林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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創意工夫事典

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財団法人図画工作研究所編『創意工夫事典』(図画工作株式会社、一九四三年九月二五日)。発行人は後藤福次郎。この人の名前はその自伝的著作『人生工作』(文化建設社、一九四六年および一九四九年)で記憶していた。すこぶる面白い本だった。本書の著者略歴を全文引用しておく。

《国民学校並に中等学校の図画工作教育の研究機関として、昭和十五年八月文部大臣より認可設立。
代表者後藤福次郎は昭和二年十一月学校美術協会を創立主宰。昭和十七年七月財団法人図画工作研究所を創立主宰。
現在同研究所長、図画工作株式会社社長、学校工作用品統制株式会社社長、大政翼賛会科学技術委員なり。》

序文の末尾には知られた名前も見える。

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内容は創意工夫というよりも絵で見る事典といった方が適切だろうか。電球などの日常品から戦艦や潜水艦などの兵器まであらゆる事物をの種類や構造などを絵と文で解き明かしている。昭和十八年発行だけに時局的なテーマも多い。戦車、遮光カバー、防毒面など引用したが、他にも包帯の巻き方や人間担架などすぐに役立つ知識も詰め込まれている。「エンヂン切開図」という用語なども面白い。

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by sumus2013 | 2014-08-03 21:59 | 古書日録 | Comments(0)

緩瀬寛 誰?

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『くろおぺす』42号(一九六一年七月一〇日、表紙=中西勝、創刊は一九五三年七月)を何冊か某氏より頂戴した。『くろおぺす』がどういう雑誌だったのかは、下記のブログに詳しい(詳しいというよりあからさま)ので参照していただきたい。なお「くろおぺす」はたぶんギリシャ語で「盗人」の意味だろう。

こころなきみにも 2010-04-22
http://d.hatena.ne.jp/yumetiyo/20100422/1271904841

上のブログによれば『くろおぺす』は『たうろす』(創刊一九六三年一月)へと衣替えするのだが、そのきっかけがこの42号で追悼されている越知保夫の死によるものだったという。『くろおぺす』廃刊は43号(一九六一年一二月一五日発行)だそうだ(季村敏夫『窓の微風』みずのわ出版、二〇一〇年による)。43号の編集後記(小川)には

《くろおべすは越知さんの死という空虚にたえて生きのびなければならない。もともと越知さんは、わいわいさわぐ私たちのそばでひっそりと存在していた。越知さんのひっそりがあればこそ、私たちは、安心してというのも妙だが、それだけ一層わいわいとやっていたような気がする。

とあって越知の喪失が大きかったことが伺える。しかし《新年に希望を持とう》という言葉とともに同人費五百円を収めてくれという要求も書かれているので、少なくともこの時点では終刊する予定はまったくなかったようだ。

越知保夫は明治四十四年九月二十一日、大阪市西淀川区姫島町生まれ。カトリックに受洗し暁星中学、一高、東大フランス文学科を卒業。東大在学中に結核に冒され転地療養。昭和十五年から十七年まで鎌倉に住み、吉田健一、中村光夫らと同人雑誌『批評』に参加。詩を掲載する。戦争中は兵庫県の仁川に転地。戦災にあい各地を転々とする。昭和二十五年姫島に帰り歿年まで。昭和二十九年『くろおぺす』に参加。三十五年結婚。三十六年二月十四日心臓うっ血のため急逝。(本誌掲載の略歴より抜粋)

目次と当時の同人一覧を掲げておく。住所の細かいところはボカしておいた(必要ないとは思うが、念のため)。発行人は何人か交替しているようだが、小川正己と安水稔和(この号では前者が編集人、後者が発行人)が実務の中心だったように思える。発行所名は本号には記載されていない。クロオペスクラブと名乗っていた時期もあったようだ(雑誌名も『クロオペス』とカタカナ表記の例もある)。

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目次に鉛筆書きで「生田?」とある。同人リストに「緩瀬寛」の名前はない。要するに誰かの筆名だろうが、サドを翻訳するような人物は生田耕作しかいないだろう、ということ。生田は41号から同人に名を連ねている。緩瀬寛(ゆるせ、ひろし? カン・セ・カン?)は本号に二篇の翻訳(サドとジョイス・マンスールの詩)を載せている。41号にも43号にも緩瀬寛は登場していないし、検索してみても何の情報も得られなかった。

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おまけに『ソドム百二十日』(今はこの題名が通例だが、緩瀬訳では『ソドムの百二十日』)のジャンジャック・ポヴェール版(一九七二年)の扉を掲げておく。これはアスタルテ書房で買ったもの。

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by sumus2013 | 2014-08-02 21:50 | 古書日録 | Comments(7)

科学 KWAGAKU

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『科学』大正十四年十月号(成海堂=東京市本郷区駒込千駄木町五十番地、一九二五年一〇月一日)。表紙《科学の進歩 起重機の偉力(十数度刷TN式原色版)……嶺田弘筆》。嶺田弘は挿絵画家として活躍した人物で話題作だった広津和郎『女給』(一九三〇年)の挿絵も担当しているとのこと。

この号が第三巻第四号なので創刊は大正十二年だろう。『科学画報』(新光社、一九二三年四月創刊)の後追い雑誌ではないだろうか。編集兼発行者は原田繁一。『映画新研究十講と俳優名鑑』(朝日新聞社、一九二四年)や『日本映画俳優名鑑』(映画世界社)などの編者でもある。

成海堂の刊行物には当時の大衆作家で名のあった前田曙山の小説『肉の生贄』(一九二五年)や『科学大系 文明の知識』(藤沢衛彦編、一九二五年)があり、ポケット講談社(成海堂ポケット講談社)という名前で『東西映画今日のスター』原田繁一編、一九二九年)などを刊行している。

『科学画報』に比べるとレパートリーはほぼ同じなのだが記事の内容は一段落ちる感じか。面白いと思った写真を一枚拾っておく。

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《携帯用ラヂオ・セツト 上図は米国のマリオツトと云ふラヂオ技師が最近考案した携帯用で真空管四個付きの頗る鋭敏なセツトです。目方は全部で二十五ポンド位ですから、これを背にしてもそう大して重くもありません。》

二十五ポンドは十一キログラム以上になる……大して重いでしょう(!)

もうひとつ注目すべき記事は加藤信雄「空よりの脅威 戦慄すべき焼夷弾」である。欧州大戦のロンドン空襲と比較しつつ著者はこのように言い切る。

《恐らく我が国の都市にして東京は勿論、神戸、大阪、名古屋とも一つとして斯る爆撃に堪へ得らるゝは絶無であらう。空中より見れば可燃物の堆積に等しき我が都市ならば其の惨害は更に甚しく数回の爆撃のみにしても必ずや完全に灰燼とせられ過般の大震火災より以上の悲劇は此処彼処国内随所に起されたであらう。恐らく現在の我が国ほど空よりの脅威を感じつつある国家は世界中他にあるまい。

いかにして防空都市を作るかという六か条にわたる提案もなされているが、東京空襲の悲惨さを思えば、おそらくこの論文はほぼ無視されたも同然だったのであろう。



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『科学』大正十四年十一月号(成海堂一九二五年一一月一日)。表紙《危機一髪機関車の離れ業(十数度刷TN式原色版)……》。画家の名前が明記されていないが、絵柄からみても十月号と同じ嶺田弘だろう。

本誌からはこの一枚。

《『同じ波長で写真も演説も放送できる新伝播機』
実験室に於けるワシントンの有名なる無線発明家フランシス・ジエンキンス氏と彼の新発明にかゝる、単一なる波長で影像も音声も放送できる新伝播機である。大きな円盤レンズは写真を細かい帯状に薄く切るその帯が電気衝に変へられることは、ミクロフオーンに依つて音が電気衝激に変へられることゝ同じで、かくて像も音も単一の電波によつて運ばれる。

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この説明ではよく分らないけれど、これが発展するとテレヴィジョンになるのかな(?)。枠が木の板で作られているところが、アップルコンピュータの第一号機「Apple I」と似た雰囲気があって、好感をもった。

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by sumus2013 | 2014-08-01 20:55 | 古書日録 | Comments(0)