林哲夫の文画な日々2
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BOOK5 no.11 

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『BOOK5』11号(トマソン社、二〇一四年一月三一日)が届いた。巻頭「ここさいきん」という近況披露コーナーに「解けない詰将棋」という短文を書かせてもらった。毎号三人の執筆者が「ここさいきん」に登場するそうだ。11号は小生、山本善行堂、岡崎武志。久し振りに三人そろって同じ雑誌に名前が並んだような気がする。

連載もさることながら片岡義男特集がすごい。堀江敏幸、大竹昭子、津野海太郎を含む人達がいろいろな切り口で片岡義男の魅力を語っている。なんだか『BOOK5』が大きく見える。

個人的には片岡義男といってもほとんど読んではいないが、たしか平凡社の『月刊百科』にハワイのことを書いたドキュメンタリーふうな連載があって、この雑誌はずっととっていたのでいつも目を通して、いい仕事だなと思った記憶がある(単行本『ライハナまで来た理由』同文書院、二〇〇〇年、に収められているようだ)。他には植草甚一の思い出を書いたエッセイも好きだ。

特集で印象にのこった一文(発言)はこれ。津野海太郎メールインタビュー「片岡さんとの本づくりの思い出」より。

《その昔、『ワンダーランド』の長谷川四郎氏との対談で、片岡さんが「川端康成の『雪国』を読んでも、どこがいいのかまったくわからなかった、以来、日本の近代文学はまったく読んでいない」という意味のことを話していた。》

スッキリと腑に落ちる発言。というか「読んだ」というのがある意味驚きだなとも思う。

***

拙文「解けない詰将棋」は最近凝っているナイトキャップ詰将棋について書いた。そのなかにどうしても解けない問題があったのだ。それはこちら。『誰にもわかる将棋定跡図解』(昭文館書店+興文堂書店、一九二九年一月七日)より。

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この十一手の詰将棋と半月にらめっこしていた……というなんともかんともなお話です。『BOOK5』ご注文は下記まで(善行堂その他の店にも置いているようです)。

トマソン社
http://tomasonsha.com




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by sumus2013 | 2014-02-03 20:49 | 文筆=林哲夫 | Comments(7)

大隈伯肖像および印刷機あれこれ

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最近入手した石版の肖像画「立憲改進党代議会長/大隈伯肖像」(静岡民友新聞第六百八号付録 発行静岡民友新聞社 明治二十六年十一月一日 発行印刷人多々良藤右衛門 編輯人横山是 東京京橋区元数寄屋町泰錦堂印刷)。静岡民友新聞は昭和十六年に静岡新報と企業統合され現在の静岡新聞となる。サイズが大きすぎて全紙面をスキャンできなかったが、この画像がA4大で周囲にかなりの余白を残す。

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絵の作者だが、右下隅に「繁」のサインがある。誰なのか専門外にて見当もつかないけれど、便利な時代、いろいろ条件を変えて検索してみると、おそらく「波々伯部繁」ではないかと推定できた。「芸妓競」(改進新聞、明治二十六年、郡山市立美術館)あるいは「衆議院議員肖像」(改進新聞、明治二十三年、東京大学・近代日本法政史料センター)などの作品が残っているようだ。

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印刷機についてのコメントをいただいたので『写真技術講座6 写真製版術』(共立出版、一九五六年一月三〇日)からいくつか図版を引用しておく。まずは手引石版印刷機。こういうものはそう進歩はないように思うので明治時代もおそらく上のような機械を使ったのではないだろうか(?)。

以下、手製コロタイプ印刷機、四六全判金属平版枚葉印刷機、そしてオプセット(誤植? すべてオプセットになっている)の校正機(中西鉄工所製)、輪転オフセット機、四六全判2色オフセット輪転機(日本タイプライター製)の図版。他にいろいろあるも省略。


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コメントいただいた二条通の印刷所は「十分屋」であろう。

ハイデルベルグ プラテンT型 1960年製(二条通寺町東入・十分屋)
http://juppunya.com/kappaninsatsu.htm

プラテン機の稼働状態のヴィデオがこちらで見られる。

ドイツ ハイデルベルグ社製 T型プラテン印刷機(和歌山・藤井印刷)

小気味好い機械音である。仕事してるなあ〜という感じがする。ただ思うのは、活版印刷が廃れて、編集や印刷工程などがコンピュータに頼り切っている今日では、いわゆる職人技が廃れてしまったたかのような錯覚があるかもしれない。しかし実際、仕事をしてみると、オペレータの技術によってかなりなクオリティの差が出て来るのも事実だ。例えば色合いの微妙なテイストが機械任せにはできないように。まだまだ当分の間は機械を使うのは人間だと思っていいようである。


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by sumus2013 | 2014-02-02 21:42 | 古書日録 | Comments(4)

年画造酒仙翁

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昨日が旧暦の元日だった。ということでおめでたい造酒仙翁の年画を掲げる。

中国年画造酒仙翁
http://www.microfotos.com/?p=home_imgv2&picid=1518960


造酒仙翁だけでなくさまざまな神様たちが祀られるようだ。漢代からあるとも言われる民間信仰らしい。

青苗之神/造酒仙翁/火德星君/張仙之神/和合二聖/五道之神

青木正兒『抱樽酒話』(アテネ文庫、一九四八年三月二五日)によれば、中国には大別して二種の酒がある。黄酒と焼酒。黄酒は日本の清酒にあたる。焼酒は焼酎である。焼酒は元代に南方から伝来したものらしく、中国本来の酒は黄酒であったろうという。

黄酒は浙江省紹興の酒が有名で、その名は黄酒だが実際には茶褐色をしている。ただ「竹葉清」と呼ぶ酒は日本酒に似ているそうだが《私は未だ曾て嘗めたことは無い》。昔の酒は日本酒のように琥珀色なのが普通であったらしい。それは有名な李白の「客中行」の詩に

 蘭寮ノ美酒ハ鬱金色 玉椀ニ盛リ来タル琥珀光

とあるので分る。唐以来の酒は淡黄色なのが普通だったが、他に特殊な酒として緑・紅・白の三種があった。白と紅はきわめて古く『周礼』に出ている。緑の酒は遅れて『文選』所載の晋の左思の「呉都賦」に出るそうだし、陶淵明の詩に「緑酒、芳顔ヲ開ク」ともある。

白酒はどぶろく。原始的な酒ながら、優良品もあったらしく蘇軾はとくに白酒を好んだ。緑酒は唐から六朝に流行し、紅酒は宋代に盛行したもののようである。

わが国では古くは黒酒(くろき)・白酒(しろき)といった濁酒が作られていたが、奈良朝になって唐から清酒の製法が伝わったようだ(引用者註;文献的には諸説あってはっきりしていないが『延喜式』[九二七年]には清酒の製法が記されている)。そのころから日本酒は琥珀色を輝かしていたに違いないと述べ、

《ところが近年琥珀は段々色が薄くなつて来た。聞けばわざわざ薬品で色を抜くとのことだが、何と云ふ手間のかかつた馬鹿な事をするのだらう。》

としめている。現代の人間には日本酒が琥珀色というイメージはないだろう。しかしながら以前 daily-sumus でも紹介した元禄時代の酒はまさに琥珀色だった。

 
『抱樽酒話』では触れられていないが、同じく青木先生の『中華飲酒詩選』(筑摩叢書、一九八七年九刷)には琥珀と紅の酒が出ているものが挙がっている。前半のみ引用する。


   将進酒   李賀

 瑠璃鐘 琥珀濃 グラスの盃には琥珀色が濃く
 小槽酒滴真珠紅 小さな酒船に滴る酒は真珠(ルビー)のやうに紅い
 烹龍炮鳳玉脂泣 龍を煮たり鳳を焼いたり脂がぢうぢう
 羅幃繍幕圍香風 薄絹の幃や刺繍の幕で香風を囲む


李賀についてはやはり以前少し触れた事がある。ご覧のように龍や鳳凰がポンポン飛び出してくる派手な作風だ。

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by sumus2013 | 2014-02-01 21:22 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)