林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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ほとゝきす

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昨今、かるた取りに人気があるというのを聞いた。ちょうど遊びに来ていた知人の娘さんも競技かるたに熱を入れているという。昨日、近江神宮で
競技かるた名人位・クィーン決定戦が行われ、名人は防衛、クィーンは交替した。娘さんは高校生なので明日九日に試合があるそうだ。がんばれ。

この和歌のマクリは昨年末に入手したもの。小生の読解力では部分的にしか判読できないが、幸いなことに読み下しのメモが付いていた。

 ほとゝきす
  雲のうへより
   かたらひて
 とはぬになのる
  明ほのゝ

後徳大寺左大臣実定こと徳大寺実定(さねさだ、1139-1192)の歌である。百人一首(八十一番)にはやはりほととぎすが選ばれている。『千載和歌集』夏一六一。

 ほととぎす鳴きつる方をながむればただ有明の月ぞ残れる

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実定は、叔父が藤原俊成(百人一首八十三番・世の中よ)、だから定家(百人一首の撰者と言われる、九十七番・来ぬ人を)は従兄弟になる。待賢門院堀河(八十番・長からむ)が仕えていた待賢門院は祖父の妹で、西行(八十六番・歎けとて)はその祖父に仕えていたため親しくしていたそうだ。百人一首のオールスターに囲まれて育ったということになろう。

このマクリがいつ頃のものか正確には分らない。こういう地模様は「打雲」(天地打雲)と呼ぶらしいが、おおよそ幕末あたりのようである。


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by sumus2013 | 2017-01-08 21:32 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)
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