林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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河口から 特別号

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『河口から』特別号(季村敏夫、二〇一七年二月二五日、装幀=倉本修)。

《ちょうど一年前、個人誌をおもいたった。意外であった。漁港の近くに転居、海と河の風を浴びる暮らしが始まっていたので、『河口から』と名づけて、十五部作った。精一杯だった。だから、少部数とはおもえなかった。河口からという開かれた場所が支えてくれたのだろう、そのことに従った。自己充足は警戒した。
 出会いが重なり、個人誌が他者の寄りそう特別号となった。同時に、昨年の初夏より、岩也達也氏の最新詩集『森へ』(思潮社)を巡る冊子を作っていた。本号も冊子も、執筆メンバーは同じである。この偶然、時間を重ねる度に意味を持ち始めた。待つこと、そして、沈黙を抉るということ、二つの動詞をあらためて考える契機が訪れた。》(季村敏夫「特別号、あとがき」)

執筆メンバーは季村さんの他に、岩也達也、瀬尾育生、時里二郎、宗近真一郎、細見和之、瀧克則、水田恭平の各氏である。『たまや』が停滞して久しいが、大人の同人雑誌の雰囲気が『河口から』特別号にも漂っているのが、何とも好ましい。

『河口から』特別号が生まれた。 森のことば、ことばの森

『河口から I』(二〇一六年三月四日)

『河口から II』(二〇一六年十月念[二〇日])

文字の話/本の話 『たまや』をめぐって

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by sumus2013 | 2017-02-28 20:29 | おすすめ本棚 | Comments(0)

島尾敏雄生誕100年

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『脈』92号(脈発行所、二〇一七年二月二五日)、特集・島尾敏雄生誕100年/ミホ没後10年。巻頭を飾る島尾伸三「おかあさんの謎」はちょっと凄い。

《1 むかつく
 数年前あたりから島尾ミホ伝を完成させたいという梯久美子[かけはしくみこ]さんが、月刊誌へ連載を始めたものだから、おかあさんのことを毎月根掘り葉掘り聞かれたので、梯さんがいくら礼儀正しく接してくれても、嫌な事を次から次へと思い出さなければならなくなったので、ぼくの不機嫌は益々悪化して気持ちを重いものにしていました。
 その連載が終わって2016年11月に『狂う人』(新潮社)という単行本に収まったので、ほっとしていたのに、おとうさんとおかあさんについて原稿を10枚から20枚も書けという「脈」の発行人は残酷です。おとうさんが死んだ直後にも「脈」には原稿や似顔絵を要求され、気持ちに反して字を書いたり絵を描いたりしなければならなかった息苦しかった時のことさえ思い出しました。しかも原稿料はありません。いったい、文芸の世界に興味の無いぼくに何を望んでいるのでしょうか。ぼくの存在が奇妙な経験をした見せ物に過ぎない事は百も承知で、さらし者にされるのもおとうさんとおかあさんの為だと思ってはいますが、どうしてぼくは嫌々ながらも字を書くのでしょうか。これが鬱憤ばらしになるのでしょうか。
 あんなにぼくや妹に失礼極まりないことをやっておきながら、おとうさんとおかあさんは死んでからも、生前そうであったようにぼくのお金や精神や肉体を奴隷のようにこき使います。いいえ、そんなことが負担になっている訳ではありません。彼らはまだ死んでいないかのように不気味です。》

……う〜ん。

中尾務さんも執筆しておられる。「島尾敏雄、再会した富士正晴に「小説ノタネニハ苦労シマセンワ」」。一九六五年、十三年ぶりに島尾敏雄は富士正晴に会った。富士はジャーナリズムで活躍するようになった島尾らに対して批判的であった。

《そう、この日の日記にでる小川国夫、島尾敏雄にあとひとり、埴谷雄高を加えた三人の作品が、富士正晴のいうところの「年とるほどにあかんようになる〈男前の文学〉」。富士は、山田稔に宛てたハガキでも〈埴谷とか島尾とか小川とかは余り有名になると魅力うすれます。所詮男前の文学なり〉(一九七四年六月二一日付)と三人を切りすてている(『富士さんとわたしーー手紙を読む』)。》

〈男前の文学〉とは言い得て妙なり。島尾に会った日の富士日記にこう書いてあるそうだ。

《細君は120%元気ノ由、上ノ子ハ高校一年デ島尾ヨリ高ク、次ノ子ハ中学生ダガ、3ツノコロカラモノガイエナクナツタ由、「小説ノタネニハ苦労シマセンワ」トイツタ》

細君がミホ、高校生が伸三、次ノ子は長女マヤである。伸三氏はまたこのようにも書いている。

《妹マヤが骸骨のように痩せ細って死んだのは、おかあさん、あなたの無神経な仕打ちのせいであったこと、よくご存知のはずです。ですから、おとうさんの死体も、マヤの死体も、ひと目につかぬように蓋をし隠し通して火葬場へ運んだのではないですか。ぼくは、おかあさんの家族の尊厳を無視した日々にとても怒っています。》

《その礼儀知らずは文学に夢中の人たちにも共通で、いくら彼らが周囲の人に対する尊大な思考や態度であっても、周囲をかき回すばあかりで、収拾のつかないまま放置する様は、戦争を始めた張本人でありながらうやむやに逃げきろうとする政治家や官僚の輩と精神構造は似たり寄ったりに見えるのです。
 哲学も文学も科学も、毎日を穏やかに生きるものには迷惑なのです。彼らは言葉を支える嘘に鈍感で、思い込みを表現としているらしいのです。あーむかつく。》

文学なんてロクなもんじゃない。美術だって同じこと。極道ですよ。

島尾敏雄と写真 『Myaku』15号

『脈』は三月書房の通販で購入できます。

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by sumus2013 | 2017-02-27 20:27 | おすすめ本棚 | Comments(0)

花森安治の仕事

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図録『花森安治の仕事 デザインする手、編集長の眼』(読売新聞社美術館連絡協議会、二〇一七年、表紙デザイン=重実生哉)を某氏が送ってくれた。これは助かる。みつづみ書房での26日のトークに参考になる写真や図版がたくさん出ている。花森の生涯にわたって目配りの利いた編集ぶりに感心した。欲を言えばキリはないにしても花森の全体像をとらえるということではよくまとまっている。もちろん装幀については『花森安治装釘集成』がいいに決まっているが『スタイルブック』など戦後すぐに衣裳研究所から出た雑誌を集めてあるのは手柄だと思う。


なかでもっとも注目した資料はこちら。佐野繁次郎から花森安治に宛た葉書二枚。二枚が同日(昭和十四年十月二日の消印)に発送されており、文面がつづいている。

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 1.
 先達はお手紙ありがと
 う。
 どうも、あんな立派な手紙
 をもらうと、返事が急に
 かけないです。
 感服もしましたが、君は
 幸だと思ひました。
 十二月頃には帰れますか
 まだ〜〜ですか。
 僕は、この間風邪をひいて
 少しねましたが、ずっと元
 気です。
   これは二科の今年
   のです。フランスで
 描いたの四枚出したんです。


 2
 おなぐさみ迄に送り
 ます。
 店はみんな相変わらずです。
 だん〜〜忙しくなって、しま
 ひました。
 成績は上々です。体がよ
 くなって、帰られたら、北村
 君からも、きゝましたが、営
 業部ででも、すきな方で、
 充分又、銃後のお働き
 をして下さい。
 軽はずみしないで、充分 
 お体、お気をつけ下さい。
    奥様へもお序の
    節よろしく。
 赤ちゃんも大きくなられた事と
 思ってます。


葉書は二科展への出品作を絵葉書にしたもの二種。こういう葉書は入選者が自費で注文して作ってもらうようだ。宛先は《和か山市小松原通四/和か山陸軍病院/赤十字病院/第二病舎》。この年の四月に花森は結核のため満州(中国東北部)から病院船で帰国した。和歌山で療養していたとき佐野に《立派な》手紙を書いたということで、その返事である。伊藤胡蝶園への復職について尋ねたのでもあろうか。何時でもオーケーという返事だが、営業部というのがちょっと気にはなる。

それにしても、文章の調子が親しい友人(年齢は佐野が十一歳上)に対するもので先輩ぶった様子はまったく見えない。花森は佐野に師事したというような言われ方をするけれど(小生もそのように書いたこともあったかもしれないけれども)この調子は若くて仕事のデキる同僚として一目置いていた様子ではないか。佐野研究にとっても重要な葉書である。

ということで、トークの準備中。昨年末にギャラリー島田で行ったものとは少し構成を変えるので、あれこれ図版を入れ替えたり、説明文を付け加えたりしている。お近くの方はぜひおいで下さい。


2017年2月26日(日曜日)
14時〜16時

古書 みつづみ書房

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by sumus2013 | 2017-02-22 21:15 | おすすめ本棚 | Comments(0)

ふくしま人 門田ゆたか

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西条八十『砂金』(尚文堂書店、一九一九年八月二五日五版)


菅野俊之氏が『福島民報』に掲載された「ふくしま人 門田ゆたか」(二〇一七年一月一四日〜二月一一日、五回)を送ってくださった。深謝です。関屋敏子の巻も面白かったが、門田ゆたかがいかに身近な詩人だったかを思い出させてくれた。

門田は明治四十年(一九〇七)一月六日信夫郡福島町(現福島市)生まれ。本名は門田穣(かどた・ゆたか)、作詞家としては門田ゆたか、佐々詩生、柏木みのる等のペンネームを使った。名古屋の中学校で西條八十『砂金』に出会って詩人を目指す。早稲田大学仏文科へ入学して西條八十に師事。しかし家庭の事情により卒業間際で退学し西條八十主宰の雑誌『蝋人形』の編集を手伝いながら作詞家としての仕事を始めたのだという。

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昭和十一年「東京ラプソディ」(花咲き花散る宵も銀座の柳の下で…、作曲=古賀政男)でブレイク。これは小生くらいの年代でも頻繁にナツメロとして聞いたものである。二・二六事件と同じ年とは思えないのーてんきな曲調・歌詞なのに驚きを禁じ得ない。まさにラプソディ(狂詩曲)というにふさわしい。他にはデイック・ミネ「林檎の樹の下で」(林檎の樹の下で明日また会いましょう…)、松島トモ子「三匹の子豚」(狼なんかこわくない…)なども耳に馴染みのある曲・詞だ。

戦後も一時期、門田は一九四六年に復刊した『蝋人形』の編集を手伝い、昭和二十五年には自ら主宰する詩誌『プレイアド』を創刊している。『旅愁』など五冊の詩集がある。日本詩人クラブなどで要職を占め、作詞家の著作権保護にも力を尽くした。昭和五十年六月二五日急逝。享年六十八。詳しくは菅野氏の記事にてどうぞ。

上の『砂金』はずっと前に入手したもの。ブログでも一度取り上げた。みやこめっせの即売会だった。表面を毛羽立てた革(ベルベットのような手触り)の表紙。本来は深緑らしい。これはかなり退色してしまっている。装幀は野口柾夫。野口については検索してみてもよく分らないが、著書(述)に『化粧品の常識 販売家必携』(平尾賛平商店出版部、一九二九年)があり、平尾賛平商店のロゴマークをデザインしていること、『現代商業美術全集』第七巻に野口柾夫作突出し造型看板」の図が出ていること、また「鬼怒川音頭」「ヘッチョイ節(オール箱根ソング)」「新曲伊勢音頭」などの作詞も手がけたことなどが断片的に分る。なかなかの才人だったようだ(同一人物とは限らないか…)。

奥州二本松』歴史春秋社 菅野俊之他執筆


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by sumus2013 | 2017-02-20 19:36 | おすすめ本棚 | Comments(0)

古本道入門

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岡崎武志『古本道入門』(中公文庫、二〇一七年二月二五日、カバー画=森英二郎)と『sumus』別冊まるごと中公文庫(二〇〇三年六月一〇日、写真は裏表紙の内澤旬子さんによる似顔絵入イラスト)。文庫小僧こと岡崎武志、中公文庫のラインアップにも入ったということで、これもまた慶賀なり。以下「あとがき」より抜粋。

《この文庫版『古本道入門』は、私にとって現時点における持てる力を全て投入したつもりである。その点については、いささか自信がある。これ以上、もう「古本」や「古本屋」について、言うことは何もない。手持ちの札は使い尽くした感じだ。》

《今年、三月二十八日で、私は六十歳。還暦を迎える。どうにかここまで、よくぞ「書く仕事」でやって来られたものだと感慨がある。中公文庫は、日本文学が肌色の背で統一された時代から、ずっと憧れの文庫。仲間と作っていた雑誌『sumus』で中公文庫特集を組んだこともある。この号はよく売れて完売した。
 そんな仰ぎ見る叢書のラインナップに加えていただいたことは、もの書き稼業の途上で、多大なる誇りである。以後の励みとしたい。席を設けてくれたのは藤平歩さん。》

《なお、文庫版カバーの版画を、森英二郎さんが引き受けてくださった。これは望外の喜びであった。大阪人の私にとって、森さんの名前は、伝説の情報誌『プレイガイドジャーナル』時代から親しみを持ち、愛聴する西岡恭蔵のLP「街行き村行き」ジャケットも森さんだったし、敬愛する川本三郎さんの著作も多く森さんの手による等々と、尽きせぬ一方的な思いがある。
 そんなわけで中公文庫版『古本道入門』は、還暦を迎えるにあたって、記念すべき一冊となった。

『古本道入門』(中公新書ラクレ、二〇一一年一二月一〇日)

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by sumus2013 | 2017-02-19 20:35 | おすすめ本棚 | Comments(2)

驕子綺唱

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平井功『爐邊子随筆抄』(書肆盛林堂、二〇一四年一〇月二六日、表紙デザイン=小山力也)にひきつづいて『詩集 驕子綺唱』(書肆盛林堂、二〇一七年二月一九日、表紙・タトウデザイン=小山力也)が上梓された。ひとまず慶賀なり。

   Lopez, the Untamed

 野に棲む小獣のやうに
 私は誰にも馴されなかつたものだ
 私を馴さうとした人も幾人[いくたり]かありはしたが

 吾妹子よ お前が現れた時
 私は進んでお前に馴されたものだ
 幾代も 家畜として飼はれてゐたかのやうに

 氣にはしないでお呉れ
 野に棲んだころの荒々しいこゝろが
 飼はれて後もふと甦つて來るやうに
 今も時折は 折にふれて
 荒々しい情[こころ]が
 昔の儘に湧き立つこともあるがーー
 吾妹子よ 今も時折は
    折にふれて


栞としてタトウに収められている長山靖生「解説・あとがき」によれば、第二詩集になるはずだった『詩集 驕子綺唱』には平井功自身が用意した原稿が残っていた。しかしながら《幾人もの優れた出版人が熱を上げたにもかかわらず、生前に平井功が意図した造本装釘を実現しようとの理想を追うあまり、今日まで印刷刊行されるには至らなかった》ということである。たしかに松本八郎さんにもそんな話をうかがった覚えがある。松本さんも平井功の遺志を継ごうと努力しておられた一人だったが。

《昭和末期までは確かに、平井家に原稿が残っていたようだ。しかし功の子息で翻訳家の平井以作が亡くなった後、某氏が平井家にお願いして生原稿を探して頂いたところ、どこに仕舞い込まれたのか判然とせず、所在が確認できなくなっていた。とうとう本当に幻となってしまったのかと思われた時、原稿のコピーが書肆関係者の手元にあることが分った。
 平成二十五年四月二十七日、知人から『驕子綺唱』を出版するので手伝わないかとの誘いを受けた。私にとっては唐突な話だったが、御遺族の御理解、許諾も受けているという。その場でいきなり手書きの原稿のコピーとデータを渡された。もはや遁れようのない悪魔の誘惑だった。》

小生もこのコピーなるものを見せてもらった記憶がある。あれはいつどこでだったか……。

小出昌洋「随読随記」に平井功のことが書かれている

《その後、平成二十五年六月にパイロット版として八十部を限定して非賣品として刊行。平井功、日夏耿之介の研究者、関係者を中心に、詩歌に詳しい方々に読んで頂き、御教示を仰ぐことにした。》

《本来なら、今回の「第二次パイロット版」では、それらの指摘を受け入れ、少なくとも明らかな誤記と判断できるものは訂正した上で刊行すべきだと私個人は考え、そのように書肆側に伝えたが、今回はあくまでパイロット版をより広い読者に読んでもらうのが趣旨とのことで、訂正無しでの刊行となった。近い将来、より完璧を期した「正規版」の刊行を別に考えているとのことである。》

なるほど、いろいろな考えがあるものだが、たしかに完璧を求めすぎては出るものも出せなくなる。ただし平井功の造本意匠へのこだわりはテキストよりも(よりもは言い過ぎか、同じくらい)重いはず。詩集という存在(書物と言い換えてもいい)の意味を平井功は見抜いていた。本を愛する誰もが完璧を期したくなる所以である。

詩集 驕子綺唱 書肆盛林堂

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by sumus2013 | 2017-02-18 21:07 | おすすめ本棚 | Comments(0)

匂いのない本など、ごめんである。

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『大学出版』No.108(一般社団法人大学出版部協会、二〇一六年一〇月一日、表紙デザイン=阿部卓也)を牛津先生より頂戴した。深謝です。特集が「装幀を考える」。執筆は、間村俊一(装幀家)、鈴木衛(装幀家)、木村公子(武蔵野美術大学出版局)、大矢靖之(紀伊國屋書店新宿本店)、中垣信夫(ブックデザイナー、ただし氏の記事は連載)。装幀家、編集者、書店員、それぞれの立場から装幀について考えるという好企画。欲を言えば、著者の立場からの発言も欲しかったような気はする。

間村さんがなかなかに長文かつ異色の装幀論……いや装幀俳句とその前書きみたいなエッセイというか、そう、いわば間村流の戯作を執筆しておられて感銘を受けた。さわりだけ引用しておく。

《〔結論めいたいいわけ〕
 女が来る。しどけた着物の裾を払って、草むらにしゃがむ。まだ日は長い。ゆまりの音が聞こえる。きれぎれに、ながながと。懐から紙を出し、あてる。すこし匂う。中天に雲雀の声がする。本は打ち捨てられたまま、河原にある。水を含んで、本文が膨らみ始める。湯気がたっている。本は重い。

  初蝶来てゆまり長し長しといふ

 嘘だ。すべて嘘である、蝶一頭は活字のように重い。ゆまりの池にとまる。このゆまりこそが装幀である。ゆまりのような装幀、装幀のようなゆまり。舟が来る。》

《女の、男の、父や母の、すべての人々ののっぴきならない生き様の果てに成立する一冊。それを書物という。ゆまりである。匂いのない本など、ごめんである。》

ふ〜む、ゆまりとはよく言った。

ゆ-まり【尿】〔名詞〕(「湯まり」の意。「まり」「まる(排泄スル)」の連用形)小便。にょう。「ゆばり」「いばり」とも。〓[尸に水+毛]、此れを兪磨里(ゆまり)と云ふ』〈神代記・上・黄泉国・訓注〉》(中田祝夫編『新選古語辞典』)

間村さんには仕事ももらっているし、上京するたびにモー吉でお付き合いさせてもらっている(そういえば最近すっかり御無沙汰だ)。『spin』創刊号ではインタビューも。しかしここに書かれたようなこだわり装幀論は(断片的には聞いていたにしても)初めてだ。Macアレルギー以外は同感する部分多し。以下、過去記事の一部をリンクしておく。ゆまりの「匂ひ」をかいでいただければ……?

spin 01 創刊号
珈琲漫談・山猫軒にて 間村俊一+内堀弘+林哲夫
【在庫あります。送料込み1000円、sumus_coあっとyahoo.co.jpまで】

光文社文庫版『神聖喜劇』

間村俊一句集『抜辨天』(角川学藝出版、二〇一四年二月二八日、著者自装、寫眞=港千尋)

季村敏夫『膝で歩く』(書肆山田、二〇一四年八月八日、装幀=間村俊一、写真=鬼海弘雄)

勝見洋一『餞』(幻戯書房、二〇一一年八月一四日、装幀=間村俊一)

水原紫苑の歌集『あかるたへ』(河出書房新社、二〇〇四年一一月三〇日、装幀者=間村俊一)

山上の蜘蛛ー神戸モダニズムと海港都市展

間村俊一『句集鶴の鬱』(角川書店、二〇〇七年、著者自装)

港千尋『文字の母たち』(インスクリプト、二〇〇七年、装幀=間村俊一)

坂崎重盛翁の新著『神保町「二階世界」巡り及ビ其ノ他』(平凡社、二〇〇九年、装幀=間村俊一)

小沢信男『東京骨灰紀行』(筑摩書房、二〇〇九年、装丁=間村俊一、写真=矢幡英文)

郷里の書棚から「間村俊一」装幀本


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by sumus2013 | 2017-02-02 20:27 | おすすめ本棚 | Comments(0)

金沢文圃閣セット

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金沢文圃閣よりずっしりとした封筒が届いた。開いてみると『文献継承』第29号(二〇一六年一〇月)、古書目録『年ふりた……』第20号、および「「うたごえ」運動資料集」「図書館用品カタログ集成ー戦前編」「『国際女性』占領期女性雑誌メディア」「『満州國語』ー「満州国」の言語編制」「戦前新聞社・ジャーナリスト事典」の刊行案内が入っていた。いつもながらシブイ資料集ばかり出す版元である。



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by sumus2013 | 2017-01-05 20:44 | おすすめ本棚 | Comments(0)

気がついたらいつも本ばかり読んでいた

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岡崎武志『気がついたらいつも本ばかり読んでいた』(原書房、二〇一六年一二月一七日、ブックデザイン=小沼宏之)。ここ数日はこの本ばかり読んでいた。面白い! 小生は現存のライターのなかでは他の誰よりも岡崎氏の文章をたくさん読んでいる(上梓の度に恵投してくれるからです)。いつも文章がうまいなあと思うのだが、今回はそれももちろんあるものの、それ以上にその文章をつむぎだす大元にあるセンスの良さ……古本、新刊、音楽、映画、落語、食べ物、都市観察、その他いろいろどの分野においても……を感じた。バラエティブックの形式によってそのセンスがいっそうキラキラ光って見えるように思う。

注目したのは、本書に登場する喫茶店である。岡崎版『喫茶店の時代』を読んでみたいと思うくらい色々な喫茶店が登場している。太字はコラムの見出し。

珈琲とエクレアと詩人:北村太郎が通った小町通の喫茶店
さよなら松明堂書店:鷹の台の画廊喫茶「しんとん」
パレスビル「パレ・アリス」:「パレ・アリス」で『サンデー毎日』編集者とライターの宴会
血のプロント:某所のコーヒーチェーン店「プロント」での椿事
断崖絶壁喫茶店:田端駅前「アンリィ」
中川六平:岩国の反戦喫茶「ほびっと」のマスター
"アラカン"が貫いたまことにあっぱれな人生:キッチャ店の女の子
純喫茶ラプソディ:『東京生活』吉祥寺特集第二特集「東京純喫茶」
アマンドで待ち合わせ:あまりに女子女子していたので「ルノアール」へ移動
放浪書房:鳩の街通り商店街のカフェ「こぐま」
タブレット純:たとえば喫茶店のサービスでついてくるゆで卵
牧野信一の「ハッハッハッ」:西荻の超純喫茶「ダンテ」
瀬戸川猛資:紀伊國屋書店裏に、業界人がよく使う喫茶「トップス」
国分寺名店事情:古色蒼然たる名曲喫茶「でんえん」

どうです、喫茶店の時代がすぐにも書けそうでしょ。思い出したのでついでに述べておくと、国分寺の「でんえん」では小生も絵の展示をさせてもらったことがある。武蔵美を卒業する年だったから一九七八年だろうと思う。知人に誘われてグループ展のようなものに一点出品した。このとき搬入と搬出に「でんえん」に出向いたはず。店の雰囲気はぼんやりとだが記憶に残っている。武蔵美時代には鷹の台(国分寺から二駅目、武蔵美の最寄駅)に住んでいたのではあるが、それほど国分寺については思い出がない。国分寺より新宿の方が親しいくらい。また鷹の台の画廊喫茶「しんとん」というのはまだなかったはずだ。駅前を西へ突き当たったところに「ドリヤン」という洋菓子店と階上喫茶店があった。ここは何度か入った(四年間で何度かだけですが)。松明堂書店ではよく立ち読みさせてもらった。村上龍(武蔵美中退)が芥川賞を獲ったときたしかサイン会があったような気がする。

岡崎氏の本の紹介のはずが思い出話になってしまったが、氏は国分寺在住だからどうしても懐かしい地名が登場するのである。もうひとつ身近な讃岐出身ということで「伝説の真相をつきとめて修正」で砂古口早苗『ブギの女王・笠置シヅ子』を取り上げてこう書いているのも目に留まった。

《例えば、あっけらかんとした大阪弁の印象が強いため、誤解されているが、笠置は一九一二(大正三)年、香川県の生まれ。私生児だった。生後半年で大坂の商家に養子にもらわれていく。》

《自分のものまねでデビューした美空のブギを封じた悪者・笠置という伝説が芸能界に長くはびこっている。その真相を芸能界の暗部に手を入れてつきとめることで、著者は伝説を修正した。笠置と同郷というシンパシーもあろうが、これで「ブギの女王」も浮かばれるというもの。》

笠置は香川県大川郡相生村(現・東かがわ市)生まれ。同じく東かがわ市からはソプラノ歌手の林康子(一九四三〜)も出ている。著者の砂古口早苗氏が同郷だということはやはり同郷のK氏より教えていただいたばかりだった。

《新刊、現代書館から「佐々木孝丸」評伝を出版。過去に「宮武外骨」伝や「笠置シズ子」伝を出版。讃岐人を取り上げています。今回の佐々木孝丸は父が国分寺生で少年時代に香川で過ごしたようです。著者は1949年善通寺生。》

脱線ばかりで申し訳ない、だが、本書は実際このようにさまざまな情報がぎっしり詰まったまさにバラエティブックの鑑のような快著である。


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by sumus2013 | 2016-12-20 20:58 | おすすめ本棚 | Comments(10)

ヒトハコ創刊号

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南陀楼綾繁(なんだろうあやしげ)
1967年、島根県出雲市生まれ。ライター・編集者。2005年から谷中・根津・千駄木で一箱古本市を開催する「不忍ブックストリート」代表として、各地のブックイベントに関わる。「一箱本送り隊」呼びかけ人。2016年秋、雑誌『ヒトハコ』を創刊。著書に『谷根千ちいさなお店散歩』『ほんほん本の旅あるき』ほか。


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『「本と町と人」をつなぐ雑誌 ヒトハコ』創刊号(書肆ヒトハコ、二〇一六年一一月一〇日、表紙イラスト=ますこえり)。南陀楼綾繁氏が一箱古本市の雑誌ヒトハコを創刊した。これまでずっとヒトハコ仕掛人としての大役をになってきたわけなので遅きに失した感もあるが、まずは創刊を祝いたい。内容もじつに賑やか、どのページを開いても本と人と街そしてヒトハコの話題ばかりだ(当たり前)。東北や熊本など被災地と本の関係も教えられところが多い。平和に貢献する一種の草の根ムーヴメントと言っていいだろう。これは「もう世界に広げよう、ヒトハコの輪!」と叫ぶしかない。この雑誌を継続させつつヒトハコ伝道人としてさらなる頑張りを期待したい。

《誰にたのまれたわけでもないのですが、ずっと一箱古本市をテーマにした雑誌をつくらなければと思ってきました。「ココにこんなに面白い人たちがいるぞ!」というのを紹介したかったからであり、個人的には、これまでイベントのゲストとして招いてくれた各地の人たちへの恩返しでもありました。》

《読書はきわめて個人的な体験です。その一方で、一箱古本市はいろんな人が一緒に本を愉しむイベントです。個人の本と共有される本。その両方を、この雑誌では扱っていきます。》(南陀楼)

販売店情報などは下記をごらんください。



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by sumus2013 | 2016-12-14 21:34 | おすすめ本棚 | Comments(0)