林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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夕涼の図

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色紙より一回り大きい寸法の戯画を入手した。江戸時代の作? 風俗に詳しい方に御教示願いたい。子供らが団扇を持っているので夏には違いないだろう。パッと見て花火見物かと思った。しかし花火にしては視線が低い。ただし遠花火ならこのくらいでもいいのかもしれない。

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紙の剥落で署名も印も読みにくい。「□□川之[?]」「歳七十八□」。印は「三□」。ご隠居の手すさびだろうか。それにしては群像表現がなかなか巧みで息づかいや会話も聞こえて来そうではないか。


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by sumus2013 | 2015-06-30 21:01 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)

蠶桑

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徐光啓『農政全書』より巻之三十二「蠶桑」。なぜかパリから届いたもの。徐光啓(1562-1633)は明代末の暦数学者でキリスト教徒だった異色の人物。


本書巻頭には「上海太原氏重刊」としてあり、この重刊の最初は道光二十三年(一八四三)のようだが、本書がそれと同じ版だとは考えない。もっと近年の重刷であろう。本文はともかく、桑の栽培から養蚕の手順を説明している挿絵がなかなか楽しいものだ。あまり数を掲げても煩わしいと思いつつ、七夕も近いことだし(旧暦だとまだだいぶ先ではあるが)最終工程である織女のあたりをピックアップしてみる。

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緯車(糸繰り車)。緯車方言曰趙魏之間謂之歴鹿車 東齊海岱之間謂之道執……


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織機。これは次の頁(一丁を広げると連続した一枚の絵になっている)につづく巨大な織である。次頁ではもうひとり別の女性が織機の上部に坐って仕事をしている。杼(ひ)を左手に持つ姿は変らない。

織り上げた布を柔らかくするのが「きぬた」。その図も出ている。

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砧杵(ちんしょ)。説明にいわく《古之女子対立各執一杵上下搗練于砧其丁冬之声互相応答 今易作臥杵対坐搗之又便且速易成帛也》。古くは杵を上下にして搗いていたが、今では向かい合って杵を寝かせて打つ。上図は後者。古いスタイルは下図。有名な「搗練図巻」より。

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白居易の「聞夜砧」は夫のために夜なべをして砧を打つ妻をうたっている。

 誰家思婦秋擣帛
 月苦風凄砧杵悲
 八月九月正長夜
 千聲萬聲無了時
 應到天明頭盡白
 一聲添得一莖絲

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by sumus2013 | 2015-06-29 20:23 | 古書日録 | Comments(0)

書生の処世

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荻原魚雷『書生の処世』(本の雑誌社、二〇一五年六月二五日)が届いた。『本の雑誌』二〇一一年から一四年に連載された「活字に溺れる者」に加筆修正、および書き下ろしコラム四篇。東北の震災を経験した著者の心の動きがが如実に伝わってくる。

申し訳なくも『本の雑誌』は読んでいないのだが、『scripta』(紀伊國屋書店出版部)連載の「中年の本棚」は毎号面白く読ませてもらっている。最新号に《ここ数年、新刊古本問わず、海外の「中年の危機」を扱った本を手あたりしだいに読んできた》とあって、いつものことながら凄いなあと驚きつつ少々あきれた。本書にも例えばこういうくだりがある。

《色川武大の編集者小説は消耗品として使い捨てられるフリーランスの悲話である。
 そうならないためにはどうすればいいのか。
 三十歳前後、それが知りたくて、それを考えたくて、手あたりしだいに本を読んだ。》

悩みの解決法を本のなかに探す……むろんそれは古典的な読書の動機のひとつには違いないと思うのだけれど、本を読んで悩みが解決するものなのだろうか? 魚雷氏はこう続けている。

《いくら読んでも、これさえしておけば大丈夫というような答えは見当たらない。》

しかし本を読むことは氏にとって仕事であり同時に人生の探求でもあるから、見当たらなくてもとことん読むしかない。

《ひまさえあれば本を読み、ひまがなくても本を読む。もはや惰性以外の何ものでもない。
 その日の体調にもよるのだが、ある量を超えると頭が活字を受けつけなくなる。ときどき何のために読んでいるのかわからなくなる。自分の知りたいことは何なのか。そのあたりからわからなくなる。》

これはもうジャンキーと言っていい。では、知りたいことは何なのか? 著者に代わって断言しよう。本書を読む限りそれは「自分」である。

《彼らは躊躇や逡巡しながらも、ゆるぎない強さがあった。わたしはそういう大人に憧れていた。いまも修行中である》(戦中派の共感)

《「芸術を学ぶ者は最初から巨匠であるべきだ。つまり、自分らしくあるという点で誰よりも抜きんでていなければならない」》(アーティストのための心得)

《「せめて、自分が今、どこに帰属しているのか、本来の自分はどういう人間なのかということを、たえずおのれの胸に問いつづける習慣だけは、決して失ってはならないということである」》(眉村卓の本を読みました)

《「おれはいつだっておれだから、おれのまま生きていく」
 わたしもそうおもっていた(今でもできればそうしたい)。》(あとがきにかえて)

自分を常に問いつづけ、読みつづける。これはもう読書の哲人だ。しかし、案外とそういう人物に限って本当はもう答えをすでに見つけているのではないだろうか。問いのなかに答えがあるのだ。その意味では「ある日突然プルードン」は示唆的であろう。

《わたしの父は三重県の鈴鹿市の自動車工場に勤めていた。父の趣味は読書で、本棚には第三の新人や開高健、山口瞳といった作家の本が並んでいた。あと世界文学全集、日本文学全集もあった。わたしは特別に本が好きなわけではなかった。》

《それはさておき、高校二年の夏、わたしは無政府主義者になったのである。
 何の脈絡もなく、突然に。
 最初がプルードンだったことは、はっきりしている。》

《支配と搾取のない社会を理想としたプルードンは、富める者がますます富み、貧しき者がますます貧しくなるような、あらゆる制度を徹底して否定した。》

《かなり過激な思想だが、田舎でくすぶっていた、失うものがほとんどない無力な高校生には魅力あふれる主張である。
 何よりわたしの心を打ったのは、若くて貧乏なプルードンを激励したファロの存在である。
 自分のまわりには、そういう大人がいなかった。「おまえは社会で通用せん」とか、やることなすこと否定された。わたしもいわれたかったよ。「時代の光の一つとなるだろう」って。》

ここに魚雷氏の全てがあるような気がする。本の紹介を通して非常に巧妙に、自己韜晦とみせて、若き(迷える)読者を鼓舞するファロになろうとしている……のかもしれない(そんなことこれっぱかりも思ってもないかもしれない、もちろん)。個人的にはファロでなくプルードンになって欲しいと思うのであるが、それはいずれ近い将来のこととして期待しておく。何はともあれ読書エッセイとしては名人芸の域に達している。


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by sumus2013 | 2015-06-28 21:33 | おすすめ本棚 | Comments(0)

ひと月限りの〈ぽえむ・ぱろうる〉


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石神井書林さんより会場写真を頂戴した。《ぱろうるで、こんなパネルを作りました。久しぶりによくできました(笑)》 おお『永田助太郎詩集』が! 会場で見たい!


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ひと月限りの〈ぽえむ・ぱろうる〉

ここに出店している石神井書林さんが作った出品メモのコピーを善行堂でもらった。A4三枚あるが、一枚目だけ掲げる(ぜひリブロ池袋にて獲得されたし)。自家目録とはまた違った解説文がいい。まるで内堀さんの人生が凝縮しているかのようだ(ちょっと大げさかも知れませんが、そう思いました)。

《第一詩集は米沢で少部数を出した『草葬』(昭和19・葬はこの字ではない)と云われるが、見た人はいない。》(固有時との対話・転位のための十編 吉本隆明

《200部作ったと回想にあるが、一度も扱ったことがない。見ない。これだけ見ないものは200部も作ってはいない、と、私は思う。》(ミノわたしの雄牛 高橋睦朗)

《実際は50部しか作らなかったと回想がある。戦後の50部であれば見ることは充分可能。》(新生都市 天沢退二郎)

《稀に目にするのは同年に二版で、初版は元々ないのかと思った頃に見つけた。》(消息 吉野弘)

《高田渡が唄った「ブラザー軒」は第二詩集『日の底』(昭33)に収録。こちらは古書展で熱心に探せば三回目ぐらいに500円で買える。》(手 菅原克己)

《古本屋をはじめた頃、早稲田の文献堂書店さんの棚に5000円であって、どきどきしながら買った。一部の書誌に特装30部の記載を見るが未見。見たという人も知らない。》(六月のみどりの夜わ 安東次男)

……ほんのさわりだけ。矜持というのかな、古本てほんと面白いというのが伝わってくる。


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by sumus2013 | 2015-06-27 19:40 | もよおしいろいろ | Comments(0)

本への偏愛

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『海の本屋のはなしーー海文堂書店の記憶と記録』(苦楽堂、二〇一五年)出版を記念してギャラリー島田で開催される記念展。林も「岩波文庫」(下図)など三点出品しています。

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26日夕刻、出版記念を兼ねたオープニング・パーティが開催されました。久しぶりに会う人が多く話がはずみました。海文堂書店との関わりを語る林(撮影=戸田勝久氏)

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本への偏愛 Partiality for Books > 6/27(土)〜 7/8(水)


『海の本屋のはなし――海文堂書店の記憶と記録』を語る
平野義昌(著者、元海文堂書店員)×柴野京子(上智大学准教授)
7月5日(日)16時~ 東京堂書店

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苦楽堂

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by sumus2013 | 2015-06-27 11:50 | 画家=林哲夫 | Comments(2)

みずのわ出版TIBF出品

各位
来週開催の東京国際ブックフェア、出版梓会のブースに出展させて戴きます。小社は梓会の会員社ではありませんが、梓会出版文化賞の受賞者枠での出展です。無所属の零細版元は、こういうご縁がなければそうそう出展の機会がありません。お近くの方はぜひ会場までお運びいただきたく、ご案内申し上げます。

東京国際ブックフェア →http://www.bookfair.jp/ja/

注…7月1日~4日(10~18時)の開催ですが、1日と2日は業界関係者向け公開日です。一般公開日は3日(金)と4日(土)です。

梓会のブースでは、読者謝恩セールとして税込定価の2割引で書籍販売を行います(再販制度の弾力運用)。福袋もあります(3000円、5000円、8000円)。小社出品分、8000円の福袋は、文藝誌「spin」執筆者全員サイン本01~08号各1部!+本好き向けの本(どれを詰めたか忘れた……)。私は3日と4日の午後、梓会ブース近辺を徘徊しているつもり……です。

招待券無しの場合は、入場料が1200円かかります。招待券がご入り用の方はメエルにてご一報ください。小社より郵送いたします。
梓会のサイトに、出版文化賞受賞社スピーチ動画が出てます。
ミカンの生産量1桁間違えて喋っていますが…。

■今年出した本
・書影の森―筑摩書房の装幀1940-2014 http://mizunowa.com/book/book-shousai/shoei.html
・親なき家の片づけ日記 信州坂北にて http://mizunowa.com/book/book-shousai/sakakita.html
■長らく品切れでしたが今年8月初旬に再版(2刷)決定!
途上国の人々との話し方 国際協力メタファシリテーションの手法 http://mizunowa.com/book/book-shousai/people_talk.html

みずのわ出版/みずのわ写真館/つちのわ物産
代表 柳原一徳
〒742-2806 山口県大島郡周防大島町西安下庄(にしあげのしょう)、庄北(しょうきた)2845 庄区民館2軒上ル
Tel/Fax 0820-77-1739
E-mail mizunowa@osk2.3web.ne.jp
blogみずのわ編集室 http://d.hatena.ne.jp/mizunowa/

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by sumus2013 | 2015-06-27 09:33 | もよおしいろいろ | Comments(4)

山本悍右展案内状

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山本悍右展(一九八八年四月一一日〜二三日、IMAGINATION MARKET Q&P、東京都中央区銀座2丁目15号銀座ビル2階)の案内状を某氏より頂戴した。山本は前年一九八七年四月二日に肺癌のため死去。

ジョン・ソルトが「ヒョーショーされなかったシュールレアリスト」という追悼文を寄せている。

《「ヒョーショージョー」パン・ナム日本支社長が叫ぶ千秋楽の変なアクセントの日本語を耳にしても、奇異に感じる日本人はそんなにいない。むしろ、外国人が妙なアクセントでしか日本語を話せないことを知って、多くの日本人は安心し、あるいは満足しているようにさえ思える。(本当の彼の日本語はまったく見事で、わざと日本人に受けるように、下手な日本語を話しているってことを知っていましたか?》

知りませんでした。

山本悍右。73才で、一昨年[ママ]その生涯を閉じた写真家兼詩人兼アーティスト。僕の眼には類まれな日本のシュールレアリストである彼を、日本に精通している日本人たちはどれほど理解しているのだろう。(日本人はフランスのシュールレアリストについては、アメリカ人以上に知っているように思えるのだけれども)
 彼の展覧会に際して、ガイジンの僕があれこれの作品について、多くを語る必用はないだろう。ただ、戦時の特高による弾圧と、それにも増した作品の無視という弾圧の二重のつらさに挟撃されてなお、ただひたすら信ずるところに忠実であろうとした、静かな情熱に乾杯したい。1984.4.11(訳/鈴木雅文)

二〇〇一年に東京ステーションギャラリーで回顧展が開かれている。今その図録もめくりながら書いているのだが、大阪や神戸の新興写真とも相通じるところもありつつ、何と表現すればいいのかすぐには言葉を思いつかないけれど、やはり一種独特な感受性を示す作品群である。




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by sumus2013 | 2015-06-26 17:11 | 古書日録 | Comments(4)

関口良雄の雑話

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山王書房・関口良雄の佚文コピーをいくつも頂戴した。そんなに長いものはないが、短くても味のある文章ばかりだ。それらのなかから『互味』四十二号に掲載された「雑話」の一部を紹介しておく。『互味』がどういう媒体なのかは分らない。オリジナルはガリ刷である。

《私の店の近く池上本門寺のそばに松尾邦之助という人が住んでいる。同氏は在欧二十余年の経歴を持ち、戦後は暫らく読売新聞の副主筆をつとめていた。友達にやるのだから自分の本を探して呉れ、と頼まれ、私は入る都度知らせてあげている。
 一昨年の暮だったか、例によって自分の本を取りに来られた。見れば両手に荷物を下げ、明日はフランスに発つのだと大分忙しそうだ。》

《私は荷物が大へんなようなので、遠慮されるのを無理にといって略図を書いて貰い、本を届けて上げることにした。
 松尾さんは、「忙しいところを悪いなあ」と言いながら、「本屋さん間違って隣りの家に行かないようにな、隣の家もやはり松尾という家で、初めて来る人は大てい隣のデカイ家の方に行ってしまうが、俺の方は小さい方だから。」そういって、帰りかけた足を小戻りして「今どき君、悪いことをしなければ、デカイ家は建たないよ」と、何処かで一パイひっかけて来たらしく、チジレ毛頭のアバタ面を赤くしてニタリと笑った。私もその言い方と一寸オドケた顔が面白かったので、思わずつり込まれ、店先で大声を出して「全くそうですね!」と大笑いしたのを覚えている。
 その夜届けに行った松尾さんの家は、なるほど小さく探すのに骨が折れた。大きい方の家はすごく豪華で、その頃造船疑獄で引っぱられ巣鴨に入っていた某造船会社の重役の家だということが、後になって判った。》

松尾邦之助の顔写真は以前引用したことがある。

その後、パリから戻った松尾と池上駅で出会う。

《「先生! 暫くでした。」と声をかけると、「やあー」といって近づいて来られ、「何かその後、僕の本が入ったかね、四五年前に長嶋書店というところから、僕の「赤いスウインクス」という本を出したのだが、何とか見付けてくれないかね、あれば百冊でも二百冊でも買うがどうも俺の本を出す出版屋は、鱒書房といい、美和書院といい、又長嶋書店と、みんな夜逃げしやがるんで弱ったよ。俺らあ原稿を書くのがつくづく嫌になった。」と、一寸しみじみした述懐を洩らしたかと思うや、すぐさま豪快な笑いを残して駅の雑踏に姿を消して行った。》

……とまだ文章は続くらしいが、このあと四行で途切れてしまっている。とにかくこれらの佚文をもう少し補って『続・昔日の客』を作る奇特な人はいないものか。

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by sumus2013 | 2015-06-25 21:06 | 古書日録 | Comments(0)

政田岑生葉書

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政田岑生から竹村晃太郎に宛てた葉書。消印は「20.4.71・12-18」大阪中央。一九七一年四月二十日。このインクのブルー、いかにも政田好みの感じだ。竹村晃太郎は詩人。検索すると書簡や葉書が古書店に出回っているようなので最近蔵書などが処分されたのだろう。この葉書も月の輪書林の先日の目録より求めた。

古書きとら
中井英夫『竹村晃太郎詩集出版記念会』案内はがき

政田が住所を問い合わせている長谷川敬も詩人(同姓同名の小説家がいる)。

長谷川敬という詩人がいた

政田岑生ではもうひとつ、『季刊銀花』第二十六号(一九七六年六月三〇日)の「書物雑記」欄に限定本『香柏割礼』(歌・塚本邦雄、木版画・柄澤齊)の紹介記事が載っているとわざわざその雑誌を送ってくださった方がある。深謝。

《限定六十部。柄澤齊オリジナル木口木版画十五点貼込み、菊判、全冊限定番号入り、塚本邦雄一首墨書、表紙犢特染革装、布貼り夫婦函、六万五千円。分割払い可。(名古屋市名東区神里二の七三 書肆季節社

塚本邦雄歌集 特装限定版

凄い本を造っていたのだ。ついでに『季刊銀花』第二十六号(古時計特集)をめくっていると「道楽散歩・神戸の古本屋さん」という記事が目に留まった。

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後藤書店、あかつき書房、皓祥館書店、三宮書房、鯉川書房、書房アメカゼ、こばると書房、門書店、倉書房、黒木書店、俳文堂、文紀書房、笹野書店、古書肆多聞、上崎書店、ごらん書店、藤本書屋、間島一雄書店(月見山なので地図には出ていない)などのほか即売会などが紹介されている。これらの古書店の内で今も営業している店は数えるほどだ。貴重な資料であろう。

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なつかしき黒木書店。小生が知っているのは一九八〇年代後半から九五年頃までだから、この写真に写っているご主人は小生の記憶よりよほど若い。向かって左側にも同じような通路があり、手前中央がショーウィンドーになっていた。ごく狭い店だったが、いつも勉強させてもらった。「値段だけ見ることお断り」の貼紙が書棚の細いタテ枠に何箇所か張ってあった。この写真では見えないようだが……まだなかったのかもしれない。にもかかわらず、ほとんど値段だけしか見ていなかった。それでも必ず一冊安い本を買うようにしていたせいかどうか、小生は一喝された覚えはない。

記事を少し引用しておく。

《近代文学書の権威として業界学界を通じて有名な「黒木書店」(10[地図番号]毎週水曜定休)は、元町五丁目浜側。ウインドーには、極美の『花祭』(七万円)および富澤赤黄男『天の狼』(十万円)、小林秀雄署名入り『文芸評論』三冊揃い(六万五千円)、そのうちの『続文芸評論』は横光利一あて献呈本、などという逸品がひしめいている。

《正面の頭上には谷崎潤一郎と辻潤の色紙、その横に『やなぎ樽研究』百五冊揃い(十二万円)が積み上げられている。大正二年生まれの黒木正男氏は昭和二十一年に広島で開業、初め屋号を「澄江堂」と定めたほどの徹底した芥川愛読者である。二十八年五月に、かつて朝倉書店、ロゴス書店、白雲堂書店(現在は姫路市伊伝居南町)を主力とする目録販売の盛況をもって全国古書界に鳴り響いた由緒ある神戸の地を選んで進出、近代文学の蒐書における西国奉行として重きをなした。》

《信念の愛書家で、価値を認めた著作家の書物しか店に置かず、たとえ世に時めく有名作家でも、あれは"にせもの"と断じたら決して在庫に加えない。ひやかし客を一喝する気魄においても当世まれなる存在。》

《昭和二十五年創刊、四十八年二月に三十四号を出したままになっている目録の続刊を望む声も多い。昭和二十年生れの長男義治氏が父君を助けて活躍している。》

目録で思い出した。黒木書店古書目録を二冊架蔵するが、それはどちらもアスタルテ書房で求めたものだった。世代も店作りも違うけれど、お二人はどこか似た雰囲気の古書店主だった。一見とっつきにくい。しかし気分が向くと滔々と語って倦まなかった。

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by sumus2013 | 2015-06-24 21:36 | 古書日録 | Comments(2)

北園克衛「古本」

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中村書店主中村三千夫のエッセイ「古本屋から見た文学」に《詩人の北園克衛さんが「自分たちが苦労して費用をかけて造つた本を中村書店ごとき古本屋が途方もない高い値をつけて売りさばいている」という趣旨のことをお書きになり》とあったことを先日紹介した(http://sumus2013.exblog.jp/24121714/)。ある方よりその北園の発言の出典と思われる『古書月報』(一九六一年九月号)のコピーを頂戴したので紹介しておく。

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「古本」というタイトルである。二頁にわたっているが、一頁目だけを出しておく。北園は最近、新刊もあまり読まなくなり、古本もほとんど探しまわることがなくなったと始めている。しかし月々寄贈されてくる詩集はたまる一方で、その重さで戸や障子が歪んでしまう。決心してそれらを売り払うことにした。

《しかし、考えてみると、僕のところで塵にまみれさせて置くよりも、古本屋の店頭に置いた方が、出版者の主旨に沿うものかもしれないのだ。》

古本屋で献辞を切り取った詩集に出会うことがあるが、あれは感心しない。

《そういうわけで、僕が詩集を古本屋に売る時には、献辞はそのままにして、売ることにしている。これが詩集の著者に対するせめてもの礼儀のつもりである。》

まったく同感である。たしか中原中也が古本屋で佐藤春夫宛に献呈した自分の詩集を見つける話があったと思うが、明らかに本よりも献辞の方が貴重なのである。

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《古本屋の店先によく、十円、二十円の捨て値の本が置いてあるが、僕はそういう本を漁るのが好きだ。敗戦前後に出版されたセンカ紙の本のなかには珍重すべき内容のものがすくなくないが、そういう本がただ同様の値段で手にはいることがある。絶版の文庫本、訳者のちゃんとした珍書、奇書など、僕にとってあの均一本の山は魅力に充ちた漁場である。》

北園はかなりの古書通だった。「敗戦」とはっきり書いているところも気に入った。

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《僕はこれまでに丁度二十冊の詩集を出したことになるが、一冊も印税をもらったことがない。そしてその部数といえば百部から三百部止りのものであるが、売れるのはその半分にも充たないようである。にもかかはらず造本好きの出版屋の主人たちは二冊三冊と希望通りの詩集を出版してくれた。そういうわけで僕はこれまで、自分の詩集を自費で出したものは「鯤」という詩集が一冊あるだけである。これは詩人にとっては最上の幸運といってよいことかもしれない。そういうわけでボン書店、昭森社、国文社などにすくなからぬ損害をかけてきたわけである。》

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《今日僕の古い詩集を買をうとすると、十倍が百倍でも簡単に手に入らないそうである。そういうことを聞くとおかしくなったり、気の毒になったりもするが、商品にならない詩集を気前よく出版してくれた人々に対して少しばかり義理を済ませたような気がしないでもない。だが大いに儲けているのは中村書店くらいのもので新しい詩集を出してくれた人々ではないということは何とも皮肉な話である。》

図版として挿入したハヤカワ・ミステリ文庫のカバーは北園克衛のデザインである。金澤一志氏によれば

ハヤカワ・ミステリー文庫が創刊された1976年4月、クイーンの『十日間の不思議』『緋文字』『最後の女』またロアルド・ダール『あなたに似た人』ハリイ・ケメルマン『金曜日ラビは寝坊した』などのカバーがデザインされてから、以後亡くなるまでシリーズの多くを北園が手がけた。病床で最後まで作業していたのがハヤカワの仕事だったという。》(『SD』431号、二〇〇〇年八月号)

最近はブックオフでもほとんど見かけなくなったように思うが、北園克衛のもっともポピュラーな仕事であろう。発行部数も刷数も詩集とは比較にならない……改めて記すのもおこがましいか。

『EQMM』の北園克衛

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by sumus2013 | 2015-06-22 20:32 | 古書日録 | Comments(1)