林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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ラ・エー(垣根)

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パリで頂戴したDVD「LA HAIE(垣根)」(2011)。じつに面白い作品だと思った。アラン・ドゥアイー(ALAIN DHOUAILLY)氏のシナリオ、撮影、監督。奥さんのキョウコ(KYOKO NAGASAWA-DHOUAILLY)さんも協力されている。そう、お二人は古本屋さんである。だから知り合った。いや、もともとアランさんはテレビ局で番組制作に携わっていたそうで(一九七〇年代〜八〇年代)、そちらが本業と言えば本業なのだ。

フランス中央部にあるクルーズ(CREUSE)という地方が舞台。農耕には適さない土地柄で昔からおもに牧畜で支えられてきた。その片田舎で隣り合わせに農業を営むロジェとセルジュの物語。ロジェは引退した老農夫で一人暮らし、セルジュは意欲的な若い農夫で恋人と住んでいる。セルジュはロジェに機械を入れて大々的にバイオ燃料用の菜種を作るから土地を売ってくれという。しかしロジェはうん(ウィ)と言わない。バイオ燃料は環境を破壊するからだ。

ロジェは二人の農地の境に垣根を作ろうと決心する。それは金網や有刺鉄線ではなく、境界沿いに生えている灌木をそのまま利用して編み上げる自然の垣根である(これは生きた竹を折り曲げて垣根に使う桂垣と類似したやり方)。ロジェは村人たちに援助を頼むが、どの家もいろいろな理由で(主に老齢化)断り、誰も手伝ってくれない。おそらく昔は村の皆が互に助け合ってそういう作業を行ったものであろう。ロジェはひまをみては少しずつ垣根を作って行くが春までに間に合うのだろうか……

垣根を作っている間にもさまざまな事件が起きる。それは事件というほどでもない、しかし本人にとっては大きな出来事、例えば飼い猫の死、例えば昔から知合いの女友達にいっしょに暮そうと言われるとか、セルジュの恋人が都会へ去ってしまうとか……

映画というよりもTVのドキュメンタリー番組を見ているようであり(むろん出演者はみなコメディアンで、素人ではない)、また撮影しているアランさん本人もロジェの映画を撮りたいとやって来た監督としてチラリと登場するというメタ・フィルムのような仕立てにもなっている。頑固な老農夫をユーモラスに描きながらフランスの農業問題や環境問題を正面からリアルに捉える意欲作である。

「ラ・エー」はコメディである。そのいちばんの狙いは笑いを誘うことである。だが、コメディにおいてはしばしばそうであるように、笑いの裏に、われわれ皆に関わりのある重い主題に気付いてもらいたい。

【ほんのシネマ】
ロジェ(俳優はルネ・ブールデ RENÉ BOURDET)が打合せに来た監督に自分の本棚と亡妻ミレイユの本棚を示す始まってすぐの場面。英語字幕のついているヴァージョン。

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アランさんは久々に新作に取り組んでおられる。ブラッサンス公園で店番している間にもPCに向ってシナリオに手を入れておられた(のだと思う)。どんな作品になるのか、楽しみに待ちたい。本格的に撮影にかかれば古本屋はお休みするようだけど……


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# by sumus2013 | 2017-07-24 21:45 | 古書日録 | Comments(0)

石原輝雄●初期写真

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石原輝雄『石原輝雄●初期写真 1966-1972』(銀紙書房、二〇一七年八月二七日)。本書については石原氏のブログをご覧ください。ますます製本の腕を上げておられるのにまず脱帽である。二十五という部数ではもったいない。とは言うものの、手作りでこの厚さ(144頁)となれば、数に限りがあるのも致し方ないのかもしれない。

銀紙書房の新刊『石原輝雄 初期写真 1966-1972』は品切れとなりました。

石原氏の初々しい写真が魅力的。年末恒例、京都写真倶楽部の展示ですでに発表されている写真もあるが、とにかくマン・レイ蒐集家である以前に氏は写真家(写真小僧と言った方がいいかな)であった、ということがはっきり分る。

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上から順に「高校生写真」「名古屋10.21」「SL」「飛行機雲」からそれぞれ一点ずつ選んでみた。名古屋桜山付近の日常風景を切り取った「Halation」シリーズもいい。自らも書いておられるようにまさに「マン・レイ狂い」の原点であろう。

本書には、目玉として、当時、中部学生写真連盟の顧問をしていた山本悍右の文章が二篇収められている。最近、再評価いちじるしい山本悍右の写真論もじつに興味深い。「高校生写真のこと 技術は君たちにとって何か?」より。

カメラは現代の機械時代の生んだ、最も撮った尖端的な機械という名の道具です。道具はそれを生んだ時代と社会に、密接に結びついているのだと言えます。第三の手として使われるであろうカメラは、使われるその時に、ぼくたちと社会を固くつなぐ役目を果すものです。

 技術を知ることによって、写真により以上の期待をかけることが可能になるでしょう。写真を楽しくしなければいけません。毎日の生活を楽しくすることと同じよう。写真を楽しんで使うこと。写真が面白くてしかたがないようにすること、そうすることが、またサークルの意味でもあります。

もう一篇は大学生向け。「闇の中の二枚の証明書」。「ポチョムキン」、ロブグリエ、アラン・レネらを実存主義批判的な観点から論じている。

内部と外的世界との関係を、それが持つ意味を拒絶しあるいは剥奪して現実の前に立つとき表現ギリギリのところで、物体と対決しているのである。必然的にそれはメチエの技術への厳しい反省をともなうだろう。そこから新しいマニエルの反省に結びつくのだろう。このことは単純に、これらの仕事がそれだけで終るのではないかという懸念をもつ。それに対してイヨネスコが答えている「想像は創造である。」という言葉を置いておこう。

この問いかけは、今もって(いや何時の時代にも)有効な、すなわち本質的な問題であろう。どちらのテキストにおいても山本悍右は「技術」というものを重く見ている。これもまた作家の本質的な部分に触れるのではないかと思う。

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# by sumus2013 | 2017-07-23 20:11 | おすすめ本棚 | Comments(2)

新訳ステファヌ・マラルメ詩集

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京都に戻って間もなく柏倉康夫『新訳ステファヌ・マラルメ詩集』(私家版、百部限定、二〇一七年六月三〇日)が届いた。すでに紹介したようにキンドル版で読めるとしても、やはり紙の触感やインクの匂いを嗅ぎながら詩行をたどるのはこの上ない喜びである。詳しい内容、入手方法などはウラゲツ☆ブログをどうぞ。

注目新刊:柏倉康夫訳『新訳 ステファヌ・マラルメ詩集』私家版、ほか

そしてまたこれはマラルメ詩集としては異風な体裁である。表紙デザイン・題字は古内都氏。表装の専門家とのこと。表紙の文字を拾い出してググッてみるとどうやら『資治通鑑』(十一世紀の初めに中国で編纂された編年体の歴史書)の「唐紀」のあたりだと見当がついた。たぶんマラルメとは直接の関係はないと思うが、意表を衝いたアイデアである。

これまでも柏倉先生によって翻訳されたマラルメの詩集は何冊も読ませていただいた。非常に明晰かつ明快な訳文で十二分に練れた日本語になっているのだが、そうではあっても、そこに意味を辿ろうとすると、やはり難物である。

「賽の一振り…」

「牧神の午後 田園詩」

それではと、フランス語版(たまたま百円で買ったプレイヤード版マラルメ集を架蔵している)を取り出して併読してみたが、これは普通のフランス語ではなく、まったく歯が立たない。

もう途中からは、意味だとか詩人の作意などは忘れて、単語の連鎖が引き起こす視覚的な連想を楽しもうというふうに態度を変えてみた。すると、それはそれなりに楽しめるのである。ギュスターヴ・モロー(1826-1898)の絵画世界を感じさせる作品も少なくない(十六歳上のモローとマラルメの歿年は同じ)。

あるいは、ブランクーシ。まったく両者の間には関係は認められないと思うのだが(世代も違う)、そう思いつつも結びつけたくなるのが次のソネットの一部。「いくつかのソネット」より「ーー汚れなく、生気にあふれ、美しい今日は」の第三連。

 空間を否定する鳥に空間が科す
 この白い苦悩を伸ばした頸をふって追い払っても、
 羽を捉えられた大地への恐怖は打ち消せない。

これは見事な訳文である。原文はこちら。

 Tout son col secouera cette blanche agonie
 Par l'espace infligé à l'oiseau qui le nie,
 Mais non l'horreur du sol où le plumage est pris.

鳥というのは二連目に出ている白鳥(cygne)。この《空間を否定する鳥に空間が科す》という文言はどうしてもブランクーシの代表的な作品とも言える「空間の鳥 Oiseau dans l'espace」(一九二三年に初めて発表された)を連想させる。下の写真は今回のパリ行で撮影したアトリエ・ブランクーシのワンカット。石膏による「空間の鳥」が立ち並んでいた。

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一九二三年から以後二十年にもわたってブランクーシは「空間の鳥」にこだわり続け、大理石で六体、ブロンズで九体、そして数多くの石膏作を残したのだという(『BRANCUSI』ポンピドゥーでの回顧展図録、ガリマール、一九九五年)。「生涯をかけて飛翔の本質だけを探し求めてきた。飛翔(Le vol)、なんという幸福!」とブランクーシは語っていたとも。

鳥だと言われても鳥とは思えない形である。マラルメが虚無という深い淵を覗き込むようにフランス語を研ぎすませた、のと同じようにブランクーシはその飛翔の本質を磨きに磨いたのではあるまいか。むろんマラルメの意図とブランクーシの考えはまったく違った次元にあるのだろうが、それでも「空間の鳥」のキャプションにマラルメの詩句を添えてみたい誘惑に駆られる。

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# by sumus2013 | 2017-07-22 21:18 | おすすめ本棚 | Comments(2)

わたしのかふか

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ミニアチュール神戸展 Vol.17
わたしのかふか

2017年7月22日〜8月2日

ギャラリー島田
http://gallery-shimada.com



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林哲夫「K」2017作


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# by sumus2013 | 2017-07-22 07:47 | 画家=林哲夫 | Comments(0)

同志諸兄に告ぐ

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ある古書店の方がこんなもの見つけたよと言って送ってくださった。「あて所に尋ねあたりません」という右京郵便局のスタンプが捺されている。ご覧の通り小生宛に送られたのだが、二〇一〇年ということは上記の住所から転居しておよそ三年経っていたため、転送されずに彷書月刊編集部へ返されてしまったわけである(よく残っていたなあ!)。この時点ではむろん『彷書月刊』を毎月購読していたのだから新しい住所は編集部も把握していたはずだ。おそらく目録に載せた古い住所録からこの宛名は書かれたものに違いない。

「すむーす堂」は『sumus』のメンバー(主に山本、扉野、小生)が彷書月刊』誌上で古本を販売していたときの屋号である(古本市やネット上でもしばらく使った)。これもかなり以前に田村さんから目録を掲載して欲しいと電話で頼まれて一時期定期的に載せていた。挿絵入ですべて手書きの一頁目録。

この封筒には以下のような檄文(?)と目録出稿の依頼状が入っている。

同志諸兄に告ぐ
 懸命なる諸兄はすでに仄聞せらるるやもしれぬが、今、われらが「彷書月刊」誌は気息エンエンたる危機的状況にある。公言した創刊三百号まで、あと一歩というところにこぎつけながら、ついに矢尽き刀折れ、台所は火の車スッカラカンのカンと成り果てていることは、編集長田村治芳が万感の想いで吐露している通りである。
 しかし、しかしである。ことここに至り、苦しい状況下残る力をふりしぼって持ちこたえてきた彷書月刊」を、このまま立ち腐れにさせてしまってよいものか。見殺しにしてしまってよいものか。新たなる古書情報の発信基地、古書愛好家たちの砦を旗印に、'85年の創刊以来25年の長きに渉り、志ある同業たちが意欲的なスタッフたちと手をたずさえ、次から次へと引き継いできたこの偉業を、ここで途絶させてしまってよいものか。

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執筆者は《「彷書月刊」を支持する友人一同/代表 稲垣書店 中山信行》氏。二〇一〇年三月二二日付けになっている。もし返送されずに届いていたら、もちろん目録を掲載させてもらったと思う。ただ『ぽかん』連載で内堀弘さんが回想しておられるように、この時期、篤い病と闘っていた田村さんは三百号にかなり固執していたようである。この檄文にもそのあたりの事情が綴られ、中山氏はこう書いておられる。

せめて三百号出すまではと執念を燃やす編集長のためにも、古書業界の気概を世に示す灯を消さないためにも、ここは一番、諸兄の英断を信じ、義援的精神のもと目録出稿の形をとって、応援してやろうではないか。終刊予定の10月号まであと六冊、なんとしても支え、無事本懐を遂げさせてやろうではないか。

もっと早く見切っていれば当然のことながら負債額も減らせた。しかしながら、今の時点から考えれば、やはり三百号は出しておいてよかったのではないか。目次を写しながらそう思うのである。



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# by sumus2013 | 2017-07-21 20:57 | 彷書月刊総目次 | Comments(0)

彷書月刊1989

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1988年12月25日発行
第5巻第1号(通巻第40号)

〈巻頭エッセイ〉
近頃不愉快なこと 寺田透

特集 かるた・双六・福笑

お正月ぁいいもんだ 斎藤良輔
江戸のあそび 稲垣史生
教育すごろく 唐澤富太郎
「福笑い」あれこれ アン・ヘリング
かるたの歴史 村井省三
カルタいろいろーー滴翠美術館所蔵から 山口格太郎
木版歌かるたの流行 江橋崇
針うち・えんずーーお正月の子供遊び 斎藤たま

〈書架より〉
幻の元号「光文」考案者・中島利一郎 森秀樹

〈古書のにおい(6)〉
奇妙な再会 串田孫一

〈連載8〉
スノードロップー遺稿『豊平川』より 松本恵子

〈連載3〉
聞き書き古本屋の個人史 本郷・琳瑯閣書店 斎藤佑次
インタヴュアー/若原隆和

〈掘出本〉
中西伊之助自伝『冬の赤い実』 大和田茂

〈古書店から〉
詩集『白痴の夢』 青木正美

一人一冊探求書
受贈書
古書即売会情報
編集後記 田

表紙・カット 渡辺逸郎

編集人 田村治芳
編集部 内堀弘・高川ナギサ
発行人 堀切利高
発行所 株式会社 弘隆社
〒101東京都千代田区猿楽町1-2-4-302
印刷所 三協美術印刷株式会社

全国古書店目録
夢書房/キリン書房/志文堂/中村書店/江戸川書房/索文社図書/柏光書房/カバラ書店/伏見屋書店/瑞弘堂書店/古書空閑文庫[くがぶんこ]/永井古書店通信販売部/あき書房/古本あじさい屋/すかぶら堂書店/田中書店/玄学楽書房/古書の西新書房/なずな古書店/天野屋書店/舒文堂河島書店/国府堂書店/ロマン書房本店/一歩堂書店/山猫屋/千葉書店/古書芳林文庫/木本書店/易専門 八起[ヤオキ]書店/

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有精堂『体系物語文学史』他/凱風社『臺湾高砂族系統所属の研究』他/第7回横浜そごう古書籍大即売会/小笠原貴雄『風雪』彌栄出版/新泉社のかるた/くもん出版 アン・ヘリング『江戸児童図書へのいざない』他/新宿書房 斎藤たまが切り開く民俗の世界! 他/東京書籍『遊びの大事典』/


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# by sumus2013 | 2017-07-21 17:36 | 彷書月刊総目次 | Comments(0)

厄除け詩集

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持っているという記憶がなかったのだが、書棚をふと見ると井伏鱒二『厄除け詩集』(講談社文芸文庫、一九九四年七月二〇日三刷)が挿してあったので、アッと思って、抜き出してみた。そうだったのか、どうして宮崎修二朗翁が最初に『臼挽歌』のことを大岡信に知らせたのか納得できた(触媒のうた)。大岡は本書に解説「こんこん出やれーー井伏鱒二の詩について」を寄稿している。その初出が『海』昭和五十二年八月号なのである。ということは初出の時点では大岡は『臼挽歌』を知らなかった。

実は私は、これらの訳詩の由来についての「田園記」の記述は、井伏氏独特の作り話であろうと思いこんでいたが、宮崎修二朗氏の教示によって現実に下敷きになった本があるのを知り、むしろ意外な思いさえした。

この後に続けて若き井伏が『伊沢蘭軒』連載中の森鴎外にニセの手紙を書いたことや『遥拝隊長』に出てくる俚謡とされる詩が「つばなつむうた」として本書に収められていることを挙げて「田園記」の井伏自身の記述を信じなかったことについて多少の弁解を試みている。井伏が嘘つきなのは間違いない。しかし嘘には本当というタネが必要なのである。

本書は『井伏鱒二自選全集』(筑摩書房、一九八六年)と筑摩版『厄除け詩集』(一九七七年)を底本としているそうだ。河盛好蔵の解説「人と作品」に付された書影は昭和二十七年に木馬社から出た『厄除け詩集』である。初版は昭和十二年(野田書房)と年譜にあるのでネット上で書影を捜したのだが、けっこう手間取って、やっと見つけた。コルボオ叢書の一冊として百五十部だけ刊行されたようだ。

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# by sumus2013 | 2017-07-20 20:14 | 古書日録 | Comments(2)

初期「VIKING」復刻版

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初期『VIKING』の復刻版が出るという話は、昨年、茨木市立中央図書館で「筆に聞いてんか 画遊人・富士正晴」という講演をやらせてもらった日に中尾務さんから聞いていた。どうやらそれが刊行されたらしい。留守中に中尾さんが『初期「VIKING」復刻版 解説/総目次/執筆者索引』(三人社)を送ってくださっていた。深謝です。詳細については下記サイトをご覧頂きたい。それにしても三人社、恐るべき出版社なり。

(株)三人社

海賊たちの破天荒な航海日誌
初期「VIKING」復刻版(1947年〜1953年)

ここに収録されている中尾さんの論考を読み始めて、いきなりこんなところで止ってしまった。

ちなみに、富士は島尾から借りた花田清輝『復興期の精神』ではじめてVIKINGの名を知り誌名としたと回想している(「VIKINGの初めの頃」1967・10『VIKING』202)が、誌名『VIKING』決定の直前に読んだ『復興期の精神』は、富士が義弟・野間宏に依頼、版元の真善美社から送られてきたものである(1947・7・29付野間宛て富士封書。7・31消印富士宛て野間ハガキ)。

真善美社版の花田清輝『復興期の精神』は、つい先日ここで紹介したばかり。ただし我観社版。その第二版が一九四七年二月に真善美社から出た。

花田清輝『復興期の精神』(我観社、一九四六年一〇月五日)

止ってしまった理由はもちろん『復興期の精神』のどこにVIKINGが出ているか捜し始めたからである。目次にはそれらしき名前が見出せない。文章のどこかに登場するのだろうか、これは厄介だ。とにかくそれらしいところをペラペラめくってみる。「楕円幻想」ヴィヨン、「極大・極小」スウィフト、あるいは「汝の欲するところをなせ」アンデルセンか……と思ったが出て来ない。諦め気味にパラパパラっと流していると、コロンブスの文字が見えた、コロンブス=船乗り、これか? と思ったら、出ていました。

アメリカは、ヴァイキングの間では「葡萄の國[ヴインランド]」として、はやくから知られてをり、その最初の発見者は、グリーンランド生れのリーフ・エリクソンだといふので、コロンブスの名聲を眞向から否定しようとする人々がある。》(架空の世界)

かれの空間にたいする愛情は、旋回し、流動する空間、ーー時間化された空間にたいして、そそがれたのではなかつたか。羅針盤は壊れる。しかし、船は、まつしぐらに、虚無のなかを波を蹴つてすすむ。虚無とは何か。檣頭を鳥が掠め、泡だつ潮にのつて、海草が流れてゆく。》(同)

しかし、空間は至る處にある。新しい世界は、至る處にあるのだ。たとへ、それをみいだすために、コロンブスと同樣の「脱出」の過程が必要であるにしても。(同)

うーむ、カッコよすぎる。富士も唸ったに違いない。これなら雑誌名は「コロンブス」の方がよかったかもしれないな、とつまらないことを考えた。しかし、ヴァイキングはコロンブスに先立ってすでに虚無の海図を知悉していた。ならば、やはりヴァイキングに軍配が上がるのか。

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# by sumus2013 | 2017-07-17 21:27 | おすすめ本棚 | Comments(0)

アソシエ書店

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今回の収穫として第一に挙げなければならないのはシェ・レ・リブレール・ザソシエ(Chez les libraires associés)への訪問である。ミッテラン図書館でのトポール展についてはすでに報告した。その展示に同調する形で「ここでもトポール展が開かれているよ」とパリ在住の知人が教えてくれた。それは是非とも訪問しておきたいと、ホームページをチェックしてみたが、その時点でこれはなかなかの書店だと驚かされた。日本の絵本なども扱っている。

Chez les libraires associés
3 RUE PIERRE L'ERMITE
75018 PARIS FRANCE

十八区、地下鉄二号線ラ・シャペル下車。ラ・シャペルは北駅と東駅に挟まれた場所で、インド人街のような雰囲気の一角もあり、中東やアフリカの人達も数多く行き交っている。見たこともないような果物が八百屋に並んでいて目を射られたり、派手な民族衣裳で闊歩する女性たちに圧倒されて道を間違えてしまったり、それでもなんとか目的の通り番地に辿り着いた。

上の写真がそのピエール・レルミット通り。まあ、とりたてて変哲もない街路である。商店もほとんどなく住宅街と言っていいだろう。この写真の左手前に移っている建物の一階にリブレール・ザソシエはあるはずなのだが、看板も何も一切出ていない。3番地の両開きの扉(もうひとつ片開きの扉もあるので注意)の脇に付いているソヌリ(ボタンを押す式の呼出ベル)のひとつに「Librairie」と手書きのシールが挟んであるだけ。まあここしかない。とにかくボタンを押す。すると「カチッ」とかすかに鍵が開いた音がした(パリではどこの玄関でも鍵を開けると同じような小さな金属音がする)。扉を押して中に入る。

入ってビックリ。高い天井、壁際は一面の書棚、スーッと奥へ真直ぐ伸びた廊下は広々として何も置かれておらず、清潔な図書館を思わせる。入ってすぐ左手に一室、突き当たりに一室、その左奥に一室、さらに地下室もある。トポールの展示を見たいというとレジ机にいた男性は地下へ行けと階段を指さした。

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地下室へ降りてまたまたビックリ。古本屋というよりアート・ギャラリーの雰囲気である。実際、地下室はおおむねギャラリーとして使われているようだ。手紙や自筆デッサン、書き入れや献辞またはイラストの入った書籍、版画やポスター、生写真、その他見た事もないようなトポール表紙の数々の本が並んでいた。十年かけて集めたのだそうだ。もちろん全て売り物、Bnfと違ってどれでも買い取っていいわけだ。いちおうこの展示は会期を区切っているから売約済みの赤丸が付いているものがかなりあった。

自筆モノが欲しかったが、むろんそれなりに高額である。なかなかうまい値付けになっている。じつはもうすでにそこそこ値の張るトポール関連品を他所の店で買ってしまっていた。もし、それがまだだったなら、小さな落書きのようなスケッチを買えたのだが……。まあ予算は決まっているのでどうしようもない。買える範囲内で何か欲しい。会場をうろうろすること小一時間。迷いに迷ってジャン・ジャック・ポヴェールから一九六八年に出た『TOPOR La vérité sur Max Lampin』に決定。ショーケースに入っていたので取り出してもらう。そこには同じ本が二冊並んでいて、一方は状態が悪く、もう一方はかなり綺麗な本。ただし値段は倍違う。いつもの小生ならゼッタイ安い方にするところだが、今回は高くて状態のいい方を選んだ(よし、よし)。「持って帰っても大丈夫ですか?」と尋ねたら「これは他にもう一冊ありますから、問題ありません」という答え。さすが……。

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日本の本が並んでいるだけあって若い店主(の一人)は「ぱりニ、スンデイマスカ? カンコウデスカ?」などと日本語を操るのである! これにもちょっと驚いた。英語は珍しくないが、日本語を話す古書店主はまだ珍しいと思う(日本人店主は別です、勿論)。

その何日か後、別の古本屋さんにやや興奮気味にアソシエ書店の話をした。
「あそこは三人でやっていてね、もとはサントゥーアンにいたんだよ。うちの店にもよくやってきて何度もいい本を抜いて行った。あとで彼等の値付けを見て地団駄踏んだこともあったよ。今、パリでいちばん元気がいい店なんじゃないの」
サントゥーアンはクリニャンクールの蚤の市のことである。

そして、今、アソシエ書店を検索していてまたもやビックリ、な、なんと以前 daily-sumus でも取り上げたことのある新発見のランボーの写真、それを掘り出したのが、このアソシエ書店の経営者の一人ジャック・デッス(Jacques Desse)氏ではないか。ランボー売ってこの店を買ったのかなあ……!?

ランボーの知られざる写真

Chez les libraires associés
Ce blog est consacré à la photographie d'Arthur Rimbaud à l'Hôtel de l'Univers

そして、京都に帰ってから、もう一度、アソシエ書店には驚かされた。なじみの古本屋さんに「パリに凄い本屋さんがあったよ〜」などとペラペラ話していると「あれ、その人たちうちの店に来たことあるよ」……。なるほどねえ、日本語しゃべるはずだよ。

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# by sumus2013 | 2017-07-16 21:07 | 巴里アンフェール | Comments(0)

コーネルへのオマージュ展

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所用のついでに神戸で本日から開催の『百窓の半分 ジョセフ・コーネルへのオマージュ』展へ。五十人以上の参加者による箱または箱に類する作品が並んでいる。こんな展示は滅多に見られるものではないと思う。日本人だけではなく外国の人たちの作品も多く、そのテイストがさらに展示に広がりを与えている。

ギャラリーAO
https://www.yelp.co.jp/biz/ギャラリーao-神戸市

下は仕掛人の小野原さんがその出品に感激したという塩見允枝子氏の作品。岡山生れの現代音楽作曲家で一九六四年渡米しフルクサスにも参加したという女史の作品は「ビー玉の為の十四の指示」(旧作の再制作だとのこと)。指示の印刷された紙をシュレッダーにかけて(切り刻んで)小箱に収めた作品。さすがフルクサス……

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帰途、街の草へ。加納さん、元気そうだった。例によって本が店内に山積み。店頭に出ていた図録などの他に20円均一箱(文庫本の裸本ばかり)から水上勉『古河力作の生涯』(文春文庫、一九七八年)を拾う。これ読まなくちゃ、と思っていたところ。元本は平凡社刊で、日本の古本屋では案外と安くない。加納さんも「それ、最近、見ないよ」と。読めればいいので嬉しい。

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その後、二駅引き返して甲子園へ。みどり文庫さん。こちらも頑張っておられる様子、何より。

ツレヅレナルママニ(みどり文庫)


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# by sumus2013 | 2017-07-15 21:05 | 雲遅空想美術館 | Comments(4)