林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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gui 112, 左庭38

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森原智子さんよりいただいた平成十年二月十三日付けの葉書。森原さんのことはあまりよく存じ上げなかったが、この時期には雑誌のやり取りをしてこうした礼状などを何通か頂戴している。また一度だけだが、京都へ来られた折りに連絡があり、萩原健次郎さんの事務所を一緒に訪ねた。錦の商店街の漬物屋の脇を奥へ入ったところだった。当時お二人はともに『gui』の同人である。

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届いた『gui』112号(ドゥカム、二〇一七年一二月一日)をめくっていると森原さんのお名前が目に入ったので、なつかしくなって上の絵葉書を取り出してみた。奥成繁さんの「下町のボクシング・ジムにguiがあった。」に「船木仁のこと」として次のように書かれている。

「ギャラリー ときの忘れもの」の美術商が、ブログで船木さんとの出会いと感謝を述べられ、「遺稿詩集『一本の虫歯のための道具』の巻末に奥様の森原智子さんが詩人らしい簡潔な筆致でご主人の生涯を書かれています。」とある。奇跡のような機会なので全文を引用する。

全文は下記より。

船木仁『風景を撫でている男の後姿がみえる』

船木仁は『gui』の創刊同人で、森原さんは船木夫人だったわけである。知らなかった。

ぼくは一、二度は船木氏にお目にかかったのだろうか。記憶が不鮮明。遅れて同人になった森原さんは、例会やイベントに熱心に参加された。居酒屋ではなく、珈琲や紅茶での例会を、兄に直訴していた。ネットの情報では二〇〇三年に亡くなっている。

船木仁遺稿詩集『一本の虫歯のための道具』(あざみ書房、一九八八年一一月一八日)の発行人は藤富保男である。その藤富氏が亡くなられたということが、本号の巻末に記されている。

冥途への道は坂道で 舗装していないンだ[ンは小文字]

そんな呟きも遺して九月一日午前八時十二分 藤富保男は永眠いたしました。

この葉書が、高橋肇、四釜裕子、奥成繁の家に配達されたのは、九月十二日の午後でした。訃報記事が朝日新聞に掲載されたのは九月十七日の朝刊。
 ご冥福を心よりお祈り申し上げます。合掌
                  gui一同

そしてその数日前にいただいていた『左庭』38号(山口賀代子、二〇一七年一二月一五日)の後記にあたる「つれづれ」には、やはり藤富保男の訃音についてと、藤富氏との手紙のやりとりが紹介されている。

藤富さんとは「左庭」をお送りしたころ「左庭はエリック・サテのサテ?」というお手紙を頂戴し、「そうです」とお返事すると、「サテイ…ちょっと詳しいのだけれど」というようなやりとりの後、次のようなお返事を書いたことを覚えています。

藤富保男様
 サテイのお墓へ行かれたとは…何とも羨ましいこととおもいつつ、お手紙嬉しく読ませていただきました。
 ご著書「エリック・サテイ詩集」…実は、手持ちではなかったので、ダメもとで思潮社営業部様に問い合せたところ、小田啓之様から「カバーがすこしいたんでいるけれど在庫がありますが、どうしましょう」とお返事をいただき、もちろん、即、購入の意志を伝えましたところ、本日、無事届きました。なんともしあわせは春のはじまりです。

サティの墓はパリ南郊、アルクイユの墓地にある。サティの掃苔……これまで全く思い浮かばなかった。もし次の機会があれば、アルクイユを訪ねるのもいいなと思った次第です。


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La tombe en 1994




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by sumus2013 | 2017-12-10 20:30 | おすすめ本棚 | Comments(2)
Commented by 岩田和彦 at 2017-12-13 08:52 x
そうでしたか、森原さんと一度お会いされているのてますね。私はすれ違いで、残念ながら間に合いませんでした。船木氏とご夫婦だったは、私も知りませんでした。
藤富さんの逝去、我が父と同じ昭和三年生まれ、男性にしては少しだけ長生きだったかも知れませんが、やはり残念な事であります。
Commented by sumus2013 at 2017-12-13 17:39
当時は何も知りませんでした。もっとお話しがしたかったなと思わせる女性でした。
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