林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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林哲夫油彩画展 comme ça 終了しました。

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林哲夫油彩画展 comme ça
2017年9月12日〜9月24日

ギャラリー恵風
http://g-keifu.com


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# by sumus2013 | 2017-09-24 20:26 | 画家=林哲夫 | Comments(0)

検印紙二題

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きだみのる『氣違ひ部落周游紀行』(吾妻書房、一九四八年一二月二五日四刷)の画像を makino 氏より頂戴した。装幀のクレディットはないそう。また、検印紙の印文がきだみのる(本名山田吉彦)と結びつかないようなのだ。「英久」と読めるが、如何に?

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市立図書館へ行って、嵐山光三郎『漂流怪人・きだみのる』(小学館,2016年2月)など、二三の伝記をざっと見ましたが、雅号などの記載は見つかりませんでした。職員は、県立図書館とも連絡をとって調査して、何かわかったら、後日連絡する、と云っていました。好意謝するに余あれども、「検印」とは何かの説明に一汗かかされるようでは、期待薄です。

さもありなん。若い人たちが、たとえ図書館スタッフでも、検印紙の貼付されている本なんて見た事がない、としても不思議ではないだろう。


もうひとつは少し前に買った矢野朗『肉體の秋』(京北書房、一九四七年一月一八日)。表紙および扉絵のサインは「泰」とだけ。佐藤泰治かとも思ったが、画風が違うようだ。

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この本、問題は表紙画ではなく検印紙。どこかで見たぞ、この図柄! そう南北書園とまったく同じなのである。

堀井梁歩訳『ルバイヤット異本留盃耶土』(南北書園、一九四七年)

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南北書園とまったく同じなのは検印紙だけではない。版元の住所そして電話番号もまったく同じである。発行者は早田眞朗。さすがに会員番号は違っている。そして疑わしいというか、まぎらわしいのはその社名と発行者名がどことなく似ている事。南北書園京北書房、瀧眞次郎と早田眞朗。この一冊だけでは判断できないが、実態は同じ会社なのではないだろうか。

国会図書館で南北書園検索すると昭和十六年から二十四年まで四十九件(同一書を含む、一件は参考文献なので除外)、京北書房の発行物は昭和十七年から二十八年まで二十八件ヒットする。前者は純文学系、後者はエンタテインメイントおよび実用書という大雑把な出版傾向があるように思う。はっきりしたことは何も言えないが、名前を使い分けていた可能性もある。ただ本書はどちらかと言うと純文学に近いように思う。


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# by sumus2013 | 2017-09-23 21:15 | 古書日録 | Comments(0)

大人の時間 子どもの時間

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今江祥智『大人の時間 子どもの時間』(理論社、一九七〇年二月、そうてい=宇野亜喜良)。やはり均一台にて。見返しのあそび紙のところに献呈署名がある。《上野瞭学兄 恵存 今江祥智》。どうしてこれが均一に?

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と思ったら、線引きにドッグイヤーが二ヶ所ほどあったのだった。けれども、考えてみれば、これは当然上野瞭が書き入れ、そして角を折ったと考えていいだろう。それなら別段マイナス評価にはならないのじゃないのかな? 上野瞭には児童文学として『ひげよ、さらば』、小説に『砂の上のロビンソン』『アリスの穴の中で』がある。

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エーリヒ・ケストナーについて書かれた文章がなかなか熱い。「人と作品=A」の「a 
エーリヒ・ケストナー」より。

みなさんの子どものころを決して忘れないように、とケストナーはいう。忘れるものかとぼくは思う。
 ぼくが子どもだったころ、日本はいくさ[三字傍点]のさなかにあった。子守唄のかわりに軍歌が鳴りひびき、兄はぼくとキャッチボールをするのを止して戦場に行かねばならなかった。

ドイツの作家、『ヨーゼフは自由を求める』の著者ヘルマン・ケステンは、その友人ケストナーについて書いた文のなかでこう言う。
 成人してから私はケストナーの子どもの本を読んだ。『エミールと探偵たち』から『動物会議』『二人のロッテ』に至るまで。

ケステンは子どものころ、子どもの本など一冊も読まなかった。そのかわりに、聖書、シラー、シェイクスピアなどからすぐに始めた。
 ぼくは子どものころ、子どもの本など読めなかった。そのかわりに山中峯太郎、高垣眸、南洋一郎などの戦争スパイ小説、チャンバラや冒険活劇の本をあきるほど読んだ。同じころに読んだ本で今まではっきり感動をおぼえているのは、わずかに「ファーブル昆虫記」だけである。
 しかし大人になってからケストナーを読み、感心したのは、おそらく二人とも同じだろう。それでここに書きたいのはそのことなのだ。つまり、「八歳から八十歳の読者のために」本を意図し、書きつづけ、成功したと思われるケストナーの秘密はどこにあるかということだ。その間に、戦争と知識人の問題、転向と亡命の問題、詩人と金銭の問題、子どもと親の問題、等々が出るにちがいない。

『エミールと探偵たち』は、その後のケストナーの児童文学の原型だといえる。その根底にあるのは正義感、少年の心にはびっしりつまっていて、大人になるにつれてボロボロ抜けおちる正義感である。それを支えるものとして「男らしさ」の精神、それに、「純金の心」そのままの鋭さを備えた眼。

その彼の秘密の一つはまた、彼が『エミールと探偵たち』で主張した正義と勇気の大切さを身をもって実証したところにある。彼はうそつきではなかったのだ。だから子どもたちはこの「おじさん」を信用したのだった……。

引用最後の《身をもって実証した》は、ケストナーがナチ政権下で、焚書に処せられ、執筆禁止を命じられながらも、亡命をせずドイツに留まり続けたことを指す。小生も子供の頃にケストナーを読んだ記憶はまったくない。しかしこれまでにも彼の本は何冊も取り上げている。

『雪の中の三人男』(白水社、一九五四年)

『ケストナー少年文学全集6』(高橋健二訳、岩波書店、一九六二年五月一六日)

『飛ぶ教室』(高橋健二訳、一九五〇年四月一七日)

『どうぶつ会議』(岩波書店、一九五四年一二月一〇日)

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# by sumus2013 | 2017-09-22 21:00 | 古書日録 | Comments(0)

もよおしいろいろ

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佐野繁次郎展

2017年10月1日〜10月31日

アシダ画廊
http://ashidagaro.com







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戸田勝久展「小さな手紙」

2017年9月27日〜10月3日

MORIS
https://moris4.com




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今井雄男 余白の起源

2017年9月2日〜9月30日

ozasakyoto
http://artozasa.com




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通崎睦美コンサート
今、甦る! 木琴デイズ vol.8

2017年10月26日
文化博物館別館ホール

通崎睦美コンサート otonowa
http://www.otonowa.co.jp/schedule/tsuuzaki

通崎好み製作所
http://tsuuzakimutsumi.com


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市島三千雄生誕110年記念祭

2017年11月18日

新潟大学駅南キャンパス「ときめいと」
https://www1.niigata-u.ac.jp/tokimate/





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# by sumus2013 | 2017-09-21 21:21 | もよおしいろいろ | Comments(10)

雪舟!?!?

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やはり画廊へ自転車で向う途中、ちょいと立ち寄った古書店の店頭にこんな本が出ていた。昨日の今日で、ま、こんな偶然はよくあること。金沢弘『ブック・オブ・ブックス 日本の美術14 雪舟』(小学館、一九七六年一二月一日)。近年開催された大々的な雪舟展の図録も持っていたのだが、引越しのときに処分してしまい、ちょっと古いがちょうどいいやと買い求めた。百円。

ここには昨日の再発見とされる雪舟と同じシリーズの団扇絵が七点掲載されている。そのうちの四点を掲げる。

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これらはすべて重要文化財に指定されている。だから間違いなく雪舟だとも思えないが、まあ、雪舟と推定していいレベルには達している。このシリーズの延長に昨日の再発見の団扇絵があるわけだ。しかしこうやって較べてみると、再発見の方は構図がなってない。絵の重心が右下の岩にかかりすぎていて不安定だ(本書掲載図版では「倣牧谿山水図」がややこれに近い)。もちろん、夏珪を模写したと断り書きがあるのだから、元絵が悪いのだと言えばそれまでにしても、上の四点、とくに夏の二点(キュビスムのような構成)と較べると、よほど凡庸で落ち着きが悪い。遠景の薄い山並みも平板である。

……雪舟だって傑作ばかり描いたわけではもちろんなかろう。こういう印象批評はなんの足しにもならない。足しにはならないが、ファースト・インプレッションがばかにできないのも本当のところ。科学的に絵具なり用紙なりを分析して、少なくとも、同時代であることを証明しなければならないだろう。

雪舟にもお猿さんの絵「猿猴図屏風」(ボストン美術館)があった。下は本書より部分。

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# by sumus2013 | 2017-09-21 21:06 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)

雪舟!?

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昨日たまたまこのニュースを知ってビックリした。

雪舟の幻の作品 84年ぶりに確認 山口県立美術館

ビックリしたのは「雪舟発見」ということではなく「これが雪舟? まさか」という意味で、である。「四季山水図」に似ているというのだが、小生には「四季山水図」から適当にモチーフを引き出して組み合わせ、別の絵にしたとしか思えない。そう古くない作品だろう。むろん「専門家」じゃないので大きな口はたたけないが、それにしても、あんまりじゃ……。

じつは小生もいわゆる「雪舟」を買ったことがある(下図)。雪舟という落款があるというだけで、当然こんなものが雪舟のはずはない。ただ、絵そのものはそこそこ古いかなと思ってつい買ってしまった。保存状態も悪く、とりたてて上手というわけでもないが、上の再発見の雪舟よりはよほど見所はあるかと。落款は後の時代に書き加えられたものに違いない。猿の絵というのは牧谿(猿猴図)が有名だし、長谷川等伯にも牧谿に倣った「枯木猿猴図」という秀作がある。本作は水面に移った月を取ろうとしている猿というモチーフ「猿猴捉月」であろう。東晋の仏書『僧祇律』に見える逸話だそうで、身のほどを知れという仏陀の説教だったとか。


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# by sumus2013 | 2017-09-20 20:23 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)

海門穐色

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好天に恵まれれば画廊へは自転車で通う。その道筋にいつくかの古書店がある。今日はどこの店をのぞいて行こうかなどと迷ったりするのが楽しい。この古い紙は先週のある日、ある古書店で求めたもの。そのときはいつもの場所にあまり食指の動く品物がなかった。手ぶらで出るのもなあ……と思案していたら、グッドタイミングでご主人が「こんなのが入りましたけど」と十枚ほどのマクリを店の奥から出して来てくれた。いつも大した買い物もしないのに、有り難い事である。

ざっと見て五枚ほどもらうことにした。南岳と小竹の屏風はがしのような漢詩が混ざっているのは店主も分っていたようだが、それでもかなり安くしてくれた。藤沢南岳は讃岐藩に仕えたのでもちろん嬉しかったのだが、ここに紹介した小色紙というのか小詩箋というのか、縦が十六センチほど、灰褐色の用紙に書かれた漢詩に強く惹かれた。裏面に作者の略歴が貼付されてある。悲しいかな、浅学ゆえ、すぐに誰だか見当がつかなかった。

  葛湛 橋本氏名張字子琴号菴、/別号竹風楼或小園叟

今、思えばちゃんと子琴と書いてある。また表の最後の行にも港口(大阪湾か)に舟を泛かべて大物を釣る徒葛張と署名してあるではないか。すなわち混沌社の穎才、葛子琴の七言律詩であった。とにかく文字がいい。ただ几帳面なだけではなく、ある種の冴えを感じさせる。

新建懐徳堂
葛子琴刻印(子慶氏印 積善印信印)各一顆

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# by sumus2013 | 2017-09-19 21:24 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)

林哲夫油彩画展 comme ça 後半始まりました

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林哲夫油彩画展 comme ça
2017年9月12日〜9月24日

ギャラリー恵風
http://g-keifu.com


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# by sumus2013 | 2017-09-19 08:39 | 画家=林哲夫 | Comments(0)

河口から III

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『河口から』III(季村敏夫、二〇一七年九月一五日)。本号は発売=澪標となってバーコードも付いている(463円+税)。

「澪標」本を、もっと楽しもう。

素描………倉本修
おくりびと………山崎佳代子
光景………季村敏夫
宗教ナル者アリテ………水田恭平
事柄の無垢について………季村敏夫
この夏のこと………季村敏夫

水田恭平宗教ナル者アリテーー岩成達也・瀬尾育生『詩その他をめぐる対話』をめぐって」につぎのようなくだりがあって興味深く読んだ。

瀬尾は、明治期の「プロシャの一神教、プロテスタント国家の一神教を輸入して」作り上げた日本の近代国家の形成を「模型作り」に喩え、そこで演出された疑似的超越性すらが戦後の「天皇人間宣言」によって否定され、「いっさいの超越性が瓦解させられた」とする。この構図に対して、岩は「天皇超越論に全員が納得していたわけではないはず」と短い異議をはさんでいる。

天皇超越論に全員が納得していたわけではないはず……これはほとんど誰も納得していなかった、いや無関心だったと言うべきではないか。だからこそ「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」などという文言が書かれる必要があったのだろう。

伊藤博文は新生ドイツ帝国とオーストリアに赴き、そこの第一線の憲法学者たちから近代的憲政システムについての講義を受けつつ、それを咀嚼し、日本に何が導入可能か、を思索する。その結果が明治二十一年、枢密院議長として伊藤博文が議員たちにした説明のなかに伺える。それは、「プロシャの一神教、プロテスタント国家の一神教を輸入して」(瀬尾)ということに関わる。
 明治憲法が打ち出す天皇制の構想は、天皇を明治憲法の冒頭に置くことで憲法の制約を受けることを表しつつ、しかし、「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」と憲法の枠外に置くというアクロバティックなものである。

伊藤はドイツ帝国では宗教が機軸になっているが、日本にはその機軸たるものが現存しないと考え、

ここから、「我国ニ在テ機軸トスヘキハ、独リ皇室アルノミ」として、皇室=天皇を「機軸」へと演出するという憲政システムが構想された。

この伊藤の「宗教的ナル者」の把握の仕方に、近代天皇制が主張する「超越的なもの」の擬似的性格はすでに刻印されていた、と私は思う。

要するに明治憲法の矛盾は伊藤博文も重々承知して、革命を経たフランスではなく、ドイツ帝国による教会統制のための手法に倣った、というわけである。それがいかなる道へ日本を導いたかは周知の通り。

比較する意味で、明治憲法公布から十四年後、明治三十六年の『平民新聞』創刊の言葉を掲げる(『古河力作の生涯』より)。

一 自由平等博愛は人生世に在る所以の三大要義也
一 吾人は人類の自由を完からしめんが為に平民主義を支持す。
  [下略;身分と財産と男女差別の打破]
一 吾人は人類をして平等の福利を受けしめんが為に社会主義を主張す。
  [略;生産配分]
一 吾人は人類をして博愛の道を尽さしめんが為に平和主義を唱導す。
  [略;戦争の禁絶]

日露戦争前夜のこと。この理想が、今日に至っても、成し遂げられる気配は見られない。

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# by sumus2013 | 2017-09-18 21:02 | おすすめ本棚 | Comments(0)

田端人 第三輯

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矢部登『田端人』第三輯(春から秋へ。二〇一七)をいただく。いよいよ純で粋な冊子へと昇華されてきた。今回の登場人物もシブイ。

王子の街道ぞいにある古本屋へたちより、高田浪吉の随筆集『紅炎記』にめぐりあう。昭和十八年にでた染みだらけの裸本。》(あさがほの露)

田端の谷田川のほとりに太田水穂は住む。大正八年七月から昭和十四年三月まで。それいぜんは小石川三軒町に。夫人は歌人の四賀光子。》(掃溜の鶴)

戦後でた潮音叢書の一巻に沼波美代子の歌集『塵にまみれて』がある。著者は沼波瓊音の次女。名付け親は国木田独歩。瓊音は国文学者で俳人。「俳味」を主宰し、家での句会の席に物心ついた子どもたちもすわらせて、俳句のてほどきをする。瓊音が亡くなって四年後の昭和六年。沼波美代子は子どものころから知る太田水穂の潮音に入社。二十二歳であった。》(同前)

内田義郎は吉田一穂を師とする。四册の詩集がある。》(無限の人)

内田義郎詩集から引用された「風」という詩には「風立ちぬ」の引用があってこころ惹かれた。直訳調である。なお内田義郎(よしを)は六十五歳で義寶(ぎほう)と改名し、義朗(よしお)と号したそうだ。

ーー風が立つ。生きることを試みねばならぬ。(ヴァレリイ)(同前)

この翻訳については「聖家族」(http://sumus.exblog.jp/20092039/)を参照されたし。

田端駅の裏口から不動坂の階段をのぼる。
 高台通りの与楽寺坂へおりる角に煙草屋がある。
 そこで煙草を買うと、耕治人「若き日の芥川龍之介」を思い出す。》(朝顔の花)

……とこのつづきがまたいいのだ。古本屋を巡り、こういう麗しい冊子を悠々と作っておられる矢部さんの日常を憶わずにはいられない。それは羨望でもあり、ある種の安堵でもある。

『田端人』第一輯(二〇一六年八月)

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# by sumus2013 | 2017-09-17 21:26 | おすすめ本棚 | Comments(0)