林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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ユニテ初日

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開店ちょうどにユニテに入れるように出発。四条から歩くことに。上は三条大橋(北側から)。

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ちょっと時間があったので水明洞の店頭をのぞく。案内状を貼ってくれていました。ありがとうございます。

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ミシュランの看板の目立つ水色のビル、一階。二条通りから路地へ入る。突き当たりに見えているのが鴨川沿いのホテル・リッツカールトン(旧ホテルフジタ京都)。

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一階奥正面の白い扉を開けるとギャラリーとブックカフェが現れる。水明洞へ寄り道したため数分遅れて到着。すでに古本コーナーにはごらんのような人だかりが。開店前から並んでおられた方もいらっしゃったとか。ご苦労様です。

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初日ゆえ、さまざまな方々においでいただいた。いろいろなオブジェを並べてマルシェ風にしたのを喜んでくださる方が多かった。詳細は省くが、盛況でした。展示の概要は明日アップします。

勝手ながら明日は都合により会場には居りません。土曜日には出ます。





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by sumus2013 | 2014-09-11 20:57 | 画家=林哲夫 | Comments(0)

観楓紀行

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近頃、讃岐関連の収穫がないと思っていたら、ちょっと珍しい一冊を均一で発見した。これからしばらくこの資料を紹介して行きたいが、その前に川崎市のKさん(丸亀出身)より讃岐関連本との最近の出会いについて報告メールを頂戴したので転載しておく。

◇8月帰省の際、讃州堂書店で地産本を2冊購入しました。
・「香川不抱歌集」昭和32年、坂出市財団法人鎌田共済会発行
 (鎌田醤油が母体、不抱没後40年追慕記念)
・「新四国風土記」昭和42年、宮脇書店宮脇富子発行
 (壺井繁治、上林暁、西村望など四国出身作家のエッセイ集)

◇「東京人」9月号川本三郎連載の「東京つれづれ日誌」に香川出身平岡敏夫の本
 「佐幕派の文学史・福沢諭吉から夏目漱石まで」の紹介文がありました。
 1930年塩飽広島生まれ、丸亀高校出身の近代文学史家、漱石研究家のようです。また古本探索のネタが出来ました。

◇講談社PR誌「本」9月号に新連載平田オリザ「学びの広場を作る讃岐一」がありました。
 「香川県に足繁く通うようになって四年ほどになる。縁あって、善通寺市にある四国学院大学に新しい演劇コースを作るお手伝いをしてきた。・・・」
 この顛末エッセイのようです。讃岐の演劇も興味深いです。

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では、小生の収穫とはいかなるものか。こんなものです。残念ながら上の写真に見るように改装されておりオリジナルな表紙は失われている。別の和本の表紙を切り取って代用したようだ。本文も普通の和綴じ(四つ目綴じなど)ではなく二箇所を糸綴じしているだけである(最初の写真の黒い糸は小生が補強した。糸綴じは本文だけで表紙は糊付け)。

タイトルは『観楓紀行』、著者は奥付では《編輯者 中桐絢海》、本文では《黄葉白雲居主人星岳》。明治三十年四月出版、中桐絢海の住所は香川県小豆郡艸壁村大字上村百一番戸。発行兼印刷者は上野松龍舎、大阪市東区谷町二丁目百十番邸(上野松龍舎による出版物は国会にも大阪府立図書館にもCiNiiにも見当たらない)。

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中桐絢海(なかぎりけんかい)は嘉永二年(一八四九)生まれ明治三十八年(一九〇五)七月八日歿。本名、明田絢。字は素卿、号は星岳、柳東。中桐文炳の養子となる。柏原謙好に学び、江戸で西洋医学を修める。維新後、讃岐で開業。明治七年高松医学校教頭。著書に『中毒小言』(柏原謙益、一八七五年)、『解剖便覧表』(開文舎、一八七六年)、『錦渓集;寒霞渓記勝初編』(木村弥助、一八八九年)、『寒霞渓道志る辺』(池田武太郎、一九〇〇年)、『寒霞渓記勝;錦渓集第二編』(庫本実、一九〇一年)[以上はkotobank の情報に著書などを増補]。

他に事蹟としては明治三十八年(歿年になるが)、高松の陶工久保祖舜を招いて寒霞渓の山麓に神懸焼の窯場を開いたと言われ、また藤沢南岳に委嘱して「寒霞渓」の名称を得たのも絢海であった。


本文の内容については順次紹介して行く。


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by sumus2013 | 2014-09-10 21:10 | うどん県あれこれ | Comments(2)

ユニテ展示ひとまず完成

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搬入物が多かったため予想以上に時間を要したが、なんとかひとまず展示終了。明日、初日に微調整します。

ユニテまでの詳しい地図などはこちらをご覧下さい。
http://nabequest.exblog.jp/22894137/


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by sumus2013 | 2014-09-10 20:05 | 画家=林哲夫 | Comments(0)

ユニテ搬入準備終了

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なんとか出品物の用意が整った。明日、搬入予定。量としては古本の類いがいちばん多い。つづいて絵画作品、雑貨、コラージュ、写真、オブジェなど。どういうふうに並べるか、現場で考えます。




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by sumus2013 | 2014-09-09 20:41 | 画家=林哲夫 | Comments(0)

クリップ・コンパス

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こういう道具を頂戴した。

CLIP-COMPASS
EVOL JAPAN. PATENT
UMEMOTO DESIGN

と本体に明示されている。クリップ状になった尖端部分に筆記具(あるいはカッター)などを挟んで円を描くことができる道具だ。アームの長さを調節することができる。

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UMEMOTO DESIGN という会社を検索してみたのだが、ホームページなどは見つからなかった。梅本デザインという名前は販売店サイトでは頻繁に登場していることからして、この類いの道具を現在も製造しているようではある。

外箱があれば住所など書かれているかなと思っても頂戴したのは本体だけだ。そこで画像検索を試みた。したり、梅本デザインの外箱写真をアップしているサイトが見つかった。なんと外箱にも住所は書かれていなかった。「大阪」とだけ。

ただし電話番号は明記されている。さっそくその番号で検索してみると「梅本デザイン」ではなく「エボル工業」という社名である。住所は大阪府富田林市伏山 44-605。この所番地をグーグル・マップで検索する。ところがピンポイントで反応しない(丁目の区分がないからだろう)。ということはストリートヴューが使えない。どうしてここまでアナログなのか、ちょっと不思議な気がしてくる。





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by sumus2013 | 2014-09-09 20:33 | コレクション | Comments(2)

ガリマールの家

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井上究一郎『ガリマールの家』(筑摩書房、一九八〇年一一月三〇日二刷、装丁=栃折久美子)読了。著者の筆力を感じる一冊だった。井上は淀野隆三の後輩でもあり親友だった。フランス語もよくできた。プルーストの翻訳者に向かってこんな言い方ははなはだ失礼ではあるが、自らもジイドを初め多くの翻訳を手がけた淀野は井上の語学力を頼りにしていたようで、フランス語の意味を質問した手紙が残っている。本当に「よくできた」わけである。

『土地の名』
http://sumus.exblog.jp/6547183/

井上と伊吹武彦の『失われた時を求めて』の確執については『えむえむ』第二号(二〇一二年二月)に執筆した。

「まぼろしの高桐書院版『失われた時を求めて』をめぐってーー淀野隆三日記より」
http://sumus.exblog.jp/17650397/

本書で井上はフランス政府の招聘で一年間ガリマールの家《つまり館であり、社屋であり、会社であり、何組もの一族の住まいであり、結局それらを一つにしたもの》に住み込んだときの経験を小説風に構成して描いている。これがなかなか読ませる。やや描写や説明がくだくだしいところもなきにしもあらずながら、全体としてはフランス社会、フランス人の本質が皮膚感覚のごとく伝わってくるように思う。

で、それはさておいて、書き出しの一章、ガリマール社の主ガストン・ガリマールの死亡とそのガリマールの歴史を説明したくだりを読んだとき、はた、と思い当たったことある。出版の経緯はおおむね、上にリンクした『土地の名』のブログ記事に書いたようなことで、本書とそう大きな違いがあるわけではない。情報源は同じガストンの回顧談なのだ。ただ改めてなるほどと納得したのはグラッセ社から出版された『失われた時を求めて』の第一篇『スワン家の方へ』を手にしたジャック・リヴィエールとガストンの反応を読んだときである。

《出版されたのをさっそくリヴィエールとガリマールは読んだ、そして二人は口をそろえていう、
「こりゃ、とんでもない! たいへんな作品じゃないか、われわれ仲間がつくるどんなものよりもはるかにすぐれている。」
 そこでガリマールは、「渾身の勇気をふるって」ーーと彼はマドレーヌ・シャプサルに語っているーープルーストのもとに奪還に駆けつけるのである、文字通り、それは奪還であった。》

知り合って間なしだったようだが、ガストンは一目でプルーストが気に入っていた。プルーストもガストンを信頼した。そして電話をかけてガストンを呼び(病気で外出できないという理由で)その原稿を託した。ガストンはそれをNRF(ガリマールの前身、一九一一年設立)の原稿審査会に持ち込んだもののジードによってすげなく却下されてしまった。しかし、この時点では誰も本気でプルーストの原稿を読んでいなかったのではないか。本気どころか、たわむれにも目を通していなかった可能性もある。だからこそ活字になって心底驚いたのだ。

ではなぜ読まなかったのか? おそらく、想像に過ぎないけれど、読めなかったのではないだろうか。昨日紹介したガリカにブルーストの創作ノートが公開されている。


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もちろんガストンに預けられた原稿はもっときちんとしたものだったかもしれないが、こういう文字がびっしり並んでいる紙の分厚い束を渡されても誰しも好んで読もうという気持ちにならなかったのではないか? そんなふうに上に引用した二人の会話を読んで感じたしだい。

もうひとつ、奪還に行ったガストンはグラッセ社に残っていた初版本を引き取った。そしてこんなふうに処理した。

《グラッセ初版の第一篇『スワン家のほうへ』は千百部印刷されたはずだが、サン=ペール通のグラッセ社には、五、六百部残っていた、「それをグラッセは手押車で私にはこばせた、そのときの荷物の姿がまだありありと私の目に浮かぶ、私はばかだったから、初版の表紙を全部はがしてきた、ーーつまりその上に貼りつけたんだよ、エヌ・エル・エフの表紙を!」そしてその残部を売ってしまって、それからあらたに印刷しなおした。ところがエヌ・エル・エフの表紙のついた初版本を買った連中が、グラッセに駆けつけて、グラッセ版の表紙をくれといった。商売上手の先方の社長は、その表紙を一枚二千フランで売ったという。余談ながら、ここに私の注を入れると、私がもっている初版本も、ことによったら、この残部のなかの一冊で、一度上着をぬぎかえているかもしれない。

表紙や奥付を張り替えるなど昔の本には珍しくないだろうが、それをまた張り戻してオリジナルとして転売するというのはじつに古本的で興味深い。

ただガストンが《商売上手の先方の社長》と発言しているように読めるものの、本当に商売上手ならプルーストを手放すはずはなかった。目先の利益に聡いというだけのことである。誤りに気付いてすぐに奪還してきたガストンの方がよほど商売上手だったと言えるだろう。

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by sumus2013 | 2014-09-08 20:58 | 古書日録 | Comments(0)

ひと夏の経験

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山口百恵のLPレコードが二十枚ほど郷里の書庫に眠っていた。自分で買ったわけではなく、誰かにもらったのだと思うが、こんなにたくさんあったとは、すっかり忘れていた。せっかくだから個展のにぎやかしに雑貨として販売するつもり。

古いところでは二枚目のオリジナル・アルバム「青い果実/禁じられた遊び」(一九七三年一二月発売)と四枚目の「十五才のテーマ ひと夏の経験」(一九七四年八月発売)、五枚目の「15才」(一九七四年一二月発売)などがある。

「スター誕生!」出演が一九七二年一二月、歌手デビューが七三年五月、「ひと夏の経験」でブレークした。八〇年一〇月引退、一一月三浦友和と結婚。八年足らずの芸能生活だった。

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個人的には好きでも嫌いでもないが、百恵が活動したのは小生が大学へ入る直前から大学を出て武者修行(?)のためにヨーロッパへ行くまでの時期にあたり、ほぼぴったり東京生活と結びついている、ということは青春のBGMとして常に背後には百恵の歌が流れていた。あらあためてLPジャケットを眺めてみると、とくに篠山紀信の写真はまるで昭和に生まれ変わった竹久夢二のように思えてくるのである。



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by sumus2013 | 2014-09-07 20:58 | おととこゑ | Comments(0)

medievalbooks

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「medievalbooks」というライデン大学の書物史家 Erik Kwakkel 氏が最近始めたブログを見つけた。画像が美しい。それだけでも楽しいが、英語なので読もうと思えば読めないことはない。週に一度の投稿のようで、毎回のテーマにも工夫がある。上は同ブログよりハート形の写本。最新の投稿は書き入れについて。

medievalbooks
http://medievalbooks.nl/


他にはフランスのガリカ(国立図書館の電子図書館)が無料で画像を公開しているサイトもあれこれのぞいていると時間を忘れてしまう。こんなことやってる場合じゃないのですが。

Gallica

例えば、グーテンベルクの四十二行聖書(画像をクリックすると順次全頁閲覧できます)。


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by sumus2013 | 2014-09-06 21:46 | 古書日録 | Comments(0)

紐切り

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紐切りひとつ欲しいぞ! と書いたところ、ほんとうにひとつご恵投いただきました。お礼申し上げます! うれしい。



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by sumus2013 | 2014-09-06 16:19 | コレクション | Comments(0)

菩提樹の花降る街

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ユニテでの個展にちなんでA3二つ折りのパンフレット「菩提樹の花降る街」を作った。ブログにも書いたパリでの古本探検を少しばかり詳しく書き直したもの(未公開エピソードもあります)。会場で販売する予定。

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冒頭だけ引用しておく。


菩提樹の花降る街

  On n'est pas sérieux, quand on a dix-sept ans.
  - Un beau soir, foin des bocks et de la limonade,
  Des cafés tapageurs aux lustres éclatants !
  - On va sous les tilleuls verts de la promenade.

  Les tilleuls sentent bon dans les bons soirs de juin !
  L'air est parfois si doux, qu'on ferme la paupière ;
  Le vent chargé de bruits - la ville n'est pas loin -
  A des parfums de vigne et des parfums de bière....

 十七歳にもなれば、真面目なんかじゃいられない……と始まるにもかかわらず、十六歳のときに書かれたというランボーの詩「小説」。その書き出しである。気持ちのいい夕暮れ時、人々は散歩道の菩提樹(ティユル)の下を歩く。独特な香気が鼻を打つ。繁華街はそう遠くない。風が騒音を運んでくる、緑の葡萄畑やビールの香りを乗せて。
 ランボーは《Les tilleuls sentent bon dans les bons soirs de juin !》と書いている。これをまさに六月のパリで体験した。パリ市内のちょっとした公園や広場には巨大な菩提樹が植えられている。六月から七月にかけて小さな黄色い花を無数に咲かせる。そのとき何とも言えない芳香(異臭ともとれる)を放つのである。あるとき路傍で「おや? これは」と思って辺りを見回して気付いた、菩提樹の下にいたことを。
 菩提樹の黄色い花は絶え間なく降りしきる。モンパルナス墓地に眠るトリスタン・ツァラの墓石は地面に低く平たく置かれた正方形の石である。そこにツァラの名前が彫り刻まれているわけだが、そのさして大きくない文字のひとつひとつを黄色い花がかたどっているのだ。風に吹かれた落花が薄いくぼみに溜まっているのである。桜の花びらよりもずっと小さく、道路のアスファルトのひび割れやマンホールの模様をことごとく黄色く染めている。



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by sumus2013 | 2014-09-05 20:46 | 文筆=林哲夫 | Comments(2)