ青い鹿爪らしい栗の木の葉の間から見えるのは、一寸綺麗である。」(原文総振り仮名)(杉村楚人冠『大英遊記』)

杉村楚人冠がここで栗の木と言っているのは horse chesnut (すなわちマロニエ=セイヨウトチノキ、Aesculus属)ではなかろうか。赤い花と白い花があり、花房が上向きに咲く。日本の栗(シバグリ)はクリームかかった白い雄花が下向きに垂れる。chesnut のみなら日本の栗と同属(Castanea)で花も似通っている。どちらでもよろしい。イギリスにも花見はあった。

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# by sumus2013 | 2017-03-21 20:40 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)

詩集風来坊ふたたび

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詩集風来坊ふたたび
著者;岡崎武志
装幀/写真;林哲夫

二〇一七年三月二八日発行
発行所;古書善行堂 
定価;1000円+税

182×105mm

本文用紙;アラベール・ホワイト四六Y110kg
表紙;ハイマッキンレー マットポスト 菊111kg
カバー;ヴァンヌーボF-FSホワイト四六Y110kg


どうせ一人だもの 風来坊11
雨に濡れた地図 風来坊12
河口に近づく 風来坊13
黒いオートバイ 風来坊14
どこから来たのかと問いかけられた 風来坊15
腹が減ると見る夢は 風来坊16
尾の短い犬をともづれに 風来坊17
ベンチの上の堀辰雄 風来坊18
海に沈んだ仏 風来坊19
二つの山の六月 風来坊20
純白の天使 風来坊21
歩く人 風来坊22
海が見える窓 風来坊23
とにかく遠くまで 風来坊24
神が来る市(まち) 風来坊25
美しい町 風来坊26
「かつみかつみ」と尋ね歩きて 風来坊27
コスモス 風来坊28
猫またぎ 風来坊29



どうせ一人だもの 風来坊11

行き着くところまでの旅だと
自分に言い聞かせて歩き出したものの
果てない旅路に腰が痛むばかりだ

大きな木(ブナか?)の根っこに
ちょうど一人分 すっぽり腰が収まる場所があって
すっぽりと腰を落としている

地に生えた草や足下の石が
こうして視線を低くすることで
よく見えてくるのだ
こういうこと いつかもあったな

あれ、おれ、右から来たんだっけ?
それとも左……
へん! わかっているくせに
おどけてみたのだ

いいじゃないか
笑うなよ 木よ風よ石よ
そして友よ

いいじゃないか
どうせ 一人だもの

次の風が首筋をなでたら
それを合図に歩き出そう
まず起ちあがることだ
尻の砂を払って
どっこらしょと声に出してみるか

どうせ
誰も聞いちゃいないんだから
どうせ一人なんだから


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岡崎氏との連名サイン本、善行堂にて販売中。

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# by sumus2013 | 2017-03-20 17:45 | 装幀=林哲夫 | Comments(0)

ぽかんのつどい

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ぽかんのつどい
2017年4月15日 11時〜17時

『ぽかん』最新6号の刊行を記念したイベントを行います。
◇トークショー「公開「ぽかん」おしゃべり会」
 山田稔
 真治彩・扉野良人・能邨陽子(恵文社)

恵文社一乗寺店/COTTAGE

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# by sumus2013 | 2017-03-18 20:57 | もよおしいろいろ | Comments(0)

おばあさんのアルバム

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富士正晴作・うらたじゅん画『富士正晴資料整理報告書第22集 おばあさんのアルバム』(富士正晴記念館、二〇一七年二月二八日)が届いた。昨年は『初期絵画とペン画』でお世話になった。今年はうらたじゅんさんの絵に富士正晴の放送台本である。朝日放送の朗読番組「掌小説」ために書かれた。

昭和二十九年、東京で鶴見俊輔から聞いた話をもとにした小品だ。鶴見が昭和二十一年に信州で通訳を務めた白系ロシア人、とくにそのおばあさんが『ライフ』誌を切り抜いて失われた家族たちのアルバムを造り上げたという話に焦点が当てられている。彼女はロシアの公爵の娘であり、やがてポーランドの伯爵の夫人となったが、革命ですべてを失い日本へたどり着いたのだという……。贋のアルバムが本当のアルバムに老女のなかですりかわっていく。それは長篇小説にでもまとめられそうなテーマなのが、切抜きという点で興味をもったのは、書き出し、富士が自分の書斎を描写しているくだり。

《わたしはこの夏、ある哲学者にあった。そしてつぎのような話をきいたのだった。
 なんのこともなく聞きながしたその話が、田舎のさびしいわが家へ帰ってきてからの明け暮れ、どうかするとふと思いだされてならない。
 そのわが家の書斎の天井は、ひどくすきまが多く、塵のおちてくるのをふせぐために、アメリカの雑誌「ライフ」をバラバラにほどき、その紙をはりつけてある。「ライフ」は写真の多い雑誌だから、書斎の天井は、ウイスキーの広告写真や風景写真、またいわゆる「時の人」の写真、ニュース写真、そのようなものがいっぱいである。わたしは仕事につかれたとき、畳にころがって、その写真をぼんやりながめていることがあるのだ。》

富士記念館に再現されている書斎にはそんなコラージュはなかったように思うが……あったかな? それはそうとこのとき朝日放送には庄野潤三と阪田寛夫が勤めていたそうだ。阪田の同僚の鬼内仙次[きないせんじ]から求められて阪田が富士に依頼した作品だったという。


富士正晴記念館所蔵 初期絵画とペン画

『仮想VIKING50号記念祝賀講演会に於ける演説』



同人誌大好き!ーー「川崎彰彦、富士正晴」展
2017年3月30日〜7月26日
茨木市立中央図書館富士正晴記念館

《川崎彰彦、1949年、15歳、『ヴ・ナロード』創刊。2010年、『黄色い潜水艦』同人として没、享年76歳。
 富士正晴、1932年、18歳、『三人』創刊。1987年、『VIKING』同人として没、享年73歳。
 二人とも、十代で同人誌創刊、亡くなるまで同人誌活動を持続。二人にとって同人誌とは何だったのだろう。そんなことを思いながら今回の展示を構成してみました。》

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# by sumus2013 | 2017-03-18 20:50 | おすすめ本棚 | Comments(0)

和ガラスの美を求めて

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MIHO MUSEUM で「和ガラスの美を求めてーー瓶泥舎コレクション」展を見た。信楽山中、春の気配はいまだしながら日差しは和らいでいた。風は少々冷たかった。

瓶泥舎は二〇一一年に開館した伊予松山の私設美術館。大藤範典[だいとうのりさと]氏が五十年にわたって蒐集してきた和ガラスを収蔵・展示するスペースである。そのコレクションを代表する逸品がミホに並べられている。

瓶泥舎 びいどろ・ぎやまん・ガラス美術館

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ガラスというのは世界中でさまざまに造型されてきたものだ。その国国によって時代時代によって技術も趣味もかなり極端に異なっているのが面白い。

ガラスと言えば、かつてヴェネチアのムラーノ島にあるガラス博物館(Museo del Vetro murano)を訪れたときのことは忘れられない(今、その博物館のサイトを見ると、四十年前からは想像できないほど小綺麗になっているのにビックリ! そのときは小生の他には誰も観覧者はいなかった、シーズンオフだったし、たまたまのことかもしれないけれど)。ガラスの素晴らしさを改めて感じたものだ。

今展の和ガラスもそれらとはまた別の意味で息をのむ美しさである。ほとんどが江戸時代に作られた作品だという。細かく述べる余裕はないが、江戸の工芸の奧深さ、趣味の多様性(ひねりにひねっている感じか)を思い知らされた。ガラスの加工技術そのものは、そう高いレベルではない、と言うのだが、細密・精巧に作るばかりが能ではない。多少厚ぼったくてもムラがあっても(だからこそ)曰く言い難い味わいをかもしているし、大方の器にはグー(趣味)の良さを感じる。今にも壊れそうな、スリルというか、はかなさが、またよろしい。

和ガラスの美を求めてーー瓶泥舎コレクション

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# by sumus2013 | 2017-03-17 20:19 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)

林園月令

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柳湾先生纂輯『林園月令』(万笈堂、天保二[一八三一]年序)の一。都合八冊あるらしいが、むろん均一で拾ったのはこの一冊のみ。

林園月令. [初編] / 館枢卿 纂輯 ; 伊沢信厚 参校

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詩を作る人のための袖珍(小型)アンソロジーである。巻一は春。昨日のつづきで花見はどうなのか、という話になるのだが、例えば『開元天宝遺事』(王仁裕が後唐の荘宗のとき長安にあって民間の故事を採集した書)から以下のような例文が引かれている。

《学士許慎選放曠不拘小節多與親友結宴于花圃中未嘗具帷幄設坐具使童僕輩聚落花鋪于坐下曰吾自有花裀何消坐具》

許慎は友人たちと花見に行って落花を集めさせて蒲団代わりにした。

《長安士女遊春野歩遇名花則設席藉草以紅裾逓相挿桂以為宴帷

長安の士女たちは春の野にピクニックに出てすばらしい花に出会うとそこで真赤なスカートで四方を囲み宴会の幕にする。

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要するに、桜の花とは限らないが、中国では古くから春になるとみんな酒や食べ物をもって野に出て、花や新緑を楽しみながらすごしたのである。もうひとつ例を引く。「江南春」の詩で知られる杜牧に「春日茶山、病不飲酒、因呈賓客」という五言律詩がある。『杜牧詩選』(岩波文庫、二〇〇四年)より。

 笙歌登畫船
 十日清明前
 山秀白雲膩
 渓光紅粉鮮
 欲開未開花
 半陰半晴天
 誰知病大守
 猶得作茶仙

大中五年(八五一)、茶山を仕事(製茶の監督)で訪れた杜牧は船の上で宴を張った。それが清明節の十日前……大中五年の清明節は二月二十八日(西暦四月七日)だというから、その十日前、日本ならちょうど花見頃になるだろう。しかしながら、どうやら杜牧は糖尿病だったらしく皆が酒を飲んでいるのに一人お茶で我慢している。花(桃の花か)は咲きそうでまだ咲いていない。

『陶庵夢憶』より「揚州の清明節」

清明節がどうやら日本流花見のルーツかもしれない。

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# by sumus2013 | 2017-03-16 20:56 | 古書日録 | Comments(0)