林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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昭和モダン 絵画と文学 1926-1936

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「昭和モダン 絵画と文学 1926-1936」展を兵庫県立美術館で見た。ちらしは持っていた。しかしあまり惹かれず、パスするつもりだったが、ある方より電話をいただいて「ぜひ見ておいてほうがいい」と勧められたので予定を変更して腰をあげた。

新しい(といってももうかなりな年数になりますが)兵庫県美はわが家からの交通が不便で、よほどでないと出かける気になれない。阪急で梅田、そこで阪神に乗り換え(JRでもいいが)、阪神岩屋で下車。さらに、けっこう歩く。おそらくドア・ツー・ドアで二時間近くかかる。上の写真は岩屋駅から美術館へ向かう途中の陸橋にて。

しかし、この展覧会は見ておいてよかった。プロレタリア文学およびモダニズム系の珍しい本が一堂に見られる機会はそうそうはないと思う。佐野繁次郎装幀の『機械』その他横光利一本も勢揃いの感あり。『機械』の表紙原画(これは佐野展のときにも出ていたが)はなかなかのもの。ボロボロと壊れそうで印刷された表紙画と同じとは思えないほど。それがまたいい。

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図録を買おうかどうしようか、迷ったのだが、目下少々手元不如意につき、資料としては貴重だと思いながら見送った。その代わり、気に入った装幀の本をスケッチして目に焼き付けておいた。先日読んだばかりだったせいか黒島伝治の前で足が止まる。この時期のプロレタリ本はロシアアヴァンギャルドの影響も受けているには違いなくても、その上に日本風の味付けがなされており、一種独特の斬新なデザインになっていると思う。

花森安治の少年から青年時代に最も華々しかったのが、これらの意匠なのかと思うと「なるほどな」とうなずけるところは大いにある(津野氏もそういうコンテキストで花森デザインの生成を解読しようとしておられる)。

絵もプロレタリア美術の代表作が並んでおり、これまであまり目にしなかった作品も少なくなかった。小野忠重の木版画など記憶になかった(洲之内徹が小野を取り上げる理由が分ったような気がした)。絵画そのものとしてはモダニズムというかシュルレアリスム傾向の作品の方に見るべきものは多い。古賀春江、東郷青児、三岸好太郎はもちろん、阿部金剛や中原實にも「ほほう!」と声を上げてしまう作品が並んでいた。

第一部がプロレタリア、第二部がモダニズム、そして第三部が文芸復興(反動的日本回帰)という大きな枠で展示を分けているのだが、第三部は楽しめなかった。だんだん力が抜けてしまう感じで惜しいような気がした。ただ日本の伝統回帰においてもモダニズムの波をかぶった刻印のようなものが装幀や絵画の作風にはっきり見えたのは収穫だ。

今からここに展示されている本を古書で買おうとしたら、ひと財産必要だろう。しかし、そういうことは別にしても、これらの本の姿を覚えておくのは決して無駄にはならないと思う。若い古本者たちにおすすめ。そして「ぜひ見るよう」すすめて下さった方に深謝です。


昭和モダン 絵画と文学 1926-1936
http://www.artm.pref.hyogo.jp/exhibition/t_1311/index.html
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by sumus2013 | 2013-12-03 21:26 | もよおしいろいろ | Comments(4)

有文堂書店閉店セール

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某氏より以下のようなメールを頂戴しました。

《悲しいお知らせをひとつ。六甲に1軒、古書店が生まれるかとおもうと、老舗の1軒が消えていきます。元町の有文堂です。》

《この20日あたりで閉店するそうです。店舗の本はすでに5割引になっていました。時間が許せば行ってあげてくださいませ。閉店の理由は家賃だそうです。一気に地震以後、4倍にもなったとか。とても採算が合わないそうです。》

有文堂書店
〒650-0011 兵庫県神戸市中央区下山手通5丁目1−1
元町駅より北へ徒歩五分くらい。県公館の南側です。
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by sumus2013 | 2013-12-03 08:42 | 古書日録 | Comments(3)

花森安治伝

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津野海太郎『花森安治伝 日本の暮しをかえた男』(新潮社、二〇一三年一一月二〇日、装幀=平野甲賀)読了。まずは津野氏の飾らない文章が心地よい。冒頭はこんな感じだ。

《夕暮れどき、国電(現・JR)新橋駅にちかい外堀通り(電通通りとも。現在の西銀座通り)の交差点だった。小柄だが、がっちりした体形の男がひとり、連れの勤め人ふうの男と並んで、こちらのほうをじっと見ている。こちらというのは、いまかれの前を通過しつつある五十人ほどの小規模なデモ隊のことで、その隊列のなかに一か月まえに大学生になったばかりの私がいたのだ。》

《「おい、あれ花森安治じゃないか?」
 となりで腕をくんでいた見知らぬ学生が私にささやいた。それがあの男だった。平家ガニみたいに顎の張ったいかつい顔。眼力がやけにつよい。なのに、どことなくオバサンふうのおかっぱ頭で、パーマまでかけているようだ。有名なスカートこそはいていないが、まちがいない、まさしく女装の編集長として知られる『暮しの手帖』の花森安治である。
 ーーふうん、やっぱりなァ。
 私は好奇心にかられて交差点に立つおかっぱ男を横目でジロジロ見つめた。それに気づいた男はさり気なく目をそらし、となりの男になにかひとこといったーー。
 そこで私の記憶はおしまい。その間十五秒もあったろうか。それでもこの一瞬の記憶は、いまこの稿を書きはじめた私にひそかな自信を与えてくれる。若いころ、たしかに私はあの花森安治をじぶんの目で見たことがあるぞ、という自信である。》

『考える人』(新潮社)に連載中の「花森安治伝」については小生の名前が出ていると教えられて触れたことがあるが、本書はその連載を元にしたものだから、当然小生の名前も何度か登場している。佐野繁次郎に関するところと生活社に関するところ(「神保町系オタオタ日記」も出て来るよ)。多少なりともお役に立てたようで喜ばしい限り。

花森安治はハイカラな貿易商の長男として神戸板宿に生まれた。一九一一年。しかしほどなく家運が傾き、火事にも遭い、小学校の頃にはまったく没落していた。母親が一家のかなめとして生活を懸命に支えたという。そして《子どものころから絵をかくのが好きで、またそれが得意でもあった》。

神戸三中(長田高校)から旧制松江高校(戦後、島根大学に包括。同校の一年後輩に杉山平一がいた)そして東京帝大の美学美術史学科へ入る。このあたりのコースについても津野氏は独自の解読をしておられて傾聴に値する。とくに神戸と松江で花森が得たものが『暮しの手帖』の編集にまで影響を与えているというのは卓見であろう。

《同時代のアヴァンギャルド芸術運動が発見した機械や建築の「美」と、古い城下町の日常のうちに保存された伝統的な「美」と、その双方に同時に敏感に反応してしまう。》《花森安治が少年から青年になる一時期を、神戸と松江という対照的な二つの町ですごした。それは編集者としてのかれの人生にとって、なかなかに重要な体験だったのである。》

津野氏は花森が編集した松江高校の交友会雑誌を閲覧して、非常に重要な発見をしておられる。花森による編集後記の文言。

《本号の責任はすべて僕にある。
 この編輯は全く僕によつて、その独断のもとになされた故にーーこの点、委員田所、保古の厚意に感謝したいと思ふ。》

『暮しの手帖』編集における花森安治の「独断」のはげしさには多くの証言がある。要するに栴檀は双葉より芳しだった。またこうも書いているという。

《本号の組み方についてーーこれはすべて、九ポイント一段組を以て構成された。紙面の変化を図るために、一部分は二段組に、との話もあつたが、僕は独断を以て、全部一段に組んでもらつた。僕自身の考へを言へば、二段組の、あのゴミゴミした感じがいやなのである。》

他に体裁について、表紙について、カットについて、もいちいち見解を述べているのだが、それにしても、高校生でこれだけはっきりした編集術についての思想を持っているというのは驚きに値するかもしれない。驚く方が凡庸だと言われればそれまでなのだが。津野氏はこういう感想を記す。

《雑誌のなかみよりも、その「体裁」についてまっさきにのべる。そのことから、このとき花森がどこで勝負をかけようと思っていたのかが、まっすぐに伝わってくる。いかにも気負っている。でも、よくあるような旧制高校ふうの自己陶酔的な観念癖などは、みじんも感じられない。さすがだね、花森安治ーー。》

……とこんなふうに紹介していてはキリがないので、以下ざっと要点を列記するに留める。

東大の学生時代に伊東胡蝶園で働き始めるが、それはどうして、いつ、という問題。ここには佐野繁次郎との邂逅もからんでくる。

従軍手帖の発見。これによって昭和十三〜十四年の従軍の細部が見えてくる。

そして大政翼賛会での役割、その伝説と本気の度合い。一方で生活社の『婦人の生活』シリーズへ関わる姿勢の本質。

再度の召集と召集解除。戦争末期のアジテーション詩。

敗戦直後の雑文家、画家としての奮闘ぶり。

「衣裳研究所」。なぜ女装だったのか?

『暮しの手帖』の創刊の周辺とその編集内容の吟味。商品テスト、料理記事、ある日本人の暮らし。花森のオリジナリティ。

京都での大患、公害問題への取り組み、著書『一銭五厘の旗』。そして死。

《「その責任は、はっきりぼくにある」
 いまの目から見れば、進歩派インテリの空虚な決まり文句としか思えないかもしれない。
 しかし、そうではない。
 このことばのうちに、戦後まもないころの「ぼくは執行猶予された戦争犯罪人だ」という発言のこだまをきかずにいることはむずかしい。もしまた日本が最悪の事態におちいったら、そのときじぶんはどうふるまうことになるのだろう。戦後の三十年間、花森はついにこの問いから逃げおおせることができなかった。》

今こそ、花森みたいな人間に声を挙げてもらいたい、と思うのは津野氏だけではないだろうが、本書はがむしゃらにも見える戦後の花森の生き様をその動機の根底からきわめて明快に描きだした見事な評伝であろうかと思う。

久し振りに人名索引を取りながら読んだ一冊である。ざっと270人ほど登場。ひとつだけ。召集令状は役場の兵事係から本人や家族に直接渡されたはずである。《ハガキ一枚で兵隊に召集され》(p282)はおそらく誤解であろう。
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by sumus2013 | 2013-12-02 21:38 | おすすめ本棚 | Comments(4)

プレイヤード叢書、EPV ?

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プレイヤード叢書というのはフランスのガリマール社が一九三四年から出しているフランス文学を中心とした世界文学全集である。フランスの重要な作家を網羅しており、現在も刊行中だ(例えば六月に紹介したサンドラール三巻本)。フランス文学を研究したり翻訳したりする場合にはまずはプレイヤード版を底本にする(らしい)。

小生の本棚には、今、探して見ても二冊しか見つからない(二冊しか買った記憶がないので当たり前か)。その理由はカンタン。古書でも割りと高値が付くため貧生には手が出ないのだ。これはフランスでも日本でも同じような状況である。定本だけに値崩れしない。ただし上の『マラルメ集』はたしか百円だった。百円なら買い占めたい。

先日、FACEBOOK をスクロールしているとガリマール社のFBにプレイヤード叢書の製本をしているアトリエ・バブオー(les ateliers Babouot)が紹介されていた。そこからリンクが張られていたのがフランス3(TV局)のルポ記事。

La Pléiade bientôt labélisée

プレイヤード叢書が近々 EPV(ウ・ペ・ヴェ)の認定を受けるだろうというふうに書かれている。 EPV というのは二〇〇六年からフランスの経済産業省(le ministère de l'Économie, des Finances et de l'Industrie)が始めた、日本で言えば「現代の名工」みたいな認定制度「entreprise du patrimoine vivant」のことだった。ヴィデオを見ると、プレイヤードの製本工程はかなり機械化はされているもののまだまだ手作業も残っている。

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そう言えば、先日紹介したジョゼ・コルティの回想録にプレヤード叢書のことが出ていた。

一九二八年、コルティはいいことを思いついた。しなやかな表紙をもち、薄い本文用紙に印刷され、エレガントに組版された名作全集を編集することを。外国ではそういった本が出版されよく売れていた。フランス古典文学、世界古典文学などに分ける。大哲学も集める。あらゆる文学の重要な作品を網羅したコレクションの完成を夢見た。聖書の用紙を使い、装幀はJean Engelに頼む。二種類のマケットを作るところまで運んだが、結局出さず仕舞いに終わった。もう少し金持ちだったらなあ……。ジャック・シフランがそのすぐ後で同じようなアイデアの叢書を出し始めた。さらにそれをガリマールが引き取り、今日に到るというわけである。
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by sumus2013 | 2013-12-01 21:34 | 古書日録 | Comments(2)