林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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古書店レッテル

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今年も一年ご愛読ありがとうございました。来年もせいぜい古本や美術のことについてこれまで以上に勝手気ままに書いて行こうと思っておりますのでよろしくお付き合い願えれば幸いです。

最近二人の古書店主より相次いで到来した古書店レッテルです。お楽しみください。

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***

そうそう『BOOK5』vol.15(トマソン社、二〇一四年一二月二二日)が届いていたのに紹介しそびれていた。なんとサッカー特集。友泉君らしくブッキシュな目線で新鮮な編集プレーを見せてくれている。連載どれも面白い。濵田研吾氏の「ほろにがの群像」続編がスタート!

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by sumus2013 | 2014-12-31 20:46 | 古書日録 | Comments(0)

日本古書目録大年表

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金沢文圃閣の古書目録『年ふりた……』18号(二〇一五年一月一日)および出版物の内容見本が届いた。アッと驚く『日本古書目録大年表』。三巻揃い64000円。さすが金沢文圃閣。

《明治から平成にかけて発行された、日本各地の古書目録、約一万冊へのレファレンスツール。》《古書目録には、名家・大収集家・碩学たちの貴重書・善本等古典籍の優品から内務省非納本出版物・五銭均一の赤本まで、あらゆる本がある。本の街・神保町、千代田図書館が所蔵するきわめて珍しい資料。》

日本古書目録大年表

千代田図書館での展示と催しについてはすでに紹介している。

古書目録のココが好き!~8人の達人が選ぶ、とっておきの一冊~

『年ふりた……』も『日本古書目録大年表』刊行にちなんでか古書目録がずらりと並ぶ稀有な(?)古書目録となっている。京都戦前の古書目録もかなり出ている……困った。

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by sumus2013 | 2014-12-31 20:30 | おすすめ本棚 | Comments(0)

かりそめの黄眠詩塾小史

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「かりそめの黄眠詩塾小史1」からめぼしい部分を抜書きしておく。

黄眠詩塾と命名される詩塾の開設は、その掟書が作成された昭和三年二月二十二日ということになろう。ちなみに書けば二月二十二日は日夏耿之介の誕生日であって、その著作の発行日に合せて印刷することも多く、黄眠会もこの日を選んで開催されたことが多い。

関川もまた北海道から日夏耿之介に憧れて早稲田の高等学院へ入って樋口教授(日夏)のゼミに加わった。『詩作ノート』の原崎俊一が一九〇〇年生まれなので関川は八歳年下になる。

《樋口教授の大学における講義は、しかし病気勝ちで休講が多く、卒論の指導に当っては、太田七郎をその代講に選ぶ方法によった。彼は人怖じする私に逆療法を用いて、事あるごとに私を連れて未知の会合に引っ張り出し、未だ敬遠する気持ちの強い黄眠草堂にも、押しかけるように口実を設けて訪問した。

関川は日夏の転居を二度手伝い(馬橋から阿佐ヶ谷六丁目、そして阿佐ヶ谷から天祖神社際)、その蔵書をつぶさに知る機会を得たという。

《太田七郎と玄関から奥の間まで足の踏み場もない蔵書を整理した。先生珍蔵の古版本また古写本について、太田七郎の生きた解説を受けるという、願ってもない幸運を感謝しつつ》

ただ黄眠詩塾には加わらなかった。なぜなら授業料が入学金のほか月二十円という高額で関川には高嶺の花だったという。詩塾とは別に面会日があり、そこには日夏を慕う多くの人々が訪れた。平井功もそのなかの最年少の一人だった。そこから「黄眠会」が発足した。

関川は《足で探す古本発掘の特殊能力》を認められ、ことあるごとに日夏の講演会や展覧会に同行した。佐藤春夫編集で日夏と中川一政が協力した『古東多卍』創刊の会合が本郷「鉢の木」で開かれたときにも出席した。それが上の写真である。雅博那(やぽんな)書房」の五十沢二郎や平井呈一の顔が見えるのもたいへん興味深い。

***

去る十二月十四日、松尾尊兊(たかよし)先生が亡くなられた。『sumus』そして『spin』も読んで下さっていた。とくに淀野隆三日記には興味を持っていただけたようで毎号感想の手紙を頂戴したし、重要な関連資料を教えてくださった。二、三度だけだが古本まつりで立ち話をさせていただいたこともある。もう何年も前になるが、たしか下鴨の納涼古本まつりのとき、三好達治の色紙を五百円だかで発見され、非常にうれしそうなご様子だったのが印象に残る。「詩集と言葉の使い方が少し違うようなんです!」とおっしゃっていた。先生の大正デモクラシー研究は不朽かも知れないが、個人的には本物の古本者がまた一人去ったことを深く嘆きたい。ご冥福をお祈りする。

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by sumus2013 | 2014-12-30 21:15 | 古書日録 | Comments(4)

鳩亭雜話

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『鳩亭雜話』第一号(鳩書房、一九八三年七月一日)、第二号(鳩書房、一九八四年二月二〇日)、第三号(鳩書房、一九八四年一一月三日)。

発行人は高橋弘、三鷹市下連雀二ノ五ノ一八。第一号の巻末に《開店以来、皆樣方のお陰をもちまして、無事に十年目を迎えることができました》《この度、弊店小誌「鳩亭雑話」を発行する運びとなり、一号より関川先生のご協力で「黄眠詩塾小史」を掲載することができました》とある。

第一号は関川左木夫「かりそめの黄眠詩塾小史1」および古書目録(『ヰルヤム・ブレイク書誌』800000、『雪国』(初版帯付極美、250000)など十七点掲載。題字は矢代和夫。表紙は局紙、本文鳥ノ子紙。五百部限定。頒価350円。タテ155ミリ。本文16頁。

第二号は関川左木夫「かりそめの黄眠詩塾小史2」のみ。表紙は雲芸紙、本文は埼玉県小川町細川紙。二百部限定。頒価350円。タテ155ミリ。本文16頁。

第三号は関川左木夫「かりそめの黄眠詩塾小史3」および矢代和夫「古典の里(1)梅を愛づる姫君」表紙は桐紙、本文鳥ノ子(白薄口)。250部限定。頒価1000円。タテ151ミリ。本文32頁。

この三冊をつい最近求めた。調べてみると第四号(一九八五年一〇月二五日)まで発行されたようだ。残念ながらそれは見当たらなかった。関川左木夫(1908-)は『本の美しさを求めて』(昭和出版、一九七九年)など著書も多いが、ウィキに記述がないので詳しくは不明。矢代和夫(1927-)は国文学者、東京都立大教授、中世文学専攻。

『全国古本屋地図』(日本古書通信社、一九七七年)によれば鳩書房の住所は下連雀四ノ二ノ三八で地図は下記の通り。

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『鳩亭雜話』に記載されている住所、下連雀二ノ五ノ一八は、この地図より三百メートルほど東、三鷹市立第四小学校の手前になるようだ。ジブリ美術館も近い。

なお『全国古書籍商組合連合会会員名簿』(一九八七年四月一日)に掲載されている住所は杉並区下高井戸2−26−2。これは現在も鳩書房で検索するとヒットする。

内容については明日。


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by sumus2013 | 2014-12-29 20:40 | 古書日録 | Comments(0)

原崎俊一『詩作ノート』3

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原崎俊一『詩作ノート』(東京美術、二〇〇五年)に掲載されている日夏耿之介から原崎に宛てた葉書。昭和五年八月。北軽井沢の法政大学村妹尾別荘から出したもので、《秋から小生干係ノ雑誌が二つ出きて、最近の詩稿がおありでしたら数篇送つてよこして下さい。》と原稿を求める内容。

原崎の志太中学校時代の教え子に小川国夫がいることは(1)でご子息のメールにもあった通り。小川は「日夏耿之介全集月報」(第五巻、一九七三年九月)において原崎について書いており、それは本書にも複製されているので部分的に引用しておく。

《舊制中學の先生に原崎俊一という方がいて、彼が早稲田大學で日夏の教えを受け、師に深く傾倒していたからだ。私は原崎氏の文學談が好きだったし、特に詩の話が好きだったから、彼から日夏のことをよく聞いた。彼は、中學生だった私にそう噛みくだいた話をしなくて、自分が話したいままに話した。だからその内容はむつかし過ぎたけれど、いわば、日夏耿之介そのものが少年だった私に感じられるふうだった。》

《きっと早稲田大學の學生だった原崎氏が日夏の講義によって知ったころであろうが、彼の語るブラウニングやダンテ・ガブリエル・ロゼッティが、急に身近に感じられた。特に後者については、原崎氏が卒業論文に書いて日夏に提出したということで、話もくわしくしてくれたので、私は惹かれ、或る程度のことをおぼえたのだった。
 第二に、日夏自身の詩について思い返して見ると、その意味は充分に汲めなかったとはいえ、少年の私にも納得できる多くのことがあるように思えた。というのは、原崎氏自身が詩を書いていたが、それがよく解る氣がしたので、いわば、自然にその讀み方を延長して、日夏を讀んでいたからだ。》

また『藤枝文学舎ニュース』56号(藤枝文学を育てる会、二〇〇六年四月一日)の「くにおの談話室」というインタヴュー記事でも小川は原崎のことを懐かしく回顧している(同ニュースには『詩作ノート』の紹介文も掲載されている)。

志太中学のときに、原崎という先生がいたんだ。藤枝駅の近所にお住まいだった。原崎という先生は英語の先生で、ヨーロッパの知識がかなりあったんだよ。その頃、僕が志太中の頃は、世の中戦争一色でしょ。ヨーロッパかぶれの話なんかしていると、何んだあいつは、って言われちゃう時代だった。原崎さんもそういう世の中って寂しかったでしょうね。それで、お前に話せば少しは解るだろうって感じで、僕をとっつかまえてしきりと喋って来るんだよ。

《原崎先生が、どういうものをくれたかというと、彼は、早稲田大学の時に一生懸命勉強した知識を、藤枝なんかに来て披露する場がなかった。だから放課後とか通学の道々とかで僕と会うと、仕切り[ママ]と話をしてくれた。彼の専門はイギリスの詩だからね、名前だけ挙げると、マシュー・アーノルドという詩人。それとイギリス人で、詩人で絵描きのロゼッティ。その人は成功した。》

《黒海のほとりに住む人の哀しみ、悲恋、とかそういうのです。その哀しみの涙が溶けていて、その波になって寄せる、海水にも少し入っている、っていうような詩で、ロマンチックもいいとこだけど、原崎先生がいたく感動していてね。普通の人だったらついていけないかもしれないよ。悲恋の涙が黒海に溶け込んでいく、なんて原崎さんがのめり込んで言うからね。僕は、はあって聞いているんだ。

《その原崎先生の西洋に対する憧れがドッと出たのは映画です。彼は早稲田大学に進んだときに、映画監督になりたくて、松竹、蒲田に行ったそうです。映画監督になりたいって撮影所の門を叩いた。でも昔はみんなコネで採用したでしょ。早稲田大学の学生だって行って、僕を採用して下さいと言ってもだめですよ。彼は藤枝の青島では名家だけどね。粘って、毎日通うとかね、すればだけど。でも、いかに自分が映画に打ち込んでいたかということを言うんだ。原崎先生が挙げた映画の題名とか、僕はよく覚えているよ。みんなをあっと驚かせた映画『イントレランス』。それからアベル・ガンス監督の『鉄路の白バラ』[鉄路の白薔薇、一九二三]。僕は見たこと無い映画だよ。》

《とにかく原崎先生はすごかったよ。》

(2)で触れた「恐ろしい日々」は小川が語る映画への情熱と関係しているのだろうか。年譜によれば、昭和五年三月に早稲田を卒業し、昭和六年五月に横須賀商業学校に赴任している、ということは一年間の彷徨時代があったと考えてもいいのかもしれない?






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by sumus2013 | 2014-12-28 19:54 | 古書日録 | Comments(0)

梓会出版文化賞第30回記念特別賞

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一昨日以下のようなメールが届いた。めでたい。


《各位
■ご報告
「梓会出版文化賞第30回記念特別賞」の受賞が決まりました。創業18年目にして、賞と名のつくものを戴くのは初めてです。小社の賞罰連戦連敗記録の終結と広島カープの優勝、どちらが先に来るか? と言うてたのですが……。

対象期間内の刊行物で選考基準として提出したのは以下4点です。全国離島振興協議会・日本離島センター関係の書籍が4点中3点を占めます。なかなかに誰も見向きもしない離島振興に関わる仕事を評価して戴けたのは有難いことです。

「島―瀬戸内海をあるく 第3集 2007-2008」 

「馬毛島・青ガ島のその後/離島と観光の問題 宮本常一離島論集第4巻」

「利尻島見聞/離島振興の諸問題 宮本常一離島論集第3巻」

「神戸市戦災焼失区域図復刻版」


補足しておくと、みずのわ出版そのものが対象ではないにしても、季村敏夫『山上の蜘蛛 神戸モダニズムと海港都市ノート』(みずのわ出版、二〇〇九年)は第十二回小野十三郎賞特別賞を受賞している。



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by sumus2013 | 2014-12-28 14:29 | 装幀=林哲夫 | Comments(0)

原崎俊一『詩作ノート』2

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原崎俊一『詩作ノート』に掲載されている「詩作ノート」原本の写真。記載の年月日がはっきりしないものが多いが、どうやらおおよそ戦後のもののようである。二十歳の頃のノートや三十の頃のノートから書き写したと断り書きのある作品も見える。

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活字になったものに更に修正が施される例も多い。大方の切り抜きには初出が明記されていないが、例外的に上の原稿には《一九四七年三月》という文字が読み取れ、印刷された作品切り抜きの方には《23・3・13日》とある。

同じくスクラップされている『焼津高等学校新聞』(昭和三十八年七月)に掲載されたエッセイ「わが青春を語る」では詩との関わりを以下のように回想している。中学卒業は大正八年。

《私は早稲田の大学予科に入ることにした。
中学の終り頃であったか、詩人の日夏先生が「中央公論」に極く稀に書いていた。とてもよくは解らないものであったが何かしら「宿世の縁」とでもいったような親しいものを身内に感じていた。そういうものがあって、私を先生のいる大学の方へと何となく引きよせたように思う、父は、とりえのない平凡鈍才の私に、商科へでも進むように考えていたが、そこでは、私は自分を何か場違いの異邦人のように感じられて、いつとはなしに、殆ど父の了解も得ないで文学部へ移ってしまった。そこで、ようやく水の中に入れられた魚のような心持がしが、そこで一生懸命に文学を勉強したかといえば、およそ実際はその反対であった。》

兄(俊一)が文学へ進み弟も哲学を勉強すると言い出して父親を困惑させたようだ。結局は許してもらっている。また肺尖がおかしいという診断を受け郷里で療養する日が続いたこともあった。そのとき「自然」への傾倒を深く醒まされた。

《思えばこの時期は、その後間もなく私の陥った、まるで狂気の縁(へり)を這ってゆくような想念に到った恐ろしい日々の前にあった、詩と憂鬱に満ちた穏かな青春の一時期であったーー

とここでエッセイは終わっており「恐ろしい日々」がどういうものであったかは分らない。詩句を読み込めば少しは窺うことができるかもしれないと思うが。



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by sumus2013 | 2014-12-27 20:50 | 古書日録 | Comments(0)

歳末古書ノ市

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梅田へ。息子の勤める会社のファミリーデーに顔を出す。その前に阪神百貨店の歳末古書ノ市をのぞく。ダンデライオン中村氏と駒鳥文庫さんと少し立ち話。人出は多かった。ざっと見渡して臼井喜之介詩集『望南記』(昭森社、一九四四年六月二〇日、装画=天野隆一)を求める。持っているかもしれないと思いつつ。

その後、かっぱ横丁を通り抜ける。リーチに有元利夫の小さな銅版画が二点並んでいた。梁山泊はうかつにも素通りしてしまった。オープン間もない(?)「オリエントハウス萬字屋」には美術展カタログがたくさん積み上げてある。

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会社訪問の後は梅田ロフトの隣の丸善・ジュンク堂を、やはり初めてのぞいて、のぞいただけで帰宅。


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by sumus2013 | 2014-12-26 21:02 | 古書日録 | Comments(0)

原崎俊一『詩作ノート』

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二〇一二年三月に『詩囚』という日夏耿之介を指導者とした早稲田系の同人雑誌を紹介した。

詩囚

『詩囚』同人の筆頭に挙がっている原崎俊一、その原崎氏のご子息がこの記事を読んでくださったようで、次のようなメールを頂戴した。

私は詩囚の同人であった原崎俊一の次男です。
 父は故郷では高校の教員としても多くの若者を育てましたが、作家小川国夫氏の旧制中学である志太中時代の学級担任として、西洋の文学、映画、ギリシャ文化やキリスト教文化などについて機会あるごとに包括的に深く語り続け、大きな文学的な影響を与えた人物といわれています。というよりも、結果的には影響を与えたのでしょうが、他に語る相手や場所のない自分の専門領域である文学を小川国夫氏を相手に無意識に語っていたという方が正しいのではないでしょうか。ときどき我が家を訪ねてきた小川国夫氏自身から直接お話をうかがったことがありますが、多感な時代にであった西洋文化の香りを放つはじめての文学者だったそうです。小川氏も当時を懐かしんで、父とのエピソードをいろいろなところで語ってくれています。

詩囚についても、私が中学生の頃に、父の本箱から数冊見つけて読んだ覚えがあります。一度、資料箱のなかを探して見ようと思います。詩囚という題名や表紙絵に強い印象を覚えていたので、林氏のブログで出会った時にはとても驚きなつかしく感じました。

以上の他にもいろいろとお教えいただいたのだが、さらに父上の遺品ノートの複製を中心としてご子息お二人によって編輯された『詩作ノート』(東京美術、二〇〇五年一一月一一日)のご恵贈に与った。深謝申し上げる。本書からまず原崎俊一氏の略歴を少しはしょって引用しておく。

明治33年11月11日 福岡県福岡市にて出生
大正8年  旧制静岡中学校(現静岡県立静岡高等学校)卒業
大正13年 早稲田大学附属第二高等学院卒業
昭和5年  早稲田大学文学部文学科英文学専攻卒業
昭和6年  神奈川県横須賀商業学校(現横須賀総合高校)教諭赴任
昭和13年 沼津高等女学校教諭赴任
昭和16年 藤枝高等女学校教諭赴任
昭和17年 志太中学校(現藤枝東高等学校)教諭赴任
昭和23年 藤枝東高等学校教諭・校長代理就任
昭和33年 藤枝東高等学校教頭就任
昭和37年 退職
昭和38〜42年 焼津高等学校講師
昭和39〜40年 藤枝南女子高等学校講師
昭和60年6月9日 死去

ノートの内容は明日以降に紹介するが、『詩囚』第一年第一輯に掲載されている原崎俊一の詩を見ていただこう。これは巻頭に置かれた日夏耿之介作品の次、同人として最初に掲載されている。

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by sumus2013 | 2014-12-25 21:05 | 古書日録 | Comments(0)

舊即是新

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台湾通の牧野氏より「舊即是新 舊書店3.0時代來臨」という台湾の古本屋を特集した雑誌記事を頂戴した。深謝です。3.0時代というのはWeb3.0という意味か(「クラウド」と「メタデータ」の時代ということのようだ)。要するに台北の古本屋事情。《於是, 在面積恐不及3平方公里的公館、師大商圏裡, 擠進了将近20家二手書店》。

台北古書界の戦後略史が掲載されているので何かの参考に写しておく。

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『二手書店的旅行』

『装幀台湾』

『女給時代 1930年代台湾的珈琲店文化』


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by sumus2013 | 2014-12-25 21:04 | 古書日録 | Comments(0)