林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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colombo cornershop

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昨夕珍しく夜の心斎橋を歩いた。wad craft apartment で開かれたペドロ・デ・レオンさんの個展パーティに誘われたのである。チリ出身で紛争時にヨーロッパへ移住、現在はフランスのナントを拠点に製作活動をされている画家。ある日本人女性とナントで出会ってしばしば日本を訪れるようになり、個展もこれまで十数回開催しているという。仏教にも帰依し神道や日本神話にも興味を持つというアンテレクチュエル。絵はピカソやコクトーを連想させる華やかなものだった。

予定された時間に少しだけ余裕があったので心斎橋筋の西側、南船場のあたりをぶらぶらしていたら、古本を発見した。この辺は何年振りかに歩いたのだが、以前はたしかなかったな(以前は同じビルの上階にあったそうです)と思って表の均一(百円と三百円)を物色する。均一でだいたい実力(あるいは店主の性格)が分る。三百円はかなりレベルが高い。時間があまりなく店内はゆっくり見られなかったものの、棚の姿が「いい本あるよ」と語りかけてきた。

語りかけてと言えば、三百円の一冊を買い求めたとき、店主綿瀬さんがこう問うた。「林さんですよね?」。あれ、オレって有名人? かと思いきや、アホアホ中嶋氏の親友だそうだ。古本まつりなどでもすれ違っていたらしい。なるほど。

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このややエキセントリックなレイアウトセンスもなかなかよろしい。

colombo cornershop
http://www.colombo.jp


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by sumus2013 | 2014-10-05 20:05 | 古書日録 | Comments(0)

標註百人一首講義

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弘道軒清朝体が使われている本をもう一冊見つけたので参考までに掲げておく。福井淳『標註百人一首講義』(積善館、一八九四年六月七日)。前書きの漢字仮名まじり文全文と本文の歌人名が楷書体になっている。本文の百人一首は草書体でこれも別種の活字のようである。


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by sumus2013 | 2014-10-04 15:12 | 古書日録 | Comments(0)

ときめくコケ図鑑

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田中美穂(文)・伊沢正名(写真)『ときめくコケ図鑑』(山と渓谷社、二〇一四年二月五日)。田中さんはもちろん倉敷・蟲文庫の主。先日開店二十年と書いたところ。そのかわたら苔や亀や古本の本を次々出される売れっ子である。この本も読みやすく、見てうっとりする図鑑になっている。

《この本では、ごく身近に生えているものから、ちょっと珍しいものまで、蘚類71種、苔類34種、ツノゴケ類1種、全部で106種のコケを紹介しています。伊沢正名さんによる写真は、眺めるだけでも目が開かれるような楽しさがありますが、解説には、生えている場所、色や大きさ、雰囲気など、野外で確認できるようなことを中心に紹介していますので、気に入ったコケ、気になるコケがあったら、まずはそこから読んでみてください。》(おわりに)

じつにまとまった紹介で、この文章を読んだだけで(もちろん中味も読みましたよ、だいたい)蟲さんのクレバーさが分ろうというもの。

苔とあるく
http://sumus.exblog.jp/7581004/

胞子文学名作選


苔にはちょっとだけ苦い思い出がある。それは某出版社に頼まれた詩集の装幀だった。著者の意向が、花の咲いたスギゴケを描いて欲しい、写真じゃなくて絵で、というものだったのだ。まあ、普通ならそれはそれほど難しい注文ではない。ところが、ちょうど父が死んだ直後で田舎に帰っててんやわんやしているときにその装幀の資料が郷里の家に送られて来た。たぶん完成日が決まっていて動かせなかったのだろう。

いったいこんなところで満足な画材もないのにどうやって原稿作ればいいのか、かなり戸惑った。同封されていたスギゴケ資料というのも百科事典の写真をカラーコピーしたようなものである。仕方がないので写実的に描くのは捨てて、クレヨンで花らしきものをかいておき(花ではなくてサクですね)、そこへ水彩絵具で緑を塗ってごまかしたのだった。一見、派手になったものの「これがスギゴケに見えるだろうか?」と作者自身もいぶかったくらいである。とくにクレームもなく無事本にはなったが、もしあのとき手許にこのコケ図鑑があったら……まったく別の装幀になっていただろうなと思う。




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by sumus2013 | 2014-10-03 22:07 | おすすめ本棚 | Comments(0)

弘道軒清朝体活字の世界

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http://www.joshibi.net/museum/nike/ex/index.html

女子美術大学で開催されている「女子美術大学所蔵 弘道軒清朝体活字の世界」展とそのシンポジウムに参加された方より配布資料を頂戴したので紹介しておきたい。株式会社イワタ活字の活版部門廃業時に女子美が購入した資料を中心とするものだそうだ。

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そもそも弘道軒清朝体活字とは何なのか?

《「弘道軒清朝体」は明治初年東京赤坂区長であった神崎正諠の着想で、文字は書家小室樵山、父型は小山田宗則が鋼鉄に直接彫ったものであると記録には残されています》(和文フォント大図鑑

明治八年に弘道軒が清朝体の活字見本を広告、九年に定価を広告。十四年に『東京日日新聞』が本文に弘道軒清朝体を採用。十六年、築地活版製造所が小室樵山の版下による楷書活字の発売を広告。『東京日日新聞』は弘道軒と築地とを併用したという。

弘道軒清朝体で組んだ『東京日日新聞』(明治20年1月6日第4544号、部分)
http://www.screen.co.jp/ga_product/sento/pro/typography/05typo/05zu16.html

下は明治十三年十一月二十八日付『朝野新聞』に掲載された弘道軒の広告。第五号〜第七号までの楷書(清朝体)の見本と値段が明示されている。住所は京橋区南鍋町二丁目壹番地。現在の銀座六丁目あたりになる。『東京日日新聞』も『朝野新聞』も銀座にあった。時事新報社が来たのが明治十九年。銀座はジャーナリズムの街だったのである。南鍋町と言えば、ずっと後年のことだが、カフェーパウリスタが二丁目十三番地にできる。

『パンとペン』
http://sumus.exblog.jp/14265382/

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弘道軒清朝活字に見覚えがあった。何か持っていたはずと思って探し始めたのはいいが、まだ個展から戻って来た荷物が整理できていない状態ではとうてい探し出せないな……とあきらめ気味に和本の柱を崩していたら、その底の方からこんな一冊が現れた。

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塩谷温『改定漢文新編 巻三』(弘道館、一九二六年二月一三日訂正第四版、初版は一九二一年一〇月一八日)。これは漢文教科書なので本文はすべて漢字とカタカナのみ。

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弘道館と弘道軒、名前は似ているが直接の関係はないだろう。弘道館は積善館などに勤めた奈良出身の辻本卯蔵が明治三十八年に東京(神田区錦町一丁目)で創業した出版社。教科書や参考書が中心だったようだ。

このちょっと骨のある書体が気に入って装幀の題字に使ったのが福島清『男達の神話』(みずのわ出版、二〇〇六年)。『改定漢文新編』から文字を拾ってスキャンした。なかなかいい感じに仕上がった。ただし、こういう見出しはいいが、本文に使うのは案外難しいかもしれない。金属活字の鋭さが木版の漢字よりもトゲトゲしく目に映る。使える場面は限られて来るように思う。

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by sumus2013 | 2014-10-02 20:14 | もよおしいろいろ | Comments(2)

拝受多謝

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『APIED』vol.23。特集;坂口安吾『桜の森の満開の下』他。

Apied

坂口安吾はあまり熱心には読んでいないが、感心したのは「二流の人」と「古都」である。後者はとくに自分自身が伏見稲荷に住んだことがあり、かつ安吾の描く舞台そのものが生活圏にあったのでなおさら印象深い。

《京阪電車の稲荷駅を出た所に、弁当仕出の看板がでゝゐる。手の指す方へ露路を這入ると、まづ石段を降りるやうになり、溝が年中溢れ、陽の目を見ないやうな暗い家がたてこんでゐる。露路は袋小路で、突き当つて曲ると、弁当仕出屋と曖昧旅館が並び、それが、どんづまりになつてゐる。こんな汚い暗い露路へ客がくることがあるのだらうか。家はいくらか傾いた感じで、壁はくづれ、羽目板ははげて、家の中はまつくらだ。客ばかりではない。人が一人迷ひこむことすら有り得ないやうな所であつた。》(古都

小生が住んでいた頃にはまさかこんな雰囲気ではなかったものの、まだまだ込み入った感じのする路地の狭い街並が運河沿いに続いていた。この「古都」について文学散歩を挙行した紀志崇「稲荷前町二十二」を興味深く読んだ。昨年末に伏見稲荷界隈を歩いたそうだ。

《しかし地図には稲荷前町がない
いつも溢れて悪臭の立ちこめる溝などない、おそらく暗渠になって、その上は遊具のある児童公園になっている
「曖昧旅館」はなく、「弁当仕出」の店もない、伏見稲荷大社鳥居の前はコンビニだ、七十六年も経っている》

《ならば稲荷前町二十二の中尾経理士事務所二階「八畳と四畳半で七円」は鳥居前町と疎水沿いの祓川町の間辺り、伏見稲荷前の上田食堂は疎水と京阪稲荷駅西側の一之坪町との間辺りか》

小生も以前、紀志氏と似たような散策をしたことがあるが、この記述を読んでみょうに懐かしい思いにとらわれる。三十年が過ぎ去ったのだから当たり前と言えば当たり前か。


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矢部登『田端抄 其漆』(書肆なたや、二〇一四年一〇月)。今号も田端界隈を舞台に数々の文士や画家たちがいきいきと甦る。心地よく読み進めて裏表紙の刊記とともに

《吾故里田端界隈をめぐる思いはつきぬ。が、宵曲翁へよせる根岸残香にはじまり、柴田宵曲一面が書けたところで、三年間にわたる田端抄の筆を投じる。》

とあるのに気付いて「ああ、もったいない!」と思わずつぶやいた。まだまだ続けていただくか、増補して一本にまとめていただけると有り難いなと思うしだいである。

冒頭、芥川龍之介の「沼地」について触れてこう書かれている。かつて daily-sumus にこの作品を取り上げたことがある。

芥川龍之介『地獄変』
http://sumus.exblog.jp/12405975/

《この大正八年四月作の小品は、じっさいの体験を書いたものかどうかわからぬが、むかし、田端にあった沼を起想させる。
 芥川龍之介旧居跡から切通しの崖みちを駅の方へすこしあるくと東台橋がある。下を自転車がはしる。橋を渡った右側にはアスカタワーと田端文士村記念館があり、崖と江戸坂にかこまれたこのあたりいったいは、いぜん、鉄道病院だった。その建物はおぼえているが、鉄道病院のできるまえは沼地であったという。》

なるほど、芥川はこの沼地をしばしば眺め、自らの文筆で絵を描いたのかもしれない。気が違った画家というのは芥川龍之介自身のことだったのかも知れない。


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『瀬戸内作文連盟』vol.14(瀬戸内作文連盟事務局=香川県高松市西宝町二丁目一〇番地二・一三号、二〇一四年九月二〇日)。

daily-sumus をブログ化したのが二〇〇六年四月。現在、最古の投稿は四月一九日の「花筏かへりみすれど影もなし」(当時はタイトルを拙作俳句で埋めていた!)でこの『瀬戸内作文連盟』vol.1〜3号を蟲文庫さんより頂戴したという話題である。早いもので以来八年と半分が過ぎ去って『瀬戸内作文連盟』は十周年十四号を迎えた。この中途半端な数字は九ヶ月毎の発行という中途半端なインターバルによる。ところが、これは中途半端どころか、毎号発行する季節が変って行くように仕組まれた計算の上で決定されているのだ。そういうこだわりは本の造作の変化を感じさせない変化や、綴じ込み図版における工夫、そして執筆メンバーの選び方によく現れている。出版人出海氏のセンスの良さがそのまま出ていると言えるだろう。

今号の執筆は蟲文庫・田中美穂、出海博史、菊池恵子、白居幸二、能邨陽子の各氏。蟲文庫さんは開店二十年になるそうだ。そうなんだ、もうかなりベテランになってきましたねえ。でも驚いたのは能邨さんが十五年勤めた恵文社一乗寺店を辞めたとあったこと。そう言えば、しばらく行ってないなあ。人生なにごともハロー・グッバイなのである。








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by sumus2013 | 2014-10-01 20:28 | おすすめ本棚 | Comments(0)