林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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オリバー! その他

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しばらくぶりで【ほんのシネマ】を三本ほど。まずは少々古いが良く出来た映画「オリバー!」(キャロル・リード監督、1968)。ディケンズの原作、もっと古くデヴィッド・リーン監督でも映画化されている(「オリヴァ・ツイスト」1948)。「オリバー・ツイスト」(ポランスキー監督、2005)もある。ロンドンへやってきたオリバーがスリ団に拾われて手ほどきに連れて行かれたシティ、まずは古本屋の平台で書物を眺める紳士に目をつける。

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十八世紀前半の古本屋および主と客はこういう様子だった、らしい。

***

二本目は「ジュリー&ジュリア」 (ノーラ・エフロン監督、2009)。外交官の夫人としてパリに滞在した女性ジュリア(メリル・ストリープ)はフランス料理に目覚め、英語で書かれた初めての本格的なフランス料理書を苦難の末に刊行する(『Mastering the Art of French Cooking』1961)。その五十年後、ニューヨークに住むジュリーはブログ上でジュリアのレシピーを再現するという計画を実行、話題となる。二人の生活する時代と都市が交互に描かれ、古本屋も象徴的に登場。

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シェイクスピア・アンド・カンパニー書店


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ストランド書店

***

三本目は「ハンナ・アーレント」(マルガレーテ・フォン・トロッタ監督、2012)。古本屋ではなくアーレントの書斎。ヘビースモーカーぶりがよく分る。

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アーレントの名言「悪は悪人が作り出すのではなく、思考停止の凡人が作る」(『全体主義の起源』)、これは今こそ肝に銘じなければならない言葉。思考停止の凡人になってるぞ、日本人!


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by sumus2013 | 2015-09-12 20:26 | 古書日録 | Comments(0)

通俗古今奇観

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淡斎主人訳、青木正児校註『通俗古今奇観』(岩波文庫、一九三五年一二月一五日四刷)。

『今古奇観』は中国短編小説のアンソロジーのこと。明末の人、馮夢龍と凌濛初が編集した小説集六書のなかから特に面白いと思われるものを四十篇選んで刊行された。『今古奇観』の編者は抱甕老人と署名しているが本名は未詳。明朝の人(馮夢龍、凌濛初と同時代人)だろうと推定される。

この種のアンソロジー(主に『今古奇観』および『三言二拍』)を日本に初めて紹介したのは播磨の儒者岡白駒とされる(十八世紀中頃)。つづいて大阪の都賀庭鐘が翻案小説を発表し、江戸の石川雅望がいくつかを翻訳、文化文政頃にかけての支那小説の大流行を巻き起こした。そのブームに乗って文化十一年に淡斎主人訳『通俗古今奇観』五巻が出たという流れになる。淡斎主人についても未詳。

『通俗古今奇観』には「荘子休鼓盆成大道」「趙県君喬送黄柑子」「売油郎独占花魁」の三篇が収められ広く読まれたようだ。これらをネタにした小説や戯曲も登場した。

と以上のようなことは青木先生の「解題」をかいつまんで紹介しただけである。今読んでもたしかになかなか面白い。巻頭の「荘子休鼓盆成大道」でなるほどと思ったのは、今日でもときおり耳にする男女を結ぶ赤い糸のこと。話の枕として冒頭にこんな記述がある。

《若し夫婦の間を論ずるときは、紅線は腰にまとひ、赤き縄は足にかけなどいへども》

註記は

《紅線は腰にまとひは唐の郭元振の故事。宰相張嘉が元振を婿にせんと欲し、五人の娘に各一糸を持たしめて幔の外より元振に引かしむ。一紅線を引きて第三女を得たり。》

および

《赤き縄は足にかけは月下老人の故事。唐の韋固が旅にて一老人の月下に書を読むに逢ふ。嚢中に赤縄を蔵するを見て之を問ふ、老人曰ふ、之を以て夫婦の足を繋げば如何なる者にても縁を結ぶを得と。》

としている。唐の故事から来ているとは知らなかった。参考までに「荘子休鼓盆成大道」の粗筋だけ述べておけば以下のようなものである。

荘子には田氏という美しい妻があった。あるとき荘子が墓地の中を通っていると塚を扇いでいる若い女に遭遇した。何をしているのだと問えば女の答えるに夫の遺言に自分が死んで再婚したければ俺の塚の土が乾いてからにしてくれとあったので塚を扇いで乾かしているのですという答え。荘子はご親切にも女に代わって塚を扇いでやり、お礼にその団扇をもらって帰る。妻の田氏はその話を聞いて激怒、団扇を粉々に破り裂く。「わたしはあなたが亡くなっても絶対再婚はしません!」。荘子はそんなことは決してないといさめたがあえて強く反論はしなかった。ところがその荘子が急死した。田氏は嘆き悲しんだのも束の間、弔問に来た若い美男子に一目惚れしてしまう。あれこれ手管を使ってベッドインまでもっていくのだが、いざというときその美男子は発作を起こして倒れてしまう。彼の付人いわく死んで四十日以内の人の脳髄を薬として与えればよくなります、それを聞いて田氏は墓を暴いてまだ没後三十日しか経っていない荘子の脳みそを取り出そうとする……

なんとも欲望丸出しの荒唐無稽にしてリアリズムなのであるが、この後どんでん返しが待っている。それは読んでのお楽しみ。

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by sumus2013 | 2015-09-11 21:19 | 古書日録 | Comments(0)

白紙

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ジャン・コクトオ『白紙』(堀口大学訳、斎藤書店、一九四八年九月五日新装発行、一九四七年七月二〇日初版)。先日、この元本について話題にしたところ早速某氏より恵送いただいた。深謝。一九三二年に第一書房から出た『白紙』を再刊したものである。第一書房にいた編集者伊藤禱一が戦後斎藤書店へ移っていたという関係から刊行されたのであろう。シレーヌ版にはないイラストが巻頭に収められている。

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元本を買ったときに少し読んでみようかと読み出したのだが、コクトーの凝った文体について行けず数頁で挫折した。今、大学訳にざっと目を通してみると非常に面白い。一九一九年『パリ・ミディ』紙に連載したコラムで文学・美術・音楽などにわたって当時の最新の、そして文字通りジャーナリスティックな話題を取り上げている。

冒頭はピエール・ルヴェルディが発案した雑誌にポール・ヴァレリが『文学 LITTÉRATURE』というタイトルを付けたことに対するやんわりとした批難。「白紙」という本書のタイトルはそのときコクトーが提案したものだった。Carte Blanche は正確には「白紙」ではなく「白紙委任(状)」、好きなようにしていいという許しのこと。

《處がポオル・ヴアレリイが、いささか微妙にすぎはしないかと思はれる意味を持つた文学(リテラチユウル)といふ標題を云ひ出して、遂にそれが採用されてしまつたのである。ヴエルレエヌも云つてゐるやうに、「余はすべて文学のみ」。不断から、詩は一種の練習であると公言してゐるポオル・ヴアレリイが、この標題を選んだことは至極尤なことではあるが、然しまたひるがへつて思ふに、何も若い者は必ず彼等の前のあらゆる階梯を飛び越ゆべきであり、また暴れ馬を競馬の馬と見まちがふべきであり、自分たちの前後に在る橋を悉く断ち切つてしまふべきだといふのではないけれど、然し雑誌文学をやつてゐる若い人々の仕事としては、もう少し何とかうるほひのある標題が欲しかつたやうな気もする。》

さすが堀口大学というべきか、日本語ふうな意訳の巧みさには感嘆する。

いささか微妙にすぎはしないかと思はれる意味を持つた文学
LITTÉRATURE pris dans un sens un peu subtil.

もう少し何とかうるほひのある標題が欲しかつたやうな気もする
on pouvait attendre … un titre moins sec

ひっかかったのは《詩は一種の練習である》という部分。

la poésie est un exercice

エグゼルシスはフランス語初学者には耳慣れた言葉で「練習(問題)」の意味である。しかし英語で言えばエクセサイズだから別にこれは「運動、体操」という意味も兼ね備えている。このエグゼルシスは「運動」と考えてもいいのではないだろうか?(ヴァレリーがそういった発言をしているのかどうか詳しい方に御教示いただきたいと思うのだが……) まあしかし文学と練習問題はたしかに至極もっともな関係であるような気もたしかにする。

『白紙』から興味深い内容をひとつ紹介しておくと、ランボーの肖像写真についてコクトーはこう述べている。

《今では実に珍奇なものとなつてしまつて幸運な数人の人々だけが所有してゐるあのカルジヤが写したラムボウの写真に就いても云ひ得る。この写真といふのはひどく色あせてゐる。濃淡が殆ど消えてしまつてゐる。幸いにも、ラムボウが大きな母音に彩色してゐるところを描いたカリカチュウルがあるので、それを参照して消えた陰影を補正することが出来る。といふのは、そのカリカチュウルが当時まだ新しかつたその写真によつて描かれたものであることが明らかだからだ。
 現在あるそのままで見ても、この写真は実に一種の奇蹟だ。ラムボオ[ママ]は、中学生のやうな、第一聖体拝受者の礼服のやうなカラをかけ、ネクタイをつけ、上着をきてゐる。実際は分厚な彼のあの下脣を噛んでゐるやうに見える。彼の両眼はまるで星のやうだ。彼の姿はさながら天使であり、霊魂を具体化したものの形のやうだ。
 いづれ、ランボオの崇拝者たちはこの写真を、近くN・R・Fから出る本の口絵として、手に入れることが出来ることになる筈だ。》

これは、これは。小生が(もちろん世界中の数多くのアーティストたちが)何度も描いてきたあの写真である。

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小林秀雄訳『地獄の季節』(白水社、一九三〇年)口絵。


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by sumus2013 | 2015-09-10 21:37 | 古書日録 | Comments(0)

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『落札價格年報 昭和四十一年版』(明治古典会、一九六六年三月一五日)を華甲(還暦)の祝いとして頂戴した。深謝です。価格年報は一冊だけ架蔵しているが、この年次ではないし、こちらはカバーも付いている。扉には「秘」のスタンプが(!) 落札価格(仕入れ値ということになろう)は一般には知られてはいけないということになっていたらしい。駆け出しの古本屋はこの落札価を暗記して勉強したと聞いた覚えもある。隔世の感あり。

「巻頭のことば」より抜粋。

《一、この年報は、昭和四十年中(正確に云えば、同年二月十日から十二月二十日まで)に、明治古典会の入札会で落札された古書及び古本の落札価格を分類記載したものです。
 二、本書は二部に分かれて居ります。
 第一部は、十二月十九・二十日の両日、本会主催で開催され、未曽有の人気を呼び、空前の好況を実現しました、明治古典展観大入札会の落札価格を記録したものです。》

《第二部は、右の大市会以外の、明治古典会の例会、すなわち毎月十日二十日の入札会の落札価格を分類して編纂したもの。》

他には、一部二千点、二部もほぼ二千点掲載していること、第一部は落札価格の一割引(正味)になっていること、価格の上昇が激しいので落札月を明記していること、など。明治百年前夜の古書界の活況がうかがえる好資料。

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ざっと見たところ一冊本では北村透谷『蓬莱曲』が「一一二、七」(¥112,700)と高額だった。漱石のスケッチブックや啄木の書簡など自筆ものはやはり高価である。

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橋口五葉の漱石本装幀原画三枚「三八、七」は欲しい!(コーヒー八十円の時代、五倍と考えても二十万円以下だ)。夢二の軸も安い。


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by sumus2013 | 2015-09-09 20:52 | 古書日録 | Comments(0)

芸術の意味

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ハーバート・リード『The Meaning of Art』(Pelican Book, Penguin Books, 1964)と同書の和訳『芸術の意味』(瀧口修造訳、みすず・ぶっくす、一九五九年三月二五日)。原著の初版は一九三一年にフェーバー&フェーバー刊。ペリカン叢書初版は一九四九年。瀧口訳に先立って足立重訳『芸術の意味』(伊藤書店、一九三九年)がある。

BBC放送局の週刊誌『リスナー』に連載された美術論というだけあって、一般にも分りやすいように書かれている。ただ元号で言えば昭和六年の本である、古さは覆い難い。ウィリアム・ブレークはほとんど無名だったそうだし、シュルレアリスムが一般に認められておらず真面目に受け取られていないダリの作品をヒエロニムス・ボッシュと比較しながら擁護しているところには苦心がうかがえる。

90項目あるうちの88「芸術と社会」より

《ここでもまた、ギリシア人はわれわれより賢明であった。われわれには逆説のように思われるが、美は道徳的な善である、という彼らの信念は本当に単純な心理なのである。唯一の罪悪は醜であり、そしてもしわれわれがこのことを全人生について信ずるならば、人間の他の精神活動のすべてはおのずから処理されるだろう。これが経済学よりも哲学よりも芸術の方をはるかに意義があると私が信ずる理由なのである。芸術は人間の精神的なヴィジョンの直接の尺度である。そのヴィジョンが公共的なものであれば、それは宗教となる。》

あるいは89「造形の意志」より

《芸術家は共同社会に依存するーー調子、テンポ、激しさなど、いずれも自分の属している社会から求められる。しかし芸術家の仕事の個人的な性格はそれ以上のものに負うている。それは芸術家の個性の反映である明確な「造形の意志」によるものであって、この創造的な意志の活動なくして意義ある芸術は存在しない。》

これだけでもだいたいリードの芸術観は理解できそうだ。「訳者のノート」によれば

《もっとも大きな影響をうけたのはフロイトの精神分析の学説であり、特にユングの集団的な無意識、超自我の仮設であったことはいうまでもない。こうしてリードのいわゆる発生的批評の立場が生まれているのであるが、そこからまた芸術の本質を本能的で自律的なものとし、芸術を現実的で合理的なすべての統制に対して優先させようとする絶対主義にみちびき、社会政治思想としては一種のアナーキズムに結びついているようである。》

とのことで、二十世紀の後半にも引き継がれる考え方であろう。上の訳文、僭越ながら、よく訳せていると感心するのだが、「ヴィジョン」という単語をそのまま使っているのに「?」と思ったところ「訳者のノート」に訳語についての断り書きが添えてあった。

《その他、ヴィジョンなども訳しにくい言葉の一つであろう。ここでは視覚と訳したり、まれに幻像と訳した場合もあるが、そのまま用いた場合もある。》

たしかにここのヴィジョンは訳しにくい。また

《ここで「芸術」と訳されている art という言葉は、一般に造形芸術ないしは視覚芸術の意味に用いられている。つまり日本語の美術にあたるわけであるが、この美術に相当するファイン・アート(フランス語のボー・ザール)は今日ではほとんど用いられていないのである。「美術」といえばそれに対応する「応用美術」がすぐ連想されるからであるし、また美という既成の観念を絶対的なものとする前提のもとに使いふるされたこの言葉はいかにもアカデミックな用語として排除されるようになったからである。》

とも書かれているけれど、これもまた時代を感じさせる語釈であろう。「美術」といえばそれに対応する「応用美術」がすぐ連想される》ことはないだろうし、またアーティスト(とくに現代美術作家)を「美術家」と呼ぶ風潮が二十世紀末頃から一般的になったように思うからだ。リードは本書においてほぼ絵画と彫刻しか取り上げていないのだから『芸術の意味』ではそれこそ意味が違っているかもしれない。


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by sumus2013 | 2015-09-08 21:39 | 古書日録 | Comments(2)

オペラ

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コクトーのペーパーバックが見つかった。『オペラ、および平調曲』(リーブル・ド・ポッシュ、ストック書店、一九五九年)。『オペラ』と『平調曲 PLAIN-CHANT(文字通りにはグレゴリオ聖歌)』のふたつの詩集を一冊にしたもの。中身は読んでないので判らないが、挿絵が入っているので楽しめる。

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コクトーの前書きに『オペラ』初版の表紙はクリスチャン・ベラール(Christian Bérard)が描いているとあったのでベラールを検索すると、これはなんとフランスの金子國義(逆?)だった。

Christian Bérard: Painter, Designer, Illustrator

もうひとつ発見、それはこちら。

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みうらじゅんのカエルではないか。以上二件、あえてパクリとは言わないが強くインスパイアーされたのでしょうなあ……。


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by sumus2013 | 2015-09-07 21:52 | 古書日録 | Comments(0)

畠中光享・林哲夫作品展終了

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本日もほぼ終日雨。結局、初日も最終日も雨にたたられました。それでも来場者は途切れることなく、畠中先生の人気の高さを感じましたし、いろいろな意味で良い経験になりました。ご来場くださった皆様に改めて御礼申し上げます。七月からイベント続きでしたので、秋は少しゆっくりしたいと思います。


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by sumus2013 | 2015-09-06 21:20 | 画家=林哲夫 | Comments(2)

畠中光享・林哲夫作品展5日目

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土曜日はほぼ終日会場に居りました。上の写真は一階、畠中先生の屏風作品の裏面と拙作「空(クウ)」。裏打ち更紗は畠中デザインだそうです。二枚目の雲は拙作「湧」。雲は三点並べましたが、この雲が好きとおっしゃる方が多いようでした。とらえどころのない方がいいのかなあなどと……。


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不在中に来てくださった方にいただいたTシャツ。おお、リー・モーガン! 

「THE SIDEWINDER/LEE MORGAN」

ユニクロのBLUE NOTE Tシャツ:rolling beat blog

他にもいろいろ頂戴しております。とても嬉しいですが、どうぞお気遣いなくおいでください。

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by sumus2013 | 2015-09-06 08:58 | 画家=林哲夫 | Comments(2)

JEAN COCTEAU

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スイスはジュネーヴの古書店ジャック・クァンタンの古書目録を頂戴した。『Catalogue 14 JEAN COCTEAU LIVRES-MANUSCRITS-DESSINS-LETTRES』(1997, Librarie Quentin)。ジャン・コクトーの特集号。《ずいぶん前にA書店の無料本の箱から拾ったものです》とのこと。だとすれば書き入れやチェックの印はA書店主によるものかもしれない。こんなファックス用紙が挟み込まれている。

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追伸のところは「このカタログは幾人かの愛好家およびあなた様のような選ばれた方々にだけお送りしております。発送は大方九月になります」というような意味。なお文中「elieut」は「élite」だろうと解釈した。

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随所にコクトーのイラストや手紙、献辞などの図版がちりばめられている(このイラスト、文字通り「ノドチンコ」!)。何か架蔵の一冊はないかな…と探してみた。コクトーなどペーパーバックくらいしか持っていない……いや、カルト・ブランシュがあるのを思い出した。

コクトー『白紙(Carte Blanche)』

これと同じエディション・ド・ラ・シレーヌ版(一九二〇)が1000.-となっていた。単位はスイス・フランである。今ならユーロとほぼ連動しているが、一九九七年当時はどうだったのだろう。便利な世の中、すぐに検索できた(スイス円.com)。九七年は80〜90円、目録の発行された八月は同年中では円が最も強く、76円ほどである。それにしてもこの『白紙』少々お高い。

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もうひとつ注目したのがポール・ボネ(Paul Bonet, 1889-1971)の装幀本。二十世紀の大装幀家として五本の指に入ると本書は力説している。上の図はコクトーの『ロメオとジュリエット』(Au Sans Pareil, 1926)で装幀製作は一九二七年、金箔押はマルセル・ベリ(Marcel Bailly)。

ポール・ボネは手仕事もそうだが、工業化された装幀本(日本で言うところの上製本よりももう少し手が込んでいるようだ)のマケット制作でも知られている。「cartonnage de la NRF」(NRFのハードカバー)において多色の色面モザイクの作風を展開し、上製本の盛んだった一九五〇年代の代表的装幀本として近年人気が高まっているようだ。




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by sumus2013 | 2015-09-04 20:41 | 古書日録 | Comments(0)

畠中光享・林哲夫作品展3日目

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本日は会場に詰めておりました。雨模様にもかかわらず多数ご来場いただきました。お礼申し上げます。ざっと小生の作品を中心に会場の様子をスナップしましたのでご覧ください。

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by sumus2013 | 2015-09-03 21:20 | 画家=林哲夫 | Comments(0)