林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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カテゴリ:おととこゑ( 19 )

松倉と勝と光永と継吾

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昨夕は京都のライブハウス「拾得」で松倉と勝と光永と継吾のライブを聴いた。松倉如子、何とも個性的な歌い手である。どのようにユニークなのか、ご存知ない方はぜひYouTubeなどでご確認あれ。

「拾得」は有名なライブハウスなのだが、これまでライブに縁のなかった小生には初めての場所。土蔵を改造したなかなかに居心地のいいスペースだ。そんなにキャパはないが、手頃な広さだと思った。壁面にはその名の通り寒山拾得の大きな拓本(版画?)が飾ってある。エンゲルスガールのご主人と隣り合わせたのでムッシュかまやつ死去の話を向けると「拾得」で一度だけライブを聴いたことがあるとのこと。カッコよかったあ〜、らしい。

ただ、大きなアンプでガンガン鳴らすのには閉口した。音に吹き飛ばされそうになった。この感触が好きな人もいるかもしれないけれど、せっかくの演奏や歌を聞き取り難くしてしまうほどの大きさだった。このていどの空間ならマイクなどいらないだろう。ロームシアターくらい広くても同じような感想を持ったが、拾得ならなおさらである。アンプラグドでやってほしかった(またそういうタイプのバンドであろう)。とは言え、渡辺勝の旋律はピアノであれギターであれ、なんともなつかしく心落ち着くものだった。

上は松倉と勝と光永と継吾の自主制作CD「SETSUBUN」。今年の二月三日にアケタの店にて行われたライブ録音。100部制作。

松倉と勝と光永と継吾

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by sumus2013 | 2017-03-04 21:08 | おととこゑ | Comments(0)

鈴木常吉

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鈴木常吉「望郷」(しゃぼん玉レコード、2010)、このCD冊子の冒頭で鈴木常吉についてこう述べられている。

《ツネさんかい、あっ知ってるよ。北千住の肉屋の倅(せがれ)だろ。深夜食堂(うち)に来ると「オレは肉屋の倅だからコロッケにゃ、チトうるさいゼ」なんて言いながらウーロンハイ飲んでるよ。
 ガキの頃はオートバイ乗り回して交通鑑別所に何日か世話になったらしいな。高校出る時、地元の和菓子屋で見習い職人募集してて、研修でフランスに行けるってどっかから聞きつけて、母ちゃん同伴で面接に行ったら日頃の行状が行状だからあっさり断られて、それで仕方無く大学に進学したんだってサ。
 卒業後、どういう訳か絵本の会社に勤めてケンカかなんかで辞めて喫茶店を始める。その頃からバンド組んで歌ってたらしい。「イカ天」に出てセメントミキサーズでちょっとだけ売れた。その頃、あの高田渡さんと吉祥寺歩いてたら、渡さん差し置いてツネさんがサイン求められたって言ってたな。》(「奴のうわさ」深夜食堂主人談(代筆安部夜郎))

今検索したかぎりではどうも小生と同い年らしい。舞台慣れしているというか、時間、曲順、MC、休憩などの間が良かった。MCはけっこう長かったが、これが魅力的で、うまく笑いもとるし、有名人の名前をだして興味をそらさない(常吉氏は俳優でもあって蒼井優やオダギリジョーの裏話なども)独特の話芸になっている。むろんギターやアコーデオンも聴かせるものだし歌にも味がある。感心したのは歌詞。自伝的なものだろうが冒頭の「肉屋」がとくに印象的だった。ここでは「望郷」から「夜明けの物音」(作詞・作曲=鈴木常吉)を引用してみる。

 また今日も新聞配達の
 オートバイの音が聞こえてきた
 それはもう昨日の事だよと言って
 エンジンの音は通り過ぎた

 ガラス窓の中に顔がある
 何処の誰とも分らぬ顔が
 無精髭をはやし目を赤くして
 私の顔を覗きこんでいる

 夜は削り取られて河底に沈む
 そしてそこに朝がやって来た
 ぐっしょりと寝汗をかいた朝が
 濡れ布巾の様に町を覆うのだ

 また今日も新聞配達の
 オートバイの音が聞こえてきた
 それはもう昨日の事だよと言って
 エンジンの音は通り過ぎた 


耳で聴くとこの詩はさらに良くなるように思う。曲調は紹介文にも出ていたように高田渡に近いものもある。そうそう高田渡といえば『雲遊天下』125号「特集・高田渡の夜」の座談会が良かった。「フォークソングの王道を進んだ高田渡の道筋」……岡崎氏が司会で高田渡の兄・高田驍(たけし)氏と高田烈(いさお)氏、そして三浦光紀氏(ベルッド・レーベルの創立者)、中川五郎氏の貴重な発言を取りまとめて読ませるもの。十七歳のころに文選工として三鷹のあかつき印刷で働いていたという事実は意味深く感じる。


***

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今宵(二月十日)はこのライブに出かけた。明日は豊岡劇場とか。大雪は大丈夫だろうか。

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by sumus2013 | 2017-02-10 21:39 | おととこゑ | Comments(2)

さよなら、フランク・ロイド・ライト

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「サイモン&ガーファンクル LIVE 1969」(Sony Music Japan International Inc. 2009)を年末年始ずっと聞いていた。S&Gのシングル盤「明日に架ける橋」が初めた買ったレコード(正確には何枚かのうちの一枚)。もちろん一九七〇年の大ヒット曲だが(ということは高校一年生か)、英語の歌詞も暗記したりして個人的にも思い出深い。

ところが、それ以来四十六年以上が過ぎ去ったにもかかわらず、どうしたわけかS&GのレコードはもちろんCDすら買ったことはなかった。とくに意識したわけではない。不思議と言えば不思議。エンゲルスガールの段ボール箱で見つけ「これ聴きたい」という感じで購入。

一九六九年のライヴは、アルバム「明日に架ける橋」が完成しながらも未だリリースされていない時期に行われた。リリースは一九七〇年一月。前年の十月から十一月にかけてデトロイト、トレド、カーボンデイル、セントルイス、ロングビーチ・アリーナ、カーネギー・ホールとツアーし、そこから選ばれた十七曲が収められている。

《当事者たちにはもう解散の気持ちは決まっていたのだろうが、レコーディング中のフラストレーションはひとまず収まり、二人の仲は落ち着いたものになっていた。客観的にはキャリアのピークにあっただけに、『サイモン&ガーファンクル LIVE 1969』は、アートの美しい声も最高であるし、ポールのギターも力強さと繊細さの際立ったところを聴かせている。》(鈴木道子)

このライヴ盤はアルバム「明日に架ける橋」に続いて発売される予定だったそうだ。しかし結局二〇〇九年までお蔵入りしてしまった。最初聴いたときにはS&Gの曲調に対して聴衆の歓声や拍手がどうもうるさく感じられてあまり感心しなかったが、それでも繰り返し聴いているとそれなりの臨場感が伝わってくるようになった。とくに「未発表です」と紹介しながら「明日に架ける橋」を絶唱するくだりは最後の大拍手が翌年のスマッシュヒットを予感させて実に印象深い。

またアーティの朴訥なMCもときには曲順を間違えたりしつつなかなかに心地よいものだ。曲順を間違えたのは「フランク・ロイド・ライトに捧げる歌 SO LONG, FRANK LLOYD WRIGHT」で、これはアーティが建築家を目指していた頃もっとも好きだった建築家ライトについて「何か曲ができないかな?」とサイモンにもちかけたのだという。だが、サイモンが書いたのはライトについての歌ではなかった。

So long, Frank Lloyd Wright.
I can't believe your song is gone so soon.
I barely learned the tune
So soon
So soon.
I'll remember Frank Lloyd Wright.
All of the nights we'd harmonize till dawn.
I never laughed so long
So long
So long.

Architects may come and
Architects may go and
Never change your point of view.
When I run dry
I stop awhile and think of you.

Architects may come and
Architects may go and
Never change your point of view.

So long, Frank Lloyd Wright.
All of the nights we'd harmonize till dawn.
I never laughed so long
So long
So long.

どうやらサイモンからアーティに対する別れの挨拶になっているようだ。

これを年末からくりかえし聴いていて、正月早々ブックオフのCD半額セールをのぞいたところ、S&G最初のアルバム「WEDNESDAY MORNING, 3PM」と映画「卒業」のサウンドトラック盤が目に飛び込んできた。買うしかないでしょ。前者は「サウンド・オブ・サイレンス」やボブ・ディランのカヴァー「時代は変る」が入っている。ただし全体にはいまひとつぱっとしない。古臭いというのとは違うかもしれないがS&Gの良さが出切っていない(実際にセールスは低調でS&Gは一時解散したという)。サウンドトラックの方も映像といっしょならともかくアルバムとしては雑駁。ということで結局「LIVE 1969」に戻り、まだ飽きずに繰り返し聴いている。

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by sumus2013 | 2017-01-16 20:43 | おととこゑ | Comments(0)

風とともに生きる

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10日(月)、ユニテさんで催された「風とともに生きる インドの吟遊詩人バウルを聞く」に参加した。今、個展をしておられる装幀家でインド大好きの矢萩多聞氏による企画である。

パフォーマンスしたのはショッタノンド・ダス氏。演奏の前に、その奥方で日本人のホリ・ダシさんと矢萩氏のトークもあった。バウルとは何かということが中心に語られたのだが、吟遊詩人というだけで、あまりはっきりしたことは分らなかった。日本人のバウルは彼女だけだというのは印象に残った(外国人は多いそうだ)。当日のチラシにはこのように書かれている。

《現在のインド東部とバングラデシュ地方にまたがるベンガル地方には、ヒンドゥ教、イスラム教、仏教の影響を受けつつも、それらには属さず、町や村を転々として、うたい、踊ることを修行とする人たちがいます。彼らが大事にするのは、まるで恋人を愛するかのように愛する「心の人」が宿る場所としての人体。
バウルは音楽や詩だけでなく、こうした既成の習慣からの脱却という点においても賞讃を受けています。》

これを読んでもあまりよくは分らない。インドにはカーストというものがある。この説明からするとカーストから離れた集団あるいは個人なのだろうか。宗教団ではないが、各地にグル(導師)がいて、ダス夫妻もいろいろなグルに師事したそうだ。吟遊詩人と聞くとイメージがついヨーロッパ的になってしまうが、門付とか托鉢とか虚無僧とか(あるいは瞽女)などにも通じる、そういったアジアにおける道の者の一種であろう。下記のサイトが分りやすく説明してくれている。

バウルという生き方――ベンガル地方の「もうひとつのライフスタイル」
村瀬智 / 文化人類学

《バウルはカーストやカースト制度をいっさいみとめない。またバウルは、偶像崇拝や寺院礼拝をいっさいおこなわない。彼らの自由奔放で神秘主義的な思想は、世間の常識や社会通念からはずれることがあり、人びとからは常軌を逸した集団とみなされることがおおいのである。実際に、ベンガル語の「バウル」という語は、もともと「狂気」という意味である。そしてその語源は、サンスクリット語の“vâtula”(「風邪の熱気にあてられた」、「気が狂った」)、あるいは“vyâkula”(「無我夢中で」、「混乱した」)に由来するようである。》

《このような、バウルという語の語源や中世の文献での使われ方、そして現代での意味合いやイメージを考慮して、ベンガルのバウルのことを、「風狂の歌びと」とでも名づけておこう。》

世捨て人ながら托鉢のような暮しは人々に尊重され世の中には組み込まれているようだ。

ショッタノンド・ダス氏の演技は下の動画でご覧いただきたい。今回は六種類の楽器を取り替えながら演奏した。三種類を同時演奏からはじまる。下の動画で右手に持っているのがエクタラ(一弦琴、右手で持ちながら人差し指だけを使って弦をはじく)、左手で演奏するのがドゥギ(小太鼓、叩き方を変えて色々な音色を出す、ドゥ〜ンという間延びしたような特徴的な音が気に入った)そして右足先に付けた鈴(グングル)。奥さんはコロタール(小さなシンバル、おりんのような音色)をずっと鳴らしてリズムセクション。とくに聞き物だったのはアノンドホリ(太鼓の胴から出ている弦をピックで鳴らす、ギターのような音色)の早弾き。胴を左脇にかかえ左手で弦を緊張させておいて右手に持ったピックでかき鳴らすのだが、左手の力具合で音色を変化させる。もちろん歌と踊りも加わって最後は参加者みんなで踊ることに。お代は喜捨でした。
他にもバウル関連のさまざまな動画がアップされているが、次のドキュメンタリータッチの紹介は旅するバウルの雰囲気をうまく伝えていると思う。演奏も高度だ。

ユニテではギャラリースペースで演奏が行われ、隣の喫茶スペースには来場者のお子たちが五、六人。演奏中もけっこうにぎやかに騒いでいた。そんなときショッタノンド・ダス・バウルは演奏しながら目玉だけでギロリと隣を睨んだ。迫力だった。

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by sumus2013 | 2016-10-13 21:06 | おととこゑ | Comments(0)

カインド・オブ・ブルー

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FBで萩原健次郎さんがこんなふうに書いていた。

《ディアゴスティーニがテレビCMで訴求しているけど
アナログレコードがはたして売れるのだろうか。
初回のみ、990円ということで、
図書カードの残があったので購入した。
久しぶりに、ビニールの封を切って聴いた。
ジャズのアナログレコードが、安価で
再発されたら、何が欲しいかと
問われたら、このマイルスの
「カインドオブブルー」一枚が思い浮かぶ。
というよりも、これ一枚でもういいように思う。
心憎いセレクション。》

これを読んで無性に欲しくなった。近所の書店へ。ちょうどもらった図書カードがあったのでそれを使った。マイルスのアルバムでは「マイルストーンズ」の方が好きかなと思っていたが、やはりこれも名盤ではある。

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by sumus2013 | 2016-10-05 19:37 | おととこゑ | Comments(0)

ON THE ROAD

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「ジャック・ケルアック「路上ーオン・ザ・ロード」を詩う」(IMAGICA MEDIA, 1999)。ケルアックの自作朗読(「路上」と未発表詩集「ワシントンD.C.ブルース」)および歌が六曲、に加えてトム・ウェイツによる「路上ーオン・ザ・ロード」が収められている。

朗読は音楽に関するところを中心に読んでいる。朗読というよりもっと調子がいい。ラジオドラマの雰囲気で悪くはない。ボーカルの方はとても聴けたものではないが、ケルアックだと思って我慢する。一点、このアルバムにはまったく異質のトム・ウェイツが素晴らしい。しびれる。

解説のしおりに佐野元春がジャック・ケルアックのルーツを訪ねたときのことを書いた文章がある。

《1994年。クリスマス。僕はケルアックの故郷にいた。人生の意味を探求した、あるボヘミア詩人の墓がそこにあった。マサチューセッツ州ローエル。ボストンから北へおよそ30マイルの郊外に位置する田舎町。ケルアックが生まれ育ち、生の際まで愛して止まなかったホームタウンーー》

《ボストンからハイウェイ三号線を北上し、車で約一時間、ローエル市に入る。想像していたほど小さな町ではなかった。荷物をホテルに預け、レンタカーを手配。間もなくやってきたフォード・エアロスター・バンに乗り込み、市の北西部、ポータケットビル地区に向かう。メリマック川に差し掛かる。この付近にかつてケルアックとその家族が住んでいた家屋があるはずだ。通称「アストロズ・ピザ」と呼ばれるピザ屋が目的の場所だ。
 住宅街の通りに面してほとんど廃屋と化した4階建ての1階の軒下に「アストロズ・サブ・アンド・レストラン」。間違いなかった。ケルアックとその家族はこの4階に借家住まいしていたのだ。かつてはピザ屋だったその建物は今は誰も住んでいないが、いずれにしても、ケルアックとその家族が住んでいた古い借家がそのままのカタチで残っているということは、全くの驚きだった。》

現在はケルアック公園などもあって観光地化されているらしい。日本人の訪問者も少なくないようだ。

ケルアック in Lowell (その1)

Kerouac’s Grave / Edson Cemetery, South Lowell, Massachusetts,

Thank you, Jack Kerouac


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今AbeBooks.com に出ている『ON THE ROAD』(The Viking Press, 1957)の初版本カバー。函付、献呈署名入でお値段はなんと!

Price: US$ 107,205.51

《First edition, first printing, presentation copy to Pieter W. Fosburgh and his wife Liza, inscribed by the author in red crayon, "To Peter [sic] and Liza Fosburgh, Writing in red crayon in memory of the Red House, Jack Kérouac [sic] (Idiot) (St. Jack of the Germs)" [the last five words in pencil]. 》

この出品は英国からなので特別な値段になっているのかもしれない。ただアメリカ国内の業者でも署名入でUS$ 35,000〜10,000くらいのレンジで販売しているようだ。


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by sumus2013 | 2016-09-28 20:28 | おととこゑ | Comments(0)

宇宙律動

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ミルフォード・グレイヴス&土取利行 パーカッションデュオ『宇宙律動』」をロームシアター京都で聴いた。某氏よりチケットを頂戴した。ミルフォード・グレイブスには全く詳しくなかったので多少予習をしてみると、なんとも素晴らしいアーティスト。楽しみに出かけた。

上下白い衣のミルフォードが現れドラムセットの前に陣取る。つづいて土取氏が現れ、ドラムスの前へ出て来て軽くダンスしながら両足首に付けた木製の鈴をならす。ミルお得意のドラをガーン、ガーンと鳴らして演奏はスタート。ミルは歌とも吼えているだけともとれる声を発しながらドラムをたたくたたく。左手の肘でドラムの表面を押さえつつ同じ左手に持ったスティックで押さえた面を連打。右手はスティックの中程を握って尖端でシンバル、後端でドラムを同時に打つ。トシ(土取氏)の方は舞台上に広げられたさまざまな打楽器を駆使してミルと掛け合い、たたきあい。圧倒的な迫力だった。

途中で、ミルは少し語りを入れた。日本に初めて来たのは一九七七年だそうだ(上の「メディテーション・アマング・アス」のころだろう。トシとのセッションもこのとき以来だろうか)。日本のオーディエンスに多少のお世辞を。そして初公開だと言いながら自らのポリリズムについて講釈。ビーバップ、フリー、カリプソだそうだ。ビーバップのリズムは右手の人差し指と親指で取れる、フリージャズは左手で。右手と左手で両方同時にできるんだ。ポリリズムなんて言ってるけど、ふたつは別々のものじゃなくて同じものなんだよ、と実演。右手に二本のスティックを挟んでパンスカパン。左手はフリーでドドドドド。左足ハイハットが心臓の鼓動のようにシャンシャンシャン。ときおり右足ドラムでドン、ドン、ドン。人体総リズム。

最後はドラムセットから立ち上がったミル、木琴の前に。ちょっと風変りな木琴だったがいい音がしていた。その間、トシが舞台を下りて聴衆のなかを一回り。空いている座席の背をバチバチ連打連打。若いお客さんの肩こりまでほぐしていた(笑)。演奏が始まっておよそ一時間経過。一旦、終了の感じになっていたのだが、もう少しやりたいというミル。折りたたみ式の杖を鞄から取り出した。腰が悪いそうだ(そう言えばYou Tubeに出ていた一九九六年の来日では踊りを披露していたのだが、今回はそれはなかった)。ステッキを突き突きステージから客席の方へ下りようとする。「ステップはないのか?」とぶつぶつ。いきなり舞台面にうつ伏せに寝転んでそのまま足からごろりと下へ。トシが小さめの太鼓を抱えて後ろから付き従う。会場の中央席をひとまわりして聴衆を賑わし、そのまま下手の出入口へ二人で去って行った。スタンディング・アプローズ。

ミルフォード・グレイブスは七十五歳。飛行機に乗るのが苦痛だと言っていたから日本ではもう二度と見られないステージかもしれない。歴史的な場面に立ち合った感じがした。

客席は六割くらいの埋まり具合だった。フリージャズの時代を知っている世代が三割か四割、後は若い人が意外に多かった。残念だったのは、アンプで音量を増幅していたこと、これは逆効果。生音の方がもっとずっと良かったはず。妙なライティングも眩しくて邪魔なだけ。ドライアイスの煙にいたっては言語道断であった。


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by sumus2013 | 2016-09-04 19:55 | おととこゑ | Comments(0)

ANIMALS

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ボブ・ディラン「Animals (Man Gave Names To All The Animals) / Trouble In Mind」(CBS, 1979)。フランスのCBSからリリースされたシングル盤。

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ジャケット裏面はアルバム「Slow Train Coming」(CBS, 1979)の広告になっている。久しぶりにエンゲルスガールに立ち寄って求めた一枚。まったくもってジャケット買いである。ところが、不思議なことに、これもまた、このところ連続して取り上げているキリスト教がらみの一品だった。

すなわち、このシングルおよびアルバムはユダヤ教で育ったボブ・ディランがキリスト教へ回心した画期的なものなのだ。「Man Gave Names To All The Animals」もタイトル通り聖書(創世記)から取られている。それまでのディラン・ファンをがっかりさせた反面、全米チャート二位になったようにクリスチャンの新しいファン層を獲得したともいう。

シングル盤「Man Gave Names To All The Animals」は西ヨーロッパ各国で発売され、とくにフランス(ベルギー)でもっとも売れたようである。米国と日本ではプロモ盤のみ。邦題は「世界のはじめに/ウェン・ヒー・リターンズ」(1979年10月、CBSソニー)。ディラン節によるレゲー。

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Bob Dylan ‎– Man Gave Names To All The Animals


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アンテナ「エンゲスルガール」 

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by sumus2013 | 2016-08-09 21:23 | おととこゑ | Comments(0)

This land is your land

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『BOUND FOR GLORY』にはピート・シーガーの前書きがある。ざっと意訳してみる。

《ウッディの最後に作った曲のひとつは、彼が病院に入って一年後に書かれた。タイトルは「まあだだよ I Ain't Dead Yet」。医師は彼にハンチントン舞踏病だと告げた。神経システムの退化が進む病気で、治療法がない。十三年以上もわずらっていたが、彼はあきらめなかった。最後には歩くことも、しゃべることも、目の焦点を合わせることや食べることすらできなくなり、ついに彼の心臓は動きを止めた。

その知らせは私が日本にいるときに届いた。とっさに思った、「ウッディは決して死なない、彼の歌を好んで歌う人たちがいるかぎり」。ギター弾きたちの間で彼の曲はよく知られているし、なかでも非常に多くのアメリカ人に愛された曲はこれだ。

  This land is your land, this land is my land,
  From California to the New York island,
  From the redwood forest to the Gulf Stream waters,
  This land was made for you and me.

  [中略]

ある世代のソングライターたちは彼から多くを学んだ。ボブ・ディラン、トム・パスクトン、フィル・オックス、まだまだいるだろう。われわれが彼の遺灰を海に撒いたとき、私はウッディがわたしたちに向かって叫んでいるのを聞いた、「じゃあな、お前に会えてよかったよ So long, it's been good to know ya」そして「きらくにやれよ、でも本気でな! Take it easy - but take it!」》

最後のセリフは訳したような意味じゃないかもしれないが……。影響を受けた歌手にはもちろん高田渡も入れておこう。

上のCDは「THIS LAND IS YOUR LAND / THE ASCH RECORDINGS VOL.1」(Smithsonian Folkways Recordings, 1997)。二十七曲収録。高田渡の替え歌で聞き慣れたメロディもいくつかあるし、タイトル通り「THIS LAND IS YOUR LAND」のヴァージョンが三曲収められている。その解説を一部拙訳しておく。

《一九四〇年二月二三日に書かれた「ジス・ランド」はウッディのなかで最もよく知られた歌であり、合衆国で最も広く歌われた曲のひとつである。今もなお新しい賛美歌としてチャンピオンでありつづけている。》《ウッディは、ケイト・スミス Kate Smith には飽き飽きしたと言った。彼女は一九三〇年代のアメリカで最も人気の高かった歌い手で「God bless America」を歌っていた。そこでウッディはアメリカについての少し違った捉え方を試み、「God blessed America for me」という詞をそれぞれの歌の終りに付け加えたが、後に「This land was made for you and me」に置き替えた。メロディはゴスペル・ソング「When the World's on Fire」に似ており、これは「Little Darling, Pal of Mine」というポピュラー曲として知られていた。》

Kate Smith, God Bless America

The Carter Family- When The World's On Fire

The carter family - little darling pal of mine


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by sumus2013 | 2016-07-17 20:56 | おととこゑ | Comments(0)

Bound for Glory

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昨日は大変な巴里祭だった。七月十四日はウッディ・ガスリーの誕生日でもある(一九一二年)。ということは今日初めて知った(!)のだが、なぜか半月前くらいにフト思い立ってずっとWOODY GUTHRIE『BOUND FOR GLORY』(DUTTON PAPERBACK, 1968)を読んでいる。ウッディ・ガスリーの青少年期を綴った自伝(的小説?)。

本そのものはもうずっと前から持っている。表紙の絵とデザインはポール・デイビス。これが気に入って買った。初版は一九四三年、ダットン社から。ペーパーバックでもこの一九六八年版はそこそこのお値段である。

これまでも何度か読もうとトライしたのだが、これが小生程度の英語力ではなかなか難しい。最初の方でくじけてしまう。しかし今回はなんとかウッディの文体に馴れるまで読み続けられたので最後まで行けそうだ。

Thursday July 14 (Bastille Day and Woody Guthrie's Birthday)

日米開戦の直後の様子が語られているシーンがある。日本語に訳すのが面倒なので英語のままで。チャーリーという中国人の店で歌っているとき、海兵たちが入って来た。そこでウッディと相棒のシスコは即席でこんな歌を披露する。

  I woke up this morning'
  Seen what the papers said
  Yes, boys, I woke up this morning',
  Seen what the papers said
  Them Japanese had bombed Pearl Harbor
  And war had been declared

  I didn't boil myself no coffee
  I didn't boil no tea
  I didn't boil myself no coffee
  I didn't boil no tea
  I made a run for that recruitin' office
  Uncle Sam, make me room for me!

   [略]

 "Anybody know the latest news from Pearl Harbor?" I asked them.
 They all talked at the same time. "It's worse than we figured." "Japs done a lot of damage." "First I heard it was twelve hundred." "Yeah, but the say now it's closer to fifteen." "I'm just asking' one dam thing, boys, an' that's a Goddam close crack at them Jap bastards!" "Why, th' sneakin' skunk buzzards to hell, anyway, I hope to God that Uncle Sam puts me where I can do those Japs the most damage!"

日本人をやっつけろの合唱になるのだが、主人のチャーリーは「日本人いい人、友達たくさんあるあるよ」と擁護する……それにしても、やはりパールハーバーはアメリカ人を本気にさせたんだな、と実感した。

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by sumus2013 | 2016-07-15 17:19 | おととこゑ | Comments(0)