林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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カテゴリ:古書日録( 790 )

ありがとう、立誠小学校

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7、8、9日と元・立誠小学校で「ありがとう、立誠小学校 RISSEI PROM PARTY」が開催されている。これが見納めになるかもしれないと、出かけてみた。中古レコード店の出品が中心だが、古本、新刊書もかなり並んでいて楽しめた。

それにしてもこの建物、うまく使えば、いい感じになると思うのだが……これからどうなるのか、心配だ。

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三階に和室。京都の小学校はどこもみな和室がある。



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by sumus2013 | 2017-10-08 19:26 | 古書日録 | Comments(2)

小説新潮

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『小説新潮』四冊(新潮社、昭和二十七年四月、六月、九月、十月号)を頂戴した。深謝です。いずれにも花森安治の執筆がある。連載「暮しの眼鏡」。

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四月号


「暮らしの眼鏡」は要するに花森流「非常識のすすめ」である。常識にとらわれないものの見方を次々と披露してくれる。

四月号ではまずプレゼントがやり玉に上がっている。プレゼントには役に立つものを贈ること。とくに結婚プレゼントには、生活必需品を友人知人たちが手分けして贈れ。これなどは一時期そういう流行があったように思うが、案外この花森の提案あたりがきっかけだったか。またこうも言う。

 《世帯道具一式の目録に、とかく忘れがちなのは、大工道具。これは、祝ってくれるにせよ、くれぬにせよ。新婚のスタートにはゼヒ調達せねばならぬもの。大工道具というふものは、新婚のときででもなければ、ふしぎに、これがなかなか買へぬもので、そのくせ、思つたより案外これが必要なもの

新婚ではなく倦怠期の家庭には、ナベカマを一通り新しくすることを勧めている。女性が男性にネクタイを贈るときには自分がしめるつもりで選ぶこと。どのガスストーブの栓も右側に付いている不便について(マッチでガスを点火する時代です。右手でマッチを摺るから左手でガス器具の栓をひねる、よって栓は左側にあるべき、という理屈)。椅子の生活に変りつつあるのにちょうどいい椅子が売られていないことについて。

ゆめにも五十年もつ椅子など作らうと思はず、フランスにまけぬデザインを作らうと思はず、分相応、いまの暮しに間に合はせやうといふ、その気持を買ひたいのである。

現実主義だなあ。他には、蛍光灯は料理がまずく見えること、料理屋のおやじが食べ方についてあれこれ客に指図すること、模様のない白い西洋皿が売られていないこと、などに腹を立てている。もっともナリ。

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花森以外では茂田井武の挿絵が嬉しかった。尾崎士郎「風わたる九十九谷」。

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六月号

また、日本各地の美女を写真で紹介する巻頭グラビア「故郷の美」の撮影者を見てビックリ。毎号どこかの県を訪ねて五点ほどの写真を掲載しているが、その撮影がすべて小石清なのだ! やはりひと味違うなあ……。

小石清は大阪生まれの前衛写真家である。
http://sumus.exblog.jp/19040455/

上の六月号は「香川県の巻」の一枚。ここで面白いと思ったのは、巻頭写真に対応する「お国自慢讃岐風土記」という記事。執筆したのは岩田幸雄、その肩書きは「高松市経済部観光課長」。小豆島のオリーブ、丸金(マルキン)醤油と挙げて

高松に船をかへせば、七色のネオンまたゝく丸亀町、南新町、常盤街、片原町等殷賑を極め、特産の漆器、日傘、和紙、郷土玩具、銘菓等が手をひろげてまつてゐる。

讃岐の産物を知り尽くした観光課長による紹介文なのに「うどん」の「う」の字もない。世の中変わるものである。オリーブは今も売り出し中なり。



カズオ・イシグロ、ノーベル賞を受けて、過去の記事にアクセスが集中しているようだ。

日の名残り The Remains of the Day

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by sumus2013 | 2017-10-07 21:07 | 古書日録 | Comments(0)

青い照明

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井上靖『青い照明』(山田書店、一九五四年一〇月二五日、装幀=有井泰)。雨の日、善行堂へ立ち寄ったら、ポンと置いてあった。これはいい感じと思って確かめると装幀は有井泰。お久しぶり。

装幀 有井泰

有井泰ふたたび

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善行堂主人と雑談していると、今度の日曜日(8日16:00〜)に守口駅前で岡崎氏と漫才をやるそうだ(!)。お近くの方はぜひ。

MORIGUCHI BOOK BOND
岡崎武志×山本善行 古本トークショー「ここがわたしたちの守口(再)」

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by sumus2013 | 2017-10-06 20:45 | 古書日録 | Comments(0)

レッテルあれこれ

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某氏よりレッテル便りが届く。まず高野書店。《すでに無い高野書店、ご主人は今は豊島区長、番頭格だった方は、長野の山崎書店主に。


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田村書店の店内では、たぶん10冊も買ってはいない筈。40年以上も、そんな調子のまま。


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紀田順一郎の一連の古本屋探偵シリーズでは、主人公の店があきらかに(笑)小宮山書店ビルのたしか4階にあることになっていました。店内はけっこう前に大きく棚の配置換えをしました

紀田氏といえば、最近その膨大な蔵書を処分されたことで話題になっている。

紀田順一郎『蔵書一代』 日本の古本屋メールマガジン

以下は小生のコレクションより。すでに紹介したものもあるかもしれないが、お楽しみください。

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by sumus2013 | 2017-10-04 19:54 | 古書日録 | Comments(0)

京都まちなか古本市

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初日には所用があってのぞくことができなかった。二日目ともなるとゆったりと見られて、それはそれでいいものだ。古書ダンデライオン(はんのきの中村氏です)とマチマチ書店(山崎書店にいた中島君が独立しました)が組合(京都府古書籍商業協同組合)加入後の初即売会ということで「どれどれ」と棚を見せてもらった。それぞれの持味を出していい感じだ。マチマチ君は山崎さんの丁稚だっただけに美術書がよかったが、それ以外の本にも欲しいものがあった。ダンデライオンでは今ちょっと調べものをしているためそれに必要な資料を発見、出かけた甲斐があった。個人的な好みでは文月書林がいい。全部買い取りたいくらい。その後、ヨゾラ舎をのぞいて馬鹿話をして帰宅。わが青春のミッシェル・ポルナレフ「シェリーに口づけ」(CBS/ソニーレコード, 1971)など。

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by sumus2013 | 2017-09-30 19:49 | 古書日録 | Comments(0)

妙好人伝二篇

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『妙好人傅 二篇巻上』。妙好人(みょうこうにん)とは浄土真宗の在俗の篤信者のこと。『妙好人傅』は全六篇十二冊が刊行され百五十七名の妙好人が紹介されているそうだ。石見国浄泉寺の仰誓が初篇を、西本願寺の僧純が二から五篇を、松前の象王が第六篇を編纂した。本書は刊記を欠いているので版元等も分らないが、見返しに観月と署名された七言絶句が掲げられ、天保十三年(1842)壬寅四月の南渓(豊後満福寺の住職)による序文がある。

第二篇上下二巻は僧純の編纂で、巻頭に天保十三年の南渓の序があり、巻末に同十四年の僧朗の跋を付している。したがって本篇は天保十四年の板行と考えられる。

 氷見の妙好人「おのよ」の伝記とその往生観

本書には跋は見えないが、巻下にあるのかもしれない。

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参考までに『妙好人傅二篇巻上』の一「筑前月女」の内容を簡単に紹介しておく。

筑前国博多津柳町薩摩屋に明月という遊女がいた。いつしか世のはかなさを悟って萬行寺の住僧正海法梁に女人往生について尋ねた。正海がねんごろに弥陀の本願のいわれを語ったところ明月はたちどころに信者となった。毎朝欠かさず萬行寺に詣でる熱心さであった。天正六年(1578)の春、明月は病に伏し、回復の見込みがないと知り、死骸は萬行寺に納めてほしいと言い残してむなしくなった。

萬行寺に葬るに数月をへずして其墓より一茎[ゐちきやう]の蓮[はちす]生じ日を経るにしたがひ花葉地中より生出しに異ならず是を聞つたへ諸方より追々参詣群集す

領主の役人がこれを怪しんで墓を暴いたところ、蓮の根は明月の口から生えていた。このことは世間の噂となって博多記や小石城志にも載せられて伝承されている。きっと普賢菩薩が室の遊君となって衆生を導引してくれたのではないだろうか。ただ、浄土真宗はこういう超常現象を云々することをよしとしないのだが、貴いこととするいわれもなきにしもあらずだ。同じようなことが過去にもあった。

因にしるす古へ讃岐の国に源太夫といふ人あり此人ハ岩の上にて西方に向ひて往生せし時その死骸の口より青蓮花生せしこと日本往生傅に載す又住蓮安楽死刑に臨む時口より蓮花を生ずと古徳傅に見えたり尚又天竺往生傅に蓮花の徴あること数多[あまた]出せる事繁けれバ爰に略す

というような伝記である。讃岐の国にもこんな伝説があったのだ。

なお蓮の実は土中で長期間発芽能力を保持することができるそうだ。千葉の落合遺跡で発掘され発芽に成功した大賀ハスは弥生時代後期のものだと推定されているし、中尊寺金色堂の須弥壇から見つかった蓮の実も八百年ぶりに発芽したという。蓮はインド原産。ヒンドゥー教や仏教においても特徴的なシンボルとなっている。

そういうことを知ってみると、表紙に蓮華がエンボス(浮彫状)であしらわれているのもいっそう意味深く感じられる。


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by sumus2013 | 2017-09-29 21:24 | 古書日録 | Comments(0)

検印紙二題

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きだみのる『氣違ひ部落周游紀行』(吾妻書房、一九四八年一二月二五日四刷)の画像を makino 氏より頂戴した。装幀のクレディットはないそう。また、検印紙の印文がきだみのる(本名山田吉彦)と結びつかないようなのだ。「英久」と読めるが、如何に?

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市立図書館へ行って、嵐山光三郎『漂流怪人・きだみのる』(小学館,2016年2月)など、二三の伝記をざっと見ましたが、雅号などの記載は見つかりませんでした。職員は、県立図書館とも連絡をとって調査して、何かわかったら、後日連絡する、と云っていました。好意謝するに余あれども、「検印」とは何かの説明に一汗かかされるようでは、期待薄です。

さもありなん。若い人たちが、たとえ図書館スタッフでも、検印紙の貼付されている本なんて見た事がない、としても不思議ではないだろう。


もうひとつは少し前に買った矢野朗『肉體の秋』(京北書房、一九四七年一月一八日)。表紙および扉絵のサインは「泰」とだけ。佐藤泰治かとも思ったが、画風が違うようだ。

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この本、問題は表紙画ではなく検印紙。どこかで見たぞ、この図柄! そう南北書園とまったく同じなのである。

堀井梁歩訳『ルバイヤット異本留盃耶土』(南北書園、一九四七年)

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南北書園とまったく同じなのは検印紙だけではない。版元の住所そして電話番号もまったく同じである。発行者は早田眞朗。さすがに会員番号は違っている。そして疑わしいというか、まぎらわしいのはその社名と発行者名がどことなく似ている事。南北書園京北書房、瀧眞次郎と早田眞朗。この一冊だけでは判断できないが、実態は同じ会社なのではないだろうか。

国会図書館で南北書園検索すると昭和十六年から二十四年まで四十九件(同一書を含む、一件は参考文献なので除外)、京北書房の発行物は昭和十七年から二十八年まで二十八件ヒットする。前者は純文学系、後者はエンタテインメイントおよび実用書という大雑把な出版傾向があるように思う。はっきりしたことは何も言えないが、名前を使い分けていた可能性もある。ただ本書はどちらかと言うと純文学に近いように思う。


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by sumus2013 | 2017-09-23 21:15 | 古書日録 | Comments(2)

大人の時間 子どもの時間

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今江祥智『大人の時間 子どもの時間』(理論社、一九七〇年二月、そうてい=宇野亜喜良)。やはり均一台にて。見返しのあそび紙のところに献呈署名がある。《上野瞭学兄 恵存 今江祥智》。どうしてこれが均一に?

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と思ったら、線引きにドッグイヤーが二ヶ所ほどあったのだった。けれども、考えてみれば、これは当然上野瞭が書き入れ、そして角を折ったと考えていいだろう。それなら別段マイナス評価にはならないのじゃないのかな? 上野瞭には児童文学として『ひげよ、さらば』、小説に『砂の上のロビンソン』『アリスの穴の中で』がある。

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エーリヒ・ケストナーについて書かれた文章がなかなか熱い。「人と作品=A」の「a 
エーリヒ・ケストナー」より。

みなさんの子どものころを決して忘れないように、とケストナーはいう。忘れるものかとぼくは思う。
 ぼくが子どもだったころ、日本はいくさ[三字傍点]のさなかにあった。子守唄のかわりに軍歌が鳴りひびき、兄はぼくとキャッチボールをするのを止して戦場に行かねばならなかった。

ドイツの作家、『ヨーゼフは自由を求める』の著者ヘルマン・ケステンは、その友人ケストナーについて書いた文のなかでこう言う。
 成人してから私はケストナーの子どもの本を読んだ。『エミールと探偵たち』から『動物会議』『二人のロッテ』に至るまで。

ケステンは子どものころ、子どもの本など一冊も読まなかった。そのかわりに、聖書、シラー、シェイクスピアなどからすぐに始めた。
 ぼくは子どものころ、子どもの本など読めなかった。そのかわりに山中峯太郎、高垣眸、南洋一郎などの戦争スパイ小説、チャンバラや冒険活劇の本をあきるほど読んだ。同じころに読んだ本で今まではっきり感動をおぼえているのは、わずかに「ファーブル昆虫記」だけである。
 しかし大人になってからケストナーを読み、感心したのは、おそらく二人とも同じだろう。それでここに書きたいのはそのことなのだ。つまり、「八歳から八十歳の読者のために」本を意図し、書きつづけ、成功したと思われるケストナーの秘密はどこにあるかということだ。その間に、戦争と知識人の問題、転向と亡命の問題、詩人と金銭の問題、子どもと親の問題、等々が出るにちがいない。

『エミールと探偵たち』は、その後のケストナーの児童文学の原型だといえる。その根底にあるのは正義感、少年の心にはびっしりつまっていて、大人になるにつれてボロボロ抜けおちる正義感である。それを支えるものとして「男らしさ」の精神、それに、「純金の心」そのままの鋭さを備えた眼。

その彼の秘密の一つはまた、彼が『エミールと探偵たち』で主張した正義と勇気の大切さを身をもって実証したところにある。彼はうそつきではなかったのだ。だから子どもたちはこの「おじさん」を信用したのだった……。

引用最後の《身をもって実証した》は、ケストナーがナチ政権下で、焚書に処せられ、執筆禁止を命じられながらも、亡命をせずドイツに留まり続けたことを指す。小生も子供の頃にケストナーを読んだ記憶はまったくない。しかしこれまでにも彼の本は何冊も取り上げている。

『雪の中の三人男』(白水社、一九五四年)

『ケストナー少年文学全集6』(高橋健二訳、岩波書店、一九六二年五月一六日)

『飛ぶ教室』(高橋健二訳、一九五〇年四月一七日)

『どうぶつ会議』(岩波書店、一九五四年一二月一〇日)

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by sumus2013 | 2017-09-22 21:00 | 古書日録 | Comments(0)

冝園百家詩

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双白銅文庫(拙蔵の均一和書群をこう名付ける)に『冝園百家詩初編』巻四、五、八の三冊を加えた。広瀬淡窓の家塾「咸冝園」の門下生らの漢詩を集めたアンソロジーである。検索してみると初編は全八巻、編纂者は矢上行子生快雨とも号した。天保十二年(一八一四)刊。版元は群玉堂、鴻寶堂など(全八巻ながら版元によって冊数が異なるらしい)。二編、三編は嘉永六年(一八五三)刊。


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三冊とも巻首に「観鷺臺文庫」の蔵書印が捺されている。この旧蔵者、さて誰なのか? 蔵書印データベースでもヒットしない。同じ印記が国会図書館蔵の『新續列女傅 巻之中』に見られる。

以下は巻之八の末尾にある広瀬旭荘(淡窓の弟)の跋。《詩人固多不遇之士。而不遇中又有不遇。》というところに目がとまる。いつの時代も……。

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この巻之八の奥付に刊記はない。『遠思楼詩鈔』の刊行案内のみ。

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by sumus2013 | 2017-09-07 20:29 | 古書日録 | Comments(0)

それから

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夏目漱石『それから』(日本近代文学館、一九八二年二月一日六刷)読了。原本は春陽堂から明治四十三年一月一日に発行されている。四十二年の六月から十月にかけて東京・大阪朝日新聞連載。

これもずっと前に文庫本か縮刷本で読んだ記憶がある。ただ通読して覚えていたのは画家の青木繁がチラリと登場するところ、犬の名前「ヘクター」(その頃、小説や随筆に登場する犬の名前をコレクションしていた)、そして学校時代の友人が地方へ戻って地主になりだんだんと書物から離れて行く様を描いたくだり、この三ヶ所だけで、ストーリーなど全く忘却の彼方だった。

主人公はいい年をして親に金をもらって何もしないでぶらぶら暮している代助(『三四郎』の広田先生が言う新しい若者たちの一人か)。彼が東京をあちこち歩いたり電車や俥に乗ったりしてウロウロする描写にひとつ読みどころがあるかもしれない(パリ市内をむやみに歩くネルヴァル『オーレリア』を連想させる)。要するに新しいモラルや職業観を持つ"新人類"を描いたということなのだが、ただ、それ以外は何もないに等しい三文恋愛小説で、これで当時の読者は満足したのだろうか? 

連載は大逆事件のちょうど一年前である。本文中にも次のようなくだりがある。平岡は主人公・代助の親友だった男。会社勤めをしくじって新聞社に入った。

平岡はそれから、幸徳秋水と云ふ社会主義の人を、政府がどんなに恐れてゐるかと云ふ事を話した。幸徳秋水の家の前と後に巡査が二三人宛晝夜張番をしてゐる。一時は天幕[テント]を張つて、其中から覗[うかが]つてゐた。秋水が外出すると、巡査が後を付ける。萬一見失ひでもしやうものなら非常な事件になる。今本郷に現はれた、今神田へ來たと、夫[それ]から夫へと電話が掛つて東京市中大騒ぎである。新宿警察署では秋水一人の為に月々百圓使つてゐる。

当時の政府におけるこの過敏さが大逆事件の下地であることは間違いない。それはそうとして古本屋が登場しているので、そこだけ引用しておこう。父親から仕送りを止められることを覚悟した代助が金策としてまず思いついたのが洋書を売り払うことだった。

りに神田へ廻つて、買ひつけの古本屋に、賣拂ひたい書物があるから、見に來てくれろと頼んだ。

ところがそのすぐ後で嫂から小切手が送られて来た。とりあえずひと安心。

牛込見附を這入つて、飯田町を抜けて、九段下へ出て、昨日寄つた古本屋迄來て、
 「昨日不要の本を取りに來て呉れと頼んで置いたが、少し都合があつて見合せる事にしたから、其積もりで」と斷つた。歸りには、暑さが餘り酷かつたので、電車で飯田橋へ廻つて、それから揚場を筋違ひに毘沙門前に出た。

『三四郎』の次に書かれた小説のようだが、『三四郎』のノンキさは後退し、かなり自然主義的にシリアスになっている。島崎藤村の『破戒』(明治三十九年出版)から影響を受けたと思ってほぼ間違いないだろう。文中に森田草平の『煤煙』も登場しているが(「それから」の直前の朝日新聞連載小説だった)、何か意識するものがあったのかもしれない。

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by sumus2013 | 2017-09-05 20:38 | 古書日録 | Comments(0)