林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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古書彷徨

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青山毅『古書彷徨』(五月書房、一九八九年三月二七日)読了。著者は《一九四〇年、千葉県生まれ。近代文学、書誌学専攻。日本近代文学館、日外アソシエーツ、四国女子大学助教授を歴任。/著書『総てが蒐書に始まる』(1985)、編著『高見順書目』(1969)などの他、『平野謙全集』『小熊秀雄全集』『島尾敏雄全集』『吉行淳之介全集』の書誌、解題などを担当。》(著者略歴より)

書物や資料とともに生きた著者だけに古書好きには深く頷くことの多い内容だと思う。

《一体、私は何冊の蔵書を持っているのであろうか。それは蔵書家の誰もが思うことである。しかし、自分の蔵書を完全に把握している者は、まず皆無であるといってもよいであろう。
 私の場合、家には九十センチ幅の書棚が、約二百六十段ある。徳島へ持って来た資料は、梨函の段ボール百函分丁度であった。梨函に本をいれると、A5判の本が丁度九十センチ分入る。九十センチ分が百函であるから、我が家の書庫には、三百六十段分の資料があったことになる。図書館学的にいえば、一冊の本の平均の厚さは三センチである。ということは一段が三十冊、その三百六十倍であるから、結果は一万八百冊ということになるのであるが、実際に三センチある厚さの本は少ないものである。五ミリに達しない本も多数ある。おそらく、私の蔵書数は、軽く二万冊を越えるであろう。二万冊で済めば、よい方である。》(資料の山)

文芸評論家磯田光一についての回想も興味深い。著者は右文書院に関係していたころ磯田と知り合った。日本近代文学館で編集部に移ったときに磯田の担当になり、自宅を訪ねるようになる。

《磯田氏は、また無類の本好きでもあった。その日、私を氏の家の本のおいてある総ての部屋を案内してくださり、荷風の『腕くらべ』や『墨[サンズイ付]東綺譚』の私家版など、次々と私の前にさし出されるのである。それらの資料が磯田文学の根源となっているのであるが、神田の古本屋さんから磯田氏の蒐集ぶりをきいているだけに、その実物を、それも稀覯本ともいえる書物を次々にさし出される磯田氏の態度は、今になって考えると、それは私にとって感動的なものとなっている。
 その日、磯田氏は手土産として「文学史の鎖国と開国」三十一枚の原稿を、私にくださった。》(磯田光一の本)

また高見順も凄い。

《高見順の所蔵していた資料は、幸いなことに日本近代文学館に寄贈されたので、私はその総てに目を通す機会にめぐまれた。おびただしい数々の古雑誌、その多くはこの『昭和文学盛衰史』のもととなったものである。
 高見順旧蔵書のうち、雑誌だけは氏の生前に文学館に寄贈された。昭和三十九年五月の晴れた日であったが、氏が丁度自宅で療養していた日である。「死の淵より」の校正をしていた日であって、大久保房男氏が訪ずれていた。そういうなかで、私達は美術運送の職員と、一日がかりで高見順旧蔵雑誌二万五千冊を、北鎌倉から上野まで運んだのである。それがもととなって、その年の十一月、国会図書館上野分館に日本近代文学館文庫が開設されたのである。》(高見順『昭和文学盛衰史』)

「岡崎屋書店『発売図書目録』」は明治三十六年発行の出版目録についての紹介。著者はここで古書目録を含む目録の重要性に言及している(初出は『図書新聞」610号、一九八八年九月)。

《公共図書館のどこにいっても、目録類は図書として扱われていないであろう。
 こん日刊行されている新刊目録、あるいは古書目録、そられを一箇所でまとめて公開する機関をつくることは、困難なことであろうか。岡崎屋書店の『発売図書目録』をみながら、ついつい夢を記した次第である。》岡崎屋書店『発売図書目録』)

一箇所でまとめてというのはともかく、昨今では千代田図書館のように古書目録の類を蒐集対象とする図書館は増えているのではないだろうか。

【関連リンク】
四千種集めた古書目録コレクター呉峯とは?

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by sumus2013 | 2016-12-31 21:11 | 古書日録 | Comments(0)
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