林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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野田宇太郎

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『開館10周年記念 野田宇太郎 散歩の愉しみーー〈パンの会〉から文学散歩まで』図録(町田市民文学館、二〇一七年一月二一日、表紙=北谷しげひさ画「野田宇太郎肖像」)。これもまた頂き物。深謝のほかない。

もちろん角川文庫の『新東京文学散歩』や雑誌『文学散歩』は知っていたが、その他の著作や事蹟についてはほとんど無知だった。本書はたいへん分りやすい「野田宇太郎」の人物見取り図になっている。略歴から小生の興味を引く事柄だけを引き写しておく。

明治四十二年(一九〇九)十月二十八日、福岡県生まれ。昭和四年に第一早稲田高等学院英文科に入学するも病のため学業を断念。帰郷して療養生活に入る。丸山豊らと同人誌を発行し、詩集を次々に刊行。久留米市役所に職を得たが、昭和十五年、小山久二郎に見込まれて小山書店に入社、編集者としての人生を始める。下村湖人『次郎物語』を企画してベストセラーを生む。昭和十八年、第一書房へ入社。雑誌『新文化』を編集。昭和十九年、河出書房へ入社。堀口大學訳『闘ふ操縦士』を担当、雑誌『文藝』の責任編集者となる。木下杢太郎を知る。昭和二十一年、東京出版に入社。出版編集の責任者となる。『芸林閒歩』創刊。二十二年退社。詩作と近代文学研究の生活に入る。二十五年「文学散歩」を開始。二十七年、著書『新東京文学散歩』(増訂版、角川文庫)がベストセラーとなる。二十九年十月、第二次『芸林閒歩』創刊(〜三十年三月)。三十六年『文学散歩』創刊(〜四十一年)。三十七年、日本近代文学館の設立発起人。名著複刻に尽力。博物館明治村の設立に携わる。文学者の旧居移築に尽力。四十四年、文芸誌『人間連邦』創刊。四十五年『明治村通信』の編集を担当。四十八年『方寸』復刻。昭和五十九年七月二十日心筋梗塞のため死去。享年七十四。

派手さはないかもしれないが(そこそこ派手か)、いくつもベストセラーを手がけ「文学散歩」という概念を打ち立てたことは編集者として著述家としての非凡さを証明していよう。谷中安規や谷口吉郎と親しかったというのだからその美術に対するすぐれた趣味を想像するに足る。巻頭に山田俊幸氏が「野田宇太郎・詩人散歩者の思考」で以下のようなエピソードを披露しているのもなるほどと頷ける。

戦争末期から戦後にかけての河出書房。そこでの野田の編集者としての姿勢もぶれない。戦時中に野田は、三島由紀夫の原稿売り込みに出会っている。三島由紀夫は詩人を自認していた。だが、詩人野田の感性とは合わなかった。売り込みは編集者として容認するが、その不愉快さは物書きとしての三島由紀夫を否定する。野田はその時期に河出書房の雑誌の協力者でもあった川端康成に三島を紹介し、以後、交流を絶つ。三島は川端の推薦で有名作家になっていく。

これが「見識」というものであろう。

本書に資生堂パーラーの挿絵(織田一麿)を見つけた。『新東京文学散歩』の挿絵のひとつだが、これは見逃していた。【喫茶店の時代】

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by sumus2013 | 2017-03-25 20:53 | もよおしいろいろ | Comments(2)
Commented by 中嶋康博 at 2017-03-27 18:13 x
詩人としては九州で刊行された『北の部屋』(精巧な復刻あり)や『音楽』等、初期の詩集に魅力を感じますが、後年成城大学でも講師を務められ、田中克己日記の昭和32年、34年にしばしば出て参ります。明治村の設立に携はってをられたのですね。
Commented by sumus2013 at 2017-03-27 20:07
『北の部屋』復刻版の書影はこの図録にも収められています。文字だけのすっきりした装幀ですね。それ以外の詩集は『旅愁』だけ収録されています。福岡県小郡市に野田宇太郎文学資料館があるそうです。
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