林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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鑛物標本

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『鑛物標本』(大日本レトロ図版研Q所、二〇一七年二月二七日)が届く。昭和十年代末に作られた木箱入り鉱物五十種集合標本の鉱物をひとつひとつ同時期の鉱物図鑑の図版とともに紹介する、という凝った造りの図録である。鉱物好きにはたまらん。小生、さほど理科は得意というわけではなかったが、岩石や植物の美しさには魅了されてきた。この五十種集合標本は見事だ。思わずジョゼフ・コーネルを連想するほど。

《本書に掲載した標本及び図版出典文献は、すべて大日本レトロ図版研Q所の所蔵資料です。またその撮影も当研Q所で行いました。また参考資料につきましても、古い書籍に関しては当研Q所架蔵のものがいくつもあります。当研Q所では、主として西暦一八六〇年代後半から一九二〇年代前半に日本国内で刊行された、自然科学・医学・薬学・地理学・女子教育・名所案内・商業デザインなどの分野の魅力ある図版を含む書籍・雑誌類や器械カタログ類、新語流行語を含む日本語の字書辞典類などを中心に、独自の視点で資料を蒐集しております。》

今後もさまざまなテーマのヴィジュアル資料を編纂するとともに資料公開も予定しているそうだ。大日本レトロ図版研Q所の活動に注目すべし。販売などについての問い合わせは下記へ。

大日本レトロ図版研Q所Lab4RetroImageJP

大日本レトロ図版研【きゅー】所

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by sumus2013 | 2017-03-11 16:00 | おすすめ本棚 | Comments(0)

本の柱

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所用あって岡崎公園方面へ。古書ヘリングに立ち寄る。本がますます殖えている。天井までとどく本の柱が何本も! これが全部売れたらねえ、などと益体もない妄想話に興じる。

途中、水明洞の跡には自転車屋が開店しているのを確認。うどん屋のところも水明洞二号店だった。中井書房さんはがんばっておられる。

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ヘリングからの帰宅途中にも二軒ほどのぞく。その一軒目でのできごと。一人の外国人、小柄な白人(おそらく英米の方)の中年男性、が手提げ袋を持って入ってきた。まっすぐ帳場へ。
「じつはこんな本があるんですが……」
流暢な日本語で袋から取り出したのは大判の世界美術全集の一冊。
「あ〜、これはねえ……」
と店主はしぶい顔。
「お金いりません。本が好きなので捨てることができないのです」
「お気持ちは分ります……けどねえ、これは……」
さらに底の方から単行本のひとくくりを取り出す。
「とても面白い、いい本です」
ちらりと見ると吉川英治の『宮本武蔵』である。
「うーん、これもちょっと……」
「これ、面白い本です」
「そうなんですけどねえ……」
「本が他にもいっぱいあって、スペースがなくて置いておけないのです。お金はいりません」
「うーん、でもねえ……」
「どこか、他にもらってくれるところありますか?」
ご主人はこのまま突っぱねてしまうのか、ハラハラしなが聞き耳を立てる。
「わずかで申し訳ないですけど、300円でいいですか」
「お金はいいです」
「いいえ、うちも商売なのでお払いします」
やれやれ、ご主人の英断(?)で一件落着。男性は満足そうに三百円を受け取って帰って行った。こちらも何とはなしにホッとした。均一に出せば売れるかも(売れないか……)。
二三の雑本などを求めて支払いのときに
「この前も変ったお客さんが来てましたよね」
と水を向けると
「そういえば、そうですね、お客さん(小生のこと)が見えてるときに限ってですよ(笑)」
え、変な客を呼ぶ変な客……。

いろんなお客さんが来ますね…

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by sumus2013 | 2017-03-10 21:22 | 古書日録 | Comments(0)

木と石

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林哲夫「木と石」
2017年3月17日(金)・18日(土)・19日(日)
アートフェア東京2017 ブースNo.N77

アートフェア東京2017
https://artfairtokyo.com


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by sumus2013 | 2017-03-09 21:39 | 画家=林哲夫 | Comments(0)

風来坊ふたたび

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岡崎武志『詩集風来坊ふたたび』(古書善行堂、二〇一七年三月二八日)の本紙校正が届いた。とくに問題はないようなのでこのまま製本の工程へ進む。二十日過ぎには出来するのではないかと思う。ご予約は古書善行堂へ。

カバー、表紙も含めて写真を九点ほど使用している。詩(全体に散文の歩調である)のじゃまにならないよう、できれば相乗効果が出るようにとこころがけた。

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by sumus2013 | 2017-03-09 20:33 | 装幀=林哲夫 | Comments(2)

石神井書林古書目録第伍號

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『近代文学古書目録石神井書林・在庫書目第伍號・昭和伍拾玖年神無月』(石神井書林、一九八四年一〇月)。この第五号が加わって三号から八号までは揃った。

『石神井書林古書目録』

『石神井書林在庫速報』臨時号

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小生の興味の範囲で言うと北園克衛のページがやはり気になる。

《168 ハイブラウの噴水 カバ 北園 克衛 昭和16 三〇、〇〇〇
「天の手袋」以降の随筆詩論を集成したもの。モダニズムの雰囲気を鮮烈なイメージで表す表紙の装幀は著者自身による。稀に見る極美本。〈写真ー9頁〉》

《170 黒い火 特製30部 函 北園 克衛 昭和26 四〇、〇〇〇
「夜の要素」他衝撃をもって迎えられ12篇の詩よりなる。著者の詩法のひとつの頂点に至ったともいえる一詩集。本書は限500部の内の特製30部本。著者肉筆デッサン(四色彩色)入。署名入。厚表紙装本文コットン紙二色刷。稀本。〈写真ー9頁〉》

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最終ページに写真の出ている『茶煙亭句帳』もちょっと凄い。

《茶煙亭句帳 折帖仕立による肉筆連句帖(15名) 四五、〇〇〇
巻頭に「昭和19年於大森茶煙亭」とある。執筆者は以下の各氏。瓦蘭堂(北園克衛、肉筆絵入)・城左門・茄号(那須辰造)・安住敦・安藤一郎・近藤東・高祖保・鬼子(乾直恵)・茶煙亭(岩佐東一郎)他増雄騒々亭らの名が見られる。巻末に蒐文洞(尾上政太郎)の歌一首を収める。〈写真ー64頁〉》

64頁右上の『ゲエテ頌』は江川書房の限定100部本。本文耳付き雁皮紙(目下「日本の古本屋」に一冊出ている……六万円也)。

裏表紙の見返しに自家出版物の広告。〈現代短歌館叢書1田島邦彦第一歌集『晩夏訛伝』と現代短歌館叢書2〉村野幸紀第二歌集『メヌエット』。他に取扱出版物として喇嘛舎、なないろ文庫、友愛書房の刊行書が並ぶ。

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by sumus2013 | 2017-03-08 21:16 | 古書日録 | Comments(0)

ビーズ

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このビーズのブレスレットはパリのアフリカ・オセアニア美術館(musée national des Arts d'Afrique et d' Océanie)のミュージアム・ショップで求めたもの。一九九八年春のことだからもう十九年前になる。アフリカのどこだったか、今ちょっと忘れてしまったが、このシブ派手にすっかりまいってしまったことを思い出す。

この美術館はパリ市内の東の端、十二区、ポルト・ドレーにあった。一九三一年の植民地博覧会の会場として建てられ、その後、植民地博物館(musée des colonies)、海外フランス領博物館(musée de la France d'outre-mer)そしてアフリカ・オセアニア美術館として二〇〇三年まで使われていた。その後、ケ・ブランリ美術館(musée du quai Branly、二〇〇六年開館)ができることになったためアフリカ・オセアニア美術館の収蔵品もそちらに移された。二〇〇七年から移民歴史博物館として再開しているそうだ。

そのときちょうど閉館時間が迫っていて(時間を勘違いして遅れた)三十分くらいしか残っていなかった。小走りにその豊穣なアフリカおよびオセアニア美術の展示を見て回ったため息があがってしまったほどだった。しかし見ておいて良かった。ケ・ブランリの方がもちろんずっと規模も大きく収蔵数も桁違いなのだが(アンドレ・ブルトンのコレクションも一部はここに収まっている)、とくにアフリカ美術のまとまった展示を見たのは初めてだったので印象はずっと深いものがある。

ミュージアム・ショップも品揃えのセンスが良かった。この点でもお土産屋然としたケ・ブランリより上等だったような気がする。そこで、あれかこれか目移りしながらこのブレスレットに惹きつけられたというわけだ。直径は五センチ。なんとか小生の腕にもはまる。

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国立民族学博物館の『月刊みんぱく』四七四号(二〇一七年三月一日)ビーズ特集。だから上のブレスレットを取り出してみた。六月六日までやっているビーズの展覧会、これは見ておきたい。

開館40周年記念特別展「ビーズ―つなぐ・かざる・みせる」

《かつて、ダチョウの卵殻からできたビーズは人類が最初に作ったビーズであるといわれていた。四万年も前のことである。現在では、貝の方が古くて、一〇万年も前のことになっているが、いずれにしても、わたしたち人類が誕生してから現在まで、ビーズは存在し続けてきた。》

《世界中のビーズをみていると、人類によるものともののつなぎ方には、普遍的な特性がありそうだ。一列にして円状にするのが、どこでも基本のようである。しかし、その形は類似していても人びとはそれぞれ独自の意味づけをおこなってきた。古代エジプトでは、青緑色のファイアンスビーズが使われており、死からの再生のための祈りが込められている。チベットでは、石でできたビーズは魔除けである。数珠[じゅず]は、仏教では一〇八個をつなげることに意味をもったりするほか、イスラーム教、キリスト教のカトリックでも共通にみられ、人びとの祈りの場面には欠かせないものだ。》(池谷和信「世界はビーズでつながっている」より)

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by sumus2013 | 2017-03-07 21:25 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)

河原温渡墨作品頒布会

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某氏より頂戴した『ユリイカ』第四巻第八号(書肆ユリイカ、一九五九年八月一日、表紙=長新太)に珍しい資料が挟んであった。「河原温渡墨作品頒布会」のパンフレットである。

《今度私達の久しい友人である河原温君が、メキシコを経てヨーロッパに旅行することになりました。そこで私達友人が集つて、旅費の足しにと、かれの作品の頒布会をつくつて、ひろく愛好家の協力をえたいと存じます。なにとぞ、ご協力をお願いいたします。/河原温作品頒布会》

とあって、瀧口修造、池田龍雄、飯島耕一、佐々木基一、江原順、野間宏、奈良原一高、山本太郎、針生一郎、渡辺定俊、東野芳明が短い推薦の言葉を寄せている。その頒布作品の値段を見て驚きを禁じ得ない。

 油絵(8号〜40号、1947年〜55年)……号・¥5,000
 水彩(メキシコの風物をかいた作品・予約品)……¥6,000
 デッサンA(約4号・1947年〜56年)……¥8,000
 デッサンB(2号〜3号・1950年〜58年)……¥5,000
 デッサンC(メキシコの風物をかいた作品・予約品)……¥4,000
 面(表紙の写真以外も何種類かあり)……¥3,000
 印刷絵画No.4 砦(1200部限定版)……¥800
 
コーヒー一杯の価格が六十円くらいの時代である。六倍と考えて油絵一号あたり三万円はかなりきばった値段ではあろう。河原温は一九三二年クリスマスイブ生まれだからこのときまだ二十七歳になっていない。むろん現在の物故巨匠としての地位からすればタダみたいな値段だが……それはそれとしてお面が二万円くらいならひとつ欲しいところ。

「その後の河原温」

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多摩美の瀧口修造文庫には当然ながら入っているようだが、それ以外ではちょっと珍しいものかもしれない。そこで気になるのは『ユリイカ』発売当初から挟み込みだったのか? という点である。パンフの活字と本誌の活字を較べるとどうも同じ印刷所のような気がするし、このちょっとひねったレイアウト感覚はひょっとして伊達得夫のものかもしれない。

本誌もなかなか面白い。巻頭「きのう・きよう・あす」欄の丸谷才一。伊達得夫宛に手紙を書くというスタイルの文章。仮名遣いはママ。

《伊達得夫様
 先日は写真、有難うございました。名声の高い大兄の写真術をもってしてもこの程度ならば、ぼくがカメラフェイスが悪いのは宿命的なことだ、と考えながら、負けた横綱のような顔をしてゐるぼくを眺めました。つまり大兄は大変教育的であったわけです。厚く御礼申し上ます。別便で本を一冊(ウィリーハース『文学的回想』原田義人訳紀伊国屋書店)送りました。差上げます、と言いたいところだけど、読み終わったらぜひ返して下さい。そのうちもういちど読みたい本です。》

と前置きして戦前のドイツでウィリーハースが編集していた『文学的世界』の意義について語り、伊達に対して『ユリイカ』を『文学的世界』のような雑誌にして欲しいと(かなりまだるっこしい書き方で)提案し、こう付け加える。

《大兄はおそらく、そんなことをしたら売れなくなる、今のやり方がギリギリの抵抗なのだ、と呟くでしよう。そのときの声や表情まで、判るような気がする。だけどぼくは、損はしないでしかももう一歩前進することはできないものだろうかと、敢えて苦言を呈するのです。
 伊達さん、ぼくを含めて、人々がみな大兄の商才をたいへん高く評価していることを忘れないで下さい。そう、すくなくとも大兄の写真術などとは比較にならぬくらい高く評価していることを。

……商才があるとは興味深い評価ではないか。

この『ユリイカ』はジャック・プレヴェール特集。谷川俊太郎の寄稿「惚れた弱み」の冒頭に翻訳についての考えが披瀝されていてなるほどと思った。

《アテネフランセに二年間も通っていたくせに、僕はフランス語がからきし出来ない。だから僕がいくらプレヴェール、プレヴェールと云ったところで、それは日本語におきかえられたプレヴェールのことなのです。それじゃ困ると云う人もいるだろうし、それで結構と云う人もいるでしょう。ほん訳じゃ絶対に分らない部分もある代りに、ほん訳で読んでさえ分りすぎる程分る部分もあると思います。ほん訳じゃ絶対に分らないところは、フランス人にまかせておいて、僕はもっぱら、ほん訳でも分る方を楽しむことにします。プレヴェールって詩人はそれでも結構楽しめるのではありませんか? 勿論ほん訳で読んでいるせいで、とんでもない誤解をすることだっておおいにあり得ますが、それならそれでいいと思います。プレヴェールを正確に理解することは、僕にとってそんなに大切なことではないとも云えるのです。プレヴェール流に云えば、僕はプレヴェールを考えない[四字傍点]で、プレヴェールを眺める[三字傍点]のが本当は好きなのです。ここだけの話ですが、それよりももっと好きなのは、プレヴェールを夢見ることです。》

これは谷川氏の言うのが正しいとかどうかではなく、そうするしかないのだな、外国文学を読むためには。参考までにプレヴェールの翻訳についての過去記事を引用しておく。

ジャック・プレヴェール『歌の塔』

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by sumus2013 | 2017-03-06 21:48 | 古書日録 | Comments(0)

古本屋にて

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トランスポップギャラリーで開催中のうらたじゅんさんの個展(〜12日、月火休)を拝見。いつもながらのうらたワールドにひたる。ノスタルジア……というだけでもない、今を生きている感じの描写にうらたさんならではのメッセージを感じる。

トランスポップギャラリー道順 うらたじゅん道草日記

そこから善行堂へまわって岡崎詩集の進行や次の企画について立ち話。ゆずぽん発行の『古本屋にて』(二〇一七年二月)という小冊子をもらう。ハガキサイズの横長判、中綴じ十六ページ。作者は若い人で善行堂のお客さんだそうだ。奥付などの情報が皆無なので詳しいことは分らないが、よくできている。紙質、文字、写真、そしてそのレイアウト、いずれについても吟味が行き届いているように感じる。内容は古本屋の店頭写真を見開き右ページに、対面に短い文章を置いただけ。さらりと読めて古本屋への真摯な思いが伝わる内容だ。

上に掲げた二番目の写真の見開きは大阪の「青空書房」。

《某月某日。青空書房店主の訃報を知る。
昔一度だけ、自宅で開かれていた店に伺った。店主は、戦中戦後の闇市の話、太宰治や織田作之助の話などを聞かせてくれた。帰るころには、正座で足が痛くなった。店を出たら、外はもう暗くなっていた。

「本の中に行間があるように、人生も間が大切だよ。」と店主は教えてくれた。今でも大事にしている言葉である。》

収録古書店は、蟲文庫、善行堂、上崎書店、青空書房、トンカ書店、徘徊堂、ちんき堂、あかつき書房、うみねこ堂書林、おひさまゆうびん舎。入手については善行堂へ。

古本ソムリエの日記・古書善行堂

帰りがけにヨゾラ舎へちょっと立ち寄りクリームのCDを入手。穏やかな一日だった。

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by sumus2013 | 2017-03-05 21:28 | おすすめ本棚 | Comments(0)

松倉と勝と光永と継吾

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昨夕は京都のライブハウス「拾得」で松倉と勝と光永と継吾のライブを聴いた。松倉如子、何とも個性的な歌い手である。どのようにユニークなのか、ご存知ない方はぜひYouTubeなどでご確認あれ。

「拾得」は有名なライブハウスなのだが、これまでライブに縁のなかった小生には初めての場所。土蔵を改造したなかなかに居心地のいいスペースだ。そんなにキャパはないが、手頃な広さだと思った。壁面にはその名の通り寒山拾得の大きな拓本(版画?)が飾ってある。エンゲルスガールのご主人と隣り合わせたのでムッシュかまやつ死去の話を向けると「拾得」で一度だけライブを聴いたことがあるとのこと。カッコよかったあ〜、らしい。

ただ、大きなアンプでガンガン鳴らすのには閉口した。音に吹き飛ばされそうになった。この感触が好きな人もいるかもしれないけれど、せっかくの演奏や歌を聞き取り難くしてしまうほどの大きさだった。このていどの空間ならマイクなどいらないだろう。ロームシアターくらい広くても同じような感想を持ったが、拾得ならなおさらである。アンプラグドでやってほしかった(またそういうタイプのバンドであろう)。とは言え、渡辺勝の旋律はピアノであれギターであれ、なんともなつかしく心落ち着くものだった。

上は松倉と勝と光永と継吾の自主制作CD「SETSUBUN」。今年の二月三日にアケタの店にて行われたライブ録音。100部制作。

松倉と勝と光永と継吾

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by sumus2013 | 2017-03-04 21:08 | おととこゑ | Comments(0)

長寅

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「長寅」と署名されたマクリを入手。虫食い穴(上部で鳥のように見える)もあり、きわめて安価だった。長寅というからには与謝蕪村の系統かなと思って検索してみると、どうやら名古屋のブルジョア画家・立松義寅ではないかと推察できた。

立松義寅
文化7年熱田大瀬子町生まれ。富豪・鈴木七左衛門長の八男。名は義寅、字は長寅、通称は太左衛門。号は嘉陵。幼い頃は野村玉渓について四条派を学び、のちに京都に出て松村景文に師事した。また、清水雷首の教えも受けている。中国南海の山水、名勝をさぐって研鑚につとめ、名古屋に戻り宇治川先登の図を熱田神宮に納めて画名をあげた。笠寺の富豪・立松太左衛門義民の養嗣となり、家業のかたわら画を描き、のちに名古屋市島田町に隠棲した。明治16年12月16日、74歳で死去した。名古屋四条派、松村景文の系譜

下のような義寅の絵もあるので先ず間違いないだろう。

立松義寅 擬月渓翁採芝図

言うまでもなく月渓は蕪村の弟子である。

「俳画の美 蕪村・月渓」

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印文……上は「長寅」だろうが、下は「疑…?」。

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by sumus2013 | 2017-03-03 16:44 | 雲遅空想美術館 | Comments(2)