林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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<   2015年 09月 ( 32 )   > この月の画像一覧

奥成さんの葉書

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奥成達さんが亡くなられていたことを今日初めて知った。お元気な頃にはいつも『gui』を送ってくださっていた。上は消印がないのではっきり分らないが、平成十九年あたりだろうと思う。最近の『gui』でも連載の中で拙著『喫茶店の時代』に触れてくださっていたことを思い出す。御冥福をお祈りしたい。十一月八日に偲ぶ会が催される。

詩人・ジャズ評論家の奥成達さん死去:朝日新聞デジタル
2015年8月20日12時50分

奥成達さん(おくなり・たつ=詩人、ジャズ評論家、本名達〈さとる〉)が16日、腎うがんで死去、73歳。葬儀は近親者で営んだ。後日、しのぶ会を開く予定。喪主は妻でイラストレーターのながたはるみさん。
 ジャズ批評やエッセーなどを幅広く手がけた。著書に「宮澤賢治、ジャズに出会う」、ながたさんが絵、奥成さんが文を手がけた「昭和の子ども生活絵図鑑」などがある。

奥成達さんを偲ぶ「花見」のような集いのご案内


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by sumus2013 | 2015-09-30 17:07 | コレクション | Comments(4)

画引単語篇巻之三

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少し前に紹介した松川半山『童蒙画引単語篇』の巻之三。衣服、絹布、飲食、魚介の巻である。

松川半山『童蒙画引単語篇巻一』

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 ふらんけつと 仏蘭西機多 青茶萌黄緋鼠等色々あり何[いづ]れも坐席の敷ものに用ゆ最も大小あり
 しゆたう 手套 メリヤス 木綿を編ミ左右の手へはめ寒を凌ぐものなり 
 はだじゆバん 肌汗襦 オンドルシヨルッ[ツ] 莫大小[めりやす]にて製す又フラ子ルにて仕立るも有り冬ハ多くフラ子ルを用ゆるなり 
 うハじゆバん 上襦袢 シヤアツ 
 づぼん 大股引 ツローセルス
 つぼんつり 同鉤 ブレーシス
 ちよつき 袖無 ウエストコート
 くびまき 首捲 コラル

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 ゑりしめ 襟締 子ッキタイ
 くつ 靴 シウース
 ながぐつ 雨靴 ブーツ
 くつした 足套 ソツクス
 うハくつ 上鞋 スリッフルス
 せびろ 丸羽織 ビジ子スコート
 まんてる 割羽織 ゼンツルマンコート
 とんびろつパ 鳶雨衣 マグフェロシ
 しやつぽ 高帽子 ハット
 ひらぼうし 平帽子 ケツプ

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 ぶどうしゆ 葡萄酒 
 さんパんしゆ 酸封酒
 ぴいるしゆ 比留酒

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版元の梅原亀七にちなんでか、巻三の末尾は亀類でまとめてある。明治初期の世相が分る興味の尽きない絵入辞典だ。

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by sumus2013 | 2015-09-30 16:42 | 古書日録 | Comments(0)

往生要集

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源信『往生要集巻上末』の端本。早稲田大学図書館に類似した版本が所蔵されているが、それは上中下の三巻になっている。版元は安田十兵衛(三条寺町誓願寺前)で寛永十七年(一六四〇)の発行。ただしよく見ると早稲田本は三冊ではあっても丁付けはそれぞれが二巻に分かれており全体では六巻構成である。本書は巻ごとに表紙が付けられた六巻本ということになろうか。この端本は第二巻に当る。

往生要集.巻上,中,下

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見返しに「舞木村/永證寺/什物」と墨書あり。愛知県のお寺さんに所蔵されていたものだと判る。版面は早稲田本とほとんど同じ。しかし同版ではない。先行の版本をバラして版木に張り付けてそのまま覆刻した可能性もある(?)。

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巻首右下に捺されているこの印は……「金智」だろうか。金…? 『往生要集』は地獄の描写が巻頭から延々と続くので知られているが、この巻では極楽の描写に移っている。それにしてもこの大著を源信は半年足らずで脱稿したらしい。そうとう広く経典を読みこなし、読んだだけではなく内容の抜書き集のようなものをすでに作っていたに違いない。非常に分りやすい経典ダイジェストになっているように思う(経典には詳しくないですが)。

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『往生要集』の端本というだけなら少々古くても版本ではそう驚かないけれど、ちょっと得したなと思ったのは、古書にコミあり、挟み込み、この栞。

  享和辛酉初秋十日手造之  耻齋樵

年号が記されているのが貴重だ。享和辛酉は一八〇一年。本居宣長が死去し、伊能忠敬が関東沿岸の測量を命じられた年である。もちろん架蔵の栞のなかでは最古になる。

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by sumus2013 | 2015-09-29 20:35 | 古書日録 | Comments(0)

十三夜


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スーパームーンの日にちなんで十三夜の短冊を。ちなんでと言っても十三夜は旧暦九月十三日、新暦だと今年は十月二十五日になるからまだ大分先の話である。中秋の名月の後なので「後の月」と呼ばれる。

十三夜

思出に後のこよひの雲みれは
猶したハるゝ長月の影    光重

光重が誰なのか、にわかに断定し兼ねるが、下記のような文章を見つけたので、短冊の状態からしてこの光重殿ではないかと考えておきたい。

《平作光重(玉洲)の妻茂與は窪屋郡酒津村三宅重與娘です。光重は国学者・歌人として有名ですが、祖父久重、父芳重も和歌に長じていました。光重は玉島山下町の丹波亀山藩陣屋に勤めながら神道儀礼を研究、滝口美領について和歌を学び、また京都の伴蒿蹊(ばんこうけい 1806年没)にも弟の右近を通じて文章や詠草の批評を頼んでいます。家塾を開き、小野務、黒田綾山とも交遊がありました。》http://gos.but.jp/fkutaket.htm

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by sumus2013 | 2015-09-28 19:49 | 古書日録 | Comments(0)

芸術解剖学

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中村不折『芸術解剖学』(中央美術社、一九二五年三月一五日改訂版)。小生が大学にいたころは美術解剖学といえば西田正秋という人の著作がよく知られていた。本書はそれよりも一時代前の教科書(参考書か)である。中村不折は洋画家だが、どちらかというと島崎藤村や夏目漱石の挿絵を描いた画家として知られるし、書家として(新宿中村屋のロゴは不折作)書道資料のコレクターとしても有名である。モダン山水とでも言うべき墨彩画や書の掛軸を多数制作している。漱石が不折は描き過ぎだともらしたほどで、実際、現在でも相当数が出回っているようだ(小生も小品一点架蔵する)。

緒言にいわく

《近時我国に若い一派の人々が随喜するマチスやピカソ等の仕事を見るに、其の随喜するのは、彼等の芸術の本体ではなく、寧ろ其の拙い方面、誤れる方面、又は其の欠点とも見做すべき方面を捉へて却つて之れに随喜して居るのである。》《マチスやピカソなどの仕事ならば、幾千年の昔に既に野蛮人等がやり古したものと同様である。》

《芸術上の真と云ふ見地から見れば、全然意味のない事である。芸術上の真は新しいとか旧いとか云ふ事の外になければならぬ。而して其の真とは何ぞやと云へば、一言に答へる事は出来ぬが、少なくとも、芸術は骨を折らなければ出来ぬものである、と云ふ事丈けは云はれ得る。》《真面目に芸術に志すものには、其の基礎を健実に築き上げると云ふ事が最も緊密な事である。而して此の芸術の基礎としては、西洋では、人体の研究を以て第一に置いて居る。》

《我国では、明治十五年頃、文部省でホンタネージと呼ぶ外人を招いて、洋画の稽古をさせたが、当時の日本では、非常に裸体画を嫌つて、終に充分其の稽古をやらせなかつた。今日の状態から当時の事を回想すると、漫ろに時勢の進歩に驚かれる。》

ま、これは古い考え方であろう。

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内容は、ほとんど各部位の名称の羅列と言ってもいいくらいで、美術を志すものがこれを理解するのは困難だったろうと思われる。美術には解剖学も必用だという認識をもつにはよかったかもしれない。

二色刷りの図版は中村不折の筆か。巻末に裸体デッサンの見本例、不折作品が五点挙がっている。小生の知る限り、安井曾太郎がパリで描いた裸体デッサンが最高の裸体デッサンであろうと思うが、不折のデッサンもかなりの腕前で、ここまで描ける明治生まれ日本人はほんの数えるほどしかいないと思う。ここまで描けたなら、さぞ油彩画も重要な作品を残しているのかと思うが、それについては良く知らない。

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by sumus2013 | 2015-09-27 20:27 | 古書日録 | Comments(0)

高祖保集

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外村彰編『高祖保集 詩歌句篇』(龜鳴屋、二〇一五年八月一日)。高祖保の生前に刊行された四つの詩集『希臘十字』(椎の木社、一九三三年)、『禽のゐる五分間寫生』(月曜発行所、一九四一年)、『雪』(文芸汎論社、一九四二年)、『夜のひきあけ』(太陽出版社創立事務所 青木書店、一九四四年)および目玉として歿後刊行の『高祖保詩集』(岩谷書店、一九四七年)に収められた詩集『獨楽』の定稿復元版、未刊詩篇、歌篇、句篇を収録する。

《書簡集、評伝『念ふ鳥』、随筆集、そうして韻文選集。高祖保関連の龜鳴屋本も四冊目である。全集実現の希望が残されているものの、高祖本の刊行は今回で一応の区切りとなろう。
 本書はコンパクトな版型ながら、重厚な全詩集の体裁になっている。詩篇で特筆されるのは遺作詩集「独楽」定稿を初めて活字に復刻したことだが、他の収録作も出来得る限り、原典表記を尊重するべく努めた。》(編者あとがき)



龜鳴屋さんの清潔な造本はいつもながら見事。印刷は山田写真製版所……これは『書影の森 筑摩書房の装幀1940-2014』(みずのわ出版、二〇一五年)と同じ。

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高祖保の作品一篇引用しておく。『獨楽』より。

  
  阿呍の行者
     井上多喜三郎様にさしあげる

かつてわれ わが書架のうへ
到來物なる 張子の虎 ふたつ置きたり

ひとつは 口展きて 朱[あか]き口中をみせ
ひとつは 口噤みて 皓き歯並をいだす

口展ける虎 大虎にして 頸根[うなね]やや短
口噤める虎 小虎にして 頸根やや長

ひとつは 脚のつけ根折れて うちらへ曲り
ひとつは 片耳ちぎれ去つて 歪[いびつ]の相を示す

脚折れて曲れる 曲れるままによく
耳剝[そ]げて耳なき 耳無山に似は似たれ

ふたつ並びて 世上 樓門なる仁王像に異らず
そが 口邊の開閉は おのづから阿呍の二極を現ず

われ書架より 書物とりいだすとて
書架のうへなる 虎ふたつ ゆらゆらと首をふり

われ書架に 書物を還すとて
書架のうへなる 阿呍の行者 またゆらゆらと首をぞ振る

うごくこと おのづからにして うごき
しづまること おのづからにして しづまる

わが詩の 動中に發する かくのごとく
わが哥の 静中にしてとどまる 凡そかくのごとし

春日 二像のかげ 書架の書にいたり
秋日 二像のうごき わが机上の小箋におよぶ

午下三時 一碗の澁茶に こころ足り
われ わが口を開き かつ閉ぢ 二者のすがたを摸す

わが書架にして 二虎のうごき 小[ささ]やかにはあれ
わが筆硯にして 阿呍の示相  極めて大なるを

二虎にして こころあらば われを目瞻[まも]りゆけ
ああ こころして われ汝らが放瞻を 愛すといふべし


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これまで紹介してきた龜鳴屋本。

『高祖保書簡集』

高祖保『庭柯のうぐひす 高祖保随筆集』

外村彰『念ふ鳥 詩人高祖保』

『伊藤茂次詩集 ないしょ』

安久昭男『悲しいことなどないけれどさもしいことならどっこいあるさ』

松井邦雄『ル・アーヴルの波止場で 二十世紀歌謡・映画・ノスタルヒア・港町』

高橋輝次『ぼくの創元社覚え書』

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by sumus2013 | 2015-09-26 20:03 | おすすめ本棚 | Comments(0)

ボマルツォの怪物

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アンドレ・ピエール・ド・マンディアルグ『ベルヴェデール Le Belvédère』(Grasset, 1958)。古書すからべより購入。

以前のブログで扉野良人『ボマルツォのどんぐり』(晶文社、二〇〇八年)を紹介したときに澁澤龍彦のボマルツォへの言及にも触れた。その澁澤はマンディアルグの翻訳者でもあり、彼がボマルツォのことを知ったのはこのエッセイ集、あるいは前年に出た写真集(『Les Monstres de Bomarzo, avec trente-six photographies de Glasberg』Grasset)を通してだろうと思うので、マンディアルグの文章を一読してみたかった。

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マンディアルグがボマルツォを訪ねたのは一九五四年。これはジョヴァンニ・ベッティーニ(Giovanni Bettini)が、このルネサンス期に造られ、その後忘れ去られてしまって、荒れるに任されていた公園を含む土地を購入し、修復を始めた年でもある。今日では観光コースにも入っているが、当時はまだ知る人ぞ知る特別なスポットだったようだ。

ボマルツォの怪物公園(Parco dei Mostri - Bomarzo)

マンディアルグはほとんど情報のないボマルツォについてマリオ・プラーツを援用したり、あれこれとヨーロッパの奇妙なモニュメントなどと比較したり、現代美術との共通性を説いたりしながら歴史の闇からこの怪獣庭園を浮かび上がらそうと努めている。それはそれで興味深いところもあるのだが、個人的には実際にボマルツォへ旅した道筋を描いたくだりにイタリア紀行としての面白味を感じた。

ボマルツォへ行く前にその途次にあるタルキニアの地下墳墓を巡ることをマンディアルグは勧めている。エトルリア時代の遺跡群である。

Cerveteri y Tarquinia. Mundial de la UNESCO Patrimonio de la Humanidad

《墳墓から外に出たなら、エトルクス博物館(かつてのヴィテレスキ宮殿)の横手にあるレストランで昼食を摂ることをぜひともお勧めする。われわれはそこで、この年(一九五四)にも、ブイヤベースなど足元にも及ばない素晴らしい魚のスープを食した。それをわれわれに給仕したのは、覇気のない、小太りの、白面で、髭もなく、カストラートのようなよく響く声をした小男だった。彼はまさに人々が常にそうあって欲しいと望むような「タルキニアの悪魔」と「ボマルツォの怪物」をつなぐ橋渡しなのである。》

拙訳で申し訳なく。もうひとつ面白いと思ったのはパニックについて以下のように書いている部分。これは原文にて。

《Voudrait-on donner une représentation concrète à certain égarement des sens et de l'esprit auquel se rapporte bien le mot panique, alors on ne saurait trouver mieux que ce groupe colossal taillé en pleine roche…》

怪物公園で奇怪な彫像に出会ったときのクラッとするような印象を「パニック」という言葉と関係があるとしているわけだが、それについても以前少しだけ触れたことがある。パン(半獣神)に出会ってビックリ、それがパニックの語源らしい。パンとはすなわちエトルリア人の後裔だったのかも知れない。

半獣神と牧神

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by sumus2013 | 2015-09-25 21:43 | 古書日録 | Comments(0)

冠句鴨川千鳥

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鶴巣隣松蘿宗匠撰『冠句鴨川千鳥』(中村風祥堂、一九〇四年三月五日)。冠句というのは元禄時代に京都の俳諧師堀内雲鼓が考え出した新しい詩型。五七五、季語不要、切れ字不要、日常語を用いる、冠題として上五文字が出され下十二字を付けて完成させる。俳句よりも川柳に近い。幕末には廃れていたが、明治二十年代からふたたび流行し始めたそうだ。

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京之部から今日でも理解できる例を挙げてみると…

京に限る  自慢の屏風出す祭

 〃    碁盤のやふな町続き

京は京   御留守ながらもある離宮

 〃    寺や社にある美術
 
 〃    長家の媽[かか]も帯結ぶ

 〃    山さへ蒲団着て寝てる

 〃    山紫水明の美に誇る

京〓[濁点付き繰り返し記号=ぎやう]やナア  師走も茶会琴の会

 〃    口の奢りを身に飾る

 〃    草の餅にも蒔絵の重[ぢう]

京土産   法名何より御真筆

 〃    金襴の裂[き]れ嫁に遣る

京の人   村で噂の高い嫁


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撰者の鶴巣隣松蘿については不詳。中村浅吉は明治から大正にかけて真宗の勤行集や和讃、明細地図などを発行している。所在は上京区富小路通三条北福長町二十八番戸。巻末広告によれば冠句集としては他に長生庵百歳宗匠『冠句京の花』があり、同『冠句風月集』と『冠句明月集』は近刻。長生庵百歳も不詳の人物。他には馬琴『増補改正俳諧歳時記栞草』、阿心庵永機『新撰季寄俳諧独あるき』、芳井馬宥『冠付虫目鏡』(この書は文政二年に出た『笠付虫目鏡』を冠付にアレンジしたものか?)が上がっている

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旧蔵者の記名もある。

 キ兵十三
 聯隊付
 一等蹄鉄工長
 岡崎辰次郎

キ兵十三聯隊》については、明治三十四年に陸軍騎兵第一、第二旅団が創設され、船橋市三山(旧・津田沼町、習志野原)に第十三から十六騎兵聯隊が置かれたということだから、少なくともこの書、しばらくは千葉にあったようだ。京土産だったか、京の人か、それとも……

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by sumus2013 | 2015-09-24 20:27 | 古書日録 | Comments(0)

絵師草紙

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小松茂美編・解説『長谷雄草紙 絵師草紙』(コンパクト版日本の絵巻11、中央公論、一九九四年七月二〇日)。この「日本の絵巻」は大好きなシリーズ、といっても架蔵するのはコンパクト版のこの一冊だけだが。昔、図書館で大判の同シリーズをじっくり閲覧したことがあり、いずれ劣らぬ巧みな描写を通して絵巻の持つ広く深い世界観に驚かされた記憶がある。

長谷雄草紙(はせおそうし)は鬼と博打を打って大勝ちし絶世の美女を手に入れる……というお話。なかなかシュールだが、ここでは絵師草紙(えしのそうし)を紹介しよう。貧乏な宮廷絵師が伊与国に知行をもらって大喜びしたものの、すでに他の者(大寺院)に税を取り立てられた後で、期待はずれもいいところ、そこでお上に申し立てをするのだが……といった筋書き。

本書の解説によれば、本絵巻は紀州新宮の城主水野忠央の丹鶴書院に蔵されていたようで、古筆了伴の手に移り、将軍家慶に献上された後、明治になってから天璋院の遺品に発見され明治天皇に贈呈された。現在は宮内庁に移管されている。作者は書画ともに藤原信実と伝えられるが不明。

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絵師が知行を給うという宣旨を読み上げて家中の者たちに聞かせている場面。喜びが家中に満ちる。左の棚には刷毛や塗り物の鉢や水注などの道具が見えている。

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絵師が伊与から戻った使者から報告書を受け取る場面。不吉な予感。家はかなりボロボロである。鼠がチューっと走っている。子供に手本の馬を模写させている(子だくさんの様子である)。硯が白っぽいから焼き物(白陶硯)か。白玉製品もあるが、貧乏なのだから陶器だろう。

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書も見事。解説にはこうある。

《現存する一群の遺墨の中に、気脈を通ずるものとして、後醍醐天皇〈一二八八〜一三三九〉の宸翰をとらえることができる。これまた同筆ではないが、同時代における共通的な書風として見逃しにはできない。つまり、この「絵師草紙」は、絵画史とのからみにおいて、十四世紀前半の制作と推定するのである。》

この物語は実際に起こった絵師と寺院との訴訟事件をもとにしているらしい。絵柄はさほど堅苦しくなく滑稽味を前面に押し出しているが、相当な手練であることは想像できる。



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by sumus2013 | 2015-09-23 21:48 | 古書日録 | Comments(0)

エンゲルス・ガール

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京都はみように暑い一日だった。「京都2015レコードマップ」に載っている中古レコードのお店「エンゲルス・ガール」を訪ねた。音楽関係の古書や雑貨などもあり、お茶にビールも飲める。開店八年になるそうだ。大阪生まれという渋いご主人としばし歓談。ゆったりした時間を過ごす。そう広くはないのだが、ここで毎月のようにライブを開催しているという。落語会も。なかなかユニークな店である。

エンゲルス・ガール Twitter



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by sumus2013 | 2015-09-22 20:41 | 古書日録 | Comments(2)