林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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河原温のロフト

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宮内勝典『グリニッジの光りを離れて』(河出書房新社、一九八二年一月七日四版、装幀=横尾忠則)を頂戴した。同封の手紙に以下のように説明されていた。

《同封の宮内勝典さんの本は、河原温さんの素顔を知るうえでは一級の資料と思います。温さんの身近におられたかたが言うには、「ほぼこの本のとうりの印象だった」とのことです。
 同封のコピーは丁度50年前の「美術手帖」のものです。この翌年一月より日付絵画が開始されますので、まさにその前夜のものと云えるでしょう。これ以降、取材や写真は一切出なくなります。》

『グリニッジの光りを離れて』は河出文庫で読んで河原温の生活をリアルに描いてあることに感銘を受けた。その文庫も手放して永くなる。有難く久しぶりに単行本で読み直した。やはり河原温の描写が傑出している。これはたしかに貴重だ。

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『美術手帖』一九六五年一二月号のコピーは本間正義「その後の河原温」である。本間がニューヨークの河原を訪ねたときの様子が描かれている。

《ニューヨークの十四番街は、バスと地下鉄が通る大通りだが、その一つ南の十三番街は裏通りといった感じである。それを縦につらぬいている一番大通りから、ちょっと入ったところの番地を探しながら、河原温を訪ねたのは、六月の終りごろの夜も八時半過ぎであった。》

《予想したように彼の住まいはロフトである。ニューヨークには、ダウンタウンを中心に、工場や倉庫に使うだだっぴろい何層ものロフトという古い建物がある。この巨大なコンクリートの箱の中に、人は住めないことになっているが、美術家たちはこれに目をつけ、改装してスタジオとして使っている。》

《河原温のロフトには、逆に透き通るようなクリーンな感銘があった。彼のロフトは三つに仕切ってある。ギャラリーで、展示を準備しているときのように、作品を壁にとめたり、たてかけたり、床の上に置いたりしてあった。》

《話しこんで、だいぶ夜もふけてきたのに、彼のロフトの上からジャズが聞えてくる。なんだと聞いたらポップ・アートのオルデンバーグだという。そこで気がついたが、彼のロフトの階を半分に仕切って、十三番街のほうに彼が口をあけ、十四番のほうに口をあけて草間弥生が借りていた。オルデンバーグは、ワン・ブロックにわたる上層部全部を借りているわけで、先日、草間弥生を訪ねて、オルデンバーグにも会ったばかりである。主義も生活もまったく違ったこの二人は、しかし完全にロフトを遮断しているようにみえた。》

『グリニッジの光りを離れて』の方には住所が記されている。

  340E. 13th St.(Apt 12)New York

Apt は Apartment だろう。《イースト・ヴィレッジの西端、ちょうどグリニッジ・ヴィレッジとの境になる区域である》

《手帳にひかえた住所に辿り着くと、郵便受けにその名前があった。煉瓦造りの古いアパートで、仄暗い廊下には黒人の体臭の残り香めいた饐えた空気がこもっていた。私は階段を昇り、ドアを叩いた。》

《入口は台所だった。通りに面した部屋が、仕事部屋と居間を兼ねていた。銹びついた非常階段が窓の片隅を斜めによぎり、鉢のゴムの葉が光っていた。台所の反対側が寝室らしかった。
「どうぞ」
 と椅子をすすめただけで、河名温は黙っている。円いテーブルの上に描きかけのキャンバスがあり、今日の日付が濡れて光っている。地球がぐるりと自転しただけの、無名の一日だった。そのかたわらにプッシュ・ボタン式の電話があった。》

《漆喰の壁に、日付を記したキャンバスが墓碑銘のように並んでいた。台所との境の壁には米粒ほどの小さな数字がぎっしりつめ込まれているカレンダーが貼りつけてあった。百年の暦だった。》

《部屋の片隅にはタイプ・ライターがあり、その隣に白い用紙が山積されていた。その紙片にも、小さな数字が四段組でびっしり打ちこまれている。》

一九六八年の晩秋か初冬のことらしい。その二年前に二人はメキシコシティで知り合って宮内は河名(河原)の住所をもらっていた。そして最初の訪問から何度目かのときに宮内は次のような光景に出くわした。

《百年の暦が、ガラス張りの額縁に入っていた。
 無機的なアルファベット文字と数字の洪水の部屋のなかで、河名温はその整理に追われていた。I GOT UP AT 9.30 A.M.(私ハ九時三〇分ニ起キタ)という一連の絵葉書を、スタンプの部分を表にして、日付の順番通り、一枚、一枚、小さな額縁に収めている。
 I AM STILL ALIVE(私ハマダ生キテイル)という電報も、発信日の順を追ってガラス枠に入っていた。キャンバスに記した膨大な量の日付が、ぎっしり壁ぎわに立てかけられてあった。ニューヨーク近代美術館で「概念美術の動向」という展覧会が開かれるのだという。
「それに作品を出すように招待されてね」
 と河名温は言った。

本間の言うロフトと宮内の言うアパートは同じ場所だと思うが、描き方によってかなり違った印象を受ける。それにしても草間弥生と背中合わせに住んでいたとは面白い。


the passing of On Kawara


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by sumus2013 | 2015-12-14 20:04 | 古書日録 | Comments(0)

ディスク備忘録1

ときどき音楽……今年後半はCDなどをけっこう買ったので備忘録としてアップしておく。とにかく気になったら買うといういきあたりばったりな感じでとくべつな基準はない。

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10 FIRST BLUES/ALLEN GINSBERG  Water166 2006
- ボブ・ディラン、アーサー・ラッセルと共演、ジョン・ハモンドがヴィジョナリー・プロデュースをしカバー写真はロバート・フランクというビッグネームにクラッとしたが×だった。ギンズバーグの素人カラオケ。



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09 ギター/フランク・ザッパ ビデオアーツ・ミュージック/IMAGICAメディア出版 1995
★★ ザッパのギターソロ第二弾。二枚組。



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08 LE PETI PRINCE RYM Musique 1994
★ ジャン・ルイ・トランティニャンらが朗読している「星の王子さま」抜粋。パリで0.5ユーロだった。



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07 テレグラム・サム/T・レックス オデオンレコード 1972
ジャケ買い二枚目。しかし聞いていない。だってプレーヤーがないのだ。



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06 ザ・ベスト・オブ・サティ/高橋アキ 東芝EMI 1991
★★ サティのLP「ジュ・トゥ・ヴ」は持っているのだが久しく聞いていない。よってこれを求めた。



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05 ブラック&ホワイト DIXIEFROG Records BSMF 2010
★★ 高田渡の曲のオリジナルが収録されているのが見つけもの。



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04 スーダラ節 こりゃシャクだった/植木等 ハナ肇とクレイジー・キャッツ 東芝レコード
ジャケ買いです。



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03 THE LION OF SOWETO/MAHLATHINI VIRGIN JAPAN 1990
★ 南アフリカのムバカンガ音楽を代表するマハラティーニ。しゃがれ声が強烈、だが意外と軽いノリ。歌詞がおもしろい。

02 THE SIDEWINDER/LEE MORGAN Blue Note Records、1999
★ http://sumus2013.exblog.jp/24367611/



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01 MUSIC FOR MERCE/THE EOS ENSEMBLES/JONATHAN SHEFFER BMG Music 1997
★★ マース・カニンガム・バレエ団のための音楽。ジョン・ケージ「Credo in Us」はなかなか上質な作品だ。



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by sumus2013 | 2015-12-13 21:39 | 古書日録 | Comments(0)

校正者のいる風景

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高橋輝次編著『誤植文学アンソロジー 校正者のいる風景』(論創社、二〇一五年一二月一〇日)。誤植については誰よりも注目しておられる高橋さんの最新アンソロジー。なるほど名篇が揃っている。

誤植読本

小説篇とエッセイ篇に分かれており、高橋さんによる長文の作品解説も付されている。巻頭、河内仙介の「行間さん」は高橋さんらしいチョイスだろう。大阪出身の埋もれた作家である。なかなか達者に書けているが、たしかに埋もれた理由も分る気はする。そしてこういう作品を探し出して来るのが高橋さんの真骨頂である。そういう意味では田中隆尚「爐邊の校正」も同様に他では読めそうもない佳作。川崎彰彦「「芙蓉荘」の自宅校正者」だけは読んでいた。かなり長い作品だがよく収録されたものと思う。これも傑作。他には上林暁「遺児」がよかった。誤植文学というジャンルが成立するとは思いも寄らなかったが、成立しそうである。

河内仙介 行間さん
和田芳恵 祝煙 
上林 暁 遺児
佐多稲子 祝辞
倉阪鬼一郎 赤魔
小池昌代 青いインク
川崎彰彦 「芙蓉荘」の自宅校正者
田中隆尚 爐邊の校正

木下夕爾 わが若き日は恥多し
吉村 昭 で十条
杉本苑子 校正恐るべし
杉浦明平 アララギ校正の夜
落合重信 校正
宮崎修二朗 植字校正老若問答
大屋幸世 助詞一字の誤植 横光利一のために
河野與一 正誤表の話

【解題】収録作品を読む 高橋輝次


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by sumus2013 | 2015-12-13 17:07 | おすすめ本棚 | Comments(2)

図案文字

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昨日紹介した床本のテキストは勘亭流(芝居文字)に似た書体で書かれていた。この字体は岡崎屋勘六が安永八年(一七七九)に考案したそうである(ウィキ)。初め看板や番付に用いられたが、狂言台本にも使われるようになった。上の二冊は昭和時代の手本。左が田中庸義・揮毫『看板意匠文字速成法手本勘亭之部』(東京新興教授会、一九三三年三月五日)、右は田中庸義・揮毫『看板意匠文字速成法手本ゴジツク之部』(東京新興教授会、一九三三年四月八日)。前者の「注意」によれば《勘亭流も書家に依つて、肉細に書く人、又は肉太に書く人、又は余り画を略し過ぎたりしたものがあつて判断に苦しむ》場合があるので《本会の手本は、夫等の欠点を除いて、解し易く、中間を執つて書いてあります》とのこと。

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デザイン書体のサンプル集『現代商業美術全集 第十五巻実用図案文字集』北原義雄編輯(アルス、一九三〇年四月一三日)にも勘亭流は取り上げられている。下、見開きがともに太と細の勘亭流文字。たしかにそれらのスタイルにはかなり差がある。

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ついでだから他の書体もいくつか紹介しておこう。

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右は襟字体、左が小路割腰字

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この見開きはともにヘルベルト・バイエル(Herbert Bayer, 1900-85、オーストリア生まれ、バウハウス教官、画家・デザイナー・写真家)のデザイン。

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こちらの見開きは小谷喜一の作品。小谷については不詳。

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小林忠孝。小林についても不詳。

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同じく小林忠孝。

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鹿島光夫。やはり不詳。

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奥付、挟み込まれている「現代商業美術全集付録 商業美術月報」第十八号。月報はペラ四頁にぎっしり詰まった内容である。佐藤蔦衞(商業美術家協会商工経営部員)の「広告断片」が面白い。三つの断片から二つ紹介しておく。

まず「印刷屋の不注意から売出計画の暴露」。ある小さな町に一軒しかない印刷屋に暮の売出広告の印刷を五軒の商店が頼んだ。足袋の売出。後から来た商店は前の店の広告を印刷屋で見て、自分のところの価格をそれより安くした。結局いちばん最後に頼んだ店がいちばん安い値段を付けたため一人勝ちすることになった、というのだ。印刷所の不注意を問題にしている。

もうひとつは「効を奏したチラシの撒布法」。チラシの撒き方で効果に大小があるという話。東京駅前丸ビル付近で中折帽子の特価売出のチラシが撒かれた。ところが広告主の店は新宿にあったのだ。一見、的外れは撒布み思えるが、じつはさにあらず。

《それと云ふのは、丸ビルを中心とする幾万のサラリーマンは中央線から山手線を利用する人が多い、従つて此多くの人々は必ず新宿駅を通るのである、此處でその洋品店の目のつけ所であつた。即ち広告によつて心を動かされる人は途中下車自由であるから立寄つて現品を見るのに一銭の損失もない訳であり、広告通りの品物であれば買つてもよし、気に入らなければ散歩してみてもよいと云ふ客の心理を見抜いてゐたのである。
 之は最も優れた広告の撒布方法である。》

こういう広告戦略を練る時代になっていた。だからこそこの現代商業美術全集も刊行されるチャンスがあったということだろう。


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by sumus2013 | 2015-12-12 17:59 | 古書日録 | Comments(0)

七世竹本住大夫

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竹本住大夫『七世竹本住大夫 私が歩んだ90年』聞き手=高遠弘美+福田逸(講談社、二〇一五年一一月二八日)。高遠先生の住大夫本ふたたび、である。

高遠弘美『七世竹本住大夫 限りなき藝の道』

竹本住大夫自身が高遠・福田の二氏による質問に答えるかたちで幼少期から引退後までの来し方や心境を吐露した好著。文楽というジャンルにこだわらなくとも時代の証言としてもきわめて興味深い。大阪の北新地で育った幼少期の回想はとくに貴重だと思う。と書いておきながら引用はせずに、青春時代の喫茶店のくだりを引いておく。「喫茶店入り浸りの日々」、昭和十五年ごろ。

《当時は心斎橋なんかは、南署というて、そこの刑事がいつもうろうろしてましてね。それから、学校の先生の方には教護連盟というのがあって、心斎橋とかで喫茶店に入ってたら、学校に通知があってね。心斎橋に不二家というレストランがあって。そこに毎日、学校の行き帰りに往復で二度、行ってました。別に雰囲気がよかったとか、女給さんがきれいやったゆうことはないんですけど、十銭とか二十銭でいろんなものを持ってきてくれまんねん。サービスがいいんです。純喫茶と違うのに、うるさいんですわ。僕が毎日行くもんやから、店の女の子が「岸本さん、今日は南署から刑事が来るから、あかんよ。早よ帰んなさい」と言うてくれて、調理場から出ていったこともありました。
 もう一軒は「蘭」というて、今でも名前も覚えてますわ。周防町の、御堂筋をちょっと渡ったところに、今でいう三菱東京UFJ銀行があって、その横手に「蘭」という喫茶店があったんです。そこが学生の巣、溜まり場やったのです。何もなくて、出てくるのはせいぜいゼリーと薄いコーヒーぐらいですけど、いつも、そこで友達と待ち合わて、近大に行ってたんですわ。もっとも、近大に行っても野球しかしませんで、授業のほうは「今日はやめとこか」とやっぱりサボってましたけど。
 あるとき、いつものように学校サボって友だちと浜寺へ海水浴に行って、また帰りに喫茶店でコーヒーを飲んだりして、前にも言うたように美容院の女の子とぐだぐだ言うて、「もう三時前やな。練習に行くか」と言うて、野球の練習に出て行こうとしたら、「おい、待て」と言われたんです。南署の刑事ですわ。「戦時下に朝から浜寺へ行って水泳して、喫茶店でとぐろを巻いて、何してんねん」と、えらい怒られました。あとをつけられてたんですわ。》

刑事が学生に神経をとがらせていた時期の様子がよく分る。朝からずっと尾行するとは……

住大夫師匠の話ももちろん面白いが、当然ながら視点は一方向だ。そこへ身近な別の人すなわち光子夫人が登場すると面白さが格段にアップする。貧乏時代の思い出もさすが芸人と納得させられるものがあるが、やはり次のようなところは格別だろう。

ーー 奥様が、住大夫師匠がなさった演目の中で一番いいな、好きだなというのは何でしょうか。
光子夫人 思うたこともないですね。
ーー あるいは、前におっしゃった水準に達している、そういうぐらいのものは何かありますか。
光子夫人 別に、この人の何を聞きたいとか、そんなこと思うたこともないです。
住大夫 魅力がおまへんねん(笑)。
光子夫人 私はただ、舞台に出てはるから、無事にやってるかなと思うて聞いているだけで、芸を堪能するということはないですね。心配のほうばかりが先に立って。
ーー では、お聞きになってて涙が流れたなんていうことは。
光子夫人 そんなことはないです。涙を流したことはないですけど、何でこんなことが言われへんのかなと思ったことはあります(笑)。だいぶ前ですけど……。そうしたら、自分でも悩んでるんですよね。私は、ただ聞いているだけですけど、たまらんようになったらときどき尋ねにくるんです。「この音はどこの音や」と。私、浄瑠璃は稽古してもらったことないけども、いつも聞いてましたから、そこはこの音と違いますかと細棹の三味線で音を出して言ってあげたら、「なるほど」と。
ーー それはご自宅での話ですか。
光子夫人 そうです。よそではそんなこと言いません。
住大夫 「すしや」(『義経千本桜』「すしやの段」)で、維盛の憂いというところがあって、「落つる涙のいたはしや」というんです。その音[おん]が、うちのおやっさん、文楽系統の人は、「落つーるー涙のーいたーはしや」と、言うんです。それがうちの師匠になると、「落つーる涙の、いたぁーはしや」と、ほんまに「いたはしや」と、三味線を使わんと、音で浮かして言いはりまんねん。その声がどうも僕はわからんので、この人に「ちょっと細の三味線でいっぺん弾いてくれ」と頼んだんですわ。「音はそこか。そんなら声はここから出すねんな」と言うて、嫁はんの三味線で音を聞かせてもろうて会得しました。
ーー それは夫婦共同作業で会得したわざですね。

心配のほうばかりが先に立って》……夫婦というのはこういうものだろうか。

ところでカバー写真で住大夫師匠の前にあるのが床本(ゆかほん)。義太夫節のテキスト。五行九字が基本。小生も何冊か持っているが、割合と最近手に入れたものがこちら。むろん肉筆。

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これを買ってどうする、間違っても義太夫を唸るはずもなし、と思いながらその文字面にひかれて求めてしまったが、ここでこうやって陽の目を見たのは幸甚なり。「菅原伝授手習鑑」四段目の切(「寺子屋」などと呼ばれる)。登山と書いてあるがこれは持ち主の名前だとお教えいただきました。末尾に署名がある。

 明治十三年辰十月一日
  当□(?)
   野沢吉兵衛
    門葉
    四代目 住正

野沢吉兵》は御教示たまわりました。


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by sumus2013 | 2015-12-11 21:53 | 喫茶店の時代 | Comments(4)

極狭私的見聞録2015

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昨日『BOOK5』の今年の収穫を紹介したので、少し早いが、恒例の極狭私的見聞録を発表する。今年はパリでの収穫は除外した。まだブログで紹介していないものもかなりある。ただどれも小粒すぎるかなと思うため。ユーロ高には泣かされる。

仏国道路記事 墺国博覧会事務局
http://sumus2013.exblog.jp/23607060/

香泉遺稿 高尾伝弥 文化九年(一八一二)
http://sumus2013.exblog.jp/23944292/

左翼劇場パンフレット 左翼劇場 一九二九
http://sumus2013.exblog.jp/23972305/

八文字屋の美女たち 甲斐扶佐義 八文字屋 一九九一
http://sumus2013.exblog.jp/24011989/

スタイルブック 1946秋 衣裳研究所 一九四六
http://sumus2013.exblog.jp/24411699/

風雲回顧録 岡本柳之助 武侠世界社 一九一二
裸本にしても安かった。中公文庫などで読めるのだが、それよりも安かった。内容は歴史の内側をリアル回想しており講談のように面白い。

渚にて 石塚友二 角川書店 一九四七
石塚友二本をいっとき集めていたことがあり、その蒐集は郷里で一箱に眠っている。俳句もいいが、小説が好きだ。最近は石塚本には触手が動かなかった。しかし未所持の小説集だと判ってつい買ってしまった。むろん安かったにしろ、ちゃんとしたところではけっこういい値段が付いている。間の抜けたようなカバーの佇まいも好ましい。

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以上は古書として。読書の対象として読んで良かったと思ったのはこちら。『空海』は文字通り空海をあらたに考え直すきっかけになった。まだ考え直してはいないのだけれど……。山田さんの本はゲラで、というところから忘れ難い。

空海 上山春平 朝日新聞社 一九八一
http://sumus2013.exblog.jp/23705393/

天野さんの傘 山田稔 編集工房ノア 二〇一五
http://sumus2013.exblog.jp/24251634/


これが恒例になったのはyfさんが送ってくださる「極狭私的見聞録」がきっかけだ。その2015版を発表しておく。『書影の森』や畠中さんとの二人展を入れてくださっているのは有難いことである。川浪春香さんの『今しかおへん』もたしかにいい作品だった。

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by sumus2013 | 2015-12-10 16:19 | 古書日録 | Comments(0)

BOOK5 今年の収穫

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BOOK5 19号 特集:年末恒例アンケート 今年の収穫

アンケートに参加させてもらった。他の人がどんな本や本以外の事柄を挙げているのか、じつに面白く読んだ。本日、善行堂で話し込んでいるときに偶然にも神保町のオタさんと世田谷ピンポンズ君が(それぞれ別に)店に入って来た。善行堂主人も含めアンケート回答者が四人現れたというのも奇遇だ。京都で、神保町と世田谷ですぞ!

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善行堂から白川通りを下ってHERRINGさんへ。ちょうど開店していたときだった。定休日はなしと聞いて驚く。開店時間は一応午前十一時からだが、ブックオフやギャラリー巡りをするときには午後から開くという。水明洞なき後、この混沌とした古書店ぶりは実に頼もしい。いい本もある。欲を言えば、店頭の百円、二百円のコーナーにもっと力を入れてくれれば有難い。

2013-12-22 PHOTO PARTYと、Herring乱入。


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by sumus2013 | 2015-12-09 21:08 | 文筆=林哲夫 | Comments(0)

Librairie Zenkodo

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古書善行堂の新しいショップカードができた。切手面はほぼ同じ。

古書善行堂オープンDM

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by sumus2013 | 2015-12-09 20:48 | 装幀=林哲夫 | Comments(0)

中井英夫 荻窪の青春展

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「黒鳥館戦後日記」をよむ―中井英夫西荻窪の青春展
2015年12月4日(金)~2016年1月6日(水)

戦後、松庵に住んだ作家中井英夫の日記「黒鳥館戦後日記」には当時の西荻の風景や、その時代精神に影響された心情が書かれています。当時の西荻を体験する展示です。

西荻図書館

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『『虚無への供物』と中井英夫そして西荻窪 盛林堂書房『虚無への供物』展記念冊子』(二〇一五年一二月五日)。

中井英夫『虚無への供物』展を開催します
西條八十『あらしの白ばと 第一部・赤いカーネーションの巻』無事出来!!


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by sumus2013 | 2015-12-08 20:23 | もよおしいろいろ | Comments(0)

風流京人形

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紅葉山人『新著叢詞第一号 風流京人形』(吟好会、一八八九年九月一五日)。郷里で同好の先輩より頂戴した。発売が大阪と東京の駸々堂書店という珍品。発行者兼編輯者は赤松市太郎。吟好会の住所は大阪心斎橋北詰三番邸(屋敷の表記も)。第二号が岡野半牧『ぬれ衣』、三号が江見水蔭著、紅子戯語、紅葉山人口述『花の杖』。

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本書の内容は当節の女学生風俗を活写している。旧漢字は改めた。[ ]は直前の単語のルビ(一部のみ採用)。(( ))はママ、「 」や『 』ではなくこんな記号も使われていた。

甲  ((チヨイト花雪女史[くわせつぢよし]))
花雪 ((なアに))
甲  ((何を読で))
女史の傍[そば]に侍れる娘が
乙  ((「薮の鶯」よ。花雪さんは是で三度目。実に熱心ねエ))
丙  ((ダツテ花雪さんハ去年[ラスト]の暑中休暇[サンマアウエケエシヨン]から企つてゐた小説が出来あがらない内「薮の鶯」に先鞭を着けられたもんだから非常に奮発して、花圃女史[くわほぢよし]を圧倒する名作を出さうと思つて熱心してゐらつしやるのヨ))
甲  ((アゝさうだつて子。花雪女史が小説をかくンなら一言忠告したい事があるの))
花雪女史ハ始めて面をあげ
花  ((承りませう。聞かして下さいナ))
甲  ((どういふ御趣向かしりませんが下情[かじやう]を穿たうとして野鄙[やひ]をかくよりは、隔靴掻痒[かくくわさうやう]の………))
乙  ((えへむ))
甲  ((掻痒の感があつてもかまはないから何処までも優美に………淑女[レデイ]らしい處を失ハない方がいゝかと思ふの))
花  ((サンキユゥ。サンキユゥ。わたしも其通りの考………其点ハ十分注意してる事よ))

最後のところ《サンキユゥ》は《ン》も小文字。上の挿絵は英語の授業だが、ベンキョー熱心な(?)女学生の会話にも英単語が飛び交っていたようだ。


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by sumus2013 | 2015-12-07 22:08 | 古書日録 | Comments(0)