林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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古書店標

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レッテルは昔のスタイルの書店標には似つかわしいと思うが、最近のこの手のものをレッテルとは呼びにくい。とりあえずは「古書店標」としておこう。「古書赤いドリル」などいくつか頂戴したので関西の同種のエチケット(ラベルということです)も取り合わせてみた。「¥500」とあって寝転がる裸体の図柄は神戸の「ちんき堂」さん。
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# by sumus2013 | 2013-11-27 19:52 | 古書日録 | Comments(0)

第1回デモクラート美術展目録

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日曜日、街の草での収穫はこれにつきる。「第1回デモクラート美術展目録」。B4用紙二枚折。昭和二十六年六月十六日から二十四日まで大阪市立美術館で開催された「デモクラート」の旗揚げ展。出品者は瑛九、郡司盛男、早川良雄、泉茂、河野徹、森啓、棚橋紫水、外山彌、内田耕平、吉田利次。

デモクラート1951~1957
http://artand.ojaru.jp/artand26.html
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# by sumus2013 | 2013-11-26 21:11 | 古書日録 | Comments(0)

宮本常一と岡本太郎

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宮本常一と岡本太郎
日本を見つめた二つのまなざし

2013年11月24日〜

周防大島文化交流センター
http://www.towatown.jp/koryu-center/koryu.html
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# by sumus2013 | 2013-11-26 17:06 | もよおしいろいろ | Comments(0)

書物 桐月号

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摘星書林さんの箱で見つけた雑誌は秋朱之介編輯『書物』桐月号(三笠書房、一九三四年三月一日)である。今、書棚を探してみると、同年五月号と九月号が見つかった。その頁の間に『書物』の検索結果(近代文学館)をプリントした紙が挟まれており、それによれば一巻一号(一九三三年一〇月)から三巻四号(一九三五年六月)まで十三冊所蔵されている。念のため検索し直してみたが、今現在も所蔵データに変化なし。

巻頭の文章は富田幸「ディイトリツヒシュタイン文庫」。同文庫の紹介と前年にそこから七九五点が競売に付されたことが報告されている。口絵写真より同文庫の一室。
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The library at the Mikulov chateau
http://www.rmm.cz/english/expozice_rmm.html

http://www.mzm.cz/en/dietrichstein-palace/

ラディゲ『ドニイズ』(日本限定版倶楽部)の刊行案内がなかなか鮮烈だ。
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しかし、もっとも引きつけられたのは百田宗治のエッセイ「半日」である。おそらく昭和九年の一月頃(?)、その半日の行動を記した内容だが、そこに高祖保が登場している。こういう発見はかなり嬉しい。

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外村彰『念ふ鳥』によれば、高祖と百田の関係はこんな感じである。

《百田は第三次『椎の木』で新詩運動への理解を示し、高祖保などの若手詩人に発表の場を提供し、椎の木社から彼らの詩書を数多く刊行した。》

《昭和八年九月二十五日、銀座の明治製菓三階で『希臘十字』出版記念会(山本信雄『木苺』と合同)が開かれた。阪本越郎、乾直恵、百田宗治や青柳瑞穂、初対面となった田中冬二(一八九四〜一九八〇)、また村野四郎ら十七人が出席している。》

《高祖保は『椎の木』の編集を手伝っていた昭和九年の前半、よく百田の家に通っていた。だが十一年の同誌廃刊によって、両者が顔をあわせる機会は減った。》

『書物』の百田の文章を読むと、ここでもやはり高祖は手伝っていたというよりも編集を取り仕切っていたようなニュアンスがある。根っから編集や出版が好きな人だったんだなと思う。

また、『書物』巻末の秋による「字幕」(編集後記のようなもの)には「校正を了へて」という見出しで次のように書かれている。これがあったため摘星書林さんは「林さんに…」と言ってくださったのだった。

《白水社の出版物の装幀や雑志[ママ]作品でおなじみの画家佐野繁次郎氏が、是非堀口先生の乳房の挿画を書かしていただきたいとのことで、氏の最も自信にみちた原色挿画五枚を乳房のさしゑとして挿入することになつた。鳥の子紙刷の詩集乳房は、かくて綿上綿を重ねた美本として出来上ることであらう。
 目下作製中店頭へは出しません。

待ちに待つたジイドのモンテエニユ論の原稿がやうやく編輯者の手に廻つた。法政大学の先生となられた淀野隆三氏の名訳、ここに愈々上梓の運びとなり着手いたしました。私はこの本を書痴王鈴木信太郎先生を驚かせるために出来るかぎりのぜいたくを尽して作製します。》

『佐野集成』を見ると、堀口大学『ヴェニュス生誕』(裳鳥会、一九三四年)の表紙画を佐野繁次郎が担当していることが分るが(しばしば古書目録で見かける本ながら限定版だけに高額である)、ここで言う「詩集乳房」が刊行されたのかどうか、寡聞にして分らない。ウィキによれば堀口の詩集として《詩集乳房 岡本太郎画 ロゴス 1947》というタイトルが挙がっている。さて、佐野の挿画が使われた本があるのだろうか。

また、淀野訳『モンテエニユ論』は昭和九年に三笠書房から発行された。それは架蔵しているが、この文章によれば秋朱之介の作った特装本があるということになる。さて、さて、こいうのは困りますな。
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# by sumus2013 | 2013-11-25 21:06 | 古書日録 | Comments(2)

百窓市

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神戸北野町の浄福寺へ。百窓市。午前十時四十分ころに到着。開店から十分経過しただけ。ところがすでに会場は押すな押すなの人だかり。満員鮨詰め状態だった。あいやー、これは甘かった。MNカップルはそれぞれ両手に何十冊も抱えている。気を取り直してあれこれ細かいものを抜き取る。摘星書林さんの箱から貴重な雑誌を頂戴する。「林さんのために持ってきていました」という泣けるお言葉。実際、これは有り難い雑誌だった(改めて紹介します)。

主催者の小野原さんはじめいろいろな人たちと立ち話できたのも良かった。百窓文庫さんは本格的に古書営業をされるかもしれないとのことで、ワイン箱内の品揃えも群を抜いていたような気がした。他の出店者もみなさんそれぞれひとくせある内容で北野の山の上まで登って来た甲斐があった。

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百窓文庫 百窓市のお知らせ
http://hundredswing.wordpress.com/2013/10/29/百窓市のお知らせ/

  *

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浄福寺を後にして、ギャラリー島田をのぞいてから、阪神武庫川へ。古書店街の草。二月以来。

おひさしぶりです、街の草
http://sumus.exblog.jp/19965698/

自宅の本棚を整理したそうで、これまで見なかった詩集類が増えていた。紙もの、資料的なものをいくらか求める。近くの喫茶店アルハンブラでしばし雑談。あまり景気のいい話はないが、それでも道端で貴重な古本を拾った話など面白く聞く。

梅田へ出てヨドバシカメラをちょっと覗く(すごい人出で圧倒された、中国語のアナウンスがひっきりなし)。帰宅。日が暮れるのが早くなった。
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# by sumus2013 | 2013-11-24 20:14 | もよおしいろいろ | Comments(5)

ウンテル、デン、リンデン

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『Album von Berlin, Charlottenburg und Potsdam - 5 grosse Panoramen, darunter ein farbiges, und 131 Ansichten nach Naturaufnahmen in Photographiedruck.』(Globus Verlag, no date c.1900)という馬鹿に重いベルリンの写真集を買った。三百円だったので、コラージュの材料にぴったりだと思ったのである。一九〇〇年頃のベルリンとその郊外の様子が大判のモノクロ写真で再現されている。ゆっくりめくってみると、どうしてなかなかよく出来ている。

ドイツ語は解さないし、ベルリンにも行ったことはないが「UNTER DEN LINDEN ウンテルデンリンデン」くらいは読める。ベルリンの目抜き通りで「シナノキの下」という意味。シナノキは菩提樹とも言う。この写真集もブランデンブルグ門から始まりウンテルデンリンデンへと続く構成になっており、何枚もウンテルデンリンデンの写真が収められている。

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もちろん「ウンテル、デン、リンデン」を記憶に留めたのは、森鴎外「舞姫」を教科書で習ったときだった。架蔵の『改訂水沫集』(春陽堂、一九〇六年)から該当部分を複写してみるとこういうふうになっている。

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《菩提樹下と訳するときは、幽静なる境なるべく思はるれど、この大道髪の如きウンテル、デン、リンデンに来て両辺なる石だゝみの人道を行く隊々の士女を見よ。云々》

鴎外の留学は明治十七年から二十一年まで。ベルリンには二十年四月に移っている。鴎外のベルリンとこの写真帖のベルリンではおよそ二十年の隔たりがあるわけだ。

前田愛「東ベルリンの「舞姫」」
http://sumus.exblog.jp/18345560/

下は太田豊太郎がエリスと出会う古寺のモデルとされるマリエン教会。
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《今この處を過ぎんとするとき、鎖したる寺門の扉に倚りて、声を呑みつゝ泣くひとりの少女あるを見たり。年は十六七なるべし。被りし巾を洩れたる髪の色は、薄きこがね色にて、着たる衣は垢つき汚れたりとも見えず。我足音に驚かされてかへりたる面、余に小説家の筆なければこれを写すべくもあらず。この青く清らにて物問ひたげに愁を含める目の、半ば露を宿せる長き睫毛に掩はれたるは、何故に一顧したるのみにて、用心き我心の底まで徹したるか。》


Unter den Linden – Berlín(近年のウンテルデンリンデンの四季)
http://www.viajejet.com/unter-den-linden-berlin/
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# by sumus2013 | 2013-11-23 20:26 | 古書日録 | Comments(2)

古書店レッテル新収品より

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トークの直後に某氏より古書店(新刊書店もあり)レッテルを頂戴した。これは嬉しい頂き物。その一部を紹介しておく。

左上の「BOOKS/TENRIJI…」は天理時報だろうか。かなり珍しいものかもしれない。その下「河鍋書肆」は《牛込区早稲田鶴巻町303》にあり理工学書専門だったようだ(1933年版古本年鑑)。「さかえ書房」は吉祥寺。金子光晴の愛した古書店として知られる。「青玄堂書店 赤坂区青山南町五丁目六六番地」は不明。西荻窪の森田書店はまだあるのだろうか(休業状態とのことだが?)。下北沢白樺書院は健在。銀座の近藤書店は閉店が話題になった。

近藤書店の書皮
http://sumus.exblog.jp/8927345/

六本木・誠志堂書店も同じく閉店がニュースになった新刊書店。右側いちばん上、近藤書店は少し古めのレッテル(微妙にデザインが違う)。二番目は神田一心堂書店。健在。小生も学生時代によく覗いた記憶がある。「三昧堂」は古くからの美術店。その下は言わずと知れた田村書店。次の「一新堂書店」も渋谷区笹塚に健在のようだ。銀座・奥村書店も有名店だが、このレッテルには《中央区銀座東2の8/中央区新川2の4》と二店舗の住所が記されている。新川は隅田川の河口、箱崎町の南になるようだ。手許にある昭和六十二年四月一日現在の『全国古書籍商組合連合会・会員名簿』によれば、奥村書店は銀座3-9-2(奥村総一)と銀座2-10-11(奥村邦男)の二店舗ある。住所が二丁目と三丁目だが、どちらも松屋裏にあって道路を挟んで向かい合っていたはずだ。銀座で個展をしていた頃には何度かのぞいたことを覚えている。その後どちらも移転した。最後右下「延山堂書店」を先の会員名簿で見ると住所は《大田区上池台1-19-7》店主は渡辺太郎吉である。


古書店レッテル新収品(2012-05-27)
http://sumus.exblog.jp/18354953/

daily-sumus 主なレッテルの記事
http://sumus.exblog.jp/17825230/
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# by sumus2013 | 2013-11-22 21:51 | 古書日録 | Comments(0)

多田進[オリホン]と遊ぶ

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京都に戻る日、昼前に渋谷のウィリアムモリスで多田進さん、南陀楼綾繁氏と待ち合わせ。モリスさんは都合により十二時半の開店になっているので、近くの別の喫茶店に入り密談。ひとつは南陀楼氏らと一緒にある本を作ろうとしている。それがちょっとした峠にさしかかって難渋している。さてどうしましょう、というような相談。南陀楼氏の近況も聞く。仙台や松江で活躍しているらしい。今度は徳島県へ出かけるそうだ。全国を股にかける渡世になってますな。

その後、三人でウィリアムモリスへ移動。多田さんの多彩な折本を見る。作者が心から楽しんで作っているのが伝わってきて、見ているこちらまで楽しくなってくる。

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多田 進 [オリホン] と遊ぶ
http://tadasusu.exblog.jp/20734337/

白の余白
http://tadasusu.exblog.jp
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# by sumus2013 | 2013-11-21 21:07 | もよおしいろいろ | Comments(0)

高村光太郎と高祖保

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森井書店古書目録53号(二〇一三年一一月)を見ていて「オオッ」と思ったのがこの三点セット。高村光太郎の高祖保宛献呈署名入り『某月某日』(龍生閣、一九四三年)、『をぢさんの詩』(武蔵書房、一九四三年)および高祖保宛葉書一枚。

『某月某日』には見返しの遊び紙に《謹呈/高祖保君/高村光太郎/昭和十八年七月》とペン書き。葉書は昭和十八年七月二十七日付(消印は二十九日)、宛先は《大森区田園調布/三ノ三七八/高祖保様》。ペン書き十二行。

《おたより拝見、又々御入院の
 ことを知り、驚きました。今度
 は充分御療養なされて無理を
 されぬやう申志すすめます。
 此前はまだ出あるきに無理だつた
 のだと推察されます。
 御送付の校正刷は別封で御返
 送いた志ます。一箇所かなを
 なほしま志た。  そのつひで
 に「某月某日」を同封いた志ま志
 た。おんつれづれの時にでも御覧下さい。すべてゆつくりやつて下さい。》

高祖保は『をぢさんの詩』を編集していた。『をぢさんの詩』の見返しの遊び紙にはこう墨書されている。

《此の詩集の成る、まつたく
 あなたのおかけでありまして
 印刷の字配り、行わけ、の比例
 から校正装幀などの御面倒
 まで見てくださつた事世にも
 難有く、茲に甚深の謝意
 を表します
   昭和十八年十一月
     一十六歳高村小父 光[白文印]
 高祖保雅友硯北》

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外村彰『念ふ鳥 詩人高祖保』(龜鳴屋、二〇〇九年八月四日)をごく最近買って、ぼちぼち読んでいたため、よりいっそうこの出品に対して目が釘付けになった。

本書によれば、高村光太郎は高祖が最も尊敬する詩人であった。昭和四年、十九歳のときに友人らと創刊した雑誌『門』に寄稿を依頼したところ、高村から「その詩」という詩が送られて来た。そこからの交わりである。高祖保略年譜の昭和十八年にはこう書かれている。

《二月頃、高村光太郎宅に通い詩集『をぢさんの詩』(太陽出版社、昭和十八・十一)編纂を手伝う。》

《同月[四月]中旬から肺炎のため二十日間入院。六月初めに退院。自宅静養するも六月二十四日、再入院。四十度前後の高熱と闘う。八月二十日頃退院。》

「手伝う」のに間違いはないが、謝辞を読めば組版から校正、装幀まで敬愛する詩人の詩集をほとんど一人で作っていたという様子がうかがえる内容である。これらの高村の葉書や献辞は高祖保年譜をよりいっそう充実させる貴重な資料だ。

お値段は……いや、こいう資料に関して値段はあってなきがごときものであろう。言うまでもなく貧生にはとうてい手が出ませんが。
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# by sumus2013 | 2013-11-21 20:33 | 古書日録 | Comments(2)

高田町雑司ヶ谷 ボン書店

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十七日のトーク終了後、北池袋へ向かったことは書いたが、その途中、内堀さんと編集者Oさんと歩いていたとき、内堀さんがいきなりこう言った。

「あそこにボン書店があったんですよ。大倉のところ」

そう聞かされて慌てて撮影したのが上の写真。「大倉」は割烹店。道路突き当たりの光る看板のあたり。左手が鬼子母神堂になる。

大倉(東京都/JR池袋駅、割烹)の地図情報
http://r.gnavi.co.jp/g810400/map/

内堀さんの『ボン書店の幻』(ちくま文庫、二〇〇八年)によれば昭和六年頃、後にボン書店を設立する鳥羽茂(とば・いかし)は《東京市外高田町雑司ヶ谷五二〇》の坂本哲郎の家(日本詩壇社)に同居していた。そして昭和七年五月『前線』(大阪日本前線社)二十四号に北園克衛詩集『若いコロニイ』の広告が掲載されるが、その発行所であるパルナス書房の住所は《東京市外高田町若葉》となっている。パルナス書房で鳥羽は『新鋭詩人選集』の編集にあたっていた。ところが同書房は経営破綻して選集は実現しなかった。その詫状に印刷された鳥羽の住所は《東京市外高田町雑司ヶ谷五一六》である。このすぐ後にボン書店を開業したらしい。

ちょうど上手い具合に昭和六年発行の「東京市全図」を所蔵しているので引っぱり出してみた。池袋界隈は地図の右上隅で、東京市外すなわち北豊島郡に属している。高田町が巣鴨町、西巣鴨町、長崎町とともに豊島区となるのは昭和七年より。この地図で見ると、たしかに高田町雑司ヶ谷五二〇、五一六は鬼子母神の裏手あたりになるようだ。若葉町は鬼子母神前から現在のみちくさ市をやっている通りに沿って鬼子母神と反対の方向へ少し行ったところ。

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当時の鬼子母神の様子はというと、こんな巨木に囲まれて鬱蒼としていたようだ(『ボン書店の幻』より)。昭和の初期には樹齢四百年のけやきが十八本も残っていた。戦災を免れて今に残るのはそのうちの四本だという。

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実際歩いてみるとボン書店に対するイメージも少し変ってくる。近年、この近辺に泊まることが重なったので、より身近に感じられるのだ。体で土地を測るとでもいうのか、地図を眺めるだけでは決して分らない大事なものを得られるように思う。
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# by sumus2013 | 2013-11-20 20:21 | 古書日録 | Comments(0)