林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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河口から III

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『河口から』III(季村敏夫、二〇一七年九月一五日)。本号は発売=澪標となってバーコードも付いている(463円+税)。

「澪標」本を、もっと楽しもう。

素描………倉本修
おくりびと………山崎佳代子
光景………季村敏夫
宗教ナル者アリテ………水田恭平
事柄の無垢について………季村敏夫
この夏のこと………季村敏夫

水田恭平宗教ナル者アリテーー岩成達也・瀬尾育生『詩その他をめぐる対話』をめぐって」につぎのようなくだりがあって興味深く読んだ。

瀬尾は、明治期の「プロシャの一神教、プロテスタント国家の一神教を輸入して」作り上げた日本の近代国家の形成を「模型作り」に喩え、そこで演出された疑似的超越性すらが戦後の「天皇人間宣言」によって否定され、「いっさいの超越性が瓦解させられた」とする。この構図に対して、岩は「天皇超越論に全員が納得していたわけではないはず」と短い異議をはさんでいる。

天皇超越論に全員が納得していたわけではないはず……これはほとんど誰も納得していなかった、いや無関心だったと言うべきではないか。だからこそ「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」などという文言が書かれる必要があったのだろう。

伊藤博文は新生ドイツ帝国とオーストリアに赴き、そこの第一線の憲法学者たちから近代的憲政システムについての講義を受けつつ、それを咀嚼し、日本に何が導入可能か、を思索する。その結果が明治二十一年、枢密院議長として伊藤博文が議員たちにした説明のなかに伺える。それは、「プロシャの一神教、プロテスタント国家の一神教を輸入して」(瀬尾)ということに関わる。
 明治憲法が打ち出す天皇制の構想は、天皇を明治憲法の冒頭に置くことで憲法の制約を受けることを表しつつ、しかし、「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」と憲法の枠外に置くというアクロバティックなものである。

伊藤はドイツ帝国では宗教が機軸になっているが、日本にはその機軸たるものが現存しないと考え、

ここから、「我国ニ在テ機軸トスヘキハ、独リ皇室アルノミ」として、皇室=天皇を「機軸」へと演出するという憲政システムが構想された。

この伊藤の「宗教的ナル者」の把握の仕方に、近代天皇制が主張する「超越的なもの」の擬似的性格はすでに刻印されていた、と私は思う。

要するに明治憲法の矛盾は伊藤博文も重々承知して、革命を経たフランスではなく、ドイツ帝国による教会統制のための手法に倣った、というわけである。それがいかなる道へ日本を導いたかは周知の通り。

比較する意味で、明治憲法公布から十四年後、明治三十六年の『平民新聞』創刊の言葉を掲げる(『古河力作の生涯』より)。

一 自由平等博愛は人生世に在る所以の三大要義也
一 吾人は人類の自由を完からしめんが為に平民主義を支持す。
  [下略;身分と財産と男女差別の打破]
一 吾人は人類をして平等の福利を受けしめんが為に社会主義を主張す。
  [略;生産配分]
一 吾人は人類をして博愛の道を尽さしめんが為に平和主義を唱導す。
  [略;戦争の禁絶]

日露戦争前夜のこと。この理想が、今日に至っても、成し遂げられる気配は見られない。

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by sumus2013 | 2017-09-18 21:02 | おすすめ本棚 | Comments(0)
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