林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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劉生と京都

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『京都市美術館開館70周年記念特別企画展 劉生と京都 「内なる美」を求めて』(京都市美術館、二〇〇三年一〇月)図録。つい最近求めた。なぜかこの展覧会を見逃している。図録を眺めながら残念だなと思った。というのは劉生の弟子だった安井巳之吉の絵に興味を抱いたからだ。岸田劉生の絵日記はよく知られているし活字にもなっている。それとは別に京都時代の劉生の身近にいた安井巳之吉もかなり詳しい日記を残しているのである。本書に収録されている巳之吉日記はすこぶる面白い。絵に対する真面目な取り組みにも感心させられるし巳之吉がほぼ毎日のように劉生宅に出入している様子は貴重この上ない。劉生夫人や麗子とも仲良しで信頼されていた。劉生宅に泊まり込むこともしばしばだった。また劉生が日本画を描くときなどには書生だった山岸信一とともに絵具を溶くなどの手伝いをしていたようだ。

巳之吉日記は別に紹介するとして、京都から鎌倉へ引き上げた岸田劉生が巳之吉の父安井三郎右衛門(石川県能美郡打越=現・小松市打越)に宛てた書簡が資料として掲載されているので、まずそちらを読み解いてみたい。というのは、一応、読み下しの文が付されているのだが、それがどうも頼りにならないのである。七十周年記念の図録としてはいささか問題ありなのだ。ただし小生の読解力も例によって心もとなく何箇所か読めないところがある。読めたつもりのところも正確かどうか。御教示いただければ難有。

大正十五年三月二十八日付。年譜によれば鎌倉に戻って(すなわち巳之吉と別れて)二週間ほど。手紙にもあるようにこの日、長男鶴之助が生まれている。ごく簡単に言えば、こんなてんやわんやなときに書生(山岸)まで国に帰ってしまって困っている、何とか一時的にでも息子さんを寄越してくれないか、という内容である。

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  拝啓
  益々御清祥奉賀候 扨て
  御子息巳之吉殿その後如何
  御候や実ハ当方家内出産の
  ため入院、これ迄宅に居り候
  書生帰国のため絵具とき
  其他の用事ニ手不足を
  じ困却仕候2間誠ニ勝手
  かましく候へども巳之助殿し
  バらく当方ニ御ヒでを願上度候
  御貴家様の御都合にて
  永くハ御困りの様なれバ 一時
  にてもよろしく候間何卒
  至急ニ巳之助殿御来鎌
  下さる様御とり計ひ願へれバ
  幸ニ存じ候勝手なる


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  御願乍ら御承引下さる
  なれバ大ニ助かり申可く此段
  折入て御願申上候
  先ハ右御願迄匆々

    三月二十八日
          岸田劉生

    安井三郎右衛門様


12のところ図録ではどちらも「実」と読んでおり、それでいいようにも見える。だが「実」では文章として意味をなさない。おそらく「候」ではないか? のところも生とは思えない字だが、ここは生と読んでおくしかないか? なにしろ劉生という自分の名前に生が入っているので間違えるはずもないのだが、とにかく慌てて書いたのは確かのようだ。巳之吉が二度目から巳之助になっているし。【御教示従っていくつか訂正しました】

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by sumus2013 | 2017-02-12 20:36 | 古書日録 | Comments(4)
Commented at 2017-02-13 21:06 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by sumus2013 at 2017-02-13 21:31
いつも御教示ありがとうございます。
Commented at 2017-02-14 21:38 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by sumus2013 at 2017-02-15 19:33
深謝です!
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