林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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湯川版『中国行きのスロウボート』

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十年少々前に御幸町の湯川書房で撮影した。村上春樹『中国行きのスロウボート』(一九八四年)。これは一冊だけ残っていた番外本。たしか当時三万五千円と聞いたように思うが、うろおぼえである。

『日本古書通信』1019号(二〇一四年六月号)の巻頭にこの本が出ている。田坂憲二「古書目録に見る村上春樹の署名本」。

《村上春樹の署名本で最も有名なものは、湯川七二倶楽部の第四回配本の『中国行きのスロウボート』である。著者本を含めて限定一〇八部で、限定番号は付されていないものの、名刺大の署名箋が挟まれている。刊行はなんと、一九八四年! のことである。はじめは二、三万円程度の古書価であったが、『玉英堂稀覯本書目』二二四号(一九九五年二月)が六万五千円の値を付けたあたりから急上昇を始め、一昨年の明治古典会の底値が三〇万円。『森井書店古書目録』五〇号(二〇一二年一二月)の三五万円あたりが良心的な値段と思われる。昨年末の『全大阪古書ブックフェア合同目録』(大阪古書組合、二〇一三年一二月)には、浪速書林が三六万円台の値段で出陳していたが、これも注文が重なったのではなかろうか。造本と署名と作品そのものと、何拍子も揃ったものであるから。

限定番号がないと書かれているが、七二倶楽部本には会員独自に割り当てられた木篇の漢字印が捺されているそうである。百冊余り、湯川さんが自ら捺印したとのこと。

村上春樹はちょっと湯川書房には異質なのではないか? 村上春樹に豪華本というのがどうも似合わないですね、と湯川さんに直接問うてみたこともあるが、肯定も否定もしないで苦笑いしていた。値段の動きだけ見ていると、いつの間にかこの本が、村上春樹のネームバリューとともに、湯川書房の代表的な一冊になってきたようだ。先見の明があったと言うべきなのだろう。

湯川さんと親しかったある方より次のようなメールを頂戴した。

以前から湯川さんも小生も音楽の香りをする本を出したいと思っていまして、書店で立ち読みした「村上春樹」を推薦したところ、「あれは駄目だ、作文」と言い、しかし「1週間」もせぬうちに「あれ契約してきた」と。
「誰」と聞くと「村上春樹」の名が返ってきたのです。
「手のひらかえす」とはこの事かと思ったのですが、当時、こんにちの「声望」を得るとは思いもしなかったです。

湯川さん、分っている。さかしまなところもさすがです。

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by sumus2013 | 2014-07-11 21:34 | 古書日録 | Comments(5)

貧乏は幸せのはじまり

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岡崎武志『貧乏は幸せのはじまり』(ちくま文庫、二〇一四年七月一〇日)。単行本のときに読んだはずだが、ほとんど忘れていて、面白く読了した。

あなたより貧乏な人
http://sumus.exblog.jp/12182683/

荻原魚雷氏と古書ますく堂店主・増田啓子さんへの貧乏インタビューが文庫スペシャル。これはどちらも一読の価値がある。魚雷氏はべつに貧乏どころか節約上手の素敵な奥さんみたいな生活だ。ますく堂さんも本のためにすべてを捧げている、最大限自分に忠実なスタイルで。そうすると一見貧乏ふうに見えるかもしれないが、貧乏どころか裕福だと言っても過言ではないだろう。いい話を読ませてもらったという爽やかな読後感が残るインタビューだ。

《魚雷くんは、今でこそ複数の著書を持ち、雑誌や新聞に連載を持つ、売れっ子の書き手だが、二十年前は、私同様、一般社会からあぶれた感じで、さすらうように生きていた。
 その頃に培った、貧乏者としてのライフ・スタイルは確立されていて、功成り名を遂げた今でも、基本的にそのスタイルは維持したまま。一種の芸風とも呼ぶべき完成度で、話をしていて楽しかった。
 次に登場してもらったのが、池袋の路地裏で住居兼店舗の古本屋「ますく堂」を営む増田啓子さん。彼女も私や魚雷君と同じく上京組。「本の雑誌」の別冊「古本の雑誌」でも、インタビューさせてもらったのだが、貧乏をテーマに再度話しを聞くと、まあ出てくる。この五年で買った服は靴下だけ……と、独身女性にあるまじき暴言もいただき、貧乏の奥深さをあらためて思い知ったのだった。》(文庫版あとがき)

ほんとうの貧乏は理不尽なものだと思うが、この本に詰まっているのはまさに幸せのはじまりにあるような楽しいアイデアばかりである。なかで本書で語られる稲垣足穂の生き方は「幸せとは何か」と考えるうえでもっとも深いところに触れているような気がする。

《「金は、そらあったら便利だけど、っていってますけどね。本人が金をもうけてどうしようという気はないんです。金がなくて自分が生きられなかったら、生きなくてもいい、という考え方」だったと、志代夫人は語る。》

《たまに原稿依頼があっても、自分が気に入ったものしか引き受けない。それは原稿料の多い少ないに関係なかった。そのくせ、原稿依頼書に入っている返信用封筒の切手は、水につけて剥がしてまた使っていた。》

《部屋には小さな机が一つあるきり。机の上には、使い古した広辞苑がのっていた。「原稿用紙は、新聞に入ってくる広告のちらしの裏面に墨で罫を引いたもの。鉛筆は、花かつおの付録の『みんなにこにこおべんきょう』式の丸い絵入り鉛筆だった」。その鉛筆も短くなるまで使い、短くなったのは二十本ぐらい、輪ゴムで束ねてあったという。》

要するに断捨離なのだ。断捨離とは自分を捨てるところへ落ち着く、またはそこから始まるもののようである。





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by sumus2013 | 2014-07-11 21:34 | おすすめ本棚 | Comments(2)

花咲く乙女たちのかげに I

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サンシュルピスの青空古本市で求めた絵葉書。印刷というより写真に近い光沢がある。消印はおそらく04だから一九〇四年であろうか。明治三十七年。パリはシャンゼリゼ大通りの賑わいを写している。差出人が分らないが、宛名はパリ市内七区ラ・カーズ通りのテランド家。

小生にはこの写真がシャンゼリゼ大通りの何処から撮影されたものなのかは分らない。はっきりしないが、突き当たりは凱旋門かもしれない。ただ、今もこれと同じような街路樹が両側にそびえているのはメトロ駅シャンゼリゼ・クレマンソーの附近、マルセル・プルースト散歩道(Allée Marcel Proust)と呼ばれている辺りである。

というわけで、マルセル・プルースト失われた時を求めて3 第二篇「花咲く乙女たちのかげに I』(高遠弘美訳、光文社古典新訳文庫、二〇一三年)を読了した。読み始めたのが去年の三月だから、相当なスローペース。ざっと読み流すのは簡単ながら、空いた時間をみて少しずつ愉しみながら読んでいた。

語り手の「私」がスワンの娘で美少女のジルベルトへ恋心を募らせ、最後にはそれを思い切るところまで。綿々と続く緻密な事物や心理の描写、そこへ練りに練られた会話が織り交ぜられる。たいへんよくできた恋愛小説といった趣である。ギリギリの感じ。

散歩道にその名が冠せられているようにシャンゼリゼはこの作品の重要な舞台のひとつである。子供の頃から私とジルベルトはいつもシャンゼリゼで遊ぶ。青年になった私は別れようと思ったジルベルトと仲直りするために贈り物をしようと目論んだ。親から貰う小遣いでは足りない。私はレオニ叔母が遺してくれた昔の支那の大きな飾り壺(ポティッシュ)を売り払うことにする。

《私は壺を包ませた。今までちゃんと見たことがなかったので、こうして手放すことになったのは、少なくともその壺を知るきっかけにはなった。スワン家にゆくまえに私はそれを持ち出し、馭者にスワン家の住所を教えて、シャンゼリゼを通ってゆくように告げた。シャンゼリゼの角には父の知っている支那の骨董を扱う大きな店があったのである。私は仰天したのだが、骨董商は即座にその壺の代金として千フランではなくて、一万フランくれた。私は有頂天になってその札を受け取った。これなら一年中、毎日、ジルベルトに薔薇とリラの花をいやと言うほど贈ることができる。店を出て再び馬車に乗ると、馭者はいつもの道を通らずに、ごく自然にシャンゼリゼ大通りを下っていった。スワンたちはブーローニュの森の近くに住んでいたからである。ベリ街の角を過ぎた頃、スワン家のすぐ近くで、夕暮れの中を反対方向に向かって遠ざかってゆくジルベルトの姿を認めたような気がした。ジルベルトはゆっくりと、しかし迷いのない歩調で、若い男と並んで、話しながら歩いていた。男の顔がよくわからなかった私は馬車のなかで身を起こし、停めさせようとしてためらった。歩いている二人はすでに少し離れていたし、ゆっくりとした足取りは平行する優しい二本の線となって、楽園を思わせるシャンゼリゼの宵闇に溶けてゆく。》

ベリ街(Rue Berri)はシャンゼリゼ大通りから現在のメトロ駅ジョルジュ・サンクの手前で北へ延びている通り。シャンゼリゼのロータリー(ロン・ポワン)と凱旋門の中間辺り。「楽園を思わせる」はシャンゼリゼがギリシャ神話における楽園「エリュシオンの野」という意味をもつため。現在この辺りは観光客が闊歩する目抜き通りになっているが、上の写真のようだったとすればあながち言葉遊びだけではないという気もする。

《本当だったらたくさんの小さな贈り物でジルベルトを喜ばせることができたはずの、予想もしなかった一万フランという金を絶望的な思いで懐に入れて私は家に帰った。もうこれきりジルベルトには会わない。私はそう決意した。》

青年のある種の潔癖と身勝手な妄想がよく描かれている。その後、私はこの大金をどうしたのか?

《私は、毎日ジルベルトに花を贈るよりずっと短時間でその金を使ってしまった。夜になると我が身の不幸をつくづく感じて家にいられず、愛してもいない女たちのもとへ出かけてゆき、その腕に抱かれて涙を流したのである。》

……



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by sumus2013 | 2014-07-10 21:25 | 古書日録 | Comments(2)

新兵器と科学戦

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竹内時男『新兵器と科学戦』(偕成社、一九四二年六版)。裸本ながら興味深い内容だ。本文冒頭にこう書かれている。

《どんな人でも平和を希望しない者はない。しかし戦争といふ尊い犠牲があつてこそ始めて真の平和が築かれるのであるから、われわれは平和のために止むを得ず干戈を交へなければならぬのである。歴史は繰り返すといふが、歴史の一面はたしかに人類の争闘史であつて、古い昔から今日まで戦争は絶えず繰り返されてゐるのである。一国の存立興隆のためには、欲しない戦もしなければならぬのだ。》

戦争肯定の理屈はいつもこんな調子である。竹内時男という人物は東京工業大学で物理学を研究していたようだ。海外の新しい文献に通じ、当時はほとんど毎週のように新聞に名前が出るくらいの著名人だったらしい(座談会「数物学会の分離と二つの科学」)。たしかに本書にも海外(英米独伊仏)の兵器などの写真がふんだんに使われている。

現在実用化されている新兵器もすでにここにその原型を見るものが少なくないようだ。目次から「近づく近未来戦」の項目を写してみる。

光電話 無人飛行機、無人軍艦 便利な往復弾 
軍艦を食う細菌兵器 殺人光線(怪力線)とは何か 
物凄い殺人音波 電機眼と電機耳 奇怪な暗中の眼、暗視 
猛威をふるふ細菌戦 毒蛇毒虫弾 姿なき兵器 人口雷雨

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竹内は放射線も研究したというが、原子爆弾(文字通り原子爆弾ではないが)に関する情報もわずかながら掲載されている。

《ラヂウム・アトマイトといふのは最近発明されたもので、物凄い爆破力を持つてゐて、飛行機から百哩平方、深さ四哩の空間に散布されると、地上の人間は勿論すべての生物の命がなくなつてしまふといふ恐ろしいものだ。》

「radium atomite」で検索してみると、竹内の記述に近い記事が見つかった。Joel Robert Davidson『Armchair Warriors』には一九二〇年代三〇年代の英国における毒ガス兵器への恐怖を当時の『New Republic』から引用しているくだりに

《the radium atomite of anti-aircraft guns tries vainly to fill a space one hundred miles square and four miles deep,

とある。これは対空兵器としてラヂウム・アトマイトが用いられる描写だが、有効範囲が同じなので同じ兵器を指していると思われる。

それはともかく、おや? と思った図版はこちら。

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手塚治虫の初期作品を連想してしまう「未来戦争に予想されるロケツト」の図。海外の雑誌か何かからの引用だろう。そして、ひょっとして本書は手塚少年もむさぼり読んだ一冊だったのかもしれない。先日の昆虫図鑑とともに。

原色千種昆虫図譜
http://sumus2013.exblog.jp/21809930/



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by sumus2013 | 2014-07-09 21:54 | 古書日録 | Comments(0)

筑摩書房図書目録

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岩波書店の目録のついでというわけでもないが、わけあってたまたま某氏より『筑摩書房図書目録』を何冊かお借りしたので、一部紹介しておく。1970、1971、1974。いずれもA5判。デザイナーの名前は記されていないが、背筋のシャンとしたレイアウトだ。

1970年版の冒頭にはこう書かれている。

《この図書目録には、戦後、筑摩書房で発行された図書のすべてが収録されています(昭和45年2月現在)。ただし、絶版本は末尾に一括して収めました。》

残念ながら1971と1974年版では《絶版本は省略しました。》となる。

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またいずれの版にも《裏表紙の小社のマークは、青空を截る鷹をデザインしたものです。作者は、青山二郎氏。創業を記念して昭和15年に制作されました。》と書かれている。

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もひとつついでに『株式会社筑摩書房出版通信』第一号(一九四三年八月、245×167mmの紙を二つ折り四頁)と『筑摩書房新刊ニュース』一九七三年八月。182×256mmの紙を二つ折り二枚八頁

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by sumus2013 | 2014-07-08 20:30 | 古書日録 | Comments(0)

岩波文庫目録

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バルテュス展の帰り道、ちょっと立ち寄った古本屋の軒先にこんなものがあった。『岩波文庫目録 昭和三年七月』(岩波書店)と『岩波文庫目録 昭和四年三月』(岩波書店)。三年版は表紙も含め三十二頁、針金綴じ。四年版は四十頁。

岩波文庫略年表によれば《書店向けの岩波文庫目録(表紙には「昭和3年7月」とある)を作成》とあってこれが最初の岩波文庫目録らしい。『岩波文庫総目録 1927-1987』(岩波書店、一九八七年)で調べると、六頁目、八月十五日発行の335番コルネイユ『ポリウクト』までが掲載されているようだ。四年三月版は491番岡倉覚三『茶の本』(三月十日発行)まで掲載。

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三年七月版の第二頁にある前書き、および目録の最初の頁。第一頁目には「読書子に寄す」が掲げられている。前書きの最後に《御注文は前金でお願ひ致します。切手代用一割増。値段も安く小さい本ですから必ず送料はお忘れなくお添へ下さい。》とあるが、これは「書店向け」の文言なのだろうか?

『創業者を偲びつつ 岩波書店略史』(岩波書店、一九五九年)には昭和三年の岩波文庫についてこう書かれている。

《このころから、岩波文庫の返品がたくさんあるようになった。改造社や春陽堂などで岩波文庫に対抗して新しい文庫が発行され出したことも原因の一つであろう。それらの文庫は売れそうなものを選んで発行した。定価も安かった。古典だけを発行している岩波文庫がそれらに対抗することは、容易ではなかった。この事態は岩波書店に打撃を与えた。今まで相当の利益を生んでいた岩波文庫は、今や岩波書店の命取りになるのではないかとさえいわれるようになった。或る人は文庫を中止することを進言したこともあったという。しかし、岩波茂雄は刊行の辞に、永遠にこの仕事をつづけるといった以上、その約束を実行しなければならないといって、少しもひるむところがなかった。そして不景気を挽回するためには、店員たちは販売の面で新しい工夫をこらした。この経験は、岩波文庫にとって尊いものとなった。

文中「店員たちは販売の面で新しい工夫をこらした」とある営業努力のひとつがすなわち岩波文庫目録作成ではなかったろうか。

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ついでに『岩波書店出版図書総目録 昭和十二年十二月現在』(岩波書店、一九三七年一二月一七日)の書影を出しておく。






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by sumus2013 | 2014-07-07 21:10 | 古書日録 | Comments(0)

滞欧作品展

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バルテュス展の前に神宮道にある星野画廊を訪ねた。これまでも何度か紹介しているが、いつもユニークな展覧会をやっておられる。今回は日本人洋画家の滞欧作品ばかりを集めた内容で、前期(明治〜大正)・後期(大正〜昭和)に分けての開催。前期はパリ滞在中だったため拝見できず少々残念。

有名な画家も幾人か選ばれてはいるものの、その多くはあまりよく知られていない画家たちの絵である。画廊の壁面いっぱいに所狭しと並んでいた。これまでいろいろな展覧会を見て来たにもかかわらず、そんな晴れ舞台にはほとんど登場することのない無名画家たちの情熱というのか、こういう埋もれたマイナーポエットたちが無数に活動していたのだということが痛いほど分って興味は尽きなかった。矢崎千代二や船川未乾の絵を見られたのも収穫だった。

園頼三[詩]+船川未乾[画]『自己陶酔』
http://sumus.exblog.jp/13673714/

竹内勝太郎『西欧芸術風物詩』
http://sumus.exblog.jp/10488289/

図録がたいへん良い資料となっている。澤部清五郎旧蔵資料として大正時代にパリで撮影された日本人画家たちの記念写真が五点掲載されているのも貴重。安井曾太郎や梅原龍三郎、小杉未醒らの顔も見える。その中の一枚。

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大正二年紀元節の日(二月十一日)にフォンテーヌ・ド・ロプセルヴァトワール(Fontaine de l'Observatoire)で在仏日本人美術家たちが集まって記念撮影した写真。解説によれば安井曾太郎は体調が悪く不参加だったそうだ。後ろの彫刻はカルポーの作。

ポール・ロワイヤルの近くで、モンパルナスの外れといったところ。後年この後ろに見えている並木を佐伯祐三が描く(「リュクサンブール公園」1927)。先日紹介したザッキン美術館も徒歩三分くらい(むろんこの時代には住んでいなかったが)。マン・レイも近所に住んでいたことがある。また、写真で画家たちが向いている方向右手直ぐにヘミングウェイが愛したカフェ「クロズリー・デ・リラ」が見えているはず。

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この建物一階部分がクロズリー・デ・リラ。この右手奥に噴水がある。

小生、今回の滞在ではここから歩いて数分のところに宿をとっていたので毎日のように噴水を眺めてバス停まで歩いていた。

亀の噴水
http://sumus.exblog.jp/20638715/



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by sumus2013 | 2014-07-06 21:10 | 雲遅空想美術館 | Comments(2)

バルテュス京都再臨

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京都市立美術館でのバルテュス展、初日。まとめて見るのは同館での一九八四年の回顧展以来。このときは「バルテュスって誰?」という感じで知る人ぞ知る作家だったし、また京都だけの展示だったため東京からわざわざ友人たちが上洛してきたのを覚えている。

今ではすっかり巨匠になってしまった。あられもない少女の裸体画をズラズラ並べて真っ昼間堂々と大勢の老若男女がぞろぞろ見て回るという光景はある意味頽廃の極みと見えなくもないが、バルテュスはバルテュス自身が狙ったほど頽廃味は持ち合わさない作家なのかもしれない。

作品の選択も悪くないし、晩年のアトリエの再現展示や写真パネル、蔵書や遺品の展示もあってそれなりに楽しめる。

出品目録に手持ちのシャープペンでメモをしていると、衛士(というか見張り)のおばさんが「すみません、会場ではボールペンもシャープペンも使えないので、こちらをお使いください」と上の写真のようなペンを渡してくれた。このペンの先端には短い鉛筆の芯が付いている。別にシャープペンと大した違いはないのにとも思ったが素直に受け取っておいた。


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by sumus2013 | 2014-07-05 22:32 | 雲遅空想美術館 | Comments(2)

夢の「魂と夢」

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ラーム・エ・ル・レーヴ(魂と夢)書店はこれまでも紹介した。個人的にもし潤沢な予算があれば、パリで第一に訪ねる店になるだろう。もしあれば、の話。

魂と夢
http://sumus.exblog.jp/20701607/

モンパルナスその他
http://sumus.exblog.jp/17188772/

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昨年同様、今回もウィンドウ・ショッピングのみ。上の写真では上段右から二番目の絵の入ったパンフレット。これは値段を尋ねるくらいはしてもよかったかと思う。ジョゼ・コルティ書店のシュルレアリスム出版書目のようだ。

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この写真の上段左から二番目。アントナン・アルトーの『神の裁きと訣別するため』。いや、これは二〇〇八年に他の店で買いました。買ってて良かった


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ギー・ドゥボール『Contre le cinéma』、これも以前紹介したことがあるが、値段は聞くだけ無駄だと思って指をくわえて過ごした。その後「魂と夢」はAbeBooks.comに登録していることが分ったので、検索してみたら US$ 1,050.25 で出品されていた。

ギー・ドゥボール『スペクタクルの社会』

『スペクタクルの社会』の後版(Buchet-Chastel, 1967)をブラッサンス公園古本市で見かけた。かなりいい値段だった(日本円で二万円くらい)と思ったものの、ひょっとして安かったのかも。「均一台の思想」ではとうてい手が出ない。この辺りは一九六〇年代の学生運動とも関連しており、近年は相当にホットなジャンルのようである。


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by sumus2013 | 2014-07-05 21:59 | 古書日録 | Comments(0)

菊地信義とある「著者11人の文」集

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神奈川県近代文学館で開催中(〜七月二七日)の「装幀=菊地信義とある「著者50人の本」展を記念して刊行された『菊地信義とある「著者11人の文」集』(県立神奈川県近代文学館、二〇一四年五月三一日、造本・装幀=菊地信義+水戸部功)。

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でました! スイス式製本。

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菊地信義と言えば、個人的にはこの見開き、澁澤龍彦の二冊ですっかり参ってしまった。『高丘親王航海記』(文藝春秋、一九八七年)と『マルジナリア』(福武書店、一九八三年)。どちらも発行後間もなく買って(もちろん古本ですが)長らく持っていたが、いつだったかふとした気の迷いで手放してしまった。今でもそんなに珍しい本というわけではないのでたちまち買い戻せるわけだが、まだ積極的にそうしようという気にはならない。だが、いずれもういちど机辺に置いて撫ぜ廻してみたいとは思っている。




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by sumus2013 | 2014-07-04 21:38 | おすすめ本棚 | Comments(2)