林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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文藝と共に

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中島健蔵『文藝と共に』(青木書店、一九四二年九月一五日、装幀=草狗舐骨)。渡邊一夫の装幀本である。あとがきによれば編集も渡邊が行った。

《中島健蔵君が今日出海君の後を追ふやうにして、公事の為南溟へ旅立つた。われらの仲間[ルビ=ノートル・エキープ]の調整と舵手とを一時に失つたやうな気持であるが、雄叫びの声も勇ましく伸び行くわが国の為に、われらの仲間[ルビ=ノートル・エキープ]の者がお役に立つことこそわれ[繰返記号]本来の念願である以上、両君の門出はむしろわれ[繰返記号]の名誉と心得る。》(編輯後記)

編輯はもちろん本書の標題も渡邊が付けた。フランス文学に関する評論、絵画批評、一般の文学問題に関する小論の三つの章立てになっている。ざっと見たところ絵画批評が案外面白い。美術専門の評論家とは違った視点で展覧会などについての感想を述べている。健全な見方だと思う。一例を挙げる。「絵画と共に」の五、紀元二千六百年奉祝美術展覧会のくだり。

《嘗てオリンピック大会が東京で催されるはずであつた時、深田久弥の発言で、その中の一部門であつた芸術競技を拡充し、盛大な芸術祭を行ひたいといふ話があつた。勿論オリンピックと共に流れたが、二千六百年記念の様々の催しの中、芸能際といふものが行はれてゐる。私は心ひそかに、何故それを芸術祭としないかと、不審に思つた一人であつた。》

《第一部は、大きさの制限もあり、いかにもそろつた感じであるが、見ながら私は自分が素人であることをいよいよ深く感じた次第である。といふわけは、何の成心もなく見ながら、結局、安井、梅原両氏の作が一番足を弾きとめたからである。此の二人の画家に感心するといふことは、いはば定跡である。私は、その定跡が破れるか否かを考へながら会場を二巡した。しかし結局、それに屈服するほかなかつた。》

《第二部の日本画と工芸は、その公開初日に見た。何ともいへぬ困惑である。》

《第一部を見た時以上に、私は憂鬱になつて来た。日本画の方は大きさの制限がない。かなり大きな作品がある。然り、驚くべき大きな作品がある。
 横山大観の芸術に対しては私も決して盲目ではないつもりでいる。もつとも大観のものもそれほど多くを見てゐるわけではない。》

《しかし「日出處日本」の前へ来て、私は呆気に取られた。之は何であらう。奉祝の意気は十分過ぎるほど明らかである。しかし、之が絵画であらうか。私は素人として聞きたい。富士の日の出のこの大作は絵画以上の何物かでないとすれば、驚くべき愚作ではないか。これが絵として通用するのか。》

中島は自らの富士山体験を思い出しながら、大観のこの絵のような卑俗な富士の姿はそこには一つもないと断言している。

《これはどういふ間違ひであらうか。奉祝展は、正に此の大作によつて奉祝展らしくなつてゐる。多くの芸術家の祝意を一人で代表して、絵画以上、或は絵画以下のものを作り上げたとでもいふべきであらうか。さうとすれば私の妄評は、失言として取り消さなければなるまい。》

ということでそれはこの絵だったようだ。

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《急につのつて来た歯痛を忍びつつ、薄暮の銀座に出て、個展や小展覧会を三つばかり見た。小品にせよ売り絵にせよ、そこには見馴れた絵画のなつかしさが漂つてゐた。奉祝展に対して、不当にも新しい芸術的探求の成果を求めた私は、はからずも此処で描く喜びのなつかしさを求めてゐたのである。(昭和十五年十二月)》

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by sumus2013 | 2017-01-21 20:47 | 古書日録 | Comments(0)
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