林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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座談23年7月号

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『座談』第二巻第六号(文藝春秋新社、一九四八年七月一日、表紙=花森安治)。集成には収められていない『座談』である。某古書店のご主人が見つけて送ってくれた。深謝です。

『座談』は発行人が池島信平なので花森に仕事を回したのではないかと思うが、表紙画の傾向としては『暮しの手帖』に直結するものだ。『暮しの手帖』創刊号は一九四八年九月二〇日発行。戦後それまでに花森が手がけた雑誌『女性』『新生』『文明』などモダニズム系列のカラッとしたデザインではなく、やや暗い色調の(これはおそらく印刷技術と用紙の問題かとも思うが)静物画というか器物画というのか、室内画かもしれない、そんな絵柄(要するに『暮しの手帖』の創刊号から十号あたりまでの表紙に類するもの)に対するこだわりが見える。ただ、この号の絵柄は少しだけ毛色が違うようだ。貝殻を配置して変化を持たせるやり方はもっと後年の『暮しの手帖』の表紙デザインに通じるもの。なお本文の挿絵は吉田謙吉である。

記事で面白いのは坂口三千代「安吾先生の一日」。これは検索してみると坂口三千代『追憶 坂口安吾』(筑摩書房、一九九五年)に「新発見」として収録されているようだ。

《先生のお部屋は小説新潮の写真の通りで、あれから十ケ月ほど紙や埃がふえて了つて足の踏み場もございませんが、食事を別にして、あとの生活はあれで足りてゐるやうです。物の在所も御当人には各々指定席があつて、二三回掻きわけると出て来るおもむきのやうです。》

《覚醒剤をのんでお仕事をして、お酒(たいがいシヨーチユにサイダーをわつたもの)を飲んでねむります。おさけを飲むと、すぐ目がシヨボ[繰返記号]してゴハンをたべながらコツクリ[繰返記号]やりだしますから、さだめし熟睡するだらうと、思ひますと夜中には目をさまして、何やらドタバタはじめまして、睡眠時間の少ないのには呆れてをります。

《ものに無頓着で、無慾でテンタンで執着といふものがないくせに、ひどく正確で、キチョウメンで、不合理なところがないのです。同居の大野さん一家は先生の親戚ですが、大野さんでおきゝしました話には、先生の一族は、自殺なさつた方に、発狂の方に、名題の変人や、風変りな方々ばかりで、先生のミヂンも狂ひのない正確さ、キチョウメンさというふやうなものは、私には異常なものゝ狂人的なものに思はれて、怖しくなる時が多いのです。それを先生に申しますと、バカ君たちが気違ひなんだとさかさまなことを仰有います。》

坂口三千代、なかなかの文才である。そういえば以前のブログで安吾の父親についてこんな引用をしていた。

石川淳『諸國畸人傳』(中公文庫、一九七六年)の最後に「阪口五峰」が取り上げられている。安政六年に越後国中蒲原郡に生れ、大正十二年に東京で歿した。《五峰とはなにものか。このひと、政事にもかかはり、新聞にもたづさはり、また文墨にもあそんで、好んで詩をつくり、いささか書を善くする。鬱然として郷曲の雄であつた》そうだ。県会議員、新潟新聞社長、新潟米穀取引所理事。新潟新聞の主筆を勤め同郷でもあった市島春城と親しくつきあった。ここに印章の話が出てくる。

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by sumus2013 | 2016-12-09 20:29 | 古書日録 | Comments(1)
Commented by 唐澤平吉 at 2016-12-10 01:03 x
池島信平の『雑誌記者』に、(『座談』の)《編集で思い出すのは、表紙に、当時無名であった花森安治君に乗り出してもらったことで、草創期の「暮しの手帖」社の小さな部屋に、彼を訪れて頼んだのが初対面である》と記しています。もちろん「とと姉ちゃん」では、そんなシーンはありませんでしたけれど(笑)。
当時、暮しの手帖社は西銀座にあって、池島の文藝春秋新社もすぐ近所にあり、池島はたびたび「ゴジラいるかい?」と、花森に会いに訪れたそうです。ゴジラとは池島がつけた花森のアダナです。

いい表紙ですね。初見です。やはり出てきますね。小生が入手したのは和田信賢編集の『話の泉』です。小さな冊子でした。
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