林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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筑摩の内容見本拾遺

『書影の森 筑摩書房の装幀1940-2014』は現在印刷中。予約も順調に集まっているようである(まだの方はお早めに、割引については四月末締め切りです)。出来上がりは五月に入ってからになるようだ。書店に並ぶのは連休が明けてからかもしれない。今しばらくお待ちいただきたい。

ということで筑摩書房の内容見本、レイアウト終了後に届いたため残念ながら掲載できなかったもののうちからいくつか紹介しておく。

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井伏鱒二全集
1996.11.
タテ256ミリ 本文12頁



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リュミエール叢書
1989
タテ210ミリ 二折



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マラルメ全集
1988.12.
タテ256ミリ 観音折



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ちくま哲学の森
1989.9
タテ210ミリ 観音折



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ちくま文学の森完結ちらし


ちくま文学の森
1988
タテ210ミリ 巻三折


〈森〉への案内状
タテ210ミリ 表紙とも12頁


ついでと言っては失礼だがクラフト・エヴィング商會の紙モノを少々紹介しておく。

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クラフト・エヴィング商會展(一九九七年一二月一日〜二四日、INAXギャラリー2)の案内葉書とパンフ『INAX ART NEWS』180(INAX、一九九七年一二月、タテ210ミリ、巻三折)。プロフィールには吉田浩美・国谷千恵のユニットとして紹介されている。《制作は吉田浩美と国谷千恵のふたりを中心とした不定型のユニットによっておこなわれてきた。1994年に最初の展覧会「あるはずのない書物・あるはずのない断片」を開催》。以後の活動歴については「クラフト・エヴィング商會 profile」参照。

『moon shiner ムーン・シャイナー』月下密造通信号外版(クラフト・エヴィング商會、一九九八年末? タテ177ミリ、二折[下図は展開したところ])

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同じく『moon shiner ムーン・シャイナー』月下密造通信号外版(クラフト・エヴィング商會、二〇〇〇年末? タテ177ミリ、一枚)

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『ちくま』二〇〇一年一月号から連載された「ないもの、あります」は坂本真典の写真とともにいかにも新鮮だった。

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by sumus2013 | 2015-04-21 20:52 | 古書日録 | Comments(0)

PLEXUS

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パリの知人が送ってくれた『PLEXUS 11』(Publications L.P., 1967)。フランスのエロテッィク雑誌『プレクシュス』。この表紙はレオノール・フィニ。ジャック・ベルジェ(Jacques Bergier)とルイ・ポウェール(Louis Powert)が一九六一年に創刊した『プラネット PLANÈTE』(〜一九七二年)、これが成功した。調子にのった版元エディション・プラネット(Éditions Planète)が一九六六年に創刊したのがユーモアとセックの雑誌『PLEXSUS』。隔月刊で一九六七年には発禁処分を受けたりしながら七〇年七月まで続き都合三十七号を発行した。

誌名の『PLEXUS』は《神経や血管の叢(そう),網》の意味。また『PLANÈTE』の方はもちろん「惑星」(たぶん地球のことか)なのでこれらの雑誌は『ホールアース・カタログ』(一九六八年創刊)などと共鳴する志向があったのだろうと思う。インターネット時代の先取りということである。

本誌のエディトリアルを見るとやはりアメリカの同類雑誌とは類似するところもありながらはっきりと一線を画している。ちょっと頭でっかちな感じ。良く言えば哲学的か。とにかく表紙が印象的だ。下記サイトに多くの表紙画像が掲載されている。

Cover Your Plexus
http://50watts.com/Cover-Your-Plexus

『PLEXUS 11』にはクリカラモンモンの江戸っ子たちが登場。Akira Kasahara という署名記事。十月一日に東京で刺青をした江戸火消しの子孫たちが集まっているのを見た……というような内容で、全身刺青の老人たちの写真が八ページにわたって紹介されている。十月一日は「都民の日」だが、祭だろうか?

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***

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同じく
『PLEXUS 4』(Éditions Planète, 1966)、表紙はラビッス(Labisse)。こちらにはローラン・トポールの記事があった。「ローラン・トポールにおまかせ CARTE BLANCHE A ROLAND TOPOR)」と題してトポールがアイデアを出し写真家(Wolfgang Beer)がそれに沿って撮影した写真によるカリカチュア。

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「エロティスムの幽霊」「女、それは別もの…」などといちおうストーリイらしきものがあって、最後に「やれやれ、とにかく、人間である」というオチ。

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自分の乳首を見せながらみょうに嬉しそうなーラン・トポール



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by sumus2013 | 2015-04-20 20:56 | 古書日録 | Comments(0)

商売往来絵字引

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又玄斎南可『萬代珍寶商賣往來繪字引』(宝集堂)より巻頭口絵。本書に刊行年は記載されていないが、ネットで調べると一八六四年(元治一)のようである。早稲田大学図書館にも所蔵されておりネットから全頁閲覧できる(商売往来絵字引)。又玄斎南可(ゆうげんさいなんか)についてはよく分らない。幕末頃に活躍した著述家、画師(?)だったようだ。とりあえず以下のような書物を著している。

新編異国料理 又玄斎南可述 宝集堂 文久元年(1861)
道具字引図解 柳河春三 又玄斎南可 宝集堂 元治元年(1864)
江戸方角名所杖 初,2編 / 又玄斎 著図 ; 立斎広重 画 宝集堂, 慶応2[1866]
太閤記圖譜 ; (初)(ニ)(三)/大和屋喜兵衛 ; [出版年不明]

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《言語[ことば]ハ文字に形を成す。書亦変じて画(ゑ)にあらハれ。千代に八千代に礫石[さゞれいし]の。巖[いハほ]となりて苔むすまで。日の行駒[ゆくこま]に片時[へんし]もはなれず。士農工商日用の。言葉の文字に形を画[ゑが]き。令児愛娘[おこさんがた]の早解[はやわかり]。一寸画工[ちよつとぐわこう]の手を假[かり]て。商売往来絵字引成る
 又玄斎南可識

「君が代」の歌詞の一部が用いられているのが目を引く。古今和歌集巻七に「題しらず、よみ人しらず」として上がっている〈我君はちよにやちよにさゞれいしの巖と成りて苔のむすまで〉のもじりと思われる。古今集などの「我君〜」が古形だが一般には「君が代〜」として流布していたようだ。

商売人が覚えておくべき知識を絵入りで羅列した書物。たいへん面白い。当時の生活がよく分る貴重な記録である。商人向けだけに「遣之日記 やりのにつき」「証文 しやうもん」「注文 ちゆもん」「請取 うけとり」「質入 しちいれ」…などの単語から始まっているのも興が深い。

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薬種香具之類にかなりページを割いているのが目についた。

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図は引用しないが、魚類。筆頭は鯛。鯉、鮒、王余魚(かれい)、鱠残魚(きすご)、鱸(すずき)、鱧(はも)、鯵(あぢ)、まるがつお、あわび、きす、さば、いか、辛螺(ふし)、さざえ、蛸、くらげ、えび、牡蠣、蛤、馬刀(まて)、しじみ、鮎鰤(あゆきやう)、鮭塩引、干鱈、鯨之百品(くじらのひやくひろ)、するめ、塩鰤(しおぶり)、かつをぶし、鰯(いハし)、ひしこ……。鮪(まぐろ)が見えない。江戸時代には古名の「シビ」が「死日」に通じるとして嫌われたとも言い、保存の難しさから下魚として見向きもされなかったらしい。

巻末にも見開きの挿絵が掲載されている。繁昌している大店の日常の一コマという感じ。当時にあってはこれが商売人の理想像だったのであろう。

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中橋東中通下槙町大和屋喜兵衛板》としてあるので大和屋喜兵衛(江藤喜兵衛)がすなわち宝集堂であろう。店は日本橋通りに面していたようだ。




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by sumus2013 | 2015-04-19 21:09 | 古書日録 | Comments(0)

貸本の値段

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『怪傑探偵ルパン全集 第二巻 水晶の栓/怪紳士(下)』(平凡社、一九二九年五月一〇日)。先日の帰郷の折に同市内にお住まいのT氏をお訪ねする機会を得た。ちょうど四年ほど前に紹介した『香川県の古書店の歴史』の著者、そして牧野富太郎と平瀬與一郎関連資料を中心とした自然科学関係の一大コレクションを形成されておられる蒐集家である。短時間ではあったが、そのコレクションの一端を拝見して非常に勉強になった。例えば虫書(昆虫の本)にはライバルが多いことなど、あまり気にしていなかったが、やはりマニアの世界はいずこもキビしいようである。

また上記の香川県に加え、他の三県(高知県、徳島県、愛媛県)の古書店調査をまとめて『四国の古書店の歴史』を編んでおられ、プリントアウトした原稿を頂戴した。よく調べられておられる。こちらもかなりマニアックな分野だが、なんとか単行本として上梓されることを望みたい。そのとき、徳島に古書店がなくなったと聞いて驚いた(あじさい屋、吉田書店はネット販売のみで継続)。香川県でも実店舗を持つのは高松市に三軒のみとか(ブックオフは除く)。すなわち讃州堂、リバー書房、不二書房…(コメントいただいたように他にも新しい店ができているようです)。

その帰りがけにT氏がお土産にと持たせてくださったのがこのルパンだった。これは本としてはそう珍しくもなく、またかなり傷んでいるが(絵のモチーフにちょうどいい)、T氏が目を着けられたのはおそらく見返しに貼付されている(いた)貸本屋の値段票だったのだろうと思う。

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実際には値段票は剥がされていたが、剥がし跡からみてこの順番だったのではないか。最初は見返しに直に「一日四十銭」、その上に「一度借ハ五日以内/五日以上ハ/一日 五十銭増/五円五十」、そして三枚目(?)が「上級/一日五十銭」。昭和四年以降、いつごろの値段だろう。一日四十銭にせよ五十銭にせよ、昭和戦前と考えるとちと高いような気もする。敗戦直後あたり?

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by sumus2013 | 2015-04-18 21:00 | 古書日録 | Comments(2)

樹木/風船

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『樹木 高見順文学振興会会報』Vol.I(高見順文学振興会、一九八三年三月一〇日)。一目、ただならぬ表紙だと思った。目次に《表紙装幀 吉岡実/写真表紙・本文ー 今泉治身》とあって納得。写真とは思えなかったが、よく見ると砂の上に石ころや貝殻が置かれている(上の写真は表1と表4)。この雑誌については小林氏の解説に詳しいので参照されたし。

〈吉岡実〉の「本」(小林一郎 執筆)
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『樹木 高見順文学振興会会報』Vol.II(高見順文学振興会、一九八四年三月五日)。《写真表紙・本文ー 今泉治身》とのみ。吉岡実の名前は消えている。フォーマットは第一号と同じ。写真が変わり、高見順文学振興会会報の副題と号数表示が明朝体からゴシック体に変更されている。実質的に吉岡実の装幀とみなしていいだろう。小林氏の解題は以下の通り。

《樹木》第2号(1984年3月5日)には写真・題字・カットのクレジットしかなくて、「表紙装幀」がだれかわからない(創刊号を基に、編集部が行なったのだろうか)

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第二号に掲載されている吉岡のエッセイ「「受賞前後」の想い出」に付された写真。こちらに向かって歩いて来るのが吉岡本人である。吉岡の詩はスゴイ。そしてエッセイもいい。たいていの詩人はたいていの小説家よりもエッセイが上手だ。なかでも吉岡は特に上手いと思う。この一篇も高見順賞の受賞前後のことを貰い湯とからめて軽妙に描いている。

これらの刊行物を恵投下さった方が以下のような東京新聞のコラム「大波小波」(一九九六年七月二〇日付)があることも教えてくださった。「死児」というペンネームは吉岡のエッセイ集をもじっているのだろう。全集出すべし。

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ついでにもう一冊、壺井繁治詩集『風船』(筑摩書房、一九五七年六月二〇日)。こちらも詳しい書誌等は上記「〈吉岡実〉の「本」」を参照していただきたい。社内装幀の場合はあまり担当者の名前を出さない筑摩書房としては珍しく《装幀 吉岡実》と明記してある。

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扉絵および挿絵が小山田二郎。キョーレツな印象を受ける。ビュッフェやシュルレアリスムの影響を強く受けて、日本ではちょっと比類のない作家である。この本は著者の署名入り。献呈相手の松村外次郎は富山県砺波出身の彫刻家だろう。値段票を見て思い出した。昨年中野書店の目録で買ったのだった。



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by sumus2013 | 2015-04-17 21:06 | 古書日録 | Comments(2)

釜抜きうどん

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五日ほど帰郷しておりました。

贔屓にしていたうどんの六車(むぐるま)が再開しており喜ぶ。楽しみは釜抜きうどん。上のような状態でテーブルに運ばれて来る。それをよくかきまぜる(二枚目の写真)。ここに特製醤油を適量加えて食する。

六車うどん
https://plus.google.com/116590063879174422630/about?gl=jp&hl=ja


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by sumus2013 | 2015-04-16 15:04 | うどん県あれこれ | Comments(2)

岡上淑子「はるかな旅」

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LIBRAIRIE6 / シス書店


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by sumus2013 | 2015-04-11 20:15 | もよおしいろいろ | Comments(0)

日本名所図絵4

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上田維曉(文斎)著作・青木恒三郎校正『内国旅行日本名所図絵 巻之三 東海道之続 一名東京及近傍名所独案内』(嵩山堂、一八九四年三月一〇日再版発行)。

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上田維曉(文斎)著作・青木恒三郎校正『内国旅行日本名所図絵 巻之五 陸前・陸中・陸奥・北海道・北陸道之部』(嵩山堂、一八九四年三月一〇日再版)。

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上田維曉(文斎)著作・青木恒三郎校正『内国旅行日本名所図絵 巻之六 山陽道・山陰道之部』(嵩山堂、一九〇〇年四月一二日発行)。


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「神戸海岸之景」。解説文のごく一部を引用してみる。

《神戸は五港の第二、港湾兵庫に連絡し海岸常に数百の船、〓[木+危]檣[きしやう]輻輳林を為し神戸区人口惣計は、十二万三千五百余諸官衞商賈鱗比して、日を追て繁昌なり諸邦航海為す者を、列挙して左に詳す
 日本郵船会社、或は英国彼阿[ピーオー]会社、仏国エムエム会社 独逸ロヰト会社、加拿陀[カナダ]汽船会社、等の諸郵船にして大阪商船会社汽船、大阪より本港を経て、中国四国九州に至り日本郵船会社汽船、本港より横浜に至り、荻の濱を経て函館小樽若くば新潟伏木、等の諸港に赴き尚は、馬関長崎等を経て上海に航海する上海の「メール」と謂る者あり、又英仏独及加拿陀の諸郵船は皆その、本国の港より支那港、また横浜を経て本港に入り定期あつて、夫々指定地へ解纜す、
危楼の傑閣海に枕[のぞ]み、魚鱗の如きものは欧米人の旅館なり》

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上田維曉(文斎)著作・青木恒三郎校正『内国旅行日本名所図絵 巻之六 山陽道・山陰道之部』(嵩山堂、一九〇〇年四月一二日発行)。同じ巻之六でもこちらは表紙が異なっており、どうもこれは祇園祭りのように見えるのだが……それなら巻之一のはず。ま、祇園祭に似たお祭りは全国にありますから。

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上田維曉(文斎)著作・青木恒三郎校正『内国旅行日本名所図絵 巻之七 南海道・西海道之部』(嵩山堂、一九〇〇年八月二一日発行)。

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沖縄「首里城之景」がトリ。説明文のなかに魚釣島がないかと探してみたがどうやら出ていないようだ。

《本島の西に計羅摩島[けらまとう]、姑米島[くめしま]其他数島あり南部諸島は本島の、西南九十里の海上に羅列せる群島にて、台湾島を距[さ]ること二十五六里大小島嶼、二十を併せ先島[せんとう]といふ其中最大なる島は、宮古石垣入表等の三島にて入表島[いりおもてとう]は、西に位し宮古島[みやこじま]は東に位して石垣島[いしがきじま]は、其中間に峙[そばだ]てり

これにて内国旅行は終着である。台湾が併合されたのは明治二十八年(一八九五)で、本書の刊行時には日本の新領土と認識されていたはずだが、初版は明治二十三年だからまだ併合には至っていなかった。谷山春窓の七言絶句が巻末を飾る。

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by sumus2013 | 2015-04-11 16:27 | 古書日録 | Comments(0)

野呂邦暢古本屋写真集

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『野呂邦暢 古本屋写真集』(盛林堂書房、二〇一五年四月四日、デザイン=小山力也)届く。どうです、この表紙、素晴らしい。

『野呂邦暢古本屋写真展&ミニ古本市』!

いよいよ『野呂邦暢古本屋写真集』見本が

2/27「野呂邦暢古本屋写真集」編集制作中!

巻頭に「澄んだ日」という野呂邦暢のエッセイが置かれている。これが古本好きにはたまらない文章だ。

《それでも月に二回の休日にはせっせと早稲田界隈や中央線沿線の古本屋街をまわった。漁るのはおもに十円か二十円均一の箱である。文學界や新潮のバックナンバー、文庫本などが買えた。コーヒー一杯三十円であったと思う。》

《ある日曜日、私は中央線沿線の古本屋を東から西へ順に漁った。神保町の"らんぶる"で半日すごした後はたいてい軒なみに古本屋を訪れるのが日課だった。高円寺駅のすぐ近くにあるTという古本屋で、均一本の箱をかきまわしていると、一冊の本が目にとまった。新潮社の一時間双書である。朱色のジャケットをかけられたそれは、カミュのエッセイ集「結婚」だったと思う。書名を正確に記憶していないが、小説でなかったことは確かだ。なぜ心もとないかといえば、私はその書物を買わなかったからである。扉の裏に二行のエピグラフが引用してあった。ヘルダーリンの詩である。
 ーーしかし汝、汝は生れた
   澄んだ日の光のためにーー
 私はこの二行を頭に刻みこんでそっとページを閉じ、本を箱に戻した。》

古本屋巡りでときおり経験するような印象的なシーンである。《Tという古本屋》は都丸書店だろうか? ただしカミュ結婚のエピグラフはヘルダーリンの詩ではない。スタンダール『イタリア紀行 Chroniques italiennes』から「死刑執行人はキャラファ枢機卿の首を絞めた云々」(「パリアーノ侯爵夫人」より)である。というかそもそも「一時間双書」というものが存在しない。「一時間文庫」である。そして「一時間文庫」に入っているカミュは『夏』(一九五五年)。『夏』にはヘルダーリンのエピグラフがある(書影はネット上から拾ったものでエピグラフは確かめてないですが)。

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それはさておいて、この本に収められている古本屋の写真は一九七六年前後に野呂邦暢が撮影したものだそうだ。ということは小生が生まれて初めて神田や中央線沿線の古本屋を訪ねた時期に非常に近い。文庫川村のこの平台、はっきり記憶している。なんとも、かんとも、懐かしい光が射してくる。

《通りの途中にある「文庫川村」は、写真の中と寸分変らぬ姿で、営業している。ただ新しかった木戸枠や木製平台は、四十年の歳月を、その体にしっかりと刻み込み、黒ずんでいた。》(小山力也「野呂邦暢の視線を追跡して」)

今も変わってないのか……そう言えば神田もしばらく御無沙汰している。

「あとがき」は岡崎武志。そもそもこれらの写真を遺族から託されたのが岡崎氏だった。みすず書房刊『夕暮の緑の光』の編者を務めたことから菖蒲忌に招かれ、そこで野呂の実兄納所祥明さんから古本屋写真を見せられたという。岡崎氏は《わあ! と声を挙げて、私の目と手がそこに吸い寄せられたのは当然のことである》と書いている。後日、納所さんから古本屋写真が幾束か送られて来た。それらが五年の歳月を経て本写真集へと結実した。古本者の心が通う……まさにそういうことであろう。



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by sumus2013 | 2015-04-10 20:46 | おすすめ本棚 | Comments(0)

さまよえる古本屋

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須賀章雅『さまよえる古本屋もしくは古本屋症候群』(燃焼社、二〇一五年四月二五日)読了。《主にこの十年ほどの間に書いたさまざまな文章を集めて、二冊目となる本を編んでみました》(あとがき)とある通り、エッセイあり、日記あり、創作あり、マンガありと楽しめる内容だ。須賀氏は一九五七年北海道伊達市生まれ。中央大学文学部中退。八六年札幌にて古書須賀屋開店。九七年より通販専門に。二〇〇四年『彷書月刊』第四回古本小説大賞受賞。一二年『貧乏暇あり』(論創社)刊。

須雅屋の古本暗黒世界

《はるか昔、室蘭の高校生だった頃から、昭和の終盤に店を開き、その後、通販専門となって馬齢を重ね、平成の今日まで生き延びてきたある古本屋が見聞きした事柄や、すれ違った本、出会った人たち、そしてとりわけ凡夫自身の姿が、飛び飛びに描かれているのでは、と思います。》(あとがき)

冒頭に置かれている「古本屋症候群」が『北海道新聞』連載というだけあってよくまとまっており、つい引き込まれる。出久根達郎さんにもらった色紙(漱石を売る生業ぞ根深汁)を金策に困って売る話。目録に載せた田中英光の珍しい本に注文をくれる男(払いが遅い)が西村賢太だったこと。帯広の藤丸デパートの地下で福永武彦の第一詩集『ある青春』を捜す話。なないろ文庫ふしぎ堂・田村芳治さんのこと。寺山修司とフォークナーの贋サイン本。寺山は弟子に署名を書かせていたらしい(この話には納得)。ボードレールを買いに来てくれていた顧客が老齢でコレクションを手放した話。安部公房の『無名詩集』と『箱男』の真似をしようとして手を切った話。ジャズ喫茶〈ディディ Dee Dee)と『清水昶詩集』。高校の先輩である八木義徳について。

「ある翁のこと」は小林多喜二と交流していたという老人から蔵書を処分したいと電話がかかってくる話。

《結局、ある先輩古書店とノリ(共同)で老人の本を買い取り、古書業者のセリに出す仕儀となった。いったんセリに出品して売上は折半、自店向きの本があれば自分で入札して買うという方法だ。本を橇に載せて、雪の積もった狭い道を老人宅からトラックまで何十回と運ぶのは骨だった。
 落札した本を店で値付けする段になって愕然とした。開けど開けど、すべての本に赤線、黒線がこれでもかと引いてある。査定の折に手にした物には問題はなかった筈なのに、なぜか、ほとんど全部の本に筆圧強く線引きが入っていた。老人は古本屋にとって、あまりに勉強熱心な読書家であったのだ。》

本を橇に載せて》にはなるほどと頷いた。線引きや書き入れについては関西のある古本屋さんからも同じような話を聞いたことがある。その人はむろん買い取る前に気付いたわけだが、いい本があるのに惜しいと残念がっていた。

第四章「店を開いてから」に収められている「魔の永久運動 『彩色ある夢』をめぐって」は不思議な本との巡り合わせ。友人YからYが必死に探し求める石野重道『彩色ある夢』の探求を依頼された。

《Yの手前、送られて来る古書目録に目を通し、一応探すフリをしてはいたが、札幌ではムリと端から決めていた。
 ある正月のこと、雪の舞う中、Yを誘って知人の家へ遊びに行き、飲んでいた。しばらくしてもう一人、玄関でコートの雪を払いつつ、スーツケース片手にぬうっと客が入って来た。とりとめのない書物談義が続き、酔眼朦朧となった宴たけなわの頃、「二十年前に東京で」とスーツケースからその客が、ひょいと一冊取り出してみせた。摩訶不思議。装丁・稲垣足穂、序文・佐藤春夫、四六判のカバーも箱もないその本こそ『彩色ある夢』にちがいなかった。

こういうこと、あるんだねえ……。

岡崎武志氏に中村正常を出し抜かれた(というわけでもないか)話や、本を買い過ぎてつぶれた古本屋はないという先輩書林さんも登場。古本好きをクスと笑わせてくれる一冊である。

そうそう、須賀屋開店の写真が掲載されているのを見て思い出した。須賀屋さんのレッテルを持っている。おしゃれな、暗黒世界からはほど遠いデザインなのに意外な感を受ける。

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by sumus2013 | 2015-04-10 17:14 | おすすめ本棚 | Comments(2)