林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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Bound for Glory

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昨日は大変な巴里祭だった。七月十四日はウッディ・ガスリーの誕生日でもある(一九一二年)。ということは今日初めて知った(!)のだが、なぜか半月前くらいにフト思い立ってずっとWOODY GUTHRIE『BOUND FOR GLORY』(DUTTON PAPERBACK, 1968)を読んでいる。ウッディ・ガスリーの青少年期を綴った自伝(的小説?)。

本そのものはもうずっと前から持っている。表紙の絵とデザインはポール・デイビス。これが気に入って買った。初版は一九四三年、ダットン社から。ペーパーバックでもこの一九六八年版はそこそこのお値段である。

これまでも何度か読もうとトライしたのだが、これが小生程度の英語力ではなかなか難しい。最初の方でくじけてしまう。しかし今回はなんとかウッディの文体に馴れるまで読み続けられたので最後まで行けそうだ。

Thursday July 14 (Bastille Day and Woody Guthrie's Birthday)

日米開戦の直後の様子が語られているシーンがある。日本語に訳すのが面倒なので英語のままで。チャーリーという中国人の店で歌っているとき、海兵たちが入って来た。そこでウッディと相棒のシスコは即席でこんな歌を披露する。

  I woke up this morning'
  Seen what the papers said
  Yes, boys, I woke up this morning',
  Seen what the papers said
  Them Japanese had bombed Pearl Harbor
  And war had been declared

  I didn't boil myself no coffee
  I didn't boil no tea
  I didn't boil myself no coffee
  I didn't boil no tea
  I made a run for that recruitin' office
  Uncle Sam, make me room for me!

   [略]

 "Anybody know the latest news from Pearl Harbor?" I asked them.
 They all talked at the same time. "It's worse than we figured." "Japs done a lot of damage." "First I heard it was twelve hundred." "Yeah, but the say now it's closer to fifteen." "I'm just asking' one dam thing, boys, an' that's a Goddam close crack at them Jap bastards!" "Why, th' sneakin' skunk buzzards to hell, anyway, I hope to God that Uncle Sam puts me where I can do those Japs the most damage!"

日本人をやっつけろの合唱になるのだが、主人のチャーリーは「日本人いい人、友達たくさんあるあるよ」と擁護する……それにしても、やはりパールハーバーはアメリカ人を本気にさせたんだな、と実感した。

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by sumus2013 | 2016-07-15 17:19 | おととこゑ | Comments(0)

町家古本はんのき再開!

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上京区は北野天満宮の少し南方へ移転した町家古本はんのきへ。いかにも迷いそうな路地なのだが、地図(下記)を覚えていたのでそんなに見つけるのは難しくはなかった。以前の店よりも店舗スペースは広くなったようだ。ゆっくり本と親しめる雰囲気がいっそう濃くなっている。

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ガタガタッと戸を開けて入る。


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土間左手に100〜500円均一棚。


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入口の戸が絵になる。


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入って右手にふた間。


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最初の間、絵本、雑誌、一般書などなど。


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ついつい花森安治装幀本に手がのびる。


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奥の間は文学書、美術書が中心。エアコンあり!


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レジの側から通りに向かって。いろいろいい本ありました。
何を買ったかは……いずれ、また(花森本は写真撮っただけです)。


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町家古本はんのき 新店舗オープン

http://machiyakosyohannoki.blog114.fc2.com


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by sumus2013 | 2016-07-14 17:36 | 古書日録 | Comments(0)

コヘイ

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【『喫茶店の時代』正誤・増補 005 明治のコーヒー店

コピー資料のなかにこの西洋料理店「南海亭」のメニューを見つけたので増補しておく。読みはこんなものだと思うが、間違っていたら御叱正を。


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西洋料理 此度相改御手軽ニ
     奉差上候間御来
     駕奉希上候以上

ソーフ    日本ノ吸物   価 二匁五分
フライヘイシ  〃 天婦ら  〃 一匁五分
ヒフテキ   牛のてりやき  〃 二匁七分
パ ン    舶来小麦製   〃 一匁六分
コヘイ    ひき茶代リ   〃 一匁二分
 右一席御一人前     金二朱ト
               銀二匁

ライス   日本上白米御穣  価 一匁二分
シチウ   牛。鳥うまに   〃 二匁五分五リン
 右一席御一人前     金一朱

ビイル   麦酒 大一本ニ付 価金三朱ト
                 銭三百文
同     〃  小一本ニ付 〃金一朱ト  
                 銭四百五十文
同     〃  コツフ
         一盃ニ付  〃金一朱ト  
                 銭百文

右之外西洋諸酒御好次第奉
願上候以上       九檀坂上富士見丁
                 三番地
  月 日              南海亭
    御客様



検索してみるとこの広告は明治四年頃のものらしいが、明治政府が円・銭の使用を決めたのが同じ明治四年である。そして明治七年に古金銀停止を命じた。ということで江戸時代の貨幣価値を調べなければ、と思って探してみたところ便利なサイトが見つかった。


金一両は現代で約75,000円
金一両は銀貨六十匁
金一両は六千五百文

金1両=4分=16朱
金1朱約5,000円弱

銀1貫=1,000匁=10,000分
銀1匁は現代で約1,250円
銀1分は現代で約125円

銭1文は現代で約12円

この換算でいけばコーヒーは一匁二分だから約1500円。スープからコーヒーまでフルコースならお一人様金二朱ト銀二匁すなわち約12,500円。シチューとライスで約5000円。妥当かどうか分らないけれど、もしこの数字ならば、西洋料理といえどそんなに法外な値段ではなかったかもしれない。

『値段の明治大正昭和風俗史』(朝日文庫、一九八八年二刷)を見ると、天保年間の遊女の揚代(呼出、この時期には茶屋へ遊女を呼び出すようになっていた)が銀六十匁(一両=約75,000円)だそうだから、まあそんなものか(?)。

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by sumus2013 | 2016-07-13 21:23 | 喫茶店の時代 | Comments(2)

ポール・クレーの食卓

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吉岡実をもう一冊。『ポール・クレーの食卓』(書肆山田、一九八〇年五月九日)。装画は片山健。装幀は小林一郎氏によれば亜令(書肆山田のスタッフ大泉史世さん)とのこと。西武百貨店の包装紙は田中一光デザイン。

吉岡実の詩の世界 → 吉岡実書誌(小林一郎編)


表題作「ポール・クレーの食卓」の後半を引用しておく。


からの罎は立っている
卓の上に棲みついて独り
だれだって立っているとということがさびしくなる
しぜんにほそいくびになる
招かれないので
朝から晩まで戸口の隅に
つぼまったまま滴をたらしている雨傘
卓のまわりは椅子が寄り
皿や器が集ってくる
そのなかには無益にも食いあらされた皿もある
それにもまして哀しいのは汚れない皿
棚のうえに重なり重なり
そのまま夜はバターの下でひびかない
こころなごむ宴も終りちかく
母のふくらむ腹をした
塩の壺のなかから
声がでてくる
応えがないのでまたもとのところへ戻る
永遠に拭く人の現れぬ食卓
四方から囲む
白いかべはたった今
海をのんだのかひっそりとして


吉岡はクレー作品から直接に触発されたのだろうか。そうであるような、そうでもないような。

タイトルポエムの〈ポール・クレーの食卓〉は、かねてクレーのような詩も書きたいともらしていた吉岡積年の想いの詩篇。》(小林一郎「拾遺詩集《ポール・クレーの食卓》解題」より)

なるほど「クレーのような詩」か! 「のような」は具体的なモチーフを指しているとは無論思えない。しかしなんとなくクレーの作品から食卓を探して見たくなるのが人情。手近に画像検索した結果を以下に掲げておく。また検索していて『クレーの食卓』という料理本があることを初めて知った。

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Um den Fisch, 1926



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Bunte Mahlzeit, 1928



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Mädchen mit Krügen, 1910



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ゲルストホーフェンの思い出, 1918



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クレー(左)とカンディンスキー、デッソウにて



ポール・クレーと英語読み(パウル・クレーが日本では通例)になっているところに何か意味がある……考え過ぎ?



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by sumus2013 | 2016-07-12 21:39 | 古書日録 | Comments(2)

山田稔、富士正晴展 II

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山田稔『富士さんとわたし 手紙をよむ』(編集工房ノア)より



◉新編・ある「オヤジとワタシ」の物語ーー山田稔、富士正晴展 II
平成28年7月30日〜11月30日 

《新編・ある「オヤジとワタシ」の物語IIは、山田稔初のフランス留学から富士正晴没後まで。ゆっくりお楽しみください。》

***

◉新編・ある「オヤジとワタシ」の物語ーー山田稔、富士正晴展 I
平成28年3月31日〜7月29日 富士正晴記念館

《富士正晴記念館には、山田稔から富士正晴への書簡194通、富士から山田への書簡169通(山田からの寄贈)、あわせて363通が所蔵されています。
 山田が、富士をオヤジと見立てて「ある「オヤジとワタシ」の物語」を執筆したのは、半世紀以上も前のこと。二人の書簡を軸に、今回、新たに「ある「オヤジとワタシ」の物語」を編んでみました。2回に分けての長期展示となります(IIは、7月30日〜11月30日)。お楽しみください。》

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by sumus2013 | 2016-07-12 20:24 | もよおしいろいろ | Comments(0)

神秘的な時代の詩

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七月十一日、水雀忌。今年の一冊は吉岡実『神秘的な時代の詩』(湯川書房、一九七四年一〇月二〇日)。例によって本書については小林一郎氏の吉岡実の詩の世界」が詳しい。詳しいなんてものではない。先日紹介したランボーの「母音」、この詩一篇を読み解いた本が出ているというが、小林氏の論考も十分一冊の書物になるヴォリュームと内容を備えている。

吉岡実《神秘的な時代の詩》評釈(小林一郎)


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表紙は三方折り込みで、背を糊付してあり、以前紹介したジャケット方式とは異なる。


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吉岡の作品を久しぶりに読んでみたが、予想以上に歯ごたえのあるゴツゴツ、ぎらぎらした感じが迫ってきた。小林氏の論考に引用されていた金井美子との対談、そこで吉岡はこう発言していた。これが全てだなと納得する。

吉岡 だからぼくのはシュールレアリスムでも何でもなくてさ、一行、二行〔ママ〕すべてリアリティだという自負はあるのね。それの集積でちょっと異様なものができてるはずだよ。》(現代詩手帖 1980年10月1日 思潮社 第23巻第10号


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*湯川さんの忌日記事

『和久傅』

御幸町通夷川上ルにあったころの湯川書房

孔雀忌と名づけてみたり細き帯

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by sumus2013 | 2016-07-11 21:04 | 古書日録 | Comments(0)

Now's the time to go



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Now's the time to go
7月23日〜8月3日

ギャラリー島田
http://gallery-shimada.com



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by sumus2013 | 2016-07-11 17:30 | 画家=林哲夫 | Comments(0)

蕪村と小豆

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『蕪村句集講義 春之部』(俳書堂、一九〇八年一〇月一五日七版)。初版は明治三十三年、同年中にまず冬、そして春、夏、秋と併せて四冊刊行された。本文の組が同じ同名書が、ほとゝぎす発行所からも出ている(印刷所は恵愛堂、俳書堂版は国光社)。重版なので軽く見ていたが、日本の古本屋に登録されているものはそれなりのいい値段である。

蕪村の句を取り上げて、鳴雪、子規、碧梧桐、虚子、青々らがそれぞれの感想を述べている。元は雑誌『ホトトギス』に連載されていた。一例を引く。

   やふ入の夢や小豆の煮るうち

黄塔氏曰く。》《此句は薮入に帰つた愉快な夢を見たのが、小豆の煮えるうちであつた、即ち黄梁一炊の夢といふたやうなのであるか、又た薮入りして居るうちにうたゝねでもして、夢を見たのが、真に小豆の煮える間だつたといふのであるか。》
鳴雪氏曰く。》《こゝは女の宿元へ帰つた時の場合と思はれる。一体がやさしくあはれな所の様が現はれて居ると思ひます。》《もう復た奉公先へ帰らねばならぬ》
《子規氏曰く。私は黄塔氏の第二説でをつた。薮入りに帰つて居た時で、夢を見たのが黄梁一炊の感がすると思ひます。うたゝねして居つて、実際夢を見たのでせう。
尚は夢に就きて種々議論ありしも果てざりき。
 子規附記。四明氏報じて曰く喜びには牡丹餅つくる田舎の習ひなれば小豆と置きたる殊に妙なり云々。》

小生は黄塔氏の第一説と思う。「やふ入の夢」を素直にとればそうなる。親元に帰った子が小豆を煮るのというのはいかがなものか。まして喜びに煮るのなら母か祖母であってほしい。帰郷して手伝っているとも考えられないわけではなかろうが、奉公先で小豆を煮るから夢の意味が重くなるのでは。

それはいいとして、こんな一枚の文書が挟み込まれていた。

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何とも小豆を煮るのにピッタリの内容ではないか。「やふ入の夢や小豆の煮るうち」を読んで牡丹餅が食べたくなった……わけはないか。しかしこのくらいの文書でもよく読めないのは情けない。例によって御教示、ご意見を。

   キ

一 白餅五升
一 玉サト五斤
一 小荳三升
右堂内へ御渡し相成度
当口御願申上候以上
二月三日  綱太郎
万作様


豆としていたところ御教示により荳に換えた。「渡」はややくずし方が違うような気もするが、これでいいというご意見をいただいたので渡としておく。「当口」は「当日」ではないかとも? 万作と直したところ方作かとも思い「力作」ではないかというご意見もいただいたが、万作が名前としてはいちばん妥当だろう。

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by sumus2013 | 2016-07-10 21:00 | 古書日録 | Comments(0)

第4回京都レコード祭り

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第四回京都レコード祭りをのぞいた。ZEST御池・河原町広場にて九日(土)・十日(日)の二日間開催。

京都レコード祭り・公式ブログ

午前十一時、開店の直後に到着したのだが、上のようなありさま。四回目にして初参戦。古本まつりほどではないにしても、レアなレコードが目当てのマニアらしきおやじたち(若者率は30パーセントくらい? 残念ながら女性率はかなり低く、おそらく昨今の古本市より下だろう)が各店の函のなかのレコードを猛烈な勢いでパタパタパタパタパタと繰っていく。まさにカードボックスのカードを繰る感じ。古本即売会でも紙モノの函では同じような手技が見られるので珍しくはないのだが、ここではほとんど皆が皆パタパタやっている。これはある意味効率が悪い。函の前には一人しか立てないので遅れを取ると後ろで指をくわえていなければならないのだ。ま、セミプロみたいな人たちばかりなので一人が一箱をチェックし終るのはかなり短時間だが……。素人だとそれなりにかかってしまう。

CDの場合は本と同じで背があるから、まだ二三人でひとつの函を囲むということが可能。またリュックの人が多いのも気になった。こういう混み合う場所での背負いバッグは迷惑以外の何物でもない。古本市と同じ。下の写真中央のおじさん、やや大きめの肩掛けバッグ、これが在りたい姿だ。この鞄ならLPもスッポリ入りそうだし。

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忙しそうに立ち働く参加店スタッフ。小生は純粋に聴きたいCD、しかも安価、という基準で探しているので周囲の人達とはかなりの温度差を感じたが、LPレコード狙いの人がほとんどなのかCD函の前はだいたい空いていた。ただ安いCDにはきたいものがなく、きたいCDはやや高い(もちろん小生の基準からしてである。全般にはお祭り価格、お買い得になっていると思った)ということで仕方なく(?)シングル盤の安物を買い込む。背後ではライブ演奏もあり、中古レコードプレーヤーなども販売されていた。

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シングル盤はすべてジャケ買い。クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤング「ウッドストック/ヘルプレス」(日本グラモフォン)、アメリカ「名前のない馬/カリフォルニアの仲間」(ワーナー・パイオニア)、ラモン・マルケス「チヴィリコ・マンボ」(ポリドール)三枚で五百円。CDは一枚だけ「LA NOUVELLE VAGUE ; THE FILMS OF THE FRENCH NEW WAVE」(él + CHERRY)。帰り道に寄った古本屋の均一でもう一枚、坂本龍一「ウラBTTB」(ワーナー・ミュージック)百円。

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by sumus2013 | 2016-07-09 21:31 | おととこゑ | Comments(0)

エッケルトの君が代

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先日あるところで「君が代」の話になった。小生は随分前になるがドイツ人が作曲したということを読みかじっていたので、そう言うと、ある方が「ドイツ人は、たしかエッケルトですよね、でも、編曲ですよ。作曲したのは林廣守だったはずです」とおっしゃる。こちらは昔の事だし、記憶違いかなと思ってそのまま「そうでしたか」と引き取っておいた。

最近、上のような展示があったようなのだが、このちらしにこう書かれている。

《エッケルトが活躍した領域は管楽隊、弦楽隊、管弦楽隊、合唱団などの指導と指揮、作曲、編曲、伝統音楽の採譜、和声学教授などである。関与した機関としては海軍軍楽隊、東京合唱協会、文部省音楽取調掛、宮内省式部職雅楽部、陸軍戸山学校、近衛軍楽隊、(大韓帝国)侍衛軍楽隊などがある。業績としては日本の国歌《君が代》(現行)の編曲、葬送行進曲《哀之極 I・II》の作曲、韓国の最初の公式な国家《大韓帝国愛国歌》の作曲などが有名である。》

「日本の国歌《君が代》(現行)の編曲」とされているから、やはりそうなのかと思うのだが、「君が代」が国歌になったのはごく最近(平成十一年)である。国歌の制定を言い出したのは薩摩軍楽隊の教師であったイギリス人ジョン=ウィリアム・フェントンで、言い出しっぺのフェントンが武士の歌を参考にして作曲したのだが、それがたいへん不評だった。明治十一年にフェントンは帰国、十二年にプロイセンからエッケルトが来日、海軍軍楽隊はドイツ式となった。国歌も仕切り直し。海軍省から宮内省へ作曲が依頼され、十三年六月に林広守の作曲とされる「君が代」が国歌として選ばれた……とこれは下記のページに書かれている内容をかいつまんで紹介しただけ。

君が代について 野間裕史のページ

野間氏によれば実際の作曲は林広守ではなく広守の長男林広季と奥好義の二人の若手雅楽員であったという。しかも古歌の君が代に曲をつけただけで国歌とは聞かされていなかった(奥の談話)。それがコンペにかけられて正式決定した。審査員は林広守、エッケルトら四人というから出来レースと思われても仕方がない。その原曲をもとにエッケルトが「作曲」したわけだが、彼の自筆楽譜には「1880.10.25」と記されている。

明治二十一年、「大日本礼式」と題して「君が代」の楽譜が印刷され、諸官庁および諸外国に公式に配布された。その表紙には、はっきり「エッケルト作曲 von F. ECKERT」と記載されている。

標題の「JAPANISCHE HYMNE」、日本古来の民謡によるという意味の「nach einer altjapanischer Melodie」作曲者氏名と所属である「von F.ECKERT,Kongl.Pr.Musikdirektor」などが印刷され、一番下には作曲年「1888」が印刷されている。

また、水沢勉氏のFBに下記の表紙が引用されていた。英語版である。

1880年の手稿譜のための表紙と思われる水彩画の原画をまだわたしは実見していない。絵柄はウェブ上で確認できる。/これもなんとも奇妙な、素人っぽい絵である。/しかし、1880年という年を考え合わせると、まことに興味深いものだ。/夫婦岩に旭日が昇り、鶴が飛び、亀が「壽」という文字の息を吐く。「大日本禮式」「National Hymn composed on an OLD JAPANESE AIR by F. ECKERT.」/明治13(1880)年11月3日の「天長節」の「欧州奏楽」の演奏の際に用意された手稿譜の表紙と考えるのが自然だが・・・


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要するに、「君が代」の作曲は林広守らではなく、古歌にもとづいてエッケルトによって行われた、というのが当時の公式見解であった。

ではどうしてこれが国歌としてすぐに認められなかったか、野間氏によれば文部省(伊沢修二)が横やりを入れたことによる。海軍や宮内省には任せておけない、ということで第三の「君が代」が文部省から提出された。しかし、これがなんとイギリスのサミュエル・ウェブ一世の歌曲に君が代の歌詞を当てたものだった。当時の文部省唱歌は多くがこのやり方だったのだが、それにしてもあまりに安直ではある。

結局どちらとも決定されないまま学校などではエッケルトの「君が代」が「試用」されながら百年以上放置されていた。そしてようやく正式に採用する段になって、作曲はどうしても日本人の名前でなければ収まらなかったということだろう。

国旗及び国歌に関する法律


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by sumus2013 | 2016-07-08 20:06 | おととこゑ | Comments(0)