林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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カテゴリ:もよおしいろいろ( 107 )

杉浦非水・翠子展

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杉浦非水・翠子展 同情から生まれた絵画と歌』図録(白根記念渋谷区郷土博物館・文学館、二〇一五年一〇月二〇日)を頂戴した。深謝です。(開催中〜二〇一六年一月一一日)

《杉浦非水〔明治九〜昭和四〇〕は、銀座線開通ポスターや三越、カルピスの広告、タバコのパッケージデザインなど、日本の広告デザインのパイオニアとして知られています。その妻・翠子〔明治一八〜昭和三五〕は、短歌結社「アララギ」に所属した後、歌誌『短歌至上主義』を主宰し、代表歌「あめつちにおのれさびしとおもふとき 浅間はもゆる陽のいりぎはを」をはじめ、知性短歌を主張した女流歌人でした。二人は日本の近代の歩みとともに、先駆的で個性的な活躍をしました。》(ちらし)

図録の写真で興味深いと思ったのは上の書籍装幀雑誌表紙図案展の様子をとらえた一枚。会場は日比谷図書館。同館は明治四十一年開館(三橋四郎設計)だから開館間もないころの展覧会だったわけである。上の写真からだと展示スペースは少々手狭だったように見える。

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ついでに下渋谷(後に伊達町)に大正元年に新築された杉浦宅の写真もかかげておく。ユーゲントシュティールの家具が目をひく。

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『杉浦非水の眼と手』



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by sumus2013 | 2015-12-15 20:53 | もよおしいろいろ | Comments(0)

中井英夫 荻窪の青春展

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「黒鳥館戦後日記」をよむ―中井英夫西荻窪の青春展
2015年12月4日(金)~2016年1月6日(水)

戦後、松庵に住んだ作家中井英夫の日記「黒鳥館戦後日記」には当時の西荻の風景や、その時代精神に影響された心情が書かれています。当時の西荻を体験する展示です。

西荻図書館

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『『虚無への供物』と中井英夫そして西荻窪 盛林堂書房『虚無への供物』展記念冊子』(二〇一五年一二月五日)。

中井英夫『虚無への供物』展を開催します
西條八十『あらしの白ばと 第一部・赤いカーネーションの巻』無事出来!!


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by sumus2013 | 2015-12-08 20:23 | もよおしいろいろ | Comments(0)

藤田嗣治資料

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『「藤田嗣治資料」公開展示』(東京藝術大学大学美術館、二〇一五年一二月一日)リーフレットを某氏より頂戴した。感謝です。上の写真右端。

《この資料は、藤田嗣治夫人であるFOUJITA Kimiyo(藤田君代)氏のもとに残された遺品で、2010年に本学に一括寄贈されたものです。約6000件に及ぶ資料には、1930年から1968年までの日記(1941〜1946を除く)や手稿・書簡、藤田が撮影した写真や映像、また彼が制作の助けとしたであろう19世紀から20世紀までの画家たちのドローイングなどが含まれており、藤田の生涯と創作活動を明らかにするための貴重な一次資料となっています。》

ということのようだが、これは見て見たいもの(残念ながら今回の展示は終了)、藤田の絵入り手紙は絶品なのだ。このリーフレットには藤田が蒐集した素描としてスタンラン、シャバンヌ、ブラングィンの三点が掲載されていて興味を惹く。コレクターとしてのフジタがどういう態度だったのか知りたいような気がしないでもない。

上の写真、中央は公開中の映画、小栗康平監督「FOUJITA」のちらし。フジタはオダギリジョー、君代夫人は中谷美紀。左は『MOMATコレクション 特集:藤田嗣治、全所蔵作品展示。』図録(東京国立近代美術館、二〇一五年)。こちらは十三日まで開催中。藤田の戦争画がアメリカから返還されたとき(無期限貸与)にいくつか見た記憶がある。迫力があるような、こけおどしのような(物語の挿絵的な)、微妙な感じを受けた。また、故意なのかどうか(そりゃ、意図的でしょうね)、これらの暗褐色でごちゃごちゃした絵柄では戦意発揚には決してならないだろうということもよく分った。なお公開作品は二十六点。戦争画全十四点一挙公開は初めての試みだそうだ。戦争画と写真を除けば十一点ということになる。これは国立近代美術館の所蔵としては多いのか少ないのか……。それはともかく初期作品「パリ風景」が学生時代から好きだった。

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by sumus2013 | 2015-12-07 21:04 | もよおしいろいろ | Comments(0)

串田孫一 生誕100周年

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はけの森美術館

串田孫一生誕100周年だそうだ。それを記念して来年一月まで開催されている。歿年は二〇〇五。九十歳に四ヶ月ほど足りなかった。二〇一二年には北のアルプ美術館に串田孫一の書斎が復元公開され、その記念展(開館二十周年)も行われた。それら二冊の図録を某氏より頂戴したので紹介しておく。

あるところで串田孫一の文章を絶賛する人と同席したことがある。あまりにその人が神様のように串田の文章をほめちぎったため、生来の天邪鬼から、それを聞いて以来、串田孫一の書物は敬遠していた。ただし装幀本は別である。これまでも何度か触れてきた。

有井泰ふたたび

庄野英二『ユングフラウの月』

矢崎源九郎訳『絵のない絵本』

装幀もいいし、絵もいい。もし串田を文筆家という範疇に入れるなら、文筆家の絵としては横綱クラス。プロフェッショナルな画家としても何ら問題はないだろう。ある意味うますぎるくらいだ。『串田孫一装幀集成』というような本は出ていないものかなと思ったりする。自分で作れ? いや、無理です。

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文章は読まないと決めた、けれどやはり本の話だとつい読んでしまう。『彷書月刊』(一九八八年一二月号)に寄せたエッセイは以前紹介したことがある。

串田孫一「焼跡での怒り」

ここでは同じく『彷書月刊』(一九八八年二月号)に載った「戦中の古書」を少しばかり引用しておこう。

《知らない町を歩いていても。古本屋があると素通り出来ず、店に入って書棚を見ないと気が済まないようになったのは、高等学校の頃からである。私の場合だと昭和八年頃ということになる》

それ以後古本屋には繁く通ったが、顔見知りになっても店の主人に話しかけられたり話しかけたりすることはほとんどなかった。ただ例外が一度あった。

《私はいろいろの方面の知識に飢えていて、一軒の店で方々の棚から傾向の異なる本を十数冊抜き出し、勘定をして貰うために台の上にそれを置くと、同業はお断りだと言われた。最初その意味がよく判らなかったが、同業者と間違えられるという大変名誉なことであったので、偶々持っていた上智大学講師の肩書のついている名刺を渡して了解して貰った。》

戦前の話だとしても同業者に本を売らないというのはちょっと驚き。串田が親しくなったのは持っていた山の本を全部引き取ってもらった神田の十字屋書店だった。このときその代金を店に預けておいて文学関係の本に換えていくという方法を取ったのだそうだ。

《それ以降、十字屋書店との付き合いが始まり、宮澤賢治全集をはじめ文芸書の出版を始めたこの店は私達のたまり場になり、『白羊宮』や雑誌『冬夏[とうげ]』、福永武彦君の『マルドロールの歌画集』、私の『萍』なども出して貰った。
 この酒井嘉七さんは戦争が次第に激しくなっていく昭和十九年に亡くなった。病院へ見舞っても痩せ衰えて行く彼に、元気づける言葉がなかった。そして十二月二十四日、四谷南寺町の西應寺で葬式があり、奥さんのハナさんの目を泣きはらしている顔をまともに見られなかったことを憶えている。》

『宮澤賢治全集』(十字屋書店、一九四〇年、装幀=高村光太郎)

一高時代には本郷のレストランや喫茶店のあらかたの店に入った。その中にペリカンもあった。レストラン・ペリカンへ行くのは普段と違う特別な気分のときだった。

《その後も私は上智大や腐乱後の夜学え出講しながら大学の研究所へ通ったが、レストランは古本屋に変わり、ペリカンの主人品川力さんとの付き合い方もおのずから変った。第一、彼がまだ可なりひどい吃音だと知っていても話をする必要が生じて来た。人間は話をしなくとも親しみを感じることが出来ても、話をして甫めてその親愛の度が証明されるものであることがはっきり判った。》

《空襲がひどくなって来ると、本など持っていても仕方がないと思う人が多く、その人達が売った本が神田、本郷、早稲田の古書店街に並び、しかも滅多に巡り合えない洋書が安い値段で出るようになった。
 ところがそんな時でも売る人がいれば欲しがる人もいて、うっかりしていると買われてしまうのでおちおちしていられず、一時期は自転車の荷台に石油箱を取付け、古本屋を走り廻った。》

しかし買った本はすべて戦火を受けて灰になった。家を焼かれてから串田は山形の雪深い農村(山形県新庄町)へ疎開した。

《本を焼かれてしまった私を心から同情してくれたのは品川さんであった。終戦または敗戦をはさんで一年半遠い農村にいる私に、本のリストを次々と送り、欲しい本を注文すると幾つもの小包にして実にまめに送って呉れた。しかも代金はいつでもいい、その点は心配しないようにと言って、近況報告の手紙も戴いた。》

このときの往復書簡は、品川宛串田書簡は日本近代文学館に寄付され(七十七通)、串田宛も大切に保存されている、と書かれている。戦中戦後の古書事情に関しての貴重な記録になるはずだが、さて串田宛品川書簡はどうなったのだろうか。

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by sumus2013 | 2015-11-25 17:14 | もよおしいろいろ | Comments(0)

陀仙忌

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23日に徳正寺で「陀仙忌 辻潤と大月健を偲ぶ会」が催された。本堂で読経があり、別室では辻潤の遺墨・遺著・遺愛の尺八などが展示された。二〇〇六年六月にも展示されたことがあり、それについては報告済み。


展示は25日まで。徳正寺では毎月25日に「ブッダ・カフェ」が開催されているので、そこに参加すれば辻潤展は見られます。


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なごやかないい会だった。中西徹さんと久保田一さんのたわいのない「次はお前だ」のやりとりが会場の笑いを誘っていた。大月健さんの奥さんが辻潤って面白いわよと勧めたのが運の尽きで健さんは虚無思想研究にのめりこむことになったそうだ。妻の一言が人生を左右することがある。

旧知の人々の他、東京から駆けつけた荻原魚雷氏が紹介してくれた福田賢治さん、それから写真家の藤井豊さん(『僕、馬 I am a horse』の作者)、とあれこれ話したのが新鮮だった。藤井氏は長年撮り続けている岡山の土地について。福田さんは一年前から仏生山に住んでいることについて。仏生山は讃岐である(この日、徳正寺へ来る前に犬林檎書房で開かれた町内会主催の海外新着写真集鑑賞会でも丸亀出身の女性アーティストに出会ったので、不思議にさぬき日だなと思った)。福田氏は『些末事研究』という個人雑誌を作っているそうで、第二号を頂戴した。その特集が「地方と東京」。魚雷×藤井×福田の鼎談も収められている。詳しくは下記。

雑誌『些末事研究』ホームページ

巻頭言で福田氏が「ずらす」という鶴見俊輔の言葉について書いている、これがいい文章だ。《言いたいことから少し、ずらせばいいんですよ。》…このこころは本書にてお読み頂きたいが、巻末の鼎談でも最後のところで「ずらす」という言葉が魚雷氏の口から出ている。《必死になる時期は、ずらしたほうがいい。(笑)》。多少意味は違うにしても「地方と東京」という特集にうまくはまった首尾である。



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by sumus2013 | 2015-11-24 16:54 | もよおしいろいろ | Comments(0)

海の見える一箱古本市

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「海の見える一箱古本市」は、香川県高松市の海辺の倉庫街・北浜alleyのレンガ広場で開催する一箱古本市です。

・開催日  :11/22(日)※雨天時は翌日11/23(月祝)へ延期
・時間   :10:00〜15:00 
・場所   :北浜アリー レンガ広場(香川県高松市北浜町3-2)
・出店数  :約30箱予定


*店主さん一覧(順不同)

古本ハレクモ(兵庫県西脇市)
9k(徳島県徳島市)
うたかた書房(香川県丸亀市)
葵西石川商店(香川県高松市)
聞こえないハリネズミ(岡山県岡山市)
ライト商会(香川県坂出市)※2ブース
まいまい屋(香川県東かがわ市)
ユカリーヌ書店(香川県)
パノラマ島(岡山県岡山市)
パンチ君の本屋さん(香川県高松市)
ニュー・ケニー(香川県綾川町)
とまと書房(香川県高松市)
フー吉堂(香川県高松市)
TSU MA MU(香川県高松市)
umie(香川県高松市)
ゲストハウスまどか(香川県高松市)
BOOK MARUTE(香川県高松市)


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by sumus2013 | 2015-11-13 21:40 | もよおしいろいろ | Comments(0)

古本屋店主・人物往来

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トンカ書店10周年企画
永田収写真展「古本屋店主・人物往来」

2015年11月1日(日)〜15日(日)
トンカ書店
http://www.tonkabooks.com

***


口笛文庫とトンカ書店の
冬の古本市

2015年12月11日(金)〜13日(日)
BAL gallery33
http://www.bal-bldg.com/kobe/bal-gallery33.html




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by sumus2013 | 2015-11-05 19:42 | もよおしいろいろ | Comments(0)

高見順という時代

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高見順という時代―没後50年―/川端康成と高見順

日本近代文学館から封筒が届いた。コピーを頼んだ覚えもないので何かと思うと上のチラシと館報『日本近代文学館』267号が同封されていた。このところ「昭和八年シリーズ」で高見順の周辺を調べておられる春日井ひとし氏の「「文藝交錯」時代」という論考が掲載されている。春日井氏のご配慮であった。深謝です。

『昭和八年の中島敦 昭和八年・文学者のいる風景 その1』

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春日井氏の論考を好みにしたがって部分的に紹介しておく。

《高見順の没後五十年を記念して開催される高見順展に、「文藝交錯」が昭和二年九月の創刊号から、終刊号となった翌年一月の四号まで、揃って展示されます。この雑誌について、私家版で出した拙稿『昭和八年の高見順 上』(平成二十六年 掌珠山房)で簡略に触れましたが、この機会に改めて紹介させていただきます。》

高見は学生時代から作家デビューまで八誌とも九誌とも言われる雑誌の創刊に関わった。その二番目が東大入学間もなく創刊された「文藝交錯」だそうだ。浦和高校出身の川田正道と半田祐一が誘った。

《川田の作品が上司小剣から褒められ上々の滑り出しと思えたのですが、その川田が十一月、富士山麓の温泉宿で情死しました。相手は大学赤門前のカフェ松田のマダムの娘。この店はレストランとしても営業していたのか、創刊号から三号までの裏表紙には〈西洋御料理 松田川〉として広告が掲載されています。古い雑誌を手にする愉しみの一つは、作品以外の記事や広告を見ることです。》

《古本屋の広告は、発売所を引き受けてくれた南神保町の地平社書房が本文途中に三ページの目録広告、巻末には白山下の素人社が二ページの目録を掲載している他、地方の古本屋が名刺広告を出しています。同人たちが高校時代に縁のあった店に頼みこんだのでしょう。表紙裏には大阪の高尾書店とカズオ書店が並んでいます。》

そうだった、この広告をすでに頂戴していた。広告や雑報こそ雑誌の醍醐味である、まったく同感。

高尾書店とカズオ書店が並ぶ広告

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by sumus2013 | 2015-09-17 21:24 | もよおしいろいろ | Comments(0)

誠光社

誠光社店長ブログ

噂の書店オープン間近!

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by sumus2013 | 2015-09-16 08:08 | もよおしいろいろ | Comments(0)

鴨居玲と神戸

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8月22日〜9月2日

ギャラリー島田



江之子島から阪神野田へ出て神戸まで足を伸ばしギャラリー島田の「鴨居玲と神戸」を見る。東京、そして金沢(石川県立美術館)でも回顧展が開かれるのだが、ギャラリー島田では神戸において関わりのあった作家たちの作品も出展されており、鴨居の人柄もしのばせる島田ならではの展示だった。鴨居の使ったコートやブーツ、最初の(?)遺書と思われる走り書き(スケッチブックかデッサン用紙を引きちぎって殴り書きしている)、絵具盛り上げパレットなどの遺品も並んでいた。遺書らしきものは島田を通じて旧蔵者から石川県美へ寄贈されたものという。内容もよく読み取れないが、鴨居のひとりよがりの苦悩が形になったようで痛々しい感じ。

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鴨居展のカタログを取り出しながら島田さんのぼやくこと。

「この絵もこれもみんなうちから出たやつなんや。鴨居はたくさん扱ってきたけど、今思たら、持っておいたら良かったなあ……この自画像なんか鴨居自身が一番気に入っていたんや。これがうちにあった。これは置いておきたかったなあ」

鴨居玲には熱烈なコレクターが多い。古書においても画集や素描集はかなり高額だ。島田さんはコレクターではなく画商だから、いつでもすぐに正当な価格で換金できる鴨居玲がそうそう手許に残るはずはない、重々承知であろう。しかしそれでも歎かずにはおられない。そんな名品だった。

手放した珠玉はもう戻らない。持っている者の勝ち(勝ち負けがあるのかどうかは別として)と言うのはまさにこのことである。

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by sumus2013 | 2015-08-23 20:51 | もよおしいろいろ | Comments(2)