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林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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花森安治の素顔

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河津一哉+北村正之『『暮しの手帖』と花森安治の素顔 出版人に聞く20』(論創社、二〇一六年一〇月一六日、装幀=宗利淳一)インタビュー・構成=小田光雄。トークの準備のためにこの本も読んでおかねばと思って急ぎひもといた。なかなかよくまとまっていて読みやすい仕上がりになっている。「出版人に聞くシリーズ」は貴重な聞き書き、好企画だ。

今回、気になったのは花森の女装について。というのはこの本を読む直前に『文藝別冊花森安治』(河出書房新社、二〇一一年)を読み返していて矢崎泰久「スカートをはいた名編集者」(談)に注目していたからだ。そこで矢崎は少年時代に出会った「スカートをはいた小父さん」が花森安治だったと述べている。中学の頃、友達だった米田利民の家へよく遊びに行ったが、米田の母が花森の妻の実姉だったため、その家で何度か花森に会ったという。

《その花森さんという小父さんは変ってて、スカートをはいていたんです。フレアで、プリーツが入っているようなスカート。チェックだったかな。ワンピースではないんだけど。要するにスコットランドの楽隊がはいているようなやつ。僕はびっくりしてね、男が……って。
 しかも花森さんって、すね毛がすごいんですよ。毛むくじゃらの足がスカートの下から見えるんです。》

《しかも、花森さんは髪にパーマネントもかけていて、ときには原色の派手なスカーフを巻いたりして。》

本書ではこの花森のファッションについてつぎのように語られている。

《北村 花森は当時の男性としては珍しい髪型のおかっぱ頭だった。聞くところによると、あのおかっぱ頭も銀座の美容院でカットしてもらっていたようで、そういう意味ではとてもおしゃれだったと思います。
 その一方で、私は花森が背広を着たところを見たことがないのですよ。冠婚葬祭はもちろんのこと、パーティでも背広は着ない。
『一戔五厘の旗』の読売文学賞受賞式でも、白いジャンパーで出かけていたし、どこにいくのでもそれで通していた。》

《逆にみんなが学生服を着ていた大学時代は背広を愛用していたらしいし、みんなと同じような格好はしない、それもひとつの美意識だったんでしょうね。
 それからおかっぱ頭のこともあるんでしょうが、スカート姿で銀座を歩いたというのは伝説で、誰も見たことがないというのが真相です。》(花森の美意識)

これを受けて司会の小田氏が酒井寛『花森安治の仕事』(朝日新聞社、一九八八年)を引き合いに出している。その該当部分を酒井本から直接引用しておく。

《大橋や編集部の古い人たちによると、花森は、幅のひろいキュロットや、スコットランド兵でおなじみのキルトをはいていたことはあった。花森に原稿や絵を依頼に行った他社の編集者もそれを見ているし、すでに、花森は有名になっていたので、このスカート話は広まった。》

《髪も、のばしていた。床屋へ行くのが大嫌いで、定期的に銀座の編集部にきてらっていた床屋がこなくなり、そのときから髪をのばし始めた。うしろで束ねて、ポニーテールのようにしていたときもあるし、天然ウェーブの、おかっぱにしていたときもある。外へ出るとき、ネッカチーフをかぶったり、首にまいたりしていた。》

矢崎少年が見たのはフェーリア(ゲール語でキルトのこと)だったのである。銀座から世田谷の松原までキルト姿で通っていたということになる。オシャレと言えばこれ以上オシャレなスタイルはないだろうし(たぶん今でも奇抜だろうし)、何より女装ではなかった。正真正銘の男装である(女性がフェーリアを身に着けるようになったのは最近だそうだ)。

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1954年7月暮しの手帖社で(撮影:樋口進)


もうひとつ言えば、おかっぱや長髪は大正から昭和初めの男子にとってはそう珍奇な頭ではなかった(村山知義やフジタを思い出そう)。女装だってそう珍しくはなかったような気がする。とくに芸術家を気取る連中にとっては(あの富士正晴だって長髪だったのだ)。戦争によってバサリと切り捨てられたはずの戦前(二大戦間)の頽廃文化は深く花森世代の心に巣食っていたのかもしれない。敗戦によって打ちのめされた花森は、一転、そんな青春を取り戻そうとした(?)。少なくともファッションの「自由」を社会通念によって自己規制することはキッパリと止めた、そう思えるのだ。

ただし、戦時中に国民服が提唱されはじめるといち早くこれを着込んで背広の杉山平一にこれからはこれだよと言い、みんなが国民服のようなものばかりを着るようになると、そんなものには見向きもせず、

男はズボンにゲートル、女はもんぺが日常というなかで、花森は「紺木綿の、縦じまの、つなぎの服」を着ていた。あるときは、「フードつきの上着」を着ていた。かぶると、防空ずきんになった(牧葉松子の回想)

というのだから、その天邪鬼ぶりは(ファッションに限らず、その思想においても)時代がどうこうではない、天性のものなのかもしれない。


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by sumus2013 | 2016-12-03 20:32 | おすすめ本棚 | Comments(7)
Commented by 唐澤平吉 at 2016-12-04 10:08 x
花森のよく知られたエッセーに「どぶねずみ色の若者たち」がりましたね。そこにこう書いています。

 君、なにを着たっていいんだよ。
 あんまり、わかりきったことだから、
つい憲法にも書き忘れたのだろうが、す
べて人は、どんな家に住んでもいいし、
どんなものを食べてもいいし、なにを着
たっていいのだ。それが、自由なる市民
というものである。

つまり、花森の女装は、<女装>に思想的な意味を見つけようとすると、マトがずれるように思います。矢崎さんが書いておられましたが、自分にとって居心地がいいから、が花森の本音だったのじゃないかしら。
Commented by sumus2013 at 2016-12-04 16:06
ファッションは思想です、どう考えても。政治的にどうこうではなく、それは人間性の本質的なところに根ざしていると思います。

「なにを着たっていいんだよ」という花森の真意は自分の「思想」を持てということではありませんか? お仕着せではなく。
Commented by 唐澤平吉 at 2016-12-04 20:35 x
自分の「思想」を持て、というのはその通りなのですが、服装(ファッション)のやっかいなところは、本人の思惑と関わらず、服装それ自体が「意味」をもってしまうところで、だから日本人は「裸のつき合い」などという、あいまいな世界を築きたがるのじゃないでしょうか。つまり、服を脱いで、裸になったとき、ほんとうの自分があるかのような、錯覚というか幻想があるような気がします。
Commented by sumus2013 at 2016-12-04 22:05
世の中には背広や制服が好きな人が多いのはそのためですね。何も考えなくてもそれ自体に「意味」があるわけですから、余計なことは考えず、TPOだけ気にしていればいい、それがいちばんラクでしょう。思想はお仕着せでいいという思想です。
Commented by 牛津 at 2016-12-12 03:26 x
いま手元にないのでうろ覚えですが、エリック・ギル『衣装論』(「女のズボン」)のなかに、
花森安治「スカートへの郷愁について」を書いていたと思います。
Commented by 唐澤平吉 at 2016-12-12 07:01 x
ご指摘の文章は、戦後にでた風刺雑誌『VAN』3号(1948)に寄せた「スカートえの不思議な郷愁」と題する戯文ですね。これは暮しの手帖社『保存版Ⅲ花森安治』(1997)、LLPブックエンド『花森安治戯文集2』(2011)に収録されています。ちなみにギル『衣裳論』に書いたのは「この本を読む人のために」と題する巻頭の序文でした。いずれにしろおもしろい文章ですから、僭越ですが、ご紹介させていただきました。出しゃばって、すみません。
Commented by sumus2013 at 2016-12-12 08:24
皆様コメントありがとうございます。津野さんの花森伝のなかで紹介されている東大卒論の草稿によれば、花森は男女の衣裳の差異を絶対的なものではなく、単なる社会的な、一過的な現象ととられていたようですね。いつ入れ替わるか分らないと。
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