林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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カテゴリ:おすすめ本棚( 194 )

古本道入門

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岡崎武志『古本道入門』(中公文庫、二〇一七年二月二五日、カバー画=森英二郎)と『sumus』別冊まるごと中公文庫(二〇〇三年六月一〇日、写真は裏表紙の内澤旬子さんによる似顔絵入イラスト)。文庫小僧こと岡崎武志、中公文庫のラインアップにも入ったということで、これもまた慶賀なり。以下「あとがき」より抜粋。

《この文庫版『古本道入門』は、私にとって現時点における持てる力を全て投入したつもりである。その点については、いささか自信がある。これ以上、もう「古本」や「古本屋」について、言うことは何もない。手持ちの札は使い尽くした感じだ。》

《今年、三月二十八日で、私は六十歳。還暦を迎える。どうにかここまで、よくぞ「書く仕事」でやって来られたものだと感慨がある。中公文庫は、日本文学が肌色の背で統一された時代から、ずっと憧れの文庫。仲間と作っていた雑誌『sumus』で中公文庫特集を組んだこともある。この号はよく売れて完売した。
 そんな仰ぎ見る叢書のラインナップに加えていただいたことは、もの書き稼業の途上で、多大なる誇りである。以後の励みとしたい。席を設けてくれたのは藤平歩さん。》

《なお、文庫版カバーの版画を、森英二郎さんが引き受けてくださった。これは望外の喜びであった。大阪人の私にとって、森さんの名前は、伝説の情報誌『プレイガイドジャーナル』時代から親しみを持ち、愛聴する西岡恭蔵のLP「街行き村行き」ジャケットも森さんだったし、敬愛する川本三郎さんの著作も多く森さんの手による等々と、尽きせぬ一方的な思いがある。
 そんなわけで中公文庫版『古本道入門』は、還暦を迎えるにあたって、記念すべき一冊となった。

『古本道入門』(中公新書ラクレ、二〇一一年一二月一〇日)

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by sumus2013 | 2017-02-19 20:35 | おすすめ本棚 | Comments(2)

驕子綺唱

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平井功『爐邊子随筆抄』(書肆盛林堂、二〇一四年一〇月二六日、表紙デザイン=小山力也)にひきつづいて『詩集 驕子綺唱』(書肆盛林堂、二〇一七年二月一九日、表紙・タトウデザイン=小山力也)が上梓された。ひとまず慶賀なり。

   Lopez, the Untamed

 野に棲む小獣のやうに
 私は誰にも馴されなかつたものだ
 私を馴さうとした人も幾人[いくたり]かありはしたが

 吾妹子よ お前が現れた時
 私は進んでお前に馴されたものだ
 幾代も 家畜として飼はれてゐたかのやうに

 氣にはしないでお呉れ
 野に棲んだころの荒々しいこゝろが
 飼はれて後もふと甦つて來るやうに
 今も時折は 折にふれて
 荒々しい情[こころ]が
 昔の儘に湧き立つこともあるがーー
 吾妹子よ 今も時折は
    折にふれて


栞としてタトウに収められている長山靖生「解説・あとがき」によれば、第二詩集になるはずだった『詩集 驕子綺唱』には平井功自身が用意した原稿が残っていた。しかしながら《幾人もの優れた出版人が熱を上げたにもかかわらず、生前に平井功が意図した造本装釘を実現しようとの理想を追うあまり、今日まで印刷刊行されるには至らなかった》ということである。たしかに松本八郎さんにもそんな話をうかがった覚えがある。松本さんも平井功の遺志を継ごうと努力しておられた一人だったが。

《昭和末期までは確かに、平井家に原稿が残っていたようだ。しかし功の子息で翻訳家の平井以作が亡くなった後、某氏が平井家にお願いして生原稿を探して頂いたところ、どこに仕舞い込まれたのか判然とせず、所在が確認できなくなっていた。とうとう本当に幻となってしまったのかと思われた時、原稿のコピーが書肆関係者の手元にあることが分った。
 平成二十五年四月二十七日、知人から『驕子綺唱』を出版するので手伝わないかとの誘いを受けた。私にとっては唐突な話だったが、御遺族の御理解、許諾も受けているという。その場でいきなり手書きの原稿のコピーとデータを渡された。もはや遁れようのない悪魔の誘惑だった。》

小生もこのコピーなるものを見せてもらった記憶がある。あれはいつどこでだったか……。

小出昌洋「随読随記」に平井功のことが書かれている

《その後、平成二十五年六月にパイロット版として八十部を限定して非賣品として刊行。平井功、日夏耿之介の研究者、関係者を中心に、詩歌に詳しい方々に読んで頂き、御教示を仰ぐことにした。》

《本来なら、今回の「第二次パイロット版」では、それらの指摘を受け入れ、少なくとも明らかな誤記と判断できるものは訂正した上で刊行すべきだと私個人は考え、そのように書肆側に伝えたが、今回はあくまでパイロット版をより広い読者に読んでもらうのが趣旨とのことで、訂正無しでの刊行となった。近い将来、より完璧を期した「正規版」の刊行を別に考えているとのことである。》

なるほど、いろいろな考えがあるものだが、たしかに完璧を求めすぎては出るものも出せなくなる。ただし平井功の造本意匠へのこだわりはテキストよりも(よりもは言い過ぎか、同じくらい)重いはず。詩集という存在(書物と言い換えてもいい)の意味を平井功は見抜いていた。本を愛する誰もが完璧を期したくなる所以である。

詩集 驕子綺唱 書肆盛林堂

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by sumus2013 | 2017-02-18 21:07 | おすすめ本棚 | Comments(0)

匂いのない本など、ごめんである。

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『大学出版』No.108(一般社団法人大学出版部協会、二〇一六年一〇月一日、表紙デザイン=阿部卓也)を牛津先生より頂戴した。深謝です。特集が「装幀を考える」。執筆は、間村俊一(装幀家)、鈴木衛(装幀家)、木村公子(武蔵野美術大学出版局)、大矢靖之(紀伊國屋書店新宿本店)、中垣信夫(ブックデザイナー、ただし氏の記事は連載)。装幀家、編集者、書店員、それぞれの立場から装幀について考えるという好企画。欲を言えば、著者の立場からの発言も欲しかったような気はする。

間村さんがなかなかに長文かつ異色の装幀論……いや装幀俳句とその前書きみたいなエッセイというか、そう、いわば間村流の戯作を執筆しておられて感銘を受けた。さわりだけ引用しておく。

《〔結論めいたいいわけ〕
 女が来る。しどけた着物の裾を払って、草むらにしゃがむ。まだ日は長い。ゆまりの音が聞こえる。きれぎれに、ながながと。懐から紙を出し、あてる。すこし匂う。中天に雲雀の声がする。本は打ち捨てられたまま、河原にある。水を含んで、本文が膨らみ始める。湯気がたっている。本は重い。

  初蝶来てゆまり長し長しといふ

 嘘だ。すべて嘘である、蝶一頭は活字のように重い。ゆまりの池にとまる。このゆまりこそが装幀である。ゆまりのような装幀、装幀のようなゆまり。舟が来る。》

《女の、男の、父や母の、すべての人々ののっぴきならない生き様の果てに成立する一冊。それを書物という。ゆまりである。匂いのない本など、ごめんである。》

ふ〜む、ゆまりとはよく言った。

ゆ-まり【尿】〔名詞〕(「湯まり」の意。「まり」「まる(排泄スル)」の連用形)小便。にょう。「ゆばり」「いばり」とも。〓[尸に水+毛]、此れを兪磨里(ゆまり)と云ふ』〈神代記・上・黄泉国・訓注〉》(中田祝夫編『新選古語辞典』)

間村さんには仕事ももらっているし、上京するたびにモー吉でお付き合いさせてもらっている(そういえば最近すっかり御無沙汰だ)。『spin』創刊号ではインタビューも。しかしここに書かれたようなこだわり装幀論は(断片的には聞いていたにしても)初めてだ。Macアレルギー以外は同感する部分多し。以下、過去記事の一部をリンクしておく。ゆまりの「匂ひ」をかいでいただければ……?

spin 01 創刊号
珈琲漫談・山猫軒にて 間村俊一+内堀弘+林哲夫
【在庫あります。送料込み1000円、sumus_coあっとyahoo.co.jpまで】

光文社文庫版『神聖喜劇』

間村俊一句集『抜辨天』(角川学藝出版、二〇一四年二月二八日、著者自装、寫眞=港千尋)

季村敏夫『膝で歩く』(書肆山田、二〇一四年八月八日、装幀=間村俊一、写真=鬼海弘雄)

勝見洋一『餞』(幻戯書房、二〇一一年八月一四日、装幀=間村俊一)

水原紫苑の歌集『あかるたへ』(河出書房新社、二〇〇四年一一月三〇日、装幀者=間村俊一)

山上の蜘蛛ー神戸モダニズムと海港都市展

間村俊一『句集鶴の鬱』(角川書店、二〇〇七年、著者自装)

港千尋『文字の母たち』(インスクリプト、二〇〇七年、装幀=間村俊一)

坂崎重盛翁の新著『神保町「二階世界」巡り及ビ其ノ他』(平凡社、二〇〇九年、装幀=間村俊一)

小沢信男『東京骨灰紀行』(筑摩書房、二〇〇九年、装丁=間村俊一、写真=矢幡英文)

郷里の書棚から「間村俊一」装幀本


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by sumus2013 | 2017-02-02 20:27 | おすすめ本棚 | Comments(0)

金沢文圃閣セット

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金沢文圃閣よりずっしりとした封筒が届いた。開いてみると『文献継承』第29号(二〇一六年一〇月)、古書目録『年ふりた……』第20号、および「「うたごえ」運動資料集」「図書館用品カタログ集成ー戦前編」「『国際女性』占領期女性雑誌メディア」「『満州國語』ー「満州国」の言語編制」「戦前新聞社・ジャーナリスト事典」の刊行案内が入っていた。いつもながらシブイ資料集ばかり出す版元である。



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by sumus2013 | 2017-01-05 20:44 | おすすめ本棚 | Comments(0)

気がついたらいつも本ばかり読んでいた

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岡崎武志『気がついたらいつも本ばかり読んでいた』(原書房、二〇一六年一二月一七日、ブックデザイン=小沼宏之)。ここ数日はこの本ばかり読んでいた。面白い! 小生は現存のライターのなかでは他の誰よりも岡崎氏の文章をたくさん読んでいる(上梓の度に恵投してくれるからです)。いつも文章がうまいなあと思うのだが、今回はそれももちろんあるものの、それ以上にその文章をつむぎだす大元にあるセンスの良さ……古本、新刊、音楽、映画、落語、食べ物、都市観察、その他いろいろどの分野においても……を感じた。バラエティブックの形式によってそのセンスがいっそうキラキラ光って見えるように思う。

注目したのは、本書に登場する喫茶店である。岡崎版『喫茶店の時代』を読んでみたいと思うくらい色々な喫茶店が登場している。太字はコラムの見出し。

珈琲とエクレアと詩人:北村太郎が通った小町通の喫茶店
さよなら松明堂書店:鷹の台の画廊喫茶「しんとん」
パレスビル「パレ・アリス」:「パレ・アリス」で『サンデー毎日』編集者とライターの宴会
血のプロント:某所のコーヒーチェーン店「プロント」での椿事
断崖絶壁喫茶店:田端駅前「アンリィ」
中川六平:岩国の反戦喫茶「ほびっと」のマスター
"アラカン"が貫いたまことにあっぱれな人生:キッチャ店の女の子
純喫茶ラプソディ:『東京生活』吉祥寺特集第二特集「東京純喫茶」
アマンドで待ち合わせ:あまりに女子女子していたので「ルノアール」へ移動
放浪書房:鳩の街通り商店街のカフェ「こぐま」
タブレット純:たとえば喫茶店のサービスでついてくるゆで卵
牧野信一の「ハッハッハッ」:西荻の超純喫茶「ダンテ」
瀬戸川猛資:紀伊國屋書店裏に、業界人がよく使う喫茶「トップス」
国分寺名店事情:古色蒼然たる名曲喫茶「でんえん」

どうです、喫茶店の時代がすぐにも書けそうでしょ。思い出したのでついでに述べておくと、国分寺の「でんえん」では小生も絵の展示をさせてもらったことがある。武蔵美を卒業する年だったから一九七八年だろうと思う。知人に誘われてグループ展のようなものに一点出品した。このとき搬入と搬出に「でんえん」に出向いたはず。店の雰囲気はぼんやりとだが記憶に残っている。武蔵美時代には鷹の台(国分寺から二駅目、武蔵美の最寄駅)に住んでいたのではあるが、それほど国分寺については思い出がない。国分寺より新宿の方が親しいくらい。また鷹の台の画廊喫茶「しんとん」というのはまだなかったはずだ。駅前を西へ突き当たったところに「ドリヤン」という洋菓子店と階上喫茶店があった。ここは何度か入った(四年間で何度かだけですが)。松明堂書店ではよく立ち読みさせてもらった。村上龍(武蔵美中退)が芥川賞を獲ったときたしかサイン会があったような気がする。

岡崎氏の本の紹介のはずが思い出話になってしまったが、氏は国分寺在住だからどうしても懐かしい地名が登場するのである。もうひとつ身近な讃岐出身ということで「伝説の真相をつきとめて修正」で砂古口早苗『ブギの女王・笠置シヅ子』を取り上げてこう書いているのも目に留まった。

《例えば、あっけらかんとした大阪弁の印象が強いため、誤解されているが、笠置は一九一二(大正三)年、香川県の生まれ。私生児だった。生後半年で大坂の商家に養子にもらわれていく。》

《自分のものまねでデビューした美空のブギを封じた悪者・笠置という伝説が芸能界に長くはびこっている。その真相を芸能界の暗部に手を入れてつきとめることで、著者は伝説を修正した。笠置と同郷というシンパシーもあろうが、これで「ブギの女王」も浮かばれるというもの。》

笠置は香川県大川郡相生村(現・東かがわ市)生まれ。同じく東かがわ市からはソプラノ歌手の林康子(一九四三〜)も出ている。著者の砂古口早苗氏が同郷だということはやはり同郷のK氏より教えていただいたばかりだった。

《新刊、現代書館から「佐々木孝丸」評伝を出版。過去に「宮武外骨」伝や「笠置シズ子」伝を出版。讃岐人を取り上げています。今回の佐々木孝丸は父が国分寺生で少年時代に香川で過ごしたようです。著者は1949年善通寺生。》

脱線ばかりで申し訳ない、だが、本書は実際このようにさまざまな情報がぎっしり詰まったまさにバラエティブックの鑑のような快著である。


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by sumus2013 | 2016-12-20 20:58 | おすすめ本棚 | Comments(10)

ヒトハコ創刊号

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南陀楼綾繁(なんだろうあやしげ)
1967年、島根県出雲市生まれ。ライター・編集者。2005年から谷中・根津・千駄木で一箱古本市を開催する「不忍ブックストリート」代表として、各地のブックイベントに関わる。「一箱本送り隊」呼びかけ人。2016年秋、雑誌『ヒトハコ』を創刊。著書に『谷根千ちいさなお店散歩』『ほんほん本の旅あるき』ほか。


***


『「本と町と人」をつなぐ雑誌 ヒトハコ』創刊号(書肆ヒトハコ、二〇一六年一一月一〇日、表紙イラスト=ますこえり)。南陀楼綾繁氏が一箱古本市の雑誌ヒトハコを創刊した。これまでずっとヒトハコ仕掛人としての大役をになってきたわけなので遅きに失した感もあるが、まずは創刊を祝いたい。内容もじつに賑やか、どのページを開いても本と人と街そしてヒトハコの話題ばかりだ(当たり前)。東北や熊本など被災地と本の関係も教えられところが多い。平和に貢献する一種の草の根ムーヴメントと言っていいだろう。これは「もう世界に広げよう、ヒトハコの輪!」と叫ぶしかない。この雑誌を継続させつつヒトハコ伝道人としてさらなる頑張りを期待したい。

《誰にたのまれたわけでもないのですが、ずっと一箱古本市をテーマにした雑誌をつくらなければと思ってきました。「ココにこんなに面白い人たちがいるぞ!」というのを紹介したかったからであり、個人的には、これまでイベントのゲストとして招いてくれた各地の人たちへの恩返しでもありました。》

《読書はきわめて個人的な体験です。その一方で、一箱古本市はいろんな人が一緒に本を愉しむイベントです。個人の本と共有される本。その両方を、この雑誌では扱っていきます。》(南陀楼)

販売店情報などは下記をごらんください。



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by sumus2013 | 2016-12-14 21:34 | おすすめ本棚 | Comments(0)

ゲルマントのほう1

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プルースト『失われた時を求めて5 第三篇「ゲルマントのほう I」』(高遠弘美訳、光文社古典新訳文庫、二〇一六年一二月二〇日)。巻数で言えばまだ三分の一を超えたところ(全十四巻!)。これまでは毎号読破してから紹介していたが、今回は早めに。

自宅から神戸のギャラリー島田まで電車と徒歩で一時間四十分ほどかかる。どの本を鞄に入れて行けばいいのか、いつもはあれこれ迷うのだが(単行本は重い、文庫本で適度な厚みでそれなりに面白いもの、車中で読んでいても不自然でないもの)、今回は出来したばかりの「ゲルマントのほう I」にすんなりと決まった。往復三時間、加えて画廊にいるときにも人の来ない時間帯もかなりある。相当に読めるはずだが、帰りはだいたい舟を漕いでいるので読書は無理、画廊でも落ち着いて読める時間はそう多くはない、結局、往きの電車での一時間ほどがもっとも集中できるのだった。

冒頭はパリにおける主人公一家の老女中フランソワーズの描写である。これがなかなかに観察の行き届いた巧妙な語り口、非凡な視点を持っている。近年放映された英国のTVドラマでは白眉といえる作品に「ダウントン・アビー」があるが、これがヨークシャーの宏壮な館に住む伯爵一族の第一次世界大戦前後を描いた内容で、召使いという職業にどういう序列があるのか、どういうシステムで成立っていたのか、ということが実によく分る。貴族階級が没落してゆく様子も具体的かつドラマチック(ドラマですから)に描かれている。「ダウントン・アビー」を見ていた目でこのあたりのフランソワーズ(彼女は名料理人なのだが「ダウントン・アビー」にも頑固な名コックの女性が登場する)や近隣の召使いたちについての描写を読むと何気ないプルーストの記述になるほどと頷けるものがあったりする。やはり奥深い小説である。

***

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「ジョルジュ・ブラッサンス公園にて」F4号

ひいきのブラッサンス公園の古本市で買った古めの(十七〜十九世紀)革装本など。今回の展示では古本の絵はこれだけです。


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by sumus2013 | 2016-12-13 20:38 | おすすめ本棚 | Comments(2)

花森安治の素顔

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河津一哉+北村正之『『暮しの手帖』と花森安治の素顔 出版人に聞く20』(論創社、二〇一六年一〇月一六日、装幀=宗利淳一)インタビュー・構成=小田光雄。トークの準備のためにこの本も読んでおかねばと思って急ぎひもといた。なかなかよくまとまっていて読みやすい仕上がりになっている。「出版人に聞くシリーズ」は貴重な聞き書き、好企画だ。

今回、気になったのは花森の女装について。というのはこの本を読む直前に『文藝別冊花森安治』(河出書房新社、二〇一一年)を読み返していて矢崎泰久「スカートをはいた名編集者」(談)に注目していたからだ。そこで矢崎は少年時代に出会った「スカートをはいた小父さん」が花森安治だったと述べている。中学の頃、友達だった米田利民の家へよく遊びに行ったが、米田の母が花森の妻の実姉だったため、その家で何度か花森に会ったという。

《その花森さんという小父さんは変ってて、スカートをはいていたんです。フレアで、プリーツが入っているようなスカート。チェックだったかな。ワンピースではないんだけど。要するにスコットランドの楽隊がはいているようなやつ。僕はびっくりしてね、男が……って。
 しかも花森さんって、すね毛がすごいんですよ。毛むくじゃらの足がスカートの下から見えるんです。》

《しかも、花森さんは髪にパーマネントもかけていて、ときには原色の派手なスカーフを巻いたりして。》

本書ではこの花森のファッションについてつぎのように語られている。

《北村 花森は当時の男性としては珍しい髪型のおかっぱ頭だった。聞くところによると、あのおかっぱ頭も銀座の美容院でカットしてもらっていたようで、そういう意味ではとてもおしゃれだったと思います。
 その一方で、私は花森が背広を着たところを見たことがないのですよ。冠婚葬祭はもちろんのこと、パーティでも背広は着ない。
『一戔五厘の旗』の読売文学賞受賞式でも、白いジャンパーで出かけていたし、どこにいくのでもそれで通していた。》

《逆にみんなが学生服を着ていた大学時代は背広を愛用していたらしいし、みんなと同じような格好はしない、それもひとつの美意識だったんでしょうね。
 それからおかっぱ頭のこともあるんでしょうが、スカート姿で銀座を歩いたというのは伝説で、誰も見たことがないというのが真相です。》(花森の美意識)

これを受けて司会の小田氏が酒井寛『花森安治の仕事』(朝日新聞社、一九八八年)を引き合いに出している。その該当部分を酒井本から直接引用しておく。

《大橋や編集部の古い人たちによると、花森は、幅のひろいキュロットや、スコットランド兵でおなじみのキルトをはいていたことはあった。花森に原稿や絵を依頼に行った他社の編集者もそれを見ているし、すでに、花森は有名になっていたので、このスカート話は広まった。》

《髪も、のばしていた。床屋へ行くのが大嫌いで、定期的に銀座の編集部にきてらっていた床屋がこなくなり、そのときから髪をのばし始めた。うしろで束ねて、ポニーテールのようにしていたときもあるし、天然ウェーブの、おかっぱにしていたときもある。外へ出るとき、ネッカチーフをかぶったり、首にまいたりしていた。》

矢崎少年が見たのはフェーリア(ゲール語でキルトのこと)だったのである。銀座から世田谷の松原までキルト姿で通っていたということになる。オシャレと言えばこれ以上オシャレなスタイルはないだろうし(たぶん今でも奇抜だろうし)、何より女装ではなかった。正真正銘の男装である(女性がフェーリアを身に着けるようになったのは最近だそうだ)。

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1954年7月暮しの手帖社で(撮影:樋口進)


もうひとつ言えば、おかっぱや長髪は大正から昭和初めの男子にとってはそう珍奇な頭ではなかった(村山知義やフジタを思い出そう)。女装だってそう珍しくはなかったような気がする。とくに芸術家を気取る連中にとっては(あの富士正晴だって長髪だったのだ)。戦争によってバサリと切り捨てられたはずの戦前(二大戦間)の頽廃文化は深く花森世代の心に巣食っていたのかもしれない。敗戦によって打ちのめされた花森は、一転、そんな青春を取り戻そうとした(?)。少なくともファッションの「自由」を社会通念によって自己規制することはキッパリと止めた、そう思えるのだ。

ただし、戦時中に国民服が提唱されはじめるといち早くこれを着込んで背広の杉山平一にこれからはこれだよと言い、みんなが国民服のようなものばかりを着るようになると、そんなものには見向きもせず、

男はズボンにゲートル、女はもんぺが日常というなかで、花森は「紺木綿の、縦じまの、つなぎの服」を着ていた。あるときは、「フードつきの上着」を着ていた。かぶると、防空ずきんになった(牧葉松子の回想)

というのだから、その天邪鬼ぶりは(ファッションに限らず、その思想においても)時代がどうこうではない、天性のものなのかもしれない。


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by sumus2013 | 2016-12-03 20:32 | おすすめ本棚 | Comments(7)

ノーベル文学賞

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柏倉康夫『増補新装版 ノーベル文学賞 「文芸共和国」をめざして』(吉田書店、二〇一六年一二月一日)が届いた。前著が二〇一二年一〇月だから早いものだ。その間にマンロー(カナダ)、モディアノ(フランス)、アレクシエーヴィチ(ベラルーシ)、そしてボブ・ディランが受賞している。前著を紹介したとき偶然にもバーナード・ショウが受賞を固辞した話題を取り上げたのだが、今年は例の貰うのか貰わないのかはっきりしないディランの態度が注目だった。受賞の記念講演をしないと賞金は貰えないらしいが、これまたするのかしないのかはっきりしない。本書では「増補新装版 あとがき」にボブ・ディランへの授賞についての波紋が取り上げられておりひとしお興味をひかれた。

《隣室の扉があき、スウェーデン・アカデミーのノーベル文学賞委員会の事務局長サラ・ダニウスが発表会場にあらわれて、手にした紙ばさみを開いた。
 まずスウェーデン語で今年のノーベル文学賞の授賞理由を述べ、その後で「ボブ・ディラン」とアナウンスすると、取材陣からどよめきが起こった。

そしてサラ・ダニウスは発表後テレビのインタビューでこう発言した。

《「押韻と鮮やかな光景を描き出す歌詞は彼独自のものだ。過去にさかのぼれば、ギリシアのホメロスやサッフォーは〔朗読などで〕詩を聴き、楽器と一緒に吟じられることを前提に詩的な文章を書いた。ボブ・ディランも同じだ。私たちはホメロスやサッフォーをいまでも読んでいる。彼もまた読まれるし、読まれるべきだ、彼は英語の偉大な伝統のなかの偉大な詩人だ」と讃えた。

これに対してさまざまな意見や感想が飛び交った。チリのバチェレ大統領やアメリカの作家ジョイス・キャロル・オーツは授賞に対して賛意を表した。一方でフランスの作家ピエール・アスリーヌは

《「ディラン氏の名前はここ数年頻繁に取りざたされてはいたが、私たちは冗談だと思っていた。今回の決定は作家を侮辱するようなものだ。私もディランは好きだが、だが〔文学〕はどこにある? スウェーデン・アカデミーは自分たちに恥をかかせたと思う」と辛らつに批判した。》

詳しくは直接本書を読んでいただきたいが、ヴェルレーヌが「詩に音楽の富を取り戻そう」と宣言し、マラルメは

《音楽と言葉と仕草の総合芸術をめざすワーグナーの楽劇に対抗できる詩の創造を真剣に訴えた。
 ノーベル文学賞がはじまったとき、すでに詩人たちはあえて音楽と手を切ることで、詩という表現手段を一層強力なものにする努力を積み重ねていた。スウェーデン・アカデミーはこうした文脈のなかで、今回のボブ・ディランへの授賞を決めたのである。

というフランス詩にとりわけ造詣の深い柏倉氏ならではの感想に重みがある。

では誰がディランに決めたのか? スウェーデン・アカデミーは定員十八。このなかの五名が委員会を作り、世界中の有資格者に推薦の依頼状を送る。届いた推薦のなかから第一次リストが作られる。候補者はおよそ百五十人ほど。委員会はリストを元に比較的早い段階で十二、三人に厳選する。これが第二次リスト。そしてそこからさらに第三次リストの五人前後に絞られ、これをアカデミー会員の全員によって検討し、最後に投票が行われる。最終的には多数決だそうだ。

学が紙を離れて飛翔し浮遊している現代、ある意味で文学はホメロスの時代にまで後退しているとアカデミー会員たちは考えたのかもしれない。いや単にディラン世代だっただけなのかも……。

とにかく座右に必需の一冊。文学の世界は限りなく広い。

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by sumus2013 | 2016-11-30 20:37 | おすすめ本棚 | Comments(0)

ミステリアス文庫近刊

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都筑道夫『ほりだし砂絵 なめくじ長屋捕物おさめ』(書肆盛林堂、二〇一六年九月三日)。なめくじ長屋シリーズ、単行本・文庫未収録作品。および錚々たる作家陣へのアンケート収録。都筑道夫って凄い人なんですねえ……ミステリについての無知をさらけ出しますが。

ほりだし砂絵 なめくじ長屋捕物おさめ
http://seirindousyobou.cart.fc2.com/ca1/245/


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え:山下昇平、ぶん:遠野美奈子 ほか『そらいろくさむら -少女のあしあと-』(書肆盛林堂、二〇一六年八月一一日)。毎回、楽しませてくれる盛林堂ミステリアス文庫、今度はデッサンによる画文集。宮崎駿タッチの少女たちがなかなか意味深長な大人の世界を回遊する……。

そらいろくさむら -少女のあしあと- 書肆盛林堂

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ゲラ直しの合間にちょっと息抜き……。

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by sumus2013 | 2016-10-26 16:37 | おすすめ本棚 | Comments(0)