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博士の本棚小川洋子の書評を中心としたエッセイ集『博士の本棚』(新潮社、二〇〇七年七月二五日)。上手なエッセイを書く小説家だ。いろいろ参考になる意見がちりばめられている。例えば、村上春樹と柴田元幸の対談『翻訳夜話』(文藝春秋、二〇〇〇年)を評したくだりで次のように書いている。 《カーヴァーの『COLLECTORS』とオースターの『オーギー・レンのクリスマス・ストーリー』を、お二人がそれぞれに訳した章は、大きな手掛かりを与えてくれる。同じ小説の二種類の訳を読むと、いかに翻訳者が注意深く自己の息をひそませ、作者の声に耳を澄ませているかが伝わってくる。当然、言葉の選択やつながり、文章の切り返しは違っているのに、決して揺らぐことのない、あらゆる差異にも損なわれることのない共通の響き、つまりはうねりが存在しているのである。》(「翻訳者は妖精だ」初出『波』二〇〇〇年一二月号) 翻訳は可能か? という永年の疑問に対するひとつの答えになり得るかもしれない。また、それは小川自身のフランス語の翻訳者に対して感じた印象につながる。村上春樹の発言から「親密で個人的なトンネル」を引きながらこう書く。 《フランス人翻訳者との間に通じた温かみは、たぶんこのトンネルを伝ってきたに違いない。トンネルを堀り、物語を探索した向こう側に、書き手である私がいる。私たちは誰にも邪魔できない、二人だけの秘密の通路を共有し合うことになる。》 小川の翻訳に当っているのはローズ・マリー・マキノという女性である。二〇〇〇年の六月、小川はパリの版元アクト・シュッドを訪れたとき彼女との間に《同じ作品を共有する書き手同士である》ことを感じた。これが良き翻訳のカギなのである。 ACTES SUD は先日触れた吉村昭の『La jeune fille suppliciée sur une étagère(少女架刑)』(ACTES SUD, 2002)の版元でもあり、フランスの文学系出版社のなかでは目立った存在。小川はパリのサンジェルマン・デプレ教会の近くにある編集室を訪れてこういう感想を持った。 《静かな建物だった。緑の美しい中庭に面した部屋は、どこも本や印刷物が無造作に積み上げられ、壁には雑誌の切り抜きがペタペタと貼られていた。ものを作り出そうとする活気と、文学に対する思索的な雰囲気の、両方にあふれた空間だった。 仏訳が出版されるたび本を送ってもらい、書評が出ればどんな小さな記事でもコピーを送ってもらい、ACTES SUD とはもう馴染みになっているつもりでいた。ただ日本にいる間は、自分の作品が遠いフランスで本になっているという実感を、どうしても持てなかった。ところが、編集室に一歩足を踏み入れた途端、リアルな安堵感を覚えた。テーブルの端に置き忘れたコーヒーの紙コップや、電気スタンドの笠にクリップで留めた黄色いメモ用紙や、そんな何気ない一つ一つが、私の小説のために人々が真摯に働いてくれている、証拠のように思えた。》(「パリの五日間」初出は『群像』二〇〇〇年九月号) これも共感ということなのであろう。ただ、デプレ教会の近くにアクト・シュッドなんかあったっけ? と思って、今、調べてみると、パリ編集部(本拠地は南仏のアルル)は同じ六区ながらセギュイエ通り(18, rue Séguier)へ移転しているようだ。 「続・喫茶店の時代」に入れたい回想もある。早稲田大学第一文学部文芸専修に入ったころ。 《大学に進んですぐ、文芸関係のサークルに入り、週に一度読書会を開くようになった。その第一回目のテキストが『死者の奢り』だった。高田馬場のルノアールで、七、八人がそれぞれに新潮文庫を持ち、小さな声でも聞き取れるようできるだけ身体を近づけ合って、三時間近く議論した。》 《新入生としての緊張と、ルノアールの柔らかすぎる椅子のせいで疲れきり、わたしは早く終わらないかとそればかり考えていた。ようやくお開きになる雰囲気が見え始めた時、先輩の女子学生がつぶやいた。 「わたしはもっと、徒労感にこだわりたいのよね。」 そこからまた延々と読書会は続いていった。おしまいには、文庫本は表紙が汗で反り返っていた。》 う〜む、ルノアールも迷惑だったろうなあ……。
by sumus2013
| 2017-10-10 20:49
| 古書日録
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