林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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ぼくの青山光二

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『月の輪書林古書目録十七 宙ぶらりんがすきだ 特集・ぼくの青山光二』なんとか目録のところは目を通した。けっこう紙切れを貼ってしまったが、これを注文するというわけではない。注文できたらいいなと思うのである。

個人的に気になるタイトルをいくつか挙げてみると、まず世界文学社の柴野方彦関連書および書簡類は気になる。白崎禮三詩集』(富士正晴、一九七二年)が二冊も出品されている。銀座茶房きゅうぺる関連の資料がいくつか。昭和三十年代、きゅうぺるで開催された何かの会の芳名帖二冊(仏文関係の出席者が多数を占める)。月の輪書林古書目録一号から八号まで。小生、一号は誰か別の人からそのコピー(のコピー)をもらった記憶があるが、まだ在庫していたのか。全集未収録の織田作之助書簡(青山光二宛)。寺島珠雄の自筆書簡(高橋徹宛!)に『低人通信』(寺島珠雄個人通信)。他に青山は杉山平一さんに著書を送っていたらしく、杉山さんの礼状がかなりの数収録されている。葉書では野口冨士男も目につくが、保昌正夫先生のものもあった。珍しいところでは谷長茂(高桐書院の編集者だったこともあり淀野隆三と親しい人物)の葉書も。そうそう、洲之内徹関連もシブい並び。こうやってみると、本て安いよねえ…と思ってしまう。でもそうそうは買えないのが哀しい。

エピローグとして掲載されている昭和二十一年九月頃の織田作之助から青山へ宛てた手紙が素晴らしい。一部引用しておく。

 《君の(今までもそうだが)文学評の中には、文壇遊泳といっては語弊があるが、何かかうすると損だとか得だとか文壇戦術みたいなもの(東京の若い作家たちもそんなこと言ってるのだらうと思ふが)が多すぎるのではないかといふ気がするのだ。つまり、作品の制作面よりも企画面を大事にしてゐるのではないか。ぼくは田舎ものでそんなことわからず、昔から(戦時中はことに)それでいはば損をして来たやうだが、今も流行の左翼に便乗できないし、あらゆる会へはいらない男だし、損と判っても、平気でやる男だ。これはぼくの宿命で、且つまた東京を気にすることはするが、肚の底ではなめてゐるので、吉村正一郎にはこれがある。矢吹氏はまだ利口だ。ぼくは阿呆だから、せめて作品で勝負するだけだ。これはぼくの信念だから変わらない。
 ぼくはフランス語を勉強するよ。
 そして、日本人はたいてい、自分で考へるのは面倒くさいので、他人の頭を借りて考へるから、ぼくは自分の頭で考へる。資本論もよまない左翼もをかしいぢゃないか。それがウヨウヨゐる。

引用最後のところ、自分の頭で考えるなら資本論は読まなくていいという結論にならないところがミソであろう。織田作之助、もっと生きていて欲しかった。


月の輪書林
http://www.nanbu-kosho.com/15111.html




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by sumus2013 | 2014-11-30 20:39 | おすすめ本棚 | Comments(0)

其中堂発売書目

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ひょっとして一年振り?(百窓市の帰途立ち寄ったのが昨年の十一月)の街の草さん。今、ちょっと探し物をしているため、主にその目線で本棚をくまなく捜索した。と言っても本棚の前には堆く本が積み上げられているので、すべてを見るためには丸一日はかかりそうだ。それは断念。探求書以外にも欲しい本がいっぱいで困った。ガマンです。月の輪書林目録についてあれこれ。結論は「凄すぎるよね」。

探求書数冊を含めごく安いものばかり買い込んだが、そのなかに貴重な一冊が紛れ込んでいた。珍しくもない詩集で、こちらは何気なく拾ったつもりだったが、街の草主人がレジで「これはねえ……さんの蔵書だったんよ」と言い出すではないか。その証拠に「ほら」葉書が挟んである。書き入れも。少し前に亡くなった方だが、ということは蔵書が市場に出たということである。

それはおまけの福がついたようなもの。小生がこれはいいものを買わせてもらったと思ったのはこちら。『其中堂発売書目』(明治三十七年一月一日、編集兼発行者=名古屋市門前町十七番戸 三浦兼助)。京都の其中堂さんは以前紹介したことがある。

其中堂

其中堂は毎年正月に分厚い目録を発行したということだが、こちらもたしかに正月発行だ。出版部門と古書部門を備えていた。この当時は『縮刷大般若経』を刊行中。

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巻頭に主人の肖像、店頭風景などの写真、その裏面に名古屋の地図が刷り込まれている。赤印が店の位置(むろんこれは小生が付けたもの。オリジナルは黒丸です)。

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これらの告知を読むにつけ三浦兼助さん、なかなかの御仁だなあと感服せざるを得ない。「廃物利用(古本ニ就テ)」という買取りの効用を数え上げた文章も面白いが、実際の買取について具体的に書いてある部分を少し引用してみよう。

《御払物 横文字と小説物を除くの外は、どんな品でも、本でさえ有らば非常高価に、買入るる、沢山有る程なをよく買ふ●払物は古物条例に依るは勿論なれども、都(すべ)て世間へは内々に取り扱ふをよしとす、売買(ばいかい)は金額の多少に拘らず、取引ば現金取引とす●市内は御一報次第出張して買受る●遠隔の地は詳細なる目録送付にならば、一々に評価して回答すべし二十里以内にして、見込金高三十円以上有る時は出張す●金高の見込たゝざる時は、冊数か、目方か、何(いづ)れなりとも、大略を報知あるべし●旅費は売買の出来ざる時に限り、実費の半額を請求すべし●御払物非常に多く、見込金高百円以上なる時は、自費を以て出張す●東京へは年内二度、京都へは六度、定期往復すれば、其最寄の方へは、其便を以て推参すべし●他の払物の御周旋施被下候方へは、応分の謝義をなすべし●古本に就ての照会は郵税封入か、又は往復葉書に限る。

なお「古本」にはおおよそ「コホン」とルビが振られている。「フルホン」は一箇所だけ。コホンヤ(古本屋)とも。書籍は「シヨセキ」。



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by sumus2013 | 2014-11-29 20:53 | 古書日録 | Comments(0)

わが風土抄

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川崎彰彦『わが風土抄」(編集工房ノア、一九七五年二月二五日、装釘・装画=粟津謙太郎)をある方より頂戴した。『脈』80号(脈発行所、二〇一四年五月一〇日)を読んで下さったようで有り難いことである。この本は編集工房ノアが現在地(大阪市北区中津)ではなく住吉区長居町東にあった頃の刊行物である。念のために編集工房ノア略年表をひもといてみたところ、創業は一九七五年九月二一日、株式会社編集工房ノアとして登記したのは同年十一月二十八日となっている。ということはノアの正式な出帆以前の一冊ということになる。

本書は川崎彰彦の「夢十夜」と言うのか、「ねじ式」と言うべきか、夢魔に憑かれたかのような(ヌーヴォー・ロマンと比較してもいいかもしれない)作品集である。たとえばこんなふうな……。

《私は欲望の促しのままに、ある種の店を求めて、街はずれへ街はずれへと足を運んでいた。その種の店は街はずれにしかないと見当をつけていた。
 神社を匿しているらしい大きな森ぞいの道へ出ていた。道路は薄暗く、湿っぽい。まるで雨後のようだった。道の片側に古本の棚が傾がっている。露天の本屋なのだろうか。三個か四個もある木の棚には、さまざまな本や雑誌がサイズもたてよこも不ぞろいに乱雑に突っ込まれていて、一部は地面に落ちこぼれているのだが、そのままにしてあった。だれも番をしていない。雨ざらしなので、書籍たちは湿気を孕んで白くむくみ、波うっていた。簡易字引や実用英会話などを詰め込んだ棚の前に立っていると、
「いちばん気にいったの一冊だけ買ってあげる」
 という声がした。上唇のまくれた、刈り上げ髪の少女が立っていた。こどもっぽい顔立ちなのに、からだのほうは目を見張るほど発育がいい。数年前に二度ほど会った少女とわかった。高校生になっているようだ。私は、なつかしいような、ものがなしいような感慨にとらわれていた。
「いっしょにどこかへ行ったことおぼえてる?」
 と少女が言った。「どこか」というのは東京らしくもあったが、私の脳裡には函館の大町の電停付近を連れ立って歩いている残像が描かれていた。右手にはニセアカシアの並木に縁どられた石畳の坂道がはるか上のほうまで続いている。》(「少女」)

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あるいはこんなところも妙にリアルな白昼夢だ。

《ほかにだれかと待ち合わせがあって喫茶店にはいってゆくと、奥のテーブルに若い男の知人が二人、別々のテーブルに離れあって会話していた。空席になっている椅子は私と約束した女がトイレに立ったあとらしく思えた。私のすくった魚がすぐ食べれるようになったのは、だれか猫のような協力者がいるのにちがいない、と一人がいっている。女がトイレから帰ってきたら、そのことがばれてしまってぐわいがわるい、と私は思った。
 さっき壁とのあいだをすりぬけてきたカウンターにも知り合いの若い男女がすわっていて、私と真向かいに顔が合うかたちなっている。みょうに白茶けた顔をしているが知人にはちがいない。女のほうが、しばしばスタンドからころげ落ちて、床にひざや手をつくのだが、男のほうは知らん顔している。ことによると男が他人にはみえないように女の腰のあたりを押して、突き落としているのかもしれない。あまりよいことではない、としだいに不愉快になってきた。
 私の連れの女はトイレから帰ってこないし、ウェイトレスも注文を聞きにこない。》(「釣堀」)

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粟津作の銅版画挿絵が八点。これらがまた迫力である。駒井哲郎にもこの種の作品群があるが(埴谷雄高の挿絵など)、もっと生な感じの欲望がひしひしと伝わってくる。


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by sumus2013 | 2014-11-28 20:51 | 古書日録 | Comments(0)

風が立った…

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今月十五日に取り上げたヴァレリー「海辺の墓地」について補足。

風が起る!

本日届いた森井書店の目録56号「堀家旧蔵書籍稀少資料入荷」、これはちょっと凄い。凄すぎて口を開けて眺めるだけだが、そのなかに『堀辰雄詩集』(山本書店、一九四〇年)限定百八十部のうちB版限定百五十部の一冊が挙がっていた。ペンで「風が立った…生きなければならぬ」としたためられた図版が出ていてオッと思った。それだけのことです。


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by sumus2013 | 2014-11-28 19:53 | 古書日録 | Comments(0)

古本屋の窓から

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『しんぶん赤旗』随時連載中の狩野俊「古本屋の窓から 囲炉裏で暖を取る」に挿絵を提供させてもらった。漱石の縮刷本ばかり。


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by sumus2013 | 2014-11-28 19:23 | 画家=林哲夫 | Comments(0)

LA PRINCESSE ANGINE

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ローラン・トポール『王女アンジーヌ LA PRINCESSE ANGINE』(BUCHET/CHASTEL, 1967)を読了。六月にサンシュルピスの古本市で求めたうちの一冊。

PANIC BY TOPOR

TOPOR

トポールらしいというのか不条理なおとぎばなし(あ、おとぎばなしは元から不条理だった)。アリスとユビュ王と星の王子様などをつい連想してしまうものの、いずれとも似ても似つかぬ、やりきれない感じ(その点では『ユビュ王』にもっとも近い)は幾分かは六〇年代後半という時代の投影でもあろうか。

王女アンジーヌは十歳ほどの美少女。飲んだくれのヴィタミン公爵とともに象の恰好をしたキャンピング・トラックに乗って逃亡している。ジョナタンという若い男がその仲間へ加わってハチャメチャな道中が始まる、というか続いて行く。象車には王家の宝物を積み込んでいるはずなのだが、それがどこにあるのか分らない。宝物を狙う魔女や髭の兄弟たち。ラストシーンはちょっと納得できないが(トポールの小説の結末はどれとして理性的に納得できるものではないにしても)、たぶんアンジーヌこそが宝だったと言いたいのだろうか(?)。とにかく逃亡がテーマである。トポールの少年時代のオブセッションだ。

ファンタスティックというか珍妙なデッサンが二十六点添えられている。

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そしてアンジーヌがタイプライターで描いた絵(un tableau)がこちら。

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上から順番に空、海、波、泡、砂という単語が並んでいる。コンクリート・ポエトリーみたいなもの(じゃないか?)。この紙切れを見せられたジョナタンは感嘆する。それに対するアンジーヌの答がなんとも皮肉。

ーーすごいじゃないか、君にこんな才能があるとは知らなかった。
 ーー私はね、王様の友達だった美術評論家のせいで絵筆を捨てたのよ。あの人は教養があって、誠実だったわ。でもね、絵描きたちが彼に示す無関心に苦しんでいたの。誰も彼のことを真面目に取らなかったのよ。誰一人彼の記事を読まなかったし、オープニング・パーテイにも招待しなかったの。そして最後通告とも言えるあるマニフェストを計画したのよ。ガゼット紙の発売された日、その評論家は自分の書いた記事について意見を聞くため画家たちのアトリエを次々に巡ったの。なんてこと! 誰もそれを読んでなかったし、読みたくもなかったのよ。酷い運命のいたずらね、信じられる、一人として彼についての意見を変えることはなかったの。ほんの少しでも意見が変るのを絵描きたちはとても気にしていたわね。絶望した批評家はローラー車を運転して逃げ出しちゃった。こう叫んでた、「アンチ彫刻を作るぞ〜」って。
 ーー話がよく分らないけど、なにか教訓があるのかい?
 ーーいくつかね。教訓(モラル)って、単数形では、けっきょく不道徳(イモラル、猥褻)なものよ。
 ーーそれはともかく、彼は君に文学を残してくれたんだね!
 ーーええ、まあ…》(拙訳)

この諧謔、よほどトポールも評論家には苦しめられたに違いない。



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by sumus2013 | 2014-11-27 21:29 | 古書日録 | Comments(0)

宮本常一の風景をあるく 周防大島東和

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宮本常一の風景をあるく 周防大島東和
2014年12月15日発行

著者 周防大島文化交流センター
写真 宮本常一
装幀 林 哲夫

発行所 みずのわ出版
http://www.mizunowa.com
210×148mm

上はカバー。写真はもちろん宮本常一による。

《ハシケ。島まわりの定期船が浦々をめぐり、港の小さなところでは木造の伝馬船が陸と沖の船をつないだ。大島の北岸を巡る定期船に乗船し、故郷をあとにする人たちでハシケはいっぱい。自動車はまだ普及しておらず、島内の道路網も整備されていなかった昭和30年代には船が主な移動手段で、特に島の東部の人たちは本土へ渡る際には、このような島回りの船を利用することが多かったという。》

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こちらが表紙(表1)。宮本の写真をクローズアップして使っているが、あえて文字を入れなかった。元の構図は下のようなものである。たこつぼの修繕をしている人物。佐連。昭和三十八年十月十九日。

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宮本常一が撮った島の生活や風景がみっしり詰まった本。小生も讃岐の海岸近くで昭和三十年代から四十年代にかけて育った。子どもの頃にこんな風景の中を歩いていたのだと思うと、不思議な気持ちになる。瀬戸内の島がブームらしいが、この写真の景色がそのまま残っていればどんなにか素晴らしいだろうと思う。不便は不便だろうけど……。


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by sumus2013 | 2014-11-27 20:14 | 装幀=林哲夫 | Comments(0)

追悼松本八郎

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紹介するのが遅くなったが、先頃矢部登さんより『追悼松本八郎』(矢部登、二〇一四年霜月)が届いた。中尾務「さいなら」、矢部登「松本さんの顎鬚」、サンパン総目次1983-2008(附)EDI本書目、に加えて松本さんの文章リストも掲載されている。目下のところ松本八郎のウィキはないようなので(はてなキーワードにはあがっている)矢部さんの掲載しておられる略歴を引き写しておく。武蔵美では産業デザイン学科卒。日本出版学会、日本印刷学会、日本図書設計家協会の会員だった。

《松本八郎(まつもと・はちろう)
 一九四二年、大阪に生まれる。武蔵野美術大学卒業後、誠文堂新光社、武蔵野美術大学、大日本印刷CDCなどをへて、一九七一年、エディトリアルデザイン研究所を設立。一九八三年に出版部門を開設し、読書マガジン「〓[舟山]板(サンパン)」を編集発行する。二〇〇〇年、出版部門をEDI(イー・ディー・アイ)とし、EDI叢書、EDIアルヒーフなどのシリーズや単行本を発行。多摩美術大学の教員を務める。二〇一四年九月十九日逝去。
 著書に『カラー製版指定ルールブック』(印刷学会出版部・一九八四)、『エディトリアルデザイン事始』(朗文堂・一九八九)、『加能作次郎三冊の遺著』(スムース文庫・二〇〇五)など。
 『エディトリアルデザイン事始』には、造本装幀・須川誠一、須川製本所制作による上製特装本、函入り、荒田秀也画の蔵書票付、限定三十部、記番、夫婦函おさめがある。

矢部さんの随筆の冒頭に松本さんの一面がみごとに描きだされている。権之助坂上の古本屋は弘南堂書店。

《松本さんは速足であるく。
 面影橋の事務所をでてのかえり道、駅前の喫茶店にいきましょう、と。
 その足のはやいこと。ついてゆくのがやっと。わたしはのんびりだから。
 秋のある日、電話があって、目黒の美術館でルリユールの展覧会をやっているからと、ご一緒したときも、待合わせた目黒駅から小走りになる。くだり坂だからよけいはやい。かえりに、権之助坂上の古本屋にはいると、五木寛之さんがいた。むろんこちらを知るよしもない。ちょうどそのとき、雷鳴が轟き、大粒の雨がふりだした。ふたりして駆足で駅にむかったのをおぼえている。
 松本さんは仕事もはやく、気がはやい。けれども、せっかちではなく、じっくりみすえていたように思う。本も人も。》


矢部さんのリストにもれていて、小生の手許にある資料を二点掲げておく。ひとつは上の写真中央の大判の刷り物『「純粋造本」研究会(仮称)』ニューズ・レター。001〜004が一枚の紙の裏表に刷られている。これは多分小生が松本さんと連絡を取り始めた最初の頃に頂戴したものだと思う。同封されていた手紙をスキャンしておいた。読めると思うが、先ずEDIアルヒーフの一冊を注文した、その後、当時小生が編集していた同人誌『ARE』を送った、その返答に違いない。


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もう一点は『文字百景』(朗文堂)。033、039、041(一九九六〜九七)に「いま再び「理想の書物」を求めて」というウィリム・モリスの遺跡を訪ねた紀行文を寄稿している。今、この現物を見て思い出した。松本さんが送ってくれたこの冊子の紙(ケナフ一〇〇グリーンエイド)が気に入って『ARE』の後で始めた雑誌『sumus』の本文紙として使おうと決めたのだった。

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十月に帰郷したとき、松本八郎さんの書簡類や出版物を目についただけひとまとめにして京都へ運んだ。筆まめな松本さんだからけっこうな量になった。葉書などを取り出してはみたものの、松本さんの独特な口調や息づかいが思い出されて通読することができなかった。少しずつ読み解いていければ…とは思っているのだが。

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by sumus2013 | 2014-11-26 21:03 | おすすめ本棚 | Comments(0)

宙ぶらりんが好きだ

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月の輪書林の最新号も近々刊行されるようだ…と書いたとたん届いた。『月の輪書林古書目録十七 宙ぶらりんが好きだ 特集・ぼくの青山光二』(二〇一四年一一月二五日)。「青山光二戦後日記抄」から「織田作之助からの手紙」そして「青山光二著作年表」まで、まさしく渾身の内容と思う。中尾務「富士正晴と『海風』同人たち 青山光二、柴野方彦との交友から」、池内規行「回想の青山光二(抄)」も掲載。


月の輪書林
http://www.nanbu-kosho.com/15111.html


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by sumus2013 | 2014-11-26 11:46 | 古書日録 | Comments(0)

古書目録についての二三のこと

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まずは中央やや右の『妖魔の横笛 鷲尾三郎少年少女怪奇探偵小説集』(書肆盛林堂、二〇一四年一一月二三日)。『死の谷を越えて』に引き続きこのミステリアス文庫の精力的な活動に敬意を表したい。

本日の話題は古書目録。千代田図書館で「古書目録のココが好き!~8人の達人が選ぶ、とっておきの一冊~」という展示が来月から始まるとある方がお教え下さった。南陀楼綾繁氏、岡崎武志氏、かわじもとたか氏も加わっている。古本猛者が選ぶ古書目録、どんなものが並ぶのか楽しみだ。と言ってもたぶん見られないだろうと思うけど……。

それから上の写真の左のちらし。古書店さんの目録ナビ【モクナビ】、そんなサイトができていたのだ。めぼしい目録をただで送ってもらえるらしい。運営は目録印刷を数多くこなす上毛印刷株式会社。

もうひとつ。某氏が送って下さった雄松堂書店稀覯書目録 YUSHODO RARE BOOKS 2014』(写真中央の赤茶の表紙)にもちょっと驚かされた。珍しい本の珍しい図版が目につくのは当然としても、目をみはったのはキルヒャー『ノアの方舟』初版(一六七五)から方舟の図解。こんなにも具体的なイメージで想像したことはなかった。

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《本書は、ハプスブルク家最後のスペイン国王、弱冠12歳のカルロス2世のため、旧約聖書の『創世記』(6章-9章)に登場する、大洪水にまつわるノアの方舟について著したもので、聖書に書かれていることはすべて真実であると説いています。》

ほほう、そういうことか(つまらぬことだが「弱冠」は十二歳には用いない方がいいと思う)。創世記をひもといてみるとたしかに数字を挙げて舟の構造が指示されている。

《神ノアに言たまひけるは諸(すべて)の人の末期(をわり)わが前に近づけり其は彼等のために暴虐世にみつればなり視よ我彼等を世とともにせ剪滅(ほろぼ)さん 汝松木をもて汝のために方舟を造り方舟の中(うち)に房(ま)を作り瀝青(やに)もて其内外を塗るべし 汝かく之を作るべし則ち其方舟の長さは三百キユビト其闊(ひろ)さは五十キユビト其高は三十キユビト 又方舟に導光牗(あかりまど)を作り上一キユビトに之を作り終(あぐ)べし又方舟の戸は其傍に設くべし下牀(した)と二階と三階とに之を作るべし》(6章13〜16、『約聖書』一九一四年版

そしてあらゆる生き物のワンペアをその方舟に積み込みなさい、洪水からあなたのファミリーだけ助けてあげるから、とエホバはノアに言ったわけである。それにしても暴虐世にみつればなり》……とは、なんとも身につまされる託宣ではないか。

ま、それはいいとして、ちょっとギョッとしたのがノアの方舟をひとひらめくると現れるこちらの図版。

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クラークソン「アフリカの叫び」フランス語版第2版ほか2書合本1冊。

《イギリスで奴隷制度反対運動を主導したクラークソン(1760-1846)の著作で、フランスで出版されたはじめての版です。
 巻頭に、船に詰め込まれた奴隷の様子を描いた折込図版が収録されています。この図はもともと、奴隷貿易の実態を宣伝するための刷り物として1789年に刊行されましたが、本の「図版」としてさらに拡散され、そのイメージは広く知られることとなりました。》

映画などではよく目にする奴隷船の船内はこのような図版に基づいていたのである。ノアの方舟のすぐ後だけにインパクトを感じた。

目録と言えば、月の輪書林の最新号も近々刊行されるようだ。どんな仕上がりでしょうかねえ。






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by sumus2013 | 2014-11-25 20:49 | 古書日録 | Comments(0)