林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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怪人二十面相

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ふと均一台で拾った江戸川乱歩『江戸川乱歩全集(1)怪人二十面相』(光文社、一九五二年三月一〇日十八版)。背激傷み、カバーなし。装幀は松野一夫、挿絵は伊勢田邦彦。

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扉は明智探偵の肖像、そして下の挿絵で椅子に座っているのが怪人二十面相である(明智探偵が捕まったシーン)。マスクもマントも着けていない。

《正面の大きな安楽椅子に腰かけて、ニコニコ笑つている三十才ほどの洋服紳士が、二十面相その人でありました。これが素顔かどうか分かりませんけれど、頭の毛をきれいにちぢらせた、ひげのない好男子です。》

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ざっと読んでみたが、やはり面白い。今さらながらだが乱歩のアイデアと文体は抜群である。推理物はさほど得意ではない小生でも最後まで読まされてしまう。なかで子供の頃を思い出したのは、小林少年が二十面相のアジトで地下室にとらわれた場面で取り出す「探偵の七つ道具」。

《小林少年の「探偵七つ道具」は、そんな大きな武器ではなく、一まとめにして両手ににぎれるほどの小さなものばかりでしたが、その役に立つことはけつして弁慶の七つ道具にもおとりはしなかつたのです。
 まず万年筆型懐中電燈、夜間の捜査事業には燈火が何よりもたいせつです。また、この懐中電燈は時に信号の役目をはたすこともできます。
 それから小形万能ナイフ。これは鋸、鋏、錐など、さまざまの刃物類が折りたたみになつてついております。
 それから、丈夫な絹紐で作つた縄ばしご、これはたためばてのひらにはいるほど小さくなつてしまうのです。そのほか、やつぱり万年筆型の望遠鏡、時計、磁石、小型の手帳と鉛筆、さいぜん賊をおびやかした小型ピストルなどが主なものでした。
 イヤ、そのほかに、もう一つピッポちゃんのことを忘れてはなりません。懐中電燈に照らしだされたのを見ますと、それは一羽のはとでした。

「怪人二十面相」の初出は『少年倶楽部』昭和十一年である。伝書鳩は重要な通信手段だった……とそれはともかく、こういうふうにコンパクトにいろいろな品物を鞄やポケットに詰め込みいざというときに備える、そんなことに夢中になった時期があった。いや、今でもカバンのなかには細々とした道具をしのばせてある。実際にはほとんど役には立ったためしはないのだが、入れておくと安心するていのもの。このあたりの少年の心理を刺戟する仕込みや仕掛けが乱歩は実にうまいなと改めて思った。

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by sumus2013 | 2016-04-22 20:20 | 古書日録 | Comments(0)

よい頃を

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つい先日手に入れた短冊。例によってよく読めない。保光とは誰なのか? 作者の素性が分らないので時代も不明。紙質からしてそう古くはないものの新しくもないようだ深緑の模様は木版摺と思う。

 よい頃を[㝡?]たてと  保光
  いふ花見かな

「㝡」(さい)と読んでみたがどうなのだろう(先に「何」だという御教示をいただいたが、あるいは「宮」ではないかというご意見も頂戴した。「みやたて」だと語呂はいいような気がする)。また花見の花が読めなかったのだが、こういう崩し方もあると御教示を頂戴した。たしかに花見でぴったりだ。

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by sumus2013 | 2016-04-21 20:12 | 古書日録 | Comments(2)

プラハの憂鬱

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佐藤優『プラハの憂鬱』(新潮社、二〇一五年三月三〇日)読了。ある方より古本小説だというおすすめをいただいた。そうでなければまず読まない著者である……とは言え、本作は私小説だから、私小説好きとしては何かきっかけがあれば絶対に読まない作品ではない。実際、面白く読んだ。思想的な説明がくだくだしいのが難点でもあり、また特長でもあって、試験勉強のノートのような的確さというか、そっけない文体がかえってサクサク読み進めるのには好都合とも思われる。

『プラハの憂鬱』というタイトルは誤解を与える。チェコスロバキアについての記述が大半を占めるとしても実際のプラハは登場しない。ほとんど英国での語学留学時代の回想である。その中心舞台が古書店なのだ。ざっと古書店に関する文章を拾ってみる。

《そこで私も「フロマートカというチェコ人の神学者の研究をしたいと思っています」と話した。ブラシュコ先生は、「人生に複数の目標を持つのはよいことと思う。チェコ語の本を探しているのなら、オックスフォードのブラックウェル書店を訪ねるとよい。あそこなら、どんな本でも見つけてくれる」と言った。》

《ブラックウェル書店は、出版部門と新刊書店、古書店が一体化した企業だ(現在は出版部門は別会社)。》《この書店はオックスフォードの外に出ないという独特の経営方針をとっていた(1960年代にこの方針を変更し、英国全土で事業を展開するようになった)。棚をつなげると5キロメートルの長さになり、在庫は16万冊を超えるという。そのほとんどが学術書だ。ケンブリッジ大学の学生やスコットランドのエディンバラ大学の学生も、ブラックウェル書店で本を探すためにやってくることがある。》

《ロシア語の書籍はかなりあったが、チェコ語は十数冊しかない。すべて文法書や辞書だ。これならロンドンのコレッツの方がはるかに品揃えがいい。コレッツはソ連が経営を支えていると噂されている左翼系の本屋だ。日本のナウカや日ソ図書を経由して入ってくるソ連や東欧の書籍も、決済は英ポンド建てで、コレッツを通じて行っているという。》

著者はだめもとでブラックウェル書店の店員にチェコ語の神学書を註文できるかどうか尋ねてみると、取り寄せができるとのこと。一週間後に入手の知らせがあった。そしてその入手方法を教えてもらう。すなわち「ロンドンに東欧社会主義国の禁書や宗教書、古本を入手するのが上手なインタープレスという会社があります」との答え。

店主はズデニェク・マストニークという古本の世界では有名な人だった。店はブライスロード206番。著者は目録を請求して一度註文してから店を訪ねる。

《4階建ての古いビルの1階が古書店で、看板には大きくINTERPRESSと記されていた。
 店に入ると受付に若い女性がいた。私がマストニーク氏と約束していると言うと、奥の店長室に私を案内してくれた。店長室には、文字通り足の踏み場がないほど本や雑誌が積み重ねられていた。
 奥から赤ら顔で、白髪、身長が175センチメートルくらいの男性が出てきた。小太りで、年齢は60歳くらいだろうか。》

マストニーク氏は本書のなかではまるでプラトンとの対話のプラントン役を振り当てられているかのようであり、自らの経歴や東欧の複雑な民族や歴史について若き著者に語り、その導師となっていく。「あとがき」から氏についての簡潔な紹介文を引いておこう。

《この作品の中心人物は、元BBC(英国放送協会)国際放送のチェコ語アナウンサー兼記者で、古本屋インタープレス社長ズデニェク・マストニーク氏(1920〜2008)だ。BBCで仕事をするときは、パベル・ホランと名乗っていた。ナチス・ドイツのくびきからチェコスロバキアが解放され、マストニーク氏は大学留学を志して英国にやってきた。その直後、1948年2月にチェコスロバキアで共産党のクーデターが起きた。マストニーク氏は、軽い気持ちでスポーツ記者としてBBCに勤め始める。冷戦が進行する中で、BBCへの勤務歴があるマストニーク氏がスターリン主義体制下のチェコスロバキアへ帰国すれば、逮捕、投獄の危険がある。そこで亡命という選択をした。》

古本屋が登場するといっても、古本の話ではないので他にはロンドンのポーランド語専門のオルビス、チェコのカリフ書店がちらりと言及されるくらいだが、冷戦下のチェコを中心としたソ連や東欧諸国の西側との関係が細かに論じられているのはスパイ小説のバックグラウンドというような意味で興味深い。ソ連崩壊も予見されてはいるが、五十年百年の先だという見解だった。ところが何とその数年後に崩壊してしまった。

チェコ人の民族性についての論議のなかで次のくだりが特に注意を引いた。

《チェコ人は非歴史的民族なので、ドイツ人に同化されるのが必然であるといエンゲルスは考えていた。こういう過去がチェコ人に不安をもたらすのだろうか。
「あなたが言う不安とは、かつてチェコ人がドイツ人に同化してしまう可能性があったことを指すのですか」と私が尋ねた。
「それも確かに不安の要因です。しかし、それだけではありません。より根源的な、存在論的な不安です」とマストニーク氏は答えた。》

《恐らく、われわれはヨーロッパでもっとも外国語に堪能な民族だと思います。それは、世界で起きているいろいろなことを知らないと生き残ることができないという強迫観念がチェコ人に強いからです。しかし、いくら知識を増やしても、われわれは安心することができない。それは根源的なところでチェコ人が何も信じていないからです。チェコ人は神を信じていないが、共産主義も信じていない。根源的に懐疑論者です」》

これはまさにカフカ的不安である。

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by sumus2013 | 2016-04-20 21:14 | 古書日録 | Comments(0)

書肆季節社往復はがき

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書肆季節社はつねづね注意している版元だ。これまでも何度も取り上げている。


そういうことを気遣ってくださる読者の方より高槻市時代の書肆季節社の註文はがきを恵投に与かった。五点。それぞれ刊行案内掲載の往復葉書になっている。上は一九八三年四月開頒予定の『角田清文評論集 相対死の詩法』、その他は以下の通り。

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『鈴木漠詩集 抽象』一九八三年六月五日開頒



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『木津豊太郎詩集 普通の鶏』一九八三年十一月八日開頒



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鈴木貘編『連句集 壷中天』一九八三年十一月十五日開頒



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『衣更着信詩集 孤独な泳ぎ手』
『衣更着信訳詩集 人生摘要 英米現代詩集』
一九八三年十一月二十日上梓開頒

『孤独な泳ぎ手』


3500円(角田)、2800円(連句)、2500円(その他)という定価設定である。昭和五十八年頃、大手の版元から出る一般書籍、たとえば小説だと1500円前後が普通の値段だったように思う。それからすればかなり高いわけだが、当時でも少部数の詩集の定価は2000円くらいつけるのが当たり前だったようだ。書肆季節社の本は凝っているからもう少し割高になっても不思議ではない。

こうやって振り返ってみると、三十年以上経っているにしては、単行本の値段というのはあまり変っていないことに気づく(例えば『羊と鋼の森』は1500円税抜)。ただし文庫本や雑誌の定価はたぶん倍以上にはなっている。

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by sumus2013 | 2016-04-19 21:47 | 古書日録 | Comments(0)

創と造 2016

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東京会場

入場無料

2016年
4月23日(土)~27日(水) 午前10時~午後5時
5月25日(水)~28日(土) 午前10時~午後5時


東京美術倶楽部

http://www.toobi.co.jp/or/index.html


どうしたわけかこんな展覧会に出品することになりました。全国五ヶ所の美術倶楽部で開催されるようです。


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by sumus2013 | 2016-04-18 19:45 | 画家=林哲夫 | Comments(2)

ポルトリブレ・ラストワルツ

ポルトリブレの最後の企画展です。出品しております。

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【前期】4月15日(金)~4月22日(金)
初日(4/15) オープニングパーティー

【後期】4月25日(月)~5月2日(月)
最終日(5/2) クロージングパーティー

12:00~20:00(最終日は17:00まで)※会期中無休

ポルトリブレ

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by sumus2013 | 2016-04-18 19:44 | 画家=林哲夫 | Comments(0)

エーコのエーコ

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『Morandi Gli acquerelli』(Electa, 1990)。モランディの水彩画集。イタリア語版なので読めないのだが、まあ読む必要もない。ただ、このなかにウンベルト・エーコがモランディについてのエッセイを寄稿している。「Il segno di Morandi」(モランディの記号)。この本を買ったとき、辞書を引き引き苦労して大意だけ訳したメモを作った。それをそのまま挟んであったような気がするのだが、どこかへ行ってしまって見当たらない。

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新潮』六月号に細川周平氏が「エーコのエーコ 『薔薇の名前』を供えて」を寄稿しておられる。その追悼文を読んで、この本を思い出したのである。細川氏によればエーコはボローニャで教鞭をとっていた。モランディを論じて当然だったのだ。細川氏がエーコに初めて会ったのは一九八〇年、ウルビーノで開かれた国際記号学セミナーで、一九八二年から二年間ボローニャ大学芸術学科に留学しエーコの授業を受けたという。

《そして最後に会ったのは一九九〇年、『薔薇の名前』邦訳のプロモーションを兼ねて夫妻で来日した時で、講演後、山口昌男にくっついてディスコに行った(ウルビーノでも町にひとつのディスコで、エーコの一団は踊っていた)。五ヶ月しか違わないマサオ(彼はそう呼んだ)とは、ずいぶん波長が合う様子だった(体格も似ていた)。それぞれの国の記号学の基礎を築いただけでなく、博覧強記、書物愛、そして知的な軽さの点でエコーを響かせ合っていた。エーコがスヌーピーを讃えれば、山口はのらくろ上等兵を愛す(漫画が知的対象とは見られていなかった時期に)。エーコがあらゆる言葉遊びに卓越していたなら、山口は駄洒落を好む。二人は同じ時期に俗悪美を取り上げ、マクルーハンを距離を置きつつ評価した。エーコがスーパーマンからマスメディアに生きる大衆の欲望を皮肉っぽく肯定すれば、山口は古事記、アフリカ神話からアルレキーノ、マルクス兄弟まで各地の道化像に民俗的活力を見出した。エーコは五〇年代後半、大学の職に就く前に国営テレビ局につとめたことで学者の王道から外れた。山口は六〇年代前半、ナイジェリアで調査し、西洋受け売り学界にも、日本国内で自足した民俗学や歴史学にも引導を渡した。二人とも書物で完結した伝統的学問分野(中世思想、日本中世史)から人文学に入門しながら、三〇代に(つまり一九六〇年代に)そこを外れる道を拓いた。》


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《五月革命のパリ(『薔薇の名前』作中の謎の原稿に「私」が出くわした一九六八年八月のまさにその頃)に滞在した山口は、共通する解放的精神を「未開」に見出し、その発想を理論化する際に記号学を応用した。中世の論理学に発しパースを咀嚼するエーコと、人類学に発しレヴィ=ストロースを咀嚼する山口ではずいぶん距離があったが、記号学はそれをひとまとめにする大風呂敷と拡大解釈された。それが知的流行である所以だった。記号の「語感」がまず消費された。》

なるほど、そういうことなのかとエーコと山口昌男のスパークぐあいがよく分った。

《何を学んだかよりも、若いうちに知的健啖に(「実物」にという方が正直)触れたことが私には大きかった。どの著作というより、知的度量に尊敬を払い、博識以上の存在に心を動かされてきた。》

「実物」を知るということはやはり刺戟的である。知らない方がいい場合もなきにしもあらずかとも思うが。




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by sumus2013 | 2016-04-17 20:49 | おすすめ本棚 | Comments(0)

ここが私の東京

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岡崎武志『ここが私の東京』(扶桑社、二〇一四年四月一五日、挿画=牧野伊三夫、装丁=四月と十月デザイン室)読了。『上京する文學』の続編のようでありながら、よりいっそう岡崎カラーがはっきり出た優れた評伝群だと思う。それはその人選にはっきり現れている。佐藤泰志、出久根達郎、庄野潤三、開高健、藤子不二雄A、司修、松任谷由実、友部正人、富岡多恵子、石田波郷。個人的にも画家が三人(富岡多恵子の巻に出る池田満寿夫を数える)登場するのでこれは嬉しいし、ある程度彼らの著作を読んでいるので共感できる度合いが高い。

岡崎武志『上京する文學』(新日本出版社、二〇一二年)

近年、文学者評伝に新風をもたらしたのは大村彦次郎氏であった(小生も『荷風 百間 夏彦がいた 昭和の文人あの日この日』には挿絵を描かせてもらった)。一時そのストイックな文体が若い読者にも受け入れられていたのを身近に知っている。今、大村氏の後を受けて新風をもたらしているのが岡崎評伝であろうか。シリアスでありながらより軽やかで洒落っ気もありサゲに当るような仕掛け、サービス精神にあふれている。

もうかなり前、一九九〇年代後半になるが、『海浪』という花田知三冬さんの個人雑誌に岡崎氏がユニークな視点から文芸評論を書いていたことを思い出す。氏の処女単行本が『文庫本雑学ノート』(ダイヤモンド社)で一九九八年だというから、上京はしていたが、まだブイブイいわせてはいなかった時代。その『海浪』で読んだ川端康成の『伊豆の踊子』についての論考が今も記憶に残っている。手渡すという行為から川端文学を読み解く鮮やかさ。まるで手妻にしてやられた感じだった(今、検索してみると『雑談王』に収録されている「人が人に手渡すものー「伊豆の踊子」を読む」である)。その時の印象が本書を読んでいると甦ってきた。

巻末書き下ろし「これが私の東京物語」で自らの来し方を振り返り、角田光代さんとの共著『古本道場』リリース直後の直木賞受賞、『読書の腕前』又吉直樹氏の帯文数ヶ月後の芥川賞受賞に触れて氏はこう書いている。

《そう考えると、私には一種の「運」があるのだと言えるし、逆に言えば、「人の褌で相撲を取る」典型である。そのほかで大ヒットした作はなく、いかなる名の受賞歴(候補にさえなっていない)もない。輝かしき文歴は何も持たないのである。素浪人という言葉が思い浮かんだが、拠るべき主人も城も藩もなく、ペンという刀一本でフリー街道をひたすら歩いてきたわけだ。本当に、我ながらよくやってきたものだと思う。》(「これが私の東京物語」)

これじゃまるで富岡多恵子じゃないですか。

「私はツキを人にあたえる女なのよ、私と一緒になったらその男は成功する」(池田満寿夫『私の調書』、本書192頁)

素浪人けっこう。ペンは刀より強し。新日本出版社から扶桑社まで! この幅広さで颯爽と闊歩して欲しい。

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もうひとつの本書の目に見える特長は牧野伊三夫氏の装幀と挿絵である。カバーを廃し、さらにあえて貼り題簽にしたところ、表紙の版画。いずれも古本者にはたまらない。目下のところ岡崎武志のベストパフォーマンスなり。


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by sumus2013 | 2016-04-16 20:56 | 古書日録 | Comments(0)

木村伊兵衛パリ残像

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美術館「えき」で「木村伊兵衛パリ残像」を見た。思わず「木村伊兵衛って写真上手だなあ」と口走って近くにいた人にへんな顔で見られた。パリ写真なんて誰でも撮っている。かくいう小生も含め。しかし誰が撮っても同じようで同じじゃないところに写真の奥深さがあるだ。

木村は一九五四年から五五年にかけてパリに滞在し、アンリ=カルチェ・ブレッソンやロベール・ドアノーらとともにパリの街景やパリで暮らす人々を撮影をした。富士フィルムが開発したカラーフィルムを使ったという。それがむちゃくちゃ渋い色合いで昭和三十年のパリを映し出す。

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玩具のような自動車やスクーターが走り抜けるエトワル広場。これだけでシビレた!


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佐伯祐三のパリが色濃く残っていた時代である。小生が初めてパリの地を踏んだ一九七六年にもまだまだ残っていたように思うが、現在のパリからはきれいさっぱりこういう匂いは払拭されてしまっている。歎いてもはじまらないけれど。

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by sumus2013 | 2016-04-15 20:39 | Comments(2)

石神井書林古書目録

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CATALOG 13
1988・長月


以下、何かの参考のために『石神井書林古書目録』のこれまでにまだ紹介していない表紙を掲出しておく。

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CATALOG 20
1989・師走



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CATALOG 24
1990・霜月



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CATALOG 25
1990・師走



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CATALOG 26 および封筒
1991・弥生


次の『CATALOG 27』はタテ210ミリ、ヨコ115ミリの定型最大封筒に入るサイズ。その次の28号からB5サイズになる。以後今日までその判型を変えずに継続しておられる。


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CATALOG 28
1991年12月1日



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CATALOG 29
1992年6月1日



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CATALOG 30
1992年師走








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by sumus2013 | 2016-04-14 20:47 | 古書日録 | Comments(0)