林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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小学理科書

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小野太郎編述『小学理科書』(集英堂本店、一八八七年三月出板)巻一〜四。見かけは洋本だが本文は和紙の袋綴じに刷られた(活版と思われる)和本仕立て。ただし糸ではなく針金で二箇所を止めてある。大高泉「明治の理科教科書と「理科」の出現」(検索してください、PDFで読めます)によれば「理科」という教科は明治十九年の小学校令によって出現した。体系的な科学を教えるというよりも日常に身近な知識としての科学教育である。それが明治二十四年の小学校教則大綱によって明確に規定された。

《理科は、通常の天然物・及び現象の観察を精密にし、其の相互・及び人生に対する関係の大要を理解せしめ、兼ねて天然物を愛する心を養うを以って要旨とす。》

本書はこの「理科」教科書として最も早く刊行されたもののひとつのようだ。小野太郎については例によってよく分らないが、本書の他に訳書が少なくとも二種はある。英語が堪能だったと推測される。

化学問題
羅斯珂(Roscoe, Sir Henry Enfield) 著,小野太郎 訳,杉浦重剛 閲 井上蘇吉 1884

論理原論
ホウエトリー(Whately, Richard)著,小野太郎 訳 佐久間剛蔵 1888

巻之一の口絵。「東京國文社石版部」とあるようだが、図版は銅版画であろう。

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巻之一の内容は植物全般について。

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重厚な検印紙には出版社の印が捺されている。奥付は四冊ともに共通。巻之二は動物および人体解剖。この図版がシュールで興味深い。口絵の動物図。なかなかよくできている。下部に「知新堂銅版彫刻」とある。知新堂は中山耕山が明治十年に設立したものという。

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巻之三は鉱物、金属、水、大気、音響など。

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巻之四は燃焼、天体、時計、蒸気、磁石、電気など。この口絵も素晴らしい。

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最後の図、右は炭素棒による発光の様子。

《此燈ノ光力ハ大ナルモノニシテ、殆ド太陽ヲ除クノ外、之ニ比スベキモノナシ》《之ヲ通常ノ燈火ニ供スルニハ、其光輝劇烈ニ過ギ、且ツ費用ノ多キヲ以テ、他ノ方法ヲ藉ラザルベカラズ》

明治の夜はよほど暗かったようだ。左はイデソン氏(エジソン)の装置。

《此器一箇ヲ以テ、百箇ノ燭火ニ比スベキノ光輝ヲ発ス、我国ノ郵船会社ニ於テ、薩摩丸其他ノ船ニ装置セル燈火ノ如キ是ナリ、》

蛇足ながら日本で最初に電灯が灯ったのは東京木挽町の電信中央局開業日である明治十一年三月二十五日(これが電気の日の由来)。明治十五年十一月一日には銀座二丁目の大倉組の前で電灯がついた。明治十九年七月には初の電力会社「東京電燈」が開業。翌年一月、鹿鳴館で点灯させたのが初仕事だそうだ。『小学理科書』が刊行されたのはその二ヶ月ほど後ということになる。

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by sumus2013 | 2015-11-28 17:45 | 古書日録 | Comments(0)

手のなかの眼

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鶴岡善久詩集『手のなかの眼』(季節社=広島市外祇園町大字南下安297、一九六一年五月一日、装幀=香川竜介)。『薔薇祭』に続く第二詩集。季節社は政田岑生が発行人である。政田についてはこれまでも何度も言及してきたので略す(政田岑生葉書)。

『鶴岡善久詩集薔薇祭』(的場書房、一九五七年八月一一日)

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《私はいまだに何のために詩を書くのか、自分でよくわかりません。私にとって一篇の詩を書きあげたのちにも、そこに待っているのは、むなしいという言葉でしかいいあらわせないものだけです。だからといって何か月も詩を書かないでいると、よりぬめぬめしたむなしさにおそわれて、自分でその暗い重さに耐えきれなくなってしまいます。わけのわからないむなしさに背をこづかれながら書きためたまずしい作品を改めてひとびとの目にさらすことも、いわば宿命のようにむなしさを、ざりざりかみしめるだけのことかもしれません。
 一九六一年 早春》(あとがき)

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三茶書房のレッテルが貼られていた。武井武雄の作が知られるが、これもスマートでいい。三茶書房については『ARE』第十号で岡崎氏が岩森亀一さんにインタビューしているのが貴重。

三茶さんのレッテルを見てしばらすると『南部支部報第五〇號』というものを頂戴した。東京古書籍商業協同組合南部支部が発行。47号も頂戴していたが、支部報としては斬新すぎる表紙である。50号は装画=近田春夫、装幀=佐々木曉。

『南部支部報47号』

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装幀だけでなく本文も興味深い。アンケートやアーカイブも掲載されている。そのバックナンバー五十冊から選ばれた〈珠玉の文章〉のなかに岩森亀一さんの「古本屋 山王書房」があった。

《私が山王さんと交際するきっかけは、霞町の市場で顔見知りになり当時駆け出しの詩集専門の中村さん、麥書房さん、江口さんと私が山王さんの肝煎で古本の勉強会の仲間に誘われたことからである。》

《昭和四十四年、私どもの娘の結婚式に媒酌人をお願いした。披露宴なかば突然とび出し司会者のマイクを取上げ山王さん自身の初恋物語と郷里信州の民謡中野小唄を手振りと共に唄い踊り会場を喜ばせた。
 昭和四十九年私は山王さんに連れられて小田原の尾崎一雄先生を訪問、古本好きの先生と打解けて話ができる様になり、先生上京の折は必ず店に寄って下さる様になった。自家目録の巻頭に「神保町の休憩所」という随筆の寄稿を頂くこともできた。
 亡くなってからも、遺稿の「昔日の客」と銀杏子句集句集の出版をさせて頂くなど、いまだに何彼と恩恵に浴している。
 誠に冥利に尽きる事である。 24号(1990年4月)より》

山王書房関口良雄の姿が目に浮かぶ。



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by sumus2013 | 2015-11-27 20:25 | 古書日録 | Comments(0)

ほほゑみや林檎の歯あと較ぶなる 池内友次郎

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by sumus2013 | 2015-11-27 17:14 | 古書日録 | Comments(0)

おさなごのよろこび

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『Downwind -高山直之譯詩集-』(書肆盛林堂、二〇一五年一一月二五日)が届いた。
《本書は、かつて、雑誌『幻想文学』誌上で、美術評論や翻訳を積極的に発表、現在は音楽評論、外国人アーティストのインタビュー訳、CDの解説執筆で活躍中である、高山直之氏の文芸作品の初単独著作である。》《高山直之氏は、卒業論文がノヴァーリス、主宰する同人誌の名前が『FANTAST』であることからわかるように、ファンタジー寄りのアプローチから、ジャンルとして幻想文学に重きをおいている。》(「高山直之譯詩集『Downwind』に寄せて」小野塚力)

収録の二篇目にウィリアム・ブレークの「Infant Joy」が訳されていた。原詩がどうだったか探しているとブレークのアルシーヴが見つかった。


ここに『無垢の歌』(Songs of Innocence, 1789)の四種類の異版が掲げられていた。

Songs of Innocence, copy B, 1789 (Library of Congress)
Songs of Innocence, copy G, 1789 (Yale Center for British Art)
Songs of Innocence, copy L, 1789 (Bodleian Library)
Songs of Innocence, copy U, 1789 (The Houghton Library)

「Infant Joy」の頁だけ引用しておく。これは驚きのヴァリエーションだ。そしてヴァリエーションと言えば「Infant Joy」をどう和訳するかにもいろいろな答えがある。大きく分けて二種類。infant を形容詞とみるか、名詞と考えるか。クラシックな訳(寿岳文章ら)は手許にないのでネットで拾ったものだけ。

 生まれた喜び(壺齋散人)
 生まれたての歓び(ウィキ)
 をさないよろこび(土居光知)

 おさな子・よろこび(藤井わらび)
 『喜び』という名の幼子(瀧川宏樹)
 よろこびのジョイちゃん(うんこ太郎)

詩の全体から素直に解釈すれば後者が妥当なように思えるが、両方の意味を持たせたとも考えられる。

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高山直之による訳詩のなかで、う〜んと唸ったのは次のW.B.イエイツ「再臨 The Second Coming」。一九一九年に書かれ、その頃イエイツは共産主義の台頭を危懼していたという。それはそれとして、テロリズムに満ちた今日にぴったり当てはまる詩句ではないだろうか。

螺旋を広げ、回り続ける
鷹に鷹匠の声は届かない
事物は分断され、中心は固定せず
真の無秩序が世界に広がり
血で濁った潮が四方に流れ
無垢な儀礼は沈んでしまった
優れた人々が全き確信を欠いているのに
劣悪な者たちは激しい情熱に満ち溢れている

[中略]

獅子の体と人の頭を持った姿が
太陽のように空しく無慈悲に見つめ
その腿をゆっくりと動かしている
怒れる砂漠の鳥たちの影が旋回する間にも
闇がまた落ちていく だが今こそ私は知った
二千年の石のような眠りが
揺れる揺籃の悪夢に乱され
遂にその時が巡りくる
どのような野獣が生まれ出るというのか
身を屈め ベツレヘムに向かって





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by sumus2013 | 2015-11-26 17:49 | おすすめ本棚 | Comments(0)

北方人22

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善行堂でKM氏(かわじもとたかさんですが)より手渡された『北方人』第22号(北方文学研究会、二〇一五年一〇月一二日)。着実に号数を重ねておられることに敬服する。かわじ氏は「なんとなく手にしてみたい装丁本(1)」という題で松本竣介、林芙美子、妹尾正彦による装幀・装画の本を網羅しておられる。林芙美子が二十冊ほども装幀(装画)を手がけているとは思わなかった。

巻中、創作で哀神シュナイダー「文学部教授ルーデ博士」が目に留まった。シュトットガルト大学の恩師に招かれて日本のダダについて講義する日本人のミュンヘン大学客員教授の独白という体裁。教養小説とでも言うべきか、ほとんどエッセイである。そこに出ている図版が面白い。高橋新吉の詩「倦怠」をドイツ語訳したものだ。その詩の第一行目は「皿」という漢字が二十二個並んでいる。むろん縦書き。しかしドイツ語訳の横書きの方がコンクリート・ポエトリーとして衝撃度が強いような気がするなあ…と感心した。

「北方人」日記

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by sumus2013 | 2015-11-26 16:31 | おすすめ本棚 | Comments(2)

串田孫一 生誕100周年

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はけの森美術館

串田孫一生誕100周年だそうだ。それを記念して来年一月まで開催されている。歿年は二〇〇五。九十歳に四ヶ月ほど足りなかった。二〇一二年には北のアルプ美術館に串田孫一の書斎が復元公開され、その記念展(開館二十周年)も行われた。それら二冊の図録を某氏より頂戴したので紹介しておく。

あるところで串田孫一の文章を絶賛する人と同席したことがある。あまりにその人が神様のように串田の文章をほめちぎったため、生来の天邪鬼から、それを聞いて以来、串田孫一の書物は敬遠していた。ただし装幀本は別である。これまでも何度か触れてきた。

有井泰ふたたび

庄野英二『ユングフラウの月』

矢崎源九郎訳『絵のない絵本』

装幀もいいし、絵もいい。もし串田を文筆家という範疇に入れるなら、文筆家の絵としては横綱クラス。プロフェッショナルな画家としても何ら問題はないだろう。ある意味うますぎるくらいだ。『串田孫一装幀集成』というような本は出ていないものかなと思ったりする。自分で作れ? いや、無理です。

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文章は読まないと決めた、けれどやはり本の話だとつい読んでしまう。『彷書月刊』(一九八八年一二月号)に寄せたエッセイは以前紹介したことがある。

串田孫一「焼跡での怒り」

ここでは同じく『彷書月刊』(一九八八年二月号)に載った「戦中の古書」を少しばかり引用しておこう。

《知らない町を歩いていても。古本屋があると素通り出来ず、店に入って書棚を見ないと気が済まないようになったのは、高等学校の頃からである。私の場合だと昭和八年頃ということになる》

それ以後古本屋には繁く通ったが、顔見知りになっても店の主人に話しかけられたり話しかけたりすることはほとんどなかった。ただ例外が一度あった。

《私はいろいろの方面の知識に飢えていて、一軒の店で方々の棚から傾向の異なる本を十数冊抜き出し、勘定をして貰うために台の上にそれを置くと、同業はお断りだと言われた。最初その意味がよく判らなかったが、同業者と間違えられるという大変名誉なことであったので、偶々持っていた上智大学講師の肩書のついている名刺を渡して了解して貰った。》

戦前の話だとしても同業者に本を売らないというのはちょっと驚き。串田が親しくなったのは持っていた山の本を全部引き取ってもらった神田の十字屋書店だった。このときその代金を店に預けておいて文学関係の本に換えていくという方法を取ったのだそうだ。

《それ以降、十字屋書店との付き合いが始まり、宮澤賢治全集をはじめ文芸書の出版を始めたこの店は私達のたまり場になり、『白羊宮』や雑誌『冬夏[とうげ]』、福永武彦君の『マルドロールの歌画集』、私の『萍』なども出して貰った。
 この酒井嘉七さんは戦争が次第に激しくなっていく昭和十九年に亡くなった。病院へ見舞っても痩せ衰えて行く彼に、元気づける言葉がなかった。そして十二月二十四日、四谷南寺町の西應寺で葬式があり、奥さんのハナさんの目を泣きはらしている顔をまともに見られなかったことを憶えている。》

『宮澤賢治全集』(十字屋書店、一九四〇年、装幀=高村光太郎)

一高時代には本郷のレストランや喫茶店のあらかたの店に入った。その中にペリカンもあった。レストラン・ペリカンへ行くのは普段と違う特別な気分のときだった。

《その後も私は上智大や腐乱後の夜学え出講しながら大学の研究所へ通ったが、レストランは古本屋に変わり、ペリカンの主人品川力さんとの付き合い方もおのずから変った。第一、彼がまだ可なりひどい吃音だと知っていても話をする必要が生じて来た。人間は話をしなくとも親しみを感じることが出来ても、話をして甫めてその親愛の度が証明されるものであることがはっきり判った。》

《空襲がひどくなって来ると、本など持っていても仕方がないと思う人が多く、その人達が売った本が神田、本郷、早稲田の古書店街に並び、しかも滅多に巡り合えない洋書が安い値段で出るようになった。
 ところがそんな時でも売る人がいれば欲しがる人もいて、うっかりしていると買われてしまうのでおちおちしていられず、一時期は自転車の荷台に石油箱を取付け、古本屋を走り廻った。》

しかし買った本はすべて戦火を受けて灰になった。家を焼かれてから串田は山形の雪深い農村(山形県新庄町)へ疎開した。

《本を焼かれてしまった私を心から同情してくれたのは品川さんであった。終戦または敗戦をはさんで一年半遠い農村にいる私に、本のリストを次々と送り、欲しい本を注文すると幾つもの小包にして実にまめに送って呉れた。しかも代金はいつでもいい、その点は心配しないようにと言って、近況報告の手紙も戴いた。》

このときの往復書簡は、品川宛串田書簡は日本近代文学館に寄付され(七十七通)、串田宛も大切に保存されている、と書かれている。戦中戦後の古書事情に関しての貴重な記録になるはずだが、さて串田宛品川書簡はどうなったのだろうか。

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by sumus2013 | 2015-11-25 17:14 | もよおしいろいろ | Comments(0)

深沢夏衣作品集

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毅然として可憐。深沢夏衣は、まだきちんとは読まれていない。できれば全容を、これから読まれるに値する作家でありましょう。
―― 小沢信男(作家)

図書出版「新幹社」


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by sumus2013 | 2015-11-25 15:41 | おすすめ本棚 | Comments(0)

陀仙忌

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23日に徳正寺で「陀仙忌 辻潤と大月健を偲ぶ会」が催された。本堂で読経があり、別室では辻潤の遺墨・遺著・遺愛の尺八などが展示された。二〇〇六年六月にも展示されたことがあり、それについては報告済み。


展示は25日まで。徳正寺では毎月25日に「ブッダ・カフェ」が開催されているので、そこに参加すれば辻潤展は見られます。


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なごやかないい会だった。中西徹さんと久保田一さんのたわいのない「次はお前だ」のやりとりが会場の笑いを誘っていた。大月健さんの奥さんが辻潤って面白いわよと勧めたのが運の尽きで健さんは虚無思想研究にのめりこむことになったそうだ。妻の一言が人生を左右することがある。

旧知の人々の他、東京から駆けつけた荻原魚雷氏が紹介してくれた福田賢治さん、それから写真家の藤井豊さん(『僕、馬 I am a horse』の作者)、とあれこれ話したのが新鮮だった。藤井氏は長年撮り続けている岡山の土地について。福田さんは一年前から仏生山に住んでいることについて。仏生山は讃岐である(この日、徳正寺へ来る前に犬林檎書房で開かれた町内会主催の海外新着写真集鑑賞会でも丸亀出身の女性アーティストに出会ったので、不思議にさぬき日だなと思った)。福田氏は『些末事研究』という個人雑誌を作っているそうで、第二号を頂戴した。その特集が「地方と東京」。魚雷×藤井×福田の鼎談も収められている。詳しくは下記。

雑誌『些末事研究』ホームページ

巻頭言で福田氏が「ずらす」という鶴見俊輔の言葉について書いている、これがいい文章だ。《言いたいことから少し、ずらせばいいんですよ。》…このこころは本書にてお読み頂きたいが、巻末の鼎談でも最後のところで「ずらす」という言葉が魚雷氏の口から出ている。《必死になる時期は、ずらしたほうがいい。(笑)》。多少意味は違うにしても「地方と東京」という特集にうまくはまった首尾である。



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by sumus2013 | 2015-11-24 16:54 | もよおしいろいろ | Comments(0)

閑な読書人

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荻原魚雷『閑な読書人』(晶文社、二〇一五年一一月三〇日、装丁=南伸坊)。この本が届いて、どんな装幀になっているか、楽しみに包みを開いた。というのも、ちょうどパリへ旅立つ十日ほど前、この本の装幀依頼メールが晶文社の編集者の方からあったのだ。魚雷氏の晶文社での前著は『古本暮らし』(装幀=間村俊一、装画=林哲夫)、その流れで小生に装幀をという有難いお話。しかし、締め切りがパリ滞在中になってしまうため、涙をのんでお断りした。せっかく指名してくれた魚雷氏にも悪いことをした。

そんな折衝があったためどんな装幀で出来上がるか、ある意味、少しばかり責任を感じていた。しかし開封してビックリ、南伸坊ときたか。見事にピッタリだ。このカバーデザインは期待をはるかに裏切る傑作ではないか。南さんの数ある装幀本のなかでも光っている、そんな気がする。絵はもちろん、紙の選択も渋くていいなあ。もし小生が担当したとしてもこれ以上のものは絶対にできなかったと脱帽する(本心からです、もちろん)。

内容はまさに魚雷ダイジェスト。

《この本に収録した文章の大半は、家と本屋と飲み屋と三角形でぐるぐるまわりながら書いたものだ。ぐるぐるまわっているうちに何を書こうとしているのか忘れてしまうこともあった。幾度となく読みかけの本が行方不明になるという窮地に陥った。川や海のそばに引っ越し、自然とふれあう生活を送りたくなったことも度々あった。
 そんな苦難の末、十年ほどの間に書いた百本ちかくの文章を晶文社の倉田晃宏さんにまとめてもらった。》(あとがき)

巻中では「父の本棚」が絶品、ピカイチと思った。他には漫画本の紹介をしているのが、じつに技ありと思わせる巧みさで、漫画の解説ほど面白くないものはないのだが、ついつい読まされてしまった。プロフェッショナルな文章家のおもむきがいっそう定着してきたようだ。欲を言えばそろそろイッパツかまして欲しいんだけどなあ……それはとにかくおすすめです。


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by sumus2013 | 2015-11-23 11:48 | おすすめ本棚 | Comments(0)

ひとり古本市

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アイタルガボンで古書ダンデライオン氏がひとり古本市を開催している(22日、23日)。善行堂でKM氏と待ち合わせているのでちょうど都合がいい。まずアイタルガボンへ立ち寄った。その前にヨゾラ舎ものぞいたが、それについては改めて(CDなど充実してきた)。

古書ダンデライオン『ひとり古本市』

上の写真で緑の店がアイタルガボン、その隣、トラックの停まっている町家が噂の「誠光社」である。25日にオープンすると聞いていたが、まだ突貫工事中のようであった。

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古書ダンデライオンの方はまだ新店舗決まらず。そこで「ひとり古本市」開催とあいなった。いい本が並んでいたが、都合で本は買わず、筑摩書房の萩原朔太郎全集内容見本(決定版全十五巻、一九八六年)と人文書院のブルトン集成内容見本(一九六九年)を。入ったところに金子國義のオリジナルプリントがあった。安くないのは目に見えているので値段は聞かないでおこうと思っていると中村氏がまだ値段を決めていないのだとささやく。交渉の余地ありということだが……。


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善行堂へ。KM氏は案内人の某氏と来ておられた。KM氏とは初対面。著作はいくつか頂戴して拝読している。なかなか素晴らしいコレクター魂をお持ちの方で、いろいろな計画や過去の蒐書についてうかがい、感嘆することしきり。しばらく皆で古本話に花を咲かせた。上は善行堂が北京で京都の古本屋を紹介した本が出たといって見せてくれた『京都古書店風景』(中華書局、二〇一五年)。中国語なのでよく読めないが、かなり詳しい内容だ。著者は京大へ留学している女性と聞いた。むろん善行堂も登場する。

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本は買わないと書いたキーボードも乾かないうちに(?)思わず富士川英郎『江戸後期の詩人たち』(麥書房、一九六六年一二月一〇日)を見付けて裸本なので安く譲ってもらった。富士川英郎の著作ばかりが五、六冊積み上げてあった。最近大量に買い取った某氏の旧蔵書だとか。それもまた嬉しいことだ。

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by sumus2013 | 2015-11-22 19:09 | 古書日録 | Comments(2)