林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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コペ転

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『スペクテイター』36号(エディトリアル・デパートメント、二〇一六年六月一日)届く。武藤良子が挿絵と文字を提供している。ムトーさんからこの仕事をしたと聞いていたが、ここまで大きな扱いだとは。しかも「daily-sumus2」でムトーさんの書き文字を見てこの依頼がきたんだというから驚き。『スペクテイター』は以下のような雑誌である。

Spectator


「生き方だから続いていくんでしょうね」。
雑誌『Spectator』の青野利光さん・赤田祐一さんが語る
「小商い特集号の舞台裏と小商いの現在」

いずれの記事もすべてインタビュー形式。本号では勝井隆則さんと堀部篤史氏が登場してじっくりと語っている。また古泉智浩氏も。古泉氏は漫画家、徳正寺でガロとアックスのトークイベントがあったときに登場したので覚えていた。となりで一緒に聞いていたうらたじゅんさんが「古泉さんて、おもしろいねえ」とつぶやいていたが、まったく同感だった。本誌編集者の赤田祐一氏も出演していたから鋭く着目した(のかどうか知らないけど)古泉氏は「僕が里親になった理由」についてというか漫画家人生を語っていてこれも読ませる。

堀部氏の「誠光社」店造り談はいまどきの書店の手本となるようなもの。しかしマメじゃないと勤まらない。レジをやりながら連載の原稿を書きウェブサイトの通販ページを更新し発注や事務処理もこなし、イベントのネタを仕込み資料を読み込む。

《でも〈恵文社〉の頃から、そういったことはカウンターのなかでやってきているので問題ないです。普通ひとりで店を切り盛りするとなると、本だけで手一杯になるかもしれないですけど、これまでイベントもギャラリーも通販もレジもやってきた蓄積があるので。
 だから、経費的な規模は小さくしたけど、やることは変ってないってことです。ひとりでやれる規模にしただけで。
 これだけのことをやって、ようやく、本屋は成り立つものなんです」
ーーー本棚の本数が少なくなったので、置きたい本が置けなくなったりはしませんか。
「それはないです。
〈恵文社〉の頃は、多くのお客さんを相手にしないといけないので、一〇〇パーセント自分の思い入れた選書じゃない本も置いていたわけじゃないですか。
〈誠光社〉では、自分の思うように、本好きの客層に向けた選書ができています」

これだけのことをやって、ようやく、本屋は成り立つものなんです》は意味深い言葉。このインタビューではその具体的な数字も公開されている。なるほど、これなら大丈夫だなあ。

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誠光社と対照的なのが龜鳴屋さん。どんぶり勘定なんじゃないかな、といらぬ心配をしていたが、実際まさにそんな感じだ。

ーーー奥さんがお手伝いしているのは組版だけですか。

 基本的にはそうです。
 あと、私は営業能力がないので、数字管理がまったくだめなんですよ。
 最初に本をつくったときなんて「原価計算って何?」みたいなかんじでした。「思うような本ができるなら、好きなだけお金をかけていい」と思っていたので。
 だから何冊か出版したときに、「このままそんなことしてたら、生活費も入れてないのに赤字になって大変なことになるし、本づくりもできなくなるから、本をつくるたびに経費のデータを渡しなさい」と嫁に言われましてね。
 それで嫁が何かのソフトを使って、全部データを入れてポンとキーを押して赤い数字が出ると「ハイ却下」となるようになったんですよ(笑)。》

ーーー宮崎孝政の本とか藤澤清造の本は、原価計算をしてなかったんですか。

 してないですね。適当です。七〇〇ページを活版で刷ったらいくらかかるか? なんてまったく考えていませんでした(笑)。
 いまでも結構それに近いです。嫁にうるさく言われるので「計算したフリ」はしていますけどね(笑)》

素人は怖いというのはこのことである。プロは数字から入るから大した事はできないし、プロは大それたことをする必要もないのだ。ステディな仕事すればいい。素人魂で十五年も続けられているのも驚きというか、結局は奥方がいかに偉大かというところへ落着くのだろう。

《でも本はこうやって、いまあるお金でつくっていれば残っていくと思うので、それでいけるなら、いけるところまでいきたいです。「永久革命」でも何でもないですけど、「永久なりゆき」のようなかんじだと思います。》

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コペ転……とはコペルニクス的転回(価値観が真逆になる)のこと(要するにレボリューション)。本書を読んだ若い人(いや、中高年)は意外と「コペ転」を感じるのではないか……そういう編集意図もあるのかなと思ったしだい。


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by sumus2013 | 2016-06-02 21:27 | おすすめ本棚 | Comments(0)

海鳴り28

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『海鳴り』28号(編集工房ノア、二〇一六年六月一日)。毎号、巻末にはノア主人・涸沢純平さんのエッセイが収められる。このところ点鬼簿のごとく追悼文が続いている。今号は鶴見俊輔さんを悼む「鶴見さんが居た」である。二〇〇〇年に梅田の新阪急ホテルで開かれた編集工房ノア創業二十五周年記念会の話から始まって鶴見さんの評論集『象の消えた動物園』へつながる。記念会については以前にも触れたことがあるが、たしかに盛大な催しだった。

編集工房ノア略年表

その会の直後に鶴見さんが京都新聞に「ノアのあつまり」という記事を書いたなかで『海鳴り』という雑誌の名前について言及したことが取り上げられている。

《ノア編集工房の雑誌の題は「海鳴り」という。潮騒は波のたわむれであるが、海鳴りはそれとちがう。沖の向うで大きな波があり、それが風とあたって、どーんと大きな音となる。遠くきこえる音である。ノアの編集長は、今日明日の批評にこだわらず、時代の方向に耳をかたむけているという。》

涸沢さんは福井の生まれと聞いた。詩人の先輩には荒川洋治がいる。日本海の海鳴りが涸沢さんの内側で遠く聞こえているのだろうかと想像したりする。

山田稔さんの「「どくだみの花」のことなど」は杉本秀太郎の思い出。「どくだみの花」は山田さんがべストワンだと思う杉本のエッセイのタイトルである。『天野さんの傘』にも生島遼一と山田・杉本コンビの関係を描いた「生島遼一のスティル」が収められているが、その続編のようなおもむきで、晩年の生島遼一が庭いじりをする杉本秀太郎の姿に重なって見えるようだ。

他に鈴木漠「風の行方 多田智満子さんとの連句」では多田智満子、高橋睦郎、鈴木漠による「三吟歌仙 醍醐」が楽しめる。また庄野至「住吉さん」のつぎのくだりが印象に残る。毎年大晦日に住吉大社を父親と詣でた思い出。父は庄野貞一で帝塚山学院の初代学院長。至は四男、庄野英二、潤三の弟である。

庄野至『異人さんの讃美歌』

《「住吉さん詣で」の後は、粉浜の市場を通り抜け、玉出の書店「フミヤ」に寄るのも習慣になっている。父はそこで翌日からの日記を買い求める。
 父は子どもたちに「勉強せよ」とは言わなかったが(決して皆、言われなくても勉強するような子どもではなかった)だが、なぜか日記を書け、とうるさかった。
 父は自分の日記を選んだあと、
 「読みたい本があったら、買ってやる」
 その言葉を予想して待っていた私は、すぐさま子ども本売場を彷徨う。あれも読みたい、これも読みたい。少年の心は揺れる。一年に一度の贅沢な時間である。
 父は「新日記」を、僕は「少年雑誌」と、まだ印刷の匂いが残る「少年読み物」を腕に抱えて暗く静かな電車道を歩いて、家路を急ぐのだった。
 空には晦日の星が輝いていた。》

以上いずれも死者を弔う文章ばかりなのだが、それもまた海鳴りのごときものであろうか。

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by sumus2013 | 2016-06-01 20:49 | おすすめ本棚 | Comments(0)