林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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尖端短編集

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『尖端短編集 アメリカ尖端文学叢書』(新潮社、一九三一年一月一日、装幀=辻克己)。善行堂にて。表紙のコラージュ表現にひきつけられた。辻克己は明治二十五年高崎生まれ。幼年期に北海道に渡る。画家を志して上京、大正七年、日向の「新しき村」に参加。昭和初期には高円寺で「静かなるドン」という喫茶店を開いていた。長らく図案や広告の仕事もしており『現代図案カット大成』などの著書がある。

櫻井本を蔭で支えた大同出版…『現代図案カット大成』
http://d.hatena.ne.jp/shinju-oonuki/20071018/p1

短編集の内容は以下の通り。題名、著者名、訳者名

ウアイオミングの酒…… アーネスト・ヒーミングウェー 阿部知二
暗殺者…………………… アーネスト・ヒーミングウェー 三土漠
遠来の選手…………… ベン・ヘクト 三土漠
アンダアソン集………… アンダアソン 長野兼一
マイケル・ゴールド集… マイケル・ゴールド 早坂二郎
結婚式…………………… スコット・フィッゼラルド 草加帯
中西部戦線異常なし…… ジョン・リッデル 堀敏一
ウエルズ訪問記………… ジムタリー 松本正雄
呆れた愛蘭……………… ジムタリー 松本正雄
村の医者…………… ドライザー 松本正雄
小モーパスサン…… ドライザー 堀敏一

黒人文学集(カルヴァートン選)
ファーン…………… ジャン・トゥーマー 新居格
燧石の中の火……… ウォーター・ホワイト 新居格
黒い王女…………… デユ・ボワ 山室静

「訳者の言葉」(早坂二郎)から印象的な部分を引いてみる。

《一九二〇年にパツと競ひ咲いたアメリカ文学の花園は、更にジャズとナンセンスと、エロとグロと、スピードとスカイ・スクレイパーと、ドルとユーモアと、そして機械と、ネオ・ヒューマニズムと、……さうしたあらゆる高度近代文化的複雑性を吸摂して、こゝに断然アメリカ的なアメリカ文学の一大芸苑を繰りひろげるに至つた。
 アメリカの世紀として迎へられた二十世紀は、かくして文学においてもアメリカ第一主義の実現を約束した。》

《ジョン・リッデル
 これも軽妙でウィッテーな流行作家の一人である。彼のもつニュアンスは本集の一篇だけでも充分に味へると思ふが、高度にアメリカナイズされたニッポンには、やがて奔流の如く輸入される作家であることを保証する。》

高度にアメリカナイズされたニッポン……昭和五年(序文の書かれた)時点においてもすでにこういう表現が妥当な文化状況だったらしい。

アメリカ尖端文学叢書のラインナップ。エロ・グロそしてプロレタリア!

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by sumus2013 | 2014-08-12 20:54 | 古書日録 | Comments(0)

納涼古本まつり延期

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颱風のため一日延期になったとはつゆ知らず、ルンルンと下鴨へ。参道に幟が立っていないのに気付く。少し不安になる。案の定12日より営業しますの看板あり。う〜ん、せっかく来たのだから準備の様子でも見てみようと会場を一巡。今朝から始めたのだろう、まだまだ本棚も組み立てられていないテントも多かった。

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とはいえ、すでに本があるていど並んでいる店もいくつかあって、通りすがりのお客さんが立ち読みしている。顔見知りの常連さんもチラホラ。

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むろん営業はしないという建前である。それでもあちらこちら本が出ているところをのぞいて回っていると、男性が「明日、取りに来ますさかい、よろしゅう」と言いながらビニール袋に入った本を店主に預けていたのを目撃した。そういう手もあるか。

まあ、仕方ないので、善行堂へ回る。するとさらに増量した古本山脈を前に岡崎武志氏とマサキング氏が善行堂主人と談笑していた。入って右手の壁に文庫棚ができていた(作ったのはグレゴリー青山さんのご主人)。これがなかなかよろしい。岡崎氏は表にもっとたくさん箱を出せと勧めている。雑談の合間に古本山脈を少しばかり掘ってみたが、いい本があり過ぎて迷うくらいだった(お世辞抜きで)。これはもったいない。値付けもまだだしね(でも善行堂は売りますよ)。下鴨くずれのお客さんが何人か。

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その後、岡崎氏とバスに乗って市中へ。アスタルテ書房を訪ねるが8月4日に入院したとのことで開いていなかった。途中ちょっとお茶してからありの文庫へ案内する。五階まで一直線、天国への階段(笑)に感銘を受けていた。秘密の屋上もあるのだ。「ひと夏のオヨヨ 古本スタンプラリー!」の台紙をもらう。

ひと夏のオヨヨ 古本スタンプラリー!
甘夏ブックス、古書 星と蝙蝠、100000tアローントコ、ありの文庫、町家古本はんのき、カライモブックス、マヤルカ古書店各店舗お買い上げごとに1スタンプ7つ集めると700円引き!
https://twitter.com/amanatsuhouse/status/492881742882021376


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by sumus2013 | 2014-08-11 20:00 | 古書日録 | Comments(0)

大月健さんのことなど

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中尾務さんより『大和通信』第九八号(海坊主社、二〇一四年八月一五日)が届いた。そこに中尾さんが「リトルマガジン編集者 大月健、太田順三の死」と題した追悼文を寄稿しておられる。太田についてはやはり中尾さんの文章と資料提供によってこのブログでもその小説「キック・オフ」について少しばかり書かせてもらった。

キック・オフ
http://sumus2013.exblog.jp/22114666/

中尾さんによると、太田順三が誤飲性肺炎で歿したのが奇しくもこの記事の四日後、二十七日だったという。

《この林さんのブログ「キック・オフ」の日付は、五月二三日。このとき、太田順三はすでに集中治療室のなか。でも、ブログは紙媒体やないから、するすると入ってって、太田にとどいたんとちゃうかしら。

届いていればいいのだが、いや、逆に太田の小説がこれをきっかけに多くの未知の人々に届いて欲しいと思ったりもする。

『虚無思想研究』同人で個人誌『唯一者』を発行していた大月健さんについては五月末に扉野良人氏より訃音をもらっていた。五月二十六日付けの手紙である。

《ごぶさたしています。
先日、十七日に大月健さんが亡くなられました。今年に入って体調を崩され、四月にバプテスト病院に入院。程なく同院のホスピスに移られて、僕は三度程お見舞をしました。会いに行くと嬉しそうに迎えてくださり、草野球の部費を渡されて、それがいつものとおりの大月さんで泣き笑いしてしまう始末でした。最後は五月十三日、いま築添さんの作品集を制作しており、大月さんの奥さんがブローチと帯留めを持っていらっしゃるので、それを受けとりに伺いました。大月さんは終始寝息をたてて眠っていました。帰り際、少し眼を醒まし、「いよお」といつもの大月さんの合図、先日の草野球の試合に勝ったことを伝えるとベッドの枕横を手でたたいて喜ばれました。今頃は築添(ファースト)さんとキャッチボールをしてスピリッツ(チーム名)のメンバーが揃うのを待ってるのだろうと思います。大月さんは名ピッチャーでした。

大月さんとは扉野氏を通して知り合った。扉野氏はなぜか年かさの友人知人が多く、大月さんとも二十年は離れているはずだが、スピリッツのメンバーとしても父親のような人達と仲良く付き合っていた。最初の頃、扉野氏から小生もスピリッツに誘われたのだが、野球は小学生のとき以来やったことがなかったので参加することはなかったのだけれど、今思えば大月さんや築添さんたちとプレーしておけばよかったと残念に思わずにはいられない。名ピッチャーぶりを見てみたかった。小生、中学校のバレーボール部ではキャプテンだったので運動は苦手じゃないのだ。それにしてもスピリッツとは……いい名前だ。お酒好きなメンバーばかりだもの。

大月さんとは、だからそう頻繁に会ったわけではない。けれど、京都で個展をやるといつも雪駄ばきで見に来てくれた。扉野氏のお寺・徳正寺でいろいろな催しのとき(尺八や辻潤やその他いろいろな会)に築添さんや久保田さんたちとご一緒することが少なくなかった。年がら年中、裸足、そして雪駄。京大の農学部図書館に勤めておられるとは、一目まず想像できない風体なのである。しゃべり方も、岡山の出とうかがったように思うが、甘ったるいような塩辛いような不思議な妙味を感じさせる音調をもっていた。はっきり言って、一度会ったら決して忘れない日本昔話に出てきそうなキャラクターなのだ。ところが(人間見かけじゃないです)、辻潤や伊藤野枝を研究しておられるし、編集者として『唯一者』を出し『京大俳句』にも関わっておられた。

上は『唯一者』第七号(『唯一者』発行所、二〇〇一年七月一日)。いつも送って下さっていた。とくにこの号は佐々木靖章「カフェー・パウリスタからカフェー・ブラジレイロへ」という京大で行われた講演の記録が掲載されているので『喫茶店の時代』準備中だった小生にとっては有り難い内容だった。どなたかの連載を単行本にしたいのだが「装幀、やってもらえる、かな?」と頼まれていたことも思い出す。実現はしなかったけれど。

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『唯一者』七号に挟まれていた大月さんの手紙。中尾さんは上記の文中にこう書いておられる。

《そう、こちらが『CABIN』を出したおり、第一、第二号の版下作成は大月にやってもらったんだ。第三号の版下は教え子の女性にまかせることにして、作業の手順を伝授してもらおうと教え子を京都に連れて行くと、この女性、前をいく雪駄履きの大月が、踵に縦に二本アカギレを出しているのを目にして、「なんでしょう」とこちらにたずねるということもあった。
 不可思議、そうとしかいいようのない、判じものめいた特徴のある筆蹟だったが、あれにはだれかの影響があったのか。それとも、自身で案出したものか。大月健追悼特集を組む雑誌があれば、手書き時代の生原稿も写真版で載せてくれないかな。》

原稿ではないが、この書面の極度に形式化された筆蹟は、少しばかりスーフィー文字のようでもあり、やはり一度見たら忘れられないだろう。

大月さんは『唯一者』七号に「伊藤野枝を巡る人々」という原稿を寄せている。きっちりとまさに上の手紙のように書かれたものである。それはそれでいいのだが、いかにも大月さんらしいのは「編集後記」である。

《今回もやはり発行が遅れてしまいました。早くから原稿をいただいている筆者、雑誌を楽しみにしている方々には申し訳なく思っています。そのかわりといっては変ですが、内容的にはいいものが出来ました。》

《雑誌に詩を貰っている大石和雄さんが三月八日に脳梗塞で倒れた。十年先を歩く彼は私の指標であり、五年先が見えないのに十年先が分った感じで多少困惑しています。》

《三〇年ぶりにホタルの乱舞を見て感動した。田舎で見たのも農薬散布等を考えると、幼い頃だったのかも知れない。しかし、記憶は鮮明にある。ふわりふわりと優雅に飛ぶ姿は変らない。過去と現在が触れ合った時、一瞬自分がどちらに属しているのか分らなくなる。余り成長していない証左かも知れない。》

幽、明、どちらに属していてもそう違いはないわいと、裸足でニコニコしている大月さんの姿が浮かんでくる。

『唯一者』10号 石垣は残った





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by sumus2013 | 2014-08-10 20:51 | 古書日録 | Comments(4)

桂川増水!

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昨夜から午前中にかけて激しい雨だった。午後になってようやく小降りになったので買物がてら桂川を視察。これは、ひょっとして昨年九月よりも水位は高いかもしれない。


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by sumus2013 | 2014-08-10 19:31 | 古書日録 | Comments(0)

パリの洪水

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これはパリのオルセー美術館をサンゴー橋(Plle. L.S. Senghor)から眺めた図である。道路のように見えるのは河岸の広場で、水面はさらに左手になる。そして次が同じ場所、同じ角度から眺めた一九一〇年の絵葉書

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「パリ、一九一〇年一月〜二月、洪水/レジョン・ドヌール宮(右手のドーム)とオルセー駅(当時は駅舎だった)」と題されている。のんきに水の流れを見物している場合じゃないと思うが、滅多にないことなのでみんな気になるのだろう。実際セーヌ河の氾濫は珍しいようで、この年の洪水が今でも語りぐさになっているようだ。詳しくはウィキ(La crue de la Seine de 1910写真多数)。

そういうこともあって洪水絵葉書が数多く発行された。日本でもそうだったようだが、当時の絵葉書はニュース性をもっていた。事故や災害に関する絵葉書がたくさん作られている。サンシュルピスでしばらく古絵葉書箱をかき回すだけでも十枚くらいはすぐに見つかった。そのうちのいくつかを掲げておく。

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15区、ルーエル通り(La Rue Rouelle)の引っ越し。


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8区、サンラザール駅近くのローマ広場に面したローマ通り。駅は正面奥の左手。


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おなじく8区のアヴェニュー・モンテーヌ。シャンゼリゼ大通りと交差している大きな通り。


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7区のベルシャッス通り(rue de Bellchasse)。この写真の奥の突き当たりがセーヌ河ではないかと思う。とすれば、いちばん最初の写真にあったレジョン・ドヌール宮とオルセー駅の間に通じている。

目下のところ当地では雨は降っていないようだが、近所で避難命令が出た地域もあるらしい。昨年九月の河川氾濫の例もあるので油断できない。

桂川氾濫
http://sumus.exblog.jp/21043632/




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by sumus2013 | 2014-08-09 21:46 | 古書日録 | Comments(2)

蜘蛛

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『蜘蛛』第二号(蜘蛛出版社、一九六一年七月三日、表紙=網谷義郎)。『蜘蛛』はまだ架蔵していなかったので某書店目録より入手した。蜘蛛出版社および君本昌久については下記にまとめてあるので参照いただきたい。

『歴史と神戸』第51巻第1号 特集・君本昌久と戦後神戸の市民運動
http://sumus.exblog.jp/17831944/

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もう一冊。第三号も。こうなったら創刊号も欲しいもの。

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『蜘蛛』第三号(蜘蛛出版社、一九六一年一一月二五日、表紙=貝原六一)。この目次を眺めて、なかなか本気の雑誌だなあと君本昌久の意気込みを感じる。例えば先日紹介した『くろおぺす』にしても同人のなかには目の覚める者が居るにしてもやはり雰囲気はいかにも同人雑誌。それはそれでいいのだが、君本の狙っているところは全然別のようだ。それにしても安水さんの名前を見ない雑誌はない(?)というのも凄い。

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『蜘蛛』第三号は『くろおぺす』42号の四ヶ月ほど後に刊行された(発行年月での単純比較です)ということで、小川正巳がここに寄稿している「町のなかのアニマ」は越知保夫を偲んだ作品である。

『くろおぺす』42号
http://sumus2013.exblog.jp/22664536/

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そのときに緩瀬寛が生田耕作のようだと聞いたままを書いておいたのだが、某氏が証拠資料のコピーを送ってくださったので必要な部分だけを引用しておく。『たうろす』48号(一九八三年八月一〇日)の「座談会:小川正巳/小島輝正を囲んで」(司会=安水稔和)より。

なおこの座談会によれば小川は松江生まれ、幼少の頃に神戸へ移住したようで、神戸三中から三高へ四年で入学。三高文芸部で織田作之助や青山光二といっしょになった。別派として『三人』をやっていた富士正晴、野間宏、竹之内(桑原)静雄。同じクラスに瓜生忠夫。東大では『海風』の織田、青山、白崎礼三、太田道夫、柴野方彦、杉山平一らと親しく交わったようだ。小島輝正ともこの時代に出会っている。

『くろおぺす』から『たうろす』への転換についても語っているのでその辺りから引用してみる。

小川 そのあたり、ちょっと補いをつけると、私は少なくとも、越知さんが死んで火が消えたみたいな感じで。私らは、まあ悲しんだわけです。その越知さんの追悼号に、生田耕作のサドの訳が出たりして、あの時は、いややった。なんであんな編集したのかな。前が追悼号で後がサドやから。表で葬式しとって、その裏で……。という感じ……。

生田耕作のサド」とはっきり発言されているので間違いないだろう。

《小川 越知さんが死んで、ボケーッとしてしもた。小島も雑誌やる義理もないし、フワーとしとったけど、その間に安水君と山田幸平とが親しくなってよく旅をして、その旅に私も一度参加したんです。忘れもせえへん、北陸の湯村温泉で、蟹くって酒のんだある日の晩、山田幸平が蒲団の上へ坐って、新しく雑誌をはじめようということで……。だからイニシャティブをとったのは山田幸平と安水と僕ですね。

《安水 そこで『くろおぺす』のあとどうしようかということになったんです。で、結局出そうということになって、それから、山田幸平や僕が走り廻って『くろおぺす』の残党に声をかけて、六十二年の暮れに創刊号の原稿を印刷屋に入れます。
小島 『くろおぺす』が四十三号まで出て、そのあと、もう、やめよう、つぶそうという会合はどこかであったの?
小川 いや、スウッと消えた。ほんま雪が消えるように消えたですね。ショックを受けたですわ。ぼくが編集やってたんですが。》

やはり根っからの同人雑誌の終焉と生成だな、という感じは受ける。略歴ということでは小島輝正が自らの過去を語っているのが極めて興味深い。すこし長くなるがメモ代わりに引用しておく。札幌生まれ、東京府立高校、東大仏文科繰上卒業(昭和十六年十二月三十一日)。南洋貿易会ハノイ出張所へ十七年から二十一年まで勤務。帰国後、友人の旭一美に紹介された文明社へ入社。田宮虎彦が経営していた出版社である。雑誌『文明』の編集を手伝った。二十一年秋から二十三年春ぐらいまで。文明社がつぶれた後、生活社へ入社する。

《ここは戦前からギリシャ、ローマの古典叢書や、タキトゥスとかツキジデスとかの歴史ものを出したり、戦時中はアジアものを出したりしていた。わりとしっかりした大きな出版社で、入ってはじめの内は景気が良かったけど、これもまたつぶれた。あの頃は、戦後続々と出た出版屋がバタバタとつぶれてました。それで、しょうがないんで、僕が生活社で編集長やってたものですから、編集委員四、五人連れて自分で出版屋はじめたんです。ちょうどその時、生活社に谷長茂というのがいてーー彼は、二、三年前、家から火出して、おかみさんと二人で焼け死んだけどーーこの男がなかなかのアイディアマンで、彼におだてられて……。その頃、ぼくは親父が死んで、ちょっと金が入ったもんで、それ持ち出して、当時の金で三十万円くらいかな、今から思うとシマッタと思うがね(笑)。ーー洛陽書院という名前だけは堂々たる出版屋をつくって、渡辺一夫さんの本とか鈴木信太郎さんの本とか、二、三冊出したかな。二十四年の秋から二十五年の春くらいまでやってたけど、たちまち借金はかさむわ、支払いはとどこおるわで、にっちもさっちもいかなくなった。

検索してみると、このあたりのことを小島はエッセイにも書いており、daily-sumusにそれを要約してあった。座談だとまた少し違った語られ方をするもののようである。

『小島輝正著作集V エッセイ集2』
http://sumus.exblog.jp/7395874/








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by sumus2013 | 2014-08-08 21:03 | 古書日録 | Comments(0)

以西結書

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『旧約聖書』(米国聖書協会、一九一四年一月八日)と『THE HOLY BIBLE』(AMERICAN BIBLE SOCIETY, 1877)。先日、ちょっとしたきっかけからエゼキエル書を読む機会があった。

バビロニアに占領されたイスラエルの民はバビロンへ捕虜として連行されるなどしてバラバラになる。エゼキエルもバビロンで補囚となっていた。結局これによってイスラエルは滅びてしまうが、エゼキエルはエホバの苦難を与える企みとしてこの離散を描き、悔い改めエホバに帰依することをエルサレムの民に伝えるべきメッセンジャーとなる。

第一章、ケバル河の畔で捕らえられているエゼキエルの前にエホバが登場する。《天ひらけて我神の異象を見たり》。この異象の描写がかなり超現実的で印象に残る。

《視よ烈しき風大なる雲および燃る火の団塊北より出きたる又雲の周囲に輝光あり其中より火の中より熱たる金属のごときもの出づ 其火の中に四箇の生物にて成る一箇の形あり其状は是のごとし則ち人の象あり 各四の面あり各四の翼あり その足は直なる足その足の跖は仔牛の足の跖のごとくして磨ける銅のごとくに光れり その生物の四方い翼の下に人の手ありこの四箇の物皆面と翼あり その面とその翼はたがひに相つらなれりその往くときに回転ずして各その面の向ふところに行く

描写はまだまだ続くが、いったいどんな形が現れたのか読めば読むほど分らなくなる。ということでラファエロが描いた「エゼキエルの幻視」を引用しておこう。原文そのままではないにしても分りやすい形に整理されている。

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おや? と思ったのは第三章。

《彼また我に言たまひけるは人の子よ汝獲るところの者を食へ此の巻物を食ひ往てイスラエルの家に告よ 是に於て我口をひらけばその巻物を我に食はしめて 我にいひ給ひけるは人の子よわが汝にあたふる此巻物をもて腹をやしなへ膓(はらわた)にみたせよと我すなはち之をくらふに其わが口に甘きこと蜜のごとくなりき 彼また我にいひたまひけるは人の子よイスラエルの家にゆきて吾言を之につげよ》

巻物を食らうと言えば、有名なのはヨハネ黙示録第十章だろう。

《われ御使のもとに往きて小き巻物を我に与へんことを請ひたれば、彼いふ『これを取りて食ひ尽せ、さらば汝の腹苦くならん、然れど其の口には蜜のごとく甘からん』われ御使の手より小き巻物をとりて食ひ尽したれば、口には蜜のごとく甘かりしが、食ひし後わが腹は苦くなれり。

有名と言ったのはアルブレヒト・デューラーの版画にこの場面を描いたものがあるからだ。

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大正三年訳では「巻物」だがデューラーは綴じた書物として描いている。上記の英語版を当たってみるとエゼキエル書の方は「roll」で黙示録(Revelation)の方は「the little book」としてある。ヴルガータ聖書(Latin Vulgate)はどうなっているのか調べてみると以下の通り。まずエゼキエル。

[1] Et dixit ad me: Fili hominis, quodcumque inveneris, comede: comede volumen istud, et vadens loquere ad filios Israel. [2] Et aperui os meum, et cibavit me volumine illo: [3] et dixit ad me: Fili hominis, venter tuus comedet, et viscera tua complebuntur volumine isto quod ego do tibi. Et comedi illud, et factum est in ore meo sicut mel dulce.

そして黙示録。

[10] Et accepi librum de manu angeli, et devoravi illum: et erat in ore meo tamquam mel dulce, et cum devorassem eum, amaricatus est venter meus:

「volumen」は「巻物」、そして「librum」はデューラーの描くような書物とみていいだろう。そうすると大正三年版の「小き巻物」は誤訳かもしれないということになる。ささいなことながら本を食べるという描写なので気になった。

と書いたのではあるが、読者の方よりご注意いただいた。ギリシャ語訳で黙示録の該当箇所は「biblaridion」となっており「a little book」の他に「a little papyrus roll」という意味もある。またカトリック系の翻訳では「小さな巻物」とされている。あいや、たしかに黙示録の成立した時代(紀元後一世紀?)にはおそらく冊子本はなかったはずだから(現存最古は四世紀に作られたとされる、カイロのコプト博物館蔵の聖書『詩篇』)、書記者の意図するところは巻物だったのだろう。仮に冊子本があったとしても分厚い板表紙の造作だったろうから、とうてい飲込めるはずもない(常識的にです、神秘的に考えればなんでもないでしょうが)。浅見を露呈してしまう早とちりだった。もちろん誤訳と書いたのは誤り。訂正しておきます。とすれば「librum」(liber)も冊子本ではなくて植物繊維(パピルス)でできた巻物の意味であろうか。逆に大正版の訳者(たち)が「book」を巻物と訳していることにあらためて感心する。では、デューラーは? 彼の時代には冊子本だと認識されていたのであろうか。単なるデューラーの勘違いとも考えにくい。

それから御教示によればエルサレム聖書では黙示録のこのエピソードはエゼキエル書を念頭に置いているとされているようだ。この点については話の構造および表現の変容の具合からみて大いに頷ける。

同書より「新約聖書時代のパレスチナ」地図。海岸線のいちばん下のところにガザとある。

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スキャナーが壊れたと昨日書いた。今日、新しいスキャナーが届いたのでこの地図も新品でスキャンした。昨日のうちに妻があれこれ品定めして注文してくれた。思い切ってA3がスキャンできるものを買おうかとも考えたのだが、A4と比べてかなり高価だ。結局、A3ならコンビニでスキャンする方法もあるということで納得してA4スキャナーの標準機(EPSON GTS-640)を購入。本日到着したというわけ。



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by sumus2013 | 2014-08-07 20:49 | 古書日録 | Comments(2)

拝受多謝

モノはいきなり壊れる。スキャナーが突然反応しなくなった、かと思うと勝手に反応したりする。仕方が無いので新しいのに代えることにした。よってしばらくはスキャンした画像はありません。

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『エディターシップ』Vol.3(日本編集者学会、二〇一四年六月五日)。日本編集者学会というのができていたのだ。知らなかった。会長は石塚純一氏(元・平凡社)、副会長は中嶋廣氏(トランスビュー)、理事には長谷川郁夫氏(初代会長)の名前が見える。

編集者の学会はなにをめざすのか 西谷能英

どうしてこの雑誌が届いたかというと、みずのわ出版柳原一徳氏が昨年九月編集者学会第四回大会で行った講演録が掲載されているからだ。いつもながらに吠えてます。

《ともあれ、人間食うことが一番大事であって、それを思えば本なんて不要不急のものなんですよね。食う・寝る・出すが人間の基本だから。実際にイベントなんかでお店出しても、本は食べ物には負けるわけだ。かく言うワシも実際のところそうだからね。
 でもね、一見必要のないものは世の中に多くあり、だったらみんな要らんのかといったら、そうでもないし、非常事態なればこそ、本は必要となってくる。震災下の神戸でも、八日後の一月二十五日に、元町の海文堂書店が被災地でいちばん早く再開した。子供に読み聞かせる本が欲しいとか、避難所で読む本が欲しいとか、みなさん活字に飢えてはった。だからこそ、本は、ただちに必要なものではないけれども、人間が人間として生きていくうえで必要欠くべからざるものなんです。》

美篶堂港の人へのインタビュー記事もあり、学会報という感じはまったくない読める雑誌となっている。


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ダンセイニ卿『賢女の呪い』(稲垣博訳、書肆盛林堂、二〇一四年八月一二日)。盛林堂ミステリアス文庫の最新刊。

《ダンセイニ卿『賢女の呪い』》予約開始
http://d.hatena.ne.jp/seirindou_syobou/20140725/1406278571

《ダンセイニ卿の中期長篇「賢女の呪い」を訳し始めたのは二〇〇八年の八月であったので上梓までに約六年かかったことになる。その間、暇を見つけての翻訳作業は遅々として進まないことが多かった。そしてそれがまさに風前の灯火となり一時中断しようかと思ったことも幾度もあった。しかしなぜ作業を続けられたのかと今から振り返ると、それはこの作品の持つ意外性に惹きつけられていたことが理由のように思われるのだ。》(訳者あとがき)


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『gui』102(田村デザイン事務所、二〇一四年八月一日)。小野原教子さんが「海と宝石(二)」で海文堂書店の店長福岡さんのことおよび百窓市のことをさらに詳しく書いておられる。また岩田和彦氏が「気まぐれ読書ノート(36)街の本屋・神戸海文堂書店の事等」と題して『ほんまに』15号(くとうてん、二〇一三年一二月二四日)を取り上げて拙文にも触れてくださっている。深謝です! 

ほんまに』と言えば、次号はヨーロッパの古本屋特集だそうだ。小生もサンシュルピスの古本市についてブログより詳しく書かせてもらった(締め切りは七月末日でした)。


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かわじもとたか氏より『序文検索』(杉並けやき出版、二〇一〇年)、『古書目録にみた「すごろく」』(杉並けやき出版、二〇〇三年)、『水島爾保布著作書誌・探索日誌』(杉並けやき出版、一九九九年)『死に至る言葉』(私家版、一九九三年)を恵贈賜った。

『序文検索』の第一冊目に先日小生が引用した内藤湖南の言葉も書き込まれていた。

《3年半、本になるまで約4年かかりました。近代文学館に約3年通い(週一、二回)著作者台帖カード千箱を携帯用椅子をカバンに入れて持ち込みカード(下の方の)あさったのを今では懐かしく思い出します。もうできません。冬はあそこは隙間風が入るし、煖房は客(調べ者)が少ないため、あまり効きません。冬はつらかったですが、あの棚を全部調べた人はいないのではと思っています。》

晩年の白川静があるTV番組で漢字研究一筋だったことについて語っていた。白川先生は超人的に漢字と向き合ってきた人生を「楽しくて楽してしかたなかった」と表現していた。きっと、かわじさんも楽しかったでしょうねえ、少々寒くたって。個人的には『水島爾保布著作書誌・探索日誌』に興味津々だ。その後半部分にあたる「水島爾保布探索日記」を少し読みかじったら、これが古本者らしい率直さでとてつもなく面白い。また折に触れて紹介できればと思う。




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by sumus2013 | 2014-08-06 19:40 | おすすめ本棚 | Comments(2)

中澤弘光 屋根と窓

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中澤弘光『屋根と窓』(有光社、一九四三年一〇月一日)。日本の古本屋で探すと画像付きの出品があった。それを見るとカバーがなかなか可愛らしい。こちらはカバー無し。ちょっと残念だが、安かったのでよしとしておこう。今、ちょうど中澤弘光展が三重県立美術館で開催されていることを知って引っ張り出してみた(九月十二日まで)。

生誕140年-中澤弘光展―知られざる画家の軌跡

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序文はないが「本画集について」と題したあとがきのようなものがある。

《私が、三四十年旅行して来た折のスケッチは、可なりあるが、鉛筆の線も淡く、弱く、堅実さを欠くものが多い。ただ自分の記念に、描き溜めて置いた中から、屋根上の装飾と窓とのあるのを選んで、纏めて見た。それが有光社の近藤信夫君の厚意によつて、今度「屋根と窓」といふ本になつたのである。

《口絵その他の色刷には、油彩スケッチ、水絵単彩等があつて、今日の戦時下、少し贅沢な本にはなつたが、他日、我が日本郷土にあつた、屋根と窓との、装飾的美的景観を。追憶する画集ともなれば、私の幸である。
  昭和十八年七月十日》

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油彩画口絵「清水寺八坂の雪」。これは京の寒さが良く出た佳作。


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「先斗町」。この角度ならドームのある建物は三条通りになるのか?


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「鳥屋町通り」……大阪、天神橋五丁目の「春駒」だろうか? それなら現在も繁昌している。


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「仙台ホテル」、仙台駅前に建っていた。一八五〇年創業。平成21年末で営業終了。現在は複合商業施設エデン(EDEN)になっている。


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「フロレンスの煙突」


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「パリー所見(その三)」、一九二二年九月二二日の日付が書き込まれている。本ブログの読書の方にはお馴染み古本マルシェの開催されるサンシュルピス寺院をフェルー通りから眺めた図。

有光社はどこかで聞いたことがある名前だと思ったら青山二郎装幀「純粋小説全集」の版元だった。出版物は国会で調べた限りでは昭和七年から十八年まで、仏教と文学を柱にしながら様々な方面の書物を多数発行している。以下そのごく一部。

印度経済の研究 末高信 昭和7

難思 村田鉄三郎 編 昭和10

純粋小説全集
第2巻 衣裳花嫁 林房雄 昭和11
第3巻 下界の眺め 武田麟太郎 昭和11年2月25日
第4巻 鞭を鳴らす女 岸田国士 昭和11
第5巻 情熱の伝説 尾崎士郎 昭和11
第6巻 稲妻 林芙美子 昭和11
第7巻 春箋 芹沢光治良 昭和11
第8巻 弄獅子 室生犀星 昭和11
第12巻 春の行列 岡田三郎 昭和11
第13巻 強者聯盟・津軽の野づら 深田久弥 昭和11
第1巻 盛装 横光利一 昭和12
第9巻 白い蛇赤い蛇 舟橋聖一 昭和12
第10巻 罌粟はなぜ紅い宇野千代 昭和12

天國地獄 上巻 村山知義 昭和14年3月17日
天國地獄 下卷 村山知義 昭和14年4月25日
宗教年鑑 昭和14
観音の札所と伝説 清水谷善照 昭和15年3月22日
裸身の道 中井正晃 有光名作選集 昭16
観音図集 絵画彫刻 昭16
一茎の花 富樫寅平 有光名作選集 昭16 
おぢいさんのランプ 新美南吉 昭和17年10月
美しき風 美川きよ 昭和18
一つの石 青野季吉 昭和18

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by sumus2013 | 2014-08-05 20:46 | 古書日録 | Comments(2)

優曇華物語

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山東京伝の読本『優曇華物語』(仙鶴堂、文化元[1804]年序)の第一巻。あまりにボロボロなのでいくら安くても買っていいものかどうか迷った。結局は挿絵の魅力に抗しきれず購入。絵師は可菴武清(喜多武清 1776-1857)。全五巻七冊が完本のようだ。

優曇華物語. 巻之1-4 (早稲田大学図書館)
http://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/he13/he13_00189/index.html

その玉は『優曇華物語』(うどんげものがたり)
http://blogs.yahoo.co.jp/nagumosyoten/2372293.html

優曇華は「きわめてまれ」の意味だそうだ。粗筋を調べようと思っても見当たらなかった。この第一巻の挿絵だけ眺めていてもかなり面白い作品ではないかという想像はできるのに残念(むろん活字本出ております)。

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第一段「鍛冶橘内鷲に児を捉るゝ事」の挿絵部分。ギリシャ神話ガニュメーデースの誘拐を連想させる図柄である。

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第二段「石の卒塔婆に血のつくる事」より大水のシーン。肥後国、球磨川という設定。ここに善人の百姓があって行脚の僧を厚くもてなしたところ僧が洪水を予知してその家だけ助かる。下は激流の場面だが、これは迫力満点に描けていると思う。蛇がリアル。

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絵師の武清は京伝と親しかったそうだが、京伝はこの作品の挿絵が一般読者にあまり評判がよくなかったため担当絵師を歌川豊国に替えた、という話が内田魯庵「八犬伝談余」に出ているそうだ。とびきり上手な絵というわけではないにしても、なかなか力作ではないかと思うのだが、作者と挿絵画家との関係はけっこうややこしい場合もある。








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by sumus2013 | 2014-08-04 20:28 | 古書日録 | Comments(0)