林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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金沢文圃閣セット

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金沢文圃閣よりずっしりとした封筒が届いた。開いてみると『文献継承』第29号(二〇一六年一〇月)、古書目録『年ふりた……』第20号、および「「うたごえ」運動資料集」「図書館用品カタログ集成ー戦前編」「『国際女性』占領期女性雑誌メディア」「『満州國語』ー「満州国」の言語編制」「戦前新聞社・ジャーナリスト事典」の刊行案内が入っていた。いつもながらシブイ資料集ばかり出す版元である。



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by sumus2013 | 2017-01-05 20:44 | おすすめ本棚 | Comments(0)

気がついたらいつも本ばかり読んでいた

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岡崎武志『気がついたらいつも本ばかり読んでいた』(原書房、二〇一六年一二月一七日、ブックデザイン=小沼宏之)。ここ数日はこの本ばかり読んでいた。面白い! 小生は現存のライターのなかでは他の誰よりも岡崎氏の文章をたくさん読んでいる(上梓の度に恵投してくれるからです)。いつも文章がうまいなあと思うのだが、今回はそれももちろんあるものの、それ以上にその文章をつむぎだす大元にあるセンスの良さ……古本、新刊、音楽、映画、落語、食べ物、都市観察、その他いろいろどの分野においても……を感じた。バラエティブックの形式によってそのセンスがいっそうキラキラ光って見えるように思う。

注目したのは、本書に登場する喫茶店である。岡崎版『喫茶店の時代』を読んでみたいと思うくらい色々な喫茶店が登場している。太字はコラムの見出し。

珈琲とエクレアと詩人:北村太郎が通った小町通の喫茶店
さよなら松明堂書店:鷹の台の画廊喫茶「しんとん」
パレスビル「パレ・アリス」:「パレ・アリス」で『サンデー毎日』編集者とライターの宴会
血のプロント:某所のコーヒーチェーン店「プロント」での椿事
断崖絶壁喫茶店:田端駅前「アンリィ」
中川六平:岩国の反戦喫茶「ほびっと」のマスター
"アラカン"が貫いたまことにあっぱれな人生:キッチャ店の女の子
純喫茶ラプソディ:『東京生活』吉祥寺特集第二特集「東京純喫茶」
アマンドで待ち合わせ:あまりに女子女子していたので「ルノアール」へ移動
放浪書房:鳩の街通り商店街のカフェ「こぐま」
タブレット純:たとえば喫茶店のサービスでついてくるゆで卵
牧野信一の「ハッハッハッ」:西荻の超純喫茶「ダンテ」
瀬戸川猛資:紀伊國屋書店裏に、業界人がよく使う喫茶「トップス」
国分寺名店事情:古色蒼然たる名曲喫茶「でんえん」

どうです、喫茶店の時代がすぐにも書けそうでしょ。思い出したのでついでに述べておくと、国分寺の「でんえん」では小生も絵の展示をさせてもらったことがある。武蔵美を卒業する年だったから一九七八年だろうと思う。知人に誘われてグループ展のようなものに一点出品した。このとき搬入と搬出に「でんえん」に出向いたはず。店の雰囲気はぼんやりとだが記憶に残っている。武蔵美時代には鷹の台(国分寺から二駅目、武蔵美の最寄駅)に住んでいたのではあるが、それほど国分寺については思い出がない。国分寺より新宿の方が親しいくらい。また鷹の台の画廊喫茶「しんとん」というのはまだなかったはずだ。駅前を西へ突き当たったところに「ドリヤン」という洋菓子店と階上喫茶店があった。ここは何度か入った(四年間で何度かだけですが)。松明堂書店ではよく立ち読みさせてもらった。村上龍(武蔵美中退)が芥川賞を獲ったときたしかサイン会があったような気がする。

岡崎氏の本の紹介のはずが思い出話になってしまったが、氏は国分寺在住だからどうしても懐かしい地名が登場するのである。もうひとつ身近な讃岐出身ということで「伝説の真相をつきとめて修正」で砂古口早苗『ブギの女王・笠置シヅ子』を取り上げてこう書いているのも目に留まった。

《例えば、あっけらかんとした大阪弁の印象が強いため、誤解されているが、笠置は一九一二(大正三)年、香川県の生まれ。私生児だった。生後半年で大坂の商家に養子にもらわれていく。》

《自分のものまねでデビューした美空のブギを封じた悪者・笠置という伝説が芸能界に長くはびこっている。その真相を芸能界の暗部に手を入れてつきとめることで、著者は伝説を修正した。笠置と同郷というシンパシーもあろうが、これで「ブギの女王」も浮かばれるというもの。》

笠置は香川県大川郡相生村(現・東かがわ市)生まれ。同じく東かがわ市からはソプラノ歌手の林康子(一九四三〜)も出ている。著者の砂古口早苗氏が同郷だということはやはり同郷のK氏より教えていただいたばかりだった。

《新刊、現代書館から「佐々木孝丸」評伝を出版。過去に「宮武外骨」伝や「笠置シズ子」伝を出版。讃岐人を取り上げています。今回の佐々木孝丸は父が国分寺生で少年時代に香川で過ごしたようです。著者は1949年善通寺生。》

脱線ばかりで申し訳ない、だが、本書は実際このようにさまざまな情報がぎっしり詰まったまさにバラエティブックの鑑のような快著である。


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by sumus2013 | 2016-12-20 20:58 | おすすめ本棚 | Comments(10)

ヒトハコ創刊号

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南陀楼綾繁(なんだろうあやしげ)
1967年、島根県出雲市生まれ。ライター・編集者。2005年から谷中・根津・千駄木で一箱古本市を開催する「不忍ブックストリート」代表として、各地のブックイベントに関わる。「一箱本送り隊」呼びかけ人。2016年秋、雑誌『ヒトハコ』を創刊。著書に『谷根千ちいさなお店散歩』『ほんほん本の旅あるき』ほか。


***


『「本と町と人」をつなぐ雑誌 ヒトハコ』創刊号(書肆ヒトハコ、二〇一六年一一月一〇日、表紙イラスト=ますこえり)。南陀楼綾繁氏が一箱古本市の雑誌ヒトハコを創刊した。これまでずっとヒトハコ仕掛人としての大役をになってきたわけなので遅きに失した感もあるが、まずは創刊を祝いたい。内容もじつに賑やか、どのページを開いても本と人と街そしてヒトハコの話題ばかりだ(当たり前)。東北や熊本など被災地と本の関係も教えられところが多い。平和に貢献する一種の草の根ムーヴメントと言っていいだろう。これは「もう世界に広げよう、ヒトハコの輪!」と叫ぶしかない。この雑誌を継続させつつヒトハコ伝道人としてさらなる頑張りを期待したい。

《誰にたのまれたわけでもないのですが、ずっと一箱古本市をテーマにした雑誌をつくらなければと思ってきました。「ココにこんなに面白い人たちがいるぞ!」というのを紹介したかったからであり、個人的には、これまでイベントのゲストとして招いてくれた各地の人たちへの恩返しでもありました。》

《読書はきわめて個人的な体験です。その一方で、一箱古本市はいろんな人が一緒に本を愉しむイベントです。個人の本と共有される本。その両方を、この雑誌では扱っていきます。》(南陀楼)

販売店情報などは下記をごらんください。



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by sumus2013 | 2016-12-14 21:34 | おすすめ本棚 | Comments(0)

ゲルマントのほう1

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プルースト『失われた時を求めて5 第三篇「ゲルマントのほう I」』(高遠弘美訳、光文社古典新訳文庫、二〇一六年一二月二〇日)。巻数で言えばまだ三分の一を超えたところ(全十四巻!)。これまでは毎号読破してから紹介していたが、今回は早めに。

自宅から神戸のギャラリー島田まで電車と徒歩で一時間四十分ほどかかる。どの本を鞄に入れて行けばいいのか、いつもはあれこれ迷うのだが(単行本は重い、文庫本で適度な厚みでそれなりに面白いもの、車中で読んでいても不自然でないもの)、今回は出来したばかりの「ゲルマントのほう I」にすんなりと決まった。往復三時間、加えて画廊にいるときにも人の来ない時間帯もかなりある。相当に読めるはずだが、帰りはだいたい舟を漕いでいるので読書は無理、画廊でも落ち着いて読める時間はそう多くはない、結局、往きの電車での一時間ほどがもっとも集中できるのだった。

冒頭はパリにおける主人公一家の老女中フランソワーズの描写である。これがなかなかに観察の行き届いた巧妙な語り口、非凡な視点を持っている。近年放映された英国のTVドラマでは白眉といえる作品に「ダウントン・アビー」があるが、これがヨークシャーの宏壮な館に住む伯爵一族の第一次世界大戦前後を描いた内容で、召使いという職業にどういう序列があるのか、どういうシステムで成立っていたのか、ということが実によく分る。貴族階級が没落してゆく様子も具体的かつドラマチック(ドラマですから)に描かれている。「ダウントン・アビー」を見ていた目でこのあたりのフランソワーズ(彼女は名料理人なのだが「ダウントン・アビー」にも頑固な名コックの女性が登場する)や近隣の召使いたちについての描写を読むと何気ないプルーストの記述になるほどと頷けるものがあったりする。やはり奥深い小説である。

***

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「ジョルジュ・ブラッサンス公園にて」F4号

ひいきのブラッサンス公園の古本市で買った古めの(十七〜十九世紀)革装本など。今回の展示では古本の絵はこれだけです。


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by sumus2013 | 2016-12-13 20:38 | おすすめ本棚 | Comments(2)

花森安治の素顔

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河津一哉+北村正之『『暮しの手帖』と花森安治の素顔 出版人に聞く20』(論創社、二〇一六年一〇月一六日、装幀=宗利淳一)インタビュー・構成=小田光雄。トークの準備のためにこの本も読んでおかねばと思って急ぎひもといた。なかなかよくまとまっていて読みやすい仕上がりになっている。「出版人に聞くシリーズ」は貴重な聞き書き、好企画だ。

今回、気になったのは花森の女装について。というのはこの本を読む直前に『文藝別冊花森安治』(河出書房新社、二〇一一年)を読み返していて矢崎泰久「スカートをはいた名編集者」(談)に注目していたからだ。そこで矢崎は少年時代に出会った「スカートをはいた小父さん」が花森安治だったと述べている。中学の頃、友達だった米田利民の家へよく遊びに行ったが、米田の母が花森の妻の実姉だったため、その家で何度か花森に会ったという。

《その花森さんという小父さんは変ってて、スカートをはいていたんです。フレアで、プリーツが入っているようなスカート。チェックだったかな。ワンピースではないんだけど。要するにスコットランドの楽隊がはいているようなやつ。僕はびっくりしてね、男が……って。
 しかも花森さんって、すね毛がすごいんですよ。毛むくじゃらの足がスカートの下から見えるんです。》

《しかも、花森さんは髪にパーマネントもかけていて、ときには原色の派手なスカーフを巻いたりして。》

本書ではこの花森のファッションについてつぎのように語られている。

《北村 花森は当時の男性としては珍しい髪型のおかっぱ頭だった。聞くところによると、あのおかっぱ頭も銀座の美容院でカットしてもらっていたようで、そういう意味ではとてもおしゃれだったと思います。
 その一方で、私は花森が背広を着たところを見たことがないのですよ。冠婚葬祭はもちろんのこと、パーティでも背広は着ない。
『一戔五厘の旗』の読売文学賞受賞式でも、白いジャンパーで出かけていたし、どこにいくのでもそれで通していた。》

《逆にみんなが学生服を着ていた大学時代は背広を愛用していたらしいし、みんなと同じような格好はしない、それもひとつの美意識だったんでしょうね。
 それからおかっぱ頭のこともあるんでしょうが、スカート姿で銀座を歩いたというのは伝説で、誰も見たことがないというのが真相です。》(花森の美意識)

これを受けて司会の小田氏が酒井寛『花森安治の仕事』(朝日新聞社、一九八八年)を引き合いに出している。その該当部分を酒井本から直接引用しておく。

《大橋や編集部の古い人たちによると、花森は、幅のひろいキュロットや、スコットランド兵でおなじみのキルトをはいていたことはあった。花森に原稿や絵を依頼に行った他社の編集者もそれを見ているし、すでに、花森は有名になっていたので、このスカート話は広まった。》

《髪も、のばしていた。床屋へ行くのが大嫌いで、定期的に銀座の編集部にきてらっていた床屋がこなくなり、そのときから髪をのばし始めた。うしろで束ねて、ポニーテールのようにしていたときもあるし、天然ウェーブの、おかっぱにしていたときもある。外へ出るとき、ネッカチーフをかぶったり、首にまいたりしていた。》

矢崎少年が見たのはフェーリア(ゲール語でキルトのこと)だったのである。銀座から世田谷の松原までキルト姿で通っていたということになる。オシャレと言えばこれ以上オシャレなスタイルはないだろうし(たぶん今でも奇抜だろうし)、何より女装ではなかった。正真正銘の男装である(女性がフェーリアを身に着けるようになったのは最近だそうだ)。

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1954年7月暮しの手帖社で(撮影:樋口進)


もうひとつ言えば、おかっぱや長髪は大正から昭和初めの男子にとってはそう珍奇な頭ではなかった(村山知義やフジタを思い出そう)。女装だってそう珍しくはなかったような気がする。とくに芸術家を気取る連中にとっては(あの富士正晴だって長髪だったのだ)。戦争によってバサリと切り捨てられたはずの戦前(二大戦間)の頽廃文化は深く花森世代の心に巣食っていたのかもしれない。敗戦によって打ちのめされた花森は、一転、そんな青春を取り戻そうとした(?)。少なくともファッションの「自由」を社会通念によって自己規制することはキッパリと止めた、そう思えるのだ。

ただし、戦時中に国民服が提唱されはじめるといち早くこれを着込んで背広の杉山平一にこれからはこれだよと言い、みんなが国民服のようなものばかりを着るようになると、そんなものには見向きもせず、

男はズボンにゲートル、女はもんぺが日常というなかで、花森は「紺木綿の、縦じまの、つなぎの服」を着ていた。あるときは、「フードつきの上着」を着ていた。かぶると、防空ずきんになった(牧葉松子の回想)

というのだから、その天邪鬼ぶりは(ファッションに限らず、その思想においても)時代がどうこうではない、天性のものなのかもしれない。


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by sumus2013 | 2016-12-03 20:32 | おすすめ本棚 | Comments(7)

ノーベル文学賞

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柏倉康夫『増補新装版 ノーベル文学賞 「文芸共和国」をめざして』(吉田書店、二〇一六年一二月一日)が届いた。前著が二〇一二年一〇月だから早いものだ。その間にマンロー(カナダ)、モディアノ(フランス)、アレクシエーヴィチ(ベラルーシ)、そしてボブ・ディランが受賞している。前著を紹介したとき偶然にもバーナード・ショウが受賞を固辞した話題を取り上げたのだが、今年は例の貰うのか貰わないのかはっきりしないディランの態度が注目だった。受賞の記念講演をしないと賞金は貰えないらしいが、これまたするのかしないのかはっきりしない。本書では「増補新装版 あとがき」にボブ・ディランへの授賞についての波紋が取り上げられておりひとしお興味をひかれた。

《隣室の扉があき、スウェーデン・アカデミーのノーベル文学賞委員会の事務局長サラ・ダニウスが発表会場にあらわれて、手にした紙ばさみを開いた。
 まずスウェーデン語で今年のノーベル文学賞の授賞理由を述べ、その後で「ボブ・ディラン」とアナウンスすると、取材陣からどよめきが起こった。

そしてサラ・ダニウスは発表後テレビのインタビューでこう発言した。

《「押韻と鮮やかな光景を描き出す歌詞は彼独自のものだ。過去にさかのぼれば、ギリシアのホメロスやサッフォーは〔朗読などで〕詩を聴き、楽器と一緒に吟じられることを前提に詩的な文章を書いた。ボブ・ディランも同じだ。私たちはホメロスやサッフォーをいまでも読んでいる。彼もまた読まれるし、読まれるべきだ、彼は英語の偉大な伝統のなかの偉大な詩人だ」と讃えた。

これに対してさまざまな意見や感想が飛び交った。チリのバチェレ大統領やアメリカの作家ジョイス・キャロル・オーツは授賞に対して賛意を表した。一方でフランスの作家ピエール・アスリーヌは

《「ディラン氏の名前はここ数年頻繁に取りざたされてはいたが、私たちは冗談だと思っていた。今回の決定は作家を侮辱するようなものだ。私もディランは好きだが、だが〔文学〕はどこにある? スウェーデン・アカデミーは自分たちに恥をかかせたと思う」と辛らつに批判した。》

詳しくは直接本書を読んでいただきたいが、ヴェルレーヌが「詩に音楽の富を取り戻そう」と宣言し、マラルメは

《音楽と言葉と仕草の総合芸術をめざすワーグナーの楽劇に対抗できる詩の創造を真剣に訴えた。
 ノーベル文学賞がはじまったとき、すでに詩人たちはあえて音楽と手を切ることで、詩という表現手段を一層強力なものにする努力を積み重ねていた。スウェーデン・アカデミーはこうした文脈のなかで、今回のボブ・ディランへの授賞を決めたのである。

というフランス詩にとりわけ造詣の深い柏倉氏ならではの感想に重みがある。

では誰がディランに決めたのか? スウェーデン・アカデミーは定員十八。このなかの五名が委員会を作り、世界中の有資格者に推薦の依頼状を送る。届いた推薦のなかから第一次リストが作られる。候補者はおよそ百五十人ほど。委員会はリストを元に比較的早い段階で十二、三人に厳選する。これが第二次リスト。そしてそこからさらに第三次リストの五人前後に絞られ、これをアカデミー会員の全員によって検討し、最後に投票が行われる。最終的には多数決だそうだ。

学が紙を離れて飛翔し浮遊している現代、ある意味で文学はホメロスの時代にまで後退しているとアカデミー会員たちは考えたのかもしれない。いや単にディラン世代だっただけなのかも……。

とにかく座右に必需の一冊。文学の世界は限りなく広い。

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by sumus2013 | 2016-11-30 20:37 | おすすめ本棚 | Comments(0)

ミステリアス文庫近刊

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都筑道夫『ほりだし砂絵 なめくじ長屋捕物おさめ』(書肆盛林堂、二〇一六年九月三日)。なめくじ長屋シリーズ、単行本・文庫未収録作品。および錚々たる作家陣へのアンケート収録。都筑道夫って凄い人なんですねえ……ミステリについての無知をさらけ出しますが。

ほりだし砂絵 なめくじ長屋捕物おさめ
http://seirindousyobou.cart.fc2.com/ca1/245/


***


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え:山下昇平、ぶん:遠野美奈子 ほか『そらいろくさむら -少女のあしあと-』(書肆盛林堂、二〇一六年八月一一日)。毎回、楽しませてくれる盛林堂ミステリアス文庫、今度はデッサンによる画文集。宮崎駿タッチの少女たちがなかなか意味深長な大人の世界を回遊する……。

そらいろくさむら -少女のあしあと- 書肆盛林堂

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ゲラ直しの合間にちょっと息抜き……。

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by sumus2013 | 2016-10-26 16:37 | おすすめ本棚 | Comments(0)

古本屋ツアー・イン・京阪神

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小山力也『古本屋ツアー・イン・京阪神』(本の雑誌社、二〇一六年一〇月二〇日、造本=真田幸治)。これは、すごい。岡崎氏の『気まぐれ古本さんぽ』もすごいのだが、タイトル通りの気まぐれな案内というところで紹介の文章で読ませるスタイルだ。本書は古本屋ツアー・イン・ジャパンでおなじみのように紹介文も軽妙、そこに加えて網羅性と即時性がある。すなわちどの店の情報も今すぐに使えるまさにリアルタイムの案内なのだ。

小生はもうほとんど古本屋めぐりということから足を洗ったのではあるが、京都の古本屋はときどきのぞいている。そうするとどうしてもやはり行きつけの店にしか足が向かない傾向があり(要するに年を取ったということなのだろうが)地元京都の店舗情報にもすっかり疎くなっており、知らない店が多くてビックリしてしまった。また、既知の店についてでも、日本一場数を踏んでいる(?)だけのことはある、その評価の的確さには納得させられた。たとえば平安神宮そばの「古書 HERRING」についての

《ギシギシミシミシ色々な所を鳴らしながら、手元も良く見えない薄暗い中で本を探し求める姿は、まるで自分自身が形而上の怪物に変貌したような錯覚を起こさせる。それほど様々な方向から、人と世界の秘密を探求するような棚造りは、冥く、魅力的である。値段はしっかりのスキ無しタイプ。読売新聞社『かぼちゃと風船画伯/吉田和生』を購入する。表に出て靴を履くと、日光がことさら目に沁みる。思わず元の暗闇に引き返したくなる、強烈さである。》

などという描写はみごと。ヘリングさん、もう少しスキを作っておかなきゃ……元コレクターの店というのは、自分がスキを狙う人間だっただけに、抜かれたくないという気持ちが出てしまいがち。開店してからある程度時間がたったので表の均一に多少スキを作ろうと試みているようであるが、いまだし、今後を期待しているところ。

六甲の口笛文庫も引いておこう。

《非常に良いお店である。店内はわりと本の山なのだが、基本的には整頓は行き届いており、だからこそ理知的にそれほど労力を使わずに、本を掘り出すことを楽しむことが出来る。そしてこのお店の根っこが古書で固まっている感じが、たまらないのである。値段は嬉しい安め。それほど人通りのない坂の途中なのだが、お客さんが次々と飛び込み、ちゃんと本を買って行く。地元に愛されているのが、短い間でもひしひしと伝わってくるのだ。……あぁ、ずっとずっと古書を漁っていたい。底の底まで。面白い本にたどり着くまで。》

まったく同感である。

もちろん大阪の案内も充実しているし近県も歩いている。労作である。善行堂との千林ツアーも面白く読んだ。制作日記もおもしろく、巻末の地図も分りやすい。掲載写真にも工夫があり、カバーの折返し、および奥付頁に「KOYAMA」というレッテルも配されている(誰かの本にもあったなあ、笑)。まれにみる古書店案内!

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by sumus2013 | 2016-10-24 21:29 | おすすめ本棚 | Comments(0)

河口から II

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季村敏夫さんより個人誌『河口から II』(二〇一六年十月念[二〇日]、表紙・装画=倉本修)が届いた。河口から I』が三月末だったからいい感じのペースである。以来半年間のできごとを中心に構成されている。まずは四月に岩成達也氏の詩集『森へ』(思潮社)が刊行され、岩成氏を囲む会がもたれ、記念冊子『森へ』を作成することとなった。季村氏と倉本修氏がその編集に当った。《荒れ狂う波が互いの境界線を壊してしま》うほどの激論のすえ、氏らは『月映』を目指したのだとか…。十月には高橋睦郎氏が来神。女流の仕事について話した。家へ戻った季村氏はさっそく『コルボウ詩集・一九五四年版』などを取り出し片瀬博子の作品を読み進めた。翌週、徳正寺で「百年のわたくし」が行われた。そこで氏が朗読した「古刹に招かれ」が収められている。

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今回は三十五部制作。《興味を持たれた方ご一報下さい。後日お送りいたします》とある。お問い合わせは下記へ。
kioku-tk(アットマーク)kxa.biglobe.ne.jp


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by sumus2013 | 2016-10-20 15:48 | おすすめ本棚 | Comments(2)

乳房の神話学

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ロミ『乳房の神話学』(高遠弘美訳、角川ソフィア文庫、二〇一六年九月二五日)読了。じつに面白い。ロミの著作はかつて『突飛なるものの歴史』を紹介したが、本書は徹底的にサン(sein, おっぱい)にこだわった内容である。
神話学とタイトルには学があるが、じつはロミは学など歯牙にもかけていない。骨董屋や酒場を経営していた数寄者、物数寄、コレクターである。みずからの興味のおもむくままあっちのテトン、ニション、ネネ(いずれもオッパイの俗語、巻末には「乳房用語集」なる小辞書も備える、もちろんフランス語だけです)をちょいちょいとつまんでごらんよワン、ツウ、スリーという感じ。それがじつに愉快。思わず吸い込まれる、というか吸い付いてしまう。

いろいろ教えられるところは多かったが、個人的に印象に残った部分を取り上げてみる。まずヴァン・ドンゲンの「鳩と女」と題された絵が一九一三年のサロン・ドートンヌで警視によって外されたという事実、知らなかった。乳房も陰毛もあらわな全裸の女性が描かれていたとしてもおフランスである、いくら第一次世界大戦の前夜だとは言ってもそんな事件が起こるとは……信じ難い。黒田清輝の「朝妝」が腰巻き展示を強いられたのが明治三十四年(一九〇一)だから(それ以前には何度もそのまま展示されていたにもかかわらず)保守反動もいいところ。

もうひとつ、フランス女性の乳房の大きさについて。一九五五年に高等専門学校人類学研究所所属のシュザンヌ・ド・フェリス嬢が提出した学位論文はフランス女性の身体の発達についてだった。このなかで乳房の研究にあてられた部分はすこぶる興味深いという。そこからいくつかの数字が引用されている。そして

《彼女の結論。フランス女性の四分の三以上が「平均的な大きさの乳房、豊かな乳房、大変豊かな乳房」をしていて、小さな乳房、ごく小さな乳房は少数派(二三・一八パーセント!)である。》

このくだりを読んで思い出したのが山田稔さんがフランスへ初めて行ったとき女性の胸が大きいのにびっくりした、というか気圧された、とどこかに書いておられたことだ。これは直接ほぼ同じことを山田さんの口からも聞いた覚えがあるのだが、どこに書かれたものかすぐに思い出せない。『コーマルタン界隈』かなと思ったが、ざっと見たところでは見つからない。『マビヨン通りの店』をめくってみたら、そこに加能作次郎の「乳の匂ひ」についてのエッセイ「富来」にぶつかった。フランス女性のバストサイズとは関係ないが、乳房の文学ということで「乳の匂ひ」はピッタリではないか。これはフェティッシュですよ。さすが加能作次郎。

訳者の高遠氏はご自身も乳房コレクターでいらっしゃる。本書には文学のなかに乳房を博捜した「乳いろの花の庭からーーロミのために」が収められており、これもまた一読三嘆。乳房で読む日本文学アンソロジー! 日本人も決して乳房をおろそかにしていたわけではないのだ

《乳房という窓から覗けば日本文学も、またあらたな相貌を見せてくれるに違いない。私たちに陶酔と悔恨をあたえ、情欲と憧憬とをかさね、肉体と魂とを融合させ、視覚と触覚と味覚を一挙に満たしつつも、永遠の渇望状態に置く乳房なるものの現在[プレザンス]。》

あるいはこうも。本書の

《逸話や関連する図版は理論を振りかざすよりはるかに乳房の魅力を私たちに伝えてくれる。もし座右に置いて繰り返し読む乳房にまつわる本を選べと言われたら私は躊躇なく本書と、本書にも引かれているラモン・ゴメス・デ・ラ・セルナの散文詩集『乳房』(邦訳は抄訳。フランス語版は新書型で三百ページを優に超える)を挙げるだろう。》

失礼を顧みず三好達治ふうに言えば HIROMI のなかには ROMI がいる。

本書の元版はジャン=ジャック・ポヴェール(九月二十七日が三回忌)から「国際性愛研究叢書」第十六巻として一九六五年に刊行されたもの。ネット上で見つけた初版の表紙は下のようなもの。ソフィア文庫の表紙も悪くないが、さすがポヴェール版という表紙である(絵はベルナルディーノ・ルイニ「聖アガタ」)。

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 夢で子に乞われるままに与えたる乳房ひやりと皿に盛られて 大田美和


この歌は訳者のコレクションより。

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by sumus2013 | 2016-10-10 21:51 | おすすめ本棚 | Comments(2)