林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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カテゴリ:古書日録( 724 )

書痴銘々伝

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高橋邦太郎『古通豆本59 書痴銘々伝』(日本古書通信社、一九八三年五月二〇日)。まずは著者が自身について語った「乱雑も秩序」から一部引用してみる。

《ぼくは本が好きで、少し集めているが、美本、希少本などを買い漁る者ではない。そんな金もなければヒマもないからである。
 関東大震災で、若干の本を焼いてしまったから、しばらく買うことをやめていたが、フランス関係のものは入手しなければならないので、なけなしの金で少しずつ集めたが、本箱を買うのを倹約して、茶箱でガマンしたり、じかに積み上げたりしていたら、ついに狭くて古い家は本の重みで傾きだした。しかし、家を直す費用も惜しいから曲がったままにしてうっちゃって置いている。》

《書斎はもちろん、玄関、その脇の二畳、うら手の半坪の書庫に入り切らない本が畳の上に小汚く積んであり、他人に手をつけられるとわからなくなるから、じぶんで整理することにはしているが、一度、整理するつもりでかかってもすぐ、また、手近かなやつを読み出すと、もうそれで万事終ってしまう。
 つまり、前と同じ乱雑さに戻ってしまうのである。といったところで自分の本だからどこに何があるかは見当はついている。無秩序ながらじぶん自身の秩序がある。
 他人に見せて自慢するほどのもののありようはないが、幕末から明治初年にかけての日本で刊行されたフランス語学習書は大半集めえた。》

《このほか、フランスに関するもの、とくにパリ関係のものは二回の滞仏及びインドシナ・サイゴン放送局長在勤との間を含めて若干集められた。とりわけ、地図は十八世紀半ばのゴンクールの美術品売立カタログが手に入った。しかも、パリでは相当さがしたがとうとう買えなかったものが、いながらに求められたのだから、朝日(四月二十四日号朝刊)に八木福次郎さんが書いているように古本では東京は、ロンドン、パリ、ハーグなどとくらべても優るとも劣ることはないのはたしかである。(昭和三七・五)》

標題作の「書痴銘々伝」では渡辺一夫、植草甚一、相磯凌霜について語られている。それぞれの描写からさわりだけを引き写しておこう。まずは渡辺一夫(渡邊一夫)。学生時代から知っていた。

《卒業後、余り会ったことはなかったが、巴里遊学も、時を同じくしたので数回かの地でも、ヒョッコリ出会ったことがある。その時いつでも話は、巴里で掘り出した珍本についてであった。勿論、語り手は一夫君であって、こちらはいつも聞き手であった。専門とするラブレー関係は申すに及ばず、民俗学その他百般にわたったもので、古本屋についてもドロスその他数十軒の所在、その特色などで、まことに書を好むこと色に於けるとひとしく、ただただ私はその熱心さに言葉もなく恐れ入っているばかりだった。》

植草甚一についてはこうである。文中、鳥打帽とあるのが注目すべきところか。

《最近では、平河町の新宅(といっても、本ばかり買っている彼にお金のある筈はないので、姉さんの建てた家)に収って、好きなウイスキーでもチビチビなめながら読書三昧に耽っているのが彼の天国なのであろう。町の中で出会う彼のいでたちは、余り立派でない背広に、小さな鳥打帽をかぶり、身体の二倍もあろうと思われるほど大きなカバンを下げている。このカバンの中が、また大変で、近頃、手に入れた本や、雑誌がギッシリ詰めこまれ、これを一冊一冊出してみせるのである。
「いかにして、この本のあることを知ったか」
「いかに、この本を手に入れるのに苦心したか」
「どこが面白いか」
「著者の経歴は、こうである」
 等々等々、実に事こまかに語り出す彼の顔はいかに喜びに輝いていることであるか。》

《彼に聞けば、東京、横浜の洋書を取扱う古本屋は、どんなへんぴなところでも立ち所に教えてくれるし、どの棚にどんな本があるかを告げてくれる便利千万な生字引なのである。
 その上、江戸ッ子で、他人の困っているのは見過ごせないたちだから「こんな本がなくて参った」と聞くと、その場では黙ってきいているが、いつか手に入れて姿を現し「これがありました」とさりげなく渡して去るのが道楽である。》

そして晩年の永井荷風と親しく交わりその日記にも随所に登場している相磯凌霜について。幕末の書画尺牘を多く蒐集していた。

《抱一の句集『屠龍の技』を先生が借覧したのもまた相磯さんである。
 わたくしは、旧新嘗祭の夜、池上の邸に参上してこの一巻を見せて貰ったが、いささかいたんだ冊子は、某製本師によって巧みに修覆され、ありし日の俤をしのばせるのに十分であったが、鵬斎の序文は荷風先生が特に写したもので、題また先生の筆になる。世の好事家をして垂涎さしむべき逸品である。
 更に相磯さんはこんなものだけではない。実に各種各様で、文芸倶楽部を創刊号から終刊号まで、ほとんどすべてを持っておられる。
 そうかと思うと、荷風先生の「為永春水」の稿本も秘蔵するところとなっている。
 わたくしは、ただ、本が好きであるだけ、もしくは、沢山本を買いためて置くだけでは書痴とはいえないーーと書いた。
 この点、無用の書をあつめ、これを愛すること人に超えてこそ、この資格があると考える。こう考えて来ると、凌霜さんは、どうしても銘々伝に欠くことの出来ない人になって来る。》

高橋邦太郎はこの本の出た翌年、一九八四年二月二十五日に歿している。

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by sumus2013 | 2017-01-25 20:48 | 古書日録 | Comments(0)

向日庵消息・現物

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およそ二年前にこれらのコピーを紹介したのだが、今回は現物を某氏より頂戴した。やはりこの手漉きの紙の質感にはしびれる。

上がすでに紹介した「第二信」。そして次が「第九信」。

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前回は他に第四信も紹介した。今回はそれ以外に「向日庵私版刊行書目録」二種類を加える。

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一枚は昭和十一年三月現在。裏面は『書物』の広告。『書物』にはコブデン・サンダスン『完全な書物』とエリック・ギル『書物』と寿岳文章『装本について』が収められているようだが、その文章より抜粋してみる。

《身近くにあるものほど疎かにされやすい。書物は人間の生活になくてならぬものでありながら、實利をのみめざして作られるためか、作る者からも讀む者からもひどく粗末にされ、従つてひどく醜いものになつてしまつた。》

《書物とはかくあるべきものだとの批評の標準が、著者や出版者や讀者に今少し本格的に理解され自覺されたならば、恰もモリスの事業が今世紀に入つて欧米各國の書物を高め美しくしたやうに、わが國の出版物も工藝的に多少の向上を示すのではなからうか。》

《昨年私は思ひきつて英國の古書肆からコブデン・サンダスンの書物論を購入した。殘るは美しい活字創案鋳造する問題であるが、これは尚數年の労苦を待ち多大の資金を得ずば實現されないであらう。しかも時は猶豫なく過ぎる。私は遂に意を決し、現在あるがままの活字をできるだけ美しく活かすことをせめてもの慰めとし、他は私の理解と愛の及ぶ限り最良の材料を最も質素に用ひて上記の書物を造つた。》

『書物』は二百部印行。本文紙は岩手産の手漉雁皮紙、一番から五十番までが犢皮装本で十二円。五十一番から二百番までが丹念紙装本で五円の頒価である。《著者や出版者や讀者に今少し本格的に理解され》たらと歎くわりにはこれではほとんど誰の目にも触れない単なる趣味本ではなかろうか。

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もう一枚は昭和十一年十二月現在。三月の目録で近刊『絵本ドンキホオテ』と記載されていたのが『絵本どんきほうて』となって刊行を見た。説明文によれば寿岳と親しいボストンの実業家カール・ケラーは「ドン・キホウテ」の蒐集家で、その《お爺さん》を喜ばせるために芹沢銈介によるオリジナルの挿絵を入れた『絵本ドンキホオテ』を製作したという。

《私は早速見本刷をケラーに送つた。さすがのお爺さんもこれには驚嘆し、東洋美術に明るいフォッグ美術館のウォーナア博士に見せたところ、ウォーナアも悉く感心してすばらしい傑作と折紙をつけたので、早く實物をよこせと矢の催促である。書物道から見て古來「ドン・キホウテ」の刊本や挿絵には秀れたものも尠くはないが、この、微塵も洋臭を留めずに和國の武者となりすましたドン・キホウテの繪本こそは、世界のあらゆる「ドン・キホウテ」刊本中の逸物となるであらう。折角の企てゆゑ、原版をフォッグ美術館へ納める前に、ケラーの領會を得て五十部を限り開版し、同好の士に頒つことにした。内外の所望既に多く、豫定の部數はもはや幾らも殘されてゐない。御希望の方は至急申し込んでいただきたい。》

送料共三十円……。今となっては安い買物ではあるが……。


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by sumus2013 | 2017-01-23 20:55 | 古書日録 | Comments(2)

文藝と共に

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中島健蔵『文藝と共に』(青木書店、一九四二年九月一五日、装幀=草狗舐骨)。渡邊一夫の装幀本である。あとがきによれば編集も渡邊が行った。

《中島健蔵君が今日出海君の後を追ふやうにして、公事の為南溟へ旅立つた。われらの仲間[ルビ=ノートル・エキープ]の調整と舵手とを一時に失つたやうな気持であるが、雄叫びの声も勇ましく伸び行くわが国の為に、われらの仲間[ルビ=ノートル・エキープ]の者がお役に立つことこそわれ[繰返記号]本来の念願である以上、両君の門出はむしろわれ[繰返記号]の名誉と心得る。》(編輯後記)

編輯はもちろん本書の標題も渡邊が付けた。フランス文学に関する評論、絵画批評、一般の文学問題に関する小論の三つの章立てになっている。ざっと見たところ絵画批評が案外面白い。美術専門の評論家とは違った視点で展覧会などについての感想を述べている。健全な見方だと思う。一例を挙げる。「絵画と共に」の五、紀元二千六百年奉祝美術展覧会のくだり。

《嘗てオリンピック大会が東京で催されるはずであつた時、深田久弥の発言で、その中の一部門であつた芸術競技を拡充し、盛大な芸術祭を行ひたいといふ話があつた。勿論オリンピックと共に流れたが、二千六百年記念の様々の催しの中、芸能際といふものが行はれてゐる。私は心ひそかに、何故それを芸術祭としないかと、不審に思つた一人であつた。》

《第一部は、大きさの制限もあり、いかにもそろつた感じであるが、見ながら私は自分が素人であることをいよいよ深く感じた次第である。といふわけは、何の成心もなく見ながら、結局、安井、梅原両氏の作が一番足を弾きとめたからである。此の二人の画家に感心するといふことは、いはば定跡である。私は、その定跡が破れるか否かを考へながら会場を二巡した。しかし結局、それに屈服するほかなかつた。》

《第二部の日本画と工芸は、その公開初日に見た。何ともいへぬ困惑である。》

《第一部を見た時以上に、私は憂鬱になつて来た。日本画の方は大きさの制限がない。かなり大きな作品がある。然り、驚くべき大きな作品がある。
 横山大観の芸術に対しては私も決して盲目ではないつもりでいる。もつとも大観のものもそれほど多くを見てゐるわけではない。》

《しかし「日出處日本」の前へ来て、私は呆気に取られた。之は何であらう。奉祝の意気は十分過ぎるほど明らかである。しかし、之が絵画であらうか。私は素人として聞きたい。富士の日の出のこの大作は絵画以上の何物かでないとすれば、驚くべき愚作ではないか。これが絵として通用するのか。》

中島は自らの富士山体験を思い出しながら、大観のこの絵のような卑俗な富士の姿はそこには一つもないと断言している。

《これはどういふ間違ひであらうか。奉祝展は、正に此の大作によつて奉祝展らしくなつてゐる。多くの芸術家の祝意を一人で代表して、絵画以上、或は絵画以下のものを作り上げたとでもいふべきであらうか。さうとすれば私の妄評は、失言として取り消さなければなるまい。》

ということでそれはこの絵だったようだ。

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《急につのつて来た歯痛を忍びつつ、薄暮の銀座に出て、個展や小展覧会を三つばかり見た。小品にせよ売り絵にせよ、そこには見馴れた絵画のなつかしさが漂つてゐた。奉祝展に対して、不当にも新しい芸術的探求の成果を求めた私は、はからずも此処で描く喜びのなつかしさを求めてゐたのである。(昭和十五年十二月)》

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by sumus2013 | 2017-01-21 20:47 | 古書日録 | Comments(0)

和讃

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いつものぞく均一に古そうな和讃の冊子が何冊かあった。おおよそ四六判くらいのサイズ(ふつうの単行本と同じ)。かなり前に『正信念仏偈』を買って以来さほど気持ちが動くものはなかったのだが、今回はそこそこ古そうだし(幕末あたりか?)、表紙が傷んでいるわりに本文がきれいだったので求めることにした。わが家の宗旨は真言宗であって浄土真宗ではないが、そういった宗教的意味合いはゼロだということを断っておく。


上の写真、左から『正信念仏偈』が二冊、中央は『高僧和讃』二冊、右が『浄土和讃』。浄土真宗では僧俗の間で朝暮の勤行として読誦するために三帖和讃(さんじょうわさん=浄土和讃、高僧和讃、正像末和讃)と『正信念仏偈』が編まれている。教義のダイジェストである。最近の『正信念仏偈』(正信偈とも)は縦長の判でオレンジ色の表紙なのが一般的のようだ。

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これらは『高僧和讃』より。写真では分りづらいかもしれないが本文紙はキラ引き(雲母による表面加工)なのでキラキラ輝いている。このカタカナが独特だと思う。おそらく親鸞の筆蹟を模しているのだろう。柳宗悦もこれに似た字をたくさん書き残している。

柳宗悦『蒐集物語』

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それぞれ別の『正信念仏偈』。初めのは冒頭で二枚目は末尾。『正信念仏偈』は漢字だけから成っている。書体が違うと雰囲気も変ってくるのが当たり前ながら興味深い。


昨年末、がん予防センターで検診を受けたと書いた。昨日その結果が届いた。大きな封筒だったのでちょっとビビッたが、とりあえず異常なしだった。巻末にこう印刷されていた。

《しかしながら、がん検診は決して万能ではなく、全てのがんを発見することは困難です。何らか、自覚症状や気になることがあれば、必ずかかりつけの医師にご相談ください。》



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by sumus2013 | 2017-01-19 20:33 | 古書日録 | Comments(0)

贋食物誌

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吉行淳之介『贋食物誌』(中公文庫、二〇一〇年一一月二五日)。吉田健一『私の食物誌』を下さった方より重ねて恵投にあずかった。深謝です。吉行淳之介の小説はほとんど読んだ記憶がないけれど随筆は何冊も読んでいる。エッセイの名手である。ただ『贋食物誌』(新潮文庫、一九七八年、が中公版の底本)はしばしば見かけた文庫でありながら手に取ったことはなかった。食味エッセイはどちらかと言えば好きな方なのだが。

例えば本書83「烏賊」に丸谷才一「食通知ったかぶり」連載の話が出ている。そこで丸谷が選んだ《食べ物の本の戦後三大傑作》を引用してあるが、それは

一、吉田健一『私の食物誌』
二、邱永漢『食は広州に在り』
三、檀一雄『檀流クッキング』

であり、《吉田健一さんの本で感心したのは、食べ物と人間との関係を正確に掴んでいるので、通ぶった感じを受けないところである。》と吉行は書いている。その理由も吉田の「東京の握り鮨」を挙げて述べられているが略する。小生思うに『私の食物誌』を読む限り吉田は通とはほど遠い。自分の感覚に正直なだけである。

51「ラムネ(3)」も面白い。これは坂口安吾のエッセイ「ラムネ氏のこと」の紹介になっている。昭和十年代(だろう)安吾が小林秀雄と島木健作と三好達治といっしょに飲んでいるときにラムネの玉を誰が発明したのかという話題が出た。三好達治がこう言い張った。

《ラムネは一般にレモネードの訛だと言われているが、そうじゃない。ラムネはラムネー氏なる人物が発明に及んだからラムネと言う。これはフランスの辞書にもちゃんと載っている事実なのだ、と自信満々たる断言なのである。》

ところが安吾が探してみるとラルースにも出ていない。ラムネーという哲学者の名前を見い出すのみ。安吾の論理はそこから飛躍する。吉行はその思考法について考えを巡らしているわけだが、小生はこの三好達治の強情ぶりの方に興味を引かれる。

拙著『古本屋を怒らせる方法』(白水社、電子書籍化されてます!)を繙くと、レモネード(レモン水)は昔からあるので誰が発明したということは断言できないように書いてある。ただ炭酸ガスが発見されたのははっきりしており一七七二年英国でのことである。ラムネの玉罎を発明したのはやはりイギリス人のコッドという人物で一八四三年のことらしい。それ以前はコルク栓だった。その後一八九二年にアメリカ人のペインターが王冠栓を発明した。日本では玉びんに入っているのを「ラムネ」と呼び王冠栓を「サイダー」と呼び慣らわしている。内容物にさしたる違いはない。

もうひとつ87「アルコール(1)」に佐野繁次郎のことが出てくる。新聞記事が面白かったので切り抜いておいたとしてそれを引用してある。

《『十二日午後三時二十分ころ、東京都港区高輪三丁目で、何某さん(住所と姓名は私が省略)がタクシーに乗ったところ、後ろの座席に分厚い白封筒が落ちており、真新しい一万円札で百万円が入っていた。驚いた何某さんは、タクシーの運転手(姓名省略)と一緒に高輪署へ。
 同署で封筒に印刷してあった銀座の画廊に問い合わせたところ、落とし主は(住所省略)洋画家で、二紀会名誉会員の佐野繁次郎さん(七三)とわかった。しかし、自宅へ電話したところ、佐野さんはアトリエで油絵を創作中、百万円を落としたことには全く気付いておらず「そういえばありませんなァ」
 佐野さんは昼過ぎ、画廊から絵の代金など百万円を受け取ったあと、近くのレストランで好物のブドウ酒を飲んで、ホロ酔いきげんでタクシーに乗り、百万円を置き忘れたらしい。何某さんと何某運転手には、お礼にそれぞれ十万円が贈られた(以下三行略)』》

この事件は一九七三年のことで『佐野繁次郎展』図録の年譜にも記されている。結局面白いのは食べ物の話ではなく人間の行状なのだ、という結論になるようである。

ついでながらカバー装幀装画は『夕刊フジ』連載時から挿絵も担当していた山藤章二。雁と貝。合わせると「贋」になる。

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by sumus2013 | 2017-01-18 21:05 | 古書日録 | Comments(0)

特集・練馬区関町

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『石神井書林古書目録』100号(石神井書林、二〇一七年一月、題字=武藤良子)届く。武藤さんの題字にビックリ。というか、あれどこの目録だろう? などといぶかってしまった。いや、しかし佐野繁次郎にもひけをとらない書きっぷりだ。

《昨年の初夏に出した99号の古書目録に、私事でしたが老父が入院したことを記しました。店を急に休む日があるかもしれません、とお伝えしたかったのですが、本のご注文の末尾にお見舞いの言葉を添えていただいたり、お手紙やお電話までいただいたのは、思いがけないことでした。しばらくしてその父が亡くなりました。
 石神井書林は一九八〇年に開業して、99号の古書目録を出してきました。その中で、何十周年記念とか何十号記念を作ったことがありません。淡々と次へ行きたいという小さな矜持があったのかもしれませんが、しかし、この夏の経験は、ここが誰に支えられてきたのかを改めて知ることでした。》

これまでも初期の号を幾度か紹介してはきたが、一九八四年以降のもので、それ以前はどんなものだったのか、興味深い。いつか出会えるだろうか。

『石神井書林在庫速報』臨時号

『石神井書林古書目録』


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小山清の献呈署名本がずらり……から始まって太宰治、井伏鱒二、小沼丹、木山捷平、上林暁、尾崎一雄……と大きな名前が並んでいる。ため息をつきながら見ていると目が釘付けになった。『河田誠一詩集』(昭森社、一九四〇年)と文芸雑誌『櫻』河田誠一追悼号(中西政一編、一九三四年)の図版が並んでいるではないか。河田は讃岐出身の小説家。以前言及したことがあったので名前を覚えていたのである。

『河田誠一詩集』(昭森社、一九四〇年)

河田誠一「浪の雪」

100号記念に注文しちゃえ…というわけにはいかないのが何とも情けないが。書影を確認できただけでも有り難いことである。

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by sumus2013 | 2017-01-17 20:57 | 古書日録 | Comments(0)

黄いろにうるむ雪ぞらに

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 黄いろにうるむ雪ぞらに
 縄がいつぽん投げあげられる

  バンス! ガンス! アガンス!
  ちょよろちよろしたこどもらをかり集めて 
  制服を着せて
  何か教へるまねをする
  やくざなはなしだ

 でんしんばしらの斉唱と
 風の向ふで更に白々饑ゑるもの


『宮澤賢治全集』第二巻(文圃堂書店、一九三五年九月二〇日、装幀=高村光太郎)より「(黄いろにうるむ雪ぞらに)」全文。( )は仮タイトル。『春と修羅』第四集に収められている。そう言えば以前十字屋書店版を紹介したことがあった。

『宮澤賢治全集』(十字屋書店、一九四〇年、装幀=高村光太郎)

本日は京都市内にもかなりの雪が積もった。じゃあ雪の詩でも引用しようかと思って『宮澤賢治全集』第二巻をひもといたのであったが、意外と雪の詩は上のくらいしかなくて、しかしその代わり「丸善階上喫茶室小景」と題する作品を見つけてうれしくなった。「東京」七篇のうち。喫茶室の様子が巧妙に描写されているので全文引用しておく【喫茶店の時代】。


 ほとんど初期の春信みたいな色どりで
 またわざと古びた青磁のいろの窓かけと
 ごく落ついた陰影を飾つたこの室に
 わたくしはひとつの疑問をもつ
 壁をめぐつてソーフアと椅子がめぐらされ
 そいつがみんな共いろで
 たいへん品よくできてはゐるが
 どういふわけかどの壁も
 ちやうどそれらの椅子やソーフアのすぐ上で
 椅子では一つソーフアは四つ
 団子のやうににじんでゐる
  ……高い椅子には高いところで
    低いソーフアは低いところで
    壁がふしぎににじんでゐる……
       そらにはうかぶ鯖の雲
       築地の上にはひかつてかゝる雲の峯
 たちまちひとり
 青じろい眼とこけた頬との持主が
 奇蹟のやうにソーフアにすわる
 それから頭が機械のやうに
 うしろの壁によりかゝる
    なるほどなるほどかう云ふわけだ
    二十世紀の日本では
    学校といふ特殊な機関がたくさんあつて
    その高級な種類のなかの青年たちは
    あんまりじぶんの勉強が
    永くかゝつてどうやら
    若さもなくなりさうで
    とてもこらえてゐられないので
    大てい椿か鰯の油を頭につける
    そして十分女や酒や登山のことを考へたうへ
    ドイツ或は英語の本も読まねばならぬ
    それがあすこの壁に残つて次の世紀へ送られる
      向ふはちやうど建築中
      ごつしん ふう と湯気をふきだす蒸気槌
      のぼつてざあつとコンクリートをそゝぐ函
 そこで隅にはどこかの沼か
 陰気な町の植木店から
 伐りとつて来た東洋趣味の蘆もそよぐといふわけだ
    風が吹き
    電車がきしり
    煙突のさきはまはるまはる
 またはいつてくる
 仕立の見本をつけた
 まだうら若いひとりの紳士
 その人はいまごくつゝましく煙草をだして
    電車がきしり
    自動車が鳴り
    自動車が鳴り
 ごくつゝましくマツチをすれば
    コンクリートの函はのぼつて
    青ぞらの青ぞらひかる鯖ぐも
 ほう何たる驚異
 マツチがみんな爆発をして
 ひとはあわてゝ白金製の指環をはめた手をこする
   ……その白金が
     大ばくはつの原因ですよ……
       ビルデングの黄の煉瓦
       波のやうにひかり
       ひるの銀杏も
       ぼろぼろになつた電線もゆれ
       コツカのいろの窿穹[ドーム]の上で
       避雷針のさきも鋭くひかる


じつに興味深い。それにしても詩人は丸善へ入ると何か爆発させたくなるもののようだ……。



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by sumus2013 | 2017-01-15 21:05 | 古書日録 | Comments(0)

同心草第十号

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『同心草』第十号(同心草舎、一九二六年一一月一七日)。編輯並発行者=代道夏二/大阪市住吉区天王寺町六一二 高羽貞夫。執筆者を挙げておく。木水彌三郎、北富三郎、坂梨旅人、寺澤文子、馬淵さち子、島田とし、杜人、佐々木ウタコ、代道夏二、梶田末子、尾形渓二郎、音見昌夫。そして版画が高羽貞敏、鷲尾吾一、凸版が北富三郎。

発行者の高羽貞夫は歌人のようだ。以下の著書がある。

『昼の月』(同心草舎 1929)
『新選現代短歌抄』(裕文館書店 1942
『御歴代御製謹抄』(裕文館書店 1943)
『同心草 第1』(同心艸舎 1953)
『月下 歌集』(同心艸舎 1953)

木水は生田耕作による再発見で知られるが、下記のような詩人。

木水彌三郎さんがいた

北富三郎は挿絵画家として活躍していたようである。版画の作者二人のうち鷲尾吾一はこんな絵本も描いていた。

絵本「ヒカウキ」鷲尾吾一画/綱島草夫文 綱島書店 昭和16年

高羽貞敏の版画がなかなかいい。名前からして高羽貞夫の兄弟か一族だろうが、何もヒットしないところを見ると早世したのか?

「後記」に『同心草』を置いてくれている所として下記の店舗が挙がっている。

 柳屋
 新生堂
 三木書店
 波屋
 北村書店
 今井書店

また《わが友音見昌夫、奥田俊郎、児玉笛麿、加藤雄也の四人が同人となつて文芸雑誌『椎の木』を十一月初旬に出す。》ともある。これは第一次『椎の木』である。

なお雑誌名「同心草」は唐詩からとったと思われる。薛濤(せつとう)「春望詞四首 其三」。

 風花日將老
 佳期猶渺渺
 不結同心人
 空結同心草

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高羽貞敏


この雑誌は今年の古本買い初め。ひいきにしている某店にて。資料を熱心に見ていると、七十代くらいの男性が声をかけてきた。
「建築やインテリアの本はどの辺りです?」
小生、誰が見ても客にしか見えないと思うのだが、まあ、いいや。
「あちらで訊いてください」
と答えるとご主人がレジから出てきて「このへんとこのへんですかねえ」などと説明しはじめた。男性はそれだけかというような軽い落胆の様子だったが、おやッという感じで一冊の古い函入の本を引き抜いてこう言った。
「これ、僕が出版したんですよ」
「へえ、そうなんですか!」
と驚いてみせる店主。値段を確かめた男性は
「余所の店では一万五千円くらいはついてるけどなあ……」
ちょっとだけ心外そうな声で。
「それなら一万五千円にしときましょか」
とぼけた店主の答えに聞き耳を立てているこちらは内心苦笑。
「ネットではもっとしているときもあるんだけどねえ」
などとブツブツつぶやきながら男性はたち去った。

入れ違いに二十代前半と思われるカップルが入って来た。男性が誘ったようだった。その彼氏は入ってくるなり
「いい匂いだなあ」
とつぶやいて、女子の方に同意を求めた。
「そうだろ?」
女子は納得したような表情ではなかったが、かるくうなずいたようにも見えた。二人は中央の棚をぐるっと回り、古書の匂いを嗅いだだけ、ものの三分と居らずに出て行った。

「いろんなお客さんが来ますね…」
支払いをしながら話しかけると、店主は軽く微笑んだ。


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by sumus2013 | 2017-01-14 21:19 | 古書日録 | Comments(0)

新語新知識付常識辞典

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『新語新知識付常識辞典』(大日本雄弁会講談社、一九三四年一月一日)キング新年号別冊付録。質問・回答形式で新しい言葉を説明している辞典。問答のない用語解説欄も充実している。某氏より恵投いただいた。深謝。

八十年以上を経ていまだに生きつづけている言葉もあれば、意味が変った言葉もあり、とっくに死語となっているものもある。言葉すなわち歴史である。

生きている言葉は多いので省略して死語について。たとえば【フーピー】、馬鹿騒ぎ・乱痴気騒ぎのことで《近頃盛んに使われる》としているが(米国映画「フーピー」に由来)、さすがにもう使われていないだろう。もうひとつ「パリ」というのも聞き慣れない。

《【パリ】素晴らしい。『パリだ』、『パリなスタイル』という風に。花の都パリから出た言葉。》

ひょっとして「パリッとしている」のパリって擬音語かと勝手に思い込んでいたのだが(ヤフー知恵袋では擬態語説)、このパリからかも?

【O・S】古臭い姿、オールド・スタイルから。『あいつと来たら、ちつともゆうづうが利かないんだ』『O・S人種だからね』というふうに使うのだとか。「OB」はまだ使われるかもしれないが「O・S」というのは知らなかった。

【山猫会社】これも初耳。インチキ会社のこと。かつてアメリカに《山猫の会社を起こしたい。山猫の皮は使ひ道が多い。山猫を飼ふには鼠を飼へばよい。鼠は矢鱈に殖える。その鼠の食物には猫の皮を剥いだ後の臓腑をやればよい》というような広告を出した会社があったらしい。実際にはそううまく行く筈はないというところから。

【適齢期】、これは兵役や学業に適する年齢をいうものだったが、この時代には「結婚適齢期」という表現が使われ始めている。

【アップする】隠語で、強奪すること。……ホールド・アップですな。ブログをアップするというのとは少し違う。

【ルビつき】ルビとは振仮名のこと。転じて子供を背負うた女。

【ヌーボー式】つかみ處のない不得要領の人。……「ヌーボーとした」というような表現は聞いたことがあるが「式」がついていたのか。

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変らない(いや、もっとヒドくなっている)のはこちら。

《【問】日本で公債及び社債はどの位発行されて居りますか
【答】一口に公債と申します中には、国債と道府県市町村債の所謂地方債とがありますが、国債は昭和八年九月末現在で、外国債即ち外国で発行したものが十四億二千百二十一万一千円、内国債即ち内地で発行したものが五十九億八千四百四十九万一千円、合計して国債が七十四億五百七十万二千円》

《近年歳入不足の為政府は公債を増発するし、事業会社も事業拡張の為社債を相当繁く発行してゐますから、公債も社債も増加する一方です。》

昭和八年度の国家財政は二十二〜三億円規模のようだ。

2014年(平成26年)3月末の国債等残高は998兆円となっており、保有者の内訳は、金融仲介機関587兆円(構成比58.8 %)、一般政府・公的金融機関88兆円(8.9 %)、中央銀行201兆円(20.1 %)、国外84兆円(8.4 %)、家計21兆円(2.1 %)、その他17兆円(1.7 %)となっている。2014年(平成26年)3月末時点の日銀の日本国債保有残高は201兆円で、過去最高を更新しており、保有者に占める日銀の割合は20.1 %で最大の保有者となった》(ウィキ「日本国債」より)

今、日本の国家予算はおよそ100兆円(税収40兆円)。昭和八年などとは比較にならない借金地獄ではないのかな……。

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by sumus2013 | 2017-01-10 20:56 | 古書日録 | Comments(0)

詩集 瓔珞

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金田弘『詩集[瓔珞]』(書肆季節社、一九九四年一月一日、装画=坪田政彦、編輯=堀越洋一郎、装訂=政田岑生)を頂戴した。やはりひと味もふた味も違う。

《昨年の暑い夏、まだ私が『會津八一の眼光』を書きなやんで、悪戦苦闘してた時分のことだ。書肆季節社の政田岑生氏が揖保川のほとりの陋屋をたずねて来られると、いきなり私の旧著を出せ、と強要された。
 固辞したが、それでも許さぬという。押しこみ強盗が可憐な乙女を恫唱するがごとき風情である。やむなく、若い日に羊歯三郎とHALF&HALFの名で出した詩集『かるそん』を復刻していただくことにした。
 これが出来上がると、今度はさらに、旧稿をすべて差し出せと迫る。あわれ、ふたたび落花狼藉の次第となったのが、今回の詩集である。むろん凌辱のなに得もいえぬ恍惚の生じたるところも正直に告白せねばなるまい。》(後書)

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カバーの折りが一風変わっている。見返しと同じ種類の紙なのだが、ふつうはもっと厚手のものを一枚で使うところ、薄めの紙の長辺を深く折返して(ようするに厚みを倍にして)使用している。これは真似したくなる仕立てではある。

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口絵に坪田政彦のオリジナル銅版画。書肆季節社にはしばしば見られる手法。版画用紙ではなく敢えてパミスという書籍用の上質紙を使ったところもヒネリが利いている。

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扉の組み。この文字の大小の取り合わせの感覚は政田岑生ならでは。

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目次。漢数字を使っているのが珍しいかもしれない。

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本文組み。天のスペースを極端に詰めてあるのに「おお」と思う。ときおり見かけるスタイルだが、普通はもう少し下に配置するだろう。

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そして一九五〇年代の詩については上のような一風変わった組み方をしている。元の詩が横書きだったためだろうか。あえてタイトル縦組、本文横組という変則な手段に出た。これもいつか真似したい手法である。

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著書目録、奥付、そして正誤表。奥付によれば印刷は東洋紙業高速印刷株式会社による。オフセットだろうが、文字も印刷もけっこう粗い。ワープロから出力したダイレクト印刷のような風合いである。東洋紙業高速印刷は昭和二十一年に東洋紙業の謄写印刷部門として発足し昭和六十一年(一九八六)には電子組版システムの全工程を完成したとホームページの沿革に出ている。政田は必ずしも活版にこだわっていたわけではないようだ。その意味でもたいへん興味深い詩集である。

関係者の方より印字に関して以下のような情報を頂戴した。

《[瓔珞]の本文等はOASYS 30で、ノンブルはMac+Apple Personal LaserWriter 300 で印字したものを東洋高速で面付して使っています。》


書肆季節社の註文はがき

鶴岡善久詩集『小詩篇』

政田岑生から竹村晃太郎に宛てた葉書

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by sumus2013 | 2017-01-09 20:40 | 古書日録 | Comments(0)