林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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習字手本

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『小学下等第七級 習字手本 楷書之部上』(京都府翻刻、京都書籍会社 大黒屋太郎右衛門)。刊行年は不詳。
上の写真では表紙が取れているように見えるが、おそらくこれが表紙だったと思われる。大きい朱印は「京都府学教課」、右下の朱印は「弐銭……(不明)」だから値段である

明治初期は小学校を上下に分けて、上等は十歳から十三歳、下等は六歳から九歳、在学八年としていたようだ。その時期の習字の教科書である。習字、読書、暗誦、算術の四科目がそれぞれ一級から八級まであり、「習字」では片仮名・平仮名・数字(八級)から始めて行書の日用文(一級)までを修学することになっていた。


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大黒屋太郎右衛門は今井
太郎右衛門(文政七,1824〜明治十,1877)。長門生まれ、本姓は井関、京都の今井家に入り長州藩御用達の大黒屋を継いで尊攘派を支援した。吉田松陰から強い影響を受けた。維新後、書籍業に進出、明治五年に福沢諭吉、植村正直、村上勘兵衛らと集書会社を設立し京都集書院(京都府立図書館の淵源)の運営に関わった。(コトバンク他)

「集書会社基本」

大黒屋の出版物は以下の通り(国会図書館蔵)。共同出版のみ全社の名を挙げた。

◉府縣名 1872
◉京都學校の記 福沢諭吉 1872
◉山城郡村名 1872
◉中学開業祝詞 1873
◉諸國郡名 1873
◉亰都療病院日講録 1873
◉小學下等第一級受取諸券 平井義直 1874
◉十二学要論 初篇 : 天文学 卷之1 卷之2
 ブーテーズ・モンウェル [著],原田千之介 訳 1874
◉習字帖 小學下等第1・3~7級 平井義直 1875
◉千字文 平井義直 1875
◉精神病約説 (英國)顯理貌徳斯禮撰,神戸文哉
 大黒屋太郎右衞門/丸屋善吉/丸屋善藏/島村利助/丸屋善七 1876
◉養生訓蒙 神戸文哉
 若林茂助/大黒屋太郎右衞門 1878
◉千字文備考 平井義直 編 1879
◉伏見區町名 1880
◉苗字抄 苅谷保敏 1882
◉小學物理啓蒙 巻中 田中竹次郎
 大黒屋太郎右衛門/大黒屋書舗(発売) 1883
◉食経倶瑳口授篇 : 小学修身 巻の6 青山正義 編 1884
◉山城地理誌 水茎玉菜 1884
◉小学初等科日用事項 : 一名小学生徒訓 完 田中竹次郎 編 1884
◉心性開発小学地理問題集 青山正義 編 1887
◉京都療病院新聞


次いで『小学下等第七級 習字手本 方位干支七曜名之部』(京都府蔵版、京都書籍会社 大黒屋太郎右衛門、一八八〇年六月二一日)。明治十三年、こちらはちゃんとした表紙が付いており、本文最後の頁に平井義直筆》とある。平井は春江と号し書家で教育家。英学者でアメリカにおける仏教紹介者として知られる平井金三(きんざ、1859-1916)の父。

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河原町通り二条下ル二丁目はどのあたりだろう。長州藩邸は京都ホテルオークラ(河原町通り御池の東北角)の場所だったから旧藩邸の一部だったか(?)。値段の朱印は「弐銭二厘」と読める。

読者の方より御教示いただきました。樋口摩彌氏の論文「明治前期の情報通信をめぐる「近代都市京都」の形成〜三条通の新聞社と洋館建築より〜」に明治二十一年の地図が出ており、そこに「今井大屋太郎右衛門」の所在地が明示されている。それによれば河原町通り沿い、京都ホテルの南方にある聖ザビエル天主堂の真向かい(ということは現在のキクオ書店のあたり?)である。当時はまだ御池通は寺町通から河原町通まで真直ぐ突き抜けていない(むろん拡幅もされていない)。

三条通の新聞社と洋館建築より



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by sumus2013 | 2017-05-16 21:15 | 関西の出版社 | Comments(0)
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