林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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カテゴリ:巴里アンフェール( 12 )

招待状

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パリ中心部の某古書店にて。店名は不明。屋号が出ていないのだ。ここの表の均一台が凄い。0.5〜2ユーロくらいの雑本ばかりを放出しているなかに馬鹿にならない掘り出しものがまじっている。ラテン区なので学生も多いのかもしれないが、皆、それを知っているんだねえ、通りすがりに眺めて買って行く。だから入れ替えも頻繁(さすがに神保町の田村書店ほどではないけど)。絵葉書も常時何百枚と出ているが、一昨年と較べると、今年は見劣りした。「チェッ」という感じ。ただ、それでもかろうじてこの二点の招待状を確保した。

手前の白いのが第五回サロン・デュ・リーヴルの招待状。一九八五年五月二二日から二七日までグラン・パレで開催された。二一日の内覧会への招待である。サロン・デュ・リーヴルは現在も継続されており、フランスでは最も格式の高い古書市となっている(現在の会場はポルト・ド・ヴェルサイユ、毎年五月なので、まだ訪れたことはない)。

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招待の文面。M. ___のところに名前が入るはずなので、これは未使用ということ。一番上のジャック・リゴー(Jacques Rigaud)は文化畑の高級官僚。パリ、サロン・デュ・リーヴル創設のときの幹事の一人で(当時の大統領はミッテラン、文化相はジャック・ラング)、「書物読書協会 l’Association pour le livre et la lecture」の会長も務めていた。二人目のジャン・マニュエル・ブールゴワ(Jean-Manuel Bourgois)は出版人、兄のクリスチャン・ブルゴア(Christian Bourgois)の方がよく知られているだろう(というか小生でも知っている)。自分の名前の版元を一九六六年に設立して「10/18」のポケットブックを刊行した。またファッション・ブランドであるアニェス・ベーの「b」は元夫のクリスチャンの姓 Bourgois からきている。アニェスの本名はトゥルーブレ(Troublé)。

奧のもう一枚は一九九三年九月から九四年一月までオランジュリー美術館で開催された「Les Arts à Paris chez Paul Guillaume 1918-1935」。ポール・ギョームはモディリアニの画商としてあまりにも有名。映画に登場していたのも印象深い。しかし彼はフランスにアフリカ美術を初めて紹介したディーラーの一人としても高く評価されている(一九一九年に最初の黒人美術とオセアニア美術の展覧会を組織した)。彼がたまたま飾っていたアフリカ彫刻がアポリネールの目に留まり、アポリネールを通じて当時の若き作家たちと知合いになったという。そのなかにモディリアニ、マティス、ピカソなどがいたわけである。ギョームの持っていた二十世紀絵画の一部は現在オランジュリ美術館に所蔵されているが、この展覧会は『Les Arts à Paris』というギョームの発行していた雑誌の紹介のようである。招待状にその何冊かが印刷されている。こういうのをブラッサンス公園で見つけたいもの……。

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モディリアニ「ポール・ギュヨーム」1915


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by sumus2013 | 2017-08-30 21:29 | 巴里アンフェール | Comments(0)

そら豆の宝

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すでに報告したシャロンヌ教会の古本市での一冊、CHARLES NODIER『TRÉSOR DES FÈVES FLEUR DES POIS』(BIBLIOTHÈQUE BLANCHE, HACHETTE, 1925)。シャルル・ノディエ(1780-1844)の『そら豆の宝と豆の花』と題されたおとぎ話集。挿絵は Tony Johannot(1803-1852)。オリジナルは一八三三年に刊行されている。ノデェエはブザンソンの生れ。おもにパリで活動したが、図書館の司書や雑誌の編集などをしながら数多くの記事を執筆した。

一八三三年というのはノディエがアカデミー・フランセーズの会員に選ばれた年でもあり、波乱の多かった彼の人生のなかではもっとも平安な時期だった。一八三四年、ノディエはテシュネ書店(Le librairie Techenet)とともに『愛書家公報 Bulletin du bibliophile』を刊行し一八四三年にいたるまで定期的にそこへ寄稿した。その当時彼はアルスナル図書館に勤めていたため数多くの稀覯本や珍書に接する機会があったのでそれらが様々な主題について研究するための糧となっていた。

ということで、このおとぎ話も豆から生まれた小さな少年が子供のいない老夫婦に育てられ、旅に出ていろいろな出来事をのりこえながら成長し(文字通り)、「豆の花」という王女と結ばれる、という日本人ならあららと思うようなストーリーなのである。

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そら豆の宝を育てる老夫婦
「子供がほしいのお…」


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そら豆から生まれた宝物
「あれま、こんなところに男の子が!」


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そら豆エキスを街でお金に換えるため旅に出る、と……
いろいろな獣と出会う。


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豆の花の宮殿に泊まる。
そこには
美術ギャラリーもあれば
アンティーク・ギャラリーもあれば
昆虫、貝、鳥などの博物室もある。
(ノディエの趣味らしい)
そして

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なんといっても素晴らしい書斎(sa bibliothèque)があった。ドンキホーテ、ウドー夫人の著名な青色文庫(la Bibliothèque bleue 十七世紀の初めにフランスで出版された大衆向け読み物)、あらゆる種類のおとぎ話、銅版画の美しい挿絵が入っている、最良のロビンソンやガリヴァーを含む奇妙で面白い旅行書コレクション、素晴らしい年鑑類、農業や庭園について書かれた無数の論文……人間にとって必要なもの、読みたいと思うものが全て揃っていた。しかしそれ以外の不要不急の学者、哲学者、詩人のものは一切置かれていない。

ヴィクトール・ユゴー、アフルレッド・ド・ミュッセ、サント・ブーヴらもノディエの影響を蒙っているという、その文学観がこのくだりによく現れているように思われる。

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めでたし、めでたし


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by sumus2013 | 2017-08-26 21:33 | 巴里アンフェール | Comments(0)

メグレと老外交官の死

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夏場のパリは昼が長い(夜十時になってようやく黄昏れてくる)。古本としては読めそうもない本ばかりに目が行くのだが、長い夕暮れまでの時間をふさぐためもあって、毎回とにかく何か一冊は読むために買って、実際に読むことにしている。これまではトポールの評伝、ジャン・ジャック・ポヴェールの自伝、マン・レイの自伝(仏訳)、ジョゼ・コルティの自伝など伝記ものばかり読んでいた。今回はトポール展を見ることがメインで他に何も予定も目的もなかったため、サン・シュルピス古本市もぶらぶらしてばかりでほとんど何も買わなかったが、ある古本屋さんが、メグレ・シリーズが好きだということで、ポケット版を1ユーロ均一で平台に数十冊並べていたのが目に付いて、雑談しながら眺めていると、初期の表紙が「買ってちょうだい」と訴えかけてくるような気がしてきて、つい買ってしまった。「メグレはいいよ、すらすら読めるよ」とのオススメだ。

とにかくこのシンプルなデザインがいい。後の版では写真を使う表紙が主流になるが、今となってはこのモダンデザインの時代の古臭さがかえって新しい。以前にも一冊、神田の田村書店で買ったものを紹介したことがある。

『Maigret Chez le Coroner』(PRESSES POCKET, 1957)

『Maigret et les vieillads』(PRESSES DE LA CITE, 1960)、直訳は「メグレと老人たち」、邦訳は『メグレと老外交官の死』(長島良三訳、河出書房新社、一九八四年)。たしかにフランス語としてはそう難しくはない。ただ、平生、探偵小説など読まないものだから単語に馴染みがないのがやっかい。例えば「P.J.」(ペー・ジィ)これは司法警察、ようするに警視庁というようなものだろう。これすら分らないのだから初めはなかなか進まなかったが、指紋(empreintes digitales)とか薬莢(douille)とか手がかり(piste)などもそうだが、何度も出てくるのでなんとか覚えて後半はわりとつっかからず読めた。

シムノンの文章は平易だが、おっとりとした気品があってただ読みやすいだけというのとは少し違うような気がする。俗に言えば、文学の香がするとでも。例えば、ヘミングウェイ「移動祝祭日」には次のような評価が書きとめられている。彼はガートルード・スタインに勧められてマリー・ベロック・ラウンズを読み漁った。

登場人物はいかにも本当らしいし、行動や恐怖も常に真にせまっていた。仕事をしたあとで読むのに申し分がなく、私はある限りのベロック・ラウンズ夫人の作品を読んだ。けれど、それだけのことで、最初の二つに匹敵するものはあとにはなかった。昼や晩の空虚な時間を埋めるのに、シムノンの最初の良い書物が出るまでは、これほど面白いものはなかった。
 ミス・スタインはシムノンの良い作品ーー私がはじめて読んだのは、『第一号水門』か『運河の家』だったーーを好んだだろう、と私は思う。でも、確信はもてない。私がミス・スタインと知り合ったとき、彼女はフランス語を話すのは好きだったが、それを読むのを好まなかったからだ。私が初めて読んだシムノンの本二冊をくれたのは、ジャネット・フラナー(アメリカのジャーナリスト)だった。彼女はフランス語を読むのが好きで、警察廻りの記者をしていたころ、シムノンを読んでいた。》(『老人と海・移動祝祭日』福田恆存+福岡陸太郎訳、三笠書房、一九六六年二月一〇日)

もちろんヘミングウェイがパリに新聞社の特派員として滞在していたのは一九二一年から一九二八年五月までである。その頃シムノンはまだ有名になっていなかった。処女作は一九二一年に出版され、数多くの作品を発表してはいたが、それらはペンネームを使っていた。出世作はやはりメグレ警視シリーズであり、その第一作は一九二九年からスタートしているからパリで読んだわけではない。ヘミングウェイのいう『第一号水門』は『水門』(Le Charretier de la Providence、1930)だろう。『運河の家』は?

とは言え、本作はあまりにも動きの少ない密室殺人もので、推理小説としてはかなり退屈である。ただ、色々な仕掛けというか、装飾的な逸話が物語の味わいになっていると思ってもらえればいい。また、たまたまではあるが、本書の事件の舞台がヴァレンヌ通りだったり、サンジェルマン大通りだったり、ジャコブ通りの骨董屋だったり、と今回小生が滞在したアパルトマンの界隈だったのは読書の別の意味での楽しさを味わうことができた。例えばこんな

C'était un soulagement de retrouver la lumière du jour, les taches de soleil sous les arbres du boulevard Saint-Gérmain. L'air était tiède, les femmes vêtues de clair et une arroseuse municipale mouillait lentement la moitié de la chaussée.
 Il trouva sans peine, rue Jacob, la boutique d'antiquités dont une des vitrines ne contenait que des armes anciennes, surtout des sabres. Il poussa la porte, faisant ainsi tinter une sonnette, et il se passa deux ou trois minutes avant qu'un homme sorte de l'ombre.

どうということのない描写がなつかしく感じられるのはサンジェルマン大通りの太陽がほんとうに眩しかったためであろう。



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by sumus2013 | 2017-08-17 22:10 | 巴里アンフェール | Comments(0)

働く人

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先年、日本でも展覧会のあったカイユボット作「建物のペンキ塗り」(一八七七年)。パリだろうと思うが、このだだっ広い通りはどこだろう? さて、この絵から百四十年を経て現在のパリで働く人たちは……と思うと、ほとんど変ってないかも。

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サン・メリ通り Rue Saint-Merri


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ボーヌ通り Rue de Beaune


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BHV(べアッシュヴェ=百貨店)のハンバーガーショップ



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by sumus2013 | 2017-07-26 19:58 | 巴里アンフェール | Comments(0)

アソシエ書店

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今回の収穫として第一に挙げなければならないのはシェ・レ・リブレール・ザソシエ(Chez les libraires associés)への訪問である。ミッテラン図書館でのトポール展についてはすでに報告した。その展示に同調する形で「ここでもトポール展が開かれているよ」とパリ在住の知人が教えてくれた。それは是非とも訪問しておきたいと、ホームページをチェックしてみたが、その時点でこれはなかなかの書店だと驚かされた。日本の絵本なども扱っている。

Chez les libraires associés
3 RUE PIERRE L'ERMITE
75018 PARIS FRANCE

十八区、地下鉄二号線ラ・シャペル下車。ラ・シャペルは北駅と東駅に挟まれた場所で、インド人街のような雰囲気の一角もあり、中東やアフリカの人達も数多く行き交っている。見たこともないような果物が八百屋に並んでいて目を射られたり、派手な民族衣裳で闊歩する女性たちに圧倒されて道を間違えてしまったり、それでもなんとか目的の通り番地に辿り着いた。

上の写真がそのピエール・レルミット通り。まあ、とりたてて変哲もない街路である。商店もほとんどなく住宅街と言っていいだろう。この写真の左手前に移っている建物の一階にリブレール・ザソシエはあるはずなのだが、看板も何も一切出ていない。3番地の両開きの扉(もうひとつ片開きの扉もあるので注意)の脇に付いているソヌリ(ボタンを押す式の呼出ベル)のひとつに「Librairie」と手書きのシールが挟んであるだけ。まあここしかない。とにかくボタンを押す。すると「カチッ」とかすかに鍵が開いた音がした(パリではどこの玄関でも鍵を開けると同じような小さな金属音がする)。扉を押して中に入る。

入ってビックリ。高い天井、壁際は一面の書棚、スーッと奥へ真直ぐ伸びた廊下は広々として何も置かれておらず、清潔な図書館を思わせる。入ってすぐ左手に一室、突き当たりに一室、その左奥に一室、さらに地下室もある。トポールの展示を見たいというとレジ机にいた男性は地下へ行けと階段を指さした。

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地下室へ降りてまたまたビックリ。古本屋というよりアート・ギャラリーの雰囲気である。実際、地下室はおおむねギャラリーとして使われているようだ。手紙や自筆デッサン、書き入れや献辞またはイラストの入った書籍、版画やポスター、生写真、その他見た事もないようなトポール表紙の数々の本が並んでいた。十年かけて集めたのだそうだ。もちろん全て売り物、Bnfと違ってどれでも買い取っていいわけだ。いちおうこの展示は会期を区切っているから売約済みの赤丸が付いているものがかなりあった。

自筆モノが欲しかったが、むろんそれなりに高額である。なかなかうまい値付けになっている。じつはもうすでにそこそこ値の張るトポール関連品を他所の店で買ってしまっていた。もし、それがまだだったなら、小さな落書きのようなスケッチを買えたのだが……。まあ予算は決まっているのでどうしようもない。買える範囲内で何か欲しい。会場をうろうろすること小一時間。迷いに迷ってジャン・ジャック・ポヴェールから一九六八年に出た『TOPOR La vérité sur Max Lampin』に決定。ショーケースに入っていたので取り出してもらう。そこには同じ本が二冊並んでいて、一方は状態が悪く、もう一方はかなり綺麗な本。ただし値段は倍違う。いつもの小生ならゼッタイ安い方にするところだが、今回は高くて状態のいい方を選んだ(よし、よし)。「持って帰っても大丈夫ですか?」と尋ねたら「これは他にもう一冊ありますから、問題ありません」という答え。さすが……。

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日本の本が並んでいるだけあって若い店主(の一人)は「ぱりニ、スンデイマスカ? カンコウデスカ?」などと日本語を操るのである! これにもちょっと驚いた。英語は珍しくないが、日本語を話す古書店主はまだ珍しいと思う(日本人店主は別です、勿論)。

その何日か後、別の古本屋さんにやや興奮気味にアソシエ書店の話をした。
「あそこは三人でやっていてね、もとはサントゥーアンにいたんだよ。うちの店にもよくやってきて何度もいい本を抜いて行った。あとで彼等の値付けを見て地団駄踏んだこともあったよ。今、パリでいちばん元気がいい店なんじゃないの」
サントゥーアンはクリニャンクールの蚤の市のことである。

そして、今、アソシエ書店を検索していてまたもやビックリ、な、なんと以前 daily-sumus でも取り上げたことのある新発見のランボーの写真、それを掘り出したのが、このアソシエ書店の経営者の一人ジャック・デッス(Jacques Desse)氏ではないか。ランボー売ってこの店を買ったのかなあ……!?

ランボーの知られざる写真

Chez les libraires associés
Ce blog est consacré à la photographie d'Arthur Rimbaud à l'Hôtel de l'Univers

そして、京都に帰ってから、もう一度、アソシエ書店には驚かされた。なじみの古本屋さんに「パリに凄い本屋さんがあったよ〜」などとペラペラ話していると「あれ、その人たちうちの店に来たことあるよ」……。なるほどねえ、日本語しゃべるはずだよ。

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by sumus2013 | 2017-07-16 21:07 | 巴里アンフェール | Comments(0)

マルシェ・ド・ラ・ポエジィ

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サン・シュルピス広場での古本市が終わった次の週には「マルシェ・ド・ラ・ポエジィ Marché de la Poésie」が開かれた(六月七日〜十一日)。これは一九八三年から始められ、今年は三十五回目だそうだ。フランス全土の詩集の出版社が一堂に会して(外国からの参加もあり)、その出版物を展示販売し、朗読会やトークイベント、コンサートなどさまざまな催しを行うというお祭りである。ブースは百二十以上あり、『デ・レットル・マルシェ』という新聞に顔写真が掲載されている参加者は二百五十二人以上。ブース(テント)の数は古本市よりも多い。日本人の参加者はいないようだった(中国人は何人か)。

上は参加出版社のデータおよびイベント内容の詳細が記された冊子(2ユーロ)。コンサートも Baron Bic(ロック)、ポエム・ジャズ、Sarah Olivier(歌手)とヴァラエティに富んでいて、のぞいてみたくなるラインナップだと思った(思っただけで実行せず)。

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各出版社の刊行物をざっと見て回る。詩集の装幀というのはだいたいその国の装幀のレベルを体現している、はずだ。全般的にはやはりフランスらしく素っ気ない文字だけの並製本が多い。ただ意外とイラストや写真を表紙全面に配したヴィジュアル系の装幀も目立っていた。あまり凝った造本はなかったように思う。オリジナル版画などを使ったアーティスト・ブックはいくつかのブースで展示されており、ルリュール・ジャポネーズ(和綴じ)の手作り詩集も見かけた。

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初日だったが、しばらく聞き惚れたのは「スロヴェニアとの出逢い」という朗読会。ちょうど始まったばかりで、スロベニアの詩人たちが何人か演壇に上っていた。一人で原語で読む場合と、二人並んで、一人は原語、もう一人が段落ごとにフランス語に訳して代わる代わる朗読するというやり方もあった。フランス語で聞いてもほぼ分らないが、スロベニア語は音楽も同然であった。しかし、それでも何か伝わってくるものを感じた。言葉の力というか、朗読には朗読の良さがある。かつて京都在住の詩人・萩原健次郎さんは招かれてここで朗読したと聞いた。

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マルシェ・ド・ラ・ポエジィが終わると、その次には六月十二日の一日だけ「版画の日 JOURNÉE DE L'ESTAMP」という催しが行われた。知らない作家ばかり。なかなか楽しい展覧会だった。版画だけに100〜300ユーロくらいで買える作品も少なくなく、かなり食指が動いたが、持って帰るのも難儀だし、どうしても欲しいというほどのものはなかったので、残念なようなホッとしたような次第。
あるブースをのぞいていると、若い女性のアーティストが話しかけてきた。
「ムッシュー、第×大学でお会いしませんでした?」
「あ、いや、人違いです」
「あら、ごめんなさい」
みたいな会話だったが、その気になれば作家と親しくなれる。ブースが狭いので親密な感じにはなる。エッチングなどで作った名刺を置いてある作家がけっこういた。無料なので何種類かもらってきた。日本人女性が出品しているテントがあった。


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「版画の日」が終わると、今度は古道具市が十三日間開催された。それがちょうど暑い盛りで、どうにもこうにも溶けてしまいそうなほど。古書を置いている店も少なくなかったのでできればじっくり吟味してみたかったのだが……。とにかく古道具類は予想以上に高価である。壊れそうなものは危なくて買えないし(薬壜が欲しかったのだが)、もっと予算があればなあ…とため息がもれた。

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by sumus2013 | 2017-07-13 19:00 | 巴里アンフェール | Comments(0)

ホックニーとエヴァンス

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六月中旬のパリは連日30度を越える暑さだった。38度の日も二日ほど続き、例年のパリでは想像もつかない異常気象だった(38度の日は24時間の気温としては1945年以来の最高記録だったそうだ)。あまりに暑いのでどうにかしのぐ方法はないかと考えた。できるだけお金を消費せずに。午前中は公園の木蔭で涼むというのもあるのだが、午後になると木蔭でも汗が吹き出るくらいムッとしていた。結局、冷房の効いた百貨店でぶらぶらするか(しかしこれにも限度がある、日本と違って百貨店には休憩用の椅子がわずかしかないのだ)、ポンピドゥーセンターの一階、無料ゾーンのソファーで長居するか、そのくらいしか方策を思いつかなかった(すぐ隣のブランクーシ・アトリエにも空調があってベンチもあって入場無料である、ただし午後二時から)。

ところがポンピドゥーのカフェが悪くないことをこの暑さのおかげで知ることになった。かなり広くて、セルフサービスなので、コーヒー一杯で何時間でも粘れる。ブラック・アメリカン・コーヒーが2.5ユーロ。パリのカフェで「アン・キャフェ」(コーヒー一杯)と注文するとエスプレッソが出てくる。パリでコーヒーと言えばエスプレッソのこと。日本のようなコーヒーはカフェ・アロンジェ(薄めたコーヒー)と言うようだが、それは文字通りエスプレッソを薄めただけである。しかしポンピドゥーのカフェは、外国人観光客が多いせいもあるのか、アメリカン・コーヒーを用意している。涼みがてら、何時間もずっと座って周囲の人間を観察していると、席だけ占領して何も注文せず、しばらく休憩して去る人たちも少なくない。ジュース一杯でズーッとPCを使っている男女だとか、オフィス代わりに利用しているらしい人もいた。

しかし、せっかくだから展示も見ようということで、どうしても見たかったというわけではないが、ちょうど二十一日に始まったデヴィッド・ホックニー展と四月からやっているウォーカー・エヴァンス展を見た(特別展のチケットは14ユーロで全ての展示が見られる)。

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これが意外にどちらも見応えがあった。ホックニーは八十歳。最近は野原にキャンヴァスを立てて写生をやっているらしい(そんなDVDを見た)。まさに回顧展とはこういうものだろう。ホックニーの生きてきた軌跡が部屋ごとに作品として訴えて来る。初期の英国時代、ニューヨーク時代、西海岸の時代……。特別に絵がうまいというのではないのだが、センスというのか、絵のツボを押さえている。細い線描のデッサンなんか最高に良かった。しかし強く思ったのは、最初の部屋、一九五四年から五六年に描かれたかなり写実的な四点が並べられていた、が全てだな、ということ。街景と川沿いの風景、父の肖像と自画像。とくに父の像は何とも言えずいい作品だった。マイナーポエットの感じだが、この回顧展でどれか一枚もらっていいのなら、小生は迷わずこの父の絵を選ぶ。

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ウォーカー・エヴァンスといえば農夫とか田舎の建物がまず目に浮かぶ。しかしこの大回顧展ではその全体像を見られることで彼がまさにモダニストとして生きたことがはっきり分る。その被写体の選び方からしてシュルレアリストの一員だと断定してもいいだろう。とにかくこれには驚かされた。また、このカタログがいい出来なのだ。そんなに高くはない(たしか49.5? ユーロだったか)、ただし分厚い。すでに買ったトポールのカタログも分厚い。残念だが諦めた。

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ポンピドゥーは開館四十周年になるという。早いものだ。小生は一九七六年に初めてパリの土を踏んだのだが、そのときここはまだ巨大な工事現場だった。元はレアールという築地のような市場だった。それが移転した跡地の一角に建ったのである。まだ工事中のような珍妙な外観も話題になった。ポンピドゥー以後、美術館の建物は奇抜さを競うようになったような気がする。もう四十年とは早いものだ。

そうそうチケットのもぎり(実際はQRコードを確認するだけですが)に日本人の男性がいた。数年前にルシアン・フロイド展を見たときにも日本人スタッフを見かけたが、同じ人なのかどうか。日本人が働いているのはレストランやブーランジュリーやパティスリーだけではないようである。けっこうなことだ。

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こちらはポンピドゥーの南側にあるビルの壁。ダリ?


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by sumus2013 | 2017-07-10 21:24 | 巴里アンフェール | Comments(0)

栄枯盛衰

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モンパルナス、ヴァヴァンのラーム・エ・ル・レーヴ書店(Librairie L'Ame et le Rêve)が閉店するらしい。まだ看板はかかっていたものの、本はきれいさっぱり片付けられており、部屋の隅に段ボール箱が積み上げてあった。シュルレアリスムが専門でいつも気になる本があったのだが(といってもガラス越しに涎を垂らしていただけです)、パリで路面店を維持するのはなかなか難しいのかも知れない。おそらくネットだけの営業になるのだろう。

ラーム・エ・ル・レーヴ書店

それからもう一ヶ所、狭き門書店(La Porte Etroite)。これはすでに前回のとき閉店が予告されていたので驚きはなかったものの、現実に別の店舗になっているのを目の当たりにすると、ショックはショックである。向って右隣のギャラリーが展示場として借りたようだ。

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この店は油絵でも水彩でも何点も描かせてもらった。ありがとう、狭き門書店。

「ラ・ポルト・エトロワット書店」

狭き門書店(La Porte Etroite)

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by sumus2013 | 2017-07-07 19:54 | 巴里アンフェール | Comments(0)

シャロンヌ教会の古本市

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『モモイトリ』2017年春闌号(古書西荻モンガ堂、二〇一七年五月一日、表紙=保光敏将)。特集:極めてます! ちょっとだけ極めてます!。いい雑誌だなあ、と思いながら目次を見ていると「ジュテーム・パリ」という題名が目に飛び込んできた。筆者は藤川江良氏。これはまず読まなくちゃと思って開いてみたら、その見出しがまた「ジョルジュ・ブラッサンス公園の古本市」「トラム三番線」「サン・ブレーズ地区」とあまりにこちらの趣味にピッタリなので驚いた。

ブラッサンス公園は《一年滞在していたころはそれこそ毎週土日のどちらか(主に日曜。理由は後述)には行っていて、思いで深い出来事も多々ある》とか。《ちなみのお勧めの時間帯は日曜日の午下がり。古本市の店主は皆マイペースで、土曜日だと午後になっても品出しが完了していない、なんてことがざらになるので、品出しが完了している日曜日の方がじっくり品定めできる。》・・・まさにおっしゃる通り。

トラム三番線はブラッサンス公園へ行くためにいつも利用しているし、そしてサン・ブレーズのサンジェルマン・ド・シャロンヌ教会(L'église Saint-Germain de Charonne)、ここは小生も今回はじめて訪れた。この教会が主催する古本市が教会の向かいの建物で開かれていると知人が教えてくれたのである。この教会は20区、ペール・ラシェーズ墓地のさらに東にある。メトロのガンベッタ駅で下車し十分ほど歩いた。

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パリでは珍しい姿の教会である。佐伯祐三の絵「モランの寺」(サン・ジェルマン・シュル・モラン教会)に似ているし、サンジェルマン・デ・プレ教会(一番下の写真)にも少し似ている(サンジェルマン系の建築様式というのがあるのだろうか、よく知らないが)。一部の遺構は七世紀に遡るそうだ。五世紀にこの場所でまだ役人だったサン・ジェルマンと少女だったサン・ジュヌヴィエーヴ(パリの守護聖人)が出会ったという言い伝えがある。会堂の背後に墓地があり、現在ではパリ市内で墓地を持つ教会はここともうひとつ(サン・ピエール・ド・モンマルトル教会)だけだとか。


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「Bourse aux livres(本の共同センター)」、これは本を寄贈してもらい、それを売って教会運営費に充てるというようなことだろうと思う。定期的に開かれているようだ。建物の中の三部屋に本が並べられ、教会関係書・レコード・CD・DVD、子供の本、ミステリーを中心とした一般書というふうに分けられている。一般書の部屋でだいぶ粘ったが、さほどのものはなく、ただ吉村昭の『La jeune fille suppliciée sur une étagère(少女架刑)』(ACTES SUD, 2002)を見つけたので買っておいた(この本は新刊書店にもまだ並んでいる)。値段は書かれていない。担当のお兄さんが「え〜と」という感じで値付けをしてくれる。ペパーバックはすべて1ユーロらしい。ハードカバーでも2ユーロくらいではないかと思う。

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他に子供の本の部屋で一冊おもしろいものを見つけた。それは後日紹介する予定。まったく期待していなかったのだが、三冊買って4ユーロ。まずまずの収穫だった。シャロンヌあたりは観光都市パリとしてみれば、面白味のない庶民の生活圏だが、そのためかえって飾らない素顔のパリの一面を感じられるのも確かである。

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サンジェルマン・デ・プレ教会



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by sumus2013 | 2017-07-05 21:25 | 巴里アンフェール | Comments(0)

ぶらぶらブラッサンス

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パリでいちばん楽しみな古本遊びはジョルジュ・ブラッサンス公園。この古本市については何度も書いて来た。今年は、聞く所によると、三十年ほど前(一九八七)にこの古本市を始め、これまで中心的に運営してきた人物が引退したそうで、その後継問題で何やらガタガタしているらしい。部外者としてはこの雰囲気でつづけて行ってもらえれば何も言うことはないのだが。


上の写真、遠景に見えているのが古本市会場(毎週土日開催)。すぐ横に薔薇園がある。下の写真は薔薇園側から少し離れて会場を眺めたところ。

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会場には鉄格子があり、土曜日の夜は見張り番が付くとのこと。それ以外の日には備品や在庫は会場の隅にある倉庫に収められる。

午前九時〜午後六時。ただし午前中からしゃっきり開いている店は少ない。正午前くらいにようやく出そろう感じだろうか。また、午後一時になると店番たちは食事に出かける。出かけないでテーブルを出して飲み食いしている人もいるが、出かける人は自分の平台の上にビニールシートをかぶせたりして臨時に店を閉める。だいたい一時間半くらいは戻ってこないようだ。だから、いい本があると思って目星をつけ(即座に買うほどではないが、他に何もなければ欲しいな、というくらいの本)、他の店を物色してからその店に戻ってみると昼休み中ということはしばしばある。そういう意味では午後二時以降に出かけるくらいがちょうどいいのかもしれない。

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今回の古本テーマはふたたびローラン・トポール。何かないかと目を皿にして捜し歩いていると一冊だけ見つかった。もっとあってもいいはずなのだが、ないときにはないものだ。しかもこの一冊がそこそこの値段だった。かなり迷いに迷った末に購入。

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『ANTHOLOGIE DE L'HUMOUR NOIR / MANIFESTE JEUNE LITTERATURE』(Editions L. KLOTZ, 1964)。表紙画がトポールである。ストラスブールの版元らしい。扉に七号と書いてあるものの他の号が出たのかどうか? ブラック・ユーモアの文や詩、写真、漫画を集めたアンソロジー。上の図では表紙のタテがヨコになっているように見えるが、じつは本文は横長に組んである(すなわち綴じは短辺)。本文の方向に合わせた。初期のトポールらしい画風が好ましく貴重だ。トポール展に出品されていなかったのも買いの決め手になった。

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by sumus2013 | 2017-07-03 18:14 | 巴里アンフェール | Comments(0)