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林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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岩本素白

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岩本素白『東海道品川宿』(ウエッジ文庫、二〇〇七年)を読み直した(上の写真は同書口絵より)。というのも『ちくま』二月号に高遠先生が「素白の目、素白の耳」というエッセイを執筆され、ちくま文庫新刊『素湯のような話 お菓子に散歩に骨董屋』を紹介しておられたのに刺戟されてのことだった。

初読のときはもうひとつピンとこなかった。素直ないい書き振りだが、棘がない。さっぱりとした和菓子のような味わい。しかし今回読み返すと、棘というほどではなくても文章道に対する苦心、本気の度合いが読み取れるような気がしたのだ。全集とはいかなくてもちくま文庫は買ってみようかなと思ったりもした(新刊で買うかどうかは分らないですが)。

本書は明治時代の回想が多く、書かれている事柄そのものに教えられることが多かった(前にも読んだはずではあるが)。例えば、今話題の手習い。明治二十年代だろう。

《まだどの店も大きな釣ランプを点けている時代で、そこには番頭も小僧もいて、そのランプの下に、七八つの色の白い男の子が手習いをしていた。机を出しているのではなく、当時どの商家でも敷いていた、目の荒い堅い粗末な畳の上に、じかに大きく新聞紙を拡げ、それに太筆で手習いをしているのである。私の通学していた小学校では、その頃はもう昔風の真黒になった手習い双紙を使わさず、新しい紙に書かないと手があがらないと云っていたが、私立学校の子は未だ真黒な手習い双紙を使っていた。それでも新聞に手習いをすることは余りなかった。この店は金持らしい大きな店だのに、新聞紙に手習いをしていることが、何だか旧式な商人らしいつましさに感ぜられて子供心にも一寸いやな気持ちになった

これは情景が目に見えるようだ。面白いのは《新聞紙に手習いをしていることが、何だか旧式な商人らしいつましさ》というくだり。新聞紙は明治のニューメディアだったはずが、素白の子供時代にはすでに貧乏くさいものになりさがっていたのか? 

またこういうところも新鮮だ。

《江戸の庶民は物に凝るのが癖だが、職人のやっつけなのは三年経って焼けなければめっけものぐらいに思っているところから来ている。》

火事の多い江戸では職人の仕事はいい加減だったとの説。職人というとプロフェッショナルなイメージだが、悪ずれの側面もあったのである。

また桜の風景も今とはずいぶん違っていた。

《東京の桜は殆ど今染井吉野とかいう早く育って早く咲く、その代り色は病人のように薄白く、第一香気というものがない種類のものとなってしまったが、当時の御殿山の花は全く別種のもので、狭い小学校の中庭の一本の樹でさえ、むせるような香気を持っていたのである。》

桜のむせかえる香気というのは想像がつかないが、色も濃いとなると梅林のような雰囲気だったか。ソメイヨシノは小学校の校庭に植えられることによって全国(朝鮮半島も含まれる)に普及したとどこかで読んだ気がする。素白はそれ以前に卒業した年代だろうか。

坂崎さんの好きなステッキも登場した。戦時中、長野県に疎開していたときに山野を歩くために自ら作った杖である。

《それは何の木か、少しくねった細かい木であったが、南天のような木肌の、青みがかった鼠色の底に、鮮かな朱の色を沈めている。堅く粘りの強い木で、素朴な強靭なところが、丁度この山国の人のようでもあった。》

等身大の大隈重信回顧もいい。

《当時の学生達は皆大隈さんと呼んでいた。侯爵だの老侯だのという呼び方はぐっと後のことで、学生はまた、高田さん、坪内さんという風にも呼んでいた。私共にはその方が親しみ深く聞こえた。当時大隈邸の菊は豪華なもので、天下に響いていた。学生達は半日後庭の菊を賞し、また天下に有名な大隈さんと一緒に写真を撮った。教師の中に外人がいたりすると、大隈さんは不自由な脚を曳いて、わざわざその外人の所へ立って行き、懇ろに握手をしていた。また時に学生を集めて演説をすることもあった。我輩の生涯は反抗につぐ反抗であった、というような言葉も聞かされたことがあった。》

巻末に素白の略年譜がある。一八八三年(明治十六)八月十七日、東京品川に生まれる。本名堅一。父竹次郎、母のぶ。

《父は丸亀藩士。維新後は海軍士官。》

素白の父は讃岐の人であった。



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by sumus2013 | 2014-02-28 22:02 | うどん県あれこれ | Comments(0)

細井広沢?

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池永一峯と細井広沢(http://sumus2013.exblog.jp/21409711/)について先日調べたところ、その後すぐにこのような細井広沢とされる一行書が手に入った。ご覧のようにかなり保存が悪い。むろん表具もないマクリの状態(安いということです)。

何と書いてあるのか。「生・間・不」まではいいとして次の文字が? 最後は「死」でいいだろう。こういう成語があるのかと思っていろいろ当てはめて検索してみたが、ぴったりとしたヒットはない。部首で言えば、おそらく「あしへん」かとも思って字書をずっとたどってみたが判断ができなかった。「蹈」かも。不蹈死の語は吉田松陰の書にあるらしい。「生間」というのも漢語らしくない。類例を検索したところ孫子の兵法に生きて帰る間者(スパイ)の意味で用いられているくらい。

生死ですぐに思い浮かぶのは「未知生焉知死」(論語・先進第十一)だが、これとも直接の関係はないように思えるし。御教示を。

  ***

早速、御教示をたまわった。「武官不求之死」であると。なるほど武がちょっと武らしくないが(右肩に点があるか、またはそれを暗示させる筆勢があるべきなのだが、ここにはない)、生にしては最初の「ノ」がない。言われてみると「官」はまさに「官」だ。カン違いもいいところ(恥汗)。四文字目を二文字に読むというのは考えなかったわけではないが、「不□之死」という並びでは文章にならないように思ったのである。

で、御教示は御教示としてやはり「之」ではなく「あしへん」(へんが下にある)と考えて「足求」と読んではどうかと思い『漢和大字典』に当たってみると「足求」が見つかった。《キウ、グ。ふむ(蹋)》としてある。蹋は蹈()と同じ意味だから

「武官不死」武官は死を踏まず

と読んでいいだろう。これなら意味も通る。武で仕えるものは死んではならない。武とは死を避けるべきものだ、と解釈できると思う。『葉隠』に対するアンチテーゼ(アンチでもない?)、孫子あるいはマキャベリが言うところの武力は使わないのがベストという思想に通じるかもしれない(むろんこれは小生の勝手な解釈です)。

以上のように考えれば、揮毫者がある武官に対して注意書きのような意味合いで(あるいは本質論として)書き与えたものと想像することもできようか。本当に広沢筆かどうかは別問題だが。

とここで、また別の方より御教示をたまわった。

「武官不死」

であると。「愛」ですか! なるほど、これは素直に納得できる木村東陽『日本名筆書体字典』(新人物往来社、一九八〇年)から二例を引けば、愛は次のような形である。ここでは起筆が左から右へ向かっているが、これは広沢書のように右から起こして左へ、そして上下と運ぶ例もある。

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不愛なら意味は明らか。武官(武士と同義?)は死に親しんではいけないということだ。あくまで生きて勤めを果たせというこころであろう。

御教示に深謝です。小生も手習いに励まないといけません。

  ***

次は印の解読。これまた手に余る。まずは一番上に貼付けてあるのが蔵印。この位置に貼付けてあること自体が謎ではあるが、表装されていたときには裏面かどこかに捺されていたものかもしれない(と強いて考えておこう)。

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この篆刻は相当にあやしい。これまで取り上げた篆刻字書ともにらめっこしてみたものの明快な判断には到らなかった。とりあえず読んでみると(縦書きを横書きにしています)

 信 ? 諏 訪

 ? 湖 高 嶋

 藩 吏 ? ?

 ? 慎 蔵 書

諏訪も読み取りにくいが、高島藩なので間違いないだろう。とすれば出だしは「信濃」のつもりか? 三行目の姓だと思われる二文字は、むりやり読めば「百由」か? 絶対にない名前ではないのだけれど……。

右肩にある小印は「衡?」

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左の上は「藤知慎印」。これが細井広沢作とする根拠になっている。広沢がどんな文字を書くのかも知らないのでこれまた判断のしようがないのだが、書家のように流暢な字でないことは見れば分る。【細井広沢の習字手本帳を画像で見ることができた。これらの文字とは似ても似つかない能筆である】

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その下は「一字公系」と読んでいいのか? 意味は分りません。広沢の字は公勤だそうだが…。京都は嵯峨の広沢池に家祖の領地があったことから広沢と号したという。先日引用した書道全集掲載の図版と比較すれば、これらの印はあまりにたよりないもののように思われる。

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不勉強きわまりなくお恥ずかしいが、御教示歓迎いたします。







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by sumus2013 | 2014-02-27 22:09 | 古書日録 | Comments(4)

三月 金子光晴

『金子光晴詩集』(新潮文庫、一九五二年三月三一日)より「三月」

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先日紹介したランボー、《十七歳にもなれば》の「小説」を思わせる作風である。

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by sumus2013 | 2014-02-26 19:37 | 古書日録 | Comments(0)

現代大辞典

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木川又吉郎・堀田相爾・小堀龍二・阪部重壽『現代大辞典』(大日本教育通信社、一九二二年一一月一七日)。調べてみると『日本世相語資料事典』と名前を変えて日本図書センターから覆刻されている(二〇〇六年)。内容を簡単に言えば「現代用語の基礎知識」大正篇といったところ。

著者のうち小堀龍二はこの後昭和初期にユーモア小説家として売り出すことになる辰野九紫である。この時点では保険会社勤務だろうか。東大法学部卒なので本書での肩書きは法学士。大日本教育通信社には以下のような刊行物がある。

 兵語新辞典 大日本教育通信社編輯部編 1928
 家庭経済日用品の見分け方買ひ方 井上渉煙 1927
 近代代表名文選 原田静雨編 1926
 英和辞典 : 発音引 堀田相爾 1925
 関東大震災史 : 教授資料 大日本教育通信社編 1923
 わかりやすいアインシュタイン博士の相対性原理 菊池俊一 1923
 現代大辞典 木川又吉郎等編 1922


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見返しの模様がかわいい。


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現代用語、新説主義思想、常識英語、法律用語、経済用語、取引所用語、科学用語、鉄道用語、兵事用語、類語、というふうに部門が分かれており、二段組で見やすくレイアウトされている。

つい読みふけってしまった。新説主義思想の項目では各種社会主義や共産主義、無政府主義などにかなり多くの頁が割かれており、要領を得た説明がなされているように思われる。ひょっとして古書であまり出回っていない理由はこんなところにあるのかもしれない(現時点で「日本の古本屋」には一冊のみ)。


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類語辞典が面白い。キリギリス(直翅類中きりぎりす科に属する虫、形いなごに似て緑褐の二種ある)には二十八の類語が挙がっている。難しい漢字二文字の単語ばかりでとうていここには引用できない。こういう文字をほんとうに当時の人は使ったのかどうか、必要性があったのかどうか疑問になった。

いちばん類語が多いのは「ハカリゴト」で125、次が上図に開いている「タスク」122。次が「ソムク」86、「オロカ」と「ソシル」が75という具合で(全部数えたわけではないですが)悪口の方が言葉は多様化するのかもしれないなとも思ったしだい。


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発行者の池清一についても情報はない。小石川久堅町というのは現在の小石川、白山あたりである。

『わかりやすいアインシュタイン博士の相対性理論』という本を出しているわりには、相対性理論が立項されていない……そんなはずはない……と思ってあちらこちら探していたら「そうたいせい」ではなく「さうたいせい」! 新説主義思想の「サ」の部に出ていた。もっと早く気付けよ、というお粗末。


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by sumus2013 | 2014-02-25 21:20 | 古書日録 | Comments(0)

船長ブラスバオンドの改宗

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バアナアド・シヨオ、松村みね子訳『船長ブラスバオンドの改宗』(書肆盛林堂、二〇一四年二月一六日、表紙画=堀内薫)読了。『船長ブラスバオンドの改宗』(竹柏会、一九一五年)を底本とした覆刻版。さすがに飽きさせない筋立てである。

松村みね子の訳文を森鴎外が序において次のように讃えている。西洋脚本にろくな翻訳がないと嘆いてみせてからこう続ける。

《此本はどこまで読んで行っても、その「まずいなあ」を出させないのです。とうとう出させずじまいになって、Lady Cicely の How Glorious! how glorious! And what an escape! に到着しました。そして私はその escape を得ずに、此本に捕えられてしまったのです。》

鴎外が引用しているのはテキスト最後のセリフで、主人公である美貌の貴婦人シセリイの独白だ。みね子訳はこうなっている。

《まあ立派な! なんて立派な! ああ危なかった!》

Glorious を「立派な」はどうだか知らないけれど、「ああ危なかった!」はじつに上手いと思う。どうして危なかったのか、をここで書いてしまっては興ざめなので、我慢しておくが、もう少しでどうにかなるところだった……ということである。

ショーといえば『ピグマリオン』(舞台、映画「マイ・フェア・レディ」の原作)くらいしか知らない。ただしショーがとびきりの皮肉屋だということは何かで読んだ次の単語で印象深く刻み込まれている。

 ghoti

ショーはこれを示して「fish(フィッシュ)」と読ませた。なぜならば、以下のような発音の例があるではないか。

 gh - laugh における gh 、[f] 
 o - women における o 、[ɪ]
 ti - nation  における ti 、[ʃ] 

要するに英語の発音の不規則生をチクリとやったわけである。並のへそ曲がりじゃない。

本作『船長ブラスバオンドの改宗』はモロッコが舞台。美女と海賊と判事とムール(ムーア)人が登場する。活劇かと言えばそうではなく、ほとんど松竹新喜劇かとまがうようなあちゃらかである。(ついでながら、ジョン・ミリアス監督脚本の映画「風とライオン」、モロッコが舞台でアメリカ合衆国が重要な役割を果たすあたり、ミリアスはショーを意識していたのかもしれないな、と気付いたしだい)

英国本土にいられないワケアリ人間たちが吹き溜まっているなかでいちばん強烈なボケ・キャラクター、道化役はドリンクウォタアという小悪党。ひとしきりドタバタやったあと彼らの持ち物がすべて没収されて裁判になる。そのときにこんなやりとりがある。

《水兵 知事(カーデ)から渡されました本がございます。何か魔術の書らしいと申して居りました。教誡師があなたに申し上げてから焼き捨てるようにと申されました。

大佐 どんな本だ?

水兵 (目録を読上げる)汚れ損じたる本四冊、各、別種類、定価一ペニィ、名はちぢかんだトッド、ロンドンの魔物理髪師、骸骨の騎手ーー

ドリンクウォタア(ひどくあわてて心配そうに駆け出して)そいつあ、私(あつし)のお蔵です。焼いちゃあいけません。

大佐 お前も斯んな物は読まない方がいい。

ドリンクウォタア (非常に情なさそうにレディ・シセリイに訴える)どうか焼かせないで下さい。あなたがそういって下さりゃあ、焼きやしません。(一生懸命の弁を振って)此本がどんなにあっしに大事だか、あなた方にゃ分らないんだ。此本のおかげで私(あつし)はウォタアロー街のみじめな世界から抜け出して面白い夢も見ていられたんだ。此本が私(あつし)の頭を拵えてくれたんだ。私(あつし)に汚い貧乏人の生活(くらし)よりか最ちっと好い物を見せて呉れたんだ。》

定価一ペニィの本というのは十九世紀に「penny dreadful, penny horrible, penny awful, penny number, and penny blood」などと呼ばれて英国で数多く発行された犯罪小説を指すのだろう。ダブリンの貧しい家庭に生まれ、辛苦の末、筆で立ったショーその人の感慨が込められていると読みたくなるが、さてどんなものか。とにかくいい本を覆刻してくれた。版元に感謝である。


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by sumus2013 | 2014-02-24 21:25 | おすすめ本棚 | Comments(0)

新譔篆書字典

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安本春湖『新譔篆書字典』(春湖書屋、一九二四年八月七日)三冊および索引合わせて四冊、帙入り。ご厚意によって拝見させていただいているものだが、こちらは単に字典の用を果たせばいいというだけでなく文字それ自体も姿が整って宜しい


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著者である春湖こと安本伊三郎(1872-1930)は西川春洞に師事した書家。中国の古碑文法帖を研究した春洞は明治以降の日本の書道界を二分する大きな流派を成した(もう一方の雄は日下部鳴鶴)。巻頭の序文(というか寄せ書きですな)を野村素軒(長州出身の政治家)、山口蕙石(書家、鑑硯家)、芦野楠山(篆刻家)、中村不折(画家、書家)、今泉雄作(有常、也軒、美術史家)が寄せており、跋文は春湖と同門の武田霞洞の手になる。


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貴重なのはこの書籍そのものより第一巻の見返しに記された墨書記(肉筆)である。「記念/昭和十一年十月二十五日於駒込/吉祥寺(文京区本駒込三丁目)追悼会挙行」とあって先師たちの名前と回忌が連ねられている。西川春洞二十三回忌、諸井春畦十七回忌、諸井華畦十三回忌、安本春湖七回忌、武田霞洞三回忌、花房雲山四十九日。追悼会之夜於船橋居 蒼陰書。


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蒼陰は吉岡蒼陰(1885-1969)だろう。春洞に次ぐ故人たちは春洞門七福神と呼ばれた人達のうちの五人らしい。後の二人は中村春波と豊道春海で蒼陰は春海の門人ということになる。


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by sumus2013 | 2014-02-23 20:41 | 古書日録 | Comments(2)

風景の諷刺

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『紙魚』57号(書物屋=新潟市中央区本馬越1-16-12、二〇一四年一月三〇日)が届いた。詩誌発掘の努力が孜々として続けられており、《詩誌の発掘が無く、資料として提出できない》というところまで到達したとのこと。

個人的に注目したのはこの表紙の詩集。吉原重雄『風景の諷刺』(作品社、一九三九年五月一六日)である。吉原の第二詩集となる遺稿集。これは作品社本なので目録としてはリストアップしていたが、実際どのようなものか知らなかった(日本の古本屋に出ているものの、ちと値が張る)。

作品社出版目録(初稿)
http://sumus.exblog.jp/16076403/

本誌によれば二〇一一年に吉原重雄の娘さんが『風景の諷刺』(形文社)を覆刻されたそうだ。表紙はその書影である。

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by sumus2013 | 2014-02-22 21:23 | おすすめ本棚 | Comments(4)

郭徳俊 ニコッとシェー

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大阪の国立国際美術館で郭徳俊展を見て来た。記念講演会もあった。郭さんとの付き合いは古い。一九八〇年代前半、郭さんの版画作品をある画廊で買わせてもらったことが発端だったか。その後は国内はもとより世界各地で展覧会を開催されるなど活溌な活躍を見せてくれている。今年七十七歳になられるようだが、お元気そうで何よりだ。

今回の展示は一九六〇年代の絵画十七点が中心。いずれも100号以上でズラリと並ぶと迫力がある。イメージそのものも独自性を打ち出しているが、技法もまた日本画や水彩画の絵具をボンドで塗固めるというちょっとまねのできないものなのだ。日本人として京都に生まれ、幼少期には苦い体験を嘗め、サンフランシスコ講和条約によって外国籍とされてしまった不条理、さらに二十代での闘病生活、それらによって練り上げられた屈折しながらも不屈でありつづけようとする精神の強さを感じる。

大作絵画の他にも初期の具象の風景スケッチやシュルレアリスム系のペン画、木炭画など初めて見る作品が多かった。それらが非常に繊細で質の高いものなのにも驚かされた。しかし七〇年代に入るとこれら絵画の時代を封印していきなりコンセプチュアル・アートへ突入してしまう。ただし、その後ふたたび描画を軸とした作品に回帰しているように(横尾忠則を連想させるのだが)基本的には絵筆の人であろう。

具体美術と同時代に具体以外にもこんな作家がいたのである。必見と思う。

国立国際美術館

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by sumus2013 | 2014-02-22 20:57 | もよおしいろいろ | Comments(0)

木山捷平資料集

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最新版の『木山捷平資料集』(清音読書会=総社市清音柿木622の7)が届いた。『木山捷平資料集』(二〇〇七年)、『新木山捷平資料集』(二〇〇九年)につづく改訂版である。二〇〇九年版を頂戴してからいくつか発見した未収録資料コピーなどをお送りした。

Catalogue 新潮社出版案内
http://sumus.exblog.jp/12148925/

ただ、このところ木山捷平に遭遇することがほとんどなく、ちょっと頭の中から消えていた。『大陸の細道』(新潮社、一九五二年)函付き(オビなし)をワンコインで買ったのは昨秋だったが、それくらい。木山捷平に関するものなら何でもすべて集めようというのだから、もう空恐ろしい情熱だ。マン・レイ石原氏とか吉岡実の小林氏とか、世の中には岩を貫くような凄い人がいっぱいいて圧倒されるばかり。


本書より【喫茶店】資料として『メクラとチンバ』出版記念会の写真を引用しておこう。昭和六年。

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新宿白十字にて。白十字は各地に店があったようだが、新宿はこんな立派な建物だったのか。参加者の名簿も載っていた。誰が誰だか分らないけれども…。

佐伯郁郎、城夏子、野長瀬正夫、倉橋弥一、佐々木金之助、赤松月船、長田恒雄、植村諦、栗木幸次郎、都築益世、月原橙一郎、山路英世、田中令三、一瀬直行、今岡弘、宇野浩二、岩波幸之進、喜多謙、尾崎喜八、林芙美子 他36名

前列中央の椅子に座っているのが木山、向かって右隣は宇野浩二。このときが初対面だった。一人だけ写っている女性はどうやら城夏子のようである。

日本近代文学館には「写真検索」という項目がある。これけっこう役に立つ。木山捷平で検索してみると、この写真は所蔵していないようだ。

日本近代文学館
http://www.bungakukan.or.jp


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by sumus2013 | 2014-02-21 19:57 | 喫茶店の時代 | Comments(0)

生活考察 No.5

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『生活考察』No.5(辻本力、二〇一四年二月二四日)が発行された。

一年に一冊のペースになっているものの内容はいつも通り読み応えあり、なかなか面白く出来上がっている。『sumus』でもやったことがあるけれど、食本の特集はハズレがない。食こそ生活の基本だから誰しもそこからは逃れられないのである。その分、多種多様な形が見られるのだ。面白くないはずはない。

といっても特集に関しては食本アンケートに柏木如亭『詩本草』を取り上げて短いコメントをしただけだ。連載の方は第五回になる。「本を売るのも楽じゃない」。この連載では初の古本ネタ。



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by sumus2013 | 2014-02-21 18:55 | 文筆=林哲夫 | Comments(0)