林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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はしだのりひこさん

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「ザ・フォーク・クルセダーズ ゴールデン・ベスト」(東芝EMI, 2004)。数ヶ月前に買ってひさしぶりに「帰ってきたヨッパライ」など青春、いや、まだ小学生だったけど、の思い出にひたった。この曲が発表された年末(一九六七)、小生はある手術のため病院で年越しをした。誰もいない夜の病院、ラジオから流れる「帰ってきたヨッパライ」が、コミックソングのはずなのに、なぜかひどく幼い心に沁みたことを憶えている。

はしだのりひこさん、72歳で死去 「悲しくてやりきれない」などのヒット曲

「ザ・フォーク・クルセダーズ ゴールデン・ベスト」にははしださんの曲は一曲だけ。「何のために」(作曲:端田宣彦)。「悲しくてやりきれない」は加藤和彦の曲である。フォークルという意味では間違いではないけれど、誤解を与えかねない見出しである。フォークルを離れてからの大ヒット、「風」(一九六九)か「花嫁」(一九七一)にすべきだろう。

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じつは娘さんの端田新菜さんと愚息は小学校で同じクラスだった。一九八一年から京都にまる四年ほど住んでいた時期のこと。誕生日会にも呼ばれるほど仲がよかったらしい(クラスの男の子で呼ばれたのは愚息だけだったそうだ)。その愚息が、土曜日の夕方、数時間行方不明になるという事件があって、そのときにはクラスの役員をしておられた端田さんにも大変お世話になった。直違橋通りに面したご自宅をお訪ねしたことを思い出す。ご冥福をお祈りしたい。

息子のクラスメートのお父さんだったはしだのりひこさん

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by sumus2013 | 2017-12-03 16:29 | おととこゑ | Comments(4)
Commented by chara050505 at 2017-12-03 18:05
直違橋を〈すじかいばし〉と読めるのは伏見生まれだからでしょうか。弥栄会館でのフォークル解散コンサート(1968年10月)には行きました。経歴を見ると私の姉と同年、同大学。そういえばその姉が30年程前に深草の国立病院のタクシー乗り場で、はしだ氏と遭遇して途中まで相乗りしたとかいう話をしていたのを思い出したりしています。
Commented by k.imamura at 2017-12-03 23:12 x
そのようなつながりがお有りだったのですか。
フォークルはわたしの青春時代と重なります。
「帰ってきた…」も苦労してレコードを入手したことを思い出しました。
Commented by sumus2013 at 2017-12-04 12:02
charaさま、なんと、伏見のご出身ですか! たしかに、ふつうは読めませんよねえ「すじかいばし」。二十代の後半を過ごしたなつかしい土地です。
Commented by sumus2013 at 2017-12-04 12:10
imamuraさま、何かまったく新しい音楽が生まれたような感じがしました。
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