林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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カテゴリ:古書日録( 708 )

百人一詩次韻集

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いつもいろいろ御教示いただく中嶋康博氏がじつに渋い日記を入手し解読しておられる。しかもネット・オークションで落札されたという。驚くべし。内容にも瞠目すべきものがある。


とうてい葆堂の日録にはおよびもつかないけれど、上の写真のような明治の漢詩熱を感じられる手作りノートを、数ヶ月ほど前、某所において百円で入手した。タテ12cm、ヨコ17cm。

三宅三郎(半聾)『片仮名付百人一詩次韻集』(明治三十三年および三十五年序)の自筆稿本である。哀しいかな三宅三郎がどういう人物なのかは不明。三宅半聾の名で『明治風雅楽府』(明曻堂、一八八一年)に漢詩「偶成」一首選ばれていることだけは分った。明治三十三年に数え七十三なら文政十一年(一八二八)生まれということか。

このノートは淳和天皇(786-840)以後の百人による漢詩とそれらに自ら次韻した(同じ韻を用いて応じた)漢詩を並べて構成されており、人選の変更や校正の跡がそのまま残されている。ただし漢詩には推敲の跡が少ないので、おそらく定稿に近い段階だったのだろう。序文からすると出版のあてがあったのかも知れない。

菅原道真の『新撰万葉集』にちなんだものという自序。明治三十五年は道真の一千年忌に当ると書いている。道真が歿したのは延喜三年(九〇三)。

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もう一種類の自序。仮名交じりになっている。両方掲載するつもりだったか。

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収録人名一覧(一頁目)。ここにはまだかなり変更の跡がうかがえる。テキストは『皇朝千家絶句』(博文館)、或写本、文久二十六家絶句、『太陽』(博文館)十周年季祝寄贈の詩から選んだとのこと。

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漢詩頁の引用は一例だけにとどめるが「片仮名付」とあるように初学者にも読みやすい工夫がなされている。次韻というのは、このページで言えば淳和天皇の「花」「遠」「家」を使って内容にも応じた漢詩を作る、その手法である。

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以下、目次に名前の出ている人物。( )は収録せず。重複は省かれている。誤記もあるようだ。

淳和天皇
有智子内親王
藤原衞
石上宅嗣
源順
釈空海
菅原是善
記長谷雄
菅原道真
田口達音
嶋田忠臣
菅原文時
橘倚平
源孝通
大江匡房
細川頼之
足利義昭
武田信玄
上杉謙信
石川凹
細川藤孝
伊達政宗
新納忠元
藤原惺窩
林道春
林鳳岡
伊藤担菴
京師 留女
木下順庵
山崎闇斎
伊藤仁斎
貝原益軒
室鳩巣
物徂徠
伊藤東涯
柳川滄洲
新井白石
太宰春臺
服部南郭
祇園南海
山県周南
中井竹山
頼山陽
田能村竹田
鎌田
亀井
南郭[重複]
梁川
深野
杤原
秋月
東湖
宮崎
草葉
古閑
竹添
武田耕雲斎

草場珮川
落合雙石
石野雲嶺
劉石秋
後藤松陰
斎藤拙堂
大槻磐渓
広瀬旭荘
藤井竹外
家長韜菴
村上仏山
澤井鶴亭
遠山雲如
日柳柳東
大沼枕山
森春濤
仲村淡水
山中静逸
鈴木松塘
鷲津毅堂
高階春帆
河野秀野
宇田栗園
柴秋村
高橋古渓
五岳道人

伊藤春畝
山県含雪
東久世竹亭
(勝海舟)
土方泰山
田中青山
芳川越山
長松秋琴
(楠本西洲)
股野藍田
三島中洲
(野村索軒)
重野成斎
岡本黄石
(秋月天放)
日下部鳴鶴
大嶋如風
前島鴻爪
西岡宜軒
角田九華
田能村直入
入田披雲
赤座再生

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by sumus2013 | 2017-03-28 20:54 | 古書日録 | Comments(2)

私のダダ

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江原順『現代芸術論叢書 私のダダ 戦後芸術の座標』(弘文堂、一九五九年九月三〇日、カバー構成=河原温)を頂戴した。またまた御礼申し上げます。このシリーズは、以前にも書いたと思うが、小野二郎を伝説の編集者とした名企画である。

先日紹介した

河原温渡墨作品頒布会

の栞が挟まれていたのが『ユリイカ』一九五九年八月号だからメキシコへ出かける直前の仕事ということになろう。「あとがき」にもこのように書かれている。

この評論集でも、河原温が渡墨前の多忙な時間を裂[ママ]いて装幀してくれた。河原君どうもありがとう。

後年の河原温を思わせるミニマルな(余計な装飾のない)カバーであり表紙である。ただこの装幀はその後以下のデザインに差し替えられ(作者は分らない。下図は同時に頂戴した複写。同叢書共通)、

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さらには加納光於の印象的な作品に統一されることになる。以前取り上げた安東次男『幻視者の文学』(http://sumus.exblog.jp/12342644/)と同じである。

もう一枚複写をいただいているのがこちら。江原順『現代芸術論叢書 見者の美学 アポリネール ダダ シユルレアリスム』(弘文堂、一九五九年六月一〇日)。これも装幀者がはっきりしないが、上に引用した江原の言葉に《この評論集でも》とあるのでやはり河原温の装幀だろうか?

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『私のダダ』には「求心の絵画ーー河原温の絵ーー 付 若い画家の冒険」と題された論考も収められている(初出は『美術批評』一九五八年六月)。

「物置小屋のできごと」「浴室」などのシリーズの他に、「黒人兵」など、いわば「求心的な空間」を造型する傑作を描いてきた河原温は、ある夜突然工房をぬけだした。そして、もう工房にかえらない。完全に閉塞されている空間のなかで、腕をきりとり、足をもぎ、目をくりぬき、できるところまで自分を分解して、この壁を破るほどに強い別の自分を構成しようと考えてきたこの若い画家には、意識された自分の分解と自分の意識の支配のうちにある方法だけでは、この自己の再構成は不可能だと思えてきたのだろう。

こうして、かれは、印刷手段を、自己の表現方法として駆使することを思いついた。かつて密室のなかで思いあぐむことに没入したとおなじ熱中のしかたで、かれは印刷工場に通い、金属板のつくり方、印刷インクのねり方、印刷のしかた、原価計算、商品としての売り方の研究に、夜も昼も没頭した。こうして、「人間の絵画」(ロム・エ・リュマン)と題する印刷の絵画の第一作が誕生した。

だれにでもできる技術(コラージュの場合も、印刷の場合もだれにでもできる)によって、決して模写できない形象をつくりだす画家を、現代の芸術家と呼ぼう。河原は意識しないで、かつてロートレアモンがいった「ひとりによってではなく万人によってつくられるポエジーを」日本で最初に絵画のなかでつくりだした画家であり、ぼくは、エルンストに讃歎するように、かれに讃歎する。絵の内容についていえば、密室から這いだした虱のように、ぞろぞろとつながって歩いていく奇怪な群像は、歩きださざるをえないから歩いているのであり、歩いているから、方向を摸索せざるをえないようにみえる。方向が摸索されたとき、このシリーズは完結するだろう。そして、河原はまた新しい表現手段を摸索しはじめるだろう。

この印刷絵画がどのようなものか、たまたま下記のサイトにアップされている。参照あれ。

河原温の印刷絵画「いれずみ」

この本について検索しているとき、同年四月、江原順の紹介によって吉岡実が河原温の「浴室」シリーズの一点を購入したことを知った。『ユリイカ』に頒布会の栞が挟まれるわけだから吉岡が河原温を買っても格別不思議ではないはずなのだが、やはりちょっとした驚きというか感動である。銀座ウエストで会ったというのもしゃれている。

河原温〈浴室〉:吉岡の日記(一九五九年四月一二日)に「銀座、ウェストで江原順の紹介で河原温と会う。「浴室シリーズ」の一作品をわけてもらう」とある。また「河原温様/1959.8/吉岡實」と献呈署名した詩集《僧侶》(河原温の蔵書印 入り)が存在する。

吉岡実書誌(小林一郎 編)


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by sumus2013 | 2017-03-26 21:14 | 古書日録 | Comments(2)

詩のある風景

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鍵谷幸信『詩のある風景』(鍵谷泰子、一九九〇年一月一六日)。鍵谷は一九八九年一月一六日に歿しているからいわゆる饅頭本である。本書も頂き物。有り難し。八五年から八六年にかけて『世界日報』紙上に連載された短いエッセイをまとめた内容。これはかなり微妙な時期であるが、まあそれはあまり穿鑿しないでおこう。見開きで一篇の形になっており(九百字前後)詩や詩人、本の好きな者には楽しい読み物だ。

中村書店(http://sumus2013.exblog.jp/24121714/)が登場する。

学生時代、渋谷の宮益坂上に詩書を専門とする中村書店というのがあった。店主はなかなかの硬骨漢で、ただ本を売っている商人ではなかった。詩が好きで詩書を愛しているのが肌で感じられた。気に入らない客だと売らなかった。ぼくはここで珍しい詩集や詩誌を手に入れたものである。堀口大学の「月下の一群」の第一書房の初版本、佐藤春夫の「我が一九二二年」萩原朔太郎の「青猫」西脇順三郎の「アムバルワリア」安西冬衛の「軍艦茉莉」北川冬彦の「戦争」三好達治の「測量船」などを買ったときには、嬉しさいっぱいで体が震えた。

中村氏は貧乏学生のぼくに随分本を安く売ってくれた。中村書店で買った本は今も大切に本棚で詩の光を放っている。珍しい雑誌もここで入手した。「詩と詩論」「詩法」「新領土」などモダニズム系の雑誌も揃えた。ガラス張りのケースに稀覯書が並んで壮観だった。あそこでは詩の光輪がいつも輝いていたと思う。中村氏はじっと坐ってタバコをふかし、奧から珍しい詩集をもってきてみせてくれた。》(詩書の指南役との出会い)

植草甚一も登場している。

今は亡き植草甚一氏が神田の本屋めぐりをするとき、まだ都電が走っていて、市ヶ谷やら九段上にさしかかると、ああ、今日はいい本が三冊はあるなあ、という予感がし、それがピタリと当たったという。長年の勘が働いたのだろう。
 七月末の太陽がアルベール・カミュ的にカンカン照る日に神田に出た。地下鉄九段下でおりて、専修大学脇を通り神保町めざしてトボトボと歩いている。ぼくも以前は植草氏ほどではないが、今日は二冊位かなという勘が働いて、事実その通りになってカバンのなかに詩集一冊や画集一冊がおさまったことがある。》(本から離れる)

八年前の三月上旬、美術出版社からムック形式の本を植草甚一で出すことになり、一日写真撮影のロケーションに出かけたことを思い出した。植草さん、写真家高梨豊氏、助手のなんとかさん、編集部の宮沢壮佳氏とぼくの五人。

神保町へ出て古本屋をぶらつき、植草さんがお気に入りのコーヒー店へ入り、神保町ではこのコーヒーが一番好ですね、といって、ゆっくりコーヒーを啜るのだった。それから新宿めざして車が九段上を通過し、市ヶ谷駅を四ッ谷の方へ向ったとき「デュシャンとエルンストのどちらがお好きですか」とぼく。「エルンストです。彼のコラージュは実にスバラシイ。少しもズレがない」とごく当り前のことに心底感心し、「ぼくにはデュシャンはワカラないんです。ぼくは未来派からいきなりシュルレアリスムに入ったのでダダぬきだったんです。」》(植草さんと歩いた)

このムックというのは『植草甚一主義』(美術出版社、一九七八年)である。ここで言う植草の好きな喫茶店は「きゃんどる」だろう。他にも西脇順三郎、北園克衛、瀧口修造、森谷均らの項を面白く読んだ。

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by sumus2013 | 2017-03-23 17:21 | 古書日録 | Comments(0)

裸体人像

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田近憲三『ミケルアンジェローー裸体人像 システィナ礼拝堂天井壁画の部分』(日本美術出版株式会社、一九四五年一二月二〇日)。もう一冊、嘉門安雄『レムブラントの油絵』(日本美術出版株式会社、一九四六年四月二〇日)とともに某氏より頂戴した。深謝です。とくに『ミケルアンジェロ』は敗戦後間もない時期に発行されており、中綴じで図版十六頁・解説四頁という簡単な仕立て。発行人は大下正男だから図の原版はおそらく戦前に『みづゑ』などで使ったものではないだろうか(確認はしていないが、見たような気もする)。

システィナの天井壁画では物語を区切るために描かれた柱に裸体像が多数配されており、本書はそこから七人の青年の裸体を抜き出した構成である。いきなり裸まつりという感じだ。彼等は枠内に描かれた宗教的な主題には直接関係していないようだが(あるいは関係しているのかも知れないが)、よく見るとみなマッチョなイケメンである。単純にこういう青年たちがミケランジェロの好みだったのかもしれない。

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ミケランジェロは詩人でもあった。日本語にも翻訳されている。たまたまこれも頂戴した雑誌『心』の終刊号(平凡社、一九八一年八月一日)に若桑みどり氏が「ミケランジェロの四つのソネットーー「心」の終刊に献げる訳詩」を寄稿しているのでそこから二篇引用してみる。

II

おお夜よ、おお甘美なる時よ、
たとえ夜は暗くても、すべての仕事はそこに終る。
夜はまったき知性を持つもののすみか。

おまえはすべての疲れ果てた思いを断ち
影をしめらせ、やすらぎを約束する
そしてわたしが望む
あのより高いところへと、この汚れたる世から連れてゆく。夢の中で。

ああ、死の影よ、そこにすべての
悲惨は終る。そしてこの魂を
わが敵であるこの心を、最後の病める者たちを
やさしくねぎらってくれるのだ

おまえはわれらの罪ぶかい肉を浄め
涙を拭い、すべての疲れをいやしてくれる
そして善く生きたものから、すべての怒りと愁いとをとりのぞく


III

至高の芸術家はいかなる思想ももたない
ただ大理石のみが自からの中にそれをつつむ
そして知性にしたがう手が余計なものを
とりのぞこうと手をさしのべるのみ

気高く、聖なる女よ、あなたは
わたしが恐れる悪、わたしが望む善をともに
自らのうちにかくしている。わたしはもう生きていないから。わたしの技術は、私のねがう効果をあげることができない。

愛に罪はない、その美しさ
そのむごさ、その宝、その大いなる軽蔑
そしてまたわたしの運命についても
もしもあなたの心の中に死と慈悲とが
ともにあるとしても、わたしの低い才能は慈悲に
こがれつつも、死しかひき出すことはできないのだ。


若桑女史によればIIIの第二節の「女」は「イデア」かまたは「アルテ」であろうという。第三節では「彼」とも呼んでいるので女だとは思えないと。「愛」は通常男性として扱われるとも。……

小生、システィナは一九七六年に訪問した一度きりの印象しかない。今は修復されて派手派手になっているらしいが、当時は薄暗く荘重な感じだった。ミケランジェロの彫刻で印象に残るのはミラノのピエタであり、またボローニャで見た初期の作品も良かった。栴檀は双葉より芳し、まさにそんな感じだった。

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by sumus2013 | 2017-03-22 20:39 | 古書日録 | Comments(2)

ひょうご大古本市

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サンボーホール『ひょうご大古本市』の目録が届いた。表紙を開いて目に飛び込んでくるのがこちら!

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街の草さんの出品。レアな詩集ばかりまとまって、と思ったら噂に聞いていた杉山平一さんの旧蔵書である。ついに市場へ出たということか……。詩集はとにかく珍しい雑誌なんかタンとお持ちだったんじゃないのかなあ。

ちょうど同じ郵便で地方の詩人の方から「四月九日にはサンボーホールへ出かけます!」という便りが届いた。なるほど、そういうことだったのか、とこの目録を開いて納得したしだい。

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by sumus2013 | 2017-03-21 20:50 | 古書日録 | Comments(0)

林園月令

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柳湾先生纂輯『林園月令』(万笈堂、天保二[一八三一]年序)の一。都合八冊あるらしいが、むろん均一で拾ったのはこの一冊のみ。

林園月令. [初編] / 館枢卿 纂輯 ; 伊沢信厚 参校

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詩を作る人のための袖珍(小型)アンソロジーである。巻一は春。昨日のつづきで花見はどうなのか、という話になるのだが、例えば『開元天宝遺事』(王仁裕が後唐の荘宗のとき長安にあって民間の故事を採集した書)から以下のような例文が引かれている。

《学士許慎選放曠不拘小節多與親友結宴于花圃中未嘗具帷幄設坐具使童僕輩聚落花鋪于坐下曰吾自有花裀何消坐具》

許慎は友人たちと花見に行って落花を集めさせて蒲団代わりにした。

《長安士女遊春野歩遇名花則設席藉草以紅裾逓相挿桂以為宴帷

長安の士女たちは春の野にピクニックに出てすばらしい花に出会うとそこで真赤なスカートで四方を囲み宴会の幕にする。

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要するに、桜の花とは限らないが、中国では古くから春になるとみんな酒や食べ物をもって野に出て、花や新緑を楽しみながらすごしたのである。もうひとつ例を引く。「江南春」の詩で知られる杜牧に「春日茶山、病不飲酒、因呈賓客」という五言律詩がある。『杜牧詩選』(岩波文庫、二〇〇四年)より。

 笙歌登畫船
 十日清明前
 山秀白雲膩
 渓光紅粉鮮
 欲開未開花
 半陰半晴天
 誰知病大守
 猶得作茶仙

大中五年(八五一)、茶山を仕事(製茶の監督)で訪れた杜牧は船の上で宴を張った。それが清明節の十日前……大中五年の清明節は二月二十八日(西暦四月七日)だというから、その十日前、日本ならちょうど花見頃になるだろう。しかしながら、どうやら杜牧は糖尿病だったらしく皆が酒を飲んでいるのに一人お茶で我慢している。花(桃の花か)は咲きそうでまだ咲いていない。

『陶庵夢憶』より「揚州の清明節」

清明節がどうやら日本流花見のルーツかもしれない。

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by sumus2013 | 2017-03-16 20:56 | 古書日録 | Comments(0)

覚えある

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今日は急に冷え込んだが、どうしたわけか近所のソメイヨシノがもう開き始めている。少し早いと思いつつも桜にちなんだ短冊をかかげる。

 覚えある山路や花に又ことし  霞丈

霞丈(でいいと思うのですが)は名古屋橦木町に住まった鈴木霞丈であろう。井上士朗のまわりに集ったグループの一人のようだ。(あくがれありく「47 山吹俳壇2」

ところで、昨秋、ツルニャンスキーのところでこのように報告した。

セルビアでは果樹の花というのは愛でるものではなかった。桜といえばさくらんぼであってそれは赤い実のイメージが第一に浮かぶ。これはロシアでも同じと沼野氏が後半の鼎談のときに補足しておられた。チェホフの「桜の園」はじつは「さくらんぼう畑」という訳の方が近いかもしれないと。

ヨーロッパやロシアには花見はないという見解である。ただし山崎佳代子さんが補足しておられたところによればセルビアに住むトルコ系の人々は花そのものを愛でる習慣をもつそうである。なるほどなあ、アジア的な価値観なのかなあとぼんやりと考えていたのだが、プルースト『失われた時を求めて5 第三篇「ゲルマントのほう I」』につぎのようにあるのを見つけて、おやおやと思った。

春がはじまっていたのにもかかわらず大通りの木々はまだほとんど芽吹いていないパリを離れて、環状線[サンチュール]の汽車がサン・ルーの愛人の住む郊外の村で私たちを下ろしたとき、どの小庭も白い大きな仮祭壇のような花盛りの果樹で一様に飾られているのを見て、思わず目を見張った。決まった時期になると、かなり遠方からでもわざわざ見物客がやって来る特別の、詩情豊かな、短期間の、自然が催す地域の祭りのひとつと言ってよかった。桜の花は白い鞘さながらにびっしりと枝に密着して咲いているので、遠くから見ると、ほとんど花も葉もつけていない木々の間にあって、日は差してもまだすこぶる寒いこの日、ほかでは融けてしまったのに低い桜の木の枝に残っている雪のように見えた。他方、大きな梨の木は、もっと広範囲にわたってまばゆいほどの白一色で家々やつましい庭を取り囲んでいたが、そのさまは、村のすべての家や地所が同じ日に、最初の聖体拝領をしている最中であるかのようだった。》(p353-354)。

梨の花と言えば、早春のイタリア、ボローニャを訪れたときに、梨の花がまるで日本の花霞のように見えたことを思い出す。桜よりもたしかに白いけれど景色としては花見にもってこいであった。

またゴッホが「花咲くアーモンドの木」だとか「モーヴの想い出」(桃の花)を描いていることも忘れてはならないだろう。浮世絵の影響ということもあったに違いないが(プルーストの頭にもそんなイメージがよぎったか)、十九世紀のヨーロッパ人も花見はしたのである。

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by sumus2013 | 2017-03-15 18:36 | 古書日録 | Comments(0)

あゝ無情

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ヴィクトル・ユーゴー『Les Misérables TOME1』(LIBRAIRIE GENERALE FRANÇAISE, 2009)、なんと982頁という厚さ。一年かかってしまったが、なんとか全頁をめくり終えた。読むには読んだが、単語をていねいに調べて理解したわけではないので、まあ、めくったという程度である。もちろん粗筋は子供のころからなじんでいるし、映画やドラマも見た記憶がある。原作も新潮文庫(佐藤朔訳、全五巻)を読了している。ただし三十年近く前なので改めて読み直すとほとんど断片的にしか覚えていなかったことが分った。水汲みのシーンだけはくっきりと記憶にあったのが不思議なくらい。

フランス語そのものはそう難しくはないが、とにかく饒舌文なのでむやみやたらに知らない単語が目の前を通り過ぎて行く。非常に念入りな(ようするに退屈な)描写もえんえんと続く。とくにナポレオンの戦い方などはやたらに詳しく叙述されている。そうでなければ、この四分の一くらいの分量でまとめられると思う。プロローグから神父の燭台を盗んで許されるまでがまた長い。神父の人格の説明というか前置きがこんなに長いとは邦訳で読んでいるはずなのに想像すらしていなかった。それでも読ませる。筆の力はさすが。

パリに隠れ住んでからもうまく山場をつくっている。ジャヴェールに追跡されるくだりもスリル満点。銃撃戦などがなくてもこんなに面白く書けるのだ。ジャン・ヴァルジャンが棺桶にもぐりこみヴォージラル墓地に埋葬され、マリウスがコゼットに出会うのがリュクサンブール公園ということで『Les Misérables』はパリの小説とも言える。で、千頁近く読んでやっとマリウスの前からコゼットとヴァルジャンが煙のように消えてしまうところまでたどりついた。まだまだ道のりは長い。とはいうものの第一巻のみ百円で入手したため、第二巻(TOME2)はまだ手に入れていないのである。さて、続きは読めるのだろうか。

フランス語で読んでいる間に子供向けの日本語版を二冊求めた。森田思軒『哀史』そして黒岩涙香の『噫無情』(『萬朝報』明治三十五〜三十六年連載、単行本は扶桑堂から三十九年に前後篇二冊刊)をはじめとして数多くの邦訳が出ているので蒐集アイテムとしてはかなり魅力のあるタイトルだろう。小生が求めたその一冊は

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ヴイクトル・ユーゴー『あゝ無情』(諸星洪 編、玉川出版部、一九四八年三月五日)。この本は一九七七年に『レ・ミゼラブル あゝ無情』(玉川こども図書館)として再刊されているようだ。ユーゴーの肖像口絵、他に「天使にかこまれるユーゴー」というカラー図版も巻頭に配されるなど時代を考えるとなかなかの豪華版。本文にも挿絵が随所にある(作者不明)。

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もう一冊はこちら

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ユーゴー原作・山田継雄著『新月少年世界文学 ジャン・ヴァルジャン物語』(新月社、一九四九年八月五日、装幀・挿絵=黒木実)。水汲みシーンが表紙になっている。山田継雄著とあるように翻案である

ついでにどんな訳本があるのか国会図書館で検索してみると、気になる著者名をいくつか見つけた。吉田絃二郎『ああ無情』(光洋社、一九五一年)だとか富沢有為男『あゝ無情』(少年少女新選世界名作選集、一九五八年)だとか伊藤佐喜雄『児童世界文学全集 あヽ無情』(偕成社、一九六〇年)である。プルーストの井上究一郎も『レ・ミゼラブル』(河出書房新社、グリーン版世界文学全集)を訳していた。フランス文学のドル箱(フラン箱?)だったようである。

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by sumus2013 | 2017-03-13 21:19 | 古書日録 | Comments(0)

岩森書店書皮


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荻窪駅前南口前、岩森書店の書皮。スズキコージ作。いい感じ。

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書皮図鑑

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by sumus2013 | 2017-03-12 16:53 | 古書日録 | Comments(0)

本の柱

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所用あって岡崎公園方面へ。古書ヘリングに立ち寄る。本がますます殖えている。天井までとどく本の柱が何本も! これが全部売れたらねえ、などと益体もない妄想話に興じる。

途中、水明洞の跡には自転車屋が開店しているのを確認。うどん屋のところも水明洞二号店だった。中井書房さんはがんばっておられる。

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ヘリングからの帰宅途中にも二軒ほどのぞく。その一軒目でのできごと。一人の外国人、小柄な白人(おそらく英米の方)の中年男性、が手提げ袋を持って入ってきた。まっすぐ帳場へ。
「じつはこんな本があるんですが……」
流暢な日本語で袋から取り出したのは大判の世界美術全集の一冊。
「あ〜、これはねえ……」
と店主はしぶい顔。
「お金いりません。本が好きなので捨てることができないのです」
「お気持ちは分ります……けどねえ、これは……」
さらに底の方から単行本のひとくくりを取り出す。
「とても面白い、いい本です」
ちらりと見ると吉川英治の『宮本武蔵』である。
「うーん、これもちょっと……」
「これ、面白い本です」
「そうなんですけどねえ……」
「本が他にもいっぱいあって、スペースがなくて置いておけないのです。お金はいりません」
「うーん、でもねえ……」
「どこか、他にもらってくれるところありますか?」
ご主人はこのまま突っぱねてしまうのか、ハラハラしなが聞き耳を立てる。
「わずかで申し訳ないですけど、300円でいいですか」
「お金はいいです」
「いいえ、うちも商売なのでお払いします」
やれやれ、ご主人の英断(?)で一件落着。男性は満足そうに三百円を受け取って帰って行った。こちらも何とはなしにホッとした。均一に出せば売れるかも(売れないか……)。
二三の雑本などを求めて支払いのときに
「この前も変ったお客さんが来てましたよね」
と水を向けると
「そういえば、そうですね、お客さん(小生のこと)が見えてるときに限ってですよ(笑)」
え、変な客を呼ぶ変な客……。

いろんなお客さんが来ますね…

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by sumus2013 | 2017-03-10 21:22 | 古書日録 | Comments(0)