林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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ザイールの腰布

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SOPHIE CURTIL『N'TCHAK』(MUSEE DAPPER, 1991)。「ンチャク」とはクバ族のダンス用の腰布である。アフリカ中央部の国ザイールで古くから作られてきた。この本はその「ンチャク」の模様で遊ぶ子ども向けの絵本のようなもの。パリの十六区にあるダペー美術館が発行している。

Musée Dapper - 35 bis, rue Paul Valéry - 75116 Paris

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例えば模様を切り抜いて示しておき、くりぬいて来た元の布を次の頁に掲載する。

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または、次のような扉を開けると細長い「ンチャク」が現れる仕掛けもある。

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クバ(KUBA)の言い伝えによれば、魔法の力によって王になった奴隷の息子がこの布の織り方と刺繍をもたらしたそうだ。

この王は Chyaam a-Mbul と言い、あらゆる芸術家たちをかり集めて衣服、家具、楽器、食器などから果ては人々の肉体にまで装飾をほどこした。Chyaam a-Mbul に続く王たちは玉座に着く度に新しい模様を考え出さなければならなかったため、何百年もの間に多くのデザインが生まれた。

一九二〇年頃、Kot Mabintch 王は近隣の部族を訪問してその住居の装飾を写した。宣教師たちはその王に手に入れたばかりの新しいオートバイを見せた。しかしその現代テクノロジーの産物は王の注意をまったく惹かなかった。彼を魅了したのは砂の上についたオートバイの車輪の跡だけだった。王はすぐさまそのパターンを写し取ったのである。

これらの布は王宮のアトリエで王やロイヤルファミリーのためにハーレムの女性たちによって作られた。とりわけ Itul の祭のためには何ヶ月も何年もかかって特別な布が織られ刺繍を施された。Itul の祭は二日間続き莫大な費用をかける。王の娘たち、母や女たちが上半身裸で腰からくるぶしまである腰布「ンチャク」を身につけて踊るのである。「ンチャク」はラフィア椰子(palmier-raphia)の葉から作られる。

ザイールの Kasaï 地方、赤道地帯の広大な森のはずれにクバ族は暮らしている。BUSHOONG にある王の住む街 MUSHENGE に入ることは許されない。異邦人は死を覚悟しなければたどりつけない。その街の住人は王の腰巻きを作っていた。かつては BAMBALA(シーツの民)と名付けられたほど布製品に囲まれて暮らしていたという。

以上、説明文の一部を拙訳してみたが、興味尽きないものがある。

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by sumus2013 | 2016-05-21 21:37 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)

述語制言語の日本文化

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『季刊iichiko』No.127(日本ベリエールアートセンター、二〇一五年七月二〇日)「特集・述語制言語の日本文化」を某氏より頂戴した。おそらく加藤周一の「日本語 I」を先日引用したので(昨日もリンクしたが)、もっと勉強しなさいという意味合いで恵投いただいたのだろうと思う。深謝です。たしかにこれは勉強になった。

この号の編集は山本哲士であって、その「日本語には主語がない」という述語制を主張するために藤井貞和、齋藤希史、金谷武洋を迎えてエキサイティングな日本語論を展開している。単なる文法論というよりも述語制から見る文化、哲学へと思考は広がって近代以降の価値を転換させることを目論んでいる。

日本語に主語がないとはどういうことか?

《そもそも日本語に「主語」なるものなどは、パロールにおいてもエクリチュールにおいても存在などしていない、それを日本人全員(ひとりのこらずすべての人!)が使い日々表現しているのである。日本語は、ランガージュとして主語無き言語、主語を必要としない言語である。そのあきらかな例として、いつも繰り返しわたしが示しつづけているのは(他の論者たちも例示しているように明解にしてあざやかであるからだ)、川端康成『雪国』と夏目漱石『草枕』の二つの出だしの名文である。
 「国境の長いトンネルをぬけると雪国であった。」
 「山道を歩きながら考えた。智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。」
どちらにも、「ハ」も「ガ」もなければ、もちろん主語などどこにもない。述語でしかないのが、日本語の本来であるのだ。》(山本哲士「《主語》という誤認の概念空間:述語制の概念空間へ」)

漱石の引用文、正確には「山路を登りながら、こう考えた。」だが、まあそれはどうでもいい。たしかに主語に当る言葉はない。もちろん川端はこの後「夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった。 向側の座席から娘が立って来て、島村の前のガラス窓を落とした。」とガの文を続けているし、漱石の方も「とかくに人の世は住みにくい。」とハの文が続く……のだが、しかしそれらは「主語」ではないというのが述語制の主張である。それを素人の小生がここで説明するのは不可能なので本誌をご覧いただきたいが、江戸時代の漢文訓読から明治時代以降の英文法を下敷きにした日本文法の制定を誤謬と見る考え方はたいへん面白いと思った。チョムスキーがここでもちらりと現れ、一蹴されている。

《英語を中心とする現在の言語学が「普遍文法」としてS(主語)を語るならば我々は日本語という具体例を挙げて多いに反論すべきで、そうした努力こそが「世界語への寄与」(三上章)となるのだ。日本語の言語学者の大半はそれとは逆の方向で、「普遍文法」という美名の下にチョムスキーが提唱する生成文法などでせっせと日本語を記述しようとしているが、誠に寒心に堪えない。生成文法はせいぜい英語学、しかも「現代」英語にすぎないものだ。そもそも古英語の時代にはSOVが基本語順だったし、さらに遡れば主語などなかったのである。》(金谷武洋「述語言語の日本語文法を主語言語の英文法で記述する愚行」)

英語に主語がなかったとすれば日本語に主語ができても別に怪しむには当らないと思うし、これは先日、日本におけるシュルレアリスムの問題で引用した「近代へ」と「近代から」の違いにちょっと似ていなくもないだろう。転形期における無いものねだりである。日本の近代は「主語」を欲したのだ。

もうひとつ興味をひかれたのはランボーの書いた文章が翻訳不能な例として挙げられていること。

《まず、ランボーの有名な一句。
  Je est un autre.
 これは、être 動詞を文法的にずらし、一人称ではなく三人称へ転じた表現だ。文法上で正しくは、Je suis un autre. となる。人称差異がないさらにコプラなどない日本語で、それは翻訳しえない。なのに
 「わたしは他者である。」
と平然と訳すのだ。》(山本哲士、前掲論文)

「Je est un autre」はランボーがポール・ドメニー(先輩詩人)に宛てたいわゆる「見者の手紙 Lettre du Voyant」に出てくる文である(「見者」という訳語もそうとう胡散臭いが)。直訳しようとすると、山本氏の言う通り、たしかに不可能な文章である。

Rimbaud à Paul Demeny (Lettre du Voyant, 15 mai 1871)

ただ、だから日本語とフランス語は翻訳不能としてしまってはあまりにもつまらない。ランボーのいわんとするところは「僕は他人の彼なんです」ということなのではないか。直訳は無理でもランボーの意図は汲み取れるのではないだろうか。また、そもそもフランス語として認められない特異な文章を例に挙げて翻訳できないと主張するのもどんなものか。自らの無学文盲は棚に上げてもう少し適当な例があったのではないかなと思ったりする。

いいちこ」、いろいろな意味で知的刺戟に満ちた雑誌である。

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by sumus2013 | 2016-05-20 20:56 | おすすめ本棚 | Comments(0)

人間世間

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福原麟太郎『人間世間』(暮しの手帖社、一九六九年一一月五日、装本=花森安治)。花森安治は文字で勝負するタイプの装幀家であろう。絵を中心にした図案ももちろん多数あるが、文字がいちばん大事だと知っていた人だ。『暮しの手帖』の題字をほぼ毎号と言っていいくらい変えていたのもその現れである。本書の文字は色紙を切って構成したように見える。この文字デザインが福原麟太郎の随筆に適当かどうかは別として人目を惹く図案であることは間違いない。鉛筆画の鍵(カギは花森の好んだモチーフのひとつ)が文字と微妙な違和感を生んでいる、それも計算の上なのだろう。

本書は『暮しの手帖』に連載されたエッセイをまとめたもの。ちょっと説教じみたところなきにしもあらずながら、いろいろ考えるヒントにはなる。試しに「外国語」というエッセイから少し引用してみよう。

《この間のオリンピックスのさわぎで、東京中の人が英語をしゃべらなくてはいけないような気持ちになり、速成英会話教室など、たくさんできました。またある短大では一千人近い女子学生が「英会話できます」という意味のバッヂ(これを今日の日本語ではパッチというのです、そういわなければ通じない。おかしな話です、ハンドバッグをハンドパックというに似た例ですが)をつけて銀座を遊弋[ゆうよく]していたけれども、たいして用事はなかったということでした。》

五十年前の話。言葉は変るものだ、「パッチ」とは……。母はよく「デバート」(パがバになっていた)と言っていたが、こちらはバがパになってしまった例か。ハンドパック……聞いたことないなあ。遊弋も初めて知った(これは無学なだけ)。ひょっとして四年後の東京でも似たような光景が見られるのだろうか。

つづいて「英会話」から。

《ことに日本語とヨーロッパ語というのは、全く違ったことばで、ワタクシハ・イヌヲ・アイシマス・という日本語は英語ではワタクシハ・アイシマス・イヌヲ・と言わなければならない。その他文法や単語も言葉の本質的な問題として違っているでしょうから、イギリスの子どもがフランス語を習うというのとちょっと違います。私は、やはり、日本語がはっきり頭に入ってから、外国語をはじめるのが良いと思うのですが、もっと言語学者によく聞いてみて判断したいと思います。
 このごろはチョムスキーという言語学者(マサチューセッツ工大教授)に人気があるようですが、『朝日ジャーナル』去年の秋(一九六六・九・二五)の特集で、氏を囲んでこういう問題にふれておりますけれど、彼も、決定的な判断をするほどの材料を持ってはいないようです。》

ちょっと気になったのは「ワタクシハ・イヌヲ・アイシマス」というのは日本語なのか? ということ。こんな言葉はよほどのことがない限り(例えば英会話についてエッセイを書くときとか)誰も使わないだろう。あるいはパッチみたいに五十年前には普通に使っていたのかもしれないが。

イギリス人のフランス語については知らない。ただ文法が似ているにしてはフランス人はそう流暢に英語をしゃべらないようだ。パリでの経験からするとそこそこ上手な英語を話してくれるのは外国から来ている人たちである。現在のフランスでは小学校にも英語クラスがあるそうだから英語はそれなりに学んでいるはずなのだが、知人のソルボンヌに入った娘さんでも英語は苦手と言っていた。それでも昔よりはずっと英語が通じるのは事実だし、古本屋さんたちは商売柄か英語の上手な人が多いようだ。

チョムスキー、また出た(加藤周一『稱心獨語』)。日本語について考えるときに必ず引き合いに出される時代があったようだ。

《私たちは日本語を話すとき、とても細かに表現を考えます。わたし、わたくし、わたくしたち、わたくしども、いろいろ使いわけます。英語を話すときも同じで、外国語では一人称は一つ、英語なら「アイ」がわたくしであり、あっしでもあり、おれでもある、というのですが、一人称単数は「アイ」でも、それにくっつく動詞や、その文章の構造などで、微妙な意味合いの差が生じ、あっしとおれの違い程度の差別は出てくるのです。一人称単数は、誰でも同じ「アイ」一つしかないというような早のみこみは危険であります。》

この問題についてはもう少し取り上げたい。


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by sumus2013 | 2016-05-19 21:10 | 古書日録 | Comments(0)

長谷川三郎〜みどり文庫

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8日に開店した甲子園六番町のみどり文庫さんへ。上の写真はみどり文庫さんの目の前に広がる八つ松公園にて。阪神電車の甲子園駅、もちろん甲子園球場の最寄駅だが、球場とは反対の北側へガードをくぐって歩くこと数分、すぐに見つかった。ちょうど玄関先にいたみどり文庫さんとあいさつがてらこの辺りの土地柄について説明を受ける。お屋敷街のようである。

手作りの看板が玄関先と二階のドアの前に置かれている。縦長のワンルームをそのまま土足で上がれるようにして書店に改造(というか、本棚を並べただけ)。エアコンをつけるようにあるお客さんから要求されたそうで業者さんが下調べ中。本棚をざっと見せてもらう。基本的には読書人の棚なのだが、出張の古本販売はもうかなり前から続けられているので古書店としての経験値も高まっているようだ。これからがさらに楽しみ。

彷書月刊のバックナンバーがまとまって並んでいた。先日も紹介したように集めるつもりはなかったのだけれど、だんだんと空白が埋まって来ているのでぼちぼち完揃いを目指そうかなと思い始めたところ。未所持リストをチェックしながら五冊ほど選ぶ。安いです。

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そこへ街の草さんがやって来た。しばらくぶり(小山清内容見本以来かな)。三人であれこれ古本にまつわる話題で盛り上がる。関西では有名な古本者のTさんの話をしていると、なんとそのTさんから電話がかかってくる(!)。梅田にいるので今から向いますと。不思議なこともあるものだ。




みどり文庫さんを訪れる前に、まず同じ阪神沿線の岩屋にあるBBプラザ美術館で「甲南学園ゆかりの作家たち 長谷川三郎と菅井汲 抽象への眼差し」展を見た。とくに長谷川三郎の展示はコンパクトな回顧展として充実していた。書籍や資料類にも周到な目配りが感じられた。変化の激しい作風のなかで写真の仕事も光っている。

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長谷川三郎「室内」
(1940年、ゼラチンシルバープリント)




コルビジェ設計の西洋美術館が世界遺産になったというニュースが流れた。世界遺産とはねえ。学生時代によく通った思出深い美術館である。増築された現在の建物よりもずっと小振りで、正直、国立美術館としてはあまりに貧弱だなといつも思っていたが(展示も見やすいとは言えないように感じていた)、ただ個人の邸宅のようなシックな雰囲気は嫌いじゃなかった。例えば大原美術館のギリシャ風の本館とは全く違ったテイストで、それはたしかに新鮮だった。


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by sumus2013 | 2016-05-18 21:04 | 古書日録 | Comments(2)

写真家・福島菊次郎

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「WILL:意志、遺言、そして未来 報道写真家・福島菊次郎」展を堀川御池ギャラリーで見た。福島菊次郎についてはみずのわ出版から出ている那須圭子さんの写真集を装幀させてもらった縁がある。(本展の会場でも販売されております)

那須圭子My Private Fukushima 報道写真家福島菊次郎とゆく』(みずのわ出版、2013年

《戦後、10年にわたり原爆症に苦しむ家族を記録した作品により報道写真の世界へ入った福島菊次郎は、全共闘運動、三里塚闘争、自衛隊と兵器産業、環境問題など多岐に渡るテーマで激動する時代を写真に収めてきました。権力に迎合しないことを信念に撮り続けた写真は、戦後の日本が歩んできた道、残してきた課題を私たちに伝えています。本展はこれまで700を越える会場に展示された福島自作パネルによる写真展です。》

以上のようにチラシには書かれているが、福島の壮絶な人生はウィキの略歴からでもひしひし伝わってくる。


これで九十四まで闘ったのだから相当に強運と強靭な肉体の持ち主である。個人的には自衛隊と兵器産業をあからさまに描いてみせた一連の写真は新鮮だった。戦闘機の前で他愛なくニカッと笑っている二人の工員、寒気のする凄い写真だ……。いわゆる平和憲法によってこのパンドラの函に蓋がされてきたわけであるが、函のなかではプレッシャーが高まっていた。もうパンク間近ではないのか? あらためて人間は懲りない動物だと思い知る。

福島自作パネルはたしかに福島のテーマをコンパクトに伝えるには効果的だ。そういう展示はそれで続けるべきであろう。が、しかし福島亡き今こそ「写真家(報道写真家ではなく)・福島菊次郎」としての批判的な回顧展が必要だろう。初出紙誌、写真集などの資料展示も含め福島の全体像を知りたいと思った。テーマや生き様を通してだけでなく福島の写真そのものを直視するべきではないか。それだけの力を福島の写真は持っている。

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by sumus2013 | 2016-05-17 20:56 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)

三本松商店街

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『雲遊天下』124号(ビレッジプレス、二〇一六年五月二五日)が届いた。「特集・あの場所」に書かせてもらった。「三本松商店街」は郷里の隣町にあった小さな商店街だ。小学校を卒業するとき、そこの文房具店で究極の選択を迫られたことがある……とちょっと大げさだが、そんなことを書いた。詳しい目次は下記に。

雲遊天下124 特集◎あの場所

特集には岡崎氏も「関西で出ていた「ブラケット」という雑誌について」と題して『ブラケット』(創刊一九八七年)のことを書いている。そのなかに発起人である村岡眞澄さんの事務所のことが触れられていてなつかしかった(文中Mさんとなっているが、ここでは実名で紹介する)。天神橋筋商店街の外れ(天神さんより南だったような…)にある古いビルだった(後に移転)。その二階が村岡さんの本業である翻訳業の事務所なのだが、そこで雑誌の編集会議などをやっていた。みょうな階段のある建物だった。ステップを奥へ上がって行って逆向きに少し下がるみたいな。

小生は編集にはタッチしない泡沫同人だったけれども大阪へ出かけると用もないのにちょっと立ち寄って村岡さんの仕事の邪魔をした。ブラケットの会がその事務所で開かれたこともあり、そこでも岡崎氏は買ったばかりの古本(たぶん珍しい詩集だとか渋い文庫本だとか)を取り出してみんなに見せていたように思う。あれからほぼ三十年の時間が流れたとはとても信じられない。その後、村岡さんは大きな手術を受けたり出版に乗り出したりと大変な時期を迎えたようだが、その後も変わりなく昨年七月の「sumusトークライブ」にも元気な姿を見せてくださった。ぜひ「ブラケットの会」も開いてくださいと頼んでおいた。

連載では大川渉さんの「詰むや詰まざるや(三)」が個人的に大好きですぐにでも続きが読みたい。その他、連載陣も強化されますます目の話せない雑誌になってきた。



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by sumus2013 | 2016-05-16 21:35 | 文筆=林哲夫 | Comments(0)

連翹

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鏑木清方『連翹』(大雅堂、一九四三年七月二五日)。割り合いとよく見かける清方の随筆集である。大雅堂は京都の版元。昭和十八年に出て敗戦後直ぐにはやはり同じく京都の版元芸艸堂から再刊されている。カバーなしの裸本を均一で手に入れて読んでからもう二十年以上になるか。つい最近、カバー付きをまたもや均一で拾ったので読み直してみた。

改めて強調するまでもなく上手い随筆である。画家でなくても食える。本人も文章には本気で立ち向かっていたようだ(そうでないと謙遜してはいるが)。

《大体私はあれもやつて見たい、これもやつてみたい、と気が多すぎるのだ。画家なれば絵一つに凝つて、一筋に進めば文句はないわけだが、さうはいかないのだから困る。
 此頃最も興味のあるものと言へば人間だけれども、以前は人間にはほとんど興味がなかつた。十年許り前、金鈴社時代には一事風景画に転じよう、と考へたこともある位で、頼まれるから仕方なくかくやうなものの、本当は人間をかいても風景画中の一静物として扱ひたかつた。ところがこの五六年、すつかり人間をかくやうにばかり自づとなつてしまつた。》

《画家といふものは、いつたいどんなものか。形と色、画家の道はこの二つ以外にはないのかも知れない。この二つに思ひを潜めて、真一文字に進めば、えらい画家になれるのであらう。さう思ふけれども、形と色、それから線といつたやうな仕事、それだけの仕事には私などはどうしても没頭する気持になれないのだ。》

《畢竟、私の願ひは、何かにつけて自分なりの生活をもちたいといふこと以外にはない。漠然たる言ひかたではあるが、自分自身の生きかた、暮しかたをして、そこから自然を、また人生を見るわけである。》

《私も以前には、絵をうまく描くことを第一に心掛けたこともあつた。此頃はうまさ拙さはどうでもいいと思ふやうになりさうだ、かきたいものをかきたいまゝにかく、それでいゝのだと思つてゐる。》

《もちろん、いゝ絵をかきたいと思はないではないが、それは必ずいゝ絵でなくても差支へない。いゝ生活をしたいといふのが一番の望みである。断るまでもなからうが、いゝ着物を着たり、うまいものを食べたりする贅沢な生活がいゝ生活ではない、いはゞ自分の内生活を豊富にしたいと言ふのだ。》

清方は明治十一年(一八七八)生まれだから、この随筆が発表された昭和九年には五十六歳。小生も六十を越したのでこの気持ちはよく分る。

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by sumus2013 | 2016-05-15 20:23 | 古書日録 | Comments(0)

5月14日

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トークイベント盛況のうちに終了しました。ムトーさんファンの方々が仙台から沖縄から東京から駆けつけてくださいました。さすがです。自分自身の絵の話をすることはあまりなかったのでけっこう熱くしゃべってしまいました。ご来場いただいた皆様に深謝いたします。懇親会も盛り上がりました。


■イベント

画家・林哲夫さんと話そう

5月14日18時から

500円 ワンドリンク付き

予約、問い合わせはユニテまで info@unite-kyoto.jp

終了後、懇談会を予定しています。お時間あるかたそちらもぜひ。


m. r. factory

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by sumus2013 | 2016-05-15 08:32 | もよおしいろいろ | Comments(0)

組継ぎ本々義

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前田年昭『組継ぎ本々義』(組継本舗、二〇一四年一一月三日)を頂戴した。組継ぎ本とは《ノリもステープラー(ホチキス)もセロテープも使わず、素材としての紙だけを組み継ぐ製本技法です。》とのことで、これはちょっとした冊子を作るときにもってこいのアイデア製本である。

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作り方や組版の詳しいことはこの冊子に譲るが、要点だけ簡単に紹介しておく。まず二つ折の紙の折目のところに切り目を入れる。そのとき二種類の切り目を入れるのがミソ。

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Aタイプは中央にスリット、Bタイプは上下の端にスリット。互にスリットを入れていない長さだけ補い合うようにする。両方のスリットを合わせると天地と同じ長さになる。

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AタイプのスリットにBタイプのスリットをくぐらせる。


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たったこれだけで8ページの冊子が完成。もちろん頁数はもっと増やせる。『組継ぎ本々義』は二十頁もある。いろいろ工夫もできそうなブリリアントな発明だ。

作り方などはネット上でも見つかるようだ。本書の正誤表は下記に。


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by sumus2013 | 2016-05-13 21:00 | 古書日録 | Comments(0)

武藤良子個展「沼日」搬入

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武藤さん、昨日の夕方から搬入するというのでトークの打ち合わせもしようとユニテさんへ出かけた。どんな作品がくるのか楽しみだったが、なるほどそうきたか、という力作だった。和紙にオイルパステルのブラックでずっしりと描き込まれた不定形、グッと心をつかむものがある。


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画鋲と磁石を使った展示方法。以前このブログでも紹介したことがある。

お札展(山崎書店)

アシスタントはお坊さん、じゃないです(笑)。写真では分らない質感があるので、ぜひ現物を見に来ていただきたい。14日18時よりトークショーです。


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by sumus2013 | 2016-05-12 20:19 | もよおしいろいろ | Comments(0)