林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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雑誌の時代 9月1日まで延長


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2014年6月30日〜8月1日
好評につき9月1日まで延長!
http://tadasusu.exblog.jp/22739351/
1960~70年代に創刊された雑誌を中心に


Book Design POWER HOUSE
http://www.powerhouse-tokyo.co.jp

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by sumus2013 | 2014-08-22 21:04 | もよおしいろいろ | Comments(0)

わたしの戦後出版史

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『わたしの戦後出版史 京都の出版の回顧と展望』(日本書籍出版協会京都支部、二〇〇一年九月七日)をある方より頂戴した。二〇〇〇年一〇月二八日・二九日に『京都出版史〈戦後編〉』のまとめとして行われたギャラリートークを冊子としたもの。京都商工会議所三階で出版物の展示とともに挙行された。

出席者は杉田信夫(ミネルヴァ書房)、臼井史朗(弘文堂〜淡交社)、高島國男(世界思想社・教学社)、益井欽一(文英堂)、渡辺睦久(人文書院)、寺村嘉夫(三一書房)、井上重信(法律文化社)、司会は長田岳士(思文閣出版)。

二〇〇〇年だと小生はようやく京都の出版物に興味を抱き始めた頃である。しかしながらこのトークや出版物の展示については何も記憶にない。高桐書院や甲鳥書林も登場しているので、聴いておけばよかったなあと少し残念に思う。上記パネリストは京都出版の重要人物ばかりである。

貴重な証言も多々あるが、ごく一部を引用しておこう。まずは古本に関して。高島國男(世界思想社・教学社)氏の発言。

《皆で本を持ちよって、本を安くで貸出そうということになり、京大生などを対象に、百万遍で廉価で本の貸出しをする読書組合「洛陽文庫」というのを昭和二十一年六月一日に作りました。会費月五円で、多くの人が会員になってくれまして、その中にはいろいろな人がいました。》

《しかし、五円の会費でしたので当時のインフレに追いつかず、また値上げもしにくいのでその年の秋には、止めざるを得ませんでした。私は本の値段のことは、少しはわかっていましたから、すぐ古本屋を始めたわけです。これは一応生活の糧にはなり、月一万円ぐらいの収入があったので、当時千八百円の公務員ベースのとき、とにかく生活は出来たのです。しかし古本業をやっているのが嫌で嫌でたまらない。とにかく嫌なのです。何とか脱却したいと思っているうちに出版に考えがいたり、いろいろな人に相談したのです。》

敗戦直後の古本業者の経済が分る回想である。この後、伝を頼って法律の本を出版するが、さっぱり売れず、教学社の名前で教科書や大学入試シリーズを出して大当たりを取ることになる。同じく高島氏。

《例の全国書房の倒産、それから世界文学社の倒産、高桐書院の倒産、みんな目の前で見ているわけです。今まで乗っていた大型の自家用車というのも、アメリカか、どこかの払下げ品でしょうが、それに乗って京大の前にでんと駐車しているわけでしょう。そのとき、我々は自転車で後ろの荷台には古本あるいは新刊書をいっぱい積んで走っていたわけで、みんな食うや食わずの状態のときですから、それは羨ましいですよ。それが倒産したのでしょう。こんな怖い事業はないと、私はもう本当にびっくりしました。

なるほど、アメ車に乗っていたのか(もちろん当時は外国車しかなかったのだろうが)、そのくらい羽振りが良かったわけだ。

人文書院の渡辺氏の話には著作権について興味深い数字が出ている。サルトルに直接手紙を書いて全集を刊行したいと訴えたそうだ。

《ほどなくパリのガリマール社からサルトルの既刊書十一冊をセットで契約したい。前払金は六十五万円だと通知してきた。驚きましたね。当時の六十五万円は大金です(家の二軒は買える金額です)。東京の版元は、売れそうなものだけを交渉していたのです。遂にここまで来たからには、もう引き返せません。それこそ清水の舞台からのつもりで契約しました。》

サルトル全集『自由への道』第一部は一九五〇年一〇月に出ているからその少し前のことだろう。この賭けは大成功だった。昭和二十五年前後の倒産の嵐を乗り切った。なかでも『嘔吐』は「四十万部に達しているでしょう」という。

もうひとつ、会場の聴衆から注目すべき発言があった。

《私はさきほど御紹介いただきました高桐書院にずっとおりまして、倒産後も若干出版界に関係してここにおります。》

《今おっしゃいましたように、これだけの資料をお集めいただいて、これだけの資料を公的なものにおまとめいただいた杉田様はじめ皆樣方に厚く御礼を申し上げたいと思います。特に世界文学社の柴野さん、全国書房の田中さん、大雅堂の和田さん、皆存じ上げておりますが、きっとそれぞれ泉下でこんなに喜んでおられることはないと思います。私もいろいろの名前を挙げて刊行した所まで、刊行した書物の名前まで挙げていただいたことについて、淀野もきっと喜んでいることと思います。本当にありがとうございました。厚く御礼を申し上げます。》

聴衆Aとなっているが、さてどなたであろうか。

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『京都の出版社'96』および『京都の出版社2001』。いずれも日本書籍出版協会京都支部の発行。前者が130社、後者が140社収録。

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by sumus2013 | 2014-08-21 20:53 | 古書日録 | Comments(0)

句集風切

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石田波郷『句集風切』現代俳句叢書5(臼井書房、一九四七年二月二五日)。下鴨にて。口笛さんの均一台にこの叢書が何冊か出ていたが、すでに持っているものもあり(どれを持っているか定かに思い出せなかったこともあり)、とにかく石田波郷は持っていないはずだと思ったので買っておいた。『関西の出版100』以降も京都の出版社についてだけは可能な限り蒐集するように努めている。

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石田波郷のあとがきにこう書いてある。

《「風切」は昭和十八年初夏刊行されたもので、十四年八月刊行の「鶴の眼」に続く大体四年間の作句三百余を収録してあったが、今叢書の一として再刊するに当り約五十句を削除した。
 僕が俳句を如何いふものに心得てゐるか、これは昭和十八年一片の令状により戦場に赴かされた頃から若干の虚の時代はあつたが、今日に於ても変つてゐないと言ひ得る。一口に言へば俳句は風雅の道である。僕は戦争の為に死なないで、再びこの道を行くことができるのを喜んでゐる。
   昭和二十一年八月末》

今ただちに初版と比較する手段を持たないけれど「約五十句を削除した」とは、単純に意にそわない作品ということではなく、主に戦争俳句を意味すると理解していいのだろうか。臼井書房版にも戦争俳句はいくつか残されているとは言え、やはり当たり障りのないものが選ばれているようだ。占領下でもあり、いろいろな制約や配慮もあったのかもしれない。戦争を直接詠んだ俳句を目についただけ挙げておく。


 幾刻ぞ朝蜩に軍馬ゆく

 深緑や軍馬の高さ町を抽き

 桐の花爆音山の湯にも飛び

 爆音や桐は花散り赭の殻

 帰還兵列の短かさよ百日紅

 朝寒の市電兵馬と別れたり

 東京の鵙声高き帰還兵

 唇甜めて英霊に礼す冬旱

 年の夜の探照灯の濃かりけり


ご覧の通り戦争俳句とも言えないくらいの作柄である。これら以外の作はほとんど戦争など存在しないかのような描写ばかりであって、波郷二十代後半の作品は老成しているとも言えるだろうし、その分ちょっと冒険が無さ過ぎるのかもしれないと思ったりもした。

こんな値段表がわざとらしく貼付けてあった。これは高過ぎるでしょう、きっと。

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「昭和二十二年九月二十四日/浦之崎にて/No.250」[印章=本田]と書き入れがある。浦之崎は佐賀県伊万里市浦ノ崎であろうか(?)。深読みすれば昭和二十一年に開設された浦之崎病院(現・伊万里松浦病院)に入院していた患者の持ち物だったかもしれない……。というのも小生の父がやはり戦後長らく療養していた時期があり、入院中に俳句を覚えたと語っていたのを思い出すからだ。俳号はたしか一波だったか。どんな俳句を作っていたのかは知らない。遺品のなかにもそれらしきものはなかった。







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by sumus2013 | 2014-08-20 20:47 | 古書日録 | Comments(0)

買い取りします

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パリの古本事情、ひとつ書いておこうと思いながら忘れていたことがある。サンミッシェル大通りに面した大手新刊書店GJ(ジベール・ジョセフ)はこれまでにも何度か紹介した。

ジベール・ジョセフ(Gibert Joseph
http://sumus.exblog.jp/17346127/

GJでは新刊と古書(セコハン本)を同じ棚に並べて売っている。その古本をどうやって仕入れているのか、と思ったら、GJビルの北側(上の写真ではブルーテントの右端、隣のビルとの間の道路を左へ入る)に本の買い取り窓口があったのだ。うかつながら、今回初めて知った。

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この写真では向かって右側オレンジ色のシャツの男性が立っている後ろのショーウィンドウの上部に「本を売る方はこちら」と矢印付きで書かれている。店舗は午前十時開店なのだが、買い取り窓口は九時半から開いており、小生が観察したとき(開店の十分ほど前)には何人もの客が買物袋に入れた本を窓口に持ち込むために行列をつくっていた。窓口は三箇所くらいあったように思うが、しばらくは混雑していたのだから繁昌していると言っていいだろう。

また、向かって左、黄色い人物の後ろは「古書籍専門買取窓口および販売所」。要するに専門の古書店と思っていい。流通している本は右側で買い取り、そのまま新刊棚へ並ぶのだろうが、このコーナーは古書店と同じく絶版や稀覯書を主に並べている。量的にはそう沢山並んでいるわけではなく、壁際の書棚、ウィンドウ、平台に必要充分な感じで置かれており、通路が広く見やすい配置だった。

値段も本によってそれなりの評価がなされている。ざっと見た感じでは、普通の古書店よりもやや安めかな、と思ったが、正確なところは分らない。ジョルジュ・ペレックの『眠る男』初版が出ていた。欲しかったのだが、この日は帰国間際で、すでに予算を使い切ってしまっていた。惜しいことをした。次回はまずこの店をチェックしないといけない。




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by sumus2013 | 2014-08-19 15:16 | 古書日録 | Comments(6)

蠹知之士

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ユニテでの古本マルシェにちっとはましな本を出品しようと思って、貴重書の戸棚を開けた。ガサゴソやっているとスルスルッと動くものが……あっちゃ〜シミではないですか! そう言えば、この戸棚に防虫剤を入れたのはもう何年も前のことだ。すっかり効力はなくなっているはず。

シミはフルホンシバンムシのように食い荒らすということはないようだが、それでも薄くなめられるだけでもゆゆしき事態である。とにかくこのシミ君には家の外へ出て行ってもらった。そして洋服用の防虫剤を妻から調達してきてあちらこちらに放り込んだ。今たちまち調べたところではとくに食われた形跡はないように思う。

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『ちくま』の「ふるほんのほこり」連載中に紙魚について書いたことがある。二〇一〇年三月号「蠹知之士」。もう掲載から四年以上経っているので全文引用してもいいだろう。


 斎藤茂吉に「蚤」というエッセイがある。
 それによれば、明治二十九年ごろ浅草に住んでいた時分、茂吉は蚤をガラス瓶に入れて飼っていた。口に紙のふたをしてこまかい穴をあけておき、ときどきふたをとって腕を当て、エサの代わりに血を吸わせたりしながら観察したという。

「シミって何を食べるんですかね?」
 昨秋、懇意にしている古書店主からこうたずねられた。
 シミは紙魚、あるいは衣魚、蠹魚とも。
 古本を触っているとときどき顔を合わす。一センチ足らずの細長い昆虫で、体が銀色をしているため銀魚などとも呼ばれる。和本などを食い荒らして穴をあけるのはフルホンシバンムシであってシミではないらしい。
「ええと、本の糊を食べるんやなかったかな、どうして?」
 店主は背後の書棚を開き、小さなジャム壜を取り出した。
 なかには細かく切った和紙が入っている。指差されたところを見ると紙の間に小さなシミが張りついていた。穴を数カ所あけたビニールでふたをしてある。紙は和本の切れ端を刻んだものだったが、シミがかじった形跡はなかった。
「店でウロチョロされると困りますけど、飼ってみるのも一興かと思いまして。オスかメスか分らないので、小唄の本を食べたら市丸、漢詩の方なら星巌って名前にしようかなんて」
 なんとも浮世離れした店主である。

 帰宅して調べてみると、やはりシミは書籍や衣類のデンプン質の糊を食べると書いてあった。水はやらなくてもいいともいうし、湿らせた脱脂綿を入れておくといいともいう。家庭内に棲む昆虫は千種類ほどもおり、それらを壜に入れて飼う人も珍しくない。その設備をインセクタリウムというのだそうだ。さっそく電話で知らせておいた。
 数日後、気になって店をのぞいてみた。
 店主は「おかげさんで、市丸、元気にしてますよ」と嬉々として壜を眺めていた。メスと決めつけたようだ。
 漢文で「蚤知之士」といえば、「先見の明のある人」。古本好きとしては、やはり知っておくべきは銀魚でありたい。




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by sumus2013 | 2014-08-18 20:31 | 古書日録 | Comments(0)

朱竹垞詩鈔

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久しぶりに漢詩集を得た。タテ十二センチメートルほどの袖珍本(袖に入るくらいの小さな本)。本文には虫食いがけっこうきている。表紙も替わっているようだ。表紙にはご覧のように「朱竹坨/詩鈔/角田膽岳」と墨書、そして誰が書いたものか鉛筆で「Sumida」と横文字が補ってある。

角田膽岳誰なのか? とにかく検索してみたところ、ひっかかったのは一件のみだった。中国浙江省生まれで大正十一年に東大経済学部を卒業、教員や編集者をしながら文筆活動を続けた郁達夫(1896-1945と漢詩人・書家の服部膽風(1867-1964)との交流を述べたサイトに登場していた。

郁達夫與日本友人服部擔風
http://big5.gmw.cn/g2b/books.gmw.cn/2007-02/28/content_560360.htm

服部膽風の居所である藍亭(水郷の街・弥富町を行く)に住み込んでいた天才少年が角田膽岳だというのである。これは何かたいへん由緒ある手沢本という雰囲気になってきた。ただし、それ以上のことは何も分らない。

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封面題には『朱竹垞先生詩鈔』、内題は『竹垞詩鈔』。朱竹垞は清代の詩人で学者、絵も字もよくした人物である。このコピーには刊記もないが、関西大学と関西学院大学がそれぞれ一部所蔵している模様で、それによれば文化六年六月(一八〇九)と文政二年九月(一八一九)の版があるらしい。

朱彝尊(1629年-1709年),字锡鬯,号竹垞,明末清初浙江嘉兴人。

圖書館學與資訊科學大辭典

なお竹垞と竹坨との二種類の表記がある。垞と坨では音が違うはずなのだが……。

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裏表紙にはこのような記名がある。角田膽岳とは明らかに手が異なる。名前の方は「嶽蓮」「嶽蓮外史」でいいだろうが、脇にある住所(?)はどう読めばいいのか。仮に「入江市下舟良」と読んでおく(乞御教示)。入江だとして、入江という土地は全国にあるし、舟良の方はどこにも該当する土地はないようだ(グーグルで検索しただけですが)。さてどこのどなたやら分らないのが少し残念。

と思って、本文巻頭頁(上から二番目の写真)を見直していると、消された鉛筆文字に「伊吹町」とあるのがかろうじて読めるような気がしてきた。伊吹町は滋賀県だ。滋賀県で入江といえば、米原市入江になるのだろうか。

【コメント欄で解読にご協力いただき「入江村下多良」だという結論になりました】






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by sumus2013 | 2014-08-17 20:47 | 古書日録 | Comments(4)

思ひ出に…

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肉筆の絵葉書を二枚入手した。黄色いチェックのリボンを着けた少女と丸髷で傘を持つ女性。これらは下鴨ではなく別のところ。絵柄は明らかに大正前期あたりのものかと思われる。少女の葉書にはこう書かれている。

 思ひ出に替る 春

裏文字の春はサインかとも思うが、はっきりしない。文句としては春まで続いた方が語呂がいいだろう。こういう甘い文句を書き込むのが明治末から大正ヒトケタの流行だった。夢二もそうだし、宇崎純一がまさにこの手の絵葉書や挿絵をたくさん制作している。

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絵柄やタッチからしてそこそこ上手な素人かなとも思う。

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「UNION POSTALE UNIVERSELLE」は万国郵便連合の意味。切手面の三分の一強が文面に使用できるようになっている。郵便規則から言えばこれは明治四十年に取り入れられ大正七年まで通用していた。大正七年に文面として切手面の半分が使えるようになったのである。



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by sumus2013 | 2014-08-16 20:00 | 古書日録 | Comments(0)

LE NOUVEAU SPECTATEUR

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『LE NOUVEAU SPECTATEUR』nos 6-7(Camille Bloch, 10 AOUT 1919)。126X167mm、本文48頁。今年の下鴨で収穫と言えそうなのは、この小さな美術雑誌『ル・ヌーヴォー・スペクタトゥール』だけだった。

一九一九年五月から一九二一年二月にかけて二十号(十三冊、合併号が五冊ある)刊行された。編集者ロジェ・アラール(Roger Allard, 1885-1961)は一九〇二年に処女詩集を出しているが、ガリマール書店で美術書の編集を任されていた。一九一七年に作品集『Élégies martiales』をカミーユ・ブロックから出版し、そこにはラウル・デュフィによる木版画三十点が収められているそうだ。この六・七合併号も主要な部分はデュフィに捧げられている。

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デュフィの記事はともかくとして巻末に掲げられているこの雑誌が手に入る場所(販売所)一覧には目を奪われた。

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美術雑誌なので、まず左上から美術商の名前が並んでいる。ベルネーム・ジュヌは一九〇一年にゴッホ回顧展を開いたことで知られる大画商。ボエティ街のシェロンは藤田嗣治を扱っていた。ポール・ギヨームはスーチンやモディリアニを扱っており、モディリアニがその肖像画を残している。

本屋では、老舗ストックやブーリニエ、ピカールなど現在でも名前の残る店(出版社)も見えるが、やはりオデオン通りのモニエ(http://sumus.exblog.jp/12740647/)が入っているのが嬉しい。この一九一九年時点ではまだ開店四年ほどなのだが、若い文学者たちが集まる人気スポットとなっていたに違いない。

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by sumus2013 | 2014-08-15 20:25 | 古書日録 | Comments(0)

平凡パンチ DELUXE

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『平凡パンチ DELUXE』第二巻第三号(平凡出版、一九六六年五月一五日、表紙=大橋歩)。下鴨にて。こういった青年雑誌にはけっこうな値段が付く時代になっているのだが、この一冊は穏やかなもので、つい手が出てしまった。

記事内容はかなりアメリカナイズされていて、先日の高度にアメリカナイズされたニッポン」という昭和五年の状況は戦争をまたぎ占領期を経たことで更にストレートにこだましているようだ。

カラーグラビアがアメリカン・フットボール、都下のヤマト基地内のヤマト・ハイスクールのレポート、シカゴ1920年代特集、モダン・フォークのスターたち、特別レポート「これがFBIだ!」など満載。他にはローマの蚤の市、フランスの未来派モノレール、パリのオートクチュール、イギリスの豪華客船キャンベラ、ドイツの郵便列車強盗事件などヨーロッパの記事も目白押し。

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大橋歩のカラー・イラストは「懸賞つき推理ショート・空白の色」の出題図ともなっている。

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カラーページで興味深いと思ったのはこちら「自分と語り合う部屋 立教大学一年 金沢陽一」。おそらく当時の大学生の部屋としてはひとつの理想が描かれているのではないだろうか。

《今の自分の生活についていえば なんといってもレジャーがその中心になる いきおいインテリアとしての飾りも レジャー用品がそのポイントだ カベに四つ(パイオニア)と下に二つ(ナショナル)のスピーカーを組みこんだステレオは 全部自分で製作したものでこれは自慢の一つである アンプは山水 プレーヤーのアームはグレースを使用した アンプ台はおやじの酒入れをもらったもので 戸の中にウイスキーが入っている 友人を多く招いてフォークを聞きダベるため椅子も少し多くおいてある テープレコーダーを集めるのも好きで 一番小さいテレコ(ドイツ・ミニフォン机の上にある)がお気に入りだが 値段の方も小ツブでもピリリとからく 14万円もした》

ケッ!

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モダン・フォークのスターたち」よりボブ・ディラン、なんともハンサムな青年だ。


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野坂昭如の自伝的小説「イッパツドン」第一回。これが翌年『オール讀物』に掲載された「火垂の墓」のベースになっているようだ。

《昭和二十二年十一月、ぼくは多摩少年院中野出張所にいた。
 十畳ばかりの板の間に、十六名の少年が収容され、朝六時から、夜八時の消灯までを、荷札の針金通しの作業をして過ごす。
 収容されている少年の、最年長者は十七歳の目黒のやくざ。年少者は横浜でかっぱらいをしたという十一歳の戦災孤児で、ぼくはこのとき十六歳、窃盗でここに入れられた。
「いっちょやるか」
 と、声には出さないが、ぼくがやくざの膝をたたくのが合図で、毎日、オイチョカブが開帳される。もちろん房内に花札があるわけではなく、ぼくの手製だ。》

なんとも快調な滑り出し。挿絵が和田誠。惜しむらくは、この悲惨な物語にその絵柄が似つかわしくない。

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『平凡パンチ』What's New York ?
http://sumus.exblog.jp/15474721/

『平凡パンチ』第五巻第十二号
http://sumus.exblog.jp/16202227/



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by sumus2013 | 2014-08-14 20:57 | 古書日録 | Comments(0)

下鴨神社納涼古本まつり

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ほんとうなら三日目だが、小生にとっては今日が初日。人出はなかなかのもの。昨日も来たというMさんに狙い目のテントを教えてもらう。口笛文庫さんと聞いて駆けつけてみると、たしかに300円均一のレベルが相当に高かった。

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外国からの客人も目立った。この女性は謡曲本を熱心に見ていた。片言で台湾の本を探している台湾人の男性もいた。サンシュルピスでの自らの姿を重ね合わせてしまう。

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数冊は買ったものの収穫と呼べるほどのブツはなし。しかし充分楽しめた。ちょっと懐かしかったのはこちら。キトラ文庫さんで雑談していると、こんな差し入れが舞い込んだ。「これ何だか分ります?」と言われて一口「……? 牛肉でもないし…」

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「鯨ですよ」
あ、なるほど、このパサッとした食感、そうだクジラだ。
「珍しいでしょう。ずっと探してて、やっと見つけたんです」
「クジラなんか売ってるんだね! 何年ぶりやろう」
われわれの世代までは学校給食によく登場したものだ。その頃の記憶が甦ってくる。嫌いじゃなかった。今では高級食材のはず……が、これは百グラム200円だったとのこと。どういう仕入れルートなんだろう。



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by sumus2013 | 2014-08-13 21:28 | 古書日録 | Comments(0)