林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
カテゴリ
全体
古書日録
もよおしいろいろ
おすすめ本棚
画家=林哲夫
装幀=林哲夫
文筆=林哲夫
喫茶店の時代
うどん県あれこれ
雲遅空想美術館
コレクション
おととこゑ
巴里アンフェール
関西の出版社
彷書月刊総目次
未分類
以前の記事
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
お気に入りブログ
NabeQuest(na...
daily-sumus
Madame100gの不...
最新のコメント
関口武『風の事典』、古書..
by sumus2013 at 08:57
余談) "おろし"と言..
by 西ミツ at 23:39
関口武『風の事典』原書房..
by 西ミツ at 23:10
たしかに、まだ、ですね。..
by sumus2013 at 16:56
そうですね。臼井ファミリ..
by sumus2013 at 13:30
志賀英夫『戦前の詩誌・半..
by 神保町のオタ at 10:39
なるほど、可能性としては..
by sumus2013 at 16:10
船川未乾ではないか、とい..
by 牛津 at 16:37
良かったです。もし時間が..
by sumus2013 at 15:59
藤田嗣治のポスター、店に..
by imamura at 12:52
メモ帳
最新のトラックバック
天才画家ゴッホの生涯と画..
from dezire_photo &..
ルーベンスの故郷、ヨーロ..
from dezire_photo &..
シャガール、ピカソ、マテ..
from dezire_photo &..
ポン=タヴァン派、総合主..
from dezire_photo &..
視聴率に関係なく選んだ2..
from dezire_photo &..
宝石のような輝をもった印..
from dezire_photo &..
ルネサンス美術の巨匠・ピ..
from dezire_photo &..
既成概念から絵画の解放に..
from dezire_photo &..
既成概念から絵画の解放に..
from dezire_photo &..
過去に来日した傑作を回顧..
from dezire_photo &..
検索
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


カテゴリ:おすすめ本棚( 240 )

BOOK5 No.13


f0307792_20245536.jpg

『BOOK5』13号(トマソン社、二〇一四年九月一日)が届いた。特集は本屋道具図鑑。これまでこんな特集あっただろうか? あまり記憶にないが、面白く読んだ。特集のトップは「古本屋の棚づくり」と題して「フォレスト・ピアの中村敦夫さん」の仕事を紹介している。都内の古書店の改装、新装のときに棚作りを手がけているという。店のスペースに合わせてオーダーで棚ができるのはうらやましい。古本屋でなくてもこんな棚があったらいいなと思ってしまう。フォレスト・ピアの連絡先はネット検索じゃ見つからないようだが、この雑誌に書いてあります。

f0307792_20245720.jpg
もうひとつ特集の目玉は「古書往来座と道具の話」。店主瀬戸さんのアイデア道具の数々が紹介されていて、こだわり具合がじっくり語られている。

他には「神田の自転車と風呂敷」には西秋書店さんが登場。古書会館でセリ落とした本を自転車で店まで運ぶそうだ。三十年、四十年使っている自転車は神保町では当たり前とか。知らなかった。

そして新刊書店の道具いろいろも登場。「紐切り」はひとつ欲しいぞ!

f0307792_20245270.jpg

トマソン社


[PR]
by sumus2013 | 2014-09-03 20:57 | おすすめ本棚 | Comments(0)

ウプサラ、ピポー叢書の夢

f0307792_17164261.jpg

金澤一志さんの「bulletin」新作が届いた。『ウプサラ、ピポー叢書の夢』(JAGON BOOOKS、二〇一四年八月)。またまた新たな形象詩の実験が行われている。前半に掲載されているのは、みそひともじ(三十一文字)ならぬ「むそふたもじ」(六十二文字、正確には五十文字の列に漢字が含まれるので音数で言えばもう少し多いものもあります)にはちょっと驚かされた。これくらいの文字数でもそこはかとなく短歌の味わいを残しているところが腕の見せ所なのかもしれない。

f0307792_17164511.jpg

巻中に挿入された写真もスタイリッシュ。レイアウトも決まっている。下は裏表紙。金澤氏が百窓市に出品されていた洋書の品揃えを思い出しながら、そのデザインセンスの源泉の豊かさについて考えた。

f0307792_17164351.jpg

金澤一志『毛むくじゃらのナナ』

[PR]
by sumus2013 | 2014-08-31 17:33 | おすすめ本棚 | Comments(0)

拝受多謝

モノはいきなり壊れる。スキャナーが突然反応しなくなった、かと思うと勝手に反応したりする。仕方が無いので新しいのに代えることにした。よってしばらくはスキャンした画像はありません。

f0307792_19023323.jpg

『エディターシップ』Vol.3(日本編集者学会、二〇一四年六月五日)。日本編集者学会というのができていたのだ。知らなかった。会長は石塚純一氏(元・平凡社)、副会長は中嶋廣氏(トランスビュー)、理事には長谷川郁夫氏(初代会長)の名前が見える。

編集者の学会はなにをめざすのか 西谷能英

どうしてこの雑誌が届いたかというと、みずのわ出版柳原一徳氏が昨年九月編集者学会第四回大会で行った講演録が掲載されているからだ。いつもながらに吠えてます。

《ともあれ、人間食うことが一番大事であって、それを思えば本なんて不要不急のものなんですよね。食う・寝る・出すが人間の基本だから。実際にイベントなんかでお店出しても、本は食べ物には負けるわけだ。かく言うワシも実際のところそうだからね。
 でもね、一見必要のないものは世の中に多くあり、だったらみんな要らんのかといったら、そうでもないし、非常事態なればこそ、本は必要となってくる。震災下の神戸でも、八日後の一月二十五日に、元町の海文堂書店が被災地でいちばん早く再開した。子供に読み聞かせる本が欲しいとか、避難所で読む本が欲しいとか、みなさん活字に飢えてはった。だからこそ、本は、ただちに必要なものではないけれども、人間が人間として生きていくうえで必要欠くべからざるものなんです。》

美篶堂港の人へのインタビュー記事もあり、学会報という感じはまったくない読める雑誌となっている。


f0307792_19023249.jpg

ダンセイニ卿『賢女の呪い』(稲垣博訳、書肆盛林堂、二〇一四年八月一二日)。盛林堂ミステリアス文庫の最新刊。

《ダンセイニ卿『賢女の呪い』》予約開始
http://d.hatena.ne.jp/seirindou_syobou/20140725/1406278571

《ダンセイニ卿の中期長篇「賢女の呪い」を訳し始めたのは二〇〇八年の八月であったので上梓までに約六年かかったことになる。その間、暇を見つけての翻訳作業は遅々として進まないことが多かった。そしてそれがまさに風前の灯火となり一時中断しようかと思ったことも幾度もあった。しかしなぜ作業を続けられたのかと今から振り返ると、それはこの作品の持つ意外性に惹きつけられていたことが理由のように思われるのだ。》(訳者あとがき)


f0307792_19023175.jpg

『gui』102(田村デザイン事務所、二〇一四年八月一日)。小野原教子さんが「海と宝石(二)」で海文堂書店の店長福岡さんのことおよび百窓市のことをさらに詳しく書いておられる。また岩田和彦氏が「気まぐれ読書ノート(36)街の本屋・神戸海文堂書店の事等」と題して『ほんまに』15号(くとうてん、二〇一三年一二月二四日)を取り上げて拙文にも触れてくださっている。深謝です! 

ほんまに』と言えば、次号はヨーロッパの古本屋特集だそうだ。小生もサンシュルピスの古本市についてブログより詳しく書かせてもらった(締め切りは七月末日でした)。


f0307792_19022363.jpg

かわじもとたか氏より『序文検索』(杉並けやき出版、二〇一〇年)、『古書目録にみた「すごろく」』(杉並けやき出版、二〇〇三年)、『水島爾保布著作書誌・探索日誌』(杉並けやき出版、一九九九年)『死に至る言葉』(私家版、一九九三年)を恵贈賜った。

『序文検索』の第一冊目に先日小生が引用した内藤湖南の言葉も書き込まれていた。

《3年半、本になるまで約4年かかりました。近代文学館に約3年通い(週一、二回)著作者台帖カード千箱を携帯用椅子をカバンに入れて持ち込みカード(下の方の)あさったのを今では懐かしく思い出します。もうできません。冬はあそこは隙間風が入るし、煖房は客(調べ者)が少ないため、あまり効きません。冬はつらかったですが、あの棚を全部調べた人はいないのではと思っています。》

晩年の白川静があるTV番組で漢字研究一筋だったことについて語っていた。白川先生は超人的に漢字と向き合ってきた人生を「楽しくて楽してしかたなかった」と表現していた。きっと、かわじさんも楽しかったでしょうねえ、少々寒くたって。個人的には『水島爾保布著作書誌・探索日誌』に興味津々だ。その後半部分にあたる「水島爾保布探索日記」を少し読みかじったら、これが古本者らしい率直さでとてつもなく面白い。また折に触れて紹介できればと思う。




[PR]
by sumus2013 | 2014-08-06 19:40 | おすすめ本棚 | Comments(2)

序文検索2箇目

f0307792_20084107.jpg

かわじもとたか『序文検索2箇目 序文跋文あれこれ』(杉並けやき出版、二〇一四年七月一五日)を頂戴した。深謝いたします。著者紹介を見ると古書目録を主なソースとして、追悼号書目、死に至る言葉、畸人伝、水島爾保布著作書誌、すごろく、装丁家で探す本、などのテーマで著書を刊行しておられる。

二〇〇八年頃から序跋を本格的に調べ始めて前著『序文検索』(杉並けやき出版、二〇一〇年)を、そしてさらに本書を完成させたという。本書は623頁の厚冊。そこに古本好きなら必ずどこかでひっかかっている著者たちの名前が有名無名(昔有名今無名も多し)にかかわらず心の赴くまま(?)取り上げられ、検索した結果が報告されている(古書価も折り込んであるのがミソ)。それが100章プラスおまけ14章という数になるのだから623頁も致し方なかろう。どこから読んでもためになるし、教えられることも多い。

かわじ氏は一般の読者は序文を読まないと書いておられる。しかし小生自身について言えば、序跋しか読まない本がほとんどである。というのも内藤湖南が「序結はていねい、目次はななめ、本文指でなでるだけ」と笑いながら語ったという逸話を読んで(青江舜二郎『竜の星座』中公文庫、一九八〇年)、なるほどそれなら立ち読みでも本の内容をかなり正確に判断できるなと感じ入ったことがあったからである。実際、本書も「はじめに」と「あとがきにも似た一文 いつも書きかけで」および「著者紹介」だけからでも書評は充分できるように思ったのだが、ところが目次を見て拾い読みし始めると、これがたいへん面白い。かわじ氏の語り口も、饒舌体の一種なのだろうか、おしゃべり口調が心地よくなってくる。

例えば25の紅茶・珈琲の序跋では《井上誠の本を探そうと思えばなかなか見つからない。一冊を見つけるために遠くの図書館まで通ったりした》とあるのに驚いた。小生が『喫茶店の時代』を書いていた頃(二十世紀の終り頃)には井上誠の本は均一台の常連だったように思うからである。

66の青山南の本では長田弘が兄だと教えてもらった。この人たちの本は全く持っていないが、これは腑に落ちた。その引用に《この本では、英語の正しい発音法にしたがって、「ブルーズ」とした。だれがはじめたかは知らないが長らくつづいてきた「ブルース」というまちがいを、そろそろ正してもいいころではないか》というのがあって、膝を打った。ブルーズだよね、だよね。

青山南ではもうひとつ「Paul Theroux」の発音についてポール・セルー(阿川弘他訳)が正しく、ポール・セロー(村上春樹訳)は誤りだという指摘の引用も、へへえと思う。著者本人に確かめたそうだ。セルーの父親はフレンチ・カナディアンだから「ou」を「ウ」とフランス語的に発音するのだろうか。ただ一般のアメリカ人がこの名前をどう発音するのか、という別の問題もあるかもしれないが。

107の澁澤龍彦の序跋についてでは『さかしま』原著の序文を翻訳しなかった話に惹き付けられた。『マルジナリア』所収の「大岡昇平さんのこと」からの引用(ということは小生も大昔読んだはずだが、これっぽっちも記憶に残っていなかった)。

《大岡から電話がかかってきてユイスマンスの『さかしま』には序文があり富永太郎がその序文の抜書きをしていたが、あなたの訳には序文がないではないか、とのこと。それは晩年に作者が旧作を回顧した文章なので、小説が発行されたときにはもちろんなかったので「つい無精をきめこんで訳さなかったです。」というと「それじゃダメじゃねぇか。」と大岡が言ったとあった。

富永太郎が『さかしま』を読んでいたというのも目からウロコ。ただ、この序文は一九〇三年という日付がある「小説の二十年後に書かれた序文」という題名で(『さかしま』の発表は一八八四年)、私のように一旦発表した作品は二度と読み返さない作家は云々と始められており、澁澤としては「つい無精をきめこんで」というのではなく実際的な意味でこれを冒頭に置くのは適当ではないと判断したのだろう。先入観のない読者が先ずこの序文を読んでしまうと混乱する恐れが大いにある。もし挿入するとすれば巻末が適当かもしれない。大岡昇平に向かって反駁するわけにもいかなかった……たぶん。

104は「寺島珠雄という御仁」。寺島さんにまで目配りが及ぶとは、これにも驚かされた。しかし考えてみれば冒頭に月の輪書林目録が写真入りで掲載されており(太宰治と三田平凡寺)、内容についての言及もあるのだから、当然と言えば当然なのかもしれない。これがなかなか充実した書誌になっている。

他にもまだまだ読みどころがいたるところにある。夏中楽しめる、いや、納涼古本まつりまでに読破してしまえば、会場ではもう目があちこち泳いで大変なことになりそうだ。古本トリヴィアの泉と言うべき一冊。

杉並けやき出版
http://www.s-keyaki.com


[PR]
by sumus2013 | 2014-07-31 21:19 | おすすめ本棚 | Comments(4)

膝で歩く

f0307792_19424632.jpg
季村敏夫『膝で歩く』(書肆山田、二〇一四年八月八日、装幀=間村俊一、写真=鬼海弘雄)。栞として挟み込まれている「往復書簡 赤坂憲雄/季村敏夫」に季村さんはこう書いている。

《さて昨年八月の福島の駅前通り、赤坂さんたちが企画しておられる市民によるミュージアム構想(このように受けとめて出掛けました)の会合でのこと。自己紹介でわたしは、突如家内を襲う病という事態を日本の病巣である福島原発事故に重ねて思考したいと語りました。いかにも唐突なものいいでしたが、ハラワタをねじりあげた積もりです。
 二足歩行の発想を変える、生きてきた軌跡がうち砕かれ、瓦礫に放り出されたわたしの出発点です。関西と東北を襲ったカタストロフィー。日本人の生き方は根底から変るだろう、そういわれたが現状はどうか。「膝で歩く」は、病で一変した生活をひき受け、何とか立ちあがろうとする息の様態でもありますが、山は峻険、谷は予想以上に深く、今後も試練の連なりだと覚悟します。病妻ものをしたためたかつての私小説家をおもうと、やさしさとは何かが真っ先に問われ、隠されている酷薄さに滅入りますが、もはやきれい事ではすまない。「膝で歩く」思考をたどり、歩行に関する自明性を疑い、わたしの片すみから目覚めたく存じます。》

小生、現存の詩人としてはもっとも多く季村さんの詩を読んでいる……に違いない。というのも上梓するたびに詩集を送ってくださるし、また精力的に作品集を刊行されておられるからだ。

季村敏夫『日々の、すみか』

季村敏夫『災厄と身体 破局と破局のあいだから』

季村敏夫『豆手帖から』

新しい詩集を頂戴する。『豆手帖から』

季村敏夫『ノミトビヒヨシマルの独言』

季村敏夫『ノミトビヒヨシマルの独言』

季村さんの詩集『木端微塵』

これ以外にも『わが標なき北方に』(蜘蛛出版社、一九八一年)と『つむぎ唄泳げ』(砂子屋書房、一九八二年)は古書で求めている(『わが標なき北方に』は扉野氏へ行ったが)。そうそう『spin』08(みずのわ出版、二〇一〇年)は季村敏夫特輯でもあった。

たしか『たまや』の間村さんとの関係で『木端微塵』を頂戴したのが二〇〇四年だから、その頃から徐々に親しくお付き合いさせていただくようになったのだろう。『馬町から』という父上の事蹟をまとめられた著書の装幀をさせてもらったのが二〇〇六年。その少し前に突然電話がかかってきて、いきなり「林さんに本を作ってもらいたいのです」みたいな口調で(これは今もそう変らない、単刀直入な話し振り)用件を告げられ、梅田の阪急ホテルのロビーでお会いしてそこの喫茶室で具体的な内容をうかがった。ホテルで待ち合わせというのが新鮮だったことを思い出す。

具体的な本造りはみずのわ氏に任せることになってその顔合わせをしたのがなぜか中之島で、季村さんと瀧克則さんと四人で喫茶店に入ってあれこれ雑談した(打ち合わせはすぐに済んだ)。瀧さんともこのとき初めて親しく話をさせてもらった(お会いはしていたと思うが)、後に『spin』の宇崎純一特輯に寄稿していただいたり、与謝野晶子記念館でご一緒して宇崎純一のトークショーを行ったりすることになろうとは、当時は思いも寄らなかった。『山上の蜘蛛』と『窓の微風』という大著がみずのわ出版から発行されたのも元をたどればこのときの出会いによるものだ。善きにつけ悪しきにつけ八年ほどの間になんという変りようであろうか。

本詩集もその時間の流れを強く感じさせる。時間や物事の盛衰に抗うことはできないが、詩の言葉としてわずかな抵抗を示すことができるのではないか、そんなふうにこの作品集を通読して思っている。本書より一篇引用させてもらう(全文)。

  

   自転車の息



枯れ葉は動かない
バス停の裏の湿地
行き止まりに沈む数枚


こんな夢の残像をかかえ
めざめる


チャーリキ、チャーリキ
 スチャラカチャン
 切られて切られて
 血がだアらだら*


自転車にまたがり
四方八方の陽を浴び
ゆきづまりを打開しようとした


錆びたダクトから噴出する白煙
自転車[ちゃりんこ]のチリンがすりぬける


だれにも呼ばれない
それでもペダルを踏みこむ


土は冷える
枯葉数枚
空に舞いあがり
車輪の風と衝突


これから弔いだ
だれかに
回転するだれかに呼びかける




戦前の神戸のバラケツ(不良少年)が三ノ宮などの盛り場で
「よう歌(うと)てたんや」、「海がえらい荒れてるなア。今日なんか舟
に乗ったらしごかれるでエ」、島尾敏雄は開高健に語った。
健の耳はこのときも勃起したのであろうか。





[PR]
by sumus2013 | 2014-07-26 21:02 | おすすめ本棚 | Comments(0)

『高橋新太郎コレクション』のこと

f0307792_16154608.jpg

〈 高橋新太郎さんのことを、みな「シンタロウさん」と呼んだ。私のように年若な古本屋も、年長の先生も、それは同じだった。
 一九八五年に、若手の古本屋が中心になって『彷書月刊』という雑誌をはじめた。
 今は沼津に引っ越した自游書院の若月さんが呼びかけ、当時で還暦だった堀切利高さん(荒畑寒村の研究者)が顧問役。編集長はなないろ文庫の田村治芳さんで、私は雑事手伝いだった。

 猿楽町の事務所には同好の本の虫がよく訪ねてきた。新太郎さんもそうだった。何十年と古書展に通い、まるでそこを教場のように学んできた人たちだ。若造の古本屋よりよほどキャリアも豊富だ。うっかりすると、事務所がインナーな溜まり場になりかねない。でも、そうはならなかった。堀切さんの清廉な人格、そして新太郎さんの凜とした品性が、いつもその場所を風通しのいい、豊かなものにした。〉……

『高橋新太郎セレクション』のこと 内堀弘
http://www.kosho.ne.jp/melma/1407/index-1.html

笠間書院
http://kasamashoin.jp/2014/05/1_28.html

f0307792_16074921.jpg


[PR]
by sumus2013 | 2014-07-25 16:10 | おすすめ本棚 | Comments(0)

清宮質文のガラス絵

f0307792_20204183.jpg

「2015 CALENDAR 清宮質文のガラス絵」(呼友館ミウラ・アーツ、二〇一四年、デザイン=安藤剛史)を頂戴した。深謝です。もう来年のカレンダーが届く時期なのか! たしかに、あれよあれよと言う間に半分以上過ぎてしまった。駒隙もいいところ。

それにしても清宮質文のガラス絵は素晴らしいの一言。版画や水彩画とはまた違った流動感と発色にうっとりしてしまう。数字の並べ方も安藤氏らしいシンプルな落ち着きをもっていて、使いやすそうだ。ミウラ・アーツで購入できる。

f0307792_20204976.jpg
f0307792_20211262.jpg

f0307792_20205681.jpg

清宮といえば『愛について』や『俘虜記』といった新潮社の大岡昇平作品がすぐに思い浮かぶ。新潮文庫の『俘虜記』の表紙は好きなもののひとつ。古本屋でも最近あまり見かけなくなった。小説そのものは別の表紙に変って発行され続けているが。

f0307792_20415818.jpg





[PR]
by sumus2013 | 2014-07-21 20:46 | おすすめ本棚 | Comments(0)

貧乏は幸せのはじまり

f0307792_20410441.jpg

岡崎武志『貧乏は幸せのはじまり』(ちくま文庫、二〇一四年七月一〇日)。単行本のときに読んだはずだが、ほとんど忘れていて、面白く読了した。

あなたより貧乏な人
http://sumus.exblog.jp/12182683/

荻原魚雷氏と古書ますく堂店主・増田啓子さんへの貧乏インタビューが文庫スペシャル。これはどちらも一読の価値がある。魚雷氏はべつに貧乏どころか節約上手の素敵な奥さんみたいな生活だ。ますく堂さんも本のためにすべてを捧げている、最大限自分に忠実なスタイルで。そうすると一見貧乏ふうに見えるかもしれないが、貧乏どころか裕福だと言っても過言ではないだろう。いい話を読ませてもらったという爽やかな読後感が残るインタビューだ。

《魚雷くんは、今でこそ複数の著書を持ち、雑誌や新聞に連載を持つ、売れっ子の書き手だが、二十年前は、私同様、一般社会からあぶれた感じで、さすらうように生きていた。
 その頃に培った、貧乏者としてのライフ・スタイルは確立されていて、功成り名を遂げた今でも、基本的にそのスタイルは維持したまま。一種の芸風とも呼ぶべき完成度で、話をしていて楽しかった。
 次に登場してもらったのが、池袋の路地裏で住居兼店舗の古本屋「ますく堂」を営む増田啓子さん。彼女も私や魚雷君と同じく上京組。「本の雑誌」の別冊「古本の雑誌」でも、インタビューさせてもらったのだが、貧乏をテーマに再度話しを聞くと、まあ出てくる。この五年で買った服は靴下だけ……と、独身女性にあるまじき暴言もいただき、貧乏の奥深さをあらためて思い知ったのだった。》(文庫版あとがき)

ほんとうの貧乏は理不尽なものだと思うが、この本に詰まっているのはまさに幸せのはじまりにあるような楽しいアイデアばかりである。なかで本書で語られる稲垣足穂の生き方は「幸せとは何か」と考えるうえでもっとも深いところに触れているような気がする。

《「金は、そらあったら便利だけど、っていってますけどね。本人が金をもうけてどうしようという気はないんです。金がなくて自分が生きられなかったら、生きなくてもいい、という考え方」だったと、志代夫人は語る。》

《たまに原稿依頼があっても、自分が気に入ったものしか引き受けない。それは原稿料の多い少ないに関係なかった。そのくせ、原稿依頼書に入っている返信用封筒の切手は、水につけて剥がしてまた使っていた。》

《部屋には小さな机が一つあるきり。机の上には、使い古した広辞苑がのっていた。「原稿用紙は、新聞に入ってくる広告のちらしの裏面に墨で罫を引いたもの。鉛筆は、花かつおの付録の『みんなにこにこおべんきょう』式の丸い絵入り鉛筆だった」。その鉛筆も短くなるまで使い、短くなったのは二十本ぐらい、輪ゴムで束ねてあったという。》

要するに断捨離なのだ。断捨離とは自分を捨てるところへ落ち着く、またはそこから始まるもののようである。





[PR]
by sumus2013 | 2014-07-11 21:34 | おすすめ本棚 | Comments(2)

菊地信義とある「著者11人の文」集

f0307792_21270054.jpg


神奈川県近代文学館で開催中(〜七月二七日)の「装幀=菊地信義とある「著者50人の本」展を記念して刊行された『菊地信義とある「著者11人の文」集』(県立神奈川県近代文学館、二〇一四年五月三一日、造本・装幀=菊地信義+水戸部功)。

f0307792_21262279.jpg

でました! スイス式製本。

f0307792_21261568.jpg

菊地信義と言えば、個人的にはこの見開き、澁澤龍彦の二冊ですっかり参ってしまった。『高丘親王航海記』(文藝春秋、一九八七年)と『マルジナリア』(福武書店、一九八三年)。どちらも発行後間もなく買って(もちろん古本ですが)長らく持っていたが、いつだったかふとした気の迷いで手放してしまった。今でもそんなに珍しい本というわけではないのでたちまち買い戻せるわけだが、まだ積極的にそうしようという気にはならない。だが、いずれもういちど机辺に置いて撫ぜ廻してみたいとは思っている。




[PR]
by sumus2013 | 2014-07-04 21:38 | おすすめ本棚 | Comments(2)

えむえむ第七号

f0307792_20261827.jpg


『えむえむ[熊田司個人誌]』第七号(二〇一四年五月三一日)、留守をしていたためようやく拝見できた(郵便、メール便ともに取り置きを依頼)。今号もヴァラエティに富みながら発行者の趣味に貫かれており、頁を繰るたびに「う〜む」と唸らされる。

青春伝「一九六八年前後・神戸月見山界隈」には加藤一雄が登場。友人が編集者として働いていたD社(同朋舎であることは図版から分る)に熊田氏は畏敬する大学の恩師・加藤一雄の著作集の企画を持ちかける。

《加藤先生ご自身には無断で、このような企みをするとは不躾千萬、今考えると冷や汗ものであるが、加藤一雄の何たるかを知って貰おうと、三彩社が出していた新版『無名の南画家』をYm君に貸すと、早速感銘を受けた旨の連絡があった。》

加藤に出版社が打診すると、いきなり著作集ではなく、まずPR誌に連載でもしましょうという返事があった。

《こうして、かすかに希望がふくらむ昂揚した気分で、その夜は過ぎていったが、たしかその翌日である、今度は大学の研究室から電話が入った。加藤一雄先生の急逝を伝える一報である。まともな返事もできぬほど驚いて言葉を失ったが、それは急ぎ用件を伝えたYm君の反応でもあった。何となく殺伐として、息苦しく生きにくい世間の空気の中に、窃かに得たと思った「暖」のぬくもりが、秋の冷たい現実にさらされて突如喪われてしまった感を強くした。この「暖」は、私とYm君の共通感覚のみならず、加藤一雄先生にも共有されていたのではないか、と思えるのが唯一の救いであり、また痛恨事でもある。その夜先生は殊のほか上機嫌で、いつもの御酒をすこし過ごされたと伝え聞いた記憶がある。


小特集は「鉄路・車両・架線」。この着眼には予想以上の広がりがあるようだ。

f0307792_20251881.jpg

その図版のなかに教科書出版書肆「集英堂」の絵があった。住所は東京市日本橋区通旅籠町十一番地、小林八郎が発兌人である。店の表中程に「書肆 小林八郎」という看板が上げられているのが見える。

国会図書館のデジタルライブラリーで調べると明治初期に栃木で山中八郎がやっていた版元に同じ名前の「集英堂」があり、また小林集英堂で修業した内山港三郎は宇都宮支店を任されていたが、明治二十三年の支店廃止にともなってそれを譲り受けて集英堂として営業を続けていた。こちらはおそらく本家より後まで残ったと思われる。

f0307792_20252681.jpg

他にも堀尾貞治、坂本繁二郎、小出楢重の作品などが登場。隅々まで楽しめる稀有な個人誌である。


[PR]
by sumus2013 | 2014-07-04 21:20 | おすすめ本棚 | Comments(0)