林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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神戸の戦前古書目録

神戸の古書目録をひとまとめに某氏より頂戴した。これは嬉しい頂き物。数が多いのでとりあえず書影と必要最小限の情報だけ記入しておく。古書価の参考に高額商品を挙げたが、できるだけ単品を選んだ。数字は 00円,00銭。

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古書蒐報 第参号 カミオカ書房古書販売目録 
昭和八年十月二十五日
カミオカ書房
神戸市神戸区元町二丁目一〇三
『史籍集覧』(33冊)85,00/『万葉集新考』(井上通泰)18,00/『日本植物図譜』(寺崎愛吉)18,00

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古書蒐報 第四号 
昭和八年十二月一日
カミオカ書房
神戸市神戸区元町二丁目一〇三
『薩隅煙草録』(青江秀)23,00/『南蛮記』(新村出)6,00



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見わたせば 眺むれば 須磨の秋 目録第三号
昭和八年十一月五日
清文堂書店古典籍部
神戸市須磨区稲葉町六丁目
『土佐物語』(写本、安永頃)18,00/『和名類聚抄』(和本五冊)45,00

*


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南天荘販売目録 第三年・第一号
昭和九年二月
南天荘書店
神戸市灘区城ノ内通七丁目四三三
『参考源平盛衰記』(写本、文政頃、44冊)4,50/『校補 但馬考』(桜井勉)4,50

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南天荘販売目録 第三年・第二号
昭和九年四月一日
南天荘書店
神戸市灘区城ノ内通七丁目四三三
袖珍文庫 0,20均一/拾銭均一、二拾銭均一、三拾銭均一

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南天荘販売目録 第三年・第三号
昭和九年六月五日
南天荘書店
神戸市灘区城内通七丁目
『スタヂオ増刊 家具建築装飾美術号』(三冊)5,00

*


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古書目録 第一号
昭和十一年八月一日
竹内書店
神戸市葺合区二宮町二丁目一ノ四
『桜咲く島』(竹久夢二)5,00/『増補蔬菜園芸全書』(喜田茂一郎)5,50


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ロゴス典籍目録 第二十号
昭和十三年三月七日
ロゴス書店
神戸市神戸区三宮町二丁目
『こんちりさんのりやく』(写本、慶長頃、表紙)200,00/『乾隆勅板銅板金川得勝図』(喜田茂一郎)1500,00

*

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南天荘古書蒐報 1
昭和十三年六月十日
南天荘書店
神戸市灘省線六甲道駅前
『兵庫北宮内町宗門改帖』(安永・明和)8,00/『村瀬保険全集』9,00


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南天荘古書蒐報 2
昭和十三年八月中旬
南天荘書店
神戸市灘区永手町省線六甲道駅前
『内村鑑三全集』(20冊)60,00/『劉生図案集』6,50/『プロレタリアソシヤリズム』(独文、二冊)20,00

*

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古典蒐報 第四号
昭和十三年十二月二十日
藤本書店
神戸市湊区五宮町四〇
『酒伝記』(写本、伊丹万願寺)10,00/『青木南華山水画帖』50,00/『改正和英増補英和語林集成』(ヘボン)4,50


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古書販売目録 第七号
昭和十六年五月
書肆聚美社
神戸市湊区楠町六ノ八三
『私の観たる明治初期の日本風俗』(ビゴー)55,00/独訳日本詩集『落葉』(カール・フローレンツ)50,00/『新西域記』(大谷家、二冊)150,00

*

以上、内容に工夫が見られるのは南天荘で、眺めていても面白い。古書のレベルは値段が示している通りロゴス書店が飛び抜けている。



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by sumus2013 | 2014-03-31 20:09 | 古書日録 | Comments(0)

101歳の阿部展也

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新潟滞在中、新潟市美術館で「101歳の阿部展也」という回顧展を見た。阿部展也(1913-71)は新潟出身の前衛画家。小生が学生の頃は幾何的な図形を派手な色の組み合わせで描いた作品をしばしば目にしたが、この会場を一回りすると、さまざまな様式を渡り歩いた(?)ことがよく分った。

なかでも戦後間もない頃に担当した火野葦平の連載小説「ただいま零匹」の挿絵には驚かされた。ベタな写実描写で、しかも達者だし、まったく手を抜いていない。本気で取り組んでいることが伝わってくる力作だった。

それぞれの時代のそれぞれの作風に見所があったが、いちばん感心したのは上の「作品」(1950)と名付けられた作品。シュルレアリスムといちおう分類しておいていいのかもしれないけれども、なんとも形容し難い不可思議な世界を展開している。


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会場の入口には瀧口修造の最初の詩集、そして阿部芳文(展也)が挿絵を描いた『妖精の距離』(春鳥会、一九三七年)が展示されていた。なんと各頁を解体(!)し、それぞれ額装して飾り付けている。原画は戦災で失われたと聞いたが、さて、これはどんなものか……。そこまでして額装展示する意味があるかどうか。詩画集は詩画集としての形が大事なのではないだろうか。今時なのだから、本文を撮影してモニターで見せるという手もあるし。


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『瀧口修造とその周辺』(国立国際美術館、一九九八年)図録に掲載されている『妖精の距離』。瀧口はこう書いている。

《私の内部には、永いあひだ、卵のやうに絶えず温められてゐた妙な思想があつた。さう、それは全く思想といふより、ほかに言ひやうのない、だが卵のよ[ママ]うなものであつた。ただ貝殻の中に小石が形づくられてしまつたやうに、いま一冊の詩画集『妖精の距離』が、阿部芳文君とのあひだに作られたことはたのしい。》(『みづゑ』一九三七年一一月号)

阿部と瀧口の関係については下記論考が詳しい。

戦前の阿部展也(芳文)の活動 瀧口修造との関係を中心に
http://banbi.pref.niigata.lg.jp/wp-content/uploads/SKMBT_C36013111914410.pdf

ただ、どうしたわけか瀧口の自筆年譜では『妖精の距離』については一言も触れられていない。


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by sumus2013 | 2014-03-30 21:27 | もよおしいろいろ | Comments(0)

古本海ねこ古書目録コンパクトカラー版

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『古本海ねこ古書目録コンパクトカラー版2014年春潮号』が届いた。これまでも資料性に富んだ見事な目録だったと思っていたが、今回はオールカラー! これはまた違った意味で目をみはる。絵本やこども雑誌などの世界と日本の両方の歴史に目が開かれるみごとな内容である。色彩の強みは計り知れない。これまでは注文できずにいたが、今回は何か注文したい、注文する。4月10日に抽選だそうです。

話は少し古くなるけれど、かつて古書日月堂さんがオールカラーの目録を出したときにもかなり話題になった。小生はそういう情報にうといので、ある古書友が教えてくれたのだが、聞いてすぐに申し込んだところ、幸い目録そのものはかろうじて入手できたものの、その後注文した本はことごとく売れていた(ことごとくって二冊くらいです)。

目録と言えば、『第九回サンボーホールひょうご大古本市目録』もかなり楽しめる。図版頁もなかなかのもの、なかで目に留まったのはこちら図研の出品。ドイツのサーカス団カール・ハーゲンベックのポスター三種類。

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日本を走ったサーカス・トレイン
http://works-k.cocolog-nifty.com/page1/2011/09/post-a5de.html

ハーゲンベックはドイツで近代的な動物園を経営した人物。動物ばかりか人間を展示したことでも有名のようだ。

文字の頁ではやっぱり街の草。かなりチェックが入った。ただし注文したのは一点だけだが……。トンカ書店にも気になる本がいろいろ。こちらの抽選日は4月2日。





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by sumus2013 | 2014-03-29 21:10 | 古書日録 | Comments(2)

市島三千雄自筆原稿

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市島三千雄が残した唯一の自筆原稿を齋藤健一さんに見せてもらった。『新年』の仲間である八木末雄が保管していたそうだ。いまだ現物発見に到らず復刻版に未収録の号に発表されたのではないか、ということだった。その号の編集担当が八木だったため、八木の手許に同人の原稿が集まったということらしい。

四百字原稿用紙二枚半、詩一篇。タイトルは「●」。この記号は他の作品にも見られる。全文引用しておく。原稿用紙通りの改行にしたが、一文字下げのところは改行なしで前の行から連続することを示すものと思われる。



   ●           市島三千雄

私生子は眞白ろけで下品でない
弱蟲であるから性慾が無い腰が細くて着物は
 袋なのである
私生子は何時とは知らず自分の話を知つてし
 まふのである
偉いから泣かないそして自分ばつかり思つてゐる。母に
 は一度も言はないのである
母が啜つて泣いたし着物に小脳がしたから私
 生子は黙つてしまふのである
そして母と子の間が瑞[みづ]々しくて母は少しも訓
 へない
私生子は蟲のなのである
夜時々眠むられない目がさえてしまふ自分の
 存在がわつてやつとのことで寝てしまふ
 し
沈黙で私生子に視られたから系統の話は大嫌ひ
 なのである
結婚する事が出来なかつたから私生子は移轉[一枚目終]
 するそして行衛知れずになつてしまふ
母が気が利いて居たけれど相手にされぬよな
 気持ちがしたし
私生子は田舎が駄目であつた
何處へ行つてしまふかわからないそして家が
 残つてしまふのである
何時もぼんやりしてしまふし金を貯蓄する勇
 気が脱[ぬ]けて苦学をする體力が缺けてゐる
私生子は永久的であつたから母がいつも黙つ
 てゐる親類が無かつたし世間の人は金の送
 られる場所が不明[わから]なのである
一軒家の樣であるし赤ん坊の為家が暴[あ]らされ
 る事が無い閑[ひつそり]して歓聲がない
私生子はどうしても都が故郷なのである
子供が大きくなると引越してしまふしどうな
 るかわからない
幽霊の樣で手紙もよこさない
移轉した跡は清潔なのである
皆んなはこのことを知つてゐないのである
私生子はしつかり[四字傍点]して物事に周章てないので[二枚目終]
 ある
敷地は濕つて居ないのである。
     (1925・5)




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(1925・5)とあるが『市島三千雄の詩と年譜』(市島三千雄を語り継ぐ会、二〇〇七年)によれば、大正十四年(一九二五)は『新年』創刊の前年で、『日本詩人』二月号に四篇の詩が入選。選者は萩原朔太郎(市島が指名したという)で選評に《市島三千雄は天才的である。この人の前途に嘱望する。》とあった。

また八月には中西悟堂選で『抒情詩』に三篇が掲載された。絶賛である。

《その表現は、善き意味に於ての、全くの変態である。独歩の作家だと思ふ。私はこの人の詩集を出して見たい。
どこか人の知らない海岸に転がってゐる特異な貝のような市島君。滅多に投書をするでもなし、同人雑誌をつくるでもなし、ひとり妖然と閃く心霊を持って隠れてゐるようなこの作家を、私は躊躇なく推す。そして詩集まで推奨する。》

これらの投稿詩篇もタイトルは「●」だけで、《無題詩を宣言す》と添え書きのある作品もある。市島が詩を書き出したのが前年の大正十四年(代表作「ひどい海」など)十七歳のときだから十七歳にもなれば!、一年ほどでたちまちにして朔太郎や悟堂に絶賛されたことになる。

『新年』という仲間四人だけの親密な雑誌の創刊はこの、少し大げさかもしれないが、ある意味「華々しい」詩壇へのデビューに対する反動なのかもしれないと思われなくもない。《私生子は移轉するそして行衛知れずになつてしまふ》、だから『新年』創刊以降は『新年』以外の雑誌には発表しなかったとも年譜には書かれている。

また大正十五年には宮澤賢治から『春と修羅』を贈られている。今から見ればものすごい勲章だが(古書価もスゴイです)、当時はどちらもほぼ無名だったわけだから、純粋に賢治は市島の詩に親しみを感じていたのであろう。

市島は、昭和二年十月以降、一篇の詩も発表しないまま昭和二十三年に歿した。享年四十一。生前に詩集は持っていない。






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by sumus2013 | 2014-03-28 20:53 | 古書日録 | Comments(0)

市島三千雄文学散歩

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新潟の詩人・市島三千雄(いちしまみちお=齋藤氏によれば、市島の甥御さんはイチシマを名乗って居られるとのことで、イチシマを採るという。ただし『新年』第四号には「ITIZIMA」とある)の顕彰に努めておられる齋藤健一さんに案内されて、古町通り界隈にある市島ゆかりの場所を訪ねた。市島と仲間たちの雑誌『新年』についてはかつて紹介しているのでご記憶の方もおられるだろう。

『詩誌「新年」復刻版』

詩誌「新年」と新潟の4人の集り展

上の写真は折から古町六番町商店街にパネル展示されていた昔の古町六番町である。広く手前から奥へ伸びているのが古町通り。左右に交差しているのが柾谷小路。この小路は昭和初年に拡幅されているそうだから、これはおそらく大正時代であろう(パネルに年代の説明がなかった)。中央に大きく三階建ての商店が北光社という書店で、つい数年前まで営業していた。

北光社・佐藤店長インタビュー

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齋藤さん手書きの古町通六商店街地図。点線で区切られているところまで道路が拡げられた。上の写真では明らかに北光社書店は三軒目だから拡幅以前は間違いない。北光社の斜め向かいに市島洋品店とあるのが市島の生家である。その左隣「横場精良堂」は『新年』を印刷していた印刷所。洋品店の息子とその友人三人が作り、隣家の印刷屋で印刷し、向いの書店で売る。すばらしきかな町内出版!



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これが現在の北光社跡。向かって左手の店の角に緑色の壁に丸いレリーフが取り付けられているが、これは書店時代の名残で「本を捧げるヴイナス像」。市島の生家は右手になる。



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現在、デイリーヤマザキ新潟古町店(新潟市中央区古町通6番町953−2)が営業しているところが市島洋品店だったのではないかと齋藤氏は考えておられる。




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こちらは『新年』の仲間の一人、寒河江眞之助が一年間ほど経営していた「カフエローランサン」があった場所。「みどり」(新潟市中央区西堀前通8番町1519)と看板が上がっている建物(むろんこの建物は新しいものだが)の二階だったそうだ。



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中央区西堀通り五番町の北山浄光寺(浄土真宗本願寺派、新潟市中央区西堀通5番町836)に市島家の墓がある。齋藤氏は墓標の名字が「市嶋」となっているのを気にして居られた。都心の墓地だけにびっしりと新旧の墓石が並んでいる。規模はもっとずっと大きいが、アポリネールやローランサンが眠るペール・ラシェーズ墓地やボードレールの眠るモンパルナス墓地を思い出す。



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こちらは前日、一人で歩いたときに撮影した西海岸公園にある市島三千雄詩碑。市島のもっともよく知られた「ひどい海」が彫り刻まれている。








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by sumus2013 | 2014-03-27 21:23 | 文筆=林哲夫 | Comments(2)

パリの書店より 新潟絵屋

先週の土曜日から火曜日まで新潟に出かけていました。「パリの書店より」と題しましたが、それ以外の作品もけっこう並んでいます。三十日まで開催中。


新潟絵屋
http://niigata-eya.jp


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三月二十一日付け『新潟日報』に齋藤健一さんが個展の紹介を寄稿してくださいました。偶然にもその真上に大きく鎌田哲哉「大西巨人さんを思う」が掲載されており、あっと驚きました。








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by sumus2013 | 2014-03-26 20:10 | 画家=林哲夫 | Comments(0)

胡桃の中と外

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『澁澤龍彦全集月報別巻2』(河出書房新社、一九九五年六月二六日)より「東大寺お水取り見学の折、寧楽美術館で 松山俊太郎(左)と(1984年3月)」。

別巻2の月報は澁澤龍彦の担当編集者だった平出隆インタヴュー。インタヴュアーは巖谷國士。晩年の澁澤邸へ通った平出さんの回想がなかなかに楽しい。初対面の印象。

《巖谷 最初の出会いはどんなでした?
平出 かわいた感じで、ずっとその印象は続きますけれども、カッカッという笑いでとても助かったというか、こちらの怯えがとりあえず飛んだというような……。》

《巖谷 階段を降りてきたときには……。
平出 ただの眠そうな人だった(笑)。
巖谷 その落差は大きい。
平出 大きいですね。部屋の空間は伝説通りでも、もうそんなにいろいろな人は跋扈していなかったし。
巖谷 空間だって、わりとシンプルじゃないですか。写真なんかでゴテゴテと極彩色に見せたりしてるけれども、じつはわりと落ちついた内装でしょう。僕なんかは、戦前の洋館というイメージで見ていましたね。
平出 そうですね。懐かしい感じもありますね。
巖谷 ただ、骸骨が置いてあるとか……。
平出 ムササビがいるとか……。むしろ、どうやって掃除するのかなとか(笑)、そういうふうに見ていました。》

もうひとつ傑作なのは夫人との口喧嘩。

《平出 奥さんとの論争は、よく見ましたね。一度すごい論争があったんです。それも、「スーパーマーケットとデパートメントストアは違うとは言えない」という。
巖谷 どういうことですか、それは(笑)。
平出 名辞と実体について雑談していて、スーパーとデパートは違うとは言えないと、澁澤さんが言ったんです。そうしたら横から奥さんが猛然と、「だって違うじゃない!」と(笑)。スーパーはレジがこうなってるけど、デパートはこうこうだと、どこまでもリアルに。
巖谷 構造の違いを言うわけだ。
平出 実際的でしょう、奥さんは。澁澤さんは「その構造だって変るかもしれないじゃないか」と言って、この論争が一時間ぐらい、二人とも本当に激昂して。
巖谷 編集者の前で。
平出 他人はいないも同然。結局それがどうおさまったかというと、二人ともぐったり疲れはてて(笑)。
巖谷 両者譲らず?
平出 まったく譲らず。あれを録音しておけば澁澤哲学の骨格がすべてわかった。》

たしかに、十七歳で敗戦を迎えた澁澤にとって戦後の構造(政治体制)が変っても本質は変わらないという思いがどこかにあったのかもしれない。

***

新潟出張のためしばらくブログを休みます。






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by sumus2013 | 2014-03-21 21:20 | 古書日録 | Comments(0)

パリの書店より in 絵屋

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パリの書店より 林哲夫展

3月22日〜30日

新潟絵屋
http://niigata-eya.jp


このところずっと描いているパリの書店シリーズを新潟で展示します。油彩画、水彩画、そしてコラージュも新作を交えて多数出品するつもりです。

3月23日にはお茶会があります。詳しくは絵屋まで。



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by sumus2013 | 2014-03-21 20:52 | 画家=林哲夫 | Comments(0)

伊藤宗看図式第八番

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三月五日のブログで『将棋精観中巻』(松井弥七編、棋研会、一九三八年八月八日)を紹介した。その日の夜から、毎晩寝る前にこの問題にチャレンジしてきた。やっと一昨日(三月十九日)自力で解けた。盤駒には並べず、頭の中だけで解いたので、小生の軟弱な棋力からすれば二週間は上出来だろう。うれしくなったので自慢げに報告しておく。

この出題図、三筋目六段目の玉方の金は後張りである。誤植だったのだろう。透かして見ると「と」と印刷されているようだ。金と「と」なら働きは同じだが……

『詰むや詰まざるや 将棋無双・将棋図巧』(東洋文庫282、平凡社、一九七六年版)を参照してみると、この作品(「将棋無双」第八番)は上の図から九・五の「と」が省かれた形で掲載されている。三・六は「金」である。

解説によれば東洋文庫版に掲載されているのは宝暦五年に幕府へ献上された「献上図式」で、作者による解答も付されていた。昭和四十一年に内閣文庫で発見されたそうだ。ただしその第八番オリジナル図には余詰めがある(まったく気付かなかったですが)。修正案として

《玉36金を36とに代える(山村氏案)か、玉方57とを56とにする(今田氏案)ことにより前記余詰は解消する。》

三・六の駒が金だと先手がそれを利用できるため詰みが生じるということである。とならば先手の手に渡ったときには歩にもどるので金の価値がなくなって詰みに貢献できないのだ。将棋が分らないと説明しても分らないだろうから、これ以上はやめておくが、ともかく複雑な相互依存パズルなのだ。

この図を補正した松井雪山もいろいろ考えたすえに「と」案を捨てたのかもしれない。作者による解答が発見される何十年も前だから無理もない。




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by sumus2013 | 2014-03-21 20:40 | 古書日録 | Comments(2)

事物はじまりの物語/旅行鞄のなか

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吉村昭『事物はじまりの物語/旅行鞄のなか』(ちくま文庫、二〇一四年二月一〇日、カバーデザイン=多田進、カバー挿画=高須賀優)。

このなかの一篇「国旗」を読むと、「日の丸」は寛文十三年(1673)に幕府が御城米を輸送する船に朱の丸の船印を立てるように命じ、それが幕末におよんだと書いてある。そして幕末の嘉永七年(1854)幕府が西洋型帆船「鳳凰丸」を薩摩藩が「昇平丸」を完成させた。それにともない西洋船と区別するために島津斉彬が日の丸の船印を立てるように老中首座阿部正弘に建言、それが容れられ、日本船には日章旗が立てられることとなったそうだ。

《その後、日の丸は船印にとどまらず、明治政府はこれを国旗とすることに定め、明治三年(一八七〇)正月二十七日、それを布達した。旗の大きさは横と縦の比率を十対七とし、中央に旗の縦の五分の三とする日の丸を、中央に描くものとした。》

『明治世相編年辞典』(東京堂出版、一九六五年)の明治三年1月27日を見ると、こう書いてある。

《旧幕府が、"日本惣船印"として定めた(嘉永7年7月9日)"白地の日の丸"を踏襲したもので、規則の上では、「商船規則」の一部に「御国旗」として定められたものであり、大きさの異なる大・中・小の三種を用いることとした。また3年から6年にかけて、陸・海軍の国旗も別に定められていたが、22年までにいずれも廃止され、この商船国旗だけが今日におよんでいる。》

要するに、平成十一年(1999)八月十三日に「国旗及び国家に関する法律」が公布・施行されるまで、日の丸は基本的には船印だったということだ。面白いのは現行規定では日章の直径は縦の五分の三と同じながら、旗の縦横比は縦が横の三分の二とされていること。吉村によれば明治政府は十対七としたわけだからタテヨコの比率は「1:1.42857」、そして現行は「1:1.5」である。

「1:1.42857」という比率は√2(ルート2)矩形(1:1.1414)にかなり近い。√2矩形というのは次のようなものである。


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《第2図は、ポルト・ダルモニー(Potrte d'Harmonie 調和の門)と呼ばれるルート2(√2)矩形で、ハンビッジやモーゼルがギリシャの基本矩形のひとつにかぞえている矩形である。
 この矩形は正方形の一辺を短辺とし、その対角線の長さを以て長辺とする矩形で、安定感のある、たっぷりしたゆたかな形がよろこばれ、古来、美術のみならず実用の世界でも広く愛用されてきた。実用上ではこの矩形のもつ特質として二つ折りにしても四つ折りにしても比が変らないので便利なところから、日本でも洋紙の規格には現在でもこの比例が採用されている。》(柳亮『黄金分割』美術出版社、一九七二年版)

『出版事典』(出版ニュース社、一九七一年)で紙加工仕上寸法(JIS規格)を見ると全紙はどちらもたしかに√2矩形を示す数字であった。

A列 841×1189 1:1.1413
B列 1030×1456 1:1.1413

全紙だから折り畳んでいっても比率は変らない。書籍の寸法は明治時代の国旗の寸法と同じ比率だったのだ。






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by sumus2013 | 2014-03-21 17:22 | おすすめ本棚 | Comments(0)