林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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カテゴリ:雲遅空想美術館( 117 )

雪舟!?!?

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やはり画廊へ自転車で向う途中、ちょいと立ち寄った古書店の店頭にこんな本が出ていた。昨日の今日で、ま、こんな偶然はよくあること。金沢弘『ブック・オブ・ブックス 日本の美術14 雪舟』(小学館、一九七六年一二月一日)。近年開催された大々的な雪舟展の図録も持っていたのだが、引越しのときに処分してしまい、ちょっと古いがちょうどいいやと買い求めた。百円。

ここには昨日の再発見とされる雪舟と同じシリーズの団扇絵が七点掲載されている。そのうちの四点を掲げる。

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これらはすべて重要文化財に指定されている。だから間違いなく雪舟だとも思えないが、まあ、雪舟と推定していいレベルには達している。このシリーズの延長に昨日の再発見の団扇絵があるわけだ。しかしこうやって較べてみると、再発見の方は構図がなってない。絵の重心が右下の岩にかかりすぎていて不安定だ(本書掲載図版では「倣牧谿山水図」がややこれに近い)。もちろん、夏珪を模写したと断り書きがあるのだから、元絵が悪いのだと言えばそれまでにしても、上の四点、とくに夏の二点(キュビスムのような構成)と較べると、よほど凡庸で落ち着きが悪い。遠景の薄い山並みも平板である。

……雪舟だって傑作ばかり描いたわけではもちろんなかろう。こういう印象批評はなんの足しにもならない。足しにはならないが、ファースト・インプレッションがばかにできないのも本当のところ。科学的に絵具なり用紙なりを分析して、少なくとも、同時代であることを証明しなければならないだろう。

雪舟にもお猿さんの絵「猿猴図屏風」(ボストン美術館)があった。下は本書より部分。

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by sumus2013 | 2017-09-21 21:06 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)

雪舟!?

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昨日たまたまこのニュースを知ってビックリした。

雪舟の幻の作品 84年ぶりに確認 山口県立美術館

ビックリしたのは「雪舟発見」ということではなく「これが雪舟? まさか」という意味で、である。「四季山水図」に似ているというのだが、小生には「四季山水図」から適当にモチーフを引き出して組み合わせ、別の絵にしたとしか思えない。そう古くない作品だろう。むろん「専門家」じゃないので大きな口はたたけないが、それにしても、あんまりじゃ……。

じつは小生もいわゆる「雪舟」を買ったことがある(下図)。雪舟という落款があるというだけで、当然こんなものが雪舟のはずはない。ただ、絵そのものはそこそこ古いかなと思ってつい買ってしまった。保存状態も悪く、とりたてて上手というわけでもないが、上の再発見の雪舟よりはよほど見所はあるかと。落款は後の時代に書き加えられたものに違いない。猿の絵というのは牧谿(猿猴図)が有名だし、長谷川等伯にも牧谿に倣った「枯木猿猴図」という秀作がある。本作は水面に移った月を取ろうとしている猿というモチーフ「猿猴捉月」であろう。東晋の仏書『僧祇律』に見える逸話だそうで、身のほどを知れという仏陀の説教だったとか。


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by sumus2013 | 2017-09-20 20:23 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)

海門穐色

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好天に恵まれれば画廊へは自転車で通う。その道筋にいつくかの古書店がある。今日はどこの店をのぞいて行こうかなどと迷ったりするのが楽しい。この古い紙は先週のある日、ある古書店で求めたもの。そのときはいつもの場所にあまり食指の動く品物がなかった。手ぶらで出るのもなあ……と思案していたら、グッドタイミングでご主人が「こんなのが入りましたけど」と十枚ほどのマクリを店の奥から出して来てくれた。いつも大した買い物もしないのに、有り難い事である。

ざっと見て五枚ほどもらうことにした。南岳と小竹の屏風はがしのような漢詩が混ざっているのは店主も分っていたようだが、それでもかなり安くしてくれた。藤沢南岳は讃岐藩に仕えたのでもちろん嬉しかったのだが、ここに紹介した小色紙というのか小詩箋というのか、縦が十六センチほど、灰褐色の用紙に書かれた漢詩に強く惹かれた。裏面に作者の略歴が貼付されてある。悲しいかな、浅学ゆえ、すぐに誰だか見当がつかなかった。

  葛湛 橋本氏名張字子琴号菴、/別号竹風楼或小園叟

今、思えばちゃんと子琴と書いてある。また表の最後の行にも港口(大阪湾か)に舟を泛かべて大物を釣る徒葛張と署名してあるではないか。すなわち混沌社の穎才、葛子琴の七言律詩であった。とにかく文字がいい。ただ几帳面なだけではなく、ある種の冴えを感じさせる。

新建懐徳堂
葛子琴刻印(子慶氏印 積善印信印)各一顆

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by sumus2013 | 2017-09-19 21:24 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)

をみなへし

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どうにかこうにか、個展の準備を終えました。明日搬入。少し大きめの作品も含めて近作を中心に旧作も少しまぜて二十点ほど並べる予定です。十二日(火)より二十四日(日)まで(十八日休み)。ぜひご来場を。初日、土日祝、最終日は必ず会場に居るつもりです。それ以外の日もそのときの都合しだいで出かけます(メールなりコメントなりをいただければ対応しますので、どうぞお気軽にお問い合わせください)。

ということで、本日は短冊箱から秋らしいものを拾い上げて掲げる。まだまだ、すらすらとは読めないので、解る所だけを検索してみると、有名な歌だった。古今集二三〇、作者は藤原時平。醍醐天皇の下で左大臣をつとめた。そのとき右大臣は菅原道真だったが、政治的に対立、道真を失脚させた。時平は三十九で歿したため道真の怨霊にたたられたとも噂された。時平は有能な改革派だったようなので怨みを買う事も多かったのかもしれない。

  をみなへし秋の風にうちなひき
    心ひとつをたれによすらむ

この短冊、紙を見るとそこそこ時代があるように思える。


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by sumus2013 | 2017-09-10 20:00 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)

TEXNH MAKPA

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『テクネ・マクラ(芸術は永し)女子美術大学歴史資料室ニュースレター』一号(二〇一〇年六月一日)〜十号(二〇一六年一〇月一日)を頂戴した。女子美は明治三十三年(一九〇〇)に設立認可を受け三十四年に開校している。創立百十年を記念して創刊されたもの。ざっと目を通して女子美の歴史がよく分った。女子美術学校というのは現在でも世界に二校しかないのだそうだ。女子美の他にはアメリカで一八四八年に女性の職業訓練のために設立された Philadelphia School of Design for Women のみ。

第六号の表紙に「女子美術学校西洋画科授業風景 大正三年(1914)頃」という写真が出ていて興味深く眺めた。

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裸体モデルを使っている。これについてはかなり前に取り上げた。

茂りたる古書分くる日の靴そろへ

『婦人画報』に出ている写真を見て黒岩比佐子さんが《写真が鮮明ではないのでよく見えないが、どうもステテコ一丁になっているらしい》と書いたのを引用しているが、実際そんな写真も「写真にみる女子美の歩み」展ちらしに掲載されている。「西洋画科の授業風景 大正3年(1914) 本郷菊坂」。たしかにステテコ一丁である。

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毎号「女子美列伝」という女子美の関係者を取り上げる記事がある。第十号ではそこに亀高文子(かめたかふみこ)が登場している。彼女も女子美出身だった。文子についても以前紹介したことがある。


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文子の肖像写真も載っている。『特別展 神戸の美術家 亀高文子とその周辺』(神戸市立小磯記念美術館、二〇〇九年)より転載されたものだが、この展覧会を見逃してしまったのが残念でならない。

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by sumus2013 | 2017-08-22 21:10 | 雲遅空想美術館 | Comments(2)

チ-ポ-ハ-のポスター展

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フランチシェク・スタロヴィエイスキイ 映画「聖ペーテルの傘」
ハンガリー、チェコスロヴァキア 1965頃


所用あって北山通方面へ出かけた。長めの待ち時間ができた。ふと思い出して、京都工芸繊維大学美術工芸資料館で開催されている「チェコ ポーランド ハンガリーのポスター展」(〜8月11日)を見た。

ポスターというのはひと目見れば分る……はずなのだが、ここに並んでいるポスターの多くはいったい何が言いたいのか、文字が読めればまた別の感想もあるのだろうが、とにかくパッと見ても意味が解らない。しかしそれらのデザインというか絵柄そのものはどれも非常に刺激的でいいなあと思うものが多かった。(ここに掲げたのはちらしから引用したので、実際にはもっと気に入った作品が他にたくさんありました)

ちらしの説明文によるとソ連の影響下にある社会主義体制では自由に芸術活動が行えなかった。そのため芸術家たちは

表現の場を求め、あるいは生活の糧を得る手段として、絵本やエディトリアルデザイン、演劇や映画、展覧会、コンサートなどの催しを告知する文化ポスターなどのグラフィックデザインの分野で活躍しました。社会主義体制下の国々では、資本主義国に見られる商業ポスターが存在せず、このような文化的なポスターなどの広告が著しく発達を遂げました。

ということである。文化ポスターなので意味不明でも不都合ではなかったのだ。いや、あるいは意味不明の方が都合がよかったのかもしれない。


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シラス・ジョーゾー 映画「ドン・ガブリエル」
ポーランド 1967


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コヴァーチ・ヴィルモシュ 映画「裸の羊飼い」
チェコスロヴァキア 1967


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マーテー・アンドラーシュ 映画「未亡人の花嫁たち」
ハンガリー 1964



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バログ・イシュトバーン 「バルトーク・ベラ記念コンサート」
ハンガリー 1966




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工芸資料館のちらしテーブル(各地の美術館その他で開催される催しのチラシをまとめて並べてある)で『ART FOR ALL 17』(トーキョー カルチャート by ビームス、二〇一七年六月三日)というフリーペーパーを手に取った。A4の紙をタテに半分に折り、それを四つに折って、裏表十六ページになるようにレイアウトしてある。裏面は開いて見る形で、デザイナー・映画監督のマイク・ミルズのインタビューおよび東京を撮った写真作品(すべて iPhone で撮影)を掲載。表面は表紙(イラスト=マイク・ミルズ)、ディスクガイド二頁、奥付一頁、そして「どうして人はアートを買うのか」第十七回というインタビューが四頁。

「どうして人はアートを買うのか」は渡紀子という人(深川にあるショップ『watari』店主)が無名の作家の絵を買うことについて語っている。文中2枚とあるのは「佐藤正實」および「Seiji F.」とサインの入っている二枚の油絵のこと。

ーー普通は誰が描いたかってわりと大事に思いますよね?
 ああ、でも感じがいいなと思って買っただけなので。有名な人の絵や版画も買ってはいるんです。柚木沙弥郎さんとか畦地梅太郎さんとか。あとセリーナ・ミトニク=ミラー。
ーーこの2枚は、いまどこに飾っていますか?
 ふたつとも自宅に。わりと静かな感じのものが好きなので、畦地さんとかもずいぶん前に買ったし、値段はぜんぜん違うけど、自分の中では同じような感じですね。家にあるものはだいたいそういう感じです。
ーーちなみにおいくらだったんですか?
 2枚で3千円でした。思ったより安かったです。でも、おまけしてくれたのかもしれません。
ーー誰のかわからないけど、調べる気もないというところをもう少しうかがいたいな。どんな人だったんだろうとか、ぜんぜん気にならない?
 気にならないです。もともと有名だから買いたいというのはないんです。

では柚木や畦地の絵を買う時はどうですか? と問われてこう渡さんは答えている。

畦地さんの絵がすごくいいなと思って買うのって、畦地さんという名前も知っているから、それを欲しいなというのがある。そうじゃなきゃ、高い値段を出して買わないですし。ただ、買う時の動機はちょっと違うかもしれないけれど、絵が自分の家に来ると同列というか、いや同列とは言えないか、まあ同じような感じになります。

小生も最近は無名人の絵を買うことがしばしばあるので(とにかく無名というだけでむやみに安い、だから贋作があふれるのだ、有名作家のサインさえあればそれなりの値段を付けられる)渡さんの意見には素直にうなずける。絵を買うって楽しいよ。

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by sumus2013 | 2017-07-31 21:16 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)

コーネルへのオマージュ展

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所用のついでに神戸で本日から開催の『百窓の半分 ジョセフ・コーネルへのオマージュ』展へ。五十人以上の参加者による箱または箱に類する作品が並んでいる。こんな展示は滅多に見られるものではないと思う。日本人だけではなく外国の人たちの作品も多く、そのテイストがさらに展示に広がりを与えている。

ギャラリーAO
https://www.yelp.co.jp/biz/ギャラリーao-神戸市

下は仕掛人の小野原さんがその出品に感激したという塩見允枝子氏の作品。岡山生れの現代音楽作曲家で一九六四年渡米しフルクサスにも参加したという女史の作品は「ビー玉の為の十四の指示」(旧作の再制作だとのこと)。指示の印刷された紙をシュレッダーにかけて(切り刻んで)小箱に収めた作品。さすがフルクサス……

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帰途、街の草へ。加納さん、元気そうだった。例によって本が店内に山積み。店頭に出ていた図録などの他に20円均一箱(文庫本の裸本ばかり)から水上勉『古河力作の生涯』(文春文庫、一九七八年)を拾う。これ読まなくちゃ、と思っていたところ。元本は平凡社刊で、日本の古本屋では案外と安くない。加納さんも「それ、最近、見ないよ」と。読めればいいので嬉しい。

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その後、二駅引き返して甲子園へ。みどり文庫さん。こちらも頑張っておられる様子、何より。

ツレヅレナルママニ(みどり文庫)


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by sumus2013 | 2017-07-15 21:05 | 雲遅空想美術館 | Comments(4)

北野恒富展

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2017年8月5日〜9月18日

島根県立石見美術館
http://www.grandtoit.jp/museum/



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2017年6月6日〜7月17日
あべのハルカス美術館


あべのハルカスの大阪芸術大学スカイキャンパスで開催された「大正イマジュリィ学会40回ジンポジウム 大正イマジュリィをもとめてII 北野恒富とその芸術ーー本画、ポスター、挿絵、そして大阪」(七月九日)を聴講した。なかなか興味深い発表ばかりで参考になった。とくに岩絵具についての荒井経氏のお話は絵具や描画法からの図像分析で非常に面白く感じた。

むろん北野恒富の作品展示もじっくり見てきた。やはり腕の立つ絵描きである(滋賀県美外で十数年前に回顧展があったが、大阪での大回顧展は初めて)。単なる美人画家、いや単なる絵師というよりも東西の美術事情・デザイン潮流に敏感な綜合的美術家と見るべき逸材である。ライバルだった鏑木清方よりもよほど幅広いレパートリーを持つ。たぶんあまりに器用なのでかえって歿後の評価が上がらなかったのかもしれない。しかし今後は大阪画壇だけでなく日本近代美術史を語る上では決して欠かせない画家・デザイナーの一人として認識されるはずである。必見の展覧会であろう。

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by sumus2013 | 2017-07-12 16:24 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)

超強力マグネット

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以前紹介したように、今井雅洋氏からコンクリートピンを利用した展示方法を御教示いただいた。

コンクリートピン

今回はそのヴァリエーションで、超強力マグネットを使って高さを調節するという方法をその道具とともに今井氏より頂戴した(上京時に頂戴していたのだが、紹介が遅くなりました)。

まずパネルに画鋲を刺す。そしてその上に超強力マグネットを置く。二つ三つと重ねることで高さを調節できるのがミソ。その上に作品などのシートを置いて、

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(以上2点は今井氏撮影)


その上からいちばん小さな超強力マグネットで押さえる。パネルも安いものでいいし、アクリルなどの絵具で色を塗るとさらにいい(上の写真のように)。ピンや磁石は百円均一の店で手に入る。

ということで早速その方法でメイプルソープの案内状(先日の誉田屋源兵衛竹院の間での展示を飾ってみた。いい感じ。シートがしっかりしていればある程度の大きさでも留められるように思う。むろん隙間を作らず、直に押さえるならポスターほどのサイズでも展示できるだろう。いずれ個展などの折りに用いてみたい。

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by sumus2013 | 2017-05-26 20:26 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)

ウィンスロップ・コレクション

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『ウィンスロップ・コレクション フォッグ美術館所蔵19世紀イギリス・フランス絵画』展図録(国立西洋美術館、二〇〇二年)を取り出す。先日のビアズレー体験から思い出した。たしかビアズレーのコレクションがこのなかに含まれていたはずと思ったら、まさに正解。ビアズリーはワイルドの『サロメ』のために十九点の素描を制作したそうで、そのなかの十四点が一八九四年の英語版に収録された。フォッグ美術館にはそのうちの十点が収蔵されており、この展覧会には全十点が出品された(ビアズリーの素描は計三十三点所蔵とのこと)。来歴を見ると、版元のジョン・レーンから画商のスコット・アンド・フォウルズを通してウィンスロップは一九二七年にそれらを購入している(フォッグに寄贈されたのは一九四三年)。かなり早い時期である。

アメリカでは20世紀最初の数十年間に美術品収集への関心がかなり高まっていたにもかかわらず、素描を収集するとなるとウィンスロップが収集を始めた当初は、まだ試みるものも少なく、その価値は認められていなかった。》《一方ウィンスロップと彼より少し後から収集を始めたフォッグ美術館のポール・サックスは、紙の作品の意義を認めて、コレクション形成に努めたという点においてパイオニアであった。》(ウォロホジアン「美を求める眼」より)

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本書に掲載されているステファン・ウォロホジアンによるウィンスロップの伝記「美を求める眼:グレンヴィル・ウィンスロップとそのコーロッパ美術コレクション」がなかなかに興味深い。めぼしい記述だけ拾って紹介しておきたい。

グレンヴィル・ウィンスロップは一八六四年に《特権階級の家に2番目の子供として生まれた》。父ロバート・ウィンスロップは銀行家、母はニューヨークで最も裕福な財界人でシティ・バンクの社長でもあったモーゼス・テイラーの娘ケイト。一八八二年にケイトはモーゼスの莫大な遺産の五分の一を相続したという。

ウィンスロップは家族のほとんどがそうであったようにハーヴァードへ進学。ハーヴァードで最初の美術の教授チャールズ・エリオット・ノートン(1827-1908)の講義にウィンスロップはこの上ない喜びを見出したという。《ラスキンがそうであったように、ノートンは美術研究を美の本質に向う深遠な探求として理解していた》。

「美は善よりもすぐれている。なぜならばそれは善を含んでいるからである」

こんなノートン言葉(ノートニズム:ノートン主義)がウィンスロップのノートにはビッシリ書き込まれている。ハーヴァードで最後の学期にヴェネチア美術のクラスでバーナード・ベレンソンと出会う。

一八九二年、ウィンスロップは結婚し、法律事務所を設立するも失敗に終り、一八九六年には引退してしまう。三十二歳。ところが結婚生活もうまく行かず、一九〇〇年に妻は自殺。二人の娘が残された。ウィンスロップは彼女たちを厳しく育てた(後に二人して父の家から駆け落ち逃亡)。この頃から美術の世界へ目を向け始める。

孤独な生活を続けているなかでバーナード・ベレンソンと再会、ベレンソンの指導を受けながらウィンスロップはイタリア・ルネサンス美術の収集を始める(ベレンソンから約十二点の絵画を購入)。そのかたわらアジア美術の収集にも乗り出す。《現在でも、古代中国の玉[ぎょく]と青銅器においては、ほかのどのコレクターのコレクションもこれに匹敵するものはない。

一九〇二年、マサチューセッツ州に大きな屋敷を購入。ノートンの姉の息子で近所に住んでいたフランシス・ブラードと親しくなる。彼の影響でターナーに興味を持ち、ターナーの版画を四〇〇点以上集めた。ブラードは《版画の収集において、版の質にこだわった最初のアメリカ人コレクター》と称されている。ブラードによりウィンスロップはイギリスの美術運動に関心を向けるようになりウォルター・ペイターの著作に親しんだ。ウィンスロップが美術について最も頻繁に引用している言葉はペイターの「すべての美術はつねに音楽の状態をめざす」(『ルネサンス史研究』の「ジョルジョーネ派」より)だった。ブラードは一九一三年に若くして歿した。

一九一四年、マーティン・バーンバウムと出会った。当時彼はベルリン・フォトグラフィック・カンパニーの社長をしていた。写真集や美術本を出版する会社である。その後アーティストたちとの交流を利用して作品を借り出して展覧会を企画するようになり、また上述の画商スコット・アンド・フォウルズと組んで仕事をした。その時期にウィンスロップと知り合ったようである。二人は急速に親しくなり、バーンバウムはヨーロッパでの美術品購入を一任される。

バーンバウムは彼が見つけた美術品に関する批評を添えた、膨大な数の手紙を送り、さらに作品を重要度や価格によってランク付けした詳しいリストを提示した。ウィンスロップの方はというと、番号や略号によって購入の意志を伝えるだけだった。「それを買いなさい」という文字は、ウィンスロップがロダンの見事なマリアナ・ラッセルのブロンズ像を取得するのに、唯一必要となったやりとりである。

「それを買いなさい」は「Buy one」である(掲載図版による)。バーンバウムはオークションや格式のある画廊から買うことはほとんどなかった。これと目当てを付けると《作品を得るためには、あらゆる戦術を試した》。複製と交換するなどという荒技もやったらしい。

バーンバウムが美術品を入手するときに最も成功した方法のひとつは、手放したがらない相続人やコレクターに対して、彼らの宝物は将来的に転売されることなく美術館に寄贈されるのだと保証することであった。この方法は、とくに芸術家の直接の相続人たちに効果があった。

二人は主要な何人かの作家の作品で大きなまとまりを作るという方法を取った。アングルやモロー、ラファエル前派、ウィリアム・ブレイク、そしてビアズリーなどの作品群である。

1927年、彼はイースト81丁目15番地に自分のコレクションのための新しい家を建設した。そこには彼自身の寝室と、彼の兄弟のための客間があった。この家を訪れた人は、部屋から部屋へとマニアックに並べられた美術品の数々と出会い、それはまるで象徴主義者が見る夢のようであった。

これらの空間はウィンスロップの私的な世界であり、そこにある美術品は彼の情熱のあらわれであった。ウィンスロップは細心の注意と配慮をはらい、ひとつひとつの美術品を飽くことなくつねに完璧な手書き文字で筆記し、目録化した。その目録はファイル・カード15冊にものぼり、それぞれの美術品の価格は日記に記録された。

最終的にそのコレクションはハーヴァード大学のフォッグ美術館へすべて無条件で寄贈されることになる。

コレクションもまた創作であるとはよく言われるが、やはりこのくらいのレベルじゃないと、説得力はないねえ……。

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by sumus2013 | 2017-05-19 21:30 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)