林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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安井巳之吉

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安井巳之吉(やすいみのきち)「自画像」(個人蔵)。『劉生と京都』図録より。経歴を引用しておく。

《一九〇五(明治三十八)年に、現在の石川県小松市打越町で生まれました。生家は造り酒屋で、石川県立工業学校図案科を卒業後、地元での洋画研究ののち、京都に居た劉生に弟子入りを希望、劉生から「鯛を二尾描いてみよ」との課題を出されたのち、入門を許されたようです。》(篠雅廣)

後に古市家に入り古市巳之吉と名乗る。その長男古市俊郎氏のもとに日記や作品、写真などが保存されていた。

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巳之吉は後列左から二番目。書生の山岸青年は後列右端。


巳之吉日記より、まずは書店、古本屋などの記述を拾ってみる。

大正十四年

八月二十二日《町へ出て材料を求めやうとしたが之とていゝものもなし、書店で女性雑誌を見る、買ひたく思った改造も欲しく思ひたり、今日は一日読書で過した ドストフエスキー[ママ]著の罪と罰だ、仲々しっかりした頭脳を持って居た人と思ふ、仲々の大作だ》

九月七日《今日家の用事で町に出た、書店をのぞいてアトリエ、不二、雑誌を見る、武者さんの六号雑誌をひろい読みして見たが面白いことが書いてあった》

九月二十一日《午後骨董屋、古本屋に遊ぶいゝもの一ッとしてなし、仲々歩む、とある、本屋にて古き絵本を求む、安いから買っておいた、銀壺堂で高光氏に合う

九月二十八日《朝早く岸田へ行く》《相変らず朝起きのおそい家だ、先生今東京だと言ふ、山岸君と二階にて先生のビワの静物を見る、まだ出来上がりでないと言ふ、面白い色彩だ、八号の画布に描かれたものだ、村田氏見ゆ、山岸兄と二人で、町を散歩に出る、古本屋を見たりした、美術倶楽部で多くの古本等を見る、大して欲しいと思ふものもなかった、京極、四條通り、丸山公園を通って帰った、ちょうど土屋さんが見えてゐた、まだ若い人らしい、先生の唐画等山岸兄と出して見せる、熱心にみてゐた、久しぶりで見えたので大へんよかった、晩に麗子が活動写真をやった小さいので、動く音がはげしいが、可愛ものだ

活動写真…これはパテーベビーのことだろうか。劉生宅にもあったわけだ。

十月十四日《二人で古本屋を見る、十竹斎のものを大そう欲しがり、いゝものだと言ってゐた。大分歩いた。幸いにいゝ写真版(絵巻物と思ふ)を手にいれたのでうれしい。動物園前にて別れその足で岸田方へ行く、先生留守なり、市野のこと山岸兄に話す》

十月十六日《午後市野君のところへ行く、二人で岸田方へ出かけた先生在宅。先生あまり軸物は見せてくれなかった、五六冊の本を見せたり、自分が行ったのを幸ひ先生日本画を描くと言ふ、下村氏見えたり久ぶりで合ひ、今度訪問することにした松田とか言ふ客人あり佐竹さんも、見えたり、先生達腕をふるひ、今日の間に十三枚の小品が出来た皆仲々いゝものばかりである》

昨日取り上げた巳之吉の父親へ宛てた手紙ことも出ている。大正十五年。

三月三十日《先生から手紙が来てゐると父が言ふ。》《手紙を見るに、奥さんは産のため入院中、書生は初めての人で、先生が都合が悪いため余に来てくれと言ふのであった、自分は今日はどうすると定まらず、明日は何を描かうと思ふ。》

「書生は初めての人」とあるのは帰国した山岸の代わりに犬養という青年が来ていたことを指すようだ。手紙にはそうは書かれていないけれど。

四月一日《京都から帰って画室を飾ったが、まもなく先生方へ出かけねばならないことになったのだ。しかし鎌倉の先生方へ行けることは喜だ、こんな仕幸せを二度とはないと思ふ。先生の絵は見れるし、いゝ風景の場所も描けるのだ》

そして四月三日、鎌倉に到着。巳之吉はふたたび岸田家の面々と再会して幸せを感じ、男児の誕生を喜び、鎌倉の風景も気に入った様子で《鎌倉に来て見ると大そう静かです、何だか永住して見たい、気である》と国の友達に手紙を書いている。

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by sumus2013 | 2017-02-13 21:30 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)
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