林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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CATALOGUE 1938

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『CATALOGUE OF PERIODICALS 1938』(三省堂)。海外の定期刊行物の目録。アメリカ、カナダ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、ソ連、スイス、チェコスロバキア。一年契約である。

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***


小生が閲覧した淀野隆三の日記は一九二一年、淀野が京都二中在学中から始まっている。ただし二中時代の日記はそう詳しいものではない。二中と野球に触れている記事は以下の通り。この他、一九二三年、三高入学後、野球部に勧誘される記述があって、淀野は相当に迷ったようだ。また一高との試合については『spin』でも引用したと思う。

一九二〇(大正九)年一月十日
朝より天気晴々として空に一群の雲もなく日本晴れとはかくの如き天候を云ひたるならん。
放課后野球練習する清水はテニス練習お互いに歯を入れる為め今日より僕は帰家せんとす。

[一九二一は該当なし]

一九二二年
三月十一日
そして列車はくれて行く平安の火の都をあとに、二中のポプラの佇立を見ながら、西へ、西へと行くのである。かくして我々は帰へつた。西原が鹿児島へ行く四人を見送つつ来て居た。十字屋でマンドリン教則本を、丸善で英書二冊を。京阪中で文金高島田の青い毛のかたかけをした娘に会ふ。時々私の方に目を送つて居た。美しい女であつた。私は其の女の顔を正視してやつた。丹波橋でおりた。車はがらんとして居た。

三月二十三日
今日もいゝ天気だ。急に学校へ行く気がした。京二中に登校、久し振りで運動することは愉快である。そして中学時代の追憶に耽けつた。美しい無邪気な人を見ては私も小さい時のことを思ひ出さずには居られない。この気分。追憶!それは美しい言葉だ。

十月十四日
 今日は三時より二中会があるのである。[消=彼はもう]私はその会合によつて私の心を遣らうと思つて居た。石井と二人で清滝に行つた。四時頃になつて雨がしとしとと降つて来た。勿論ぽつりあめですぐ去つて失つた。清滝についた。清く流るる谷川の両[消=岩]涯[崖]に立つ酒楼。静かな山間の高楼には平和の気が漲つて居た。そこにこそ今喜びの声があげられやうとして居るのである。
 集る人は二十名あまりであつた。然しこの中の人々こそ真に高校の生活を理解せんとする人々ではないか。引きずられて来る人もある。然し私達の狂人の如き歓喜をみて呉れるのである。会は自己紹介より始まつた。酒が出た。魚も出た。一番高所にある枡屋の一等座敷である。こゝで[消=彼]私等の集ひの開かるゝことは喜ばしいことである。私は飲んだ。飲んで呉ると又椎子が頭に浮んで来る。然しながら酒のまはるに従つてさびしさもますし又それだけさびしさにこらへる力が湧いて来る。私は飲んだ。村田も飲んだ、石井も飲んだ。長谷川も、加藤も、関も、川口も。私は村田と幾度も相抱いて舞つた。乱舞した。

十二月三日
私がまだねむつて居たとき芳兄がたづねてくれた。私はしばらく清水とねながら話して居た。後、十一時頃から二人は書斉で話し合つた。彼は又塾での出来事を話した。それによると寮長と五年の生徒とが会見して、塾生の自由〜それは青年としての自由〜を尊重することを守らしめることを約したんだそうだ。今塾生は団結して居る、そしてこの団結が貴いのである。この力をもつて塾風改善に努力するならば必ずよくなることを信ずるのである。私が今芳兄と二人居たら、きつと二中の舎を美しいものとする事が出来るであらう。少なくとも一二年の人たちを。

十二月十日
○私は井上を信じて居た。そして私が野球部に入つたとき彼も入部し、ともに大きくならうと云つたことがある。たしかに私は井上市太郎を信じて居た。彼がフラフラした人間になつたといふことも聞いた。然し私はそれでも信じて居た。上野は私に「井上は推子の背中を電車の中でつゝいた」と云つた。私は第二回の受験準備の二中での模擬試験のとき井上が「淀野にすまん、ほんとにすまん」と云つて去るのを見た。あの時私は推子に彼が恋して居ることを知つた。

以上である。

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by sumus2013 | 2017-02-07 20:59 | 古書日録 | Comments(0)
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